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Doppelganger 03 庶民と貴族

 閉ざされていたアクアマリンが薄く開く。何度か細かい瞬きをしてから、横から手が伸びてきて軽く目元を擦った。
「よ、エリナ。目ぇ覚めたか?」
「………………」
 それを覗き込んでいたヒースが笑って言うと、エリナは無言のまま、軽く握った拳を緩い動作でヒースの顎に放った。難なく回避してから、ヒースは溜息を吐いた。
「アッパーすんなって……つーか当たったら、逆にお前の手が痛ぇと思うぞ?なんか見るからに弱々しいし……」
「……何で、人が起きる様子、覗き込んで見てるのよ……」
「そりゃまぁ……なんとなく?」
 むくりと起き上がり、寝起きから不機嫌そうなエリナに、立ち上がったヒースは適当に答えた。エリナは手櫛で髪を簡単に整えながら、ベッドから足を下ろして座った。
 少し眠気を引きずった顔で、エリナはキッとヒースを睨んで言う。
「……昨日のこと、忘れたなんて言わせないわよ。私、妥協したんだから。必要以上に構わないで」
「あー……まぁ……」
 それで昨夜のことを思い出したヒースは、困ったように頬を掻いた。
 ……昨夜は大変だった。花の町バレンに着き、宿を見つけた。そこで部屋を1つ頼もうとしたら、エリナがひどく嫌がったのだ。

『相部屋なんて信じられない!絶対嫌よ!!』
『いやでも、お前貴族だし、よわっちいだろ?目ざとい奴に狙われるかもしれねーし、護衛は必要だろ。それにお前、病気がちなんだから傍に誰かいた方が……』
『貴方、剣聖なんでしょ!? なら部屋が違っても、壁を破壊して駆けつけるくらいのことはしなさいよ!』
『そりゃマズイだろ?!』

 なんとか説得して同じ部屋で一晩を越したが、それからと言うものエリナはずっと不機嫌だ。昨夜も、ふて寝のような形でベッドにもぐり込んでいたし。
 ヒースは男女問わず、他人と同じ部屋に寝るのは慣れている。しかし、エリナは恐らくあの塔でいつも一人で寝ていたのだろう。庶民と貴族の価値観の違い、生活の違いが原因のようだ。こればっかりは、すぐには埋まらないだろう。
「よく寝られたか?」
「……全然。何処かの誰かさんのおかげさまでね」
「ほんとお前、可愛くねぇなぁ……熟睡してたくせによ」
 皮肉っぽくふてくされた様子で答え、ベッドから降りるエリナの言葉に、ヒースは苦笑いしてドアの方へ足を向けた。
「そんじゃ、とりあえずどっかで朝メシ食べようぜ」
「まだ身支度が済んでないわよ。待って」
「身支度?お前の荷物、そのカバンだけじゃねぇか」
 寝起きで少し髪が乱れているエリナを見てから、ヒースはベッドの脇に置いてある彼女のカバンを指差して、不思議そうに聞いた。全然、自分のことを配慮していないヒースの言葉に、エリナはもう呆れて、肩で大きく溜息を吐いた。
「……貴方、本当にわかってない……とにかく、少し待って」
「……?? よくわかんねぇ……まぁ、いいけどよ……」
 カバンから櫛と手鏡を取り出し、髪を梳き始めるエリナの言っていることがよくわからないヒースは、困った顔で頭を掻いた。

 

 

 

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 ひらひらと、花々の上を浮遊する黒い羽。
 色とりどりな不思議な紋様が入っている羽を優雅にはためかせ、花の上に止まる小さなもの。
「……ねぇヒース。これは何?」
「蝶だろ? ……って、まさか初めて見たのか?」
「家にも庭園はあったから、見かけたことはあるけど……こんなに近くで見たのは初めてよ。……こんなに綺麗だったのね……」
 花にとまって、羽を開いたり閉じたりする蝶を凝視したまま、屈んだ格好のエリナは真剣な顔で言った。その横顔を見て、ヒースは小さく笑う。

