paradoxⅡ
∞ Judas 02 寂しげな微笑
赤いリオティーを飲んでから、ちらっと正面を見た。夕食を食べ終わり、暇そうに頬杖をついて目を閉じているノストさんがいる。
目線をリオティーの水面に落とす。自分の顔がぼんやり映っている。それから、また上目遣いでノストさんを見た。
「用があるなら言え」
そしたら、その格好のまま、ノストさんが鬱陶しそうにそう言った。やっぱり彼のことだから、私が何度もそわそわと盗み見ていることには気付いていたらしい。私はうつむいたまま、視線をリオティーに戻した。
夕方頃になって宿に戻ったら、夕食を食べに行くことになった。それで私達は今、すぐ傍にあったレストランにいる。私がご飯を食べ終わって、食後のリオティーを飲んでいたところ。
今、私はメガネと白帽子をつけていない。昼間みたいに賞金稼ぎさんに見つかるかと思ったけど、やっぱり食事中は邪魔だから取った。特に帽子。見つかってもノストさんがいるし、きっと大丈夫。……本当に頼ってばっかだな、私。
辺りには、私達のほかにもお客さんがいた。みんな和やかに食べている中、私とノストさんはあまり会話もしないまま完食してしまった。私が喋らないと、こんなに静かなんだな……。
『行けないよ。……僕には、彼に会う資格はないから』
……私の胸にずっとつっかえているのは、昼間の彼の寂しげな微笑。
キールさん……きっと、ノストさんに会いたいはずなのに。久しぶりだねって言いたいはずなのに。
「……あの、ノストさん」
長い沈黙を置いてから、私はリオティーを見つめて静かに彼を呼んだ。
……私は……彼に頼まれてしまった。
さっさと街を出て行くこと。
自分達の関係に口出ししないこと。
会ったことをノストさんに言わないこと……。
もし頼まれなかったとしても、どっちにしたって、私にはわからなかった。
裏切られたノストさん、裏切ったキールさん。
一度、裏切られた関係を修復するのは難しい。その上、その内容をよく知らない第三者の私が口出しできることじゃなくて……。
でも、放っておけなかった。
故郷のフェルシエラにもう帰らないノストさんには、きっと今、私しかいない。……これは、ただの思い込みかもしれないけど。
だから……二人の関係を元に戻したいなら、きっと私がなんとかするしかないんだ。
そう思って。私は、口を開いた。
「……私、友達っていないんです。あ、セル君とミカちゃんは友達ですけど……村にいた頃は、友達っていませんでした」
「……唐突だな」
「えっと……昼間、子供達が遊んでるのを見て、ふと思って」
子供達が遊んでいるのを見たのは本当。でも、彼らを見て思ったというのは嘘。キールさんのことは伏せて、私は半分嘘をついた。
「よく考えてみれば、同い年くらいの人って村にはいなかったんです。それに、私は家が村の外れにありましたし……」
「………………」
「それで……ちょっと思ったんです。……ノストさんは……お友達、いたんですか?」
そこで私は、ゆっくり顔を上げて聞いた。彼はさっきと変わらない体勢だったけど、目を開いてこちらを見ていた。
その静謐な瞳を、私は真正面から見据える。ノストさんも、何か考えているのか、すぐには返答せずに私を見つめ返していた。
彼は……なんて答えるんだろう。
裏切ったキールさんのこと、どう思っているんだろう。
……やがてノストさんは、頬杖をついていた手を下ろして体を起こした。追憶するように、視線を横にそらして答えてくれた。
「……一人、いた」
「やっぱり、貴族の人……ですよね」
「元。……10年前に、一門ごと、ラウマケール第四位の地位を剥奪されてフェルシエラから追放された」
「だ、第四位の人なんですか!?」
「所詮馬鹿は、一方に気を取られると周りが見えないか」
「い、いえ!もちろん追放されたって言うのも気になりますけど!!」
な、なんにぃーー!? キールさん、ラウマケール第四位の貴族の人だったの!? というか、よく考えてみれば、第一位にいるノストさんが、中流下流貴族と付き合いあるわけないよね……私なんかが言えることじゃないけど!
