masquerade

33 破滅への道

 おっさんとお兄さん、とにかく男の人ばっかりだった。
 うつむいていても、わかる。ざっと10人前後はいる人数が、私の方を見てる。頭の天辺に突き刺さる、たくさんの視線が痛い。私……物凄く浮いてない!?
「はいはい、みんな見ない見ない」
 それを察してくれた右隣に座るシャルさんが、パンパンと手を叩きながら言う。やっぱりお頭さんの言葉には逆らいがたいらしく、少しずつ視線の数が減っていく。
 それを感じて、私ははーっと息を吐き、そろーっと顔を上げた。ガン見する人はいなくなったものの、こちらをチラチラ見る人はやっぱり何人かいる。
 その様子に気付いたらしいシャルさんが、呆れたように溜息を吐き、私に向かって苦笑いした。
「ごめん、ステラ。こんな奴らで」
「い、いえ、ノストさんもシャルさんもいますしっ、大丈夫です!」
 多分……と、心の中で付け足しながら、私は手に持っていた、串に刺された焼き魚を持ち上げた。うん、きっと大丈夫。うん、きっと、きっと……でも、うう……この雰囲気嫌だよぉ。
 私の目の前には、床の上に置かれた、大皿に載った数匹の焼き魚。私も含め、全員がまず1本ずつ取ったから大分数は減っている。
 きっと焼きやすいようにだろうけど、尾びれから頭にかけて長い鉄の串が刺さっている。よく考えてみれば、これって結構残酷だよね……脳天からお尻まで貫かれるんだよ。痛いだろうなぁ……。
 私と、左隣のノストさん、シャルさん、そして残りの山賊さん達は、みんな木の床に直に座って、焼き魚を片手にこの大皿を囲んでいた。大皿の隣には、食後のデザートなのか、籠に入ったこれまたたくさんの果物。やっぱり山だから、こういう自然なものはいっぱい採れるらしい。
 あの後、シャルさんが「朝ご飯食べていかない?」って言ったから、私が寝ていた隣の広い部屋にて、山賊さん達と朝ご飯中。なんだか妙な気分だ……。
 周りの目を気にしつつ、はむっと焼き魚にかぶりつく。むむ、やっぱりこうして食べるのが一番おいしいよね!ちなみにお魚釣ってきたのは山賊さん達、味付けはシャルさんらしい。うむ、最高!
 というふうなのが顔に出てたのか、シャルさんが嬉しそうに微笑んで聞いてきた。
「塩加減は大丈夫?」
「はいっ、最高です!」
「そっか、よかったよかった。キミらは昨夜の夕食も食べてないからね、腹減ってるだろうと思って」
 あ、そういえば確かに食べてないや……ってキミらって、ノストさんも?と、左をちらっと見ると、ノストさんはすでに2匹目のお魚さんを手に持っていた。……どうやら本当らしい。理由は……ただ単純に面倒だったからか、私の手当てとかしてくれて時間がなかったからか……どうなんだろう。
 山賊さん達の雑談を適当に聞きながら、ぱくぱくお魚を食べていると、ふと、シャルさんの背後の武器が目に入った。昨日、ノストさんを襲った時に持っていた赤い矛槍ハルバードだ。
 それは、素人の私でもわかるくらい、普通とは明らかに違った。武器って言うと、基本的に鉄とか鋼とか、金属でできている。だけどこのハルバードは、柄から刃まで、すべてが赤で。ぱっと見て、なんとなく本能的にそれが違うものであると感じ取れる。
 この感覚……知ってる。スロウさんのラミアスト=レギオルドや、カノンさんのカノンフィリカを見た時と、よく似てる。
「これが気になるの?」
「え?あ、えっと……はい」
 私の視線の先に気付いたシャルさんに声をかけられて、自分の世界から引きずり出された私は、一瞬呆然としてからとりあえず頷いた。
 シャルさんは笑ってから、尾びれの方しか残ってなかった串のお魚を食べて串を大皿の隅に置き、もぐもぐ口を動かしながら、背後のそのハルバードを手に取った。
「アタシの相棒さ。昔、この辺りで拾ったものなんだ。あ、言っとくけど、別に血で赤いってわけじゃないよ?」
「わかってますよー」
 ちゃんと呑み込んでから、シャルさんはそのハルバードとの出会いを話してくれた。
 でも……絶対そうだ。勘が告げてる。
 このハルバード、間違いなくアルカだ。シャルさんは、そのことを知……らないだろうな、多分。
 どうすればいいかな……アルカが危険だってことは、それを身に宿した私が、それこそ身を持って知っている。教団じゃないけど……回収した方がいいんじゃ?
「シャルさん……これが何か知ってるんですか?」
 聞いてどうにかなるもんじゃないだろうけど、聞いてみた。事情を説明すれば、案外簡単に渡してくれるかもしれないし。
 私の問いに、シャルさんはきょとんと目を瞬いて、大したことじゃなさそうに言った。
「ん?何って……あぁ、アルカってことか?」
「…………え」
 事情を説明すれば驚くかなって思ったけど、驚かされたのは、私の方だった。

