sister

21 ワガママな子供

 ぐるるる~~……。
「…………ううう……」
 ぎゅるるーー……。
「………………うぅううう……」
 きゅるきゅる~~。
「ああぁもぉーっ!! 鳴り止みなさい私のお腹っ!!」
 ガタンッ!とイスから勢いよく立ち上がって、自分の腹に向かって叫ぶ私。
「だから虚しいって、それ……」
「わ、わかってるけど!こうして気を紛らわせなきゃ無理なんだよぉ!」
 テーブルの向かいに座るセル君が、すでに2、3回は見ているこの光景に、呆れた顔で言った。同じく2、3回目になるその言葉を言い、私は再びイスに座った。

 場所は同じく、昼食を食べるために寄った宿屋さんの食堂。私のテーブルの向かいにはセル君が、私の隣にはミカちゃんが座っている。サリカさんは、ちょっと外の様子を見てくると言って外出中。窓の外の空は、すでに赤くなっていた。
 それで今、私は、空腹と格闘中。なぜかと言うと、私もお昼を食べてないから。
 だってノストさん起きた時に、一人で食べるのってなんだか寂しいじゃない?だからノストさんが起きてから、私も一緒に食べようかなーと。だから昼食は、申し訳ないけど、サリカさんの分だけ作った。当然、理由を聞かれてそう答えたら、「夜遅い旦那の帰りを待つ妻みたいだね」とか言われた。た、確かにそんな感じだ……で、でもそんなつもりじゃ!
「ステラ君……やっぱり、先に食べた方がいいんじゃない?」
 隣のミカちゃんが、お腹を抱えてテーブルに寝そべる私に言う。ミカちゃんの方に顔を向けていた私は、テーブルに頬をつけたまま、頑張って笑って言った。
「だ、大丈夫……!下ごしらえは完璧だからっ、ノストさんさえ起きればすぐ食べれるし……」
「夜中起きてくるかもしんねーぞ?アイツ」
「そっ、その時は……ど、どうしよう?」
「おいおい……」
 視界外のセル君の言葉はもっともだった。もうぐるぐるお腹が空いて頭が回らなくなっていた私は、そんなことにも気付かなかった。少し焦って助けを求めると、セル君は溜息を吐いた。
 うう、それにしても……ノストさん、なんか凄く寝てない?昼間から夕方の今。うーん……でも一夜寝てないから、それくらい寝るのも当然って言ったら当然かぁ……。
 ぎゅるるーっとうるさいお腹の音を気にしつつ、私は気を紛らわすために違うことを考えようとした。
 真っ先に出てきたのは……やっぱり、というか……ルナさんだった。
 あの人……本当に、何者なんだろう。もしかしたら、生き別れたお姉ちゃん?とかいう可能性も考えたんだけど、そしたら、私のお姉ちゃんを名乗るカノンさんは一体何なの?カノンさんは、あれ以上口を割らないみたいだったし……手がかりは、ルナさん本人しか持ってない。
 でも、わかるのは……すべてが複雑に絡み合っているってこと。糸みたいにね。それだけなら、私でもわかる。そして私は、その、互いに絡み合っている糸を1つも知らない……そういうことだと思う。

「「!!」」
「……?」
 そこで不意に、視界に映っていたミカちゃんが体を強張らせた。のそっと体を起こして前を見ると、セル君も同じだった。
「チッ、呼んでやがる」
「……仕方ないよ、行こう」
「呼んでる……?誰が?っていうか、行くって?!」
 思わず空腹を忘れて、よくわからないことを言い合っている二人に問い詰めた。セル君とミカちゃんが席から立つと……すぅーっと背景に姿が透けていく。
「え!? えっ!?」
「スロウが呼んでんだよ。俺ら、スロウに何も言わないできたからな」
「だから、ボクら……そろそろ、お城に帰るね」
 びっくりして慌てて立ち上がったけど、この背景透け透けなのは、多分、よくセル君がやる転移魔法みたいなヤツなんだろう。それで一気にお城に帰っちゃうのだとわかると、寂しくなった。
「か、帰っちゃう……の?」
「うん。でも、また……時間があったら、来るから。…………友達、だし」
 最後の言葉は、言うか言うまいか迷ったんだと思う。少し口ごもってから、ミカちゃんは小さく言った。
「そういうことだ。……べ、別に心配だからってわけじゃなくて、その……とにかくな!」
「えへへ、わかってるよー、うん……じゃあ、1回さよならだね」
「あぁ。じゃあな」
「またね、ステラ君」
 相変わらず自分で言っちゃってるセル君に笑ってから、私は二人に小さく手を振った。途端、セル君は黒い光を、ミカちゃんは白い光を散らしてフッと消えた。
 …………部屋が、途端に静かになった。
 私は二人を見送ってから、ストンとイスに落ち着いた。思い出したようにお腹がぐるるる鳴き始めるけど、なんだか一人だと騒ぐ気にもなれない。