 バレンは、フェルシエラの西に位置する、花が咲き誇る小さな町だ。
 町全体で、食用から観賞用まで実に幅広い花を栽培し、町内や他の町に売っている。シャルティア国内では比較的温暖な地域なので、冬らしい冬が到来することもなく、1年中、花が楽しめる。ちなみに、花は町で育て、得た金は町のために使われているので、町民達はそれとは別に各自で生計を立てている。
 花が商売道具ということもあって警備も厚い。町にある教会のゲブラーを始め、町で雇った用心棒などが、町全体の花壇を警備している。そう考えると可愛らしい話である。
 その町の広場はやはり花壇まみれだ。甘い花の香りが漂う中を、ゲブラーや用心棒たちに混じって、鑑賞に訪れたさまざまな人々もいる。二人も、そのうちに入っていた。
「素敵なところ。家の庭園よりも広いわ。こんなにたくさんの花が咲いているなんて」
 体を起こし、遠くまで見える花壇を眺めて言うエリナ。いつも冷ややかなその目が、たくさんの花々を前に今は輝いているように見えた。
 隣に立つヒースも花が敷き詰められた花壇を眺めながら、エリナに言った。
「エリナは花が好きなんだな」
「ええ。空と花が好き。あの場所から見えるのは、その2つだけだったから」
「なるほどな、そりゃ確かに」
「ヒース、貴方は?何が好きなの?お金?」
「……お前、ほんっとうに遠慮ねぇな……」
 しかしどうやら本気でそう思って聞いているらしく、見上げてくるエリナの顔は、ヒースが何に呆れているのかわからずに疑問そうだ。それにまた、呆れてしまう。
 ヒースは腕組みをして、迷うことなく答えた。
「そうだな、俺は剣とメシが好きだ。特に肉だな」
 鑑賞物の名を上げた貴族のエリナとは正反対に、実用物の名を上げた庶民のヒースは、きっぱりと言い切った。それを聞いて、エリナは少しの間、目を瞬いてから――小さく笑った。
 冷笑ではない、楽しげな微笑。
「ふふ、何と言うか……貴方らしい」
「……へぇ……」
「……何?」
 物珍しそうにジロジロ見てくるヒースに気が付いて、エリナは途端に笑みを失せさせる。居心地が悪そうにヒースを見て問うと、彼は「ははっ」と笑った。
「お前、笑えば可愛いじゃねぇか」
「……それ、口説いてるつもり?『笑えば』は余計よ。大体、そんなこと知ってるわ」
「……やっぱり可愛くねぇ……」
 さっきの笑顔は何処へやら、無表情で冷淡に言うエリナ。対応と言い、自覚していることと言い、ヒースは内心で前言撤回した。
「ま、とりあえず、花をゆっくり見るのは後にして。海への最短の道について、ちょっくら聞き込みしねぇとな……あんま時間がかかっても悪いし、お前の体のこともあるし」
「そうね……あ、この花……」
 歩き出したヒースの後を追ってエリナも数歩歩いてから、ふと脇の花壇のとある花が目に留まり足を止めた。ヒースも立ち止まって振り返る。
 エリナは、その花壇の中でも一際背の高い、ピンクの花の前にいた。葉が極端に少なく、まっすぐな茎の先端に開く花弁は5枚。
「この花、何て言うのかしら……ヒース、知らない?」
「俺に聞くか……?お前も知らない花なのか……んじゃ……あ、ちょっとそこのおばさん」
 すぐ近くの気配を目で見てみると、少しぽっちゃりとした中年の女性だった。どうやら花の世話をする町の従業員らしく、ジョウロで花に水をやっていた。あの人なら間違いなく知っているだろうと思って声をかけると、おばさんは「はいはい?」と近付いてきてくれた。
「おば様、この花、何て言うの?」