 …………な、なにぃーー!? この人、アルカのこと知ってるー!? しかも大して重大なことでもないような言い方!
 声には出さなかったけど、顔にはモロに出ていたらしい。シャルさんは私の顔を見ておかしそうに笑った。
「わかってるよ。危険だってことも重々承知済み」
「で、でも……本当に危ないんですよ!? そのアルカの力がわからない限り、むやみに使えませんし!」
 とっさに振り回した瞬間に力が発動して、大惨事になってしまうかもしれない。カノンフィリカを体内に持つ私は、ウォムストラルさんに言わせれば、気持ちの高揚だけで、その力が発動する……らしい。昨日だって、死にたくないって思ったから、カノンフィリカが発動したんだ。
 ……今、思うと……凄く、怖い。私が何か強く思っただけで発動しちゃうなんて。私の思いが、人を傷つけるなんて……そんなの嫌だよ……。
 心の中でそう思ってると、シャルさんは笑って言った。
「コイツの力はわかってるよ。変形……って言うのかな。使用者が指示すれば……ほら」
「へ……!?」
 私の目の前。シャルさんの腕の中で、ハルバードがまるで生き物みたいに変形しだした!
 シャルさんは当然、何に変形するのかわかっているらしく、両手を、まるで棒を掴むように丸くして浮かす。ハルバードは輪郭をフニャフニャさせながら、次第に2つに分かれていく。見る間に真ん中が細くなっていき、そしてブツンと切れる。
 2つに分かれたハルバード……とはもう呼べない赤いカタマリは、2つ同時に変形していく。シャルさんの手の穴に赤いカタマリが伸びて、それから、直角に前の方にも伸び……表面をそれっぽく変形させて停止した。
「じゃん。ふふ、便利でしょ?」
 と、シャルさんはそれを持った右手を額の横まで上げて、不敵に笑った。
 ハルバードが変形したものは、二丁の赤い拳銃だった。まるでシャルさんのためだけにあるように、しっくり彼女の手に馴染んでいる。
 ……もしかして、このアルカの力って……これだけ?いや、これだけっていうか……思ったより危険じゃなかったなぁ……そういえば、カノンフィリカみたいに純粋な氷の属性を持つっていうのは、珍しいとか言ってたっけ。
「アタシは、ハルバードの方が気に入ってるんだけどさ。遠距離とかで狙う時は、やっぱりこっちの方が有利だからね。一応、レギストシェオって名付けてあるんだけど」
「<双子の刃>……ですか?素敵だと思いますよ!」
 私が何気なくそう口にして、思ったことを言うと、赤い拳銃……銃形態のレギストシェオをハルバードに戻していたシャルさんは、目を丸くして言った。
「へぇ~、ステラって混沌神語わかるんだ」
「え?それは……なんとなく……っていうか……しゃ、シャルさんは何でわかるんですか?」
 ……私は、ギクッとした。別に、バレて悪いわけでもないけど。
 レギストシェオ……<双子の刃>。考えなくても、聞いたらすぐわかった。まるで、普段使ってる言葉と同じみたいに。
 ……何で今、混沌神語がわかったんだろ。前まで全然わかんなかったのに。なんとなく……なわけ、ないか。
 自分でもよくわからないから、私は引き攣った笑いをしながら、シャルさんにオウム返しに質問して話題を変えた。
 シャルさんは私の気持ちに気付かなかったらしく、ハルバードに戻ったレギストシェオを再び後ろの方に置きながら軽い口調で答えてくれた。
「アタシ?まぁ、家が家だからねー。小さい頃から、家で護身術ってことで習ってた銃の扱い方が、ここに来て役に立つなんて思わなかったよ。皮肉だよね~」
「小さい頃から、銃の扱い……って……ど、どんな家庭ですかッ!!」
 シャルさんは何でもないように言ったけど、小さい頃から銃を習わせる家庭って!? この人山賊だし、やっぱり小さい頃からスパルタ教育だったとか?! あ、でも山賊って基本的に、剣とか斧だよね……じゃあ、銃って?
 私が思わず突っ込みみたいなことを言ったら、
