棘の章

第3話 ケテルフィール侯爵家

 ラクスの依頼は、一人の青年を探し出し居場所を伝えることだ。
 しかし、大陸規模で人ひとりを探すのは途轍もない時間がかかる。
 困り果てたゼルスが当てにしたのは、R.A.Tの世界規模の情報網だった。

 妙な鳥族青年と遭遇した後、二人はルプエナとリギストの国境付近にある街・ラーダに来ていた。R.A.Tはリギストにもあるが、情報はルプエナ内の方が豊富だし伝達も速い。
 ラーダのカウンターはフェリアスと違って空の下ではなく、戸建で商店街の中に並んでいた。木造の広い店内は建てられてまだ数年しか経っていないのかまだ新しい。
 その店内で、ラクスからもらった似顔絵の紙を片手にゼルスは珍しく諦めモードで溜息を吐いた。その隣には、不思議そうなキルアが立っている。
「……詰んだ……」
「ねーゼルス、何で聞かなかったの〜?今のヒト、知ってるみたいだったよ?」
「よく聞いとけガキンチョ。世の中にはな、守秘義務ってのがあんだよ」
「しゅひぎむ?なんかの魔法?シュヒギム!!」
「……確かに封印魔法だな」
 えいやっと、それっぽくポーズを決めてみせるキルアの言葉に納得した。
 何か知っている情報はないかとカウンターの受付嬢に紙を見せて真っ向から聞いた。そしたら礼儀正しい営業スマイルでやんわり断られて、ふと守秘義務のことを思い出した。
 フェリアスのオヤジはそこんとこが非常に緩く、ぺちゃくちゃ喋る。何処だかの誰がヘマをやらかしたとか、噂のアイツが妻と喧嘩したとか、どうでもいいことばかり。そのせいか守秘義務の感覚が薄れていたようだ。あのオヤジ、よく解雇されないなとふと思った。
「……けど、逆にわかったこともある。守秘義務で答えられないってことは、コイツはR.A.Tの関係者ってわけだ。所属者か運営側かはわからねーけど、それだけ絞れればいい方だろ。村人Aとかだったらマジで投げ出そーかと思ってたんだけど」
「依頼ポイしちゃったら、オジサンに怒られちゃうよ〜?」
「まぁオヤジは真面目だからな……」
 ゼルスとしては生計が立てられればなんでもいいので、信用とかは二の次だ。効率が悪すぎるし、別にこの依頼にこだわる理由もない。今回は目星がつきそうだから良いだろう。
「『ゆーめーじん』なら誰かに聞いてみよー♪」
「って、おい!」
 キルアはばっとゼルスの手から紙をひったくり、近くにいた人物に駆け寄っていった。
「ねぇねぇ、このヒト知ってる〜??」
「おわっ何?コイツ?」
 歩いていた男性の服をガシッと掴んで引き止めながら、キルアは片手に持った紙を見せてそう聞いた。妙にキルアらしい強引なやり方である。
 追いついたゼルスが、しかし他人のフリができる距離を置いて様子を窺うと、男性は「あぁ!」と声を上げた。
「知ってる知ってる。蒼い髪の奴だろ?」
「ホント!? 何処にいるか知ってる?」
「確かケテルフィール侯爵家の護衛の一人だったと思うよ。R.A.Tに所属してるわけじゃないけど、若くて強いって有名で腕試しをしたい連中が行ったけど、全員返り討ちに遭ったって話だ。大分前の話だから今もいるかどうかはわからないけど……」
「うん、わかった!おにーさん、ありがと!」
 男性に手を振ってお礼を言った後、キルアは得意げにゼルスを振り返った。
「どぉーだ☆ んで、『けてるふぃーるこーしゃくけ』ってナニ??」
「わかってねーじゃねーか!?」
「だって知らないよ〜。エラい人?」
「マジかよ……R.A.Tにいて知らないとか……逆にすげぇな……」
 ゼルスは呆れと感心を行ったり来たりしながら嘆息した。
 ケテルフィール侯爵家は数十年前までは町貴族だったらしいが、先見の目を持っていた前当主がひとつの事業を起こした。それこそがまさにリクエセシス=アンダーティア——R.A.Tである。
 R.A.Tは瞬く間に世界に広がり、ケテルフィール侯爵家は信用と莫大な年収を得て一大領主へと成長した。今ではその名を知らない者はいない。……はずだった。ここにいた。
 ケテルフィール家の説明が終わると、キルアは「へぇ〜!じゃあスゴイヒトなんだ!」と言ったからこりゃ全然理解していないなとゼルスは思った。
「で、そこにこの探し人がいるってわけだ。ほら、フェリアスの外れにデカイ屋敷あるだろ。あそこがケテルフィール侯爵家」
「あっ、アレかぁ!んじゃあ早く行こっ!」
「ってお前……相手は大貴族だぞ?門前払いされるだけだろ」
「飛んでけばダイジョーブッ☆」
「要するに不法侵入かよ!捕まるだろーが!」
「バレなきゃダイジョーブっ♪」
「……お前、意外と……いや、やっぱり黒いな……まぁそうなんだけど。屋敷は多分カルファード製の防犯システム完備、ボディガードわんさかだぞ?大貴族だし」
 なんて、ちょっと問題のある会話をする二人。起業した前当主は武術を心得ている人物で腕も確かだったらしいが、後継者の現当主はその気がなく温厚な人らしい。それが唯一の救い……だろうか。

