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05 少しだけ。

 私が暮らしていたのは、アルフィン村っていう小さな村。方角的には、私達がいた首都イクスキュリアの南なんだけども、距離的には結構遠い。
 まず、アルフィン村から1日の距離に、セントラクスという都市がある。グレイヴ教の総本山だ。で、セントラクスからイクスキュリアまでは、馬車でも5日かかるらしい。
 ちなみにグレイヴ教は、文字通り、創造主である神様を信仰する宗教。シャルティアでは珍しくない宗教で、深い浅いの違いはあるけど信者の人もたくさんいる。実際、村の人達も3割くらいは信者だったと思うし。私は……うーん、どっちでもないかな?
「……随分遠いな」
「そ、そうですね……イクスキュリアまで、結構長い間、馬車に乗せられてたみたいです」
「それまでお前のお守りか……」
「うっ……何とぞお願い致します!」
 ガタゴト揺れる馬車の上で、ノストさんは物凄く嫌そうにそう言った。ノストさんがいなくなったら本当に一人で歩けない。ルナさんに間違われてまた捕まるんじゃないかって怖くて。
 だから改まってがばっと頭を下げたら、馬車の床にオデコをぶつけた。「はぐあっ!」とだんだん木の床を叩いて痛みをこらえる私を見て、ノストさんは嘆息した。

 ……イクスキュリアから発って数日。私達は、セントラクスより手前のカストー村っていうところへちょうど帰るところだった馬車に乗せてもらっている。荷物とかもイクスキュリアで全部下ろした後らしく、馬車の中は広々としていた。
「おーい、もう少しで着くぞ~」
「あ、はい!」
 馬の手綱を引いているおじさんが、気を利かせてそのことを知らせてくれた。おじさんの方に向かって返事をして、再びノストさんに目を向けた時、ポケットの中の異物感にそのことを思い出した。
「あ、ところでノストさん。ジクルドとウォムストラルは、もともと一体で……聖書に出てくる、グレイヴ=ジクルドだったって言いましたよね?」
「それが何だ」
「それって、もう合体できないんですか?」
「元々2つで1つだったものが、元に戻らないわけがねーだろ」
「だったら、今ここに2つ揃っちゃってるんですから、合体させちゃったらいいんじゃないですかっ?」
 それはそれで、存在が確立?されちゃうから出し入れが不便か。でもやっぱり剣としてはグレイヴ=ジクルドの方が強いんじゃないかな?よくわかんないけど。
 そもそも、本当に柄の穴?にこの石の形が合うのかな?? 何かの間違いだったりして……この石が、本当にそういうものだって証拠もないし。勘違いかもしれないし。
 ウォムストラルとジクルドの話を聞いて、ずっと考えて思ったこと。私が何でかなぁと思って聞いてみると、ノストさんは逆に呆れたように、
「……気付いてなかったのか」
「な、何にですか?」
「ウォムストラル。よく見ろ」
「へっ?」
 私にあごで『見てみろ』と示す。ポケットからウォムストラルを引っ張り出し、手のひらの上でよくよく見てみる。
 じーーーーー………………………………………………、
「……あの……」
「………………」
 私の言わんとしていることを悟り、ノストさんはふっかーく溜息を吐いた。
「……1箇所、他と違う形をした面があるだろ」
「えっと……あ!はい!ありました! ……あれ?そういえばこの石って、半円ですね……って、ああぁッッ!!!」
「遅ぇんだよ……」
 思わず、ウォムストラルを膝の上に落としてしまった。今回ばかりは、ノストさんの一言に私も同感だった。自分に対して。
 半円の石、そして妙に広い面が1箇所……つまり!ウォムストラルは叩き割られた(?)わけ!私が持っているのは、その半分ってことだ!……って、偉そうに何か言ってるけど、本当に気付くの遅かった……。
「そ、それじゃ、これをジクルドと合体させても……」
「それ以前にはめれねぇだろうな。お前と違って、中途半端な石と結合するほどジクルドは馬鹿じゃねぇ」
「た、例えが気に食わないんですが……とにかくダメなんですね……うう」
 なんとなく興味があった私は、ノストさんの断言に期待を打ち砕かれた。ガックリ。
 じゃあ、残りのカケラは何処にあるんだろ?っていうか、何個あるんだろ?叩き割ったっていっても、絶対2つって決まってるわけじゃないし。私が持ってるのはちょうど半分だけど、残りの半分はさらに割れて、「4分の1」×2になってるかもしれない。