「おっとと、さすがに一般人は知らないかぁ。ってことで……今、こっちの会話に意識を向けた、そこのハーメルさん」
「………………」
「え?」
 シャルさんは前に身を乗り出し、イタズラっぽく笑って、私を挟んで隣のノストさんにそう言った。すでに2匹のお魚を食べ終え、黙って座っていたノストさんは、少し不機嫌そうな目でシャルさんを見返す。
「アタシの家が気になるんでしょ?そりゃ気になるかなぁ。今頃、本当は聖堂ごもりしてるはずなんだけどね。キミの素性、そのまま伏せててあげるから、ステラにアタシの家について説明してやってよ」
「……この山賊が」
「何とでも言いなよ。で、どうするの?ま、キミに選択の余地はないと思うけどねぇ」
「………………」
 ……うわわ、ノストさん物凄く怖いんですがっ!サリカさんはノストさんと対等って感じだったけど、これはもうシャルさんの方が格段に上だ……。
 するとノストさんは、珍しく文句も言わず、その条件をあっさり呑んだ……らしい。やっぱり素性は知られたくないみたいだ。彼自身がそれを嫌っているから聞きたくも喋りたくもないんだろう。
 私の都合の良いように話が進んでいるのが気に入らないのか、ノストさんはいつもよりさらに怖い目つきで喋り始める。
「デルフィーニ伯爵家。ラウマケール第四位の、マオ山脈周辺の土地を持つ上級貴族。歴代当主が、フェルシエラのグレイヴ教団レセルの司教を務めている」
「えっ……!? 伯爵……?!」
「さっすがおぼっちゃま。よくできてるよ」
「って、わわっ、ノストさん抑えて下さい~っ!」
 シャルさんの「おぼっちゃま」という言葉が癇に障ったらしい。なんとなく気配でノストさんがジクルドを出しそうだったから、私は慌てて彼の服の袖を引っ掴んで押さえた。少しイラっと来た程度らしく、ノストさんは大人しく、わずかに上げた腕を下ろす。
 シャルさんが伯爵家の人……!? た、確かに手入れが行き届いているような金髪だけど!
 で、そんな人がノストさんを「おぼっちゃま」扱いしたってことは、やっぱりノストさんも貴族!? そういうことでしょ?!
「さっきハーメルが説明した通り、アタシの家って、グレイヴ教崇拝の家系なんだよね。で、今頃アタシもティセドになって聖堂ごもりとかしてるはずなんだけど、アタシはあのつまらない生活が嫌でね。要するに家出してるわけさ。この年で家出っていうのも妙だけどね。アタシはこっちの方が性に合ってるみたいだからさ。別にここはアタシんちの土地だから、誰にも異議申し立てられないし」
「へぇ~……」
 お魚の載っていた大皿の隣の、果物たくさんな籠からリンゴを頂戴して、シャリッといい音を出して噛りつきながら、ちょっと考えてみる。
 む……その前に、このリンゴおいしい。この甘酸っぱい味が最高!やっぱり天然物は違うね!
 貴族って、ずっとおいしいもの食べて遊んでるイメージしかなかった……教団の一員になったりするんだね。そういえば、まだわかんないけど90%は確証が持てるノストさんも、目の前のシャルさんも、貴族にしちゃ、やったら強いし……護衛いらないんじゃない?貴族って、案外、実力主義?
 あ、そういやさっきの、ラウマケールって何だろ。これも混沌神語だ……<聖なる理>?第四位とか言ってるから、階級とかなのかな……。強い順?
 ふと、シャルさんが私の足の包帯を見て言ってきた。
「あれ、ステラ、足ケガしてるの?」
「これですか?シャルさん達に会う前に、山道で転んじゃって……」
「あっはは!なんか想像つくよ!ハーメルが包帯よこせって言ってきたのはそのためかぁ」
 ……私、もしかしてドジとか思われてる~?!
 言われて、私も足のケガを思い出した。包帯の上から触ってみたけど……あんまり痛くない。昨日は、歩くのもちょっと痛いなーってくらいだったのに。ここに来るのも、普通に歩いてきたし……治り早いなぁ。いや、痛みが麻痺しただけかな?

