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57 嘘と本当

 一歩、踏み出す。
 そしたら、また一歩。
「お、おい……大丈夫か?」
 後ろから、セル君の不安そうな声がした。それに対して私は、一歩踏み出して、それからくるっと振り向いてみせた。
 いつもはクールな顔が、今ははらはらとした表情になっていて。私は、セル君を安心させるように、笑った……けど、あまり力が入らなかった。多分、弱々しい笑顔になってる。
「ほら……平気だよ。もう大丈夫。一人で歩けるよ」
 そんな笑顔で言っても、説得力は全然ない。だからか、私がそう言ってもセル君は不安げなままだ。
「本当に、大丈夫だよ。……セル君、付き合ってくれてありがとう」
 ……目覚めてから、きっと1時間しか経ってない。
 あの漂う感覚に慣れていたからか、私は体の動かし方を忘れていた。おかしいよね、自分の体なのに。
 だから当然、歩くのもままならなくて。セル君に、私が眠っていた間のことを聞きながら、リハビリに付き合ってもらった。そのおかげで、もうちゃんと歩けるし、全身も動かせるようになった。ありがとね、セル君。
 私がお礼を言うと、セル君は一瞬、きょとんとした顔をした。それから、下から上に向かって、カーッと赤みが走っていく。
「れっ、礼言われることなんかしてねぇよ!べ、別に、リハビリは俺が好きでやったことだし、だから……だああぁ!!」
「あははっ、うん。でも、本当にありがと」
 途中で訳がわからなくなったらしく、頭を抱えるセル君に笑って、私は前を向いて歩き出した。その方向は……礼拝堂。
「あ、おい……そっちは……」
「イソナさんなら大丈夫。自分の部屋に入るところ、さっき見たから」
 きっと、礼拝堂にイソナさんがいるんじゃないかって心配してくれたんだろう。……確かに今、彼女と顔を合わせて笑える自信がない。でも今は、イソナさんは礼拝堂にはいない。
 何も言わないと、心配してついてきちゃいそうなセル君に、私は立ち止まって……でも、振り向けなかった。
「……ごめん。ちょっと、一人になりたいんだ」
 こんな深刻な顔してたら、きっとさらに心配される。だから、振り向かないまま私はそう言った。
 さっきまで、動かない体のことで頭がいっぱいだったけど……そろそろ頭の中、整理しなきゃ。
 背中を向けたままの言葉は、きっと無言の圧力があったと思う。セル君は、少し間を置いてから、
「……そっか。じゃあ……何かあったら呼べよ。すぐぶっ飛んでくから」
「うん」
 すぐぶっ飛んでくって……なんだか正義のヒーローみたいだ。私はくすりと小さく笑って、また歩き始めた。
 そこから後の記憶は、ぼんやりとしていて曖昧だ。だけど私は、気が付いたら、誰もいない礼拝堂で、祭壇の正面に立っていた。
 光に輝くステンドグラス。その色に染まる足元。……足元。

 ……私は……ちゃんと、立っているのかな。

 床に両足がついているのはわかる。だけど、その足元が、ひどく脆く感じられて……。
 ちょっとでも足を踏み外せば、落ちていきそうな……ううん、違うな。
 もう、すでに、落ちてしまっているんだ。

