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07 村の大罪人

 アスラを抜ければ、後はアルフィン村にまっしぐら。半日弱は距離があるけど。
 アルフィン村は、ちょっと森に入った場所にあって町からは離れている。だから交通の便もよくない。多分、町に住んでいる人から見ればド田舎の部類だと思う。
 そんなわけで、基本的には自分たちで畑を耕し、家畜を飼い、自給自足してる。私も家に畑があって自分で育ててるよ!
 そんなアルフィン村に続く、森を突っ切って伸びる土の街道の道中。隣を歩くノストさんの手には、アスラを発ってからもずっとあの白銀の剣が握られている。
 その理由。それは、不意にやって来た。
 私達の前の方、待ち伏せていたかのように、人影がばっと木々の陰から飛び出してきた!
「お前か、『剣』を継ぐ者!いざ勝負……!」
 薄汚れたマントを羽織った若い男の人が、右手に持った鋭いダガーでノストさんに斬りかかる!
 ノストさんがそれを半身を引くだけで避けると、ジクルドの剣の腹が男の人のお腹に吸い込まれるように入る。まるでジクルド自体に意志があるかのよう。強い衝撃を腹部に受けた男の人は、意識を持って行かれてそこに倒れ込んだ。
 ……これで21人目だ。ここまで数えてた自分も凄い。

 アスラで一泊したあの晩だけで、「『剣』を継ぐ者」が町に来てるそうだ」とか噂が出回ったのか、賞金稼ぎや剣士、とにかく職業問わずに、翌朝から引っ切り無しにノストさんはその相手をさせられていた。大半が、今みたいな受け流し法だけど。だから、ジクルドを一旦消す暇さえない。
 だから私は今日、21回の戦闘らしくもない戦闘を見てきたんだけど……ノストさんって、やっぱり並よりかなり強い気がする。戦いとか疎いからよくわかんないんだけど!
 街道のアスファルトの上に横になった男の人を見下ろしてから、ノストさんは不意に私を見た。
「……馬鹿は存在感も皆無か」
「な、何ですか突然?」
「凡人は気付いてなかったらしいが、ルナと似てるお前が無視されるのは存在感がねぇからか」
「気付いてませんでしたよ!大体っ、みんなノストさん目当てで来てるんですから当然でしょう!」
「1000万パフィの賞金首を見逃すのか」
「……う、うーん……見逃すはず、ないですよねぇ……」
 今の私は、変装セットも装着していない。町から離れたし、大丈夫かな~と思って。
 それなのに、アスラから何人も人が追ってきてるけど、まだ一度も『あ、ルナ=B=ゾーク!!』ってなことになってない。な、何でだ……。
「きっと、それほどノストさんが人気ってことですよ!」
「馬鹿は呑気だな……」
「へ??」
 ノストさんは私か、それとも全員に対してか、呆れたように言うと、倒れている男の人の上をまたいで先へ進み出した。人の上をまたいじゃいけないって言うけど、私もぴょんと飛び越した。ごめん、挑戦者さん……。
 それにしても、本当に何でバレてないんだろ。みんな、ノストさんが凄すぎて気付けてないのかな?っていうか、ノストさんってそんなに凄いの?
「あれ?そういえば、ノストさんって何で指名手配されてたんですか?」
「脳の回転速度が遅すぎだ凡人」
「へ?? あ、さっきのって、そういう意味だったんですか!」
「飲み込む速度も亀だな」
「悪かったですね!私の頭は、1つのことしか考えられないんですー!」
 私が何かを聞くと、絶対こういう言い合いになる……うう。しかも最後は、絶対私が負けてるし……悔し~!
 私がひょこひょこノストさんの隣に並んで歩いていると、ノストさんはジクルドを消した。昨日と同じように、剣全体に金色の光が走ったと思うと、一瞬輪郭が霞み、剣は無数の温かな黄金の粒子になって消えていく。刃が銀色なのに、光が金色ってのが何か綺麗。
 しばらく、沈黙が互いの間にわだかまった。
 ………………え?!
「ノストさん、さっきの質問の答えは!?」
「お前に教えても理解不能がオチだ」
「うっ……!それは……確かにそうかもしれませんが!私の事情は知ってるくせに、自分は話してくれないっていうのはずるいって言うか!」
 相手が名乗ったら自分も名乗るみたいな感じで、相手のこと聞いたら自分のことも話すべきだっ!
 というのはノストさんも感じているらしく、珍しく何も言ってこなかった。……しかし、代わりに返ってきた言葉の方がキツかった。
「お前には関係ねぇだろ」
「関係なくなんかないですよ!憶測なんですが、ジクルドと関係あるんでしょう?だったら、ウォムストラルを持ってる私にだって……」
お前自身・ ・ ・ ・には関係ない」
「……っ!」
 その言葉は、私に深く突き刺さって、鈍い痛みを残した。
 ……私……信用されてないんだ。あはは、そりゃそうか……まだ、数日しか経ってないんだもんね。勝手に仲間だって思い込んでたのは、私の方なんだ……。
「あ……あはは、そうですね。私なんかが聞くことじゃないですね。立ち入ったこと聞いちゃって、すみませんでしたっ」
 今までの自信が一気に崩れた感じで、私は声音にもあらわれた動揺を隠し切ることができなかった。
 ……考えてみれば、誰にだって話したくないことはある。もしかしたら、ノストさんはいつもの憎まれ口で、そう言いたかったのかもしれない。
 どっちにしろ、アルフィン村に着いたらノストさんとは別れるから、結局、仲間とはいえない関係なんだ。
 毒舌魔人が去るまで、もう少しの辛抱だ自分。……頑張れ。

