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突然ですが

プライベートで引っ越しやらあってヒイコラ言ってる傍ら、
↑この過去創作ニアルタの小説を蔵出ししようと思って書き直してました。
さら~っと書き直そう、と思いつつしっかり書いてしまう。
ページを作ったらイラストも書かないといけないので、作業量が多くいつ公開になるんや?
ということで、とりあえず1話だけ続きに入れておきます。(
わ~初公開だ~👏

現代ファンタジー×幻想生物って感じです。
既存のどこいこ、Re、君笑は比較的キャラとのやり取りを重視していたから会話が多いけど、ニアルタ(仮題)はキャラも少ないので会話は少なく、地の文が多め・でも淡白なつもり。
全体の長さは、文庫本一冊くらい。
始まりはゆるい。

—————————————————–

 ――地面は遥か遠く。
 目が眩むような高さに、未佳は『浮いていた』。

 怪獣映画に登場するような大怪鳥の脚に掴まれ、連れ去られる。
 冗談のような、本当のことだった。

「だ、誰か……助けて――!!」

 ここは学校の校庭の上空なのに。
 こんなに大きな影が飛んでいたら、誰か気付くはずなのに。
 ここだけ世界が切り離されたように、何処からも返事はない。

 見捨てられたような異質さが恐ろしくて、ただただ声を張り上げた。

 *

「っ、助け……!」

 がばっと起き上がって、『起き上がった』という事実に頭が混乱した。
 ――目の前がちかちかする。
 さっきまで遠い地面を眺めていたのに、今の視界に映るのは驚いた顔の少女だ。ああ、前の席の桐島愛実(きりしま まなみ)。中学入学時からの友達で、よく登下校する仲だ。いつものように、後ろの席の自分を振り返って、こちらを見ている。

「み……ミカリン、大丈夫?顔、真っ青だよ?」
「……ま、マナ……」

 自分を見られて、声をかけられて。相手に認識されていることがわかって、少し涙が滲んだ。
 ――全部、悪い夢だった。心の底から安心して深い溜め息が出た。
 うつむいた視界には、机に広げられたノートと教科書が見えた。ノートは書きかけで、途中から字形が崩れてにょろにょろと蛇行していた。
 嫌な予感がしたら、上からごほんと大きな咳払いが聞こえた。

「……仁井谷。うなされていたぞ。目覚めてよかったな」

 言葉とは裏腹に、降ってくる男性の声は刺々しい。恐る恐る見上げると、眼鏡の男性が腕組みをして立っていた。
 ――そう、今は昼食後の授業の最中だったのだ。

「す、すみません!!」
「気をつけなさい」

 慌てて立って頭を下げると、教師はそれ以上しつこい注意はせず、教壇へと戻っていった。
 未佳は、周囲の押し殺した笑い声を聞きながら、恥ずかしい思いで再び席に着いた。
 ……何かの間違いだ。普段、居眠りなんてしないのに。そういえば、昨夜少し寝付きが悪かったっけ。
 教師が授業の続きをするのを横目に、未佳は隣の席を盗み見た。
 それこそ、いつも寝ていることが多い隣の男子は、今回は起きていた。

 目につくのは、間違いのように鮮やかな青灰色の髪。学生服のボタンはまったく留めておらず、『一応着ている』以上の理由がないのだろう。ぼーっと前を見つめる横顔は端正で、アンニュイな雰囲気も相まってモデルのようだった。

「……珍しく起きてるんだ、涼也(スズヤ)」

(涼也は、いつも寝てても怒られないのにな)

 心の中で不平をぼやきながら言うと、振り向いた少年は目を瞬いた。

「……俺の様子、見てたの?」
「だって隣の席だし。いつも寝てるか、ぼーっとしてるでしょ」
「やることないから」
「学校にいるのに……?」
「やっても意味ないし」
「意味がない……?」
「うん。じゃ、俺寝るから」

 一方的に話を終えるなり、涼也は常備している枕を敷いて寝息を立て始める。堂々と寝ているのに、未佳の時と違って教師は見向きもしない。

(……やっぱり)

 この数日、感じている違和感が明瞭になっていく。
 そう——誰も、『見えていない』のだ。涼也が。
 青灰色なんて頭髪の人間なんて――それも中学生なんて、嫌でも目立つ。しかし奇妙なことに、誰も彼に『気付けていない』。
 未佳も、1週間前ではその一員だった。

