relic

78 天啓と平和

 星空に、浮いていた。
 たくさんの、白い輝き。それをぼんやり見上げていた。
 そういえば、私の名前は創生神語では「星」の意味だって言ってたな……と、頭の片隅で思い出す。
 ふわふわとして定まらない意識。何処かで、これは夢だってちゃんと理解していた。
 ……やがて、触れていないのに私は悟る。
 あれは星じゃない。これは星空じゃない。
 これは…………

―――エオスを乱す大罪人ナグ=リドシルステラよ―――

 ……私の考えを裏付けるように、声がした。
 水面を駆ける波紋のような声。

―――そなたの罪は 決して許されるものではない―――
―――故に グレイヴ=ジクルドを持ち 我が前まで来たれ―――
―――我が手に戻った剣をもって 余はそなたを破壊する そしてエオスは安定するだろう―――
―――それをもって そなたを断罪しよう―――

 神様の声だ。前に聞いたのと同じ、感情のない平坦な口調。
 神剣は壊す壊さないよりも、人の手に渡ることが問題だった。エオスに干渉できない神様は、仕方なく壊すことにした。でも、それが神様の手に戻ったら壊す必要もない。
 だから、私にグレイヴ=ジクルドを持ってこさせて、それで私を壊す。
 私を……断罪する。

 …………嫌です。

 そんな意思が、声となって響く。
 罪はわかっていたけど、本心は隠せなかった。
 わかっていたように、動じることなく続けられる、神様の言葉。

―――では こちらから―――
―――そなたら二人を 断罪しに行こう・・・・・・・―――

 ……………………

 

 

 

  //////////////////

 

 

 

 私が目覚めて、むくっとベッドの上で起き上がったら、ルナさんがこちらに背中を向けて、大きく伸びをしていた。見てるこっちも清々しくなるような、のびのびとしたストレッチだった。
「うう~~ん……っはー!よく寝た~!あ、ステラおはよ!」
「あ……おはようございます」
 私が起きたのを察したルナさんが、くるっと私を振り返って言う。私もぺこんと少し頭を下げて返した。
 ミディアの宿舎棟の一室。ベッドの上に座ったまま、私は呆然とルナさんの背中を見つめた。それから目元を擦りながら、もやもやした気持ちでぼんやり考える。
 ……なんだろう。何か、夢を見た気がするんだけど……曖昧でよく思い出せない。気になる内容だった気がするんだけど……。
「っていうかステラ、ちょっと思ったんだけど」
「……あっ、は、はい!何ですか?」
 思い出そうとしていたら、いつの間にかストレッチを終えたルナさんが私に話しかけてきていた。少し遅れて、私は慌てて返事をする。
 ベッドから降りて、乱れていた服を簡単に直す私を、ルナさんはしげしげと見て。
「ステラってさ、私の15歳の姿のままなんでしょ?でも、体は人並みなのかな?」
「え?」
「私、3年前からフィアの右腕だったんだよね。それなりの相手は蹴散らせてたはず、なんだけど……」
「あ……た、確かに!」
 つまり、ルナさんは15歳の頃には、もうフィアちゃんの右腕になっちゃうくらい強かった。でも、それを写し取った私は、一般人と同じで無力なんだなぁってことだ。た、確かに……なんで?そうだったら、どんなに楽だったことか……!
 ちょっとショックを受ける私に、ルナさんは楽しそうに笑って言った。
「もしかして、ステラも意外と、身体能力高かったりしてね!」
「え、えぇえ!? ……あれ、でも……そうかも……?」
「おっ?心当たりあるの?」
「えっと……まぁ、いろいろと……」
 わくわくと輝いた瞳で聞いてくるルナさんに、私は期待を裏切らないようにひとまず苦笑した。
 無駄に反応早い時もあるし、跳べると思ってなかった距離を跳べたりしたこともあった。さすがに戦えるほどはないと思うけど、もしかしたら少し影響あるかもしれない。
「さってと、ご飯食べに行こっか。イルミナが帰ってきたから、おいしーの食べられるよ♪」
「あ、そうですね!イルミナさんのご飯、久しぶりです!」
 軽い足取りで部屋を出ようとするルナさんが言ったことに、私もそのことを思い出した。そうだ、スロウさん、フィアちゃん、イルミナさんは揃って来たんだった。イルミナさんの絶品ご飯がまた食べられるんだなぁ~!
 わくわくしながら、私と同じ淡い茶色の髪の、ルナさんの後姿を追う。……私の後姿って、こんな感じなのかな。もうちょい背低いと思うけど。

 この宿舎棟は、2階が寝室で、1階は食事できる広間。だから二人で、ひとまず階段に向かう。
 階段の前に立つと、もうすぐ下り切りそうな位置にノストさん、階段の真ん中くらいにフィアちゃんがいた。
「あ、二人ともおはよー!」
「ノストさん、フィアちゃん、おはようございますっ!」
「っ!!?」
 ルナさんと一緒に、二人に向かって挨拶したら。ノストさんはこちらを見上げて、フィアちゃんは……傍目から見てもわかるくらい、ビクッと大きく肩を震わせて振り返った。
 何に動揺したのか、何で慌ててたのかわからないけど、フィアちゃんにいつもの冷静さがなかった。こっちを向いた瞬間、階段の中腹で、ぐらっとフィアちゃんの体が傾ぐ。
 一瞬だったはずなのに、驚いたフィアちゃんの淡青の瞳が、同じく驚いた顔の私達を見つめていたのが見えた。
 リュオスアランは、人や攻撃意思を持つ物を拒絶する。
 だからこれには働かないっ――!!
「フィアちゃっ……!!」
 身を乗り出して手を伸ばしかけた私の片肩に何かが触れたかと思うと、ぐいっと引かれた。尻餅をつかされてから、ルナさんに引っ張られたんだって知る。
 呆然としていたら、ルナさんが脇の下から私を見て、ホッと息を吐いた。
「っはぁ~……君まで落ちちゃうかと思った……」
「ご、ごめんなさい……フィアちゃんはっ……!?」
「大丈夫。……でも……」
 確かにさっき、何も考えずに踏み出した。あのままだったら、多分私も、階段を踏み外して落ちていたかもしれない。
 簡単に謝ってから、座り込んでいた私はわたわたと四つんばいで階段の縁に近付いた。

 ……フィアちゃんは、無事だった。
 私達の方を向いた格好で背中を支えられていた。あの一瞬で近付いたんだろう、階下にいたノストさんに。さすがのノストさんも、目の前で転落しかけた人を見捨てることはなかった。
 でもