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20 お友達同盟

「逃がした」
 帰ってきたノストさんは、もっっっっんのすごく不愉快そうな顔でそう言った。

「…………え?え、えぇ?! に、逃がしたんですかっ?」
 予想外だった。だって、ノストさんとサリカさんが二人でかかったのに、逃げられたって……どういうこと!?
 反応が遅れたけど、思わずベンチから勢いよく立ち上がった私が聞くと、ノストさんの隣に立つサリカさんが笑いながら答えた。
「意外と手強かったねぇ。あの子、ノストと渡り合ってたんだよ」
「えええぇッ!!?」
「おかしなことに、ジクルドの力が効かないんだよ。昏倒とかいろいろ。そうこうしてるうちに、あの子……あ、カノンだっけ?カノンが何処からか剣出して、あらびっくり、ノストと互角なんだ。だからこんな不機嫌なんだよ」
「やかましい黙れ詐欺師」
「二人とも本気でやってたから、お邪魔しちゃ悪いかなーと思って私は傍観してたけどね~」
「の、ノストさんと互角……!?」
 サリカさんが楽しそうに語ってくれた情景を思い浮かべて、私は自分でもマヌケだと思うくらい、あがーっと口を開けたまま静止した。
 う、うそっ……まじですか!あのノストさんと、剣で互角~!? 「本気」と書いてマジと読むって感じのノストさんと!? 早い話が、敵さんもノストさんだって思えばいい!うわ……強っ!ジクルドの力も効かなかったっていうし……カノンさん……本当に何者~!?
 ノストさんは互角だったっていうことが許せないらしく、さっきから、いつもより険悪な表情で黙り込んだまま。ん?何でわかるって?目が物凄くムカついてるし、何より眉間のシワの数が違うから。
「で、最後、魂達を操って私達を襲わせて、カノンはさっさと逃げちゃったんだ。カノンは私達より、ステラに用があるみたいだしねぇ」
「そうですか……ってことは、カノンさん、まだこの街の何処かにいるんですよね?」
「そういうことになるね」
 ホッとして私がサリカさんに、緊張の緩んだ顔で問うと、彼女は頷いてくれた。
 なんだか安心したら、お腹が空いてきた。空を見上げてみると、霧がかかった真南の天に太陽が昇っていた。
「とりあえず一段落つきましたしっ、お昼ご飯にしましょう!」
「あ、そういえばもうお昼だね。なんだか時間感覚狂うなぁ、ここ」
「炭出すなよ」
「す、炭って……大丈夫です、食材さん達を焦したりなんかしません!もったいないです!」
 食べられずに捨てられちゃう食材さん達は、ホント可哀想だよね……!
 ノストさんとサリカさんは、このオルセスを走り回ったから、すでに頭の中に地図が描けているらしく、迷うことなく最寄りのレストランへ歩き出す。私も後を追って足を踏み出しかけて、ふと、ようやくそのことに気付いて振り返った。
「セル君?ミカちゃん? ……どうしたの?」
 ミカちゃんは、ベンチに座ったまま。セル君も、ベンチの横に立ったまま。そういえばこの二人、ノストさん達が帰って来てから、一言も喋ってない。だから一瞬、存在も忘れてた。ごめん二人とも……。
 二人とも、何か考え込むような雰囲気だった。私が声をかけると、二人は反応して顔を上げてくれる。
「……何?」
「えっと……私達、これからご飯にするんだけど……二人も来ない?」
「ボクらはご飯、食べないよ」
「あ、うん、それでも」
 やっぱみんなでいた方がいいじゃん。いつカノンさん来るかわかんないし。あ、でも、みんなはバラバラでもちゃんと逃げれるんだ……助けが必要なのは私だけかっ!
 さっきまで深刻な顔だったのに、まるで何事もなかったかのように、普段の様子でそう答えてベンチから立つミカちゃんと、壁から体を起こすセル君。私は気になって、二人の間に入って聞いてみた。
「どうかしたの?なんだか考え込んでたけど……」
「いや、ちょっとあのカノンとかいう奴のことで……まぁ気にすんな。大したことじゃねぇよ」
「あ、うん……」
 セル君が本当に何でもないような口調で言うから、カノンさん関連だったから少し気になったけど、私は大人しく引き下がった。