 やっぱり……一人って、寂しいよね。
 私は村でも一人暮らしだったけど……やっぱり、寂しかった。初めは慣れなくて、夜、一人で寝るのが怖かった。前が幸せすぎたから……なのかもしれない。だから私は、孤独は怖いって知ってる。
 でも、ノストさんは……牢屋にずっと一人でいても、別に寂しくなかったって言ってた。どうして、こんなに違うのかな……。
「ずっと、一人だった……って、ことなのかな」
 小さく呟いたつもりだった言葉は、誰もいない部屋に意外と大きく響いた。
 赤い太陽は、もう半分くらい地平線に隠れていた。灯りをつけない部屋の中、宿屋さんの奥の方から夕闇が迫ってきていた。
 黙り込んだ私とともに、耳に痛いくらいの沈黙が部屋にわだかまった。

 ……それから、どれくらいか経った後。
「……?」
 不意に、視界の右側が明るくなった。
「灯りくらいつけろ」
 振り向くと、階段のところの灯りが煌々と光っていた。そこに火を入れた本人が、肩越しに言う。
 どれくらい時間が経ったんだろうと思って時計を見ると、針はさっき見た時とほぼ同じだった。静けさが揺らいだからか、無意識のうちに、慌てて席から立っていた。
「ノストさんっ!おはようございます!」
「夕方なのにそれか」
「え!? え、えっと……こ、こんばんは?」
 ノストさんはスタスタと歩いてきて、一番近かったテーブルにつきながらそう言う。私は言われるまま言い直したけど……そ、それもそれでおかしいような……。
「腹減った。メシ」
「!」
「……何だ」
 宿屋さんの壁にかけてある時計を見てから、ノストさんが頬杖をついてぶっきらぼうに言った言葉。びっくりして固まった私に、ノストさんは不思議そうに言う。
 ……い、今……この人、お腹空いたって言った!は、初めてじゃない?うわあ……なんか、嬉しいかも。
「えへへ……ノストさんがお腹空いたって言ったの、初めて聞きました」
「不老でも、一応人間だから当然だ」
「ふふっ、そうですけど!なんかちょっと嬉しかったです。ノストさん、そういうの全然言わないんですもん」
「気味悪い。さっさとメシ出せ」
「はいっ、すみません!すぐに出します!」
 私は満面の笑みで答えると、そのまま厨房へ続く廊下をダッシュ!……しようとして。
「はれ?はれれれ……」
 足に力が入らなくて、フラフラ~っと3歩歩いてからペタンと廊下に座り込んだ。う、うあああっ、お腹空きすぎて力入んない!ちょっとくらい何か食べておけばよかった!馬鹿だ私~っ!
「あ、あの、ノストさーんっ、手貸してもらえませんか~?」
「はぁ?今朝ので終わりだ」
「そ、そんな殺生なこと言わないで下さいよぉー!お腹空いて立てないんです~!」
「………………」
 きっと「慈悲」のことだろう。多分、ノストさんの席からじゃ私の様子は見えなかったと思う。私がもうホント泣きそうな声で白状すると、ノストさんは少し沈黙があってから、はぁーっと溜息を吐いた。うう、呆れられてる……。
 後ろの方から足音が近付いてきて、私の横を通って前に立つ。私がノストさんを見上げると、ノストさんは私を見下ろして、
「馬鹿は消化早いな」
「ち、違いますってばー!私、お昼食べてないんです!ノストさん一人じゃ寂しそうだなーと思って、食べなかったんですけど……」
「………………お前、馬鹿だろ?」
「わ、わかってます!でも、いい馬鹿でしょう?!」
「哀れだな」
「うっ……!で、でもホントですもん!」
 自分で言うのも何だけど、いい馬鹿じゃない!? 確かに床にへたり込んでる奴が、そんな偉そうなこと言うのは哀れかもしんないけど!
 ノストさんは仕方なさそうに息を吐いて、ようやくすっと手を差し出してくれた。
「慈悲だ」
 ……やっぱりそうなるんですか。まぁこの際、慈悲でも何でもいいけど。
 それにしても……何て言うか、こういうの見ると、本当にノストさんが貴族っぽく見えてくる。ほら、紳士さんって手を差し出して淑女さんをエスコートするじゃない?そんな感じ。紳士さんみたいに、にこやかじゃないから、なんか脅しっぽく見えるんだけどさ。
「あ、じゃあ、その、失礼します」
 意味わかんないことを言いながら、私はそーっと手を伸ばした。今更だけど、ちょっと恥ずかしい。ましてや、ノストさんっていう美形の人。中身は置いといて。
 ノストさんは私の手を取ると、ぐいっと上に引っ張って立たせてくれた。なんとか立った私は、壁に手をつきながら、ノストさんにお礼を言った。
「あ、ありがとうございましたぁ……それじゃ私っ、頑張って厨房行ってきます!」
 さっきより、少し楽かも。私は壁を支えに、頑張って厨房へ歩き始めた。いつご飯を食べられるのかとか思ったのか、ノストさんが背後で溜息を吐くのが聞こえた。

