杭の章

第20話 意地のすれ違い

 イプラストの元首邸を、珍客が歩いていた。
(だ〜っれもいないなぁ〜……)
 頭の後ろで腕を組んで歩く幼い少年。ツンツンした赤毛と、子供相応の輝く水色の瞳と、その背に小ぶりな緑の竜翼を持っていた。
(ちょーっと油断しすぎなんじゃないのー?)
 見渡さなくとも、周囲に一切気配は感じられない。
 ラクスは本には目もくれず、本棚がびっしり並ぶ広間を奥へ奥へと進む。悠然と歩いているように見えて、その振る舞いには一片の隙も気配もない。
 やがてその両足は、突き当たりの扉の前で立ち止まった。
 ラクスが右手を横に差し出すと、そこに白い粒子が集結し、身の丈ほどある馬鹿でかい大剣を構成した。
 途中まで一緒に来たフィンと別れ、彼がここに来た理由はひとつ。
「よーっし!いざっ、しょぉーーぶッッ!!!」
 「勝負」と大声を上げ、扉を蹴り開けた。
 一瞬で対象人物が何処にいるか捕捉。翼を使い駆け出し、その勢いを大剣にのせ、佇んでいた人影に向かって振り下ろす。

 その人影がおもむろに動いた。
 真正面から、刃を受け止めるように手をかざす。
 指先が大剣に触れるか否かというところで、
「んぎゃッ!!?」
 びたん!!という音がしっくり来る。
 ラクスは、何もないところに『ぶつかった』。
「……〜〜〜てぇぇえーーッ!!?」
 束の間の沈黙があってから、少年は顔を押さえてうずくまった。
 まるで見えない壁でもあるように固いものに衝突した。顔が一番前に出ていたから顔面から。頬が熱を持ったようにじんじん痛い。

「……アスフィロス従士の、ジーク君……だよね?」
 ふと、柔らかな青年の声がした。
 幼い少年が涙目で見上げると、目の前に長身の青年が立っていた。
 ラクスは飛び退いた。着地と同時に大剣を正眼に構え、青年を見据える。
(何が起きたっ?予想外すぎてもろに食らった!ねーちゃんに、こいつは特殊だから気を付けろって言われたけど、全然わかんないぞ!)
 ラクスはセルリア以外の従士には会ったことがなく、ノアのことも知らない。警戒しながら声をかけた。
「お前、ドゥルーグ従士のノアだろ?なんかよく……わかんない、けど……って……」
 青年の顔を見たラクスの顔が、次第に驚きに染まっていく。
 心当たりのある青年は、にっこり笑って。
「俺の容姿を気にしたらぶっ殺すよ?」
「な、なんかよくわかんないけど、いっつも現界の様子をぜーんぶ見てる変態ヤロー!」
 身の危険を感じたラクスは慌てて言葉を続けた。世の中には触れない方がいいこともある。
 対して、青年——ノアは、憤慨も落胆もせず、嘆息した。
「変態って……心外だな。俺がそうなら君の力も大概だと思うけどね。それはいいとして……」
「まぁいーや、ここで会ったが千年目っ!お前がアスフィロスサマたちの邪魔する前に成敗してくれるー!!」
 ラクスは彼を打倒しに来たのだ。青年の言葉を一切無視した。
 狭い一室の中、俊敏な動きで床を、天井を蹴り、ひとっとびでノアに迫ろうとする!

「……まったく……俺の話、聞いてほしいんだけど」
 ノアは仕方なさそうに呟き、近付いてくるラクスに翠の瞳を向けた。
 ノアの手前から突如炎が巻き起こり、竜となってラクスに牙を剥く。名唱も筆記もなしに発動した火炎魔法だ。
 ラクスは炎を大剣で両断する。巨剣に振り回されるように宙返りし、再び青年に切りかかる!
「どぉりゃーッ!!」
 ノアの手がかざされる。
 すると再び、何もないところでラクスの刃が弾かれた。
「うわあッ!?」
 凄まじい力で剣先が跳ね返った。ラクスも大剣に引っ張られて一緒に弾け飛ぶ。
(まただ!なんか見えない壁みたいなのがある!)
 翼で体勢を立て直し、やや離れたところで着地し、ノアを見た。
 青年は、なぜかさっきと比べて疲れた様子だった。ふぅ……と息を吐き、ようやく動きを止めたラクスに言う。
「これはイプラスト全土に張ってる守護術式……を一部だけ使ってるんだけど。これ、凄くラグナを消費するから何度も使いたくないんだよね……で、ジーク君。俺は戦うつもりないよ」
「へ……?だってお前、ドゥルーグサマの従士だろっ?アスフィロスサマ達の邪魔するんじゃないの?」
「確かに見てるけど、別にしないよ。俺は基本的に傍観者だし。それに……これはあとでいいか。君なら、俺が嘘を吐いていないってわかるよね」
 青年は一方的に言って、傍にあったソファにゆったり腰掛けた。
 ラクスはわけがわからず、呆けた顔で目を忙しく瞬かせる。彼の言うように、その言葉が真実であることが『読めた』から、尚更わからない。