 

 

 

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「…………あれ?」
 空のフライパンを片手に、厨房から、テーブルの並ぶ玄関近くの部屋にやってきた私は、その部屋を見渡して首を傾げた。
 私達がやってきたのは、宿屋さんだった。宿屋さんだったら、大体1階に食堂がある。そこで宿泊客はご飯を食べるわけだけど、ってことは、やっぱり宿屋さんの何処かに厨房がある。ってことで、レストランじゃないけど、宿屋さんでご飯を食べることになった。
 で、今、私は、厨房にあった食材さんを見てメニューを決めたから、みんなに不満がないか聞きに来たとこ……なんだけど……。
 この部屋には、暇そうに頬杖をついているセル君と、少し離れたところで、窓から外の風景を眺めているミカちゃん……それから、セル君と同じテーブルについて、お店にあった雑誌を読んでいるサリカさん。さらに言うなら、お会計のところやテーブルの傍に立つ、数人の魂さん達。……それだけ。いくら確認してみても、この部屋に、ノストさんの姿は見当たらなかった。
「サリカさん、ノストさん知りませんか?」
「ん?ノスト?あれ、そういえばいないね。何処行ったのかな」
 私が聞いたことで初めてそれに気付いたらしく、サリカさんも雑誌から目を離し、部屋を見回してそう言った。多分読んでいる雑誌は、最近の事件とかまとめてあるヤツじゃないかな?
 あれれ……ノストさん、何処行ったのかな?私が厨房に行く前は、この部屋にいたのに……。
「ディアノストなら2階に行ったぞ」
 次にセル君に聞こうとしたら、聞く前に答えが返ってきた。セル君は頬杖をついたまま、もう片方の手でおもむろに横を指差す。そっちを見ると、確かに上の階に続く階段があった。
「そっか。ありがと、セル君」
 私が邪魔になりそうなフライパンを近くのテーブルに置きながら、セル君に笑ってお礼を言うと、セル君は突然ギクっとした顔をして、
「お、おうっ」
「……??」
 プイっと顔を背けて返事をしてくれた……けど……何なんだろ?たまにこんなことあるけど……よくわかんないや。

 とにかく、フライパンを置いた私は、2階へ続く階段を上った。2階は宿泊室になっているみたいで、廊下にドアが並んでいた。
 その廊下の、一番奥にあるドア。そこだけが開けっ放しで、窓から差し込む弱い日の光が廊下にかすかに届いていた。わかりやすいな~と思いながら、その部屋をひょこっと覗いてみると、部屋に1つだけあるベッドの上に、随分とくつろいだうつ伏せの体勢で寝そべる黒い人。
「ノストさ~ん?誰もいないからって、そんな態度……」
 部屋の中に入りながら名前を呼んで、横に向けられている彼の顔を覗き込んでみて……予想外でびっくりした。
 …………ノストさん、くつろいでるんじゃなくて、寝てた。
 いや、てっきり寝転がってくつろいでいるものかと……でも息が規則正しいし、話しかけても返答がないところを見ると、やっぱり寝てる。
 あの鋭い目が閉じられているからか、いつもの威圧感がない。そりゃ寝てれば、誰でも無防備だからそうなのかもしれないけど……いや、いつ見ても綺麗な寝顔ですねぇ~。なんか、神聖なものを見ているような気がする。
 そういえば……考えてみたらノストさん、昨夜、寝てないんだよね。寝ずの番してくれてたみたいだし……きっと、全然寝てないんだ。口には出さなかったけど、やっぱり眠かったんだろうな。
「……言ってくれればいいのに」
 私は少しムッとした顔で、ちょうどノストさんの顔が正面に見えるその位置にしゃがみこんだ。
 そしたら私達(私だけ?)も、ノストさんの睡眠のために付き合ってあげるのに。何しろ、彼にはお世話になっている身ですから!
 何て言うか、この人、自分のことは言ってくれない。素性は元より、疲れたとか眠いとかお腹空いたとか。疲れたのならいつでも休んであげるし、眠いのなら起きるの待っててあげるし、お腹空いたのなら今みたいにご飯作ってあげるのに。……何でだろ?私、未だに信用されてない?
 ……まぁいっか。じゃあノストさんの分は、彼が起きてから作ろっと。やっぱりご飯は、温かい方がいいもんねっ。
「………………」
 ……失礼にも、じーっと寝顔を見つめる私。
 本当に、顔整ってるよね、この人……カッコイイわ。こうして黙ってれば。

『…………罪滅ぼし、なんだろうな』

 今朝のノストさんの言葉が蘇った。
 罪滅ぼし……彼の言っていることはわからないけど、でも……その罪滅ぼしっていうのが済んじゃったら、やっぱり彼は……私の傍からいなくなっちゃうのかな。そう思うと……少し、寂しいかも。
「……疲れてたみたいだね」
「きゃうっっ!!?」
 突然、真横から声がした!
 しゃがんでいた私は思わず、声がしたのとは反対の方にズデンッと倒れ込んだ。我ながら情けない体勢でそっちを見上げると、そこにミカちゃんがノストさんを見下ろして立っていた……というか、浮いていた。
「み、み、ミカちゃんっ?! ど……どうしたの?」
「それはこっちのセリフ。どうしてそんなにびっくりしてるの?」
「だ、だって、ミカちゃんがいきなり現れるからっ……!」
「ボクは普通に入ってきた。気付かなかった君がおかしいだけ」
「そ、それは、その……」
 ……まさかノストさんの寝顔見てましたなんて言えなくて、私はこちらを見てくるミカちゃんの目を直視できずに、ゴモゴモと口ごもった。この子、浮いてるから足音もしないんだ……うう、気を付けよう。
 幸いにも、ミカちゃんは追及してこなかった。私に向いていた目の方向をノストさんに直し、ぽへーっとした顔で言う。
「ノスト君、ボクらと会った時からずっと疲れてた」
「え?う、うそ?」
 床に倒れていた私はミカちゃんの隣に立ち上がり、彼女の言葉に目を瞬いた。う、うそっ……全然そんなふうに見えなかったんだけど!
「うん。でも、君にはわからなくて当然。ボクは、人間じゃないからすぐわかる」
「そっか……だったら、言ってくれればよかったのに」
「ノスト君が、それを望んでなかったから。ノスト君は、自分のことは何も言いたくない。素性も感情も。ノスト君は自尊心が高いから、自分のことで他人に迷惑がかかるのが許せないんだ」
 ミカちゃんはノストさんを見たまま、そこに佇んだまま。まるで見ているだけでノストさんのことがわかるかのように、ノストさんのことを話し出す。
 でも、それはわかるかも。確かにノストさんはプライドが高い。彼の行動は、他人のためというより、自分のためにっていう割合が高い。「自分のことで他人に迷惑がかかるのが許せない」ってのは、確かにあるかも……。
「へぇ~……ミカちゃん、ノストさんのこと、身近に知ってるの?」
「ううん、違う。でもボクは、人間じゃないからすぐ知れる。見るだけで、みんなわかる。みんなが今考えていること、感情、過去の記憶……すべて」
「………………」
 ……じゃあ、ミカちゃんは、全部見てしまうんだ。つらいことも、悲しいことも。知りたくないことも、他人には知られたくないことも。
 それって…………、
「……凄く、つらい……」
「うん。つらい」
 私が悲しい気持ちで小さく声にした言葉に、ミカちゃんは意外と平然と頷いた。
「ボクは、そういうふうにできてる。全部を知って、取り乱さないように。自分を壊さないように。……感情に揺らぎがないように」
「ミカちゃん……」
「だからボクは、全部知ってる。君が知らない、ノスト君のことも、サリカ君のことも、スロウ君のことも。……でも、ボクにはわかるのは、揺るぎない事実だけ。だからステラ君、ボクは一番君がわからない」
「え?わ、私?」
 ノストさんに向けていた水色の瞳を私に向け、ミカちゃんはそう言った。身長はあんまり変わらないけど、床から浮いているからミカちゃんの方が高い。私は少し見上げる形でミカちゃんを見た。
 ミカちゃんは、数秒、私を見つめてから、すーっと部屋の窓の前へ移動した。窓の外は、霧のせいで昼間なのに薄暗い。遮られている太陽が、弱い日光で部屋を照らしている。
 私がわからないって……どういうことだろ?割と単純明快だと思うんだけど、私……。
 …………はっ!ま、まさか、「君の脳内は理解できない」って言われてる!? た、確かに私のお馬鹿な脳内なんて理解できないかもしれないけど!い、一応、一般人のつもりですけど!
 窓の外を見つめるミカちゃんの背後で、一人で自分の頭を抱えて心の中で言い訳していた私。そんな時、ぽつりとミカちゃんが言った。
「…………ステラ君は、ボクらが怖くないの?」
「へ?」
 唐突な問い。私は、キョトンとミカちゃんを見た。
 怖い……?どういうことだろ……?
 なんて思っているのが見透かされたのか、ミカちゃんはくるりとコチラを向いて言った。
「ボクらの力を見ても……ボクの話を聞いても……君には、恐れがない。ノスト君とサリカ君は、ボクらを警戒しているのに……ステラ君は、どうしてボクらが怖くないの?」
「え?ど、どうしてって言われても……私だけじゃないと思うよ?お城の人達もそうだったんじゃないの?」
「ううん、城のみんなはボクらを恐れてる。顔や口には出さないけど、彼らも、ボクらの力を知っているから、ボクらが怖いんだ。でも……君にはそれがない。どうして?」
「うーん……」
 どうして?って聞かれてもね……どうしてその子は友達なの?って聞かれてるのと同じだ。ん~……どうして、か……。
「私には、ミカちゃんは普通の女の子に見えるから……かな?」
「普通……?耳、羽なのに……」
「それはそれで可愛いじゃない?あ、ついでだから言うけど……私、ミカちゃんとお友達になりたいんだ。私、同い年くらいのお友達、いなかったから!」
「友達?」
「うん。だから……かな?えへへ、そういうことしとこう!私はもうお友達のつもりだけどねっ。あ、もちろんセル君もだよ!」
「………………」
 自分勝手なことをいろいろミカちゃんに言うと、ミカちゃんは口を閉ざしてしまった。う、さすがにワガママだったかな……でも事実だもん。
「……クも……」
「え?」
 少しして、うつむいたミカちゃんが唐突に小声を発した。私が聞きそびれて聞き返すと、ミカちゃんはさっきより少し大きな声で。