 

 

 

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 簡素だけど温かな木の家が集まる、優しい場所。
 村のみんなの談笑や牛さんの鳴き声が聞こえて、鶏さんが所構わず歩き回っている、見慣れた風景。
 そんな、いつもののどかな風景が目に焼きついているからか、信じられなくて。
 ―――――そこは、真っ黒な、炭の世界だった。

「う……そ……」
 ……それしか、言えなかった。
 やっとの思いで到着したアルフィン村。しかし、すでにそこに村の姿はなかった。あったのは、黒く焼け落ちた家々と焦げついた大地。火は完全に鎮火されているようで、村は黒一色だった。
「どう、して……?! 何で、村がっ……!」
 混乱したまま、村の焼け跡に早足で踏み込む。辺りを見渡すけど、いつもは民家や柵がたくさんあるのに、ぞっとするほど視界を遮るものがない。
 逸る心のまま歩き回るけど、村のみんなの姿が誰一人、見当たらない。
 そんな……まさか……みんな……?
「……生きてるな。死体がない」
 その予感が怖くなって、思わず足を進めるのをやめた私の背後から、ノストさんが冷静な声で言うのが聞こえた。
 嬉しい知らせだったけど、信じていいのかわからなくて、私は不安でノストさんを振り返る。ノストさんはこちらに歩いてきながら、淡々と指示を出す。
「村の奴らは、そう遠くには行ってねぇだろ。その辺にいるはずだ」
「は、はい……」
 いつも通りのノストさんは、気が動転して何も考えられずにいた私にそう言う。私は言われた通り、再びみんなを探しに踏み出す。
 道はほとんど焼け崩れた家の柱や屋根に埋めつくされていて、足の踏み所がなかった。炭になって倒れていた柱の上に乗り上げたら、ずるっと滑って転びそうになる。ぐらつく足場に何度もよろめきながら、私は村の奥に辿りついた。
 村の一番奥には、他の家より大きめな村長のフラデスさんの家がある。その家も焼けて、そこに他より大きめの山を作って崩れていた。
 ……誰も、見当たらない。
 みんな……何処に行っちゃったんだろう。
 やっぱり、みんな……、………………。

