sister

16 ネクロポリス

 …………ぞぞぞっ。
「当たるわけねぇだろうが」
「いや、でも当たるらしいよ?こっちからの攻撃は当たらないから、命からがら逃げてきたって」
 ……うう……。
「胡散臭ぇ……詐欺師のお前が言うと尚更だ」
「あらら、じゃあ現地に行って確かめたら?もし本当に幽霊が攻撃してきたら……あれ、ステラ?」
「え、あ、はいなんですか」
 棒読みになっちゃった……とにかく、私が返事をすると、サリカさんはキョトンとしてからクスクス笑い出した。
「フフ、ホラーはお嫌いかな?」
「え……その……実際には見たことないんですがッ!だ、だから、どんなものかわかんないんですがッ!! も、もしかしたら友達になれるかもしれませんが!!」
 勢いで口走った言葉に、あの後サリカさんから髪紐をもらって、いつもの1つ結いになったノストさんが一言。
「目障りだ。なったら斬る」
「え、ええっ!? どっちをですか!? 私ですか幽霊さんですか!?」
「はぁ?どっちもだ」
「うあっ!そ、それは考えてませんでした……!」

 ……とにかく。
 今、私達はオルセスへ続く、整備された街道を歩いている。オルセスは水の都っていわれるほど水と近しい、レンガの家が並ぶ綺麗な街。だから観光客とかも多いそうだ。
 さっきそこまで、カストー村に行く馬車に途中まで送ってもらった。カストー村とオルセスはそんなに近くないけど、少しは手間が省けたし、ないよりマシかな。
 それで、オルセスにつながる街道を三人並んで歩いている。今思ったけどなんか不思議な光景だよね……悪魔のような毒舌魔人に、笑顔ニッコリな神官サマ、で、庶民の私。や、やっぱり私が一番浮いてる……うう。
 なぜか私が真ん中で、私の頭の少し上くらいでノストさんとサリカさんが話していた。で、私は固まっていたわけだけど。
 ホラーが嫌いっていうか……幽霊が苦手?でも言った通り、見たことないからどんなのかわかんないんだけど……やっぱり、一般的な幽霊像を想像しちゃうじゃん!それに未知のものって怖いし!
 そんなのがいるっていうオルセス……私、来て大丈夫だったの~!?
「あ、もうすぐだね」
 サーッと青くなった私の耳に、サリカさんがそう言うのが聞こえた。はっとして前を見やると、さっきまで地平線にぼんやりしていた街並がはっきりする距離にまで近付いていた。
 ふと、私はあることに気付いた。なんだか、街全体が曇っているように見える……。
「あれ……なんか、霧がかかってませんか?」
「……そうだな」
「本当だ。フフ、いかにも幽霊いますって感じだねぇ~」
「はっ!た、確かにそんな雰囲気がぁああ」
 自分で言っといてなんだけど、確かにそんな感じだああ!! い、言うんじゃなかったぁ!

 …………けて……お…がい…………

「…………え」
 風に掻き消えそうな、高い声が聞こえた気がして、私は足を止めた。サリカさんとノストさんが不思議そうに私を振り返る。
「どうかしたの?」
「え……?あ、えと、多分気のせいですっていうかそうであってほしいです」
 二人は聞こえなかったのかな……?あ、あはは~、じゃあやっぱり気のせ……

 だれか………たすけてくれ………

「ステラ?大丈夫?」
「あ、あはは……サリカさん、おどかすのもほどほどに……」
「ん……ってことは、フフ、何か聞こえた?」
「………………」

 ………………い……言うんじゃなかったぁあああっ!!! 私って本当に馬鹿だああ!!
 今の声はサリカさんだ!と思い込もうとして、そう言ったら、サリカさんは酷にもそう言ってきた。だからそう理解せざるを得ない。
 辺りをそろーりと見渡したけど、それらしいものは何もない。でも、声はまだする。
「来るぞ」
 ノストさんがジクルドを出しながら、そう言った。私がビクッとして正面を見た時、まるで最初からそこにいたように、じわりと背景から滲み出してきた複数の影。
 まず目に入ったのは、虚ろな目で空を見上げる20代くらいの男の人だった。……半透明な。
「い……いぃやあぁああっっ!!? で、で、出たぁああ!!」
 私は余裕で30センチくらいその場で飛び跳ねて、一番手近にあった、隣のノストさんの黒い服をがっしぃ!と掴んだ。そりゃもうかなりの量を鷲掴みにしたから、ノストさんは前を向いたまま、うるさそうに言う。
「離せ凡人。服が汚れる」
「ど、どういう意味ですかッ!!」
 それは私を菌扱いしているのか、それともシワがつくって言いたいのか!わかんないけど前者っぽくてムカついたから、私は一瞬怖いのを忘れて言い返した。