「ボクも、君と……友達、に……なりたい……かも」

 語尾になるにつれて、だんだんと小さくなる声。それでも最後まで聞き取れた私は、自分でも物凄く嬉しそうな顔をしたのがわかった。
「ほ、ホント!?」
「うん……そうすれば君のこと、わかるかもしれないし……」
「や……やったーっ!! お友達ゲットぉ~~っ!!」
 なんてガッツポーズをして叫んで、私はダダダっと3歩で近付いてミカちゃんに飛びついた!ミカちゃんは宙に浮いてるから不安定で、抱きついた時に少しよろけたけど体勢を立て直した。ミカちゃんはぱちくりと瞬きして、
「びっくりした……」
「えへへ、ごめんごめんっ」
 自分でも少し馴れ馴れしいと思った行為を、ミカちゃんはぱちくりだけで済ませた。嬉しくてつい飛びついちゃった。そういえば、こんなことしたの初めてかも!
 ……と、ここで私は、ようやく自分の使命に気付いた!!
「ああぁーっっ!!! 私、ご飯作んなきゃ!サリカさん待たせてるんだ!急がなきゃ……あっ、ミカちゃんも一緒にやらない?」
 すぐ横に寝ている人がいるのに大声を出し、慌てて部屋から出ていこうとして、私はふとミカちゃんを振り返って言った。せっかくだしね。
「ボク、料理できないよ」
「じゃあ教えてあげる!ミカちゃん達はいらないかもしれないけど、きっと誰かの役に立つよ♪」
 ただ単に一緒にやりたいだけなんだけど。テキトウに理由をこじつけて、私はミカちゃんと一緒に厨房へ、急いでスキップで向かった。