 その女性にヒースが問うより先に、エリナが自ら聞いていた。いたく真剣なその目に、女性は少し驚いた顔をしてから、穏やかな笑顔で答えた。
「イルの花だよ。ふふ、可愛いだろう?」
「ええ、とても可愛い!私、大好き。一目惚れよ。イルの花……イルの花……忘れないようにしないと……」
 ぱっと輝く無邪気な笑顔を向け、花の名前を復唱して覚え込もうとするエリナの姿は小さな子供のようだった。その喜びように、女性も嬉しそうに笑った。
「ふふ、とても気に入ったみたいだねぇ。ちなみに、花言葉は『太陽のような君』だよ」
「へぇ、今のエリナみたいだな」
 女性の言葉を聞いたヒースが思ったことをさらっと口にした途端、二人が同時に驚いた顔で彼を振り返った。「ん??」と首を傾げるヒースに、しばらく二人は呆然としていたが、
「んまあぁああぁっ!! ちょっと、アンタったら!あたしの方が照れちまったじゃないか!!」
「ぐほぉお!!?」
 女性が手を上げたと思ったら、ばしーん!と容赦ない腕力で背中を叩かれた。余裕で吹っ飛んだヒースは、道にドシャッと仰向けに倒れる。
 その格好のまま、ヒースは震える腕を伸ばして背中を摩った。じんじん痛い。
「……ば、ばーさん……なかなかやるな……いやマジで痛ェ……!!」
「なんだい、だらしないねぇ。にしてもアンタ、きっと自然体でたらしだね~」
「『シゼンタイ・デタラシ』?? 何だそれ?どっかの怪物の名前か?」
「あっはっは!! 何処の天然だいアンタ!!」
 猫背の体勢でゆらりと起き上がりながらヒースが不思議そうに聞くと、女性はさらにおかしそうに笑って去っていった。その楽しげな丸い後姿を見て、まったく理解していないヒースは首を傾げる。
「あのばーさん、よくわかんねぇな……ん?エリナ、お前、熱でもあんのか?顔ちょっと赤いぞ」
「……気のせいよ。そう、気のせいなんだから。ああもう、貴方なんか無神経で無骨な一般庶民のくせにっ!」
 少し紅潮した顔で、エリナは何処か悔しげに言って、ぷいっとイルの花の方を向いた。そのひどい言われ様に、さすがのヒースも「はぁ!?」と声を荒げる。
「お前、好き勝手言ってくれるな……!お前だって、素っ気無ぇし笑わねーし全然可愛くねーぞ!!」
「何で貴方に愛想良くしなきゃならないのよ!言っておくけど貴方、今、私の下僕なのよ!下僕は下僕らしく振舞いなさいっ!」
「はぁあ!? 俺がいつ下僕になったんだよ?!」
 ヒースが不満げに問い返すと、さっきまでやけ気味だったエリナは途端に落ち着きを取り戻し、不敵な冷笑を浮かべた。
 ……嫌な予感。ヒースは背筋に寒気が走るのを感じた。
「もちろん、取引を呑んだ時に決まってるでしょ?あ~らそれとも、気が変わった?いいの?言いふらすわよ?すぅ~……みんな聞いて~!! 私の名前は……」
「ぎゃあああーーッ!!! すみません俺が悪かったですエリナ様!!」
「素直でよろしい」
 脳裏にラスタが追ってくる光景がちらついた瞬間、ヒースは高速で土下座していた。その切り替えの早さに、エリナは思わず噴き出して笑った。
 たった二人なのに騒がしい彼らは、否応無しに注目を集めていた。それを気にすることもなく、エリナは頭を垂れるヒースの前に屈んだ。
「もう言わないから、ほら、顔を上げて。見っともないわよ」
「エリナ……」
 ひとまず、ラスタが追ってくる難は逃れたらしい。エリナの優しい言葉を聞いて、ヒースが顔を上げると、彼女はにっこり微笑んで。
「ってことでヒース、下僕らしく情報収集に行ってらっしゃい。私、イルの花見てるから」
「……お前……マジで悪魔だ……」
「何か言った?」
「何でもないです行って来ます」