 にしても……何か忘れてるような。
 ………………あっ!!
「しゃ、シャルさんっ!! 昨日、手が凍った人は……!?」
 すっかり忘れてた。最低だ私~!!
 昨日、私がカノンフィリカで、手を凍らせちゃったおっさん。だ、大丈夫かな……どうなったんだろ?!
 するとシャルさんは、途端に不安げな顔になった私の頭におもむろに手を置いて、豪快に撫で回し始めた!くしゃくしゃと私の髪が乱れていく!
「へっ?え、えぇっ??」
「はははっ!! ステラは優しいなぁ!アイツはさっさと氷を割ったから無事だよ!ほら、あそこで飲んだくれてる!」
 と、シャルさんが指差した部屋の隅で、確かに真っ赤な顔で寝っ転がっているおじさんがいた。昼間から出来上がっている……!後で謝りたいけど、ちゃんと聞ける状態かな……。
 私がなんて謝るか考えていると、シャルさんが「そういえば」と聞いてきた。
「キミらはフェルシエラに行くところなのか?」
「あ、はい、そうです!」
「それでここを通ったのか。街でもし親父に会ったら、お転婆娘は元気だよって言っておいてくれよ」
「えっ、会うことあるんですかね、伯爵なんて……!? 私、貴族の方に会ったことすらないんですけど……」
 貴族の街に行ったところで、ばったり遭遇するものなのかな?なんか、街中を自分で歩いているイメージがないんだけど……。
 そもそも貴族のイメージがよくわかってない私がぼんやり言うと、シャルさんは堪えきれないように噴き出した。え、私、変なこと言った!?
「あはは、会ったことすらないって!! アタシを笑い死なせるつもりかよ、ハーメル!」
「こ、ここで何でノストさんが!?」
「あー、面白い。そうだな、親父かはともかく、ハーメルを連れていれば貴族には会うことになると思うよ」
 お腹を抱えて笑うシャルさんは、謎に確信のある口振りで言い切った。

