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04 維持の石ウォムストラル

「どうですか?完璧でしょ!」
 ぐるぐるうずまきのメガネ。黒い付けヒゲと高い付け鼻。
 雑貨を売っている店頭でそれらをつけて、私は自信たっぷりにノストさんを向いた。ふっふっふ、これなら顔も見えないし完璧でしょう!
 しかし、ノストさんは私の顔を一瞥して、ばっさり。
「変人だな」
「へ、変人!? 怪しいんですかこれ!? じゃあ何で商品名が『変装セット』なんですか!?」
「変人の前にただの馬鹿か」
「馬鹿馬鹿言わないでくださいッ!」
 鼻とヒゲはワンセットで、鼻をとればヒゲもとれる。その鼻を取って私は言い返すけど、ノストさんには当然効きもしない。
 『変装セット』って書いてるから、これがあれば完璧!……とか思ったのに!変装セット、詐欺だ~!!

 城の庭園からそそくさと脱走し、私達はシャルティア城の正面……シャルティア城下町に来ていた。
 また私がルナさんに間違えられるのは面倒だからと、ノストさんにまずは変装しろって言われた。それで今、変装できる道具を探している最中……なんだけど……早速ダメ出しされた……。
 広げた布の上に雑貨を並べて売り出していた露店でそれを見ていた私。露店の主人さんは、肌が浅黒い男の人だった。きっと、シャルティアの北にある砂漠の国レンテルッケの人だ。そのせいか、とっさにルナさんだ!って言われない。運が良かった……!
 ノストさんは、仕方なさそうに溜息を吐き、肩越しに私を見て言った。
「救いようのない大馬鹿のために教えてやる」
「お、大馬鹿って~! ……って、え、あ、ちょ……待って下さいよぉー!」
 私が「大馬鹿」という言葉に怒っている間に、ノストさんは石畳の道をスタスタ歩いていってしまう。その速度がまた速いから、あっという間に置いて行かれそう。私は鼻とヒゲセットを慌てて主人さんに戻して、彼を追いかけた。
 私とノストさんとの間には、結構な距離があった。まるでこの街のことを知っているかのように、ノストさんは迷うことなく歩いていく。私がようやくノストさんに追いついた時、ノストさんが唐突に振り返った。
「わっ……!?」
 ぼす、と頭に何かをかぶせられた。視界の上部に見えたのは、白い半円。ノストさんの手が離れてから、私は頭を押さえた。
「……えっと……これって」
「見た通りだろ」
 手探りで、頭のてっぺんから形を探る。頭と同じくらいの大きさの布製のドームと、その縁から、少し固いものが広がっている。それで日の光が遮られて、顔が陰る。
 これは……、
「……帽子、ですか?」
「馬鹿は帽子も物珍しいか」
「違いますってば!」
 とにかく、ノストさんが私の頭にかぶせたのは帽子だった。白くてつばの広い、何かちょっと高そうなものだ。
 でも……これだけじゃ甘くないかな?確かに、髪の色とか目の色とかは、目立ちにくくなるかもしれないけど……。
 そう思って私が意見する前に、ノストさんはすでにその帽子屋さんでこの帽子の代金を払ってしまっていた。は、早……!っていうか、牢屋にいたけどお金は持ってたんだ……。
 どうやら、帽子だけじゃ甘いってことを当然ノストさんも思っていたらしい。私のところに戻ってきた……かと思いきや、私の横を素通りして何も言わずに歩いて行く。
「ちょ、次は何処に行くんですか!? 待って下さいよー!」
 何か一言言ってくれてもいいんじゃないですかっ!? なんかもう私、ノストさんに振り回されてる!
 今度は少し反応が早かったからそんなに離れなかった。ノストさんの隣に駆け寄り、ノストさんの大きい歩幅に追いつくように少し小走りで並んで歩く。う、結構つらい……!
 次のお店まではすぐに着いた。オシャレな格子状のドアをノストさんが開くと、中がなんだかキラキラしていて眩しい。追いついた私が後を追って中に入るとその正体がわかった。ガラスのテーブルに並べられた、たくさんのメガネだ!
「メガネ……? え!? メガネ買うんですか?!」
「買うわけねぇだろ」
「で、ですよね~。変装するだけですもんね~」
 さすがにこんな高級品を買わせてしまうのは気が引けた。慌てて聞いたら、ノストさんは否定してくれて、私はホッと胸を撫で下ろした。よかったぁ~……でもじゃあ、なんでこのお店に?
 ノストさんは宣言通り、メガネには目もくれず、お店の主人らしきおじさんに近付いていく。カウンターの向こうに立つのは、黒縁のメガネをかけた、ひょろっとしたおじさんだった。高級感あふれる店内とは違う、普段着らしいラフな格好。こ、この人、ホントにこのお店の人?
 メガネのレンズを丁寧に拭いていたおじさんも、こちらの存在に気が付いたようで、顔を上げた。かと思うと、メガネの向こうの瞳が見開かれた。
「ハーメルさん……!?」
「へ……?」
 おじさんが身を乗り出さん勢いで言ったその言葉に、私は我ながらマヌケな声を上げた。
 ハーメルさん……?誰?明らかにノストさん見て言ってるから、ノストさんのことだと思うけど……。
 ……も、もしかして私に名乗った「ディアノスト」っていうのは、偽名とか!? じゃあ私って……かなり信用ないじゃん?!
「久しぶりじゃないか。前と全然変わってないな、メルさんよ。この3年間、何処行ってたってんだ?」
「さぁな」
 おじさんがにこやかに笑いながら言うと、ノストさんはやっぱりつれない返事をした。が、私に対するよりは遥かに口調が柔らかだ。どうやらお二人、知り合い同士らしい。
「はは、まぁいいさ。今回は、何の用だい?」
「ジャン、この愚か者のために化けれる道具を恵んでやれ」
「……お願いします」
 もう「馬鹿」とか「愚か者」とか、とにかく蔑む言葉にも慣れてきた。反抗するのも面倒になってきて、私はもうそれを認めてそう言った。
 おじさん……ジャンさん、っていうのかな?ジャンさんは、ノストさんに言われて初めて私の方を見た。その時、一瞬、ジャンさんは不思議そうに片眉を上げた気がした。
 ……? 何だろ……?
 内心で首を傾げる私をよそに、ジャンさんはおかしそうに笑いながら、とんでもないことを言い放った。
「可愛い子じゃないか。ハーメルさん、いつの間に彼女つくってたんだ?」
「……は!?」
「何処をどう見たらそう見える。下僕以上連れ未満だ」
「な、何ですかそれ!?」
 やだやだ!ま、まぁ外見はともかく……もしそうなったとしても私の方から拒否るし!この、無慈悲で自分勝手で毒舌で悪魔みたいなこの人とか!っていうか下僕以上連れ未満って何!?
 馬鹿らしそうに切り捨てたノストさんの言葉を、どうとったのかはわからないけど、ジャンさんはそれでも笑いながら言う。
「はは、そうかい。まぁ、あんたにはブリジレスカ嬢ちゃんがいるしなぁ」
 へ?? 知らない人の名前が出てきた……ブリジレスカ?誰だろ?ちらりとノストさんの顔を盗み見るけど、やっぱり表情はいつも通り。
「で、化けれる道具だっけ?何だいお嬢ちゃん、変装でもするのかい?」
「えっ、はい。その通りです」
「ほう?んじゃ君が、今騒がれてるルナって盗賊なのか」