 ……ふと、何かが鼓膜を揺らした。
 ぼんやりとその音に耳を傾けると、それは牛さんの鳴き声だった。はっとして我に返ると、焼け崩れたフラデスさんの家の後ろの方から、何かが覗いていることに気付いた。
 駆け足で家の後ろに回ると、それは、布でつくられた即席の家だった。正面に、屈まないと入れないくらい小さな入り口があるそれが、3つ並んでいた。
 シャルティアの北に位置する、砂漠の国レンテルッケ。そこに伝わる、ヒズっていう移動用の簡単な家だ。確か牛さんを飼っているラクトさんは、レンテルッケ出身だったから……ってことは……!
「村はもう壊滅だよ……」
「諦めるなよ。今、みんなが木を切りに行っているじゃないか」
 一番近くにあったヒズから人の話し声が聞こえて、誰かが中から出てきた。屈んだその頭で大体誰なのかわかった瞬間、私は嬉しくて叫んでいた。
「クレアさんっ、ラクトさんっ!!」
 名前を呼んで、私はすぐに彼らのところへ駆け出した。名前を呼ばれた二人は、私の方を見て……冷ややかな表情をした。
「え……」
 その目はまるで、罪深い咎人に対して投げかけるような、軽蔑の眼差しで。
 得体の知れない恐怖の予感がして、私の足は途中で立ち止まっていた。二人と私との間には、微妙な距離が残った。
 私の呼び声を聞きつけてか、隣のヒズから、腰の曲がったおじいさんと、綺麗な女の人が出てきた。……村長のフラデスさんと、その娘さんのマリアさんだ。
 その二人もまた、クレアさんとラクトさんみたいな目で。
「……あ、の……フラデスさん……」
 どうしてそんな瞳を投げかけられるのか耐え切れなくなって、私は縋るように弱々しく声をかける。三人の前に立ったフラデスさんは、しゃがれた声で告げた。
「去れ、罪深き者よ。お主を受け入れる者なぞ、ここにはない」
「……え……ど、どういうこと、ですか……?」
 予想もしなかった言葉。普段は温厚で優しいフラデスさんのその言葉は、私の胸に深く突き刺さった。呆然と問い返すと、答えたのは、その隣に寄り添って立っていたマリアさんだった。
「村の焼跡を見たでしょう?どうして村が焼けているか、貴方にわかるかしら?」
国の大罪人・ ・ ・ ・ ・を匿ったことに対する処罰なんだってさ!あたしらが匿ったんじゃなく、勝手に住んでたからなのにねぇ!国の兵士達が来て、村に火の矢を降り注がせたんだよ!!」
「お前のせいなんだよ、村が焼け払われたのは!!」
 マリアさんに続いて、ぽっちゃり系のクレアさんと、体つきのいい浅黒いラクトさんが吼えるように叫んだ。その言葉の一つ一つがナイフみたいに鋭く、一斉に私に降りかかる。
 ………………私は……何も言い返せなかった。
「ヒースさんが言うから仕方なく頷いてしまったのが、運の尽きか」
「だからあたしは、こんな子……!」
「クレア!よさないか!」
 ……私の、せい……なんだ……。
 みんなの思い出の家や、丹精込めて作ってた作物も……全部火の海にのまれて、ダメになっちゃったんだろうな……。
「………………すみ……ません……」
 謝って済む問題じゃないとはわかっていたけど、私はゆっくりフラデスさんに頭を下げた。
 村を再興してそれが償えるなら、私は目一杯働く。でも、そうしてまた「ルナ=B=ゾークを匿った」って言われて村を焼かれたら、キリがない。
 要するに、私は、この村にとって疫病神なんだ。
 その心情をフラデスさんも察してくれたのか、それについては何も言わなかった。
 村長は、村の大罪人に告げた。
「ワシらは、お主が大罪人ルナ=B=ゾークに似ておったせいで、村を焼かれ、こうした生活を送るハメになった。……よって今日から、アルフィン村はお主を追放する。お主の家は村の外れだが、わかっておるように、あそこもまたアルフィン村の土地だ。お主の居場所は、もはやこの村にはない」
「……っ!!」
 覚悟した処分は、当然だと思った。でも、その後に続いた一言は……私に、そのことを実感させた。
 私の家があった、この村から追放されたら……私には、帰る場所がない。

