neoteny
69 『剣』を継ぐ者
スロウさんは、このシャルティアの参謀だ。
わかっていたはずなのに……わかっていなかった。
シャルティアの首都イクスキュリアは、とても広い。シャルティア城、別名・白帝城を中心に、それを囲むようにお店が集まった城下町、それからさらに円状に街並が広がった外郭がある。
ここは、その外郭の片隅にある、目立ちづらい空家……だった。なのに……スロウさんは、たった1日ほどで見つけてしまった。ノストさん達が尾行されてることに気付かないまま帰ってきたって言うのは、多分ないと思う。
土煙の中から現れた、漆黒の死光を持ったスロウさんは、自分を睨みつけるノストさん……の手元に目を移し、言った。
「ほう、やはりグレイヴ=ジクルドにしたか。それは私がここを探し当てるはずがないという余裕からか?」
「……どういう……ことですか?」
やけに引っかかる言い方。まるで……馬鹿にされているような。
ただ怪訝そうに目を少し細めたノストさんに代わって、私が問い返すと、スロウさんは左手で純白の生闇を抜きながら答えた。
「昨日の時点で、私はお前達がこの場所に隠れたことはわかっていた。地下牢の状況と、お前達が逃げた方向が大よそわかれば、自ずと想像はつく」
「地下牢……って」
「お前の仕業だろう?破壊者よ」
「……!!」
まさかと思った気持ちを裏付けるように、その『破壊者』という言葉が突き刺さった。
……地下牢。昨日、地下牢で……私は、三人を凍らせた。そして、そのまま逃げた。だから……私が去った地下牢には、まだ三人の氷像が残っていたはずだ。
「あの光景を見て、私はお前が錯乱しているだろうと推測した。そんな奴を連れて、遠くまで逃げるのは難しい。だからまだイクスキュリアにいると判断した。あとは逃げた方向がわかれば、自然とその方面の空家を使うだろう。まさか人様の家を使うわけでもあるまい。住民の情報は私の手の内だからな、空家くらいすぐわかる」
「っ……!」
スロウさんの想像や常識での推測は、不思議とすべて的を射ていて、ぞっとした。推理とは違う、自分の経験を踏まえた、ひどく現実的な推測。
じゃあ、本当に……スロウさんには、昨日の時点で、私達がここに逃げたってわかってたんだ。
でも、それなら……、
「なら、どうして……」
そう言いかけた私の言葉の途中で、スロウさんの左手前のところの折れた板が、ぐっと持ち上がった。ゴホゴホと咳き込みながら残骸を押し退けて現れたのは、ルナさんだった!
そ、そうだ!さっき家の中にいたのは、私達だけじゃない!
「ルナさんっ?! 大丈夫ですか!?」
「ゴホッ……あーもー、またちょっと気絶してた……大丈夫だけど、頭痛い……」
こちらを向いて座るルナさんは、頭を摩りながら私の言葉に答えた。
だ、だってルナさんが頭の上に持ち上げてるそれって……家の柱だし!ゴーンっと頭に落ちてきたんだろう。そりゃ気絶するよね……でもでも、ルナさんがそんな失態?するなんて……。
「はは……悪いねぇ、ルナ」
「別にいーけど、どうして君はそんな運悪いかなぁ……」
ふと、ルナさんの近くから別の弱った声がして、ルナさんは柱を横に放りながら溜息混じりにそう答えた。それから、座ったまま後ろのスロウさんを振り返る。
「スロウ、君も、死光で家ぶった切るなんてマネしないでよね……おかげで、サリカが死光の巻き添え食ったよ」
「つまり、死光の攻撃を受けたと言うことか。程度は?」
「背中の上部。ムカつくことに、3年前、君がその双刀盗って行った時と同じだよ」
「それは気の毒だな」
「よく言うよ、ほんと……」
スロウさんの心のこもっていない一言に、疲れた声でルナさんは嘆息した。さっきの弱々しい声って、サリカさん!?
「サリカさんっ!! だ、大丈夫なんですかっ?!」
「あー……まぁ、生きてるよ~……」
慌てて呼びかけると、ルナさんの前の方で低く手が上がった。やっぱり倒れてるらしい。死光の攻撃受けたってことは、痛覚支配を受けてるんだろう。背中の上部って、結構広い……動けないのかな?
