monophobia

14 過去と今の間

 開け放たれた扉の向こう、歩いてくる長身の人影。
 城内に踏み込むにつれ、外の明るさが遠のいて、その人の容貌が見えるようになる。それに比例して、私の両目も見開かれていった。
「……の……」
 高い天井に垂れ下がるシャンデリアに照らされてそこに立つ人。つややかな銀髪、鋭いダークブルーの瞳。手に携えた、綺麗な白銀の剣。
 ……うそ。夢なのかな?
「……ノストさん……?」
 現実を信じられないまま、呆然と彼の名前を紡いだ。
 ……ど、どうしてノストさんがこんなところに!? まさか、助けに来て……?
 彼はスロウさんを睨み据えてから、ふと、その隣の私に気付いたらしい。こちらを一瞥して一言。
「……いたのか」
「い、いたのかって!」
 第一声がそれですかッ!な、何にも変わってない、この人……。
 ということは、私のために来たってわけじゃないらしい。そ、そうだとは思ったけどさ……。
 ノストさんの目が、私から外れてまたスロウさんに向く。その眼は……いつかのおっさんに向けたものよりも、何十倍も、何千倍も冷淡だった。心臓の弱い人なら眼光だけで射殺せそうなくらいだ。
 対してスロウさんは、臆しもせず、おかしそうにくすくす笑った。
「ディアノスト、お前も戻ってきたのか。つくづくお前も愚かだ」
「スロウ。てめぇを殺しに来た」
「えっ……!?」
 右手の先に引っさげたジクルド。それを握る手を強めて言うノストさん。二人のやりとりは、牢屋での会話を思い出させた。
 ノストさんは、誰かを殺そうとして投獄されたって言っていた。それから、「奴」と言って名前を出さなかった何者かの存在。どっちもスロウさんのことだったんだ!!
 スロウさんに殺意を持つノストさん。今の彼を見れば、それが嘘じゃなかったっていうのが理解できた。でも、どうして……?
 すっと、スロウさんが地面と水平に手を上げた。
「全員、持ち場に戻れ」
「参謀……しかし」
「以前に伝えた通り、個人的な因縁だ。持ち場に戻れ、私一人で十分だ」
「では、以前の話し合い通り、万が一の場合には割り込みますのでご了承を」
 最初に部屋までやってきた隊長らしい軍人さんはそう言うと、後方で陣を敷いていた軍人さん達に散るように指示をする。不可解そうな顔をしながら、彼らはだんだんと思い思いの方へ向かい……やがて、スロウさんと軍隊長さん、私、ノストさんが残された。
 殺る気満々のノストさん。今にも飛びかかりそうな気配の彼に対して、スロウさんは悠然と腰の刀の柄に触れた。つかつかとノストさんのすぐ横を通りすぎ、城外へ出ながら言う。
「さて、野次馬が散った。外へ出ろ、剣聖ディアノスト。『剣』を継ぐ者同士で、久しぶりに戦うのもいいだろう」
 『剣』を継ぐ者……アスラで会ったおっさんも、そんなこと言ってたっけ。同士……ってことは、スロウさんもってこと?しかも、今度はノストさん、剣聖とか言われてるし……どっちも剣繋がりの二つ名だ。一体、何なんだろう……。
 私がノストさんに近付くと、彼もやっと踵を返して城外へ出た。そういえば、お城の正面を見るのは初めてだった。外は青空が広がっていて、眼下には街並みが広がっていた。どうやら少し標高が高い場所に建てられているみたい。地平線の少し手前で、分厚い城壁が街を取り囲んでいた。そんな景色が、装飾された黒い柵越しに見える。
 お城の真ん前は、白い石畳が敷かれていてとても広かった。さっき玄関に押しかけていた軍人さん達がぞろっと並んでも余裕がありそう。その舞台のような場所で、『剣』を継ぐ者(らしい)二人は向き合った。
 スロウさんはすでに腰の双刀を抜き放っていた。左手には、眩く白光する純白の刀。右手には、鈍く黒光する漆黒の刀を。
 ……直後。その刀身を見ただけで、ねっとりと体にまとわりつくような、寒気のような感覚を覚えた。
 何……?よくわかんないけど……あの双刀、普通じゃない!
「勝つのは剣魔の私だがな!!」
 スロウさんの楽しそうな声が、開始の合図になった。