「あ、いたいた。そこの飛族のお二人さん」
 なんとか入る方法をゼルスが考えていると声をかけられた。二人が振り向くと、先ほどキルアが声をかけた男性だった。
「そういや俺が並んだ時、ケテルフィール侯爵家の依頼があったんだよ」
「へっ?ホント!?」
「経営主が依頼するのか……どーせ、もうとられてるだろ」
 ケテルフィール侯爵家の依頼となれば報酬も高額だろうし、他の所属者が見逃すはずがない。大して期待せずにそう返すゼルスに、男性はふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「それはどうかな?報酬は弾むかもしれないが相手は大貴族、しかも領主で国の定例議会のメンバーだ。チェックしてみたらどうだい?」
「むむ?」
「どーゆーことだよ?」
「あっはっは、その意気なら問題ないか。それじゃあ頑張れ」
 男が言っていることが理解できない。不可解そうな二人に男性は愉快そうに笑い、立ち去った。
「うーん、どんな依頼かなぁ〜?パーティの依頼だったらいーなぁ♪ ホラホラゼルス、早く並ばなきゃっ!」
「……お前、目的忘れんなよ?」
 すっかりパーティの依頼だと思っているキルアに、ゼルスは仕方なさそうに釘を刺しておいた。

 ラーダ支部はフェリアス本部に比べればまだ待ち人数が少ないので、並んでから数分ですぐに順番が回ってきた。さっきの受付嬢……ではなく男性に交代していた。
 キルアがぴょんとカウンター前に身を乗り出し、相手が飛族だと目を見開いている受付の男性に尋ねた。
「えっとね、ケテルフィールこーしゃくけの依頼があるって聞いたんだけど〜」
「あ、あぁ……確かにあるよ。けど、みんなやりたがらないんだ。……にしても飛族の二人組か。あのゼルス・ウォインドに会う日が来るとはねぇ、びっくりだよ」
「……そりゃどーも」
 カウンターの後ろの棚をあさりながら言う男性に、ゼルスは適当に答えた。
 男性はファイルから引っ張り出した依頼書を差し出した。先に取ろうとしたキルアより早く、ゼルスはそれを手にとって目を通してみた。

依頼主
オスティノ・フォン・ケテルフィール
職業
貴族
内容
私には12歳になる孫娘がいるのですが、私はこの1週間、仕事で国内のさまざまなところへ行くことになりました。
無理をさせたくないので孫は家に置いていくつもりです。その間、孫の遊び相手、話し相手になってほしいのです。
人付き合いが苦手であまり喋らない子ですが、どうかよろしくお願いします。
詳しいことは私の屋敷にてご説明します。
追記
恐らくお一人では大変だと思うので、2、3人でも構いません。

「期日がもう明後日で、こっちも困ってるんだよ。そうなったら多分別の方面から雇うんだと思うけど……みんな恐縮して受けたがらないんだよ。相手は大貴族、それもR.A.T社長だからなあ」
「……それ、どーゆー意味で?」
「『今日しゅく』??」
 さっきの男も似たようなことを言っていた。解せない二人が本当に不思議そうに問うと、男性は豆鉄砲を食った鳩のように目を瞬いた。
「えっと……相手はR.A.T社長だろう?だからお孫さんの相手とは言え、失態で最悪解雇されるかもしれないってみんな敬遠するんだ。社長は温厚な人だし、そんなことはないって言ってるんだけどね」
「あぁ……なるほど」
 確かに12歳の子供の相手なんて大人はやりたくないかもしれない。しかも相手は知らぬ者はいない大貴族の孫娘。無礼な言動は許されない。
 さらに、孫娘はあまり喋らないと来ている。いつも忙しい大人は暇に感じるだろうし、どうすればいいかわからないだろう。
 が、ゼルスは違った。大貴族相手と聞いて敬遠される理由がわからなかったくらいには、そのへんは昔から肝が据わっているので動じない。
 そして肝心のお相手はあまり喋らない性格らしいが、むしろゼルスは好ましい。馬鹿とうるさい奴は嫌いだ。
「よくわかんないけど女のコと遊べばいーんだよねっ?オトモダチになろー♪ パーティしないのかなっ!?」
 とか礼儀作法うんぬんをまず理解していないキルアも気にしなさそうだし、あまり喋らない子も気にしなさそうだから大丈夫だろう。
 ペンを手に取ったゼルスに、カウンターの男性は感激した目で言ってくる。
「受けてくれるのかい!? ありがとう!よかったー、期日も近付いてたし社長の依頼だし、受けてくれる人を探してたんだ!支部長に怒られなくて済むよ!」
「本音出やがったな……」