 気が付いたら、私はフラデスさんに背を向けて、駆け出していた。

 

 

 

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 ……アルフィン村のすぐ近くを流れる、アクテルム川の支流。これが、こんなところに村が栄えた理由。
 ほとんど無意識のうちにここへやってきた私は、その川のほとりに膝を抱いてしゃがみ込んでいた。
 自分の靴先を掠めて、さらさらと流れる川。ぱしゃん、と水が何処かで跳ねた音。魚さんが跳ねたのか、水鳥さんが着水したのか、きっとどちらか。区別がつかない理由は……私は、顔を上げれない状況だったから。

 こんなつらいことがあるなんて、知らなかった。
 自分の帰るべき場所から追い出されただけで、こんなに悲しいなんて。
 自分達の村を焼かれて、家を失ったみんなも、こんな気持ちだったのかな……。
 ううん、きっと違う。みんなは、お互いに支え合える。けれど……私には、支えてくれる人がいない。悲しくて、寂しくて……すぐに押し潰されちゃいそうで。
 私……これから、どうすればいいんだろう?お父さん……教えてよ……。
「………………え?」
 少し落ちついてきた私は、濡れていた頬を拭きながらスカートのポケットをあさって、自分の手の感覚を疑った。もう1回、しつこくまさぐってみるけど手応えはない。
 ……うそ!? ないっ!お父さんの石がっ……ウォムストラルがない!! い、いつから!?
「おい」
「ひゃわッ!?」
 背後からかかった無愛想なこの声は、言うまでもなくノストさんだった。全然気付かなかった私はドキッとして、とっさに川に飛び込んだ。
 威勢よく、ばっしゃーん!と水が跳ねる。全身びしょぬれになった私は、そこで初めてノストさんを振り返った。立てば膝下くらいの水かさの川だから、座り込んで濡れた頭を掻きながら苦笑いした。
「あ、あはは……何にもないのに、落ちちゃいました……」
 ……いつもなら、やっぱり何か毒舌が返ってくるはずだった。しかしノストさんは何も言い返してこなくて、私も笑うのを止めた。……考えてみれば当然だろうけど、私の下手な芝居は彼にはバレバレだったらしい。
「お前、これを何だと思ってる」
「あっ……!!」
 何かを手に握っていた手から、ノストさんが軽く上に投げて見せたものは、見覚えのある不思議な光を反射する物体。ウォムストラルだ!
「どっ、何処でそれを……!?」
「簡単に落とすな馬鹿が」
 私が思わず大きな声を出すと、ノストさんは息を吐いてそう言った。そういえばここに来る途中、木の根っこにつまづいて1回転んだ。その時かな……。
 手の内のウォムストラルを握り締めると、ノストさんは私に背を向けてぶっきらぼうに言う。
「いいから上がれ」
「……は、い……」
 言ったのは、それだけ。なんだか自分が惨めに思えてきて、私は素直に返事をして立ち上がった。
 水分を吸った髪や服から水をだらだら滴らせながら、私はノストさんのいる川岸に上がった。少し気持ちが落ち着いてきたから、絞れるところは全部ぎゅーっと絞って水を切る。
 何も考えられない頭で空を仰いだ。……夕焼け空だった。目を向けた辺りに、一番星が光っているのが見えた。