 ノアは足を組んで頬杖をつき、やけに似合っている横柄な格好で問う。
「ずっと見てたから来ることはわかってたけど、俺の居場所、よく探し当てたね。あの力……《心界》だっけ?」
「あ……うん。そーだよ」
 まったく敵意のないノアにラクスも拍子抜けし、ひとまず大剣を消して頷いた。
 《心界》は、相手の思考や記憶、言霊を読む。ただし眷属たち、純粋な力でつくられている彼らの内面は読むことができず、分かるのはその言霊に込められた真偽のみ。つまり、ジークに従士たちは嘘が吐けない。
 ラクスは当初、この力で現界の者たちの思考を頼りにセルリアを探していた。しかし大陸規模から一人を探すのは無謀だった。そこで、現界で見かけた便利そうなR.A.Tに依頼を出し、ゼルス達に出会ったのだった。
 報酬として用意した金はウェンに相談して手に入れたものだが、ウェンはノアから借りており、そういうふうに繋がっていたことを二人は知らない。

「ねーちゃん、にーちゃんと合流して、イプラストに来たら……ここのエルフたちから、お前がここにいるって読めたから、別れて来たんだ」
「うん知ってる。ジーク君、暇だったら、アスフィロス様とドゥルーグ様たちの戦い見ない?」
 ノアは軽い口調で言うと、虚空に長方形を描いた。
 すると、その軌跡から浮かび上がるように半透明の平面が現れ、そこにユマフィード洞穴の様子が映し出された。
 ラクスがその画面を見ると、そこにはセルリアが巨大な氷の針ではりつけにされている姿が映っていた。
「あールシス、やばそうだなぁ……ま、問題ないか」
「ええぇぇ?お前の仲間じゃないの!? なんで助けないんだよ〜!?」
「いつもなら、ちょっとは助けてたかもね。けど、今は……」
 今は、助けられない理由がある。
 信じられないという顔をしているラクスに、ノアはその理由を話し始めた。


 眼前を覆う蒼氷が砕ける。
 舞い散る光の欠片たちの向こうに、エルフの少女が垣間見えた。
 氷結魔法の盾を叩き割ったセルリアは、続けて一閃する。フィンは大きく後退した。
(……もっと先を読まないと)
 相手はフィンより素早い。それなのに羽を構成できないとなると、埋められない差が生まれる。
 自分にあるのは、アスフィロス従士の参謀たらしめる知略。相手の先の先を読んで行動するのみ。
 しかし相手は、その思惑さえ力任せに薙ぎ払う。
「後ろだ」
 着地してすぐ背中の方から、セルリアの声。
 思わず背筋を凍らせたフィンの横から、元気のいい声が飛んだ。
「『怒り狂う雷撃、ヴォルガス』!!」
 キルアの雷撃魔法が弾け、セルリアは煩わしそうに雷撃を切り飛ばす。
 飛び退いていたフィンが、振り返って手をかざした。
「『溢るる大河、サイル』」
 激しい水流が再び青年に襲いかかる。しかし今度は、セルリアも豪流を飛び越えた。
 蒼の青年は、黒き羽で一気にキルアへと詰め寄る。
 驚いたキルアは、とっさに名唱だけで疾風魔法を発動させた。
「ふええッ!!? 『風の神の加護、レイス』ぅッ!?」
「!?」
 完全にまぐれだったが、なんとも絶妙なタイミングだった。
 セルリアは剣を横にして、飛んで来た風刃を断つ。
 滑らかだった青年の動きに無駄な動きが生まれた瞬間だった。