 

 

 

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 ほんっと今更なんですが。
 ……ノストさんがフェルシエラに行きたくなさそうだったのは、やっぱり故郷だから?
 気付くの遅いよ自分……でもでも、シャルさんとのこともあったし、大分確信が持てる答え。
 故郷に帰るのって、嬉しいものじゃない?それは自分の考えだけど……わかった!ノストさん、きっと家出してて、それで帰りづらいんだ!そう推理してみる!
 シャルさんのところで朝ご飯をご馳走になって、私とノストさんは彼女達の家を後にした。出て少し歩いたら道に出たから、あの小屋、それほど山の奥深くにあるわけじゃないらしい。
「ノストさん、フェルシエラに行きたくないんですか?」
 オルセスの時から思っていたことだ。寸前になって、私は隣の彼に聞いてみる。ノストさんの横顔が、明らかに不機嫌になったのがわかった。
「誰のせいだと思ってる」
「……私、ですね」
 恐らくノストさんは、本当にフェルシエラに行くのが嫌なんだ。だから、いつもの毒舌にさらに輪をかけて、事実を突き刺すその一言は、私の胸にも突き刺さった。
 それが、思わず表に出てしまった。私は、落ち込んだ声でぽつりと言う。
 返答はなく……沈黙が降りた。
「……って、あ……いえあのその……も、もしもし?」
 しばらく過ぎてから、私ははっとして、恥ずかしさを紛らわすためにも、苦笑いしながらノストさんに声をかけてみた。私、子供みたい……モロに感情出しちゃうなんて。
 ノストさんは、私を一瞥しただけで、応答せず……立ち止まった。
「へっ?ノストさん?」
 やっぱり遅れて立ち止まる私が声をかけてみると、ノストさんは後ろを振り返って。
「出て来いチキンが」
「チキン?鶏さんですか?」
「………………」
 ……ノストさんは、憐れむような目で、私を見ただけだった。お、教えてくれてもいいじゃんっ……!
「鶏じゃねぇけど、仕方ねーな」
「え!?」
 唐突に、私達の後ろの方から返答があった。私がばっと振り返ると……さっき私達が歩いてきた道に、まるで当然のように立つ黒い影。
 まだそっちを見ていなかったノストさんが、溜息を吐いて一言。
「同レベルか……」
「おいそれ、俺とステラが同レベルってことか?!」
「ちょ、セル君ッ!それって遠回しに私のこと馬鹿って言ってる!?」
「い、言ってねぇよ!!」
 私の言葉に、慌ててブンブン両手を振って否定するその人は、セル君だった!相変わらず変な服。
「セル君、久し……?」
 ぶりだねっ……て、近くに行って言おうとしたら、さっと上げられたノストさんの腕に制された。
 え?と私がノストさんの顔を見ると、彼の目は冷め切っていて。……それは、敵に向ける時の目だと、私は知っている。
 ……そうだった。ノストさんとサリカさんは、セル君とミカちゃんに警戒している。確かに、スロウさんの側の二人だから、仕方ないんだろうけど……なんだか悲しい。そして今、私の行動を妨げたのは、私が相手の傍にいると、いろいろとやりづらいからだろう。
 セル君は、まだ出してないけど、気配自体がジクルドそのものみたいなノストさんを見て、右手を腰に当てた。
「まぁ、当然の反応だな。それに比べて……」
 と、セル君の紺色の瞳が呆れたように私に向いた。……なんだか馬鹿にされてる気がする。
「う……だ、だって私は、セル君のこと信じてるから!」
「お……お前な!そういう恥ずかしいセリフ、さらっと言うんじゃねぇ!う、嬉しいっちゃ嬉しいけどな!それとこれとは別だ!」
 私が思っていることをそのまま言うと、セル君はいきなり顔を赤くして大声で怒った。やっぱり照れ屋さんだ。
「とにかくな……そういう甘い考えはやめとけよ。俺ら自身に敵意はなくても、俺らはスロウには逆らえない。アイツがステラを連れ戻してこいって言ったら、俺らはそうしなきゃならないんだ。ディアノスト、お前の判断は正しい」
 コホンと咳払いをしてから、セル君は、突き放すような口調でまっすぐ私に言う。
「……でも……セル君は、大丈夫、でしょ?」
 友達だってことさえも否定されそうで、私が恐る恐るそう聞いてみると……セル君はそれには答えず、私から視線をずらし、少し目を伏せた。
「お前らが思ってる以上に……俺らとスロウの間には、固い繋がりがある。部下でも同僚でもなけりゃ友人でもない、もっと……強い力の繋がりだ。……お前らには、多分わからないだろうな」
「……っ」
 グサッと刺さった、最後の言葉。
 ……きっと、その言葉通りだ。私は、セル君とミカちゃん、そしてスロウさんの繋がりを知らない。
 当然、それがどんなに固いものなのかも。逆らえないほど固いものなのかも。
 私は……馬鹿だ。
 セル君は大丈夫だよね?とか、自分が安心しようと思って聞いて。
 それが、彼を傷つけているということに気付かずに。
「ごめんね、セル君……」
 ぽつりと、うつむいていた唇を突いて出た一言。
「な……な、何で謝るんだよ!ま、待て、泣くなよ?泣くなよ!?」
「うん……」
 顔を上げてもう一度言うと、さっきまで冷ややかな雰囲気をまとわせていたセル君は、途端に慌てた様子で遠くから言う。視界が滲んでいた私は、セル君の要望通りこぼさないようにしながら頷いた。
 私が服の裾でこぼれる前に涙を拭っていたら、ノストさんがセル君に話しかけた。
「さっさと用件を言え」
 ノストさんがセル君に端的にそう問うと、セル君もそのことを思い出したらしく、再び深刻な表情が覗いて……彼は口を開いた。