 

 

 

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 そういえば、これまでノストさんの本気は見たことがなかったっけ。
 あの人強すぎるから、他の人達はまるで歯が立たない。いつも一瞬で昏倒させるとか、そんなのばっかりだった。
 だから……今。
 私は目の前の光景に呆然としている。

 速すぎて姿が見えない。
 ノストさんがスロウさんに切りかかったと思うと、スロウさんは片方でそれを受け、もう片方の刀で反撃する。
 とりあえず……ノストさんが虎のような苛烈な動き、スロウさんが舞のような流麗な動き。目まぐるしくてよくわからなくても、その印象だけは伝わってきた。
 不意に、ギンッ!と刃と刃が噛み合った。ジクルドと、交差した白黒の刀が拮抗して震える。
「確かにラミアスト=レギオルドでは、お前の剣には敵わないだろう」
 耳障りな音を立てて刃を合わせたまま、スロウさんが言った。
「だが、その剣が不完全であるなら別だ」
 業を煮やしたノストさんが、忌々しげに後ろに跳んだ。スロウさんは追わず、なぜかその場で黒い刀を空振りした……と思ったら。
 その黒い半月の軌跡をなぞって白い光が現れた!三日月のようなそれは、ノストさんに迫る!
 スロウさんが追い討ちをかけたのは、ノストさんが跳んだ瞬間だった。まだ宙にいたノストさんを、白い三日月が襲う……と思ったら、何かに煽られるようにして掻き消えた。多分、ジクルドの例の衝撃波だ。
 はらはらとして事を見守っていた私はホッとして、着地したノストさんを見て、目を疑った。
「えっ……!?」
 ノストさんはいつの間にか少し呼吸が乱れていて、物凄く動くのが億劫そうだった。なんとなく顔が青ざめているようにも見える。
 なんで!?と心配に思ってから、ノストさんと旅した短い日々を思い出した。
 そういえばノストさん、ジクルドの力を引き出す時、ジクルドは契約者からエネルギーを得ているとかなんとか言ってた気がする。ってことは……さっきの衝撃波で、ノストさんはかなり力を消耗しちゃったってことじゃ!?
 その力は自分でコントロールできるらしいから、単純に、強い力を使えば凄く疲れるし、弱い力ならそうでもないとも言ってた。じゃあ、さっきのは、かなり強い力だったんだ!
 まったく疲れた様子もないスロウさんは、途端に動きが鈍くなったノストさんを見て言う。
死光イクウの攻撃を消滅させるのにも、それくらいの力を使うからな。2度目を放ったら、お前は避け切れない」
「の、ノストさんっ……!!」
 ど、どうしよう、ノストさんが危ないっ……!!
 もう一度、スロウさんはあの三日月の光を放つかと思ったけど、違った。今度は白い刀の先を、危険を感じてそこを離脱しようとするノストさんに向けた。
 ……直後。
 ガクン、と。膝から、ノストさんの体が崩れ落ちた。
「……の……ノストさんッ!!? だっ、大丈夫ですか!?」
 思いもしなかった展開に、私は思わずノストさんのところへ駆け出した。
 そのまま前に倒れそうになる体を、かろうじて手をついて支えた彼の横顔は真っ青だった。額には、じわりと冷や汗が滲んでいた。
 ぎょっとした。こんなノストさん、初めて見た。
「………………響く……黙れ……」
 口調は偉そうなのに、とても弱々しい声だった。
生闇イロウは、重く、暗い闇として精神に作用する。その上、今のお前はジクルドの力を使ったせいで消耗が激しい。しばらくは、ロクに動けないだろうな」
「の、ノストさん……っ」
 ということは、精神的な攻撃ってこと!? そんなの、逃げ場もない!どうしよう……!
 つらそうなノストさんの背中を擦るくらいしかできなくて、おろおろする私。スロウさんを見やると、彼はすでに双刀を収めていた。
「この3年で、生闇イロウに対する抵抗力がついたとでも思ったか?死光イクウの攻撃を消滅させても戦えると思ったか?無駄な足掻きだな。どちらも、逆らうことも、半減することさえできない」
「……っ……」
 顔は地面を向いたまま、ノストさんは苛立たしげにスロウさんを睨みつける。こ、こんな感情的なノストさんも初めて見た……。
「ともかく、お前達には牢屋に戻ってもらおうか」
 その一言で、傍で見守っていた軍隊長さんが、ノストさんを拘束しようと近付いてくる。
 ど、どうしよう……!また捕まっちゃう!ノストさんを連れて逃げるのは無理だ!でも置いていくのも……!
 私は、近付く軍隊長さんを見据えて硬直するしかできなかった。