「―――――なら死ね」

 刃みたいな、鋭くて怖い声。
 不意に聞こえてきた声は……真横だった。……全然、気付かなかった。
 ぼんやり振り向くと、長イスの上に寝転がっていた人が体を起こすのが見えた。今、現れたわけじゃなく、どうやら最初からいたらしい。
 こちらを睨みつけたダークブルーの瞳と、目が合う。イスの上で体を起こした銀髪の彼に、私は小さく首を傾げた。
 さっき……『死ね』って言われた。ノストさんに、そんなこと言われたの……初めてだ。……なんだか、凄い怒ってるけど……、
「……私……何か言いましたっけ」
 何か、ノストさんの気に障ること言ったかな……覚えがないけど。
 本当にわからなくて、私がそう聞いたら、ノストさんはいつもに増して怖い目付きで答えた。
「今、『死にたい』っつった」
「…………え?」
 ……うそ?
 予想もしなかった一言に、私が目を少し見張った時。
 ノストさんの姿がブレたと思ったら、次の瞬間、首筋に、ひんやりとした感覚が当たっていた。
 初めて全身に浴びせられる、冷ややかで――純粋な殺気。
「死にたいなら殺してやる」
 いつの間にか、目の前にノストさんが立っていた。でも、不思議と驚かなかったし、目を向けなくても、すんなり状況を理解した。
 今、私の首の横には、ジクルドが添えられてる。きっと、少しでも動けば……切れる。ジクルドの切れ味の良さは、よく知ってる。
 ノストさんを見上げる。表情は、やっぱりあんまり変わってないけど、目付きは、それだけで射殺せそうなくらい怖かった。きっと、こんなに怖いノストさんの顔見たのも、初めてだ。……本気の本気で、怒ってる。
 ……私は、無意識のうちに、「死にたい」って言ったらしい。
 まったく覚えてない。けども、なんだか、すーっと溶けるように納得できる。
 本当に殺されそうな気配にも、私は恐れずに。……ううん、恐れられずに・・・・・・、ただ、目を伏せた。
「………………カラッポ……なんです……」
 ……わかってたんだ。
 思い出してみれば……すぐに、わかったんだ。

 私は、お母さんの顔を知らない。
 顔だけじゃない。髪の色も、においも、口調も、性格も……名前すらも、知らない。
 ただ、「お母さん」っていう存在がいたってことだけで、納得していたような。
 表面上。中身を伴わない、見せかけ。

 どうして?
 答えは簡単。
 私が……作り物だから。

 そのことを思う度に、胸が苦しくなる。
 だって私は……人間じゃないってことで。私の記憶はすべて偽りってことになる。
 お父さんとお母さん。……そんなの、いるはずがない。作り物なんだから。
 ……そう考えると、つらい。記憶の中にある、あの日々が……全部、嘘だなんて。
 今までの記憶が、自分のものじゃないとわかった今……私は、カラッポだ。
 だから、もう一人の私は、「死にたい」って、そう思ったんだ。

 ……足から、力が抜けていく。私は、膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
 さっきより、幾分かは落ち着いてきたらしいノストさんが、ジクルドを消し、こちらを見下ろすのがわかった。
「……わから、ないです……」
 渇いた唇を突いて出る言葉。
「私……作り物、なのに……何でここにいるのか……わかんなくて……」
 ……作り物の私が、一人前の人間みたいに、ここに存在すること。
 ノストさんは、17年……いや、20年築いてきた足場がある。でも、私のその足場はひどく不安定で。今まで、かろうじてバランスを保っていた……そんな感じがした。
 だけど、その足場がハリボテだって気付いてしまった。それなのに人間達と並ぶ高さまである足場。担がれた場所。
 私に、そんな高さにいる資格なんてないのに。
「……『私』……って……何、なんでしょう……」
 この意識は、誰のもの?
 人格は、大部分が記憶から作られるって聞いたことがある。
 その記憶が偽物だったら……この人格は、何?
 少なくとも……「ステラ」じゃ、ない。
 「私」は、誰?
 「私」って何?
 嘘の記憶からできた人格も、嘘の人格?
 悲しみより、絶望より、私を支配したのは、空しさ。
 ……ひどいや、涙も出ない。ただ、抜け落ちたような心の中を、冷たい風が吹き抜けるような感じがする。