「嬢ちゃん、兄さん、着いたぞ~!」
 それからしばらくして、予告通り、カストー村に到着したらしく、馬車の揺れが止んだ。私達が馬車から降りた時、もう太陽は地平線の向こうに沈もうとしていて、空は夕陽で綺麗に茜色に染まっていた。
 それに見惚れていた私の次に降りたノストさんが、もう夜になると見て言った。
「今日はここの村に泊まる」
「へ?もうちょい頑張れば、アルフィン村に着くと思いますけど……」
「馬鹿は人を無駄に働かせるのか」
「む、無駄って……えと。お疲れなんですか?」
「………………」
 ……わわ。なんだか、図星だったらしい。ノストさんは黙り込んでしまった。そしてそのまま、一人で村の方へ歩いて行ってしまう。
 私は馬車のおじさんにお礼を言い、急いでノストさんを追った。むむう、このパターン多すぎ……。
「ノストさんっ、どうして疲れてるんですか?私が元気バリバリなんですから、ノストさんがバテるはずがないっていうかっ」
「馬鹿はスタミナも無限大か……」
「うっ……!た、確かにスタミナには自信ありますけどっ、無限大ってほどじゃ!」
 だってだって、村人ですから!農耕ですよ!体力なかったらやっていけないでしょう!
 村の中には、木でできた小さな民家が立ち並んでいた。それから、民家に1つずつ、自給自足のためらしい小さな畑があった。今は夕方だから外にはほとんど人気がなく、あちこちの民家の煙突から白い煙がモクモクと立ち上っていた。うーん、いい香りがする。何作ってるのかなぁ?
 その村中を歩いて宿を探しながら、ノストさんは唐突に話し始める。
「ジクルドは、グレイヴ=ジクルドの不完全体だ。核のウォムストラルがない以上、他のところからエネルギーを供給して力を発揮する」
「あ、それが契約者のノストさんだってことですか!だからジクルドの力を使った後は、ノストさんが疲れちゃうんですね!」
「……察しは良くなったな。察しは」
「強調しないで下さい……」
 他の部分はてんでダメって言いたいんだろう、きっと……。
 あれ?そういえば脱獄する時、この人、壁を塵にしたよね。もしかして、アレも?
「脱獄の時の壁のチリチリ現象も、出してませんでしたけど、ジクルドの力なんですか?」
「そうだ」
「結構便利なんですねぇ~」
 いろんな場面で役に立ちそうな感じだよね。そういう時はバンバン頼っちゃおう!なーんて考えてるのがバレバレだったのか、次の瞬間、即行釘を刺された。
「てめぇが俺を使おうなんざ3285日早い」
「え、ええ!? さ、3285日だから……9年ですかッ!?」
「……計算はできるのか」
「って!? もしかして試しました?! 試したでしょう!」
「どの程度、話が通じるかチェックした」
「だから試したんじゃないですかっ!」
 何処から何処まで本気で、何処から何処まで冗談なんだ、この人!わからーん!

 

 

 

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 あれから少し歩いて、こういう旅人を受け入れるような小さな宿屋さんを見つけた。幸いお客さんはほぼいなかったから、すぐ部屋をとれた。
「うはあっ……!! ベッドですよぉ~!」
 もらった客室の鍵で借りた部屋のドアを開き、目に飛び込んできたのは簡素なベッド。でもここ5日は野宿だったから、今は十分輝いて見えるっ!
 寝転がってもいいんだと思った途端、今更になって疲れが出てきた。だだっと駆け寄って、
「うりゃあー!」
 ばふっと遠慮なくダイビングした。何かがもわっと舞い上がった気がしたけど、家ではしょっちゅうなので気にしない。埃が一切立たない環境は、貴族様のお屋敷くらいじゃないかなぁ~。
「……ガキか……」
「はーい、子供でーす♪」
 ドアの方からのノストさんの呆れた声。上機嫌の私は、枕を抱き締めて返事をした。溜息を吐くのが聞こえて、静かに歩いてくる音がする……と思ったその瞬間!
「ひゃあっ!?」
 突然、布団が傾いた!っていうかベッド自体が!しかも、かなり急な角度に!
 当然、寝ていられるはずがなくて、私はベッドの上から床にどだんっ!と転がり落ちる。抱き締めた枕でそんな痛くなかったけど……ちょ、ちょっと鳩尾に軽く衝撃が……うええ。
 何が起きたのかよくわからなくて、少し涙目で後ろを振り返る。するとあろうことか、ノストさんが片手でベッドを持ち上げて傾けていた。どうやら私は、彼によってベッドから落っことされたらしい。
 上にあった邪魔ものを落としただけのような態度のノストさんは、私が落ちたことを見てベッドを静かに下ろした。そして、なぜか落ちずに張りついていたベッドの上の厚い掛け布団を、床に座り込む私の方に放り投げてきた。
「慈悲だ」
「へ??」
 一言そう言うなり、彼は、こちらに背を向けて、中の方の薄い布団にさっさともぐりこんでしまう。しばらくして、私が無言なせいで静かな部屋に寝息が聞こえてきた。