「おっしゃ、チャンス到来っ!」
 二人よりも高度の高いところにいたゼルスが、照準を絞って矢を放つ。
 放ったのは三発。一発目を避けていたら、後続の矢は避け切れない、さっきと同じ技。
 今度こそ、三発目がセルリアの剣を握る腕を射止めた。
 セルリアが右腕を貫く痛みに顔をしかめる。
「キルアさんっ!」
 地上からフィンがキルアに合図すると、キルアは、すたっとフィンの隣に着地、くるっとターンして。
「おっけー!『天空龍の渦、セフィーナ』ぁッ!!」
 かざした手のひらから縦に風が渦を巻き、うなり始める。横倒しの竜巻だ。
 離脱しようとするセルリアをゼルスの矢が牽制する。
 それに重ねて、
「『天空龍の渦、セフィーナ』」
 キルアの隣で、フィンも同じ手法で風巻魔法を展開させた。
 キルアよりもゼドよりもずっとずっと力強い風が巻き起こり、セルリアを下から煽る。
 二人の術者によって猛烈な勢いを持った風が、セルリアを壁に叩きつけた。
 だが、その巨大な竜巻に負けぬほど大きな、黒い刃が生えた。

 ざんっ、

 竜巻は、セルリアの手元から伸びる大きな黒剣に呆気なく両断された。
「ラグナのフィールドのせいねっ……!」
 すでに氷の針を投擲していたフィンが、さらに針を放つ。セルリアは、元のサイズに戻った剣ですべて切り捨てていく。

 その氷雨の混じって放たれる鋭い一矢。

 蒼の青年が斬り払うと、肩に、足に、衝撃が走った。
 乱れ飛ぶ無数の針を隠れ蓑に、幾本もの矢が、セルリアに向けて射出されていたのだった。
 セルリアの利き腕を矢が射止めた。青年は、煩わしげに引き抜く。
 その直後。

「!?」
 いきなり胸倉を掴み上げられた。
 心の何処かで焦っていたのか、まったく気付かなかった。
 呆然と前を見つめるとゼルスがいた。空中に浮く自分の前まで飛んできたらしい。
「てめぇには言いたいことが山ほどある」
 思い切り不機嫌そうな傷だらけの顔で。
 ゼルスは、セルリアをまっすぐを睨みつけ、低い声で呟いた。
「お前の言う通り、俺には従士の事情なんかわかんねぇよ。わかりたくもねぇ。けど、何も言わずにレナの前から立ち去って、このままでいいって思ってんのか?」
 ゼルスの腕に、無意識に力がこもる。
 腹の底から溶岩のように噴き上がる怒りを噛み砕きながら、彼は一言一言、整理して紡ぐ。
 冷静、しかし激しい熱を秘めた彼の問いに、セルリアは頑なに口を閉ざす。
 なぜなら自分たちは——
「……このままでいいんだ」
 どれほど長い間、静寂が支配したか。
 目を伏せたセルリアは、閉ざしていた口を開いた。
「僕は従士だ。現界の者じゃない」

 ——人あらざる存在。
 単語はあまりに簡素だ。それがどんな意味を持つのか、これだけでは伝わらない。
 種族や身分は超えられるかもしれない。しかし、人ではない自分たちにそれは通じない。
 そんな詭弁は、希望は、いらない。
「従士は、個々が、国ひとつを滅ぼせるほどの力を持つ。そんな存在を、現界の者は受け入れられるのか?問うまでもなく無理だ。僕達が何を言ったところで、お前達は従士を畏怖する。それが当然の反応だ」
 上げられた紫水晶の瞳がゼルスを見据える。
 その目には、従士の覚悟と誇りが凛と宿っていた。
 炎のようでいて、ゆらめく意志。
「僕達は、現界の者と接するべきじゃない」






「……千年だっけな?」
 目を閉じたゼルスは、セルリアから手を離した。
 次の瞬間、セルリアの頭が大きく横に弾け飛んだ。
「従士も大したことねぇな!それだけの時間を生きてこれかよ!!」
 たたらを踏む青年に、彼の頬を殴り飛ばしたゼルスが荒い語気で吼えた。
「レナを傷つけて、従士だからって言い訳して自分は逃げる?随分と人間臭いじゃねーか、従士様!?」
 再び突き出される拳とともに、放たれる一言一句。
 ごまかしていた事実が、次々に顔面を打ちつける。反撃も防御もできずに、すべてがセルリアに叩きつけられる。