 ……ああ、なるほど。
 さっきの片眉上げは、何処かで見たなぁ……?って気にかかってたんだ。で、「変装するのかい?」とカマをかけてみたら頷いたから、ジャンさんの中で確定ってことになっちゃったわけだ。
「別人だ。コイツのせいで俺も被害に遭った」
「悪かったですねっ!」
 ノストさん、代わりに答えてくれるのはいいんだけど一言多い。だから結局、私も喋ることになる。
 ジャンさんはキョトンとしてから、驚いたように目を瞬いた。
「あれ、違うのかい?ルナじゃないのか?」
「私はステラですっ。ルナさんって人とは全然関係ないです!」
「へええ~?? ルナの妹とかじゃなく?」
「違います!」
 これから先もこの顔に気付かれたら、こんなやり取りをするのかな。めんどくさいなぁ……私はルナさんじゃないってのにー!
 その後もいろいろ聞かれたけど、全面否定してやった。ジャンさんはあごに手を当てて、納得行かない顔で私を凝視する。
「こんなに似てるのに、何一つ、関係はないのかい……?」
「ありませんっ!ノストさんに聞くまでルナさんの存在、知らなかったですから!」
「うーん……そうか。いろいろしつこく聞いてごめんよ。でもそのせいで、君も大変だろ?」
「一番大変なのは俺だ」
「うっ……そ、そうですけど……でも、ここはやっぱり私でしょう!」
 途中、割り込んできたノストさんのもっともな言葉に反論できない……く、悔しいけど事実だ……。
「じゃ、これは協力してやらんと可哀想だな。ほら嬢ちゃん……ステラちゃんだっけか?これやるから、頑張れよ」
 話しながら、机の引き出しの中からジャンさんが出したのは、赤い縁のメガネ。……結局メガネじゃん!
 私が勧められるままそのメガネを手にとると、ジャンさんが付け加える。
「度は入ってないから、安心してな」
「あ、はい。ありがとうございますっ」
「いいっていいって。ハーメルさん、こんなんでいいのかい?」
「ごまかせればいい」
「だそうだ。よかったなぁ~、付けヒゲしなくていいってよ。やっぱ女の子だしなぁ」
 ジャンさんの愉快そうな言葉を聞き、ノストさんは、メガネをかけてみた私を振り返った。
「……同類がいたぞ」
「ほら、やっぱり私だけじゃないですよ」
「馬鹿の集まりだな……」
 彼は嘆息しながら、キョロキョロと辺りを見回す私の横を指差した。
 へ?と見てみると、ノストさんが指し示していたのは、メガネが並べられている中に立っていた、顔が映せるくらいの大きさの鏡だった。……鏡を探していると見抜かれていたらしい。な、何気に気が利く……。
 私はその鏡に歩み寄って、メガネをかけた自分を覗き込んでみた。赤縁のメガネと、白いつばの帽子。うん、多分これだったら、一目見られて「あ、ルナ=B=ゾーク!」ってことはないと思う。メガネって初めてかけたんだけど、マジメっぽく見えるなぁ、私。
「ノストさん、これなら大丈夫じゃないですか?」
「誰がそれを選んだと思ってる」
「……ノストさんでした。じゃ、大丈夫ですね!」
 ノストさんも、遠回しに大丈夫だと言ってくれた。今思ったけど、この人、物言いが間接的だな……。
「あ、でもこれ、値段が……」
「あぁ、金はいらないよ。昔、メルさんに頼まれて作ったもんだから、それ」
「へ……?」
 私がはっとお金のことを思い出して言ったけど、ジャンさんは自分のメガネのレンズをティッシュで拭きながらそう言った。
 私が思わずノストさんに目をやると、彼は口を閉ざしてコメントしなかった。代わりに、ジャンさんが気を利かせたのか後を引き継ぐ。
「ま、ハーメルぼっちゃんにも、似たような過去があったってことさ」
「……ジャン」
「ん?余計だってか?」
「ぼっちゃんはやめろ」
「「そっち!?」」
 綺麗になったメガネをかけながら言ったジャンさんの言葉を、ノストさんが咎めた……と思ったら、注意したかったのは、呼び方の方だったらしい……。
 ぼっちゃんって、この人……もしかして、そこそこ高い身分?貴族とか!? この悪魔みたいな人が貴族……うああっ、貴族のイメージが崩れてく~っ!でもでも、悔しいけど高貴そうな雰囲気は合いそう!