きっと、死光の攻撃を食らって身動きがとれなくなったサリカさんを、ルナさんがあの崩壊から守ろうとしたんだろう。結局、ルナさんも一緒に気絶しちゃったみたいだけど……でも、生きててよかった……本当に。
「サリカは動けないか。なら、ちょうどいい」
そう言って、スロウさんは左手に持っていた生闇を、すっとルナさんに向けた。ルナさんがはっとして残骸を押し退けるより、スロウさんの方が早かった。精神浸食が発動し、ルナさんががくんと前屈みになる。
「っく……スロウ、きみっ……!」
「一人に対した時の精神侵食からは、絶対に逃れられない。恐らく、いくらヒースでも敵わなかっただろう。ルナ、お前に手出しされるのは厄介だからな。そこで見ているがいい」
スロウさんはルナさんに言い放つと、改めて私とノストさんを見た。
「さて、話を戻すが……お前はきっと不思議に思っているはずだ。『ならなぜ、昨日のうちに攻めてこなかったのか?』……とな」
「……!」
「簡単だ。『攻められなかった』わけではなく、『攻めなかった』のだ。お前達は、私によって、1日生き延びさせられたわけだ。特にステラ、お前はな」
言われた通り、感じた疑問はそれだった。警戒を強くする私に、スロウさんは笑って、さも当然のようにそう言う。スロウさんによって、生き延びさせられた……なんて、わけわかんない。
「私は、お前達に1日猶予を与えたのだ」
「猶予?」
「そうだ。『グレイヴ=ジクルドに結合させる猶予』だ」
……どういう……こと?つまり、私達がグレイヴ=ジクルドにするのを待ってた……ってこと?
どうして?私達がグレイヴ=ジクルドを完成させてしまったら、スロウさんが不利になるはず。だから結合させる直前に、私とノストさんを引き離したんじゃないの?それから、それを追ってきたノストさんを殺して、ジクルドを奪って、完成させる……そのはずじゃないの……?
「当然だが、お前達のためではない」
と、右手の死光が持ち上げられた。その切っ先は……まっすぐ、私の方に向いていて。
なぜだか、ぞっとした。
……なんで?スロウさんは、私を殺したら困るはず……
そんな考えを見透かされたように、スロウさんの声が紡ぐ。
「私がお前に求めていたのは、『グレイヴ=ジクルドの完成』。それを終えた今、グレイヴ=ジクルドを唯一破壊できるお前は、私にとって最大の脅威でしかない。幸い、お前自身は戦力のカケラも持っていないからな、殺すのは簡単だ」
「———!!」
体の奥を、冷たいものが駆け抜けた。……カノンフィリカじゃない。でも、そんな寒気が体を襲った。
急に足に力が入らなくなったと思って、見下ろしたら、足が震えていた。
……今……何て言った?
簡単……殺すのは。
私を……?
「神子とは言え、基盤は人間。殺せば死ぬそうだ。肉体が死ぬと、意識も後を追って消滅する……と、ヒースが言っていた」
「……っ……」
「唯一、お前自身にある脅威は、神子の力だな。何が起こるか予測つかない。先手を打つしか対処法がないからな」
……3年前、ヒースさんは、フィアちゃんとスロウさんに、神様から頼まれたことを話した。フィアちゃんはセフィスだからもちろんのこと、スロウさんも教団の人間だし、信用していたからこそ、話した。なのに……スロウさんは予想を裏切って、ヒースさんに敵対した。そして二人のゲームが始まった……。
だからスロウさんは、こんなにも【真実】について詳しいんだろう。体が死ぬと、意識も後を追って消滅する……タミア村で壊れた時と似てる。意識が壊れると、体も後を追って消えるって後で聞いた。……私の体と意識って、どっちも欠けたらダメなんだ。
「……の、ノストさん……あの、私……すみません……」
私は小さな声で、それしか言えなかった。
スロウさんは……私を殺すつもりだ。するとノストさんには、私を守りながらというハンデがつく。良かれと思ってやった、グレイヴ=ジクルドの完成が裏目に出て……ただ、凄く申し訳なくて。
「まったくだ」
ノストさんはいつもの口調でそう言うと、グレイヴ=ジクルドを引き、スロウさんを見据えたまま私に言った。
「攻撃を弾くくらいはできるだろ」
「……え?あ、はい……多分……」
フィアちゃんのリュオスアランみたいな作用のクロムエラトを拡ひらければ、多分……できる。今までも、何度かやってきたし。
あまり自信はなかったけど、ある程度クロムエラトも制御できるようになってきたから、そう答えたら。
「準備しろ。死にたくなきゃ自分で防げ」
「……! は、はいっ!」
聞こえてきた言葉を、一瞬、疑ってから。私は慌てて返事をした。それを聞いて、ノストさんの意識が私から外れる。
状況が状況だってのもあるけど、ノストさんが、私に私の守りを任せた。私なら、自分の守りくらいできるって……そう信じてくれた。自分が手を出さなくても、コイツなら防げるって。
うん、大丈夫……私だって死にたくないもん。自分の守りくらい、自分でできる……!