 依頼を受けた二人は、その足でケテルフィール侯爵家に来ていた。
 大人三人分くらいの高さがありそうな白塗り壁の内側に佇む、赤レンガの美しい屋敷だった。ここからでもその瀟洒(しょうしゃ)な造りが見て取れる。
 もちろん、その入り口となる門だって手を抜いていない。直線と曲線が融合したデザインの黒柵の向こうには、丁寧に手入れされた噴水や鮮やかな庭園が垣間見えた。
「ねーねー!依頼受けたよ〜〜、誰かいるー?」
 その門を、牢屋に閉じ込められた囚人よろしくガシャガシャ揺らす鳥族の少女。
「あのなぁ……さすがに、もうちょっとマシなやり方あるだろ……」
 とは言ったものの、確かに普通の家と違って玄関のドアがあるわけでもないし、何処をノックすればいいのだろう。
 何か呼び鈴のようなものはないかと、ゼルスがきょろきょろと辺りを見渡していると。
≪申し訳ございませんが、危険ですので門よりお離れ下さい≫
「へ??」
 何処からともかく声がかかった。目を瞬いただけで離れないキルアの首根っこを、仕方なくゼルスが引っ掴んだ。
 すると、門の左右から突然現れた使用人たちが黒い柵をゆっくり屋敷側に開いていく。門が開き終わると、使用人たちは道の左右に並んで整列した。
 通れるようになって真っ先に、キルアは使用人たちの背後にあった丸いものを見つけて駆け寄った。
 半円型で、ガラスの内側がほんのり緑色に光っている。よく見れば平たい面に細かく字が書かれていた。
 装飾的に細工されたオーナメントのように見えるが、これは……
「おお、やっぱりー!魔導具だ!」
「わかるのか?」
「んとね、さっきの声なんか精霊さんが忙しかったしー、響きもおかしーなーって思って〜」
「……全然説明になってねーよ……」
 多分感覚的すぎて彼女も説明できないのだろう。魔法に関しては天才らしい。
 魔導具は、あらかじめ書いてある指示を精霊に飛ばし、動かす魔術的な道具のことを言う。指示で精霊を従えるという魔法と似た原理で動くが、厳密には魔法学ではなく精霊学の分野らしい。
 しゃがみ込んでいるキルアの後ろから、しげしげとゼルスも覗き込む。知識でしか知らないので本物は初めて見た。