 ジャンさんに別れを告げ、私とノストさんは彼のお店を後にした。お店から出てきたノストさんをくるりと振り返り、これからの予定を聞いてみる。
「ノストさん、変装は終わりましたけど、これからどうするか、あてとかあるんですか?」
「あるわけねぇだろ」
「じゃあ、その……私、自分の村に帰ってもいいですか?村のみんなに何も言ってないから……その……」
 ……心配してると思って。
 最初は、ただ自分の希望を言おうとしていただけだった。でも喋るうちに、こんなこと頼んでいいのかなって後ろ向きになってきて、私は途中で何も言えなくなってしまった。
 だって、これじゃ私だけが得してノストさんは何の得にもならない。そもそも何でノストさんと一緒に行く前提になっているんだろう。この人ついてきてくれないでしょ、絶対。
 ノストさんの目が私に向いているのがわかった。気が付かないうちにうつむいていた私は、慌てて顔を上げて手を振った。やっぱり言わなきゃよかった!
「ご、ごめんなさい!やっぱり何でもないです!私、村に帰るので、その……」
「………………行ってもいい」
「ノストさんは……って、へ?え、本当……あ、も、もう1回どうぞ!」
 あ、あれれ?? 焦りすぎて聞き間違えたかな?
 と思いつつも、それに期待を抱いている私。ここは聞き返した方がいいと思って、もう一度喋ってもらうと……、
「行ってもやってもいい」
 ぶっきらぼうに言い放って、ノストさんは、ついっと私から視線を外して空を仰いだ。……やっぱり、さっき聞いたのは間違ってなかった!
「ほ、本当ですか!? うわぁ、ノストさんがいいって言ってくれるなんて思ってませんでした!」
「……気分だ」
「えへへ、ありがとうございます!」
 でも気分って……どういう気分だ。ちょっと助けてやろーかなってふうじゃないし、何なんだろ……ま、ついてきてくれるらしいし、それはいっか。
 私が変な笑いをしながらノストさんにお礼を言うと、ノストさんは私を凝視して。
「気味が悪い。やっぱりやめ」
「だ、ダメですよー!! 何で気味悪いだけで却下しようとするんですかッ!」
「特に意味はない」
「ええー!?」
 くっ……顔には出ないけど、この人、絶対私の反応楽しんでる……!くぅう~~、悔しーっ!!
「あっ、そうだ。ノストさん、『ハーメル』さんって何ですか?」
「は?」
「ジャンさん、ノストさんのこと、『ハーメル』さんって呼んでましたよねっ?何でですか?」
 まさか本名ですか?というのは呑み込んで、さっきから気になっていたことを聞くと、ノストさんは珍しくあからさまに嫌そうな顔をした。
「ミドルネーム」
「ミドルネーム……?そういえば、ノストさんのフルネームって聞いてないですね!何ていうんですか?」
「フルネームなんかどうでもいいだろ」
 素っ気無くそう言うノストさん。どうやら、フルネームがお嫌いのようです。でもでも、何か気になるから問い詰めてみる。
「私のフルネームは知ってるくせに、自分のは教えないなんて卑怯です!」
「てめぇが勝手に名乗ったんだろ。名前とヒースの娘ってわかれば嫌でもわかる」
「あ、じゃあ私も嫌々聞きます!」
「……やっぱり馬鹿だな」
 結構マジメに言ったつもりだったのに、かなり呆れられた。……変なこと言ったか私!?
 私が諦めかけて大人しく前を向いた時、ノストさんがぽつりと言った。
「……ディアノスト=ハーメル=レミエッタ」
「へ?も、もしかしてフルネームですか!?」
「自分で解釈しろ」
 私がもう一度振り返ってわくわくしながら聞くと、ノストさんは面倒臭そうにそう答えて、町を真っ直ぐ突き抜ける石畳の道を先へと進んでいく。
 ……どうしてこう、ノストさんって一人で先走りたがるんだろ。やっぱり私、邪魔に思われてる……?
 私は、風に煽られて飛んでいきそうになった白い帽子を押さえながら、出遅れた分、早足で彼を追いかけた。

