masquerade

25 懐刀

『ウォムストラルを使いこなせるようになりなさい。アンタでも、次第にわかるはずよ』

 ……カノンさんが、消え際に言った言葉。
 ウォムストラルを使いこなすってどういうことだろ……?確かに、ウォムストラルには変な力があるみたいだけど……全然、わかんないし。何か呼ばれた気がして出してみたら、勝手に光り出すし。
 うーん、使いこなせって、勝手にじゃなくて、自分でもできるようになれってこと?
「むぅ~~~~……」
 机の上に置いた、半円のウォムストラル。机の傍に立って胸の前で拳を握り、それを真っ向から睨みつける私。
「ぬ~~……そりゃぁ~っ!!」
 とかいう気の抜ける掛け声とともに、人差し指を立てた右手を天井に突きつける!しばらくその格好で停止して、ウォムストラルをしつこく睨んでみるけど……特に変化なし。
 くぅー、まだまだぁ!これからこれから!と、ウォムストラルをさらに険悪な目つきで睨んで、指をピンと天井に向けて、これでもかー!って感じで背伸びをしたら……、
「うひゃあっ!?」
 背伸びしすぎて、ぐいーんと仰け反った!
 バランスをとろうとして両手をグルグル回転させながら左足を半歩下げたら、自分のすぐ後ろにあったイスの足に当たって、どたんっ!と大きな音を立てて最終的にイスに落ち着いた。お、お尻がちょっと痛い……。
 机の上のウォムストラルを見ると……やっぱり何も起きてない。こんなアホなことまでしてるのに、報われないってのも悲しい……。
「はぁ……ダメかぁ」
「新しい芸を考案中か」
「へ!? の、ノストさん?!」
 ドアの方から声がした。思わずばっと立ち上がって振り返ってみると、ドアのフレームに寄りかかってこちらを見ているノストさんがぁああ!!
 ギャーッ!! は、恥ずかしい!だって今の、超マヌケだったよ!? 最初の方なんて、何ごっこだお前って感じだったよ!? み、見られたぁあ~~~!!
「ここ、これはそのあのっ」
 ボッと顔が熱くなって、言い訳しようとするけど、慌てて思うように言葉が出ない!
「わ、私は馬鹿ですがひひ一人でごっこあしょびするほど落ちぶれてないので、み、み、見らりぇてるも……」
「凡人は舌の回りも最悪だな」
「うう……」
 自分でも何言いたかったのかわかんない……今度は噛んだことに対して、私は恥ずかしくなってうつむいた。

 オルセスを出て、3日目。今、私達三人は、ロウラ川の北の支流の傍にある、ウェンド村ってところにいる。ここからミディアは、ロウラ川を挟んで東だ。ミディアには……多分、今日の午後くらいには着くんじゃないかな。
 今、サリカさんがまた鳩飛ばしてくるって言って教会に行っていて、残った私とノストさんは宿屋さんで待機中。その空き時間を利用して、私はウォムストラルを使ってみるテストをしてみたんだけど……やっぱ無理みたい。
 ノストさんも、さっきまで宿屋さんの外にいたんだけど……いきなり帰ってきたってことは、やっぱり……、
「サリカさん、戻ってきたんですか?」
「その通り~。待たせたね」
 答えてくれたのは、開きっぱなしのドアの向こうに現れたサリカさんだった。肩にはやっぱり、ぐるぐる巻きのカノンフィリカ。
 彼女はひらひら手を振って笑顔で言い、その手の親指を立てて横に向ける。
「それじゃ行こうか。あ、先に言っておくけど、もしかしたら面倒事に巻き込まれるかもしんないけどよろしくね~」
「え、えええ!? そ、それ初めて聞きましたよ!?」
「あはは、そうだろうね~」
 そ、そうだろうね~って!軽すぎる!重大でしょう、それって!私、もう面倒事ってこりごりなんですが!
 しかしサリカさんは、「じゃ行こう」と、言っておくことは言ったと言わんばかりに、そこから立ち去る。ノストさんも無言で後を追って、廊下の方へ姿を消す。
「……え、あ、ちょっと……ま、待って下さい~~っ!!」
 部屋に残された私は、少しの間呆然としてから、急いで二人を追った。
 ううう、何で二人ともあんなにいつも通りなんだろ……!動揺してるの私だけじゃんっ!

