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19 真実は残酷だから
「おやおや……私は一人で来たっていうのに、そっちは随分賑やかだねぇ。ずるいなぁ~」
1日ぶりに会ったサリカさんは、なんだか人数の増えた私達を見て笑いながら言った。
私達は、霧の街の入口に来ていた。背後には、当然のようにセル君と……あの白い女の子。そういえば、まだ名前聞いてなかったっけ。でもなんとなく、セル君みたいにまた偽名っぽいな……。
「サリカさん、大丈夫でしたか?」
「ん?あぁ、余裕余裕。私を誰だと思ってるのかな~?」
「詐欺師」
「あっはっは、そうだね、私は詐欺師さぁ~♪ ひたすら逃げてきたよ。振り切るのキツかったけどね~」
サリカさんが得意げに言った言葉に、横のノストさんがそう即答。サリカさんは面白かったらしく、クスクス笑う。この二人、なんか意外と息が合ってる気がする……。
「ってことは……ユスカルラ、使ってないんですか?」
「うん、そう。使わないようにして来たんだ」
「そうですか……えへへ、よかったです」
ユスカルラでまた消えた魂さん達がいるんじゃないかと思ってたから、なんかホッとした。緊張の糸が緩んで、変な笑いをする私。サリカさんは微笑んでから、ぴっと私の後ろを指差した。
「で、その後ろの二人は?生存者……じゃ、なさそうだねぇ。あの変な格好」
それは多分、セル君の服装のことだと思う……女の子の方は、そんなに変な服じゃないけど……ちょっと性格が特殊かも。
私は、後ろでまた何か言い合ってる二人を見ながら、
「えっと、白い子の方は知らないんですけど、黒い男の子がセルク=カイラル君です」
「セルク=カイラルって……聖書訳者の?……なわけないか」
「あ、偽名らしいです。道端にいきなり出てきて、ついてきちゃったんですけど……でも大丈夫ですよ!」
「当てにならん」
「あう……た、確かに、私じゃ当てにならないかもしれませんが!」
あんまり根拠のない言葉で終わろうとしたら、即行ノストさんの鋭い指摘。なんかこの人、イタイとこ突いてくるよね……。
サリカさんは、「ふーん、そっか」と言って、二人を凝視する。そして、二人のその耳の羽でも目に入ったのか。
「一体、何者なんだ?」
「スロウさんの部下さんらしいです」
「はぁ?追い返せ」
「で、でもでもっ、悪い人じゃないですよ!セル君とか、凄く正直ですしっ」
「関係ねぇだろ」
「か、関係ないかもしれませんが!でもでも、正直な悪役さんなんていないでしょう!」
「…………そうだな」
私がびしっ!とノストさんに言ってやったら、ノストさんは正直な悪役さんを想像してたのか、珍しく考えるような間を置いてから頷いた。ま、まさか……あのノストさんが、私の例えで納得した!? びっくり……!
とにかく、短い間しか一緒にいなかったけど、セル君は素直だと思う。自分の感情に対して。あと、嘘をつけないと見た。さすがに自分の正体に関しては、頑張って口を閉ざしてたけど。
サリカさんはしばらく二人を見ていたけど、ふと思いついたように私を見た。
「ところで、あの二人、どうしてここにいるんだい?」
「あ」
……そういや知らないや。何でだろ?
「セル君、セル君っ」
「ぁあ?何だよ?」
私は後ろを振り返って、少し離れたところのセル君を呼ぶと、セル君は私の近くまで近付いてきた。女の子も、すーっと空中を滑ってセル君の後をついてくる。
私はセル君を見上げて。
「どうしてここに来たの?」
すると。
「どうしてって………………べっ、別に、お前が心配だったからじゃねーぞ!か、勘違いすんなよ!」
セル君はプイっとそっぽを向きながら、そう言った。
サリカさんは、ぱちくりと瞬きをしてから、クスクス笑いながら言った。
「そっかそっか、正直でよろしい」
「なっ、てめぇ勘違いしてるだろ!?」
「いやぁ、青春だねぇ~♪」
おかしそうに笑うサリカさんに、セル君がなぜかムキになって言い返すけど、効果なし。サリカさんはむしろ楽しそうにそう言う。
どう言えば、サリカさんを説得(?)できるのかわからなくなったのか、黙り込んだセル君。その彼に、白い女の子が声をかけた。
「最近よく消えると思ったら、この子が心配だったの?」
「な、何で知ってるんだよ!?」
ギクリと硬直したセル君に、追い討ちをかけるようにノストさんが一言。
「最近の下手な尾行はてめぇか」
「え、えぇーッ!? 尾行って!セル君ホント!?」
「あああ知るか知るかぁあ!! 俺は知らねーぞっ!!」
尾行されていたなんて全然気付かなかったから、私はびっくりしてセル君に問い詰めたけど、セル君は何処となく赤い顔で慌てて手をブンブン振り、そう言って打ち切ってしまった。うう、流された……!