 ………………えーと??
 これは一体、どういうことですか?
 ノストさん、ベッドで寝てますよ?
 しかも、意味ありげに布団をよこされましたよ?
 つまり……、
「ゆ、床で寝ろってことですか~~ッ!!?」
 ようやく行き着いた結論に、私が大声を上げていた。ベッドの上のノストさんは寝ているのか、それともシカトしているだけなのか、無反応。
 いやいやいや!今回、「金の節約だ」とかってノストさんが一部屋しかとらなかったんだけど、まさかこんな一方的に奪われると思ってなかったよ!? 相談とかもなしに!
 でも、牢屋から出してもらった上に護衛(?)までしてもらってる分際でベッドで寝たいって言うのは図々しい!? ノストさん疲れてるみたいだったし!?
 とか頭の中で論戦を繰り広げていたけど、空しくなってやめた。今はノストさんも突っ込んでくれないし。
 もうノストさんは動く気配がないし、仕方ないから諦めて床で寝よう……。
「……あ」
 唐突に、ある考えが頭に降ってきた!思わず私は、ニヤリと笑んだ。
 今ノストさんって寝てるんだよね?あのノストさんが無防備ってことだよね!? 日頃の恨みを晴らすチャンスだ!
 与えられた布団をとりあえず置いて、私はぐるっとベッドの反対側……ノストさんが顔を向けている方に回り込んだ。
 今更だけど起きるんじゃないかと心配しつつ、恐る恐る、頬の辺りまで引き上げられた布団をどかしてみて、私は息を呑んだ。
 ……なんていうか。
 ノストさん、顔は超いいから。喋らなきゃ逆に声をかけられそうなくらい。瞳が冷め切ってて怖いから、誰も近寄ってこないと思うけど。きっと彼の隣を歩いてる私は、相当浮いてるに違いない。
 だから、その……憎たらしいほど綺麗な寝顔だった。もうそれしか言い様がない。
 どうやら本当にお疲れだったみたいで、ノストさんは起きる気配なし。完璧に寝てます。
 ほんと、黙ってればかっこいいのに、喋り出したらもう最悪だからなぁ……でもよく考えたら、「日頃の恨み!」とか言ってイタズラしても翌朝に殺されちゃうよ!ダメじゃん!!

 私は結局、何もしないまま戻り、さっさと布団をかぶってベッドに寄りかかり、眠りの態勢に入った。
 計画だけで終わっちゃった……うう。次こそは、もっといいアイデアで復讐するぞッ!
 とか誓いながら、私は牢屋の時より若干薄い布団でぐっすり眠った。

 

 

 

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「セントラクスからお前の村まで、どのくらいある?」
 翌朝、カストー村を出た時のノストさんの問い。セントラクスは、ここから南の方角にある。遠目に、すでにセントラクスの街並が見えていた。
 人目につく村から出たから、変装セット(白い帽子と赤縁メガネ)を歩きながら取って、私はちょっと考える。
「えっと……1日弱ですかね?」
 早足で歩いた場合、なるべく近道らしい道を行った場合とか考えたけど、やっぱり身一つで行けるような距離じゃないからそれくらいかな。
 すると、ノストさんは不意に足を止めた。一歩踏み出していた私は、くるっとノストさんを振り返る。
「近いって言ったのは誰だ」
「……え、え?? 1日って割と近くないですか?近いですよねっ?」
「半日ならわかる」
「だ、だってアルフィン村って辺境ですし……」
「田舎者の物差しはあてにならん。行くなら一人で」
「えぇ~~ッ!? ダメですよ今更!昨日、ベッド献上したんですから!お願いしますっ!!」
 昨日のことはどうでもよしとして、私はがばっと頭を下げてお願いした。……返答なし。
 もしノストさんが、本当に行くのやめちゃったらどうしよう!このカストー村からセントラクスまで、それからセントラクスからアルフィン村まで、一人でなんて行けないよ~!
 特に、セントラクスからアルフィン村までの道には、賞金稼ぎが集まる町アスラがある。アルフィン村よりさらに西に貴族の都フェルシエラがあって、アスラはそこの関所みたいになっている。そこで毎回通る人をチェックしているのだ!
 そんでもって、私は大罪人のルナさんとそっくりなわけで!バレちゃったら……いや間違われちゃったら!!