「それは困るね~」
 唐突に、第三者の声が降ってきた。
 かと思うと、目の前で軍隊長さんが真後ろに勢い良く倒された。その頭上から降ってきた、何者かの踵落としを喰らって。
「それじゃ、私が来た意味がなくなるじゃないか」
 聞き覚えがある、調子よさげなハスキーボイス。エメラルドグリーンの髪が風になびく。ゲブラーの証である、青緑の上着。すっくと立ち上がったその人は、すらりと高い。
 こちらを振り向いた彼女は、ふふっと不敵に微笑んで手を振った。
「よ、ステラ。ちょうどよかったみたいだね」
「さ……サリカさんッ!!? ど、どうしてここに……」
 大きな声を出してしまってから、はっとノストさんを案じて口を覆った。それから、ちょっと控えめの声で続ける。
「……というか、何処から降ってきたんですか?」
「ほらほら、そこの柱の上から」
 すっとサリカさんが指差したのは、柵を渡してある石の柱の上。確かに見上げるほど高いけど……い、いつの間に登ってたんだろ??
 彼女は、私達とスロウさんの間に立った。ポキポキと指を鳴らしてスロウさんを見定めながら、サリカさんは言う。
「今のうちだよ。コイツは私が相手しとくから」
「え!で、でも、スロウさんは……」
「変な力を使ってくるんだろ?さっき見たよ。大丈夫、こっちには最近手に入った秘密兵器があるから♪」
「ひ、秘密兵器……?」
「とにかく、早く逃げな。城の左奥に地下通路があるから」
「は、はいっ!」
 秘密兵器っていうのが気になったけど、言われるまま私は逃げることにした。歩くのもつらそうなノストさんに肩を貸して立たせて、城の左手に歩き出す。
 一応、肩を貸している形にはなってるけど、ノストさんと私だと身長差が有り過ぎた。何で私って身長低いんだ!と自分の成長を恨みつつ、逆に私がノストさんにしがみつくようにして支えて歩く。
 金属音が響く背後が気になったけど、振り向かなかった。今の私は、逃げるのが仕事だ。気にしてたら進まないっ!
 ぐったりした様子のノストさんを横目で一瞥して、私はできるだけ小さな声で聞いた。
「ノストさん……大丈夫ですか?」
 ……返事は返ってこなかった。聞こえてないわけじゃない。虚ろな目をしてるけど、ノストさんはまだ意識を手放してない。返事をするのさえだるいのか、もしくは、大丈夫じゃないからか。彼は黙りこくったままだ。
 ノストさんが負けたのって初めてだ。だからこんな状態なのは仕方ないんだろうけど、大人しくて弱々しいノストさんなんて、なんだか変な感じだ。
 とにかく、早く休めるとこに行って、ノストさんを休ませなきゃっ……!

 

 

 

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 宿屋さんに到着して部屋に入るなり。壁際に置かれたベッドにノストさんは自分で歩いていって、力尽きたようにうつ伏せに倒れ込んだ。
「気分……どうですか?」
 傍らにあったイスに座って問いかけてみるけど、返事はない。つらそうな息遣いだけが返ってきた。
 お城の左奥には、地下へ通じる階段が隠れるようにしてあった。そこの入り口に備え付けてあったランプで道を照らしながら、薄暗い地下通路を抜けると、びっくりしたことに城壁の外に出た。どうやら戦争とか非常時に、お城から逃げるための通路らしい。通路の中の埃の量が、普段は使われていないことを物語っていた。
 迷ったけど、イクスキュリアの城下町に戻った。地上に出た時、西の空は少し赤くなっていたから、遠くに逃げても途中で夜になっちゃうだろうから。
 明らかにケガ人を運んでいる私を、道行く人が不思議そうな、心配そうな視線で振り返るのを感じながら、うつむきつつ宿屋さんを探した。ルナさんだって言われるかとヒヤヒヤしたけど、私よりケガ人のノストさんの方に目が行ったのか、言われることはなかった。それで今、無事に宿屋さんにいる。
 話すのもだるいのか、彼は私の問いに一言で答えた。
「悪い」
「だ……大丈夫なんですか??」
 ついそう聞いちゃったけど、大丈夫じゃないってことは一目瞭然だった。その憔悴した顔を見れば、最悪なんだろうってことはわかる。
 スロウさんは、精神に作用するとかなんとか言っていた。ということは、彼がこんなに弱っているのは、精神的にダメージを受けているから。
 ……私は……見ていることしかできないんだ。それって……なんだか、悲しいよ……。