「あの家出女が伏せたことは、【真実】の殻の一部だ」

 セル君の口から出た、その一言。正確には、その一単語。それだけに、私は敏感に反応した。
 言葉を失った私とは反対に、それを聞いたノストさんは、思ったことを一言。
「盗み聞きか。悪趣味だな」
「別に好きで盗み聞きしたんじゃねぇよ!ったく……」
 そこに突っ込んだ……で、でも確かに、家出女ってシャルさんのことでしょっ?何で知ってるの?!
「いつからいた」
「ステラが起きた頃……だな。俺は人間より聴力いいんだよ。壁1枚隔ててくらいなら普通に聞こえる」
「ノストさん、どうして気付かなかっ……え、いや、何でもないです」
 聞こうと思ったら、途中で横目で睨まれたから言葉を止めざるを得なかった。だ、だって怖い目してるもん。これはあれですね、ちょっと悔しいっていうか、プライド傷ついたっていうか。
 私が聞こうとしたことを悟ったセル君が、「あぁ……」と何か心当たりがあるように言った。
「あの家に、アルカがあったからだろ。しかも結構デカイヤツ。アルカがあると気が乱れるからな。アルカが大きけりゃ大きいほど乱す力が強い。それで気付けって方が無理な話だ」
 へぇ、そうなんだ。全然そんなのわからないけど……確かに、アルカには独特の空気ってものがまとわりついている。それのことかな?
 アルカについて説明を挟んだセル君は話を続ける。
「あの女が伏せたことは、【真実】の外殻の一部。お前らも知ってる通り、【真実】は高確率でステラを壊す・・
「シャルさんが伏せたこと……?」
 それって……何のこと?それに、私が壊れるって……そういえばカノンさんも、似たようなことを言ってたな。
 カノンさんといい、セル君といい……みんな、何かを知っているはずなのに、その重要なカードを切ってくれない。私は……結果を知っているみんなが見下ろす、そんな中で足掻いている。
 私が復唱して聞いたことに、セル君は答えず、紺色の目でまっすぐ私を見て、言った。
「だから……忠告しに来た。あの街には近付くな。これ以上、【真実】に触れるな」
「でも、セル君……」
 あの街っていうのは、これから行くフェルシエラだろう。フェルシエラを目指してここまで来たのに、いきなり行くななんて言われて、納得行くはずがない。
 それで私が、ちょっと反論しようとしたら。
「『でも』じゃねぇ!いいから近付くな!! ……でなきゃ……本当に、壊れる……っ!!」
 予兆もなく、セル君はいきなり声を荒げ……すぐに、何処か怯えたような表情になった。私はびっくりして、呆然と目を見開くことしかできなかった。
 セル君は……一見クールで、でも照れ屋さんなイメージしかなかった。だから、その初めて見た表情は私が言葉を失うには十分すぎた。
 それと同時に……悟った。
 セル君は……私を心配してくれてるんだ。壊れちゃうかもしれない私が心配で、だからこんな有無を言わせない言葉で。
 ……でも。
 でも、私は……

「…………心配してくれて、ありがとう、セル君」
 自分でも驚くくらい、優しい微笑を作れた。私の顔を見て、セル君は拍子抜けしたように、ポカンとする。
 うん……忠告ありがとう、セル君。
 ……でも……それだけ。
 微笑んだまま、私は……くるりと、向きを反転させた。
「っ……!?」
「行きましょう、ノストさん」
「……?」
 背後で驚愕して、セル君が息を呑むのがわかった。傍に立っているノストさんさえも、不思議そうに私を見下ろす。
「待っ……!お前っ、人の話聞いてたかっ!?」
「私が壊れちゃうって話でしょ?聞いてたよ。前に違う人から聞いてるし、知ってるよ」
「絶対聞いてねぇ!! この先に行ったら、お前は……!!」
 セル君の動揺する声に対し、私は前を向いたまま、後ろのセル君にきちんと答えてあげる。でもセル君はそう言って、もう一度、繰り返そうとする。
 そう。この先に行ったら……私は、壊れてしまうのかもしれない。
 だけど、

だから・・・?」

「……?!」
 今度こそ……セル君は、声を失った。
 私は、ようやくセル君を振り返った。そこには、愕然と目を見開くセル君が突っ立っている。
 そんなセル君に、私は、できるだけ安心させるように笑って言った。
「私は、【真実】を知りたい。確かにセル君の言う通り、壊れちゃうのかもしれないけど……【真実】を知りたいって思う気持ちの方が、強いから。それに……【真実】から目を背けたまま、生きていけるわけないから。そんなの……死んでるのと、一緒だよ」
「………………」
「それよりだったら……私は、自分で【真実】を知って、壊れた方がいい」
「……お、前……」
「………………」
 呆然とこちらを凝視してくるセル君と目を合わせてられなくて、私は無言で、彼に背中を向けた。今度は背中に視線が突き刺さるけど、正面から見られるよりずっとマシだった。
 ……私って、ひどいよね。ここまで言われたら……もう、何も言えなくなっちゃうよね。
「ノストさん……行きましょう」
「………………」
 土を踏みしめて、私はそう言って前に進んだ。ノストさんは何も言わず、私の後を追って歩き始める。
 前だけを見て。もう……後ろは、振り返らなかった。

 

 

 