     *

 始まりは、本当に些細な出来事だった。
 ある日の休み時間、席に座っていた未佳はペンを落としてしまった。
 一瞬で視界から消え去ったシャープペンシルを探し、きょろきょろと身の回りを見渡して、見つけた。
 ペンは、隣の席に座っている人の足元に転がっていた。
 自分で手を伸ばして取るのはなんとなく気が引けた。だから拾ってもらおうと、未佳はその人を見上げて。
 そして――遠く、耳の奥で、何かが砕け散る音を聞いた。

 未佳の席の隣は、男子生徒だった。
 机の上に頬杖をついて、つまらなさそうに前を見つめている少年。
 不思議なことに、髪は明らかに黒ではなく落ち着いた青色だった。

 ――私立唯ヶ丘中学校、3年1組21番、睦月涼也。

 名前は知っていた。存在も知っていた。
 しかし、未佳はこの時まで、彼に『気付けなかった』。
 未佳だけじゃない。皆、『見えていない』のだ。
 確かに2年と2か月、この学校にいて、確かにこのクラスの一員で、確かにそこにいるのに。
 まるでそれ以上、意識することを禁じられたように。

「……あのー、睦月君」

 だからもちろん、話しかけるのも初めてだった。初対面だから気を遣って、敬語で声をかけた。
 一拍置いて、少年は振り向いた。
 何処か唖然と見開かれた瞳は、吸い込まれそうに青かった。もしかして外国の血が入っているのかもしれない、と頭の片隅で思う。

「足元のシャーペン、とってくれますか?」

 とにかく用件を済ませようと、未佳は彼の足元を指差して言った。
 涼也はしばし固まっていたが、静かに動き出した。返答もなく、椅子に座ったまま足元のペンを拾い、未佳に差し出す。

「あ、ありがと……う?」

 シャーペンを受け取ろうとしたが、抜けなかった。
 見ると、涼也はシャーペンを強く掴んだままだ。

「え?ちょっと……」

 未佳が思わず涼也を見ると、彼は地のぼんやりした表情で未佳をまっすぐ見て。

「……涼也」
「……は?」
「呼ぶなら名前で呼んで。あと敬語もヤダ」
「え?名前、って……」
「それだけ」

 そう言うと、少年はようやくシャーペンから手を離し、用は済んだとばかりに机の上に突っ伏してしまう。
 しばらく未佳は、呆然と目を瞬くことしかできなかった。

     *

 それから数日、未佳は奇妙な隣人・睦月涼也を観察するようになった。

 涼也の様子は、一日中ほぼ変わらない。
 授業が始まろうが、休み時間だろうが、はたまた移動教室で皆が移動しようが、少年は座席で寝ているか、ぼーっと虚空を見つめている。
 誰も涼也の席に近付くことはなく、そこだけぽっかりと空間が開いている。
 彼の場所だけ、異なる法則が流れているかのようだった。
 そんなだから、本当は、学校に来ることに意味なんてないのかもしれない。
 それなのに涼也は、毎日律儀に学生服を来て、そこに座っている。きっと世界中を探しても、こんなへんてこな中学生はいないだろう。

「涼也って、何で一人なの?」

 2限目の授業が終わって、未佳は涼也に聞いてみた。
 これが、彼との3度目の会話だった。今回は起きていた涼也は、ぼーっと前を見つめたまま、やや間を置いて答えた。

「友達いないから」

 あっさり告げられた言葉には、何の感情ものせられていない。けれど受け取った未佳には悲しく響いて、思わず口ごもった。

「寂しく、ない?」
「……さあ?どうだろ」
「さあ?って……友達、作らないの?」
「作れないから」
「作れない?」
「うん。作れない」

 未佳は作れない理由を尋ねたつもりだったが、少年はそれ以上続けなかった。隠すふうでもなく、「この話題は終わった」とばかりの歯切れだった。
 どうにも、会話が成り立たない。普段から人と話している様子がないから、コミュニケーションが不得手なのかもしれない。
 内容も相まって話を続けられず、未佳はそのまま黙り込んだ。
 ――2度目と同じなら、ここで会話は終わっていた。