 何か、答えを求めたわけじゃなかった。
 自然に口を突いた言葉だった。
 だから、
「今までの記憶からできた人格だろ」
 ……その言葉は、空洞だった私の心に熱を走らせた。
「知ってますッ!! そんなことっ……知ってます!!」
 床を見たまま、立っているノストさんに叫んだ。
 わかってるから、言わないで。
「だから、だからっ……『私』は、『私』じゃない!! 嘘の人格なんです!! 作られたっ、意識……なん……ですよ……」
 「私」は「私」じゃないっていう自分の言葉を聞いて、今更、悲しさが押し寄せてきた。どんどん語尾が弱くなっていく。言うんじゃなかったって、凄く後悔した。
 事実だけど、自分の存在を否定されたみたいで嫌だった。
 わかってるけど、認めたくないんだ。
 認めてしまったら……怖いから。
 本当に、死にたくなっちゃいそうだから。
「……ざけんなよ」
 不意に苛立った声がして、胸倉を掴み上げられた。
 半強制的に顔を上げられ、私は泣きそうな目付きの虚ろな目でノストさんを見返す。彼は再び……でも、さっきよりも強く、怒っていた。
「この馬鹿が……何で同じ考え方しかできねぇんだ。俺は、てめぇが牢にブチ込まれた後の話を言ってる。親だの村だのの古い記憶なんか、どうでもいい」
「どう……でも、いい……?」
 ―――やめて。

「ふざけないでッ!!!」

 勝手に飛び出したのは、使ったこともないような、強い言葉。敬語さえ外れていて。
 古い記憶がどうだっていいなんて、そんなはずがない。その記憶があるから、「私」がいるのに。
 ノストさんだって、それくらい、絶対わかってるはずなのに。
 自然と、両手が耳を塞いだ。固く目を閉じた。
「やめて下さいっ!! どうだっていいなんて、そんなわけないじゃないですか!わかってるでしょう!? だって、だって『私』はっ……!!」
 やめて。そんなこと言わないで。
 怖いんだ。貴方に存在を否定されることが。
 「私」を否定しないで――!!

「黙って聞け!!」

「……っ」
 聞いたこともないような強い声は、塞いだ耳にも、十分すぎるほどにはっきりと聞こえた。びくっと、驚いたのと、怯えたので体が震えた。恐怖が、怒りが、すべてリセットされる。
 目を開いて、恐る恐るノストさんの顔を見上げると、こちらをまっすぐ見据える瞳と目が合った。私が言葉を失っているのを見てから、ノストさんは低い声を発する。
「ここまで来て、何でそれに気付かない。ヒースを追っている時、てめぇも知ったはずだ」
「……え……?」
 お父さんを追っている時……って、旅の間のこと?その間に、知ったこと……?
 なん、だろう……【真実】?
 お父さんと、ルナさん、ノストさん、いろんな人たちの関係?
 「無知」が幸せかもしれないこと?

「不変」

 わからずにいる私に、たった一言、彼は答えを言った。
 ――「不変」。……お父さんが望んだ、優しい時間。
 ううん、きっと、お父さんだけじゃない。幸せな人達が抱く、共通の想い。
 でも……、
「『不変』なんざ何処にもねぇ」
 ……そうなんだ。
 どんなに満ち足りていたって、決して変動は免れなくて。
 「不変」なんて、このエオスには……ううん、きっとユグドラシルにもない。人も、魂も、そして神様さえも支配する運命。
 でも……それが、どうしたんだろう。
 そんな表情をしていたのか、怒りが冷めてきたらしいノストさんは、溜息とともに言った。
「……今のお前が、作られた時の人格のままなわけねぇだろうが」
「……あ……」
 ……声が、止まった。
 ぶっきらぼうな口調のその言葉は、困惑していた頭の中を、さぁっと晴らしていく。
 ノストさんが、掴んでいた手を下ろし、立ち上がる。解放された私は、呆然とそこに座り込んだまま……込み上げる、温かなものを感じていた。

 ……「私」は、確かに、嘘の記憶から生まれた。
 だけど人は、経験して、変わっていくって言う。

 なら、「私」も……変わってるのかな?

 基盤は、嘘の人格かもしれない。その事実は変えられない。
 でも、そこから経験して……「私」らしく変わってたのかな?
「―――――わた、しっ……」
 声が、震えた。
 仮初かりそめの命なのに。
 ハリボテの足場の上に立ってるのに。

「……わたしは…………生きてても……いいん、ですか……?」

 ―――私は……ここにいても、いいの?