「それで……追放されたって、どういうことですか?」
「当主が掟を破ったからだ」
掟を破って、キールさんは追放された……でも当主って言ってるから、キールさん自身がしたわけじゃないのかな?でもそしたら、キールさんが言ってた「裏切った」ってことが説明つかないし……うーん。
掟って言うからには、何か禁じられていることだろう。それを破ったってことは……確かに、悪いのはキールさん側……なのかな。
「……どういう掟ですか?」
どんな掟か聞いてみたら、ノストさんは途端に口を閉ざした。不思議に思って私が首を傾げると、彼は低い声で、ぶっきらぼうに言った。
「……どうでもいいだろ」
「なっ……そこまで言って、それはないでしょうっ!」
「黙れ。お前には関係ない」
「っ……」
思わず私が声を上げたら、ノストさんが急に私を睨んできた。一目でわかるくらい怒っていた。その感情的な目で容赦ない拒絶の言葉を言われて、その迫力に私は何も言えなくなる。
ノストさんがこんなに感情的になるの……スロウさんの時以来の気がする。思い出したく、ないのかな……キールさんが「裏切った」って言うのは本当かもしれない……。
……って、ダメだ、私が負けちゃ!私は、二人に仲直りしてほしい。頑張らなきゃ……!
心の中で自分に喝を入れて、なんとか立ち直った私は、今度は質問を変えてみた。
「そのお友達……今はどうしてるんですか?」
「……さぁな」
ノストさんを刺激しないようにそっと聞くと、少し落ち着いた様子のノストさんは息を吐き出しながら言った。10年間、連絡も何もなし……か。お互い、生きてるかどうかもわからなかったんだろうな……。
……私は、ノストさんを見た。いつの間にか冷静さを取り戻している彼は、相変わらず、私の方は見ていなかった。何か思い出しているのか、さっきから彼はぼんやりしている。
その彼に。……私は最後に、小さな声で問うた。
「——会いたい……ですか?」
「………………」
……ノストさんは、答えなかった。
表情を曇らせることも、微動だにすることもなく、考え込むこともなく。そのぼんやりした様子のままで。私の言葉は……届いていないかのようで。
やっぱり……裏切られたことを思い出してるのかな。さっき凄く怖かったし、気にしてることは間違いない。
もう……友達だって、思ってないのかな……。
「—————1つだけ」
「…………え?」
永遠にも思えた、長い、長い空白の間の後。ノストさんが発した小さな声が聞こえていたことに、私はやや遅れて気が付いた。
うな垂れていた私がノストさんを見ると、彼は腕と足を組んでイスの背もたれに寄りかかり、目を伏せた。
「……1つだけ……奴に、聞きたいことがある」
「………………」
それが何なのか……何も知らない私には予想できなかった。
だけど、それだけで十分だった。
「……そのうち、会えたらいいですね」
遠回しな肯定の言葉を聞いて安心した私は、無意識に微笑んでいた。
昼、キールさんと別れてから、ようやく浮かべることができた笑みだった。
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そして翌朝。晴れやかな気持ちで、朝から私は叫んでいた。
「あ!ノストさん!大変ですよっ!」
「朝からやかましい、この鶏女」
「に、鶏っ!? そんな鳴き方してませんよ!しかもそこまで朝早くないでしょうっ!もう朝食食べた後じゃないですか!」
「朝早くから騒ぐなんて鶏かお前は」って言ってるんだと思う!コケコッコーなんて鳴いてないのに!