  ……助けてくれ……
  お願い……助けて……

 さっきの幽霊の男の人が、空を見上げたまま、悲しげな声(?)で言ってきた。その後ろにも、女の人やおじいちゃん、男の子とかが、やっぱり半透明な姿でボーっと天を仰いでいて、口々に似たようなことを言っている。
 な……何……?何でみんな、空を見てるの?それに……なんか、幽霊とは、また違う気がする。足もしっかり見えるし……。
 その幽霊さん達が現れると一緒に、辺りに薄い霧がかかり始めた。横に悠然と立つサリカさんが、ジクルドを出しているノストさんを見て言う。
「ノスト、いくらジクルドでも切れるかわかんないよ?」
「ジクルドで切れねぇモンはねぇよ」
「あ、確かに。神の産物だもんねぇ。でもお前に今ここで消耗されちゃー、緊急時に困るねぇ。街に幽霊が溢れ返ってるかもしれないし」
「………………」
 「切る」って、あの衝撃波のことだったらしい。あの衝撃波は最大限で使うと何でも消しちゃう、とんでもないモノだそうだ。
 確かに、それだったら幽霊も消せちゃうかもしれないけど……サリカさんの言う通り、今ノストさんにバテられても困る。頼りになる人がいなくなるし!
 そういえば、ジクルドの力は、強さによって効果がちょっとずつ違うらしい。確かにいろんな力を見てきたけど、道中、改めて聞いた。
 まず1段階目が、ジクルドを出さなくても触ればできる、何でも風化現象。お城の地下牢から出る時にノストさんが使ってた、あの便利な力。
 で、2段階目が、何でもふっ飛ばし現象。地下牢から出たらやってきた兵士さんを吹き飛ばしたヤツ。
 3段階目が、何でもふっ飛ばし+昏倒現象。アスラの酒場で、ジクルドを一振りしたらみんな気絶しちゃった力だ。
 そして4段階目が……スロウさんとの戦いの時にやった、何でも消滅現象。これはさっき言った通り。一番消耗が激しいものだ。
 ノストさんは無言で幽霊を見据えた。どうするか迷っているらしい。するとサリカさんが、ふふっと笑って上着のポケットに手を突っ込んだ。
「ということで、コイツの出番だ」
 引っ張り出したのは、青い花を象った石のペンダント。ユスカルラ……混沌神語で、<青き拒絶>。すべての不可思議現象を無効化しちゃうアルカだ。
 余談だけど、アルカは危険な力を宿したものが多いから、教団はアルカを回収、保護しているらしい。アルカっていう存在が絡んでくるから公にはされてないけど。アルカだと思われるものの情報を各地で集めて、その付近の教会に所属しているゲブラーが検証、場合によってはその回収を行うそうだ。
 サリカさんは、私と会った時、このユスカルラを回収してきた後だったらしい。この辺りの所属なのかな?って思ったけど、本人はそうじゃないって言う。
 前にユスカルラを保持していた人が、集団でアスラ周辺に住んでいて、その辺りのゲブラーだと手に負えないって話だったから、サリカさんが遠くからわざわざやってきたそうだ。うーむ、やっぱり地域格差ってヤツがあるのか。
 アスラに近い総本山セントラクスは、当然だけど強いゲブラーがたくさんいる。その人達ですら手を焼いたくらいのツワモノ集団だったらしい。
 ……あれ、でもなんか、おかしくない?普通、組織って、本部があるところが何でも優秀じゃない?セントラクスのゲブラーさん達より強い、サリカさんの所属って……一体何処?

「幽霊ってのはさ、この世界では存在しないはずなんだよ。聖書じゃ、死した魂は神界ユグドラシルに送られ、神のもとで転生を待つ……そう書かれてる。聖書は真実に忠実だから……」
 そう言って、サリカさんはユスカルラを掴む手を前に差し出した。

 リン―――

 私が見つめる前で、ぶら下っているユスカルラが、高い、綺麗な音で鳴った気がした。
 その音が、辺りに響いたと思ったら……世界から、音が消えた。
「え……?」
 ……ううん……違う。音がなくなったというより……時が、止まったような感覚。
 全部が固まった、凪の世界。一体、何が起きたのかと私が動こうとした……そのすぐ後。
 正面にいた、幽霊の男の人が……消えた。
 静かに……緩やかに、再生されていく世界。音が、動きが……少しずつ、戻ってくる。
 男の人が消えた後、その後ろにいた女の人も、悲しそうな声を上げて、霧に溶けるようにふわりと消えた。おじいちゃんも、男の子も……悲しい小さな声を残して、消えていく。
「あ……」
 次々と、幽霊さん達が消えていく。悲しい声が木霊して、消えていく。
「……あらら……」
 最後に残った幽霊さんも消えてしまって、すーっと霧が晴れた。サリカさんがユスカルラをしまいながら、少しびっくりした顔で言った。
「どうなるかと思ったら、消えちゃったよ……もしかしたら、やばかったかな?うーん……ユグドラシルに行けたんならいいけど……」
「そう、ですね……」
 ……行けたのかな、ユグドラシルに。もし行けなかったのなら……消えちゃった、ってこと……?
「おい、いつまで掴んでる」
「へ?あっ、すみません!」
 物凄く邪魔そうな声でノストさんにそう言われて、私ははっと彼の服を掴んでいた手を離した。ノストさんは迷惑そうに息を吐いて、使わなかったジクルドを消してから街道を歩き出す。私とサリカさんも彼を追って歩く。
「意外と襲ってこなかったねぇ。いい幽霊だったのかな?」
「かも、しれませんね……」
 背後を見ながら、サリカさんが不思議そうに言った言葉に、私は弱々しくそう返した。
 ……なんだろう。怖かったけど……なんか、悲しい。サリカさんの言う通り、いい幽霊さんに見えたからかな……。
「まさかだけど、オルセスにも、あんなのがウヨウヨしてるのかねぇ」
「あっ……!そういえば、幽霊さん達が出た時、霧が出ませんでしたか?」
「あぁ、そういえばそうだね。街全体も霧がかってるし……そうみたいだねぇ。面倒なことになりそうだ」
 そう言うサリカさんは、言葉とは裏腹に、何処か楽しそうだ。