「あ、ところで、君は誰なの?」
私がさっきから聞きたかったこと。白い女の子についてだ。女の子本人にそう聞くと、女の子は少しボーっとしてから、口を開いて。
「ボクは」
「わーーっっ!!! おい待て!てめぇ喋んな!!」
……発した言葉は、即セル君に遮られた。……ま、また?一体、何なんだー!
大声を上げたセル君は、集まった全員の視線にコホンと咳払いをして。
「こ、コイツは……、…………えっと……み、ミカユ。ミカユ=レスターだ!俺とは同種!」
ちょっと悩んだ素振りをしてから、ばーん!と女の子を手で示して大声で言った。
ノストさんはシカト。サリカさんはぱちくり瞬き。私はうーんと悩んでから。
「……また偽名?」
「な、何でわかるんだよ!?」
思ったことをぽつりと言ったら、セル君はギクッとした顔で言った。……本当、正直だよねセル君。
にしても、今の間の空け方。「ミカユ=レスター」って、セル君が考えたのかな。なかなかいいネーミングセンスしてる……!
勝手に名付けられた女の子は、不思議そうに首を傾げた。
「ミカ……ユ?」
「コイツらの前でお前はミカユ。俺はセルクだ。城とは違うからな?」
「うん……わかった」
ミカちゃんが、半ばセル君に強制的に名付けられたのに、何も言わず素直に頷いた……その時。
『随分と呑気ね?』
「!」
聞き覚えのある響きの声が、私達の耳に届いた。キョロキョロ辺りを見渡すけど、見当たらない。
「上だ」
「上?」
ノストさんの言葉に、とりあえず空を仰いでみて……すぐに見つけた。
向かいの建物の上に、あの女の子はいた。霧がかった昼の空に透ける異形の体が、今にも消えてしまいそうで何処となく儚い。
『よく無傷でいられたわね』
「何だアイツ?」
「霊体……」
女の子を知らないセル君とミカちゃんが、彼女を見上げてそれぞれ小さく言うのが聞こえた。
「あの!」
私は女の子を見上げたまま、数歩前に出ながら彼女に言った。女の子の視線が、私に向く。
「貴方は、一体誰なんですか?どうして私のことを知ってるんですか?!」
昨日は、答えてくれなかった問い。できるだけ強い口調で問いかけると、女の子は私を見下ろしたまま、不意に口を閉ざした。
……活気のない静かな霧の街に、一陣の風が吹き過ぎていった。
『何も、知らないのね』
「……え?」
長く感じられた短い沈黙の後、女の子は、ぽつりと言った。私がポカンと見返すと、女の子は、私を軽蔑したような目で見る。
『教えてもらえなかったのね。知らない方が幸せなこともあるから、当然かしら。【真実】は、残酷だものね。私ですら同情したくなるほどに』
「ど……どういうことですか?」
『私は、カノン。そうね……貴方の姉……とでもいうのかしら?』
「……へ??」
…………さっぱり、話がわからなかった。
えっと?女の子……カノンさんが、私のお姉ちゃん?どういうこと?私、全然知らないし……それにカノンさん、幽霊だし、人じゃないみたいだし……大体、【真実】ってどういうこと?わからないことだらけだ……。
同じことを思ったのか、サリカさんが私とカノンさんを見比べて、カノンさんに問う。
「ステラの姉?証拠はあるのかい?」
『あると言ったらあるけれど、これ以上話す権利は私にはないわ。口止めされているもの。第一、興味がないわ。どうでもいい。教えてもらえなかったのなら、それで終わりよ。もう語ることはないわ』
そう言うとカノンさんは、すっと左の、人の腕を横に向かって上げた。すると、街の一部に集合していた魂さん達が一斉に動き出したのか、少ししてから、大通りの彼方からたくさんの魂さん達が走って(?)きた!ギラギラの光る瞳がたくさん迫ってくる!