 

 

 

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「はぁ、ったく……」
 灰色の髪をガシガシ掻いて、ヒースは大きな溜息を吐いた。すると、向かいに立つバーテンダーが笑って話しかけてきた。
「ははっ、若いのに老人みたいな溜息だな」
「いや……ちょっと連れのことで頭痛くて……」
 そう言って、また溜息。ああ、幸せが逃げる。バレンの酒場でカウンター席についているヒースは、肘をついて頭を抱えた。
 バーテンダーは、カウンターの向こうに並べられたグラスをひとつひとつ拭きながら言う。
「そういう時は豪快に一杯やるに限るよ。ところでアンタ、さっきから何も注文してないな」
「今から酒飲むわけには行かないんだよ……俺、弱いからすぐ酔うし。ってか聞いてくれよ、連れの女がさぁ……」
「はは、愚痴なら聞いてやるぞ。恋人か?」
「違ぇっつーの」
 体を起こしてヒースが溜息混じりに言うと、バーテンダーは面白そうに笑って冷やかしてきた。面倒臭そうにヒースは否定する。
「全然戦えない弱い奴なんだが、なんか俺、上手いように利用されてるんだよ……つーか俺、脅されてるんだよ……情けねぇ話だろ?はぁ……」
「はははっ、尻に敷かれてるんだな。相手の方が頭が良いってことだろうね」
「そーなんだよ、頭良すぎて怖ぇんだよ!真の箱入り娘のクセに、何処でそんなの覚えたって技ばっか使ってくるし!精神的にボッコボコにされて、もうノックアウト寸前ってかすでにしてるんだよ!」
「箱入り娘?結構身分の高い人なのか?」
「うぐっ……!!」
 目を丸くして聞いてきたバーテンダーの言葉に、ヒースは言葉に詰まりに詰まった。やばい口が滑った。
 無言でだらだらと冷や汗を流すヒースの様子を見て、痛いところを突いてしまったと読んだバーテンダーは、柔軟な対応でさらりと流してくれた。
「で、その人を連れて旅してる、と」
「……う……お、おう。ちょっと付き添い……というか、首に縄付けられて引きずられてるというか……」
「どのくらいの付き合いなんだ?」
「どのくらいも何も……3日前会ったばっかだ。無愛想だし高飛車だし可愛くねぇ……けど……」
「けど?」
 ヒースが濁したその先をバーテンダーが促すと、頬杖をついたヒースは、少しの間を置いた。
 ――エリナ。普段は落ち着いているのに、何かのきっかけで急に感情的になって、バルコニーから飛び降りたり、ヒースをやけになってけなしてみたり、とにかく思いもしない行動をとる。病弱だから色白だし、すぐに倒れてしまいそうに見える。
 確かに、冷淡で聡明で、無愛想だし高飛車だし可愛くないが……、
「……何て言うか、見てて凄く危なっかしいんだよな……」
「なんだ、結局、心配で放っておけないんじゃないか」
「心配ぃ!? んなことあるか!自分の身の安全の方が心配だ!俺の明日はアイツが握ってるんだぜマジで!! ……はぁ……」
「はは、まぁそれでもいいけどな」
「だから違ぇってーの、ったく……」
 おかしそうに笑うバーテンダー。その勘違いしているとしか思えない反応が気に入らなくて、ヒースはむっとした顔をして黙り込んだ。
「……って、そういや俺、道聞きに来たんだったな……ここから海に行く最短コースって知らないか?」
 すっかり本来の目的を忘れて話し込んでいたヒースが、笑いの収まったバーテンダーに聞くと、「海?」と不思議そうな顔をされた。
「海って言っても……漠然としてるな。具体的には?何処の海岸とか」
「この辺の地理には詳しくねぇから、一番近い海岸で」
「それなら、ジャハル海岸だろうね。この近くに、標高の高いジャハル連峰っていう山脈があるんだが、それの向こうから続く海岸さ」
「山脈ってことは、山越えなきゃならないんだろ?それはちょっとなぁ……」
 高い山と平地では環境が全然違う。自分でもあまり高山には近付きたくない。何よりエリナが持たないだろう。ただでさえ体が弱い上に、初めての旅で高い山を登るのは危険だ。
 ヒースが渋ると、バーテンダーは「違う違う」と笑って否定した。
「『向こうから続く』海岸だよ。ジャハル連峰は、バレンの南でちょうど途切れてる。そのまま南に歩いていけば、ジャハル海岸に着くよ」
「あぁ、そういうことか。街道は通ってるのか?」
「もちろんだ」
「なら問題ねぇな。サンキュー、んで情報料は?」
「道を教えただけで金を取るほど心は狭くないよ。だが1つ、そこを通るなら気を付けた方がいい」
「ん?」
 出しかけたサイフをしまい、イスから立って去りかけたヒースに、バーテンダーは急に深刻な口調で言った。足を止めたヒースが肩越しに見ると、バーテンダーはにやっと笑って。