ルームサービスの朝食を食べた後。宿の部屋で、スカートのポケットに手を突っ込んだ格好の私は、ベッドに座っているノストさんに嬉しい声音で叫んだのだった。
ポケットから手を出しながら、私はやっぱりつい笑顔で言う。
「ウォムストラル、忘れて来ちゃいました!昨日、大聖堂に遊びに行ったんですけど、そこに置いてきちゃったみたいです!ってことで、大聖堂に寄ってから街を出ましょう!」
「知らん。自己責任だ。取りに行け」
「くっ……そ、そう言うと思ってましたよ!でもですねっ!昨日、賞金稼ぎさんが街にいて、私、また間違えられたんです!今日もいるかもしれません!もしいたら、私やられちゃいますよ~!!」
「待ってるから自分で行け」みたいなことを言われるだろうと予測してた私は、負けじと、さらに奥の手を使った!ふっふっふ、これならどーだ!
とか勝ち誇った気分でいたら、ノストさんはこの手にさえ穴を見つけたらしく、面倒臭そうに言う。
「はぁ?力出し惜しみしてんじゃねぇよ」
「わ、私に賞金稼ぎさんを撃退できる力はないですよっ!昨日はその、通りかかったゲブラーの人に助けてもらったんです!まぐれなんですよ、ま・ぐ・れっ!ほらほら、行きましょうよ~!!」
よ、よーっし、ちょっとドキっとしたけど、我ながらすばらしい返答だ!ここがセントラクスでよかった!今度こそ、どーだ!
……もちろんポケットの中に、ウォムストラルはちゃんとある。昨日、大聖堂には行ってないし、ウォムストラルは確かに今、手元にある。でも、どっちも多分ノストさんにはわからない。それを利用して、私は彼を大聖堂に連れて行こうとしていた。
キールさんは今、教団に雇われているって言ってた。だからきっと、大聖堂に行けば会えるはず。
10年前、何があったのか、第三者の私にはわからない。だからやっぱり、当事者の二人が直接会って話すのがいいと思ったんだ。そーいやハンカチも借りっ放しだし。
やがてノストさんは、私の説得をようやく聞き入れて、仕方なさそうに立ち上がってくれた。
やった、第一関門突破!次は、キールさんが大聖堂にいるかどうかだ……!
「この妨害女」
「ぼ、妨害女……出発の妨害ってことですか。というかノストさん、そんなに早く出て行きたいんですか?せっかくの旅なんですし、もっと寄り道しながら行ってもいいじゃないですか~!」
「馬鹿の寄り道は迷子に直結してるな」
「うっ……!そ、それはその……で、でも!道端の人に聞けば大丈夫ですよ!」
「とっ捕まって牢屋行きだな」
「う、うう……!確かに、またルナさんと間違えられるかもしれませんがッ!」
よく考えてみれば、ルナさんって指名手配されてるんだよね……!賞金稼ぎさんじゃなくても、見つけたら誰だって報告するよ!
そんな会話をしながら、私は変装セットをつけて、ノストさんと一緒に宿屋さんを出た。そのまま、大通りの突き当たりにある大聖堂へと並んで歩いていく。
……キールさんに頼まれたことは、ちゃんと守ってるつもり。
ノストさんにキールさんと会ったことは言ってないし、二人の関係には多分口出ししてないし、大聖堂に行ったらすぐ街を去るつもりだし。……うん、これならキールさんも言い返せないはず!
キールさん……いればいいな。いなかったらどうしよう……そこまで考えてなかった!今のうちに考えよう!うん、今日の私は策士だ!
……が。何も思い浮かばないまま、私達は大聖堂の前まで来た。
や、やばいピンチだ……!こ、こーなったら祈るしかない!キールさん、どうか大聖堂にいて下さい!!