———言っておくけれど クロムエラトは一度に1つの力しか使えない
———弾く盾を展開している間は それしかできない
———逆に言うなら 別の力を使っている時は 弾く盾を展開できない
「じゃあ、私はずっと弾く盾だけ使ってれば問題ない……ってことですよね?」
ノストさんが持つグレイヴ=ジクルドの核、ラルさんの声に、私は確認をとった。うん、私も攻撃なんてできないと思うし、大丈夫だと思う。
———そうだけれど カノンフィリカには注意して
「あっ……そっか。じゃあその時は……ノストさんっ、その、信じてますよ!」
「凡人はつくづく荷物だな」
「う……で、でも、お荷物もお荷物なりに頑張りますから!万が一って時はよろしくですよ!」
「舐めんじゃねぇ。人の荷物に手出しさせるわけねぇだろ」
「えっ……そっ……そ、そーですね……!」
……きっと深い意味はないんだろうけど……なんか今、ノストさんが凄くカッコよく見えたぞっ!い、いやまぁ普段からかっこいいっちゃ、かっこいいんですが!
とにかく、私の意志に反して発動することがあるカノンフィリカがもし発動したら、私はその時無防備になるってことだ。その時はノストさんにフォローしてもらおうっ!
「生闇は今、ルナを行動不可能にするのに精一杯だ。つまりディアノスト、お前は生闇に警戒することなく私に掛かってこられる」
だらんと下げた両手に死光と生闇を持って、スロウさんは笑う。
「剣聖の名は、通常は、その時の剣聖を越えた者が継ぐ。しかし、今、剣聖であるお前は、前剣聖のヒースを越えたわけではない。死に際、ヒースがただ勝手にお前に名を託しただけだ」
「………………」
「だからお前は、剣聖ではない。ヒースを殺したのは私だ。しかし、私は『殺した』だけで、ヒースの剣を『越えた』かどうかはわからない。となると、私達はいまだに、『剣』を継ぐ者でしかない」
「………………」
「ならば、どちらが真に『剣』を継ぐ者にふさわしいか……理由は後付けだが、何にせよ、お前とは決着をつけたいところだ」
きっと、それは……ノストさんも思っていること。
ヒースさんとスロウさんが始めたゲーム。それを終わらせるために。
ヒースさんを殺したスロウさんに復讐するために……殺す。
……そう。ずっと忘れてたけど……ノストさんは、スロウさんを殺すつもりなんだ。
嫌だ……なんて言ったら、また甘いとか言われるんだろうな。でも私は、ノストさんが人を殺すのも、スロウさんが死ぬのも、見たくない。
スロウさんは……ひどいことばかりしてるけど、なんだか、大嫌いになれない。
何と言うか……彼は、ひどく空虚なんだ。そんな印象を受けてる。よくわからないけど……どちらかというと、可哀想って思ってる自分がいる。
……とにかく……拡いて、クロムエラト。
ノストさんに手間をかけさせないために。自分の身は、自分で守りたい。
私が目を閉じてそう思って、瞼を上げた頃には。
ギィィンッ!!
グレイヴ=ジクルドを持ったノストさんと、ラミアスト=レギオルドを持ったスロウさん、二人の刃が激突していた。
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……それから、どれくらい過ぎただろう。
しばらく立ち尽くして二人の戦いを見てた。二人の体に、どんどんとあちこちに切り傷が刻まれていく。
それでも相変わらず、二人の剣戟は見えない。刃が擦れる音やぶつかる音はしてるのに、その光景はほとんど目に映らない。な、何で二人は見えてるんだろ……手の動きが追いついてるのが信じられない……素人が何言ってるんだって感じだけど!
