monophobia

10 眩しすぎる太陽

ノストさんへ

 

昨日は、ご迷惑かけてすみませんでした。
ノストさんに頼ってばっかりじゃダメだと思うから、
私は一人で行きます。
今まで、ありがとうございました。
ウォムストラルは置いていくので、
ノストさんは、久しぶりの外の世界を楽しんで下さい。

ステラ

 今思うと変な文章だなぁと思うけど、とにかく、一人で行くってことを伝えたかった。何も言わないで別れるのは申し訳なかったし。
 ノストさん、どう思うかなぁ……あの人の心の内、まだ読めないからなぁ。

「ステラ、起きてる?」
「あ、はい。どうぞ~」
 2度のノックの後、ドアの向こうから聞こえた声。ベッドに座って白い壁を見つめていた私ははっとして、自分が考え事をしてたってことに気付いた。
 返事をしてドアの方を振り向くと、昨夜の女の人……サリカさんがドアを開いていた。目が合うと、彼女は微笑んだ。
「おはよ。寝れた?」
「はい!本当に、ありがとうございましたっ!」
「教会は宿屋と違って、ご飯はつかないけどねぇ。レストランが開店するまで、朝ご飯はお預けさ」
「うあっ!く、空腹で死んじゃいますよぉ……」
 宿屋さん1泊の料金と、レストラン1食の料金、レストランの方がやっぱり安いと思うけど、空腹を我慢しなきゃならないってのはつらい……!
 というかもしかして、今その状況!? も、もうお腹空いてるんですけど……まだまだ開店まで時間あるよ!?
 思わずお腹を押さえて血の気を引かせた私を見て、サリカさんは笑った。
「今日は大丈夫だよ。朝ご飯ならもうできてるから」
「えっ!? な、何であるんですか?!」
「私が作ったからだけど? ……ん~、まさか、愛のこもった食事を断る気かなぁ?」
「で、でもでも、これ以上お世話かけられないです!」
「私のご飯が食べられないっていうのかな~?あーぁ、もったいないな~」
「うっ……! ……うう……せっかくなので頂きます……」
「そうそう、素直になろうね~☆」
 結局断り切れず、ご飯を食べることになった。ハメられた気がしないでもないけど!だ、だって、料理の食材がもったいないし!やっぱりお腹空いてるし!うう、本当に感謝してもしきれないっ……!

 サリカさんは、私の寝ていた部屋の3つ隣の部屋に入った。私が後に続いて中に入ってみると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。空腹を刺激する匂いだ……お、お腹空いた……。
 そこは、こじんまりとした厨房だった。その厨房の真ん中には広い作業台があり、その上に、サリカさんが作ったとおぼしき朝食がのっていた。この部屋のイイ匂いの正体はコイツかッ!
 その付近に丸イスが2つあって、サリカさんはそこに座るように私に言った。
「ま、人に出すような程度のものじゃないけどね。空腹は紛らわせるよ」
「わーっ、おいしそうです!あ、じゃあ、いただきますっ!」
 私の前に、ご丁寧に揃えて置いてあったお箸を手にとって、私は手を合わせてからお箸の先を近付けた。
 サリカさんお手製の朝ご食は、ホカホカなご飯と青菜のみそ汁、焼いたお魚さんだった。すっごくお腹が空いてたから、もうご飯が進む進む。うーん、この焼き魚の絶妙な塩加減。なんとも言えませんなぁ。
「そういえば、ステラって何処の出身?まさかここに住んでるわけじゃないだろ?」
「あ、はい。アルフィン村っていう村に住んでました」
「あぁ、ここから南西にあるあの村か」
 私と同じメニューを食べるサリカさんは、焼き魚を箸先で器用に切り分けながら笑う。
「ルナと似てるって知っておきながら、このアスラに来るなんてサバイバーだねぇ。私に会う前にも、いろいろ言われなかった?」
「あ、はい。でも少し前は……一人じゃなかったので」
「あれ。じゃあ、その連れは?」
 首を傾げてそう聞かれ、私は少し困った。うーむ、何処から話したものか。

 とりあえず、最初からずっと話すことにした。アルフィン村で人違いで捕まって、入れられた牢屋の隣人さんの存在。なんだか物凄く強いその人に、サリカさんに会う前まで守ってもらってたってことを。
 私の話を黙って聞いていたサリカさんは、おもむろにみそ汁の残りを呷り、お椀を置いた。その上に、箸をそっと揃えて置く。
「確かにステラの傍にいれば、賞金稼ぎとかに追われて危険が降りかかるだろうしねぇ。で、それにステラの方が音を上げて別れたってわけね」
「え……あ、はい……」
 私は生返事をしながら、目を瞬いた。
 ……私、まだ「別れた」なんて一言も言ってないのに。完璧に当てられて、まるで心の内を覗かれている気分だ。
 そんな気持ちが顔にそれが出ていたのか、サリカさんはおかしそうに笑ってから、私を見て微笑んだ。
「そっくりだから」
「へ?」
「人に迷惑をかけることを嫌がる性分。そうして一人で抱え込んでしまうんだ。ルナもそうだった」
「………………え」
「今はそうでもないけどね」
 その言葉に深い意味はなかったんだろう。ただ、似ているなって思って、それを口にしただけで。
 それでも……私は、気付いてしまった。

