→→ Canon 6
ガツンッ!!と衝撃が走って、星が散った。
「あだッ!!」
プロテルシアの前、角張った岩が転がっている周辺。空中に開いた「穴」から落ちてきた夕鷹は、頭が下だったので、固い地面に後頭部をぶつけた。
「だあ〜!!?」
しかも斜面だったらしく、痛がる暇もなく、後ろ回りをするようにゴロゴロ転がっていく。それを止める術などはなく、勢いの気が済むまで転がされていく。ふもとまで転がって回転がようやく止まり、仰向けの夕鷹は「うげぇ……」と気持ち悪そうに声を出した。
最初にぶつけた頭が痛い。転がっている時に地面にアチコチ当たって、それもじんじんと痛い。いやそれよりも、ぐるぐる回ったからか、見上げる黒い空が渦巻いて見える。
「俺、こーゆー役多すぎだって〜……」
空に向かってげっそりした声でそう言うと、自分の傍に、ザザッと、土を抉りながら滑ってきたようなそんな音がして。
「……夕鷹のおかげで、斜面に出たってわかったよ」
「うんうん、アタシ達に危険を教えてくれて、ありがと夕鷹☆」
「あー……もーいいよ……」
視界に映り込んだ梨音と六香の皮肉に、夕鷹は寝転がったまま諦めた溜息を吐いた。
「ってゆーか、この暗い空……ココって、バルディア?」
暗雲が覆う天上を仰ぎ、バルディア出身の六香が信じられないというふうに、呆然と言った。
バルディア帝国の大半は、1年中、暗い雲が空を覆っている。太陽の光さえもほとんど差し込まないこの地では、草木は育つことができない。バルディア領の大部分は、ココのような岩場や荒地が広がっている。
人々も日を浴びることがなく、バルディア人は、完全に日光を遮断しているイーゲルセーマ族ほどではないが、肌が真っ白なのが特徴だ。真偽は確かではないが、バルディアに天候を司る神獣・〈燈鳥〉ラースンが住んでいるからこういう気象なのだそうだ。
「で、アレ?うわ〜、マジでアジトっぽい……」
「確かに、怪しさ爆裂よね〜……」
ひょいと身軽に飛び起き、夕鷹は服についた汚れをパンパン払いながら、少し遠くにあるプロテルシアを見て言った。六香も目の上に手のひらを横にして添え、眺めるように同意する。
そのプロテルシアの入口付近を見て、梨音は警戒するように目を細くした。
「……そうみたいだね。……ほら」
梨音のその声に、夕鷹と六香も気付いた。
プロテルシアの入口の前には、1つ人影があった。夕鷹達が正面からプロテルシアに近付いて行くと、その人物は、見たことのある人だった。
長い栗色の綺麗な髪が、寂しげな大地を吹き抜けてきた風に揺れる。
「っと、アマノサンだっけ?」
「……名前を聞いてきたのは貴方。それなのに、忘れてたらさすがに失礼。……覚えててくれてありがとう」
「あはは〜、俺、記憶力だけはいいから」
前に、セルディーヌ艇内で会ったエルフ族の女性だった。夕鷹が名前を思い出して言うと、天乃はふぅと何処となく安心したような息を吐いた。夕鷹は頭の後ろを掻いて笑う。
やはり黒いスーツ姿の天乃は、プロテルシアの入口に立ちはだかるように立っていた。ということは、つまり彼女は、番兵なわけだ。
夕鷹は、この女性とはあまり戦いたくなかった。天乃には、悪い印象を抱かなかったからだ。むしろ彼女は、コチラの行動に働きかけてきているような感じさえする。
この困った現実に、夕鷹は思わず、「うーん……」とうなり声を上げた。
「アマノサンって、もしかして見張り?」
「見張りというより、第一関門」
「ってことは、実力行使しろってこと?」
「そういうこと」
一応、本人に聞いてみると、やはりそういうことらしい。夕鷹はさらに悩み込んでしまった。
すると、戦いたくなさそうな夕鷹の様子を見取ったのか、梨音がずいっと夕鷹より前に出て、肩越しに言った。
「……夕鷹。ボクが相手するから、六香さんと一緒に中に入って」
「へ??」
「え、え?そ、ソレっていーの?反則じゃない?」
夕鷹と六香が驚いて自分を見るのがわかった。なぜか敵にも遠慮気味な二人の言葉に、梨音が意見を求めるように天乃を見ると、彼女も頷いた。
「別に構わない。……むしろ、そっちの方がいい」
「え……?」
その言葉には、どんな意味があったのか、その時点ではわからなかった。
天乃は、この三人の中で、会ったことのない人物——蜜柑色の髪の少女に目を留めた。
「……真琴六香」
「へっ?あ、アタシ?」
「名は知っていたけど、会うのは初めて。……私は、依居天乃。一応、名乗っておく」