いつもの無表情を少し緊張させたノストさんと、いつもの妖しげな笑みを浮かべるスロウさん。二人の姿も結構霞んで見えないけど、かろうじてそれだけ見えた。
『剣』を継ぐ者……か。こんな凄い戦いしてる二人より、ヒースさんは上だったって言うんだから、とんでもないよね……。
「あ、そういえば……」
ふと、今まで二人の戦いで頭がいっぱいだったけど、ルナさんとサリカさんのことを思い出した。サリカさんは死光、ルナさんは生闇、それぞれ肉体と精神に対する攻撃を受けたから、二人とも動けない。
ノストさんも心配だったけど二人も心配になってきて、私は戦いを一瞥してから、ルナさんとサリカさんがいるところに行ってみた。すると、やっぱり瓦礫の陰にサリカさんが倒れていた。
「やぁ……ステラ」
「サリカさん、大丈夫ですか?」
「うーん……まぁ死にはしないね……でも、ちょっと自分じゃ起き上がれないなぁ……なんか、死光の攻撃には縁があるみたいだ」
長い髪を背中の下にばら撒きながら倒れているサリカさんの傍に座って聞くと、彼は「情けないなぁ……」と苦笑した。思ったより元気そうで、少しだけホッとした。
それから、私の横の方で、残骸の上に座り込んでいるルナさんを見る。
「ルナさんは……」
「うー……大丈夫……でも、気持ち悪い……」
ルナさんは、具合悪そうに片手で頭を押さえて言った。……そういえば前、ノストさんにかけられた生闇の攻撃を、ウォムストラルで打ち消したことがあったっけ。
……って、あ……そっか。ついポケットに手を突っ込んじゃったけど、今、ウォムストラルはグレイヴ=ジクルドになって、ノストさんの手に握られてるんだった。まさか乱入するわけにも行かないし……。
バシンッ!!
「っ……!」
いきなり、すぐ耳元で何か強い音がした。び、びっくりした……!
全然構えてなかった私は慌てて、戦っている二人の方を振り返った。すると、こちらからスロウさんに向かって行く白い光が見えた。それをスロウさんは避け、少し離れたところにいるノストさんに再び切りかかる。避けられた光は、すぐ後ろにあった家の壁の残骸にぶつかり、残骸はさらに粉々にされて崩れていく。
……スロウさんが死光の白い光を放ったけど、ノストさんがかわして、それがたまたま私に当たって。それで私が、クロムエラトの盾で弾いた……ってところかな……?
にしても、いくら弾く盾で無敵だって言っても、攻撃が迫るのは怖い。フィアちゃんは、いつもこんな気持ちだったのかな……。
「相変わらずの剣の腕だな!いや違うな、私もお前も上達したのか!」
楽しそうにスロウさんが言う。実際、楽しいんだろう。いつも落ち着いているイメージがあるけど、今は、まるで子供みたいに目が生き生きしてる。
「こんなに楽しいのは、弟子だった時以来だ!弟子か、懐かしいな!」
弟子時代、きっと二人は、ヒースさんにたくさんしごかれたんだろう。きっと……本当に楽しかったんだろう。三人が映っていたあの写真が、そのまま物語るように。
それなのに今、二人は敵として戦っている。ヒースさんの言う通り、実在したグレイヴ=ジクルドが、すべてを狂わせた。
神剣が実在したって知らなければ、ヒースさんは死ななかったかもしれないし、三人は今も楽しい日々を送っていたかもしれない。
無知な幸せ。残酷な真実。
でも、彼らは知ってしまった。知ってしまったことは、なかったことにはできない。
この真実を、乗り越えるためには?
グレイヴ=ジクルドが実在したって知ってしまったことを乗り越えて、幸せを掴むためには?
二人はどう考えるかわからないけど、私は……
「お前は惜しい!殺すには惜しいな!しかし、私の最大の邪魔者はお前だ!」
噛み合っていた刃を両者が押し合って離れる。二人が跳び退く。
まだ足がつかない頃、ノストさんが、グレイヴ=ジクルドを左腰に持っていき、スロウさんも、同じように死光を左腰に持っていって。
同時に剣を振り抜いた。
死光からは白い三日月の光が飛び出し、グレイヴ=ジクルドからは不可視の衝撃波……消滅攻撃が放たれる。
まるで、鏡のように同じ動作をした二人。それは、同じ剣の師を持つからなのか。
死光の光の攻撃を、消滅波が消し飛ばした。二人の足が地面につき……、
鏡のようだった二人のうち、片方の上半身が前に傾いた。
「……え……の、ノストさんっ!?!」
目を疑った。でも何度見ても、それはノストさんだった。ノストさんが神剣を片手に持ったまま、つらそうに半身を倒していた。呼吸で肩が上下しているのがわかる。結構前、スロウさんと戦った時も、こんなことあったような……!