 ……返答はなかった。私も、それ以上、何も言えなかった。
 ただ、短く、
「ステラ」
 上の方から、私の名前を呼ぶ声がした。
 それを聞いた途端。込み上げていた温かなものは、一気に熱くなって、勝手にポロポロ溢れ出して。
 たくさん、たくさんこぼれ落ちる雫。喉もつっかえて、私は、うつむくのが精一杯で、返事もできなかった。

 ……ずるい。ずるいよ。
 たったそれだけで泣くなんて、負けたみたいだ。
 名前呼ばれるだけで、何でこんなに嬉しいんだろ。
 もっと呼んで。
 証明して。
 ここに、「私」っていう存在がいること。
 嘘や偽りじゃない、「私」がいるってこと。

 しっかり、見ていて―――……

 

 

 

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 ………………。

 目が、痛い。腫れてる。そりゃ、泣いたから仕方ないけど……。
 大きすぎる空間の中に、ぽつんと二人。私が鼻をすする音も、礼拝堂内があまりに大きすぎて、途中で消えていく。
 ……数分後。私は長イスに座って、涙を拭いていた。私の隣には、ノストさんが無言のまま座っている。
 ……いっつもこうなんだ。私が泣いたりすると、気持ちが落ち着くまで彼は傍にいてくれる。お喋りするわけじゃないし、実際大した意味はないんだろうけど、不思議とそれが心地良くて。聞かなくても、私が復活するのを待ってくれてるんだってことは、わかってた。
 今も、別に「とりあえずイスに座れ」とか言われたわけじゃない。というか、話に決着がついたと見るなり、彼はさっさとイスに戻った。で、私が遅れて、なんとなくその隣に座っただけ。
 そういえば……目覚めて、彼を見た時も、涙が溢れた。あの理由……なんだか、わかった気がする。
 きっと私は、安心して泣いたんだ。ノストさんのこと、ちゃんと思い出せたって。
 同時に、無意識に感じていたんだろう。この人だけが、今の「私」の証人だって。
「………………え、えっと……」
 大分落ち着いてきて、今更恥ずかしくなってきた。紛らわしに意味なく声を発してみる。……もちろん反応なし。こんな無駄な言葉に反応するノストさんじゃない。
 ……って、ちょっと待った。
 そういや私、ノストさんに嫌われたんじゃなかったっけ? ……でも今、親身になって怒ってくれた……何でだろ?
 ……うーん、わからない。こ、こうなったら……もう聞くしかないっ!
「……あの、ノストさん……その……私、嫌な奴ですよねっ!?」
「そうだな。ネガティブな嫌な奴だ」
「えっ、その……だ、だって、ノストさん、レネさんの家を出た時、私に呆れたでしょうっ?! 嫌な奴だ~って見捨てたでしょう!?」
 間髪入れずに返ってきた毒舌が、グサっと痛かった。確かにネガティブなこと聞いてるけど、だってそれは本当のことじゃないの?!
 私がノストさんを見て聞くと、彼は何処となくわかっていたように、ふぅ……と小さく息を吐いて。
「お前があまりに馬鹿すぎて説明するのが面倒になって放置した」
「……そ、それだけですか?わ、私が……嫌いになったんじゃ、ないんですか?」
「馬鹿の被害妄想は大変だな」
「ひ、被害妄想って……そ、それじゃあ、私が嫌われたって、勝手に思い込んだだけっていう……?!」
 それって……か、かなり馬鹿じゃっ!? 私、一人で何思い悩んでたの!? い、いやここは、わかりづらいノストさんが悪いってことにしておこう!
 と、とにかく……嫌われたわけじゃなかったみたい。……よかった……安心。だからさっき、怒ってくれたんだなぁ……。
 ……とか思ってたら。