「名前、なんて言うの?」
「……へっ?」

 涼也の方から声をかけられて、思わずすっとんきょうな声を上げた。
 問われた内容を呑み込んでから、さらに目を丸くする。

「えっ?私の……名前?」
「うん」
「し……知らない?」
「うん」
「………………」

 ――今は、5月。学年の生徒数が多くないのもあり、中学3年生までクラス替えはなかった。毎日顔を突き合わせたクラスメイトの名前を覚えていないなんて。意識できなくても、未佳は涼也の名前は知っていたというのに。

「に、仁井谷未佳だよ」
「そっか。じゃあ未佳」
「……早速、呼び捨てですか。別にいいけど」
「敬語」
「あ、ああ……うん」

 会話が下手だし、人付き合いが悪そうなのに、なんだか馴れ馴れしい。
 やっぱり変なやつだと思っていると、涼也に動きがあった。

 すっと向けられた瞳が、未佳を見据えた。
 冴えるような青色に息を呑む。サファイアなんて間近で見たことはないけれど、きっとそれにも劣らぬ珠玉の輝きだった。

「未佳は、俺が『見えてる』の?」

 そんなふうに問われても、しばし反応できなかったほどに、その青に釘付けになっていた。

「――え?」

 涼也を見る。その表情は、いつも通りぼんやりしているが到って真剣だ。冗談を言っている様子はない。

(見えてるの?なんて……幽霊じゃあるまいし)

 つい視線を下に向けてしまったが、足はしっかり見える。何より、睦月涼也という存在がいることは学校側も認識しているはずだ。名簿に登録されていて、そこに座席も用意されているのだから。

「未佳から見て、俺はどんな奴?」
「え、え? えっと……凄い髪の色してて、無愛想なのになんか馴れ馴れしくて、よく分かんなくて、変な奴……?」
「……そっか。じゃあ、見えてるんだ」
「??」

 思いつくことを並べただけだったが、涼也は嫌な顔もせず、一人で納得して前を向いた。
 それから少年は、思いついたように再び未佳を見て。

「じゃあ俺達、今日から友達」
「………………は?」

 ——今日から友達?
 涼也はどうでもいいような口調で、何もかもさらりと言う。だからどうしても反応が遅れてしまう。
 未佳は数秒遅れて、間の抜けた声を上げた。

「……な、何でいきなり?」
「俺、この学校で話したの未佳が初めてだから」

 いや、あれは話しかけざるを得なかったというか。
 それ以前に、2年と2か月の間、誰とも話さなかったのか?
 疑問に思って納得する。本人の言葉を借りるなら——誰も、涼也が『見えていない』のだから。
 しかし、だからと言って。

「……友達選ぶ基準、何か間違ってない?」
「何が違うの?」
「えっと、仲良くなった人とか……」
「未佳のことじゃん」
「………………」

 未佳は、いよいよ「仲良し」という言葉の意味を見失いかけていた。
 少女が黙り込んだのを了承と見て取ったらしく、涼也は頷いた。

「じゃ友達。よろしく」
「……よ、よろしく」

 何かが変とは思うものの、涼也のペースに流されるまま、未佳は小さく頭を下げた。

     *

  『じゃあ俺達、今日から友達』

 常人にとっては、それは相手との関係の“始まり”を告げる、小さな「約束」。
 常人の周りには、意識せずとも“始まり”が溢れている。チャンスを逃がしていたり、放棄していたりするだけで、“始まり”とはもっと身近なものだ。
 ——しかし、少年にとって、“始まり”は縁遠いものだった。

(……俺、何言ってんだろ)

 下校途中。行き交う人の中、地元の商店街を歩いていた涼也は足を止め、夕暮れの空を仰いだ。
 真っ赤な空は、世界を燃やす炎のよう。見つめていると、その熱に燃やされて自分も溶けていくように思えた。

(どうせすぐ、別れなきゃいけないのに)

 学校の清掃時間になると、涼也はすぐに下校するのが常だった。
 人と合わせること自体が難しいのに、掃除当番などの連携作業は特に歩調を合わせづらい。
 仕方ない。
 自分は意識されることのない存在——いや、『意識されてはならない』存在だから。