 

 

 

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 この世界は、一人の創造主によって創られたとされている。……それがいわゆる、「神様」なんだけども。
 神様は、世界を作る際に、ある物を用いて力を振るったという。それは、強大すぎる神様の力を制御すると同時に、増幅させるものだったらしい。
 それが、神剣グレイヴ=ジクルド。
 最後に神様は世界から立ち去る時に、なぜか神剣を置いていってしまう。

 ……そして。その神剣グレイヴ=ジクルドは、どうやら実在するらしい。

「ウォム……ストラル?それが、この石の名前ですか?」
 木目の綺麗なテーブルの上に置いた、形見の透明な石。その隣には、水の入ったコップ。2つの透明なものが、柔らかい日光でキラキラ光って綺麗だった。それらを見つめながら私が言うと、向かいでノストさんはなぜか黙り込んだ。
「……さっきの説明で、お前が衝撃を受けたのはそこなのか?」
「うっ……違いますけど、なんとなくですよ!」
 なんだか負けるのが嫌だったので少し強めに言い返す。その拍子に、かけた赤いメガネがズレかけて慌てて元の位置に戻した。
 ジャンさんのお店を出て、舗装された広い道をずっと進んでいくと、ちょうど休憩できそうなレストランを見つけた。そういえばお腹空いてるなぁってことで、私達は今、レストランで注文待ち。よく考えてみれば、お昼だもんね。
 ちなみに帽子はかぶったまま。私の場合、取っちゃったら、「あ、ルナ=B=ゾーク!」ってハメになっちゃうので……しかも私達のテーブルはお店の真ん中辺り。注目を浴びやすいところでもある。
 ノストさんは、私の形見の石にまつわる話をしてくれた。ひとまず、これはただの石じゃないらしい。ウォムストラルっていう名前で、混沌神語で「維持の石」って意味を持つそうだ。
 ちなみに混沌神語っていうのは、本当かはわからないけど、神様の言語を基につくられた古い言語のこと。昔はこれが公用語だったらしくて、今でもシャルティアの地名とかに名残が残っている。今では古文書とかじゃないと見ない言語で、高位な神官さんくらいにならないと普通は知らない。
 ……で。なんて言ったって、一番のハイライト。 

 このウォムストラルは、グレイヴ=ジクルドの柄の部分にはまっていた石らしい。

  創世の物語は、聖書を読んでいなくても大概の人は知っている有名なお伽話だ。実際、私ですら知ってたし。だからもちろん、神剣のことも知ってた。
 ……落ち着いて整理したけど、やっぱりぶっ飛んでてて信じられない……ほんとかなぁ?? この人、私を騙そうとしてるんじゃっ? ……私を騙しても別にいいことないか!
 だって、そしたら……どうして、私の手元に神剣の破片があるの?
 どうしてお父さんはこの石を持ってたの……?