 それから、1時間くらい過ぎた頃。
 すっかり暗くなって星が輝き始めた空の下、さっきと同じ川岸で、私は薄い質素な布を1枚羽織って、焚き火の前に膝を立てて座っていた。布で温かさは確保できなかったけど、風を直接受けなくなるだけよかった。
 この布は、何処からともなくノストさんが持ってきたもの。この質素さから見るに、多分村のものだと思うけど……もらってきて、くれたのかな……。
 ちなみに、焚き火もノストさんが熾した。本当、この人って何でもできるよね……。
 その火で、少しずつ濡れた服が乾いてきた。今更だけど、何であんな暴挙に到ったんだろう自分……しばらくずぶ濡れで、気持ち悪かった。
 手には、ウォムストラルをしっかり握っている。今度は、落とさないように気をつけよう……。

 ずっと炎の中心を見つめていた私は、焚き火を挟んで私の正面にいるノストさんを見た。
 彼は草の上に仰向けに寝そべって、空を……というより、ただ上を見ていた。
 ……何でだろう。さっきから、あの毒舌魔人がずっと黙りこくったままだ。
 私が泣いてたことも、それをごまかすために川に飛び込んだのも。全部わかってるだろうに、何も言わない。……とりあえず、彼なりの優しさなんだと思っておこう。
 でも、落ち着いてきた今の私は、何か話したくてたまらなかった。話すことで、村のことを考えないようにしようとか……思っていたのかもしれない。
「……あの……ノストさん……お話ししても、いいですか?」
 ……返事はなかった。代わりに、ノストさんは静かに目を閉じた。視覚を遮断することで、他の感覚……聴覚とかが冴え渡る。どうやら、聞いてくれるらしい。
「ノストさんに、家族って……いますよね?」
「あぁ」
「……じゃあ、帰る家もあるんですよね?」
 明るい、別の話をしようと思った。なのに、結局そういう方向のことを聞いてしまう。ノストさんは考えるように少し間を置いてから答えた。
「……いや。あるにはあるがな」
「え……?帰る家があるのに、帰らない……んですか?どうして……」
 家があるのに、帰れないなんてことがあるのかな。家出とか……なわけないか。
 私が理由を聞くと、ノストさんはまた目を開いて、やっぱり意味なく虚空を見つめる。
「ジクルドのせいだ」
「ジクルドの……?」
「ジクルドは元々、ウォムストラルと一緒で神剣だった物だ。グレイヴ=ジクルドは不老の神の眷属。……その影響らしい。俺は年をとらない。不老だ」
「え……の、ノストさんが、不老……!?」
 思いも寄らないノストさんの事情に、私は驚いてそれしか言えなかった。ってことは、この顔は永久保存という……!?
「契約者になってから、3年経つが……直前と、何一つ変わってねぇ」
「で、でも、さすがに髪とかは伸びたり……」
「しねぇよ」
「う、うそ……で、でもでも……何でそれで、家に帰れないんですか?別に家出したとか、そういうわけじゃ……」
「想像くらいしてから言え。3年間姿をくらましてたくせに、昔とまったく同じ姿で帰ってきた奴を受け入れるわけねぇだろ。逆に怖がられて教団沙汰になる」
 彼の言う「教団」っていうのは、グレイヴ教団のこと。グレイヴ教団には、人の安全を守り犯罪を取り締まる機関があるから。
「でも……家族だったら、そんなことないんじゃないですか?3年間、姿を見せなかった人が現れただけで嬉しいと思いますよ?」
「甘ぇんだよ、てめぇの考え方」
「え……」
 甘、い……?甘いの?私の、考え方……。
 ……考えてみれば、確かに甘いのかもしれない。村のみんなが心配してるなんて、ずっと思ってた。根拠なんてないのに、自分でそう思い込んでた。そんなこと、なかったのに……そう思いたかったのかな、私。
 ノストさんの何気ない辛辣な一言は、今までの私を気付かせてくれた。……やっぱり一言多いけど。
「……ふふっ」
「……何だ、気色悪い」
「あははっ、すみません。ありがとうございますっ」
「はぁ?」
「厳しさが本当の優しさって言うじゃないですか。ノストさんって、まさにそれですね!」
 うん。きっとそうだ!とか私が一人で確信していると、どういう意味合いかわからないけど、ノストさんは小さく溜息を吐いた。
「凡人でもそれは知ってるのか」
「そりゃ知ってますよ!常識でしょうっ!」
「その常識がない奴は誰だ」
「うあっ……!そ、そうでした……ナイスツッコミです!」
「一人芸は寂しいな」
「一人じゃないですよ!ノストさんがツッコミです!」
「お前は一人でどっちもできる」
「うそっ!? 私にそんな才能が……!?」
「……さぁな」
 なんだか、もうすっかりいつも通りだった。服が生乾きでちょっと寒いけど。風邪引きそうだなぁ……。
「とっとと寝ろ、やかましい」
 迷惑そうに言うと、ノストさんは目を閉じて眠る態勢に入った。
 喋る相手がいなくなって、私も大人しく横になった。生乾きの服が気持ち悪いとか思いつつ、目を閉じる。