 

 

 

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「ただいま~……っと、ノスト、起きたんだ」
「あっ、お帰りなさい!」
 私とノストさんが向かい合って夕食を食べていると、宿屋さんの玄関が開いてサリカさんが帰ってきた。空腹だったからか、物凄くおいしく感じるご飯を噛み締めつつ、私はサリカさんに手を振った。
 メニューは、ペスカトーレとポテトサラダと、それに追加してオムライス。ごめん宿屋さん、フルに食材さん使わせてもらいました。
 ちなみに、ペスカトーレは魚介類とトマトソースのスパゲッティ。他のパスタ料理でもよかったんだけど、ノストさんにはお世話になってるなぁと思って、ペスカトーレにした。ノストさんはお魚さんが好きらしいから。
 ペスカトーレとポテトサラダは昼食のメニューそのまま。オムライスは、そろそろサリカさんも帰ってくるだろうな~と思ったから、サリカさんの夕食。まぁ……どっちかっていうと、私達は昼食べてないから、お腹空きまくってて、前の2つじゃ足りなさそうだったからなんだけど……ちなみに私は小さめのオムライス。
「サリカさんの夕食も作ってましたっ。そろそろ夕ご飯ですから!」
「お、ありがとう。オムライスかぁ、いいね。ステラ達は、もしかして今が昼食かい?」
「あ、あはは……その通りです」
 サリカさんは笑いながら歩いてきて、ノストさんの隣の席に座った。私は、用意していたサリカさんの分のオムライスを彼女の前に差し出す。サリカさんは「いただきます」と言ってから、スプーンでオムライスを切り分け始めた。
「詐欺師は暇だな」
「フフ、そうでもないよ?偵察に行ってたんだ」
「偵察……?」
 ノストさんがフォークにペスカトーレの麺を巻きつけながら言うと、サリカさんは不敵にそう答えて、オムライスを口に運ぶ。ポテトサラダのポテトを呑み込んだ私が問うと、サリカさんは口の中のものをちゃんと噛んで呑んでから口を開いた。
「街の様子見てたら、カノンがいてね。ちょっと後をつけたんだ」
「えぇっ!? だ、大丈夫だったんですか?」
「聞くまでもねぇだろ」
「そうですけど!」
「バレるかなーと思ったけど、感覚は人間と同じみたいだ。いや、もしかしたらバレてるかもしれないけど。あ、それと、言ってなかったけど私、尾行は得意だから。フフ、背後には気を付けた方がいいよ?」
 意味ありげなセリフを笑って言って、オムライスを食べるサリカさん。ど、どういう意味だ、それ……。
「あぁそれで、ついていったら、カノンの家みたいなところを見つけたんだ」
「本当ですか!?」
「うん、まぁちょっとここからだと遠いけどね。今日はもう遅いから、明日行ってみようか。……で」
 と、そこで、サリカさんはスプーンの動きを止めた。私がフォークを咥えたまま首を傾げると、サリカさんは周囲に一瞬目を走らせてから聞いてきた。
「あの二人は?」
「セル君とミカちゃんですか?スロウさんに呼ばれてるって言って帰っちゃいました。でも、また暇があったら来るそうです」
「「………………」」
「……??」
 私がポテトサラダのポテトをぶっ刺しながら答えると、ノストさんとサリカさんは口を閉ざして自分の料理を食べる。
 ……? 何だろ……と私が思っていると、サリカさんは今、口に運んだものを食べてから私に言った。
「ステラ。あんまりあの二人には気を許さない方がいいよ」
「え……ど、どうしてですかっ?」
「胡散臭ぇ」
「そ、それはそうですけど……でも、悪い人達じゃなかったでしょう?」
「まぁそうみたいだけど……一応、彼らはスロウの部下なんだ。私達とは対極にいるんだよ。あんまりこちらの動きを知られたら、後々面倒になるかもしれない」
 ……確かに、今の私達と対峙しているのは、スロウさんだ。彼の部下であるセル君とミカちゃんも、当然そっち側だから、私達とは正反対のところにいる。
 サリカさんは、セル君とミカちゃんが実はスパイで、スロウさんに私達の行動を報告しているんじゃないかって思ってるんだと思う。考えてみれば、確かにそうかもしれないけど……、
「で、でも……セル君達は、そんな人じゃ……」
「上辺だけだろ。スロウは手段を選ばねぇ。部下も同じだろ」
「…………―――――!!」
 ……キレたって、こういうことを言うんじゃないかと思う。