「そいつは元々、ジクルドと一体だった代物だ。だから維持の力もある」
「え?じくるど、って何ですか?」
「………………あぁ……」
 私が質問を挟ませたりとかで長々と説明してくれたノストさんは、私の質問を聞きながら自分のコップの水を飲んで喉を潤した。そして、そのコップを置き、面倒臭そうにそう言う。
 ……今の間って、いつもみたいな感じで言おうとしたよね。で、そういえば説明してないって気付いて、自分の方が悪いってことでやめたよね、絶対。
「ウォムストラルが外れたグレイヴ=ジクルド本体の方だ」
「つまり……ただの剣ですか?」
「俺の剣。あれがジクルド」
「……えっ!?! あれが!?」
 な、なんだってーー!!!? お城で兵士さん達を……吹き飛ばした?あの剣が!? グレイヴ=ジクルドの剣の方?!
 え、つまり……今ここに、神剣の剣と石が揃ってる?えっ……現実味ない……。
「……そ、そういえば……あの剣、何処から出したんですか?」
 理解しているようで認めたくないようで、なんだか頭が痛くなってきて、私はこめかみを押さえてちょっと違うことを聞いた。するとノストさんは、あっさり。
「空中」
「…………ど、どういうことですか???」
 こ、この人、何言ってるの!? 今回ばかりは私の方がまともだよね!?
 ノストさんが説明を始めようとした時に、ようやく注文していた料理が運ばれてきた。ウエイトレスの若いお姉さんが、私とノストさんの目の前にそれぞれのお皿を置いていく。
 ちなみに私は、ナポリタン&コーンスープ。ノストさんは……何だろアレ。多分、ステーキとかの部類だと思う。とにかく、ナイフとフォークを駆使して食べる料理だった。
「ジクルドには、実体がない。手で触れるモンじゃねぇってことだ」
「えっと……空気みたいなものですか?あ、だから空中……?」
「ウォムストラルの維持の力は、ジクルドの実体を”維持”するためにある。グレイヴ=ジクルドの時は存在が固定化されてるが、ジクルドの時は別に器が必要になる」
「器……」
「ジクルドは、剣の契約者が喚んで初めて実体を持つ。契約者の意志っつー器に入ってな」
 フォークをくるくる回して、スパゲッティの麺を巻きつけながら話を聞く私。ノストさんは小難しい説明をしながら、ステーキらしいものからお肉のカケラを切り取る。器用な人だなぁ……。
 ぱくっと麺を食べて、もぐもぐしながらさっきの話を思い出す。要するに、ジクルドには形がないけど、その契約者さんが出ろ出ろ~!って思えば現れるってことだよね。
 ふむ… … もぐもぐ……これ、おいしいなぁ。私、こんなおいしく作れないよ。やっぱ料理人は違うね!
「剣の契約者って、ノストさんのことですよね?」
「不本意だがな」
 口の中が空いたところで私が一応確認をとると、ノストさんは手を止め、何処となく嫌そうな雰囲気で言った。
 ジクルドの契約者になったのが、本当に嫌みたいだった。また「そんなこともわからないのか?」みたいなことを言われるかと思ったのに、それすら忘れているみたいだから。
 ……ノストさんは、何で契約者になっちゃったのかな。ほんと正体不明な人だ。
 大体、なんでグレイヴ=ジクルドのこと知っているんだろう。どうして、ウォムストラルのことも知ってるんだろう。
 気になることはたくさんあるのに、私はそれ以上は聞けなかった。

 ……ところで。さっきから思っていたけど……。
 ナイフを持つ手。それを運ぶ仕草。ノストさんは音もなくステーキを切る。私はあったかいコーンスープを飲みながら、完敗したような気分で言った。
「ノストさん……テーブルマナー、完璧ですね……」
「はぁ?常識だろ」
「さすがにそれは常識じゃないと思うんですけど……わ~……なんだか王子様と食べてるみたいです……」
「つーか見んな。お前の眼光でまずくなる」
「……やっぱり王子様発言撤回します!本物の王子様に失礼でしたっ!」
 王子様とお食事してるみたいってのは本当に思ったことなんだけど、現実を突きつけられ、私はムカムカしながらスパゲッティの山にフォークをぶっ刺した。