「うぎゃぁああ!? ま、街の外に逃げましょう!」
「あ、それがねぇ……」
魂さんだとわかっても、やっぱり幽霊さんとほとんど変わらないから、私はギャー!と思って、みんなに叫びながらくるりと身を翻し、街の外に出ようとして……、
「フギャぁ!?」
バンッ!!と、まるで出口に見えない壁が張ってあるかのように、空中で何かに顔面をぶつけた。う、うう……顔面モロ激突多すぎだよぉ……。
顔を押さえて屈み込んだ私に、サリカさんが「ほらね」と苦笑しながら言う。
「そういうふうに、見えない壁みたいなの張ってるみたいで出れないんだよね」
『私の力が効果を失わない限り、街からは出られないわよ』
『無様ね』と、建物の上で、文字通り高見の見物をしているカノンさんが私を見てクスクス笑う。く、くうぅっ!
その間にも、魂さん達の軍隊は近付いてくる!ノストさんとサリカさんは魂さん軍団を見ておきながら、冷静なご様子。いや、この二人はいっつもこうだけどさ……。
「仕方ないねー、また逃げるかい?」
「面倒臭ぇ」
「そ、それはそうですけど!だからって消すのは……!」
困った顔でサリカさんが溜息混じりに言った言葉に、ノストさんがそう言う!本当に消しかねないような一言だったから、私が慌てて抗議した時。
「なんか、よくわかんねぇけど」
ジクルドは出していなかったけど構えていたノストさんと、サリカさんの前に、黒い影が立った。
「要するに、あの親玉っぽい女をぶっ潰せば、全部終わるんだろ?」
「ボクらがあの霊体軍団を止めるから……君達は、あの建物の上の人を」
遅れてセル君の隣に移動したミカちゃんは、肩越しに二人にそう言って視線を前に戻す。魂さん軍団を凝視したままのセル君は、「頼んだ」と二人に言って、魂さん達に手のひらを向けた。
あ、そういえば……セル君が戦うところって、初めて見る。どういうふうなんだろ?と思って、私は凝視態勢に入った!
セル君の手のひらの前に、リンゴくらいの大きさの白い光が生まれた。それが、放射状に光を放つ。
もう目の前にまで近付いてきていた魂さん達は、その光に貫かれて、突然、歩調(?)を緩めた。よく見ると、山吹色の瞳が具合悪そうに揺れていた。……本気じゃないのかもしれないけど、意外と地味……。
「……セルクだっけ。やりすぎ」
「これでも手加減してんだぞ!しかも『セルクだっけ』って、お前なぁ……まぁいいや、あとよろしく」
「うん」
セル君はミカちゃんにそう言いながら、手を下ろす。すると、浮かんでいた光球は小さくなって消えた。
続きを託されたミカちゃんは、動きが一気にトロくなった魂さん達を、水色の瞳で見た。……見つめた。
それだけで、先頭にいた女の子の魂さんを筆頭に、魂さん達から一斉に目の金の光が消えていく!光を失った魂さん達は、また何事もなかったように、空を仰いでボーっとし始める。
『なっ……!? ど、どうして?! う、動きなさい!』
さすがに予想していなかったらしく、カノンさんの動揺した声がした。上を見上げると、指示しても幽霊さん達が動いてくれないみたいで、カノンさんはオロオロした様子だった。
『くっ……!』
不利だと判断して一旦退却しようと、カノンさんは身を翻して、建物の上を浮くような形で滑っていく。それに目敏く気付いたノストさんも、カノンさんを追いかけて地面を駆け出す!
「あっ、わ、私も……!」
ノストさんに続いて、サリカさんも走り出していた。その二人の背に、私が遅れて言おうとしたら。
「邪魔だ来んな」
「ごめんステラ、すぐ帰るから待ってて!」
二人同時に私の言葉を先読みして、ノストさんはかなり直接的に、サリカさんはかなり間接的に。それぞれ、「迷惑」って言ってきた。だから一歩踏み出しかけた私は、足を止めざるを得なかった。
魂さん達を突っ切って走って、遠ざかっていく二人の背中。私は、やっぱりついていきたかったな……と思った。並列して走れないから、やっぱり邪魔だろうけど。
カノンさんのことが、なぜだか気になったから。知りたいことがありすぎて、気になったから。
だから……ついていきたかったな。あの様子じゃ、二人に追いつかれたら、カノンさんは……、…………。
「ふぇ?」
すっかり自分の世界に入っていた私は、ちょんと鼻先を触られて、ふと我に返った。目の前にいたのは、真っ白な女の子……ミカちゃんだった。
「さっき、顔ぶつけてたから。大丈夫?」
「あ……うん、いっつもだから平気だよ。えへへ……心配してくれてありがとうっ」
同い年くらいの女の子って、初めてな気がする。お友達になれたらいいなーと思いながら、私は嬉しくて変な声で笑った。
二人が帰ってくるまで、ここで待つのかぁ……時間あるなぁ。何しよう。
……あ、そうだ!