 ……そういえば、明日から、私……どうすればいいんだろう。
 唯一の居場所だった村から追い出された、私は。

 

 

 

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「………………へ??」
 ノストさんが、何を言っているのかわからなかった。
 私が、自分でも思うくらいアホ面で聞き返すと、ノストさんは面倒臭そうに嘆息して言った。
「好き放題したいことすりゃいいだろ」
 所変わらず、アクテルム川の川岸。朝を迎えてみたら、服はやっぱり冷たかったけど、もう完全に乾いていた。
 昨夜、夕ご飯を食べなかったから、本当に冗談抜きで超お腹空いてて、自分で川からお魚さんを捕まえた。その辺に落ちてた木の枝とかで。もちろんノストさんの分も。一応村人だから、こういう野性的な仕事は私の方が上手いだろうし。っていうか、ノストさんに「働け下僕」とか言われて使わされただけなんだけど……。
 それで今は、そのお魚さんを焼いて食べた後。お魚さん、ごちそうさまでした。

 さっきノストさんに、「これから私、どうすればいいと思いますか?」って聞いたら、「知らん。自分で考えろ。行きたいとこに行けばいいだろうが」って言われた。……うむ、我ながら口調が似てる。
 最初の二言はいつものことだったから聞き流したけど、最後の言葉だけが耳に残った。それをもう1回聞いてみたら、ノストさんは言い換えてそう言った。好き放題って…なんだか私がワガママみたいだ……。
 好きなこと……か。うん……実は、してみたいっていうか、知りたいことがあるんだ。何個か。
 でも、それをするにしても……。
「そうですけど……でも、ノストさんはどうするんですか?」
 どうするんだろう、この毒舌魔人。彼がここまでついてきてくれたのは、多分、彼が言うところの「慈悲」。……アンタは神様かっちゅーの。
 やっぱり、その知りたいことを知るためにはいろんなとこに行かないとダメだと思うから、私としてはついてきてほしかったりする。毒舌魔だけど強いし。
 するとノストさんは、意外とあっさり答えた。
「俺が牢屋から出てきた訳から察しろ」
「え?えと……ウォムストラルを……あれ?そういえば、何でですか?」
「………………」
 ノストさんは、もんのすごく嫌そうに私を見た。
「本当なら、ウォムストラルを奪えばこんな回りくどいことしねぇよ。が、どっかの誰かがその石をえらく粘り強く離さねぇから、こうなってる」
「うっ……そ、そうだったんですか。でもそれだったら、私が寝てる時とかに黙って盗っちゃえばいいんじゃないですか?」
「ヒースの娘だったってことに感謝しろ。特別の慈悲だ」
「へ? ……ははあ。ノストさんにとって、やっぱり剣豪のお父さんは偉大なんですか?」
 剣豪っていったら剣術の達人だもんね。ノストさんも剣使うし、やっぱり憧れとかだったりするのかも。そう思うとなんだか微笑ましいなぁ。
「ヒースはな。てめぇ自身はどうでもいい」
「う……わ、わかってますよう……で、憧れとかだったりするんですかっ?」
「別に。普通」
「……何だぁ……」
「お前の期待には応えない」
「えッ!? ってことは、実は……!」
「大体、ヒースはもう死んでるだろ」