 みんな、私のことなんて見ちゃいない。

 賞金稼ぎの人達。村のみんな。サリカさん。
 みんな、私の上にぼやける、ルナさんの輪郭をなぞっている。
 ……もしかして、ノストさんもそうだったのかな。

 今のサリカさんの目は私を見ていない。
 その視線は、私にかぶるルナさんの姿を見ている。
 懐かしそうな、愛おしそうな、親しげなその微笑。

 ガタンッ、と荒々しい音が響いた。
 何だと思って数秒、自分の座っていたイスが倒れた音だと知る。私はいつの間にか、イスを蹴って勢いよく立ち上がっていた。
「どうかした?大丈夫?顔色悪いよ?」
「あ……な、なんでもない、です……ちょっと、イヤなこと思い出しただけです……」
 こちらを見上げてくるサリカさんの心配そうな問い。私はとっさにテキトウな理由を返したけど、我ながら弱々しい声だったから説得力はなかった。
 再びイスに腰を下ろす。食事を再開しようとしたはいいけど、箸先が上手く動かない。しばらく苦戦してから、ようやく摘んだ焼き魚を食べた。
 ……しょっぱい。さっきまで、あんなにおいしかったのに。

 私の存在が薄れていく。……そんな感じがして、ぞっとした。
 まるで胸に穴が空いたみたいな、そんな恐怖が巣食う。まだ少し息苦しい。
 村から追放された時も、一人ぼっちだって自覚した時も、これほどじゃなかった。今、「私」は、ルナさんという存在に塗り潰されかかってるんだ。
 私には、小さい頃から私を知っているような家族も、友人もいない。誰も証人がいない。反対に、ルナさんにはサリカさんという証人がいて、さらには国が大罪人としてその存在を認めている。それは太陽のように、紛れもないものだ。
 私は……太陽が昇れば見えなくなってしまう、小さな星みたいで。
 どうしてこんなに違うんだろう。ルナさんって本当に何者?私の何なの……?

「ひとまずセントラクスに移ろうか」
「セントラクスに……ですか?」
 空になった食器を片付けながら、サリカさんが言った。私はお汁を飲んで、彼女の言葉を繰り返す。
 何でセントラクスに……?別に私、グレイヴ教信者じゃないんだけど。……はっ、もしや信者勧誘!?
「ここは、賞金稼ぎがうろついてて危険だからねぇ。あそこなら教団の神官や信者しかいないし。あと私がちょうど行くところだったからさ。ついでだよ」
「あ、なるほど……あの、教団の神官さんって何処に住んでるんですか?」
「基本的に、自分の所属している教会や聖堂、同じ地区に住んでるよ。1つの場所にそんな大人数いないから、ちょうどいいんだ」
 ちょっと疑問に思ったから聞いてみると、サリカさんはすぐに説明してくれた。へぇ、そうなんだ……教会に寝室があるのもそのせいか~。