「何でそういうこと言うんですかっ!!!」

 ダンッ!!と強い音。お皿が1センチくらい飛び跳ねた。はっとしたら、手のひらがじんと少し痛んだ。
 ……気が付いたら、テーブルを叩いて立ち上がっていた。二人が驚いたように、立った私を見上げる。
「どうして二人とも、信じてあげようとしないんですか!人を信じるのは、いけないことなんですか!? 確かにセル君とミカちゃんは、物凄く怪しいです!でも二人は、私達を助けてくれたじゃないですかっ!!」
 信用しようとしないノストさんの言葉が引き金になって、さっきから思っていたことを物凄い勢いで吐露する私。
 止まらない。
「それに、二人が何も言わないから怪しいのなら、二人だって十分怪しいです!貴方達だって、私には何も言ってくれないじゃないですかっ!!」
 言ってしまってから、私は自分が口走ったことに気付いて、はっと口を覆った。しかし当然ながらすでに遅くて、二人は何処となく悲しそうな顔で私から目を逸らす。
 二人は、何も言い返そうとしなかった。……なぜなら、私が言っていることが事実だから。

 ……沈黙が痛かった。食器の音もしない。三人いる部屋なのに、誰もいないみたいに静かだった。
「……ごちそうさまでした!」
 私は二人に顔を合わせられなくて、フォークを皿の横に置き、ペスカトーレを半分とポテトサラダをちょっと残して、宿屋さんの階段に走った。
 階段を駆け上がりながら、浮かんでいた涙を流した。一番近い部屋に入ってドアを閉め、私はベッドに飛び込んだ。鼻をすする音と私の嗚咽が、静かに響く。
 ……言っちゃいけないことを言ってしまった。自己嫌悪に胸が詰まる。
 セル君とミカちゃんが怪しいなら、ノストさんとサリカさんだって同じくらい怪しい。だって私は、何も知らないから。
 でも、知ってた。みんなが言おうとしないのは、言いたくないからだって。知ってたけど……私、信用されてないんだって心の何処かで思ってた。村のみんなに裏切られたことがなんだかトラウマになってるみたいで、信用されてないって思うと凄くつらかった。
 さっきのは、そんな思いが起こしたワガママ。教えてくれないって泣き喚く……子供みたいな。
「うっ……ぅ、うっ……!」
 わかっていたクセに……ああ言った自分が嫌になる。
 私は枕に顔を埋めて、声を殺して泣き疲れるまで泣いた。