「……え?」
 うつむいていた顔を上げ、キョロキョロと周囲を見渡す。
 ………………今……呼ばれたような気がしたんだけど……。
 それは、もう一度耳に届いた。
 声という声じゃない、不思議な『声』。言葉で呼んでいる、というより……メロディ、みたいな……。
 少し考え込んでから、私ははっとした。
「の、ノストさんっ……ウォムストラル、持ってますよねっ!?」
「うるさい響く」
「あっ……えっと、貸してもらえませんかっ」
 思わず大声を出したら、身動きせずぴしゃりと返してきた。さすがに申し訳なく思いながら、その先は小声で言う。
 私のお願いに、ノストさんはその状態でおもむろに右手を動かして、見慣れた石を取り出した。訳を聞くのも面倒だったのか、何も言わないまま、無造作に私の手前に放った。
 布団の上で1回バウンドして、石は転がる。お礼を言って、私はウォムストラルを手に取った。
 ……ウォムストラル。いつも通り、キラキラと不思議な色の光を放っている。
 そして。
 突如、私の手のひらの上で、そのウォムストラルが真っ白に輝き始めた!
「えっ!?」
「……!」
 目に突き刺さるような、不快な光じゃなかった。優しい、木洩れ日みたいな柔らかい光。
 そんな光が部屋中を照らした……かと思ったら、一瞬で光は突然消え失せた。手のひらには、何事もなかったように、いつも通りのウォムストラルがのっている。
 ……?? な、何だったんだろ……?
 首を傾げる私に、異変はすぐに声をかけてきた。
「お前……何した?」
「へ?」
 ウォムストラルを凝視していたら、ノストさんの声がした。
 なんとなく顔を上げると、さっきまでベッドの上にダウンしていたノストさんが……ベッドの上に座り込んでいて。私はポカンとしてから、イスを蹴っ飛ばす勢いで立ち上がっていた。
「の、ノストさん!? 大丈夫なんですか!?」
「いいから答えろ。何をした?」
 私の問いには答えてくれなかったけど、どうやら大丈夫らしい。少し疲れてはいるけど、さっきまで悪かった顔色が良い。口調もハキハキしてるし、叫んでも怒られなかったし。
 さっきのウォムストラルの光が……もしかして、ノストさんが取り憑かれてた(?)精神的な攻撃を打ち消した!? う、うそっ……!
「な、なんか、ウォムストラルに……呼ばれたような、気がして……手に取って、みたら……」
 要求されて説明してみたけど、改めて言うと自分でも何言ってんだろうって気持ちになってきた。自信がなくなってきて、ゴモゴモと声も小さくなる。
 そう……呼ばれた気がして、見渡していたら、ノストさんの方からするって気付いた。そしたら、ピンと来たんだ。私を呼んでいたモノはこれだって。それだけ。
 声……というより、歌みたいだった。聞き慣れない不思議な言葉。それでも、なんとなく呼ばれているような気がしたんだ。
 私の不可解な返答を、ノストさんは黙って聞いていた。ただ、私が手に握り締めているウォムストラルを一瞥し、小さく息を吐いた。
「……馬鹿に借りを作ることになるとはな」
「す、すみませんでしたねっ!馬鹿馬鹿って、本当に……、……あ……?」
「?」
「え、あ……な、何でもないです!」
 ……なんだか今、馬鹿って言われてホッとした。何でだろ……?
 ノストさんが不思議そうに私を見たけど、私はブンブン手を振ってそう言った。「馬鹿って言われてホッとしました!」なんて言った暁には、多分、一生馬鹿にされるに違いない。