  『はじめまして』

 初めて出会った時。それまで寂しそうな顔をしていた少女に、花が綻ぶように笑みが浮かんだのを覚えている。
(……ああ、そうか)
 時折、少女が縋るような目で問いかけてきた時の言葉を思い出す。

  『セルリアは、わたしと一緒にいてくれるよね?』
  『僕は家族ではないので、レナ様の友人としてなら』

 返した言葉に嘘はなかった。
 自分の仕事が完了した後はボディガードではいられなくなるが、それでも友人でいようと本気で思っていたのだ。
 ——あの瞬間。ペンダントを見つけて、自分という存在を改めて突きつけられるまでは。
 少女の笑顔が、無垢な瞳が、恐怖に硬直するさまを、見たくなくて。

「お前にっ……何がわかる!!!」
 不意に飛び出したセルリアの腕が、ゼルスの頭を殴り飛ばした。
 ふらつきながらも踏ん張った少年に、青年は幾度も拳を突き出す。
「15年しか生きていないお前に!千年分の自分を恨む気持ちが!! わかるというのかッ!!」

 主人は何よりも大事だ。そんな主人の従士であることにも誇りがある。
 しかし、『この想い』はそれらと相反する。
 生まれて初めて、従士であることを恨んだ。
 それは千年以上、主人とともに生きた、今ここに在る自身の否定と同義だった。
 気が狂いそうな葛藤の末、すべて押し込めた。
 『この想い』も、己の感情も、すべて封じた。
 僕は、従士だから。

「そんなもんどうでもいい!!!」
 ゼルスは相手の拳をかろうじて避け、青年に体当たりした。
 よろめくセルリアを目がけ、大きく腕を振りかぶった。
「お前はどうしたかったんだよ、セルリア・・・・!!」
 現界で名乗っていた名が、木霊した。
 少年の拳がセルリアの耳元で弾ける。
 頭の横の壁を殴りつけたゼルスを、青年は呆然と見返した。
「……レナは……お前を待ってんだよ……」
 立っているのが不思議なくらいの満身創痍だった。竜族の少年は、絶え絶えの荒い呼吸で呟いた。
 やがて、彼は膝から崩れ落ちた。キルアが慌てて駆け寄ってきて、ゼルスの腕を助け起こす。

「……失いたくなかったんだ」
 屈み込んだゼルスの頭上。小さな、小さな囁きがこぼれ落ちた。
「従士としてではない……ただの一人の存在として、レナ様と過ごす時間を」
 レナとともに送った二月。短くも宝石のように煌めいていて、毎日が楽しくて仕方なかった。
 ふと脳裏に蘇ったのは、伝承の本を片手にレナが聞いてきた記憶。

  『セルリア、魔王さまはどうして怖がられるのかな。怖い顔してるの?』
  『……さあ。強いからじゃないですか。たとえば僕より強いと、レナ様を守れません。それは怖いでしょう』

 主人のことを振られたのもあって、自分はいつもより素っ気なく返してしまった。
 その時、少女は即答したのだ。

  『じゃあ、友だちになればいいんだわ!セルリアはわたしより強いけど、セルリアは友だちだから怖くないもの!』

(……最初から、わかっていたんじゃないのか)
 魔王の従士として。レナのボディガードとして。
 ふたりの主に、ありのままで仕える選択もできたこと。

 セルリアは、あれだけ殴打されても平気そうだった。ゼルスは思わず、苦笑と自嘲がない混ざった気分で笑った。
「……レナ様は……僕のことを知っても、変わらずにいてくれるだろうか」
「知らねぇよ……それはお前の方が分かってるだろ。当然……セウルの方もな」
「……そうだな。本当に」
 淡く微笑したセルリアの背から、黒い骨羽が光の粒子となって崩れた。
「ラグナの放出をやめた……?」
 目を丸くしたフィンが呟くと、従士ルシスは静かに背を向けた。
 蒼の青年が囁く。
「……僕はこれ以上、戦えない。レナ様がいる現界を守りたいが、現界を壊したい主人のことも理解できる。僕はどちらも選ぶことはできない。だが……きっと、主人も僕と同じだ」
「同じ……?」
「セウルが?」
「……主人を止めてくれ。あの人がこのまま、選択をする前に」
 キルアとゼルスの怪訝そうな問いには答えず、セルリアは離れていった。