 そんな彼の一言。何気なかったけど、私はふと、自分が一人暮らしだったっていうことを思い出した。
 ……そうだ、結局、私はずっと一人だったんだ。今更、村から追い出されたくらいで、めげてたらやっていけないよね。……よし。こうなったら!
「うんっ……私、決めました!」
「?」
 昇り始めたところの太陽を見つめながら言った私を、朝日に照らされて銀髪が綺麗に光っているノストさんが訝しげに見た。
 まさか、こんな決断をすることになるなんて思わなかった。だって、ずっと村で暮らしていくと思っていたから。
 私は隣のノストさんを振り返って、ぐっと拳を握った。
「私、こうなったらいろんなところに行って、いろんなものを見てきたいと思います!」
「その前に牢屋行きになって終わるだろうな」
「なりませんよっ♪ だってノストさん、ついてきてくれるんですよね?」
 さっき途中でうやむやにされたけど、話の流れからしてそうだと思う。私がカマをかけるのも兼ねて言うと、ノストさんは何も言わなかった。あははは~っ、やっぱり!
 ウォムストラルのためだとしても、ノストさんが来てくれるのは心強かった。っていうか結局、この人、ウォムストラルをどうするか答えてないし!残りのカケラも集めて、グレイヴ=ジクルドにするつもりなのかなぁ?
「……それに……」
 自分のためにも、いろんなところへ行かなきゃいけないと思う。私は……何も、知らなかった。

「知りたいことが、たくさんあるんです。私とそっくり……あれ、私が似てるのかな?とにかくっ、ルナさんのこととか、お父さんのこととか……今まで、全然知りませんでしたから。自分で知らなきゃ、いけない気がするんです」
 国の大罪人ルナ=B=ゾークと、亡き剣豪ヒース=モノルヴィー。
 ルナさんは、一体何者なのかとか、どうして大罪人なのかとか。お父さんは、どうしてウォムストラルを持っていたのか、一体いつ何処で、どうして死んでしまったのかとか。特に、自分の父親の最期を知らないなんて、それでも娘かッ!って感じだよね。
 決心した私をノストさんはしばらく静かな目で見てから、不意に目を逸らして、川に背を向けて歩き始めた。
「えっ、ノストさん!何処行くんですか?」
「……アスラに戻る」
「ぇえッ!? こ、今度こそバレちゃいますよ!」
「その時はその時だ。ルナの張り紙も見ないでどうする」
「!」
 あの危険地帯へ戻るって言うから、本当に嫌そうに泣き叫ぶ勢いで言った私に、ノストさんはそう言った。
 そういえば私、まともにルナさんの写真とか見たことない!ただ、私と似てる人としか知らなかった。アスラに行けば、その辺にたくさん指名手配の張り紙とか張っているはずだから、うん、顔も見なきゃ!
「そ、そうですね!忘れてました!」
「馬鹿は頭の容量が少ないからな」
「どーせ馬鹿ですよーだっ!言い返すと惨めだから、もう認めちゃいますよ!」
「認めるのも惨めだな」
「……うぅっ!もうこうなったら、惨めバンザイです!」
「……本当に惨めだな」
「な、何回も惨め惨めって言わないで下さいよぉ!!」
 と、とりあえずっ!次の目的地はアスラだッ!
 そこでルナさんの張り紙を見てから、ルナさんとお父さんのことを知る旅の始まり始まりだー!
 無愛想毒舌魔人と一緒だけど、頑張れ私!