「あっ、セル君、ミカちゃん!」
「……ミカちゃん?」
「あ、君のことだよ。えっと……私、ステラです。よろしくお願いしますっ!」
「ミカちゃん」と呼ばれて不思議そうにしたミカちゃんにそう言って、私はがばっと頭を下げた。そして顔を上げた時、凄くマヌケな顔をしたセル君と目が合った。
「……いきなり何だよ?」
「えっ、私、そういえばちゃんと名乗ってないなーって思って……あ、あと、今いないお二人は、黒い人がノストさんで、神官さんがサリカさんだよ」
「うん……わかった。ステラ君に、ノスト君とサリカ君」
……この子、みんな「君」づけなんだな。ノストさんが君付けされてるのがなんか面白い。
私は、戦意を失って空を見上げる魂さん達の前まで歩いてきて、彼らをよく見た。特に変化はない。
「ねぇ、さっき、この人達をどうしたの?」
「あぁ……俺が魂自体揺さぶって、足を止めさせて、」
「ボクが精神を乗っ取って、あの人の命令を解除させた」
「……へ、へぇえ……」
……よくわかんなかったけど、凄いと思った。不思議な力があるんだなぁ、二人とも。
とりあえず座ろうと思って、向かいのお店の店頭にあったベンチまで、私は二人を引っ張って歩いて、ミカちゃんと並んで座った。二人座っても余裕があるくらい長いベンチで助かった。セル君は座らずに、ベンチの横の壁に寄りかかる。私は位置的に、ミカちゃんとセル君に挟まれる形になった。
ノストさんとサリカさん、いつ頃帰ってくるかな~……と、私が背もたれに身を預けると、ふとセル君が思い出したように、反対側のミカちゃんに言った。
「おいミカユ、ステラのとこに行ってたって、スロウには言うなよ?」
「スロウ君に事実を報告しても、スロウ君は怒らない」
「お、怒らないの?」
何で捕まえてこないんだ!って怒られそうだなーって思ってたんだけど、怒らないらしい。私がびっくりしながらミカちゃんに聞くと、セル君は「あぁ……」と納得したように。
「確かにそうだな……逆に面白がるな、アレは」
「うん。スロウ君は、事が捻れた方が楽しいって言うから」
「そ、そうなんだ……」
スロウさんのことをあんまり知らない私は、第一印象と違うその言葉にちょっと驚いた。あんな悪役っぽい雰囲気漂わせといて……悪役って、やっぱり自分の策が崩れたら怒りそうだよね。
そういえば……私、スロウさんの目的も知らない。スロウさんは……ルナさんはお城から何か盗んだらしいから、ともかくとして……ノストさんと私を投獄して、一体何がしたいんだろ?
「ねぇ、ミカちゃん、セル君。スロウさんの目的って、何か知ってる?」
もしかしたら、スロウさんの部下の二人なら、何か知っているかもしれないと思って聞いてみた。私もそこまで馬鹿じゃないから、簡単に喋ってくれないだろうなと思いながら。
しかしセル君は、少し考える素振りをしてから。
「……それは俺達も知らないが、多分……グレイヴ=ジクルドを手に入れること、だろうな」
「……!!」
……とんでもないことを、あっさり口にした。
「少なくとも、ディアノストを追わせてたのは、ジクルドが目的だったからだ。そして、アイツを城の地下牢に投獄して『飼ってた』わけだ」
寄りかかったまま、セル君が驚いて固まっている私に、静かな口調でそう言った。
……う、うそぉ。あんな人にグレイヴ=ジクルドが渡ったら……や、やばいよ!世界の終わりだ!
やっぱりスロウさんがノストさんを投獄してたのは、彼の持つジクルドがほしかったから、なんだ。
……はっ!もしかして私が投獄されたのは、ウォムストラルのカケラを持ってるって何処かでバレたから?! それっぽい!
そういえば、私とノストさんだけで、もう半分くらい以上、グレイヴ=ジクルドの部品、集まっちゃってるんだよね……残りのウォムストラルのカケラが見つかっちゃったら……剣が完成しちゃう!
そして、それがスロウさんにとられちゃったら!ど、どうしよう何気に世界の危機だーー!!