 と、そこで、部屋のドアが開かれた。
 当然のように人の部屋に入ってきたのは、エメラルドグリーンの髪の女の人。彼女は顔色の良くなったノストさんを見て、少し意外そうに目を瞬いた。
「おや、結構大丈夫そうだね?」
「あっ、サリカさん!だ、大丈夫だったんですか?」
 あのスロウさんと殴りあってきたんだから、何処かケガしたかもって思ったけど、サリカさんは傷1つ負ってなかった。な、何で……?それに、どうしてここがわかったんだろ……!あ、でも「ケガ人を運んでる女の子が何処に行ったか」とか聞いて回れば、すぐにわかるか……。
 私の問いに、サリカさんはうーんと伸びをしながら答えた。
「あ~、余裕余裕。力が効かなけりゃ、こっちのものだしねぇ」
「……えぇッ?! 力が効かなけりゃって……どういうことですか!?」
「ん?あぁ、ほら言っただろ?秘密兵器だって」
 そう言ってサリカさんは、部屋に入ってきた時からずっとグーだった手を前に差し出して、下に向けて開いた。その手のひらからだらんと垂れ下がったのは、青い花の形をした石のペンダント。
 綺麗なペンダントだなぁ……と見てたら、横からノストさんの声が割って入った。
「アルカか」
「へぇ、知ってるんだ?私はサリカ=エンディル。グレイヴ教団ゲブラー所属の者さ。そっちは?」
「……ディアノスト」
「ふーん……君が、あの」
 サリカさんが名乗って問いかけると、ノストさんも仕方なさそうに名前だけ言った。サリカさんは、ちゃんと自分の素性を明かしてるのに対して。……この人の素性、ほんっとーに気になる!
 でも、サリカさんは名前を聞いてわかったらしい!な、何で!? 私、全っ然わからないんですが!賞金首として知ってるのか、それともまた別の方面で知ってるのか……なんとなく後者っぽい。
 そのペンダントを手のひらにしまいながら近付いてきたサリカさんを、私は困惑した目で見上げて聞く。
「あの、サリカさん……どうして、お城に?」
「ん?3日前に、セントラクスから馬でひとっ走りしてきたからなんだけど……もしかして、聞いているのは目的の方?」
「えっと……はい」
 すべてを忘れたとばかりの態度に、私はいつ聞いたらいいかわからなくて、でもはっきりさせておきたかった。それは彼女もちゃんと理解していたようで、私は頷いた。
 だってサリカさんは、セル君に連れていかれそうになった私を、見捨てた。
 唯一無二であるルナさんと同じものは認められないって。
 ……それなのに、どうして来てくれたんだろう。ここにいるんだろう。それに、さっき助けてくれた。……どうして?
 飄々としていて掴めない性格のサリカさんだけど、この時ばかりは少し困った顔をした。その苦笑は、きっと本物だ。
「……後、でいいかな。今はノストも疲れてるし、暇な時にでも」
 そしてすぐ、ノストさんがやっぱりその辛い口を開く。
「いきなり通称呼びか、この詐欺師」
「はは、だってステラがそう呼ぶんだもん」
「だと。お前のせいだぞ凡人」
「わ、私のせいになるんですかっ!?」
 結局私のせいになるのかっ!サリカさん、上手い具合に受け流してるし……!そんでもってその害を私が被る!
 というかノストさん、サリカさんのこと、詐欺師って……ど、どういう意味?サリカさんもサリカさんで、なんかその由来わかってるみたいだし!何なんだ~!意外と仲良いっ!?
 ……それにしても……さっきから、ノストさんが「馬鹿」だの「凡人」だの言う度に、なんか少し安心する。……卑称に安心感を覚えるまでに落ちぶれたか私っ!