「ジャハル街道を通るのは、主に海で漁をしてきた奴らだ。その街道の近くには、ジャハル連峰。つまり……」
「……あー、それは厄介だな……山賊が出没しやすいってか?」
「当たり。奴らも生きるのに必死だからな。気を付けなよ」
「そうか~……おう、忠告サンキュー」
 背中を向けたまま手を振って、ヒースはベルの鳴るドアを閉めて酒場を出た。
 この酒場はバレンの隅に建っていた。中央にある広場までは少し遠い。エリナがいるだろうイルの花の花壇は、確か広場付近だった。例によって、広場までの道は完璧に覚えていない。とりあえず大通りに出ればなんとかなるだろうと、細い路地を歩いていく。
 必死こいてどうにか大通りに出ると、早速、変なモノとご対面した。
 花壇の並ぶ大通りに、さっきまでは見かけなかった屈強な肉体の男が三人。おのおの武器を持っていて、町民達だと思われる人々が怯えた様子で彼らを見ていた。
 ……どう考えたって、あの男達、武器を抜いているし、お花を見に来ましたウフンな雰囲気じゃない。百歩譲ってそうだったとしても、それにしては町民達の怯えようが異常だ。
「いやー、さすがはお頭だよな!一人で全部の警備員のしちまった」
「まぁ今日は、神官の奴らがいなかったからな~」
「俺らは楽できたな」
 頬のこけた男と肌の焼けた男、上半身裸の男が話しているのを聞いて、ヒースは、近くの壁際に怯えた様子で立っていた若い女性に声をかけた。
「ああ言ってるけど、マジか?何でゲブラーいないんだ?」
「き、昨日から、ほとんどのゲブラーは、階級の見極めってヤツでフェルシエラに行ってるの……普通は知らないはずなんだけど、この山賊達、それ知って攻め込んできたのよ。今日は、雇われた用心棒だけで警備してたから……」
「全員やられちまった……と。それで今、食料とか金品物色してるってとこか」
 確かに、通りの奥では何人か倒れているのが見えた。男達に脅され、慌てた様子で食料の入った袋やタルを運ぶ人々もいる。
 ……それにしても教団も、相手は山賊だからって油断しすぎだ。山賊と言えど、ゲブラーと同等、もしくはそれ以上の実力を持つ者だっている。
 聞いた話から察するに、どうやらお頭とやらが一人で全員倒したらしい。と言うことは、まず山賊が優勢しているこの空気を変えるために、面目がゆらりとも立たないほどにそのお頭を潰す必要がある。
 ヒースは自然な動きで、山賊の男三人の前に立った。三人の注意がこちらを向いたのを確認してから、ヒースは聞いた。
「おい、そこのお前ら、何処の山賊だ?」
「あぁ?? ビヤンテ団っつったら、ジャハル連峰に住んでる超有名山賊団だろーが」
「おお、馬鹿一名……へぇ、そりゃ知らなかったな」
 丁寧に答えてくれた頬のこけた男を見ながらヒースが適当に返事をすると、上半身裸の男が因縁をつけてきた。
「お前、この町の用心棒だな?武装してるし、一般人じゃないな」
「まぁな。お前らのお頭って、今何処にいる?」
「ハッ、お頭に喧嘩売ろうってのか?お頭は一足先に帰っちまったよ。残念だったな~、瞬殺されなくて」
「馬鹿がもう一人……そうか~、そりゃ残念だ」
 肌の焼けた男の、馬鹿にしたような馬鹿なセリフに、うんうんと頷くヒース。その余裕ある態度が気に食わなかったのか、三人が途端に険悪な表情になった。
「てめぇ、馬鹿にしやがって!!」
「お頭が手を下すまでもねぇ、俺らでブッ潰してやる!!」
「死ねッ!!」
「っと……」
 剣、ナイフ、拳、それぞれの武器を振り上げ、三人が同時にヒースに襲いかかる。
 ヒースは一歩引きつつ大剣を抜き、後ろに下げた足を軸に回転して勢いをつけ、大剣を大きく横に薙ぎ払った。それだけで、剣、ナイフ、拳の3つの勢いを一挙に相殺、自分の剣の重量の勢いにのせて横へ吹っ飛ばす。
 三人はあっさり吹っ飛ばされ、激しい音を立ててレンガ造りの誰かの家に激突した。土煙が舞い、それが晴れると、三人はヒースを驚愕した顔で見つめていた。
「こ、コイツ強ぇ……!?」
「やばいぜ、おい……!」
「……お頭が女を連れて帰ったらしいから、多分もう金品とらなくても十分だよなっ?」
「だ、だな!身代金とか取れるだろうしな!帰ろうぜ!」
「おいお前ら、勝手に判断するな!」
 ヒースの前から早く立ち去りたいからと、わたわたと立ち上がる馬鹿二人を、上半身裸の男が諌めた。彼は二人の先輩らしく、二人は逆らうことなくしかし焦った顔で抗議する。
 一方、ヒースは、なんだか妙な予感を察していた。
(女ぁ……?身代金?)
 頭をひねる。
 なんとなく、最近、似たような雰囲気のことがあったような……、