「あ、どーも……って、あれ?『依居』……?」
何処かで——聞いたような。
「行くのなら早く行って。あの少女は、どの部屋かは知らないけど中にいる」
「アマノサン、さんきゅー!おい六香、早く!」
「えっ!? あ、うん!イオン、負けないでよねっ!」
ゆっくりとそれを思い出している時間はなかった。夕鷹にぐいっと腕を引っ張られて六香は我に返り、梨音を振り返って叫んだ。
夕鷹が自分の横を通りかかる時に、天乃は、彼に聞こえるように、ぽつりと呟いた。
「二ノ瀬夕鷹……どうか、あの人を止めて」
「言われなくてもするつもり!」
天乃の小さな願いをしっかり聞き、夕鷹ははっきりそう返した。そして天乃の後ろへと走り抜けていき、六香と彼は自動で開いた鉄製のドアの向こうへ消えていく。
残された、二人のエルフ族。一人は低身長の幼い少年、一人は高身長の若い女性。
夕鷹達がいなくなって、しばらくしてから口を開いたのは、天乃だった。
「……君と戦うことになるなんて思わなかった、梨音」
「……ボクも思ってなかったよ。……戦う前に、聞いてもいい?」
「何?」
「……どうして、現総帥の仲間になってるの?」
「私は、あの人に助けられたから。……でもその原因をつくったのは、君」
「……ボク……?」
「お喋りはお終い。準備して」
「………………」
天乃がそう言うと、合図があったわけでもなく、二人は同時に、そして同様の詠唱を始める。
「魔界の番犬〈ガルム〉を召喚する」
「魔界の裁人〈フィアベルク〉を召喚する」
——我を求めるのなら、答えよ。『お前の望みは何だ?』
——ヒヒヒ、じゃあ答えな。『なぜ、オレの力を欲する?』
二人の頭に、それぞれの魔界の住人の声が響く。
「『"扉"が、以後開くことがないこと』」
「『何処かへ消えたものを取り戻すため』」
二人の声が重なって放たれると、彼らの傍に各々の紫黒の召喚陣が現れ、喚びかけた魔界の住人が出現する。梨音の召喚陣からは黒き獅子が、天乃の召喚陣からは黒き飛竜が。
天乃は、現れた黒飛竜——〈フィアベルク〉の背にひらりと飛び乗り、
「やるからには手加減はなし。いい?」
「……わかってるよ」
彼にとっては少し大きい〈ガルム〉の上に、梨音が乗るのを待つ。そう答えながら、梨音は〈ガルム〉の背に跨った。
≪ヒャヒャヒャ、アマノ、殺しか?≫
「……残念だけど、殺しはしない」
≪ヒハハッ、相変わらず甘いな、アマノは!≫
嫌な声で笑うのは、〈フィアベルク〉だ。誠実な〈ガルム〉とは違い、少々卑しい印象を受ける。梨音は〈フィアベルク〉を見つめたまま問う。
「……〈ガルム〉、あの飛竜は?」
≪裁人の〈フィアベルク〉だな。奴の武器は、鋭い爪と長い尾。攻撃なら大得意だ。オマケに飛竜だから、動きも素早い≫
「……厄介だな……攻撃をかわせる自信は?」
≪微妙なところだな……≫
「……そうか。ボクが魔術でなんとかカバーするから、後はよろしく」
≪承知した≫
黒獅子との作戦会議を終え、梨音は〈フィアベルク〉の上の天乃を見上げた。彼女の手には、細く長い針。——アレが彼女の武器。
だが、針だといって侮ると痛い目に遭う。天乃は、母国で「鷹眼」と呼ばれた投針の名手なのだ。容赦なく急所を狙ってくる。
梨音は使う魔術を決めると、いつもボーっとしている顔を少しだけ緊張に引き締めた。
「———行くよ、姉さん」
♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪
「椅遊、何処だろ!? ってゆーか夕鷹、アテでもあるの!?」
「ないっ!!」
「やっぱりー!?」
プロテルシアに入ってすぐ、まるで何かに導かれるように、左右に分かれていた通路の右の方へ真っ直ぐ走り出した夕鷹の横に並びながら六香が聞くと、予想通りの答えが返ってきた。六香は悲鳴にも似た声を上げる。
このプロテルシアは、どうやら、破棄された研究所のようだった。壁の傷み具合や綿埃の量から見て、破棄されてから年単位で時間が経っていることがなんとなく想像できる。
途中、たくさんドアが並んでいたが、とりあえず通路が続く限り、曲がったりして走っていってみると、突き当たりにドアが1つあった。そこにも左右に道があったが、とりあえず目の前のドアに近付いてみる。しかし、ドアは開く気配がない。ふと、その脇に、数字の入ったボタンがいくつかあることに気付いた。
「んんー?何だコレ?」
「あ、そっか。そーいえば、コレあるのって、バルディアだけだったわね……」