 ぐぅ~……

 ……なんていう、なんとも気が抜ける音がした。
 ノストさんが振り向くのが視界の隅で見えて。顔がカァーっと熱くなっていくのが、はっきり感じられた。
「……お、お腹空きました……」
 そりゃもう、はっずかしくて!真っ赤な顔を見られないようにうつむいて、素直に……しか、言えなかった。お子様か私はっ!いや、子供の分類だけど……って、ちょっと待て!私って何歳なんだ!?
 考えてみれば、夕ご飯食べてないし、お腹の中はカラなんだろう。な、何か食べたい……。
 ……って、あれ?
「そういえば……私って、作り物にしちゃ、随分人間らしくないですか? ……あ、作り物って、卑屈な意味で言ってるわけじゃないですよ?」
 「作り物」って、確かに悲しい響きだけど、他に呼び方がない。でも何より、私が作り物であることは事実だから。事実を覆い隠したって、しょうがない。
 事実だけを受け止めて、それを踏まえた上で、自分が何をすればいいのか。……ノストさんの行動基準。
 とても強いと思った。憧れた。私も、いつかそうなりたいって思ってたけど……今、意外とあっさりできてる。空しいとか、悲しいとか……そういうマイナスな気持ち、全部、さっきノストさんに祓われた(?)のかな?
 私が疑問を口にすると、ノストさんも気が付いたらしく、少し考えてから、
「窒息もするらしいしな」
「窒息? ……も、もしかして、フェルシエラで、ノストさんが私の鼻摘んで起こした時の話ですか!? あの時、本当に窒息するかと思いましたよ!安眠妨害です!起こすなら、もっと別の方法にして下さい!!」
「なら今度からは床に蹴落としてやる」
「そ、そっちの方が嫌ですよっ!! 痛いじゃないですか!あっ、でもそれって、床で寝てたらどうするんですか~?」
 「落とす」って言ってるからには、高いところ……つまり、ベッドに寝てないと無理な起こし方だ。だから、意地悪な質問を投げかけてみると、ノストさんは一瞬、難しい顔をして。
「布団はがす」
「じ、地味に嫌です……」
 ……今、きっと悩んだんだな。考えてなかったんだろう。でも、布団はがされるのも嫌ぁ~!!

 と、とにかく。私は、作り物にしては、やけに人間らしい。
 ノストさんも言った通り、息が詰まれば苦しいし、今みたいにお腹も空くし、疲れたら眠くなるし、ケガしたら血が出るし……普通の人と変わりない。それだから、「自分は人間だ」って、証拠もないのに思ってたのもあると思う。
 胸に手を当ててみると、手のひらを通じて、規則正しい鼓動が感じられた。……心臓もあるみたいだ。血が流れるんだから当然っちゃ当然か。

「―――君は、大事なことを見落としてる」

「ひょえぁあッ!?」
「……!」
 何かが引っかかる……と思っていたら、後方から声がした!!
 ノストさんの他に誰もいないと思ってたから、私は変な声を上げて飛び上がった!は、恥ずかしい……ノストさんも気を張るのが伝わってきた。
 ばっと振り返ると、真中を突っ切る細長いじゅうたんの敷かれた通路に、少し申し訳なさそうな顔をした、真っ白な女の子……ミカちゃんがいた。
「み、ミカちゃん……い、いたんだ……」
「さっき、あっちの扉の方から来たんだ……びっくりさせてごめん。ボクは、気配が曖昧・・・・・・だから……ノスト君も、気付かなかったと思う」
 ノストさんでさえ気付けなかったのか……ミカちゃん、恐るべし。
 そういえば……ミカちゃんとセル君って、何者なんだろう。「人間じゃない」って言ってたけど……もしかして、私と同じで、作られた存在?もしそうなら、二人にも、オリジナルの人間……私ならルナさんみたいな人がいるのかな。
 ……うーん……あっちから話してくれるまで待つしかないか。なんだか言いたくなさそうだし。特にセル君。
 とか私が考えている間に、私達の横を通り過ぎていったミカちゃんが、そこでくるりと振り返った。
 水色の瞳は、私をまっすぐ見て。
「……ステラ君。君は、不思議に思ったことはないの?」
「……え?な、何のこと?」
 いきなり問われたのもあるし、その内容もよくわからなかった。私が戸惑って問い返すと、ミカちゃんは静かに答えてくれた。
「ルナ君の存在を知った時から、不思議だったはず。……どうして、自分とルナ君の間に、『3年』の隔たりがあるのか」
「あ……!」
 ミカちゃんの言葉の中に現れたその単語に、私は敏感に反応した。
 「3年」。……そうだ……確かに、ルナさんと私の年齢差は、3歳。3年……!
「君は、オースで極限まで本物に似せられている。だからお腹も空くし、眠くなる。だけど……君は『複製』じゃなく、完全な『複写』なんだ。だから、君は成長しない。生まれた時から・・・・・・・年をとってない・・・・・・・んだ。つまり……」
「私は……3年前の、ルナさんそのもの……?!」
「……そう」
 私の辿り着いた答えに、ミカちゃんは小さく頷いた。
 ……う、うそ……ってことは!私は、3年前に生まれた・・・・ことになる。
 3年前って言ったら、お父さんが死んだ年だ。そして、グレイヴ=ジクルドが散った年でもある。
 そんな年に、お父さんの弟子のルナさんから複写された私が、生まれる……。