「信者になりに来たなら置いてくぞ」
「ち、違いますよっ!ウォムストラルを取りに来たんです!」
大聖堂の扉の前で手を組み、必死な様子でお願いする私を置いて、ノストさんはその扉を押した。綺麗な装飾の扉の向こうは天井の高い礼拝堂だった。
中に入るノストさんを追って、私は扉を閉める。穏やかな静けさに満たされた聖堂内はやっぱり綺麗で、何処となく神聖な空気が漂っていた。
私達の他に、この礼拝堂には数人の神官さんや信者さんだと思われる人がいた。キョロキョロ見渡してみるけど、キールさんを始め、彼みたいな用心棒っぽい人は見当たらない。
キールさん、何処だろう……?とよそ見をしながら歩いていたら、顔面に何かぶつかった。
「わっぷ!す、すみません……」
いつの間にか立ち止まっていたノストさんの背中だった。う、うう、メガネのパーツが当たって痛い……。
謝りながら一歩引くと、彼は肩越しに私を見て。
「……で」
「へ……?」
「この場所に何の用だ」
「…………だ、だから、ウォムストラルを取りに……」
あれ、おかしいな……と思いながら私が言いかけると、ノストさんは嘆息して私を体ごと振り返った。意味がわからずきょとんとしている私に、呆れたように言う。
「劇の役は降りた方がいいぞ」
「……あ、あの~……?」
「ガキ以下のヘタクソな演技だ。評価は凡人レベルを100としたらゼロだな。むしろそれ以下の圏外か」
「……さ、最初からバレてたってことですか……」
「大体、その石を理由に取り上げた時点で馬鹿だ。考えが浅い」
「うう、はい……」
めちゃくちゃけなされて、私は泣きそうなった。うう、そこまでバレバレだったかな、私の演技……。
確かに考えてみれば……形見のウォムストラルを、私が置き忘れるなんて有り得ない。自分でも有り得ないって思う。しかもそれを笑顔で言ってるって、おかしいよね……あはは……く、悔しいー!!
……でも、それに気付いてて、来てくれたんだ……とにかくノストさんを大聖堂に連れて行かなきゃ!って言う、必死さが伝わったのかな。理由はなんであれ、多分彼にとっちゃ「慈悲」なんだろう。
「で、理由は」
「そ、それは……」
「昨夜の夕食は不気味だったな」
「どういう意味ですかッ!! 気分が沈んでたんですよ!」
あくまでも言おうとしない私に、ノストさんはふとそう言ってきた!「妙」ならまだしも「不気味」って!いっつもお喋りしながらご飯を食べてるはずなのに、昨夜はほとんど無言で食べたからなぁ……そりゃ不気味だよね……。
私が思わず口走ったことを、ノストさんは聞き逃さなかった。私を見据え、有無を言わさぬ口調で問う。
「昨日、何があった」
「な、何もありませんよ?!」
「馬鹿にしちゃ、なかなかの策略だったな。何処まで本当だ」
「……っ……」
そう言いながら、ノストさんが片手を伸ばしてきた。何するのかわかんなくて私が硬直すると、彼の手は私のメガネを取った。
フレームがなくなった分、視界が広くなる。ノストさんは、真正面から私を見つめてきた。多分、私の微妙な動揺や反応を見るために。
私はまるで呪縛にあったみたいに、その強い瞳をただ見つめ返すのが精一杯で、何も答えられなかった。
……と、ノストさんの視線がやや横にズレた。それから、背後で扉が開く音と、数人の雑談する声。
硬直が解けた私も、つられて後ろを振り返ると……三、四人の武装した人達が大聖堂に入ってくるところだった。
その先頭の淡いオレンジ色の髪の人が私達を見て、驚いた顔をしたのが見えた瞬間。
ひゅっと私の脇をかすかな風が通って、途端に視界が黒になった。
10年ぶりに再会したはずの二人は、思いも寄らない構図で向き合っていた。
「え……ちょ、ノストさん……!」
思わず私が声を上げるけど、キールさんは動じずに、穏やかに、嬉しそうに、懐かしそうに……微笑んだ。
「……いい動きをするようになったね。久しぶり……ノスト」
「………………」
純粋に再会を喜んでいるキールさんとは反対に、一瞬で間合いを詰め、躊躇なくジクルドの切っ先をキールさんの首元に突きつけたノストさんは、無言だった。
私からは、こちらに背を向けているノストさんがどういう顔をしているのか見えなかった。それがまた、余計に不安で。
いつの間にか聖堂内の声や音は静まっていて、その場の全員が彼らに注目していた。
「き、キールさん……」
「さっきノストが驚いたところを見ると、ステラさんは僕に頼まれたことは守ってくれたみたいだね。けどまさか、その穴を突いて、ノストを連れてくるなんて思ってなかったよ」
私が弱々しい声で呼びかけると、キールさんはこちらを一瞥して、参ったように笑った。それから、背後の連れらしい用心棒っぽい人達に先に行っててと指示を出す。その人達がノストさんの横を通り過ぎざま、彼をちらちら見ながら聖堂の奥へ立ち去っていく。
少し緊張が解けたのか、聖堂内にも少しずつ音が戻ってきた。だけどこの二人と私は、同じ立ち位置のままだった。
しばらくして、そこに立ち尽くすキールさんが不思議そうな顔でノストさんに言った。
「……ノスト、どうしてそのまま突かなかった?それだけの動きができるようになったんだから、僕がわざと動かなかったの、気付いてたでしょ?殺したいなら、そうすればよかったのに」
事実を言う、淡々とした口調。なんだか、とてもぞっとした。
キールさんを見るなり剣先を向けたノストさんは、その言葉を聞いてやっと口を開いた。
低い声で言う。
「……キール。あの時、何で俺を連れて行かなかった。あの時のお前の目的は、俺だったはずだ」
「……うん、そうだね。10年前のあの日、僕は、それまで隠していた実力で君を昏倒させた。そして、そのまま連れて来いと父上に言われていた。そしたらきっと……僕らは、ラスタ様に勝っていたかもしれない」
記憶を辿ってそう紡ぐキールさんは、寂しげに微笑して頷いた。
キールさんは……ノストさんに実力を隠していた。15歳の頃には、大体の相手は敵じゃなかったって言ってたから……きっと、ノストさんもやられちゃったんだ。それを土壇場で明かして、彼は呆気なくノストさんを気絶させた……って感じかな……。
ラスタ様に勝っていたかもしれないってことは……息子のノストさんを使って、取引しようとしたってこと?でもキールさんは、ノストさんを連れて行かなかったらしい。昏倒させただけ。確かに……そこまでしたのに、どうして?
「何で連れて行かなかった」
そしてノストさんは、その理由を知りたいらしい。彼が言ってた「1つだけ聞きたいことがある」って言うのは、これのことなんだろう。
10年間わからなかったからなのか、何処か感情的に問い詰めてくるノストさんに、キールさんは寂しげな笑みを少しだけ自嘲気味に変え、目を伏せた。
「……僕は、裏切ったんだよ。父との2年、君との2年。……僕は……選べなくて、どっちも裏切った」
「………………」
「父と君……僕はどっちとも、信じていたよ。だからこそ裏切った。……信じるしかなかったんだ。父からの信頼、君からの信頼……裏切っても……途絶えないようにって……」
最初は寂しげに微笑んでいたけど、最後辺りになると、すでにキールさんは笑っていなかった。悲しげな、泣きそうな、悲痛な顔で。声も、最後は掠れるほど小さくて。
信じたからこそ、裏切った。逆説的なその選択。
彼は……多分、板挟みにあっていたんだ。家族と友達。そして、どっちも切り捨てられなくて……だからこそ、どっちも切り捨てた。
どちらともを裏切った、二重の裏切り者。
でも、その言葉は……私ですら「答えになってない」と感じた。
ノストさんは、自分を連れて行かなかった理由を聞いている。でもキールさんは……それには答えていない。
でも、私にはわかった。その理由は、裏切ったとか信じたとかそんなことよりも、もっと単純だ。
「……キールさん、それってつまり……」
口出しするなって言われたけど、なんだかこの二人、お互いに意地張って、一番根っこの部分を喋ろうとしない。腹割って話さなきゃ、仲直りなんてできないのに。
って思った私が手助けする気持ちで声を上げたら、キールさんが開けっ放しの扉を振り返った。
「ルナ=B=ゾークは何処だ!?」
「出しやがれ!!」
「ここにいるのはわかってんだ!!」
「……え?」
私が何だろうと思ったら、かすかな騒ぎとともに外からそんな大声が響いてきた。がなるような、おっさんの声だ。……もしかしてこれって……私を探してる!?
私達が大聖堂の外に出てみると、大通りを数人のおっさん達が声を上げながら歩いてきていた。全員、それぞれの武器を持っていて。その中に、私は、昨日会った賞金稼ぎのおじさんの姿を見つけた。もしかして、あのおじさん、仲間を呼んできたの?!
私達は、大聖堂の正面階段の手前まで出た。キールさんが苦笑気味に言う。
「うーん……完全に勘違いしてるね、向こう。ステラさん、お迎えが来たみたいだよ」
「そ、そんなこと言わないで下さいよ!昨日のおじさんが、まさか仲間を連れてくるなんて思ってませんでしたもん!あんなむさいお迎え嫌ですよ~!!」
「あはは、むさいだって。可哀想にね~」
少しして、おっさん達は私達に気付いた。昨日のおじさんがこちらを指差して、先頭のワシ鼻のおっさんに何か言う。「ほら、あそこだ」とか言ってるのかなぁ……うう、本当に違うのに……。
キールさんが、私に「下がって」と小さく言う。私が二人の後ろに下がると、彼は近付いてきたおっさん達の代表らしいワシ鼻おっさんに、やっぱりあの穏やかな口調で話しかけた。
「よくここまで来られたね。入り口のゲブラーは倒したの?」
「はっ、ゲブラーなんざ相手じゃねぇな。用心棒、ダイン一味を知らねぇとは言わせねーぞ」
「知らねぇな」
「はは、まぁノストは知らないよね」
自信満々で言ったワシ鼻おっさんに、すかさずノストさんが切り返した。少し青筋を浮かべたワシ鼻おっさんを見て、キールさんが笑う。ダイン一味なんて、私も知らない……何それ?
でも確かに……今まで見てきた賞金稼ぎさん達とは、何と言うか、ちょっと雰囲気が違うかも。なんとなく、こう、訓練されてるって言うか……とにかく手ごわそう!うん。
そのダイン一味を知っているらしいキールさんが、丁寧に私とノストさんに教えてくれた。
「この辺じゃ有名だよ。手だれの賞金稼ぎの集団なんだけど、他にも略奪行為とかするから危険だって、教団のブラックリストに載ってるらしいんだ」
「判断基準狂ってるな」
「うん、まぁ僕らから見れば大したことないけどね」
「……な、何でそんな喧嘩腰なんですか!?」
ちょ、ちょっとお二人さん!確かにそうなのかもしれないけど、相手を前にそれはマズイんじゃ!?
とか私が慌てて言うと、やっぱりおっさん達が殺気立った!ほ、ほらやっぱり~!何であえて怒らせるのー!?
おのおの武器を取り出し始めるおっさん達を見て、赤い柄の剣を抜いたキールさんが、背後のノストさんに言った。
「僕は元々用心棒だから、コイツらを掃討するのは当然だけど、ノスト、せっかくだから付き合ってくれない?狙われてるのはステラさんだし、君にも関係あるでしょ?」
「知らん。面倒だ。すぐバレるコイツが悪い」
「た、確かにそーですけどっ!でも私だって好きでバレてるわけじゃないですよ!」
私の責任だって言ってくるノストさんに、私は悔しくて言い返した。私はメガネもかけてるし、帽子もちゃんとかぶってるのに!お相手さんがさらに上を行くんだよー!私のせいじゃないっ!悪いのは帽子とメガネだ!となると、これを選んだノストさんのせいだ!ってことにしとこう!
そんな相変わらず自分勝手なノストさんの返答に、キールさんはおかしそうに笑った。
「またまた~。身構えてるし、どーせ一緒にやってくれるんでしょ?」
「え……」
「………………」
思わずノストさんを見ると……確かにジクルドはまだ持ってるし、いつもの臨戦態勢で半身引いてる。
いつの間にか少し背中合わせになっているキールさんに言われたノストさんは、黙り込んだ。す、凄い……キールさん、わかってる……やっぱり友達、なんだなぁ……。
「おいお前ら!! あの三人をブッ殺すぞ!!」
「「「おおおーーー!!!!」」」
「さ、三人!?」
ワシ鼻おっさんが声を張り上げると、彼を含めて十人以上はいるおっさん達が武器を掲げて走ってきた!三人って、私も数に入ってるのー!? うそー!
「殺すってさ。相手の力量も測れないみたいだね~」
スッと腰を落として飛び出す体勢を取ったキールさんに、同じく姿勢を低くしたノストさんが、ふと言うのが聞こえた。
「……キール」
「ん?」
「のした数で勝負だ」
「お、いいよ。乗った」
「って何言ってるんですか!そんなことしてる場合ですかー!?」
「場合なんだよ~」
こんな時に勝負って!というか提案したのがノストさんだってことにびっくりだ!!
軽い口調で答えるキールさんの声がした瞬間、二人の姿が掻き消えた。かと思えば、すでにおっさん軍団の先頭部隊に切りかかっていた。
う、うわ~……!ノストさんはいつものことだけど、キールさんも全然動きが見えない……!こ、この二人……今更だけど強っ!!
ジクルドでおっさんの横っ面をぶん殴るノストさんと、研ぎ澄まされた一閃でおっさんの剣を折るキールさん。瞬く間におっさん達が倒れていく。最後に残ったのは、やっぱりと言うか、あのワシ鼻おっさんだった。
仲間達を一瞬で蹴散らされて焦った表情をするおっさんの両側から、それぞれ黒と青の残像が見えたと思うと、
「「8!」」
「ぐおぉお!?!」
どうやら二人とも、横からおっさんの頭を殴り飛ばそうとしたらしい。ノストさんのジクルドとキールさんの剣に両側から頭を挟みこまれたワシ鼻おっさんは、2倍の衝撃を受けて立っていられなくなり、土煙を上げて倒れ込んだ。う、うわぁ……きっと両側からビリビリ振動が来たに違いない。い、痛そう……。
「あれ、ノストも今ので8?ってことは引き分け?あはは、そりゃいいね。ノスト、本当に強くなったんだなぁ~」
とりあえず安全は確保されたみたいだから、私が二人のところに近付いていくと、キールさんは剣を収めて嬉しそうに笑った。
その足元で、まだ意識がかろうじてあったらしいワシ鼻おっさんが、うつ伏せでうめくように言った。
「ぐ……うう……お前まさか、〈瞬の王子〉のキール=グライド=ヴェンディン……か……」
「確かにキールは僕だけど……うわぁ、なんかまた変な二つ名ついてるよ~。王子って何なのさぁ……こういうの誰が考えてるんだろうね、まったく……ろくな名前で呼ばれないよ」
笑顔も浮かべる余裕もないのか、本当に困った顔でキールさんは額を押さえて溜息を吐いた。キールさんも結構有名人らしい。そりゃこれだけ強い用心棒さんだし、有名になるのは当然か。
にしても、〈瞬の王子〉か……なるほど。本人気付いてないみたいだけど、「王子」って呼ばれる理由、なんとなくわかる……こんなにこやかに爽やかに、一瞬で相手倒すんだから、確かに〈瞬の王子〉だよ、うん。
「いいですね、〈瞬の王子〉!私、気に入りましたよ!えへへ、キール王子ですね!」
「うわぁ、ううー……恥ずかしいからやめてくれないかなぁ、ステラさん……王子って、全然そんなんじゃないし」
やっぱり照れくさいみたいで、王子って言われてうろたえるキールさん。ふふふ、昨日変なこと言われたお返しだ!やっぱりこの人、自然体であの態度なんだな……天然たらしだ、きっと。
また息を吐いて、キールさんは辺りにのびているおっさん達を見渡した。騒ぎを聞きつけてやってきたらしい、他の用心棒さんとかゲブラーの人が、おっさん達を連れて行こうとしていた。
「はぁ、で、ノスト……話途中だったよね?僕、コイツらを連れていく仕事がまだあるから待っててくれない?終わったら行くよ。何処に行けばいいかな?」
「大聖堂」
「お、待っててくれるんだ。ステラさんも、ノストの傍にいた方がいいよ。まだ賞金稼ぎがいるかもしれないし」
「あ、はい。じゃああの、大聖堂で待ってますね」
「うん、それじゃ」
ひらっと手を振って、キールさんはすでに作業している人達の方に行った。それと同時に、ノストさんも大聖堂の方に歩き出していたから、私は彼の後を追う。隣に並んで、ちらっとノストさんの顔を見てみたけど、やっぱりと言うか、いつも通りの無表情で。
10年ぶりに、キールさんに会って……彼はどう思ったのかな。懐かしい、って思ったのは確かだと思う。でも、真っ先にジクルドを突きつけたのを考えると……やっぱり、恨んでるのかな……。
「昨日、賞金稼ぎに襲われたところを、キールに助けられた」
「……へ?」
「その後、何かの弾みで俺と行動していることを漏らし、奴からある程度は10年前の話を聞いた」
「………………」
「そして翌朝、あのドヘタな演技で俺を大聖堂に連れていき、キールと会わせようとした」
「…………はい」
唐突に言われた時は何の話かと思った。けど聞いていくうちに、ノストさんが今までの会話から読み取った、私の行動だって気が付いた。私は小さく頷いて、すぐに口を開いた。
「お二人の話を聞いて……私、どうすればいいのかわからなくて。でも……昨日ノストさんが、『聞きたいことがある』って言ったから……まだ終わってないって思って」
「………………」
「ノストさん……正直なところ、キールさんのこと、どう思ってるんですか?やっぱり……恨んで、るんですか……?」
恐る恐る聞いてみると、ノストさんは考え込むように沈黙した。二人とも無言のまま歩き、開けっ放しだった大聖堂の扉をくぐり、閉める。
……ところで、大聖堂で待つって言ったけど、何処で待つつもりなんだろう。とりあえずノストさんが向かう方についていくと、彼は正面に伸びる細長い絨毯を中間くらいまで歩いて、近くの長イスにどっかと座った。
「……さぁな」
そこでようやく、吐息とともに私の問いに答えた。
投げやりじゃなく、仕方なく出したような返答だった。ずっと考えて、でも本当にわからない……そんな感じで。
ノストさんの横には少し空きがある。きっと彼のことだから、一応私が座る分も考慮して、少し奥に座った結果だと思う。でも私は通路に立ったまま、そこからノストさんに聞いた。
「10年前、キールさんが、何でノストさんを連れて行かなかったのか……その理由がわからないから……ですか?」
「あぁ」
「……そんなの、決まってますよ」
「……?」
……そんなの、単純だ。
昨日、私と話していた時、キールさんは何度も口にしていた。だけど今日、ノストさんを前に、そのことを一度も言っていない。
照れ臭くて言えないか、もしくは意地を張って言いたくないのか。……もしかして、どっちもとか?
前に向けていた視線をこちらに向けて、ノストさんは訝しげに私を見上げてくる。こんな単純なことが本当にわからないらしい彼に、私は笑って教えてあげた。
「そんなの、ノストさんのこと、友達だって思ってたからに決まってるじゃないですか」
「—————」