 とにかく、事情は後で話したいそうだから、置いておくことにした。とりあえず私は、さっきから気になっていた単語を聞くことにした。
「じゃあ、そのペンダントのこと、聞いてもいいですか?アルカ……とかって」
「あぁ、ユスカルラね。このペンダントの名前だよ。混沌神語で<蒼き拒絶>。神の力で引き起こされるすべての不可思議な現象を無効化する、アルカの1つさ」
「え、え?ユスカルラ……っていうのが名前ですか?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、アルカって何ですか?」
 てっきり、そのペンダントがアルカっていう名前なのかと思った。考えてみれば……そういえば、セル君も、スロウさんはアルカを持ってるうんぬんとか言ってた気がする。アルカっていうのは、何かの総称なのかな……?
 ノストさんは壁に寄りかかってベッドに座っていたから、手前の方はかなり空いていた。そこにサリカさんがイス代わりに座って、私の質問に答えてくれる。ならって、私ももう一度イスに座り込んだ。
「遥か昔、神の力が満ちていた、混沌時代っていわれるものがあるだろ?その頃に、神の力が過剰すぎて自然とできあがってしまった、今じゃ考えられない力を宿したものがいくつかある。それらを教団じゃ、<破片>の意味を込めてアルカって呼ぶんだ」
「ってことは、要するにアルカって……混沌時代の遺物、ってことですか?」
「うん、そうそう。スロウのアレ、ラミアスト=レギオルドもそうだね。ただ、たちが悪い」
「たちが悪い……?」
 私がオウム返しに聞くと、サリカさんは短い沈黙の後、ユスカルラを上着のポケットに入れてから言った。
悪 魔 の 双 刀ラミアスト=レギオルド。今のところ、アルカの中で一番の厄介物さ。刀の切れ味は元より、何よりその刀の属性がね」
「属性、ですか?」
「黒い刀と白い刀があっただろ?ラミアスト=レギオルドは、黒い刀の死光イクウ、白い刀の生闇イロウの2本から成るんだ。死光イクウは光をまとった肉体への強力な攻撃、生闇イロウは闇を背負わせる精神への強力な攻撃をする。どっちも食らったら、ただじゃ済まないよ」
「へぇ……」
「使えば使う分、使い手も疲れるんだけどさ。それを知ってて、ノストも死光イクウの攻撃に対して、あんな強い力使ったんだろ?」
 ノストさんがジクルドで強い力を使うと疲れちゃうのと同じなんだな。……というかサリカさん、それを知ってるってことは結構最初から観戦してたってことだよね……割り込んでくれればいいのに!
「え……じゃあノストさん、最初から知ってたんですか?」
 っていうノストさんへの質問は無視された。私がノストさんを振り向くと、彼はサリカさんを……睨んでいた。うん、あれは睨んでるな。
 そんな彼の様子に気付いて、サリカさんはおかしそうに笑った。
「見りゃわかるよ。お前の剣、グレイヴ=ジクルドだろ?それも、石なしの」
「あっ……!」
「てめぇ……何を知ってる?」
「さあ?ま、いろいろ事情があるんだよ」
 ノストさんの凄んだ声にも動じず、サリカさんはいつもの爽やか~な表情で質問を受け流した。す、凄い……。
 今、サリカさんが言ったから気付いたけど……確かに、おかしい。普通は、グレイヴ=ジクルドが実在するなんて知らないはず。それなのに、サリカさんは当然のようにそう言った。それとも神官なら知ってる……?いや、教団はそんな感じには見えなかったけど……こ、この人も謎だ!
「グレイヴ=ジクルドは、そのまま<神剣>。神剣と言うだけあって、グレイヴ=ジクルドは、混沌時代より昔、創生時代に神が実際に使ってこの世を創ったとされる剣だ。その剣が放つ力は、すべてを消し去る。それは神にも等しい力だ。だから聖書では、グレイヴ=ジクルドは、すべてを生み出す神の分身ともとらえられる」
「へぇえ……」
「あ、ちなみにグレイヴ=ジクルドは、神が直々に作ったものだから、アルカとは呼ばないんだよ」
 ……なんだか、こういうところは神官っぽく見えるなぁ、サリカさん。話聞いてると混沌神語もわかるっぽいし。