 ……これって……偶然……?

 答えを求めるように、隣のノストさんを見た。すると、きっと彼も同じような心境だったんだろう。私に向ける目が、いつもより少し大きく開いていた。
 頭を過ぎったのは、お父さんが残した、多くの謎。
 私の【真実】は……3年前の出来事にも、強く関係してる――?
 でも……でも、わからない。足りないんだ。パズルのピースが。
「……【真実】には、まだ続きがあるんだ。きっと、足りないのはそれだよ」
「えっ……!? そ、それって……!」
「……ごめん、ボクからは言えない」
「あ……そ、そっか」
 私の心を読んだミカちゃんのその言葉に、私が思わず聞くと、ミカちゃんは困ったようにそう言った。
 そうだった……【真実】を封じる術式。目には見えないけど、世界にオースで刻まれている魔法。術者が指定した条件……今なら、ノーディシルより先に、誰かが私に【真実】を語った場合……それが満たされれば発動する、罠みたいな束縛。それの影響を受けない、【真実】を語れるノーディシルは、イソナさんと、もう一人だけ。
 でも……イソナさんに聞くのは、ちょっと気まずい。それに怖い。今度はもっと強く否定されそうで。
「……うん。しばらくは、イソナ君と会わない方がいいよ。でも、イソナ君もキミを傷つけたことを反省してる」
「そ、そうなの……?」
「うん」
 きっと、イソナさんが私を傷つけるようなことを言ったのは……許せなかったからだと思う。私の存在が。
 だって、イソナさんはルナさんのお義姉さん。私は、彼女の大事な妹さんの複写なんだ。そんな存在……許せられるわけがない。……ちょっと……寂しいけど。
 そんな憎い存在を傷つけて、でも、反省してくれてる。心を読むミカちゃんが言うんだから、本当なんだろうけど……すぐには信じられないや。
「だから、【真実】の続きは、もう一人の方から聞けばいい」
「もう一人……って……」
 もう一人って言ったら……あの人・・・としか聞いてない、謎の人だ。イソナさんと関係のある人なのかな……?
 ちらっと隣を盗み見ると、体勢はそのままに、ノストさんも、ミカちゃんの返答を待っていた。
 【真実】を知れば、お父さんがノストさんに言わなかったこともわかるって、カルマさんは言っていた。だからノストさんも、少し興味があるらしい。

 ……変なの。
 初めて会った時、関係なんてない他人だと思ってたのに。私と、ノストさん。
 なのに今、私と彼は、同じものを追ってる。
 【真実】。
 ……それって、もしかして、私のことだけじゃない?
「もう一人って……誰なの?」
 その人なら……【真実】はもちろん、その疑問にも、答えてくれるかな。
 ミカちゃんを見据えて、私が問う。ミカちゃんは、思ったよりあっさり、答えを口にした。

「キミの生みの親だよ」