 

 

 

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 ウェンド村を出てしばらくは、土を均しただけの道が続いていた。その代わり、ロウラ川にかかる橋は割と立派な作りだった。
 でも、その橋を渡ってからのミディアへの道は、やっぱり土の道。あの見せかけの橋は、一体何なんだ……。
 その道は森の中に作られたものだから、道を歩いてるっていうより森を歩いてるって感じ。だから、いろんな動物さん達が木々の奥に見え隠れする。
「あっ、またいましたよ!うう~、ホント動物って可愛いですよね~」
 木々の間に見えたキツネさん親子。三匹の子ギツネちゃんがもつれあいながらじゃれあってて、もうほんっっと微笑ましい。癒される~!
 道から反れてキツネさん達のところに行きたいな~とうずうずしている私を見て、サリカさんがクスクス笑って言う。
「はは、ステラは可愛い物が好きだねぇ」
「はい!家の周りも森で、遊びに来る動物さんとよく遊んでましたっ」
「遊んでた?野生の動物と?へぇ、凄いねぇ~」
「えっと、なんかよくわかりませんけど、あっちから近寄ってきてくれるんです!」
 うん、本当に。家の裏の空き地に行くと、それに気付いた動物さん達が、ひょこひょこたくさん私のところに集まってくる。キツネさんとかタヌキさんとか。なぜか。
 だから、一緒に遊んでた。遊ぶっていっても、手でじゃれあうくらいが限度だけど。
 私の疑問に、ノストさんが答えてくれる……けど、何でそうなるかな。
「完全にエサだと思われてるな」
「え、エサですか!? わ、私、おいしくないですよ?! きっと酸っぱいですよ!?」
 なんとなく酸っぱい味がしそう。サリカさんは、ほどよい酸味の爽やかレモンって感じ。ノストさんは……何だろう。毒舌がらみで、かっらーい唐辛子?
「どっちかっていうと、ステラは夢見るキャンディって感じだけど?」
「えぇ?! それって甘いじゃないですか!」
「うん、だから甘そう」
「いろんな意味で同感だな」
「ど、どういう意味ですかッ!!」
 割り込んできたノストさんに一言。いろんな意味ってどういう意味!? もしかして、私の考えが甘いってとこから来てる?!
 私がノストさんに叫んだ時、足元でフワフワとしたものが触れる感覚がして下を見ると、さっき森の方にいた子キヅネちゃん三匹が、いつの間にかそこにいて、三匹揃ってつぶらな瞳で私を見上げていた。
「か……可愛いいいっ!!」
 ばっとしゃがみ込んで、三匹の頭を順番にわしゃわしゃ撫でる。撫でた時、気持ち良さそうに目を閉じるからまたこれが可愛くて!
 しゃがんだ私の真後ろで、ノストさんの一言。
「早速甘い匂いに釣られて来たな」
「!! 私、甘くないからね!酸っぱいからね?! 本当だからね!!」
 ちょうど撫でていた一匹を抱き上げて、慌てて言い張る私。子ギツネちゃんはキョトンとこちらを見つめてくるだけ。と、とにかく可愛いっ!
 私の隣にサリカさんもしゃがんで、しげしげと子キヅネちゃんを見て、
「へぇ~、本当に近寄ってくるんだねぇ」
 手を伸ばしてみるけど………子ギツネちゃんは、ひょいとかわしてサリカさんと少し距離を置く。
「あはは、フラれちゃった~。やっぱりステラは特別なんだねぇ」
「そんなことないですよ~」
 サリカさんは苦笑して、立ち上がりながらそう言った。「特別」って響きがなんか照れ臭くて、私が照れ笑いしながら子ギツネちゃんを下ろして、立ち上がった時。