でも、どうして?今はグレイヴ=ジクルド。ジクルドの時みたいに、ノストさん自身の体力を力に使ってるわけじゃない!なのに、どうして?!
「どうやら今度は、グレイヴ=ジクルドの力が強すぎたせいで、体に強い負荷がかかったようだな」
スロウさんが冷静にそう言って、跳ぶ。はっとして、ノストさんが剣先を上げようとする。しかし、スロウさんの死光の剣先は、それより先に、ノストさんの右腕を裂いていた。
「ノストさんッ!」
「お前にその剣は不要だ」
利き腕を攻撃されて力が緩んだノストさんの手。間を置かず、引こうとしたノストさんに詰め寄り、スロウさんが生闇が下から振り上げる。
その瞬間、ノストさんの手からグレイヴ=ジクルドが吹っ飛んでいた。
そして———
カーブを描くように振り下ろされた生闇の白い刃が、ノストさんの黒い服の横からぶつかった。
…………何が起こったのか、よくわからなかった。
ノストさんが体を折って、がくんと両膝と手をついた。お腹を抱えるように左手を、右の脇腹に添えて。愕然とした様子の横顔が、がはっと吐き出したものは……赤くて。
スロウさんが持つ、純白の刀・生闇。ちょうど私が見ている側の手に持っていたから、よく見えた。
それの刃の真ん中辺りが、赤くなっているのが見えて……、
「……の、ノストさんッ!? ノストさん!!」
剣も持っていなかったし、さっきのは直撃だったって私でもわかった。
思わず駆け寄ろうと踏み出した私の視線の先で、スロウさんが死光を持った手を動かす。
嫌な予感がして、足が凍りついた。
「なっ……」
「お前さえいなくなれば、あとはステラを殺せばいいだけだ」
「や、やめてっ……!! スロウさん、待って!! 貴方にとって邪魔なのは私でしょうっ!?」
「大人しく殺されてやると言うのか?しかし、お前が良くても、ディアノストが黙っていないだろう。ディアノストを殺してからお前を殺した方が、最も安全ということだ」
私が慌ててかけた制止の声を、スロウさんは淡々とそう説明して跳ね除けた。死光を持った手を、振り上げる。
「や、やめてッ!!」
嫌だ、ノストさんが殺されちゃうっ……!!
瞬間、嘘のように足が動いた。駆け出す。
あと4歩。
死光が振り下ろされる。
簡単だ。私が間に入って、弾く盾で弾けばいい。
そうすればノストさんは殺されない。
だけど、だけど……!!
間に合わない。
「やめてぇぇえ————ッッ!!!!」
……パキッ、と。前に踏み出した足が、不思議な音を立てた。
体の中が冷え込んだと思うと、体の外も冷え込んでいく。
あと3歩。
「やはりな」
「カノンフィリカッ……!」
「まずい……このままじゃ、みんな凍るっ……!」
誰かの声がしたと思うと、リン———と高らかな鈴のような、前にも聞いたことのある音がした。
ふわりと、周りの冷気が霧散する。私の中の冷たさも、静かに引いていくのがわかった。
あと2歩。
……というところで、がくっと視界が揺れた。
突然足から力が抜けて、私はどさっとそこに座り込む。
「……っはぁ、はぁ……な、に……?」
なぜか、ひどく体が重い。息も切れていて、疲れてるんだって他人事みたいにわかった。
地面を見つめていた視界の上の方に、何かが見えて、無意識に顔を上げる。……誰かの足だった。その足を辿って上を見上げると、いつの間にか、スロウさんが目の前に立っていた。
「別の力を使った今のお前は、無防備だ」
「っ……!!」
やばい。
その言葉にはっとして、カノンフィリカのせいで閉ざされたクロムエラトを、慌てて展開しようとする。
拡いて、クロ——
「遅い」
見えない剣戟で繰り出されていただろう、見えない剣先が迫る感覚がして。
目の前が真っ黒になった。