「——解せませんわね。なぜです?」

 横の方から、上品でよく通る綺麗な声がした。
 この商店街は駅への通り道にあり、帰宅途中の学生や仕事帰りのサラリーマンなどに日々溢れている。しかし、雑踏とともに行き過ぎる人々は、道のど真ん中に突っ立っている涼也に一度だって目を向けることがない。
 だが、ただ一人、じっと彼を見つめている少女がいた。

 絵画から抜け出してきたような、美しい少女だった。差し出した脚が颯爽とさばいた裾は、漆黒のプリースカート。闇色のゴシックドレスに、腰まで伸びた金髪が鮮やかに映える。計算され尽くした造形の顔は無表情で、気高い姫人形のようだった。
 そんな美少女が道を歩いていたら――ましてや、その華奢な腰に一振りの剣が引っ提げられていたら、非常に注目を集めるだろう。
 それなのに、誰も彼女に目を留めない。
 気高い姫のような、高潔な騎士のような少女が、涼也の真正面から歩いてきていた。
 こつこつと、ヒールの音が響く。

「……珍しい。人ごみ、嫌いじゃなかった?」
「あなたの次の次くらいに嫌いですわ」
「……うん。俺も、人ごみは嫌い」

 横を通り過ぎようとする黒の少女に、涼也はぽつりとそう呟いた。
 ——きっと理由は同じだ。
 こんなに人が溢れている中に立っていると、嫌でも思い知らされる。この世界で、自分たちがどれほど透明であるか。

 やがて、ブーツの音は真横で止まった。
 束の間、喧騒が流れた。

「どういうつもりですの」
「何が」
「あなたが見えている方がいるでしょう」

 無表情の少女が端的に指摘したそれに、涼也は口を閉ざした。

「どんなイレギュラーかは知りませんが、早く記憶を消すべきですわ」
「……うん。分かってる」
「それなら真っ先にしているはずです。涼也さん、あなたは自分の立場を理解していませんわ」
「分かってる!」

 突然強い語気で返され、少女はしばし口を閉ざした。
 いつもは冷静な青い目が、こちらを睨みつけていた。
 ――少女は知っている。涼也はマイペースでぼんやりしているけれど、基本的には冷静である。
 なのに今、一番重要な事柄を履き違えている。
 いやに感情的な瞳を横目で一瞥し、少女は目を閉ざした。

「……そうですか。お忘れのようですから言っておきますが、わたしたち境界者《ニアルタ》は、無知である想像主たちを護るのが使命なのです。巻き込んでしまうなんて言語道断ですわ」
「……知ってるよ。でも、今は……様子見」
「……まあ、良いでしょう。この街の送還師はあなたですから」

 突き放した言葉とともに、黒の少女は軽蔑した紫の瞳を向けると、人混みに溶けていった。

「……分かってる。でも……」

 数え切れない人々が行き交う中、涼也は一人で立ち尽くしていた。

 
     *

 涼也にとって、世界は『向こう側の世界』だった。

 確かに自分はこの世界に立っているが、誰にも意識されることがない。テレビの中の情景を眺めているようなものだ。
 いつだって世界と自分との間には、硝子のような透明な壁があった。

(……そういや、今日リリースだったっけ)

 黒の少女と別れた涼也は、聞いたことがある曲を耳にして顔を上げた。
 見上げたのは、交差点向かいに建つビルの大型ビジョン広告。そこでは、今人気のシンガーソングライター「ハルカナタ」の新曲リリースのプロモーション映像が流れていた。
 『向こう側の世界』から、唯一届いていたのが音楽だった。数え切れないほどの人々が歌に乗せる想いが、直接語りかけてくるようで好きだった。

「……もしかして涼也?」

 長めの映像をぼんやり見つめていると、雑踏の中から名前を呼ばれた気がした。
 ――しばし、間を置く。
 普段まったく声をかけられないから、自分にかけられた言葉なのかすぐに判断ができないのだった。経験上、ほぼ聞き間違えだ。
 本当に、自分に話しかけているのか。
 本当に――自分が見えているのか。
 だから未佳に話しかけられた時も、返答までに必ず間があった。こればっかりはどうしようもない。