 使用人たちには目もくれず、道端のオーナメントをしゃがみ込んで観察する二人に静かな声がかかった。
「そちらは〈風ノ伝カゼノツタエ〉と申します。ケテルフィール侯爵家に伝わる魔導具でございます」
 いつの間にか屋敷を背に、スーツを完璧に着込んだ壮年の男性が佇んでいた。
 魔導具に注目していたのもあるが、この至近距離でまったく気配に気付かなかった。思わず驚いた顔で振り返る二人に、男性は柔和に微笑むと一礼した。
「ようこそ、おいでいただきました。わたくしはこの家の執事を務めております、ファーネルと申します。以後お見知りおきを。ラーダのR.A.T支部から伝言は承っております。依頼を受けて下さった方々だとお見受けしますが」
 執事だと名乗る男性は、スーツの上からでもわかるほど鍛え抜かれた体をしていた。立ち振る舞いは軍人のそれだし、腰には剣が差してあるし、恐らく屋敷の護衛も兼任しているのだろう。
「……あぁ。これが依頼書」
「はい、間違いありません。オスティノ様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
 ゼルスの差し出した依頼書を確認すると、執事は歩き出した。二人も彼の後に続いて歩いていく。速すぎもせず遅すぎもしない、適度な速度だ。
 長い道を進んでいき、飛沫の舞う噴水の真ん中に屹立きつりつする女性天使の像や、花々が色鮮やかに咲き誇る中庭の横を通り。シックなつくりの扉から屋敷の中に入ると、まず高い天井にぶらさがる巨大なシャンデリアが目に入った。
 キルアが前に飛び出して照明を仰いだ。
「うっひゃ〜、きっれーい♪ もしかしてアレも魔導具だったりしてー☆」
「ご期待に添えず申し訳ございませんが、あちらは一般的なシャンデリアでございます」
「一般的と来たか……」
 あの大きさは一般的ではないだろう。本当に魔導具だと言われても納得しそうである。
 キルアは執事の背をばっと振り返って聞いた。
「ねね、さっきの魔導具って何をするのっ?風の属性をすっごく感じたけど!」
「ええ、その通りでございます。〈風ノ伝〉は周囲の音を伝えるものです。これ以上の情報は侯爵家の機密ですのでご容赦ください。……どうぞ、応接間はこちらです」
 広い玄関から伸びる廊下は左右と正面に3つあり、執事は左の廊下へ入っていった。
 鏡のような床の上を歩いていくと、玄関脇にも門先と同じ緑の球体があった。キルアは駆け寄って興味深そうに観察する。
 ゼルスはその首根っこを掴んで引っ剥がした。
「置いていかれるから後だ」
「むー!気になるんだもーん!アレ、回りの音をみんなで伝え合うみたい?きっと他の場所にもあるよー!」
「ふーん」
 なるほど伝声管みたいなものか、とゼルスは心の中で納得していた。
 玄関の〈風ノ伝〉が自分たちの声を屋敷の中の〈風ノ伝〉に届け、それを聞いた執事と使用人が迎えに現れたのだろう。侯爵家にとっては防犯アイテムでもあるだろうし、だからこそ機密にしておきたいようだ。……ここであっさり看破されたが。

 やがて、玄関傍の一室の前で立ち止まっていた執事に追いついた。
 執事が「こちらでございます」と扉を2度ノックする。
「依頼を受けて下さったR.A.Tの方々をお連れいたしました」
「どうぞお入りなさい」
 初老くらいの丁寧な男性の声が室内から許可を下した。
 執事が扉を開いて横に退く。部屋の向こうに、綺麗に磨かれた低いテーブルとソファー、大きな窓が見えた。
 その窓際に紺の上品な服をまとった男性が立っていた。孫娘の存在から年の行った老人かと思っていたが、想像以上に若々しい容貌だ。
 依頼主のオスティノ・フォン・ケテルフィール――西の都フェリアスを擁するケテルフィール領の主でもある彼は、二人を見てにっこり微笑んだ。
「飛族のお二人だと聞いていましたが……この年で飛族が見られるなんて光栄です。さあ、どうぞこちらにお座り下さい」
「……そうだな。全体的に引きこもりだからな、飛族って」
 飛族だということに触れ、しかしさらっと流して話を進める。不思議と好感が持てたゼルスはそう答えた。
 長いソファーに二人を案内してから、オスティノは向かいのソファーに腰を下ろした。するとちょうど良く、何処からともなく現れたメイド服の女性が三人の前に紅茶の入ったティーカップを置いていく。
 ゼルスはシュガーポットから好みの量を入れて少し飲んでみた。味わったことのない上品な味が口の中を満たす。
「何だこれ……うま」
「お口に合ったようで何よりです」
 紅茶にはうるさい方のゼルスが思わず声を漏らすと、オスティノは微笑んだ。その後ろには、先ほど自分達を案内した執事が立っている。