 頭を下げたままの格好で、あれやこれやぐるぐる回る脳内。ノストさんは何も言うことなく、スッとそんな私の横を通り過ぎていった。
「へっ……?」
「やめろ、見苦しい」
「み、見苦しいっ?」
 突然の毒舌に思わず頭を上げて、先を歩いていくノストさんの背中を見る。そこで彼はおもむろに足を止め、振り返った。なんだか怒っているご様子の鋭いダークブルーの瞳とばっちり目が合って、少しヒヤヒヤする。
「いちいち頭下げるな。途中で投げ出すほど勝手じゃねぇよ」
 苛立った口調で一方的にそう言い捨てると、彼はまた前を向いて歩いていく。遠ざかる黒い背中を見つめて、私は、馬鹿みたいにあんぐり口を開けていた。
 ……び……びっくりした。
 私は、ノストさんは自分勝手な人だと思っていた。でも本当は、自分の引き受けたことには責任を持って行動する、しっかりした人だった。
 考えてみれば、ノストさんはウォムストラルのため(?)に、面倒臭いから出たくないと思っていた牢屋を出てきたくらいだし。……詳しい目的は知らないけど!
 なんだか少しだけ、ノストさんのことがわかった気がする。そっか、言動がきっぱりしてて、しっかりした人なんだ。ちょっと極端なだけで。
 自然に、自分でも気持ち悪い笑みが口元に浮かんだ。ノストさんに駆け寄りながら、ふふっと問いかける。
「えへへ……ってことは、やっぱり一緒に来てくれるってことですよねっ!」
「お前の村までだ」
「本当ですかぁ~?」
「場合による」
「あれれ?? なんだか素直ですね~?どうしたんですか~?」
「やかましい調子に乗るな凡人」
「ぼ、凡人っ!? いやそうですけど!」
 私がニヤニヤしながらわざと抑揚をつけて言ったりしたら、今度は新しい言葉で罵られた。確かに村人だし凡人だけど……なんか悲しい……。
 さっきまで遠くだったセントラクスが、少しずつ近付いてきた。あそこに着いたら、次は、そこから西にあるアスラを通ってアルフィン村に行かなきゃならない。うう、アスラ……無事に通れるか心配だなあ……。
 とか思ったのを見透かしたように、ノストさんが追い打ちをかけてきた!
「言っとくが、アスラの連中は、メガネかけていようが帽子かぶっていようが見抜くぞ」
「ぇええ~~っ!? い、行く前から嫌なこと言わないで下さいよ!それじゃ、変装の意味ないじゃないですか!!」
「常人にはバレないという意味がある」
「じ、じゃあ、相手が常人じゃない場合は……!?」
「大人しく捕まれ」
「えぇー!? 大人しくなんてしてられませんよ~!!」
 ノストさんが淡々と語るから対策があるのかと思ったけど、あっさり彼は希望を打ち砕いてくれた。ここまで来たのに水の泡だよー!大人しくなんてできないよーっ!
 慌てふためく私に、ノストさんは「いいから聞け」と言ってから、
「アスラは賞金稼ぎの町だ。戦闘経験がある奴らが集まる。そんな奴ら相手に抵抗したら、お前、即行首の骨折られるぞ。賞金首は大体、生死は問わねぇからな」
「うあっ……!か、考えてませんでした……っていうか表現がリアルで嫌ですそんなの~!! 『殺される』とか漠然と言って下さい!」
「わざわざ一番最悪なパターンを選んでやった」
「い、意地悪……」
 私に言い聞かせるように説明してくれたけど……やっぱり一言多いっていうか!しっかりした人だとは思ったけど、やっぱりこの性格の悪さは地だよぉ……。
 と、とりあえず、アスラで何事もありませんように!と、私は全力で神頼みした。