 だんだんと紺色に染まってきた空を窓越しに一瞥し、サリカさんは「よし」とベッドから立ち上がって、私達を振り返った。
「まぁ、今日はこの辺でお開きにしようか。ノストも疲れてるだろうしねぇ。私はこの街の教会で休ませてもらうから、明日来てくれないかな?」
「へ?どうしてですか?」
「そりゃーもちろん、君達の旅にお供するためさ☆ 多分、少しの間だけどね」
 ……だったら、サリカさんがこっちに来るものだと思うんですけど。キラーン☆ってな感じで決めたサリカさんに突っ込みたかったけど、まぁいっか。
 というか旅にお供するって、私、ノストさんと旅してるってことになってる!? た、確かにこの前まではそうだったけど……別れて、今はただばったり会って、こうして一緒にいるだけ。……ど、どういう関係なの?これ!
 ドアを開いたサリカさんは、ふと思い出したように足を止めて、肩越しに言ってきた。
「ヒントもあげるからさ。絶対おいでよ?」
「ヒント?」
「私の他に、ルナを身近に知っている知り合いがいるんだ」
 驚いた私が言葉をなくしたら、サリカさんは満足そうに笑ってドアの向こうへ消えた。
 ルナさんの……知り合い!? サリカさん以外の!サリカさんづてなら間違いないはずだ!
 そうだ……私は、ルナさんとお父さんについて知りたくて、旅をしてたんだ。……行かなきゃ!
 ……となると……。
 お喋りなサリカさんがいなくなって、途端に静かになった部屋の中。イスに座ったままドアを向いていた私は、ちらりと横目でノストさんを盗み見た。
 ノストさんは、ベッドの上にあぐらをかいて座っている。その瞬間、目線を上げたノストさんと目が合った。慌てて目を反らしたけど、ノストさんはこちらを見たままらしく、頬に突き刺さる視線がイタイ。……う、うう……拷問じゃんっ!
 ……ノストさんは、やっぱり来てくれないのかな。何か気まぐれだし……何のために行動してるかもわかんないし。聞いてもちゃんと答えてくれないし。でもとりあえず、自分に関わることじゃないと動かないっていうのは確認済み。やっぱ、お願いしても来てくれないだろうなぁ。
 ふと。脳裏に、城内で見た写真が過ぎった。私はツーンと横に向けていた顔を前に戻して、うつむいた。さっきの見栄が嘘のように、私は静かに問いかけられた。
「……あの」
「何だ」
「ノストさんは……スロウさんを殺したいから、牢屋から出たんですか?」
 この人が牢屋を出た理由。未だによくわからない。話してもくれない。でも、今日の言葉を聞いて……そうなのかなって。
「……それもある」
 私の問いに、ノストさんはそう答えた。
「どうして……スロウさんを殺したいんですか?」
「聞いてどうする」
「……気になっただけです。話したくないんだったらいいですけど」
「……?」
 大人しく引き下がった私が珍しかったのか、ノストさんは少しだけ意外そうだった。

 私はスロウさんに、ルナさんについてとか知りたいことを聞くつもりだった。でも結局、何も聞けなかったし何もわからなかった。また、謎が増えただけ。
 スロウさんは、私を「破壊者」って呼んだ。村が燃やされたのは私の責任だから、それのことかな……。
 ――それから、あの写真。
 あの写真には、記憶の中そのままのお父さんと、今より少し若いスロウさんと、今とまったく変わらないノストさんが映っていた。
 ノストさん……お父さんとどういう関係なんだろう?見た時は、そう気になったけど……今はもう1つ、気になる。
 笑顔で二人の肩に腕を回したお父さんと、それを静かに微笑んで許しているスロウさんと、少し嫌そうな顔をしたノストさん。少しの間しか見れなかったけど、その写真はなんだか、とっても微笑ましくて。みんな仲良さそうで。
 それなのにノストさんは今、スロウさんを殺したがっている。あんなに仲良しそうなのに……どうしてかなって。
「寝る」
「あ、はい……おやすみなさい」
 口には出さないけどやっぱり疲れているらしく、ノストさんは言い捨てるなりベッドもぐり込んだ。まだ夕方だけど、疲れてるんだったら仕方ないか。
 私は立ち上がって、部屋の窓に近寄った。窓の外では、オレンジ色の夕陽が綺麗に見える。そっと窓を開けると、少し冷たくなってきた風がふわりと頬を撫でた。

 ……私は……本当に、何も知らないんだ。
 お父さんのこと、ルナさんのこと、スロウさんのこと……ノストさんのこと。何一つ。
 自分の無知さが悔しくて、もどかしい。
 お父さん……お父さんなら、全部知っているんでしょ?