「私には、暗殺者しか近寄ってこないけどねぇ」

「――え?」
 一瞬、間を置いて私がサリカさんを振り返ると、彼女は小さく笑っていた。……それは、強者が見せる、弱者を見下すような笑みで。
 ……足元の子ギツネちゃん達が、三匹揃って私の足元から走り去った。
「……二人だな」
 なんだかやばそうな空気になったから、私がノストさんの近くに慌てて寄ったら、ノストさんが小さく呟いた。
「ステラ、これちょっと持っててくれる?」
「え、あ、はい……」
 ぐるぐる巻きカノンフィリカを肩から下ろし、サリカさんは私に持つように言った。とりあえず流されるように受け取ったけど……そういえば私、カノンフィリカを持つの初めてだ。
 ……不思議な感じ。なんだか……鼓動みたいなものを感じる。なんだろう、温かい……。
 ザッと枝が揺れる音がした途端、サリカさんの頭上に影が落ちた。
 え?と私が見上げるより早く、その影はサリカさんのところに墜落した!が、その時にはサリカさんはその場から飛び退いていて、少し離れたところにいた。
 瞬間的に見えた、動きやすそうな黒い服を着た細身の筋肉質の男の人。両手には、逆手に持った赤いダガー。
 うわわっ……暗殺者さんって生で見るの初めて! ……そ、そんなこと言ってる場合か私!緊張感皆無っ!
 その暗殺者さんの左側に、同じく木々の隙間から目にも留まらぬ速さで現れた、もう一人の暗殺者さん。最初の暗殺者さんと比べると、さらに大きい体つきの人だ。だからか、得物も重そうな大剣。わかりづらいから、チビさん、デカさんで区別しよう!
「二人、か。見張ってたらたまたま見かけたから、追跡してきたって感じの人数だねぇ」
「現セフィスの懐刀サリカ=エンディル。覚悟しろ」
「懐刀……?」
 チビさんがサリカさんをまっすぐ睨みつけて言った言葉。復唱してサリカさんを見ると、彼女は心底おかしそうに笑いながら言った。
「私を知っておきながらねぇ……それ、勝てると思って言ってるのかな?武器を持ってないからって甘く見ないことだね」
 ……思いっきり挑発文句だ。私がチビさん達怒ってないかなって、なぜか心配してそっちを見ると、チビさんとデカさんの姿はすでにそこになかった。
 うそっ?と思ってサリカさんの方を再び見ると、すでに戦闘が始まってた!は、早!いつの間に……!
 目まぐるしい戦いだった。2体1だっていうのに、サリカさんは悠然とした表情を崩さず、振り下ろされる大剣も、薙ぎ払われるダガーもすべて回避していく。
 サリカさんの振り下ろした踵を、デカさんが大剣の腹で防ぐ。なぜか、ガキィン!と金属がぶつかる音がした。
 よく見てみると、サリカさんの靴のかかと周辺に、かかとを守るように硬そうな金属がついていた。今まで気付かなかったけど、戦闘用の靴なんだな……。
 ギシギシと音が響く中、サリカさんは、刃の向こうのデカさんに言う。
「吐きなよ。君らもスロウの手の者かい?」
「えっ……?」
 スロウさんの……?どうして?
 サリカさんの言葉に、デカさんは答えなかった。サリカさんは「まぁいいけど」と言って、デカさんに背を向けるようにすっと左足を下ろして。
「暗殺者には変わりないからね。のしとくよ」
 踵から振り上げた右足が、デカさんの顎に決まった!
 あの重そうなデカさんが宙にぶっ飛ぶくらいだから、相当な威力だったんだんだろう。金属で蹴り上げられたんだから、さぞかし痛いだろうなぁ……。
 続いてサリカさんは、背後から仕掛けようとしていたチビさんのダガーを靴底で受け止めた。
 一瞬で身を翻したサリカさんの左足が、チビさんの腹部に踵から深々と入った。チビさんはうめき声を上げて前から倒れ込んだ。
 サリカさんがふーっと息を吐いて後ろを振り返ると、彼女の後ろ側には、デカさんが重剣と一緒に大の字で倒れていた。
「お掃除終了、っと……いやぁ悪いねぇ」
「遅ぇよ」
「本気出すほどでもないだろ?」
 二人が完全に気絶しているのを確認して、サリカさんはパンパンと手の汚れを払いながら、さっきとは打って変わって爽やかーな笑みで私達に言った。っていうかサリカさん、手なんて全然使ってないのに……気分?
 私達のところに歩いてきたサリカさんに、はらはらと事を見ていた私は、カノンフィリカを差し出しながら聞いてみた。
「足とか、大丈夫なんですか?」
「ん、余裕余裕。一応、鍛えてますから~♪」
 カノンフィリカを受けとって、紐をまた肩にかけながらサリカさんは言った。今見てわかったけど、サリカさんは足技が主みたい。
「まぁ私のは技術だからねぇ。純粋な格闘技じゃないんだ」
「そうなんですか?」
「それはともかく、とりあえず早いとこ、ここから離れた方がいいだろうね」
「あっ……そ、そうですね。じゃあ、早くミディアに急ぎましょう!」
 先を聞こうとした私をやんわり制して、サリカさんは先を歩き出した。ノストさんも同じことを思っていたのか、それに対する反応が早く、すぐに歩いていってしまった。
 私も離されないように、駆け足で二人を追う。仕方ないんだろうけど、いっつも最後尾って私だよね……。
 サリカさんも謎な人だって思ってたけど……まさか、こんなところでもスロウさんの名前を聞くことになるなんて。
 懐刀のこととか、スロウさんとの関係とか、暗殺者さんに狙われるわけとか……いろいろ聞きたいことが山積みだ。
 ミディアに行ったら、早速聞いてみよう!と意気込んで、二人に追いついた私はぐっと拳を握り締めた。