「いや、涼也でしょ。頭、目立つし。ねえ、聞いてる?」
「……未、佳」

 少女の声は真横までやってきて、有り得ないほど近くで名前を呼んでくる。
 やっと振り向くと、学校で隣の席の少女は、無視されたと思ったのか少しだけ怒った顔をしていた。
 世界に意識されないはずの自分を、まっすぐ直視してくる少女。

 これは、いわば『バグ』なのだ。

 本当は、黒の少女に指摘されたように、この欠陥を修復しなければならない。
 一度目の会話は、驚きを宥めるので精一杯だった。
 二度目の会話でも、まだ半信半疑だった。
 三度目の会話で、ようやく理解して、これはまずいと思った。
 四度目の今、まっすぐ見つめられて、修復なんてできないと悟った。
 こんなにも直視されると――以後、その目がこちらを向かなくなると思うと、胸の奥が凍えるようだった。

「さっき、『ハルカ』の映像見てなかった?好きなの?」
「……うん」
「へぇ、意外」
「……未佳は?」
「うん、割と好きだよ?歌うのは全然だけど」

「さっきの曲、ドラマの主題歌でしょ?私、前作から好きだから曲も楽しみにしてたんだよね」
「ああ……『Mr.ハロウィン』。あのドラマ、途中見損ねたから最後まで見てない」

 ざっくり思い出すと、Mr.ハロウィンという相手から届いた怪文書を巡るミステリードラマだったと思う。用事があって1話分見逃したのだった。録画するほど熱心に見ていたわけではないが、少し残念ではあった。
 苦い気持ちを思い出してつい饒舌に返すと、未佳は意外そうに目を丸くした。

「なら、DVD貸そっか?持ってるよ?」
「え……」
「お母さんが大好きで、家にあるんだよ。全然貸してくれるよ」

 ――雷に打たれたような衝撃だった。
 家族や友人と普通の生活をしている少女は気付きもしないだろう。
 物の貸し借りは、「約束」のひとつだ。
 約束は、未来があるからできる。
 彼女はこれからも、自分と関わるだろうと疑っていないのだ。
 そんな未来——

「……いいの?」

 気が付いたら問い返していた。
 ああでも——戸惑って、『友達』とか先に言い出したのは自分の方か。
 未佳は、「友達」と約束をしただけだ。

「うん、もちろん。じゃあ、明日持ってくるから」

 未佳は、待ち合わせでもするように気安く頷いた。
 こっちの声音には多分、一生分の期待や、願望や、祈りが、ぐらぐらと不安定に乗っていたというのに。
 なんだかおかしくなって、涼也は小さく笑った。

「ありがと」

 自然に、言葉が転がり出た。
 未佳は少し目を丸くしてから、同じように笑った。
 こんなに幸福を感じたのはいつぶりだろう。

 ――今はまだ。
 ――もう少しだけ。

 だが、脳裏に浮かんだ淡い想いは両断された。

 15年、身に刻まれた感覚が反応する。
 何よりも優先される使命の前に、幻想は脆く崩れ去った。

(……魂〈アニマ〉の、気配)

「涼也?どうしたの?」

 未佳が怪訝そうに声をかける。
 だが、涼也は何も答えず、足早にその横を通り過ぎた。

「えっ?涼也、急にどうしたの?!」

 様子がおかしい少年を、未佳は反射的に追いかけた。

(――来ないで)

 涼也が振り返ると、未佳は怯えた顔で足を止めた。
 まるで少年の視線が境界を引いたように、二人の間には微妙な距離が残った。
 ――優しい時間は、終わりを告げた。

「俺に関わらないで」

 厳しい声音でそれだけを言い捨て、涼也は駆け出し、ビルの隙間の闇に消えていった。

Q. 3年間クラス替えなしはあり得るのか?
A. 高校生の私にはクラス替えも席替えもなかった。3年間友達が隣だった。中学生だとないかも…

Q. 高校生にしなかったの?
A. もとから中学生だったけど、今回しれっと高校生に変更するかちょっと悩んだ。でも2年と2か月を一緒に過ごしているのに…の下りがほしかったのでそのままにした。

Q. ハルカナタとMr.ハロウィンって?
A. そもそもここはCDショップで出会うシーンだったけど、今どきCDショップって行かないかも…と思って舞台を変更した。ニアルタ群の私のメモにキャラ設定だけあったカザシキカナタとミスター・ハロウィンというキャラを活かしました。

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