 グレイヴ教団は、グレイヴ教を軸とした組織で、3つの階級に分かれている。上からレセル、ゲブラー、そしてティセドだ。
 ティセドは、まだ神官になったばかりの学生さん。誰もが必ず通る階級だ。聖書の勉強とか武術の修行とかして、試験の末にレセルかゲブラーへ昇格するらしい。
 で、サリカさんは、その真ん中、ゲブラーに所属してるって言ってた。ゲブラーは、武人の階級だ。教団の剣であり、武力を司る位。教団のために戦うだけじゃなく、民の安全を守る、準軍部のような役割も兼ねている。それであんなに強いんだなって納得した。
 ……きっと、ノストさんがこれ聞いたら、「馬鹿にしては詳しいな」とかやっぱり憎まれ口きくんだろうなぁ。これくらい常識です!って言い返したいところだけど、教団の組織構成は、昨日サリカさんから聞いたものだったり……。
「あれ……」
 遅れてようやく朝ご食を完食した私が、積み重ねた自分の食器を流し台に置く。隣に立っていたサリカさんが不思議そうに言うから、私が見上げると、彼女はぽかんとしてから笑い出した。
「フフ、やっぱりそんなわけないか」
「へ??」
「ルナは、青菜が嫌いなんだ」
「……あ」
 ルナさんは青菜が嫌い。私は青菜が好き。……そんな些細な違いだけで、なんだか個性が出たみたいで、ほっとする自分。
 ……っていうかこの人、もしかして試した?ルナさんが嫌いなモノを出したら、私はどうするかって……いや絶対そうだ。この人、企んでたに違いないっ! ……私って、試されやすいのかなぁ。
「あ、そういえば、変装道具忘れてきたって言ったっけ?じゃあ神官服、借りちゃいなよ。フフ、きっと誰もルナが教団に入ってるなんて思わないから、まず注目されないよ」
「えっ?! い、いいんですか?神官服って、やっぱり本職の人の物じゃ……」
「大丈夫だって、古いのは余ってるから」
 サリカさんは食器を桶の水ですすぎながら、肩越しに私に笑いかけた。
 ……って、ああぁッ!! 私ってばサリカさんに洗い物させてる!何様のつもりよ私!代わらなきゃ!と、私が慌ててサリカさんの隣から流しを覗いた時、今ちょうど、最後の1つを洗い終わったところだった。……ま、間に合わなかった……。
「神官服は、隣の部屋かな。神官服だけの方がいいよ。後で騒ぎになったら面倒だしね~」
 流しの横にあったタオルで濡れた手を拭きながら、サリカさんはなぜかそう言って笑った。後で騒ぎになったら面倒って……やっぱり本当はいけないことなんじゃないの!? だ、大丈夫かなこの人……!
 グレイヴ教団の神官服は、白地の服に黄の縁取りがティセド、青の縁取りがゲブラー、赤の縁取りがレセルって色が決まっている。ちなみにレセルとゲブラーになれば羽織る上着が増えて、レセルが黒、ゲブラーが緑のものを着る。この違いで階級を見分けているらしい。
 サリカさんの案内で移動した隣の部屋は、倉庫だった。剣や書類などいろんなものが置いてある中、そこに収納されていた着崩れた古い神官服をいくつかもらって、贅沢にも綺麗そうなものを探してみる。
「ステラ」
「はい……わっ?」
 サリカさんに後ろから呼ばれて振り返った直後、ボフッと頭に何かをのせられた。のせられた物を触ってみると、横長楕円の広い帽子であるとわかった。あ、そういえば……脱獄した後、ノストさんにもこんなことされた気がする。変装道具探しで。
 帽子をかぶり直しながらそんなことを思い出していると、サリカさんは私を見て1つ頷いた。
「うん、似合ってるよ。この帽子なら、髪とか隠せるし」
「………………はっ!? に、似合ってますか?」
「ん?うん、結構似合ってるけど?野原に咲く花のようだよ、ハニー♪」
「それって要するに雑草ですよね……」
 私がびっくりしたら、サリカさんはぱちくり瞬きしてから、何処の口説き文句だかわからないけどふざけてそう言った。確かに私は雑草だけどさぁ……口説き文句にまで出てくるか雑草。
 とにかく、似合ってるなんて言われたの、そういえば久しぶりだ!ノストさんはああだからもう何も言わないけど!えへへ……照れるなぁ、似合ってるかぁ。庶民だからこういう高級そうな服、着たことあんまりないんだよね。よかった~。
 ところでこの帽子、何処から出してきた?と私がサリカさんの方を見ると、彼女の背後にクローゼットが見えた。全部しまってるんだ、ああいうふうに。
「この帽子も一応神官服の物なんだけど、邪魔だって言う人もいるから強制はしてないんだ。どっちかというとオシャレ装備かなぁ」
「確かに女性は好きそう……サリカさんは、かぶったことないんですか?」
「えっ?私が?なんで………………あー、そういうこと。うん。ないねぇ。フフ」
 ……今の間は?しかも、その意味ありげな笑いは何~!?
「かぶってみたいって思わないんですか?」
「邪魔なんだよねー。特にゲブラーって戦闘に支障をきたすと困るしさ~」
「うーん、そうですかぁ……」
 なんか妙に生き生きと楽しそうに言うサリカさん。一体何なんだ……でも、ちょっと見てみたかったな、サリカさんが帽子かぶったとこ。残念。
 私が神官服のボタンを外していると、サリカさんがくるっと踵を返した。サリカさんの方を見ると、さっと片手を上げて彼女は言う。
「服着たら、すぐにセントラクスに行くからね。私は、ちょっとここの司祭と話があるから」
「へ?服を借りて行くことを話すんですか?」
「それは話さないよ、別にそんな中古服なんて気にしないさ~。大人の事情だよ♪」
 首を傾げる私に、サリカさんはくすっと笑って人差し指を口の前に立てた。ちゃ、チャーミング……!
 教団の仕事の話かな?と、私が考えている間に、サリカさんは部屋から出ていってしまった。
 閉ざされたドアを眺めてから、手元の神官服に目を落とす。街の喧騒が遠くに聞こえる。倉庫に一人残されて、私はふと、今の状況を思い返した。

 ……ノストさん、どうしたかな。きっとせいせいしてるだろうな。これでよかったんだ。
 ウォムストラルも置いて来たけど……本当は持ってきたかった。お父さんの形見だもん。
 でも、ノストさんは……未だによくわからないけど、ウォムストラルのために牢屋を出てきた。私を守ってくれてた。だから、あの石を置いてこなきゃ、きっとノストさんは探しに来る。弱い自分と決別するのも兼ねて、それでよかったんだ。
 ……そういえば、「さようなら」って書かなかった。会えたらいいなって思ってるのかな、私。ホント、ダメダメだなぁ……。
 内心で苦笑しながら、私は神官服の袖に腕を通した。