大げさって?ううん、そんなことない。むしろ足りないくらい! ……なんだろうね、きっと。
『グレイヴ=ジクルドって、そんなに怖いものなんですか?』
オルセスに来る途中で、今更ながら私がサリカさんにそう聞いた。
ノストさんやサリカさんから一通り話は聞いたけど、なんだかあまり実感がない。きっとそれは、私がグレイヴ=ジクルドのことを全然知らないから。私だってウォムストラルを持ってるんだし、持ってるものに関連することくらい、ちゃんと知っといた方がいいと思って聞いてみた。
サリカさんは呆れた顔1つせず、丁寧に答えてくれた。うむ、やっぱり誰かさんとは大違い。
『確かに、現実味にかける話だけどね。グレイヴ=ジクルドは、使い手次第でどうにでもなる。使い手の思い通りに動くんだ。使い手が世界を潰したいって思ってるなら、それだって夢じゃない。教団では、そう伝えられてるよ』
『ま、まじですか!う、うわぁ……なら、神様ってもっと強いんじゃないですか?』
グレイヴ=ジクルドは、神様の化身だ。ならきっと、その神様はもっとやばいに違いない!
グレイヴ=ジクルドが実在するって知ってから、私は神様の存在をちょっとずつ信じるようになっていた。……あんな非現実なもの見せられれば、嫌でも信じちゃうよ……!
するとサリカさんは、『うーん……』と少し悩んだ顔をした。
『そういえば、一般の聖書は神の化身としか書いてないんだっけ……グレイヴ=ジクルドは、破壊と再生を司る。これは知ってるね?』
『あ、はい』
『確かに神の化身って書いてると、神も同じだと思うかもしれないね。だけど、神はまた別だよ。神が司るものは、壊死と創生なんだ』
『壊死と……創生、ですか?』
それって……グレイヴ=ジクルドと、あんまり変わらないような。私には同じにしか聞こえない……。
ってな気持ちが顔に出ていたのか、サリカさんはクスクス笑って解説してくれた。
『神は壊死と創生。グレイヴ=ジクルドは破壊と再生。そうだね、噛み砕いて言えば……神は、滅ぶことと創ること。剣は、壊すことと促すこと……かな。グレイヴ=ジクルドは神の化身であると同時に、神の補佐役でもあるんだ。ちなみに神とグレイヴ=ジクルドは、それぞれ個々の存在だからね』
『う、うーん……なんだか、ちょっと違うような気がしないでもないような……』
『はは、まぁそのうち、少しずつわかるよ』
……つまり。
私なりの解釈だと、神様は創る専門で、グレイヴ=ジクルドは壊す専門なんだ。だから本当に怖いのは、グレイヴ=ジクルド。……滅ぶことと促すことってのが、よくわかんないけど!
その壊す専門のグレイヴ=ジクルドが、あのスロウさんの手に渡ったら、きっとまずい。本当に世界潰しそう。
「ジクルドは、ノスト君を殺せばすぐに手に入るんだ。だけど、スロウ君がそれをしないのは……その方が楽しいから。スロウ君にとって、すべてはゲームでしかないから。スロウ君のゲームは、昔から続いてるんだ」
「ゲームでしか……ない?」
淡々と語るミカちゃんの最後の言葉が、やけに耳に残った。
……なに、それ。すべてが、ゲームでしかない?
なら……!
「なら……村を焼いたこともっ、」
「まぁ、そういうことだ」
思わず声を荒げかけた私の言葉を横取りして、セル君がそう言うのが聞こえた。なんだか凄く絶妙なタイミングで声を挟まれて、私がポカンとしてセル君を振り向くと、彼は紺色の瞳で私を見て続ける。
「スロウはすべて知った上で、ゲームを楽しんでやがる。確かにアイツにとっちゃ、それもゲームの一部だろうな」
「……そんな……そんなの、おかしいよ……」
「……アイツに情は通じないぞ。血も涙もない人間というのは、まさにアイツのことだな」
私が拳を握って弱々しく抗議すると、セル君は厳しい一言を返してきた。でも、現実なんだって私にもわかる。
私は、一度しかスロウさんに会ったことがないけど……それだけでも、わかりすぎるくらいにわかる。確かに、スロウさんには……人間味がない。温かさというものをまるで知らないような、純粋な冷酷な心。……人って、あそこまで冷徹になれるものなのかな?
とにかく、スロウさんの目的はわかったけど……でも、それならちょっと不気味かも。
だってそれなら、どうしてスロウさんは、脱獄した私とノストさんを追いかけてこないんだろ?面倒臭いから……なわけないよね。
何か意図があるように思えて、不安を覚えた。