夕鷹が胡散臭そうにそのボタン群を見ていると、六香がポンと手を打って彼の反応に納得した。六香はボタンのところに近付き、コホンとわざとらしく小さく咳払いをしてから言った。
「コレ、エレベーターってゆー、違う階に行ける機械。そーねぇ……階段がグレードアップした感じ?」
「へ??」
「うーん……ま、いっか。えっと……うわ、馬鹿デカイ研究所ねぇ……地下1階から地上4階まであるわよ。何階に行く?」
「えーっと……テキトウ」
「そーゆーと思った……」
説明しようと思ったが、すぐには理解できないだろうということを悟った。説明するより目で見た方が早いだろう。今回のように急いでいる場合は尚更だ。
六香が、一番近かった「2」の数字の入った丸ボタンを押すと、ポンと文字にオレンジ色のランプが灯る。それからドアの上を見上げると、上にも数字が並んでいた。「4」に灯っていたオレンジ色のランプが、隣の「3」に移動する。
「結構、古い施設みたいだけど、動力は生きてるみたいね……何でだろ?」
そのランプの移動を見て、エレベーターが機能したのがわかり、六香が不思議そうにそう呟いた。
バルディアでは、電気が主動力だ。雷雲が多いこの国ならではのつくりである。避雷針によって雷を集中した場所に落とさせ、そこで電気エネルギーを蓄積させていくのだ。アルテスの放つ力はそれよりも強力だが、数が少ないので特別な場合のみに使用する。
しかし通常、破棄された研究所は、施設全体の動力を司るスイッチをオフにする。それをオンにしている場合のみ、エネルギーは蓄積されるので、スイッチを切ってそれ以降はエネルギーは溜まらない。そして、溜まっていた残りのエネルギーも、使わずにずっと放置していると、いつの間にかゼロになってしまうはずなのだ。
それなのに動いているこの施設は、まるで、数年前から稼動していたようでもあり、誰かが強制的に雷を降らせて動かしたようでもある。
六香が数字を見上げながらそう考えていると、「2」に移るはずだったランプの灯りが、突然フッと消えた。
「えっ……!? 何で?!」
「ん〜?何が起きたの?」
「あ……」
……夕鷹が機械に疎いことを忘れていた。六香はなんだか一人で動揺した感じがして、少々恥ずかしかった。
「ココに、エレベーターが来るはずだったんだけど……なんか、止まっちゃった……みたい」
「あぁ……もしかして、エネルギーが切れたかな?そろそろかな〜とは思ってたんだけどね」
「なら、さっさとエネルギー供給しなさいよね、コレじゃあ1階しか行けないじゃない」
「どーせすぐ移動するところだから、マメに供給しても仕方ないだろ?それに、1階しか使ってないし」
「なんだ、それなら別に電気なくても……」
「六香っ!!」
「……………………え?」
……名前を呼ばれた。エレベーターのドアを見つめて話していた六香は、ようやく、その不可解な点に気付いた。
———アタシ、今、誰と喋ってた?
エネルギーがどうとか、1階しか使ってないとか、夕鷹が知っているはずがない。
まるで空気のように、自然と滑り込んできた、第三者の声。
「っ……!!」
ばっと後ろを振り返る。夕鷹は、すでにその方向を見て警戒していた。
空気が、静かに震えた。——小さな笑い声。
「……へぇ、コレは驚いた。みんな、楽しみに残しておいてくれたのかな?」
エレベーターが止まったように、施設内の照明も電気が切れたらしく、自分達が走ってきた通路は薄暗くなっていた。
そこに、さっきまでいなかった人の気配がある。
エレベーターの付近だけは、非常用のライトがついていて明るい。その人影は、次第にこのライトの照明範囲に入ってくる。
黒いズボンを履いた足。青い服の上に着た、黒いジャケット。首筋、そして顔——
「……!!」
——夕鷹は、ぎょっとしたように目を見開いた。
ストレートな、黒がかった濃紅色の髪の青年。何かの種族のハーフなのか、エルフ族ほど尖っていない長い耳と、魔族ほど濃くはない黒い肌。
(同じ……!)
この人物が何者なのかを理解するより先に、その事実に夕鷹は愕然としていた。
「二ノ瀬夕鷹、だっけ?君」
——クスリと、悪魔が嗤う。
その悪魔が、自分の瞳を指差した。
「奇遇だね。ほら。俺も、君と同じ金眼者なんだ」
夕鷹と違って冷たい光を宿す金の瞳が、硬直する夕鷹を見据えていた。
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