(ルシスが降参しよったか……)
 大気が震える。
 ラグナがやや減退したのを感じながら、セウルは正面を見た。
 光の大剣が振り下ろされる。セウルと刃の間に闇の精霊がつくり上げた黒い壁で防がれる。
 ——それが、さっきまでの攻防だった。

 壁の構成速度が緩んだ。
 完全にできあがっていない黒盾に、大剣が激突する。
 剣を構成するディアスが散るが、壁を構成するラグナも少し散ったのが見えた。
 ディアスを貪ろうと、闇の精霊達が大剣に絡みつく。
 ウェンは剣を引いてかわし、迫ってきた斧を防いだ。
「オマエ、アイツらに感謝せなアカンな!」
 セウルは後退しながら、闇の精霊で尖った弾丸つくる。が、やはり構成速度がやや遅い。
 それらが放たれるより早く。
 セウルに肉薄したウェンは、大剣を振り下ろす。
 自動の黒い壁が構成を始めるが……ウェンの方が早い!
「おっ?!」
「はぁああッ!!!」
 まだ物質にもなっていない段階のその壁を、ウェンの光の大剣が突き破った。
 布のようにたゆたい、四散する闇の盾。光の刃は、斧の柄と衝突した。

「なぁアスフィロス!ウチ、各国の伝承見て回ったんや」
「へぇ!どうだった?」
「アッホらしー伝承から事実に近い伝承まで、エライ差あったなぁ!けど、そのアホらしー伝承にも、ひとつは事実が入っとった。全部の伝承の事実を見極めて、繋ぎ合わせて、初めてホンマのコトがわかるよーになっとった。アレ、オマエの仕業やろ!?」
「そうだよ!よくわかったね!」
「現界の者が、あそこまでホンマんコト知っとるわけないやろ!」
「それもそう、かっ!」
 攻防の余波が空気を振動させる。
 刃と柄を幾度も合わせ、かわし、会話のように呼気を重ねながら。二人は、まるで昔のように応酬する。
「なんでや?なんで事実を分割したんや?!」
「さぁねっ……!」
 勢いよく斧を振り下ろしながら問うセウルに、ウェンはその刃を剣先で横に流し、わざととぼけた。

 ——もう千年も前の話だ。
 天界へと去る前、その当時、信頼できた人々に、ウェンは自分達の話をいくつかに割って伝えることを頼んだ。
 それが今、四つの国に伝わるものだ。その後、土地の信仰によって、さまざまな形に変化した。
 ドゥルーグを救えなかった自分に、親友を名乗る資格はない。そう思ったから事実を分けた。ただのエゴだった。
 消し去らなかったのは、本当のことを誰かに知っていてほしかったから。
(……今だってそうだ)
 光と闇が、現界の創造主たちが、戦っているという前代未聞の事件を。
 忘れ去られようとしている、自分たちを。
 誰かに知っていてほしかったから。
 だからあえて、光の支配者たる少年は、ゼルスとキルアを巻き込んだのだ。

「それなら、僕だって君に聞きたい!」
 斧の柄を回避しながら、ウェンが叫ぶ。
「僕が嫌いなんだろ?恨んでるんだろ!? なら、どうして情けなんてかけるんだ?このラグナの減退は、君が従士に指示したものだろ!?」
「ハンっ!オマエはうちの質問に答えとらんのに、答えるわけないやろ?!」
 ふたつの刃が弾かれるように離れる。
 一挙一動、まるで何度も練習してきた劇のように、完璧な剣戟が行われる。
「まぁえーわ、答えたる。別に情けやないで。ラグナが強すぎて、オマエがザコすぎてもつまらんだけや」
「くっ……」
「お?押され始めたで?そろそろ降参か?」
「まさかっ……!」
 交差した刃の向こうからセウルが笑う。
 ウェンは刃をさばき、距離をとった。

(そうやって、あっさり答えるものほど、真実からは遠いんだ)
 先の先まで考えてる彼が今、そんな簡単に答えを渡すはずがない。
 誰よりも思慮深い、まさに闇のように最奥を見通せない存在。
 それが闇の支配者ドゥルーグであり——その真意の深さゆえに、人々が恐れた魔王だ。

 僕が神として崇められる背後には、必ず彼の存在があった。
 その推察、策、忠告、それらをもとに、さまざまなものを覆してきた。
 一人では、神とは呼ばれるまでは至らなかっただろう。
(君は今、何を考えてる?!)
 数え切れないほど刃を重ね合わせながら、ウェンは問いを繰り返す。