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 前に私、後ろにノストさん。いつもと逆の位置関係だ。
 そのまま、しばらく平らな坂を歩いていると、下り坂に差しかかった。さっきまで歩いていたのは一番高いところだったみたいで、邪魔なものがなくなったここからの眺めは、とても広くて美しくて。
 この山から流れている川……アクテルム川かな。それが途中で二手に分かれていて、その間の土地に、大きくてよく目立つ、綺麗な街並が見えた。
 貴族の街……フェルシエラ。ノストさんと因縁のある街で……【真実】の外殻の一部?が、最初の【真実】が……眠る場所。
「貴族の街って言うだけあって、やっぱり綺麗ですね~」
 私が今、純粋に、思ったことを口にしたら。
「騙してるつもりか?」
「え……?」
 セル君と別れてからずっと黙っていたノストさんが、初めて口を開いた。私はきょとんと彼を振り返ってから……やがて、その言葉の意味をじわじわと悟った。
 思わず漏れたのは、苦笑だった。……本当は、ノストさんにも知られたくなかったんだけど。
「あはは……何だ、バレてたんですか」
「俺を騙そうなんざ凡人の分際でいい度胸だ」
 私はそれで、二人とも騙し切ったつもりだったんだけどなぁ。ノストさんには、いっつもすぐバレるよね。彼には、本当に隠し事できないなぁ……。

 私は……『その言葉』を、一言も言わなかった。
 意識したわけでもなく、ただ心がその言葉を避けてた。……嘘は、つけなかった。
 【真実】を知ったらお前は壊れるって言われて、怖くないはずがない。
 「怖くない」なんて、嘘でも言えなかった。
「もしかして、セル君にもバレてますか?」
「いや」
「なら、よかったです」
 私はホッとして小さく笑い、再び前を向いた。
 よかった、セル君に「怖い」なんて一言でも言えば、無理やりでも止められるに違いない。

 私は、怖い。【真実】を知るのが、怖い。自分が壊れちゃうなんて、そんなの嫌だ。
 だけど……セル君に言った言葉も本当だから。
 【真実】を知らないまま、平穏に暮らすなんて……ただ無意味に生かされているようなもの。
 怖くない、なんて……カッコイイことは言えないけど、私は……【真実】を知りたい。

 ふと、私は……さっきから気になっていたことを、呟いた。
「…………止め……ないんですね」
 いつもの毒舌で、遠回しに何か言ってくると思ったけど……ノストさんは、黙ってばかりだった。なんだか、ちょっと残念な気もする。……残念って……私、自分で決めといて、止めてほしいの?変なの……。
 標高が高いからか、昼近くなのに風は少し冷たい。背中から吹きつけてきた風が、私の淡い茶の髪をなびかせる。
「何で俺が口出ししなきゃなんねぇんだ」
 後ろから、何処か不思議そうなノストさんの声。
「お前が決めたことだ。何で俺が止める必要がある」
「……そう、ですね」
「だからお前が決めろ。行くのか、行かないのか」
「………………」
 ……ノストさんは、不思議な人だ。私が悩んだり落ち込んだりした時にかけてくれる彼の言葉は、気持ち良いくらいに私の心に染み入る。
 私は……本当に、外からも内からも、ノストさんに助けてもらってばかりだ。私は、何もできてないのに……生涯かけても、きっと返し切れないよ。
「……だが、1つ言っておく」
 私がなぜか安心して小さく微笑んだ時、ノストさんはそう付け足した。私がノストさんを振り返ると、ノストさんは私を見て。
「自分の感情1つ隠し切れねぇ奴が、この先無理に意地張っても、ただ見苦しいだけだ」
「…………え?」
 予想もしなかったその言葉に、私は目を瞬いていた。
 それは、彼にしてはかなり直接的で、そして優しい言葉だった。
 ……だってそれ……要するに、無理に意地張らないで、一人で我慢しないで、怖かったら、ちゃんと口に出せってことでしょう?
 おかしくて、嬉しくて、私は笑いを押さえ切れなかった。
「ふふふっ……はい、わかりましたっ」
「笑うな気色悪い」
「あう……わ、わかってますよぉ~……」
 自分でも気持ち悪い笑いだなーとか思ったけど、他人に改めて言われるとなんだか悲しい。私はちょっと泣きたい気分で言った。
「それじゃ、行きましょうかっ!」
 これから自分の身の破滅に近付くっていうのに、私の心は、今の青空みたいに綺麗に澄み渡っていた。