 ……と。水にどぽどぽ何かがたくさん入る音がして、ゼルスは振り抜いて言葉を失った。
 どぽどぽんと音を立てていたのは、ティーカップに入った紅茶。その水面を揺らしていたのは、キルアの手がポンポンと突っ込む角砂糖。しかも溢れ返った角砂糖ですでに紅茶の水面が見えない。
 それをスプーンで混ぜようとするのだが……角砂糖が邪魔で、スプーンをティーカップの中に差し込めない。
「うー、混ぜれないぃ〜」
「……し、信じらんねぇ……どんだけ甘党なんだよ!しかも紅茶、もう砂糖溶け切らなくなってるし!」
 ついゼルスが声を上げるとオスティノが目を瞬いた。
「おや……ティーカップが小さかったようですね。メリッサ、大きめのものを新しくお出しなさい」
「やった~~!」
「え、そういう問題……?」
 メイドが新しく大きめのティーカップに入った紅茶を提供すると、キルアは上機嫌で角砂糖をたくさん入れていく。
 それを尻目に、ゼルスはオスティノに言った。
「で……依頼ってあんたの孫娘の相手だよな?」
「ええ。私はこの1週間、仕事で家を留守にします。その間、孫のレナの話し相手になっていただきたいのです」
「……その前に聞きたいんだけど。何で孫は連れていかないんだ?無理させたくないって書いてたけど、そんな重労働でもねーだろ?」
 紅茶を飲みながら聞いていたゼルスは、ふと思い出したようにそう聞いた。
 するとオスティノは悲しげに表情を歪め、自分の紅茶を見つめた。
「……ええ、その通りです。私がレナを連れて行かない理由……真意は別にあります。本当は私の外出に合わせる必要もないのですが、期限を設けないと誰も引き受けませんので建前として」
 紡がれた声は静かに部屋に浸透する。
「レナは可哀想な子なのです。小さい頃に目の前で両親を一気に失って、それ以来、心を閉ざしてしまって……」
 応接室に何とも言いがたい空気がわだかまった。
 ――両親がいない少女。ここ数十年の平和な治世で減ってはいるが、それでも戦争や盗賊がはびこる世界では大して珍しくもない。同じような境遇の人々が一体どのくらいいるのか。二人とも無意識の内に押し黙っていた。

 その空気を破るようにオスティノは再び口を開いた。
「ですが三ヶ月前に、セルリアという者が仕事をしたいとやって来たのです。年が近かったせいか、レナはその者と打ち解け、見違えるほど明るい少女になりました。私はあの時のような奇跡を待っているのです……」
「せるりあ……?誰〜?」
「貴方がたより少し年上でしょうか。蒼い髪をした物静かな男子です」
「まさかコイツ?」
 もしかしてと、ゼルスはラクスにもらった似顔絵をポーチから出し、オスティノに見えるようにテーブルに置いた。
 すると彼がハッと息を呑んだのでゼルスは確信した。
「今、コイツを探してほしいってもう一つ平行して依頼受けてるんだけど。コイツ、ここにいたのか?」
「へ??」
 「この似顔絵の主がここにいると知ってもぐりこんできた」というのは伏せておいた方が無難だ。初めて知ったような口ぶりのゼルスにキルアが首を傾げるが、ゼルスは横目で睨んで黙らせておいた。
「セルリア……って言ったっけ?蒼い髪で目が紫とかって」
「ええ、その通りです。彼を探しているのですか?」
「う、うん、そーなの!」
「ですが彼は今、ここにはいませんよ」
「……は?」
 ゼルスとキルアが唖然とした顔でオスティノを見返すと、彼は残念そうに顔を歪めた。
「セルリアは何も言わずに姿を消してしまったのです。もう、一月になります」
「ええーッ!? なんでなんで〜!?」
「わかりません……レナも彼が来る以前のような無口な子に逆戻りしてしまって……」
「何処行ったかとか心当たりは?」
「残念ですが……」
 申し訳なさそうなオスティノの前に、二人は無遠慮に同時に溜息を吐いた。
 ケテルフィール家にいると聞いてやって来たのに、これでまた振り出しの「大陸規模から探す」に戻ったことになる。何処を探せばいいのか見当もつかない。

 落胆している二人の様子につられ、オスティノも溜め息を吐いた。
「セルリア……本当に一体、何処に行ってしまったのでしょう。私もずっとセルリアを探しているのですが、なかなかそれらしい情報を手に入れられず……」
(R.A.Tですでに探していた?それでも見つからないのか?)
 R.A.Tの情報網は大陸全土に及ぶ。その主たる彼でも見つけられないものがあるのか。
「……浮世離れした不思議な青年でした。これだけ探しても見つからないとなると、幻だったような気さえします」
「ン~……なんか、前に会った鳥族の人みたいだね~」
「……確かに」
 キルアが言うのは前に空中で会った大きな羽の鳥族だろう。まったくの別人だが、なるほど印象は似ていた。

(……突然現れて消えたセルリア、ね)
 キルアはともかく、自分がそのセルリアの代わりになるとは思えないが、依頼は依頼だ。ゼルスは気持ちを切り替えた。
「とりあえず……依頼はちゃんとやるから。いつ出かける?」
「明日の朝の予定です。今日はもう遅いことですし、また明日お願いしますね」
 言われてみれば大窓の外は日が傾き始めていた。キルアは慌てて、残っていた紅茶を一気飲みにかかる。すでに飲み終わっていたゼルスはそれを横目に、ソファーから立ち上がった。