 

 

 

  //////////////////

 

 

 

 ……で。
「よ、予想通りだぁ~……」
 オルセスに入るなり出迎えた、物凄い数の幽霊さん達は、私を蒼白にさせるのには十分だった。
 水の都オルセス。……その言葉から想像していた綺麗な街並とは、まったく違った。いや、街並は確かに綺麗なんだけど……何て言うか、幽霊さんなんて演出物があるからか、雰囲気がやっぱりオドロオドロしてる。暗い。霧もかかってるし。
 すぐ目の前にいた、お父さんくらいの男の人の幽霊に近付いて、サリカさんは楽しそうな口振りで言った。
「うわ~、随分いるなぁ。ホラー好きにはたまらないねぇ」
「えっ、サリカさんってホラー好きなんですか!?」
「好きだよ?」
 ……だ、ダメだ……きっと、この人とは趣味が合わない!
「にしても、妙だな。襲ってこないね。目の前にいるのに。おーい」
 その男の人の幽霊の目の前で、手を振ってみるサリカさん。でも男の人は、さっきの幽霊さん達と同じく、空を見上げて何かを呟くだけで無反応。
「……ふむ」
 反応がないのを確認した後、サリカさんは腕組みして考えて、すっと幽霊さんの胸に手を伸ばした。普通なら触れる……けど、すっとサリカさんの腕は幽霊さんの胸から背中へと貫通する!サリカさんは面白そうに笑って、その手をぐるぐる回す!
「あはは、見てみて~」
「ギャーッ!!! ゆ、幽霊さんで遊んでるぅ~~っ!! たたた祟られちゃいますよぉーー!!!」
「今晩からお前の枕元にいるだろうな」
「いやぁあ!? ノストさんっ、そんなリアルなこと言ったら眠れなくなっちゃいますよ~!!」
 睡眠とれないなんて地獄だよ!ゆ、幽霊も怖いけど……そんなこと言われたら想像しちゃうよ!
 サリカさんにそんなことをされてるのに、幽霊さんは無言だった。え、え……も、もしかして怒ってるの?怒ってるの~っ!?
 彼女は腕を引いて、少しつまらなさそうな顔をした。
「ふーん、無反応か。幽霊だったら怒って襲ってきそうだけどねぇ」
「だ、だ、大丈夫なんですかっ?思念波とか、ビビビって来なかったですか?!」
「あぁ、何かね……」
「じ、受信したんですか!? ビビビって!? ギャーッ!!」
「あはは、冗談だって」
 ……も、もしかして遊ばれてる!?
「とにかく、街の様子を見て回ろうか。なんだか住人の気配もないし。ちょっとこれは、まずそうだねぇ」
「そ、そうですね。いい行きましょう」
 街を見渡して言ったサリカさんの言葉に、私はぐっと拳を握って頷いた。歩き出したサリカさんの後ろを、私とノストさんも歩こうとして……ふと、ノストさんが私を振り返った。
「……そう言うお前が、何で俺の後ろにつく?」
「え……そのえとあの」
 というか、ガッチリ服掴んじゃってます。今度は片手だけだけど。……だ……だって怖いもん。いつ祟られるか襲ってくるかもわかんないし!
 なんて言えるはずがなく、上からの視線に私は目を下に反らして、そう口ごもる。頭の分け目辺りに、ノストさんの視線が突き刺さる……。
 答えない私に呆れたのか、ノストさんは面倒臭そうに言い捨てた。
「邪魔にはなんなよ」
「は……はいっ!わ、わかってます!」
 ……どうせ「離せ」って言っても聞かないと見抜かれてたらしい。よ……よかったぁああ。ホント、何か掴んでないと心もとなくて……!
 彼が歩き出して、私も引っ張られて進む。早速歩いた時に邪魔になりそうで、私は慌てて横にのけた。ノストさんの少し斜め後ろを歩く感じで、私も引っ張られていった。
 いざ、幽霊の街に行かん! ……さ、最後尾だけど!