『……まぁ、いいわ。信じてあげる』

(あぁ……アレか……)
 フェルシエラでのエリナとのやり取りだ。自分のところに二度も訪れてきたヒースを、エリナは自分を誘拐しに来たのだと思った。……ところで、まだそう思われているのだろうか。
 とにかく、つまり……、
「……あー、おいお前ら。イヤン団……だっけ?」
「「「ビヤンテ団だ!!」」」
 なんだか発展して口論している三人に声をかけたら、三人一斉に振り返って訂正してきた。やはり人名だけでなく、何でも名前と言うのは間違えると怒られる。
 まぁイヤン団でもボヤン団でも何でもいいけど……と心の中で付け足してから、ヒースは持ったままだった大剣を収めて聞いた。
「もしかしてその女って、ラベンダー色の長い髪で、上品そうな奴か?」
「なぁっ!?」
「ば、バレてんのか?! なんで!?」
「……お前達……はぁ……」
 例によって、頬のこけた男と肌の焼けた男の馬鹿二名がギクっとした表情で口々に言うと、上半身男が嘆かわしいと言わんばかりに溜息を吐いて額を押さえた。それから彼は、ヒースを見て問う。
「……お前の知り合いか?」
「連れだ。ったく、面倒なことになったなぁ……つーわけで、案内頼んだ」
「な、何で俺らが案内しなきゃならないんだよ?!」
「そ、そうだ!」
 ひらりと手を上げて言うと、肌の焼けた男が信じられないという顔をした。頬のこけた男も一緒になって言う。
 ヒースは腕を組み……とりあえず、ニヤリと笑ってみた。ひっと身を引く二人。うん、今だけエリナの気分。
「そういう態度とるか?俺の方が強いってのは、よーくわかっただろ?案内するだけでいい。じゃないと、お頭にお前らの失敗談バラすぞ?」
「ぎゃああーー!!! やばいそれはやばいって!!」
「よしついてこい!!」
「仕方ないな……」
 頭を抱えて悲鳴を上げる、肌の焼けた男。あぁ、数分前の俺だ……と思いながら、ヒースは、急に先頭を切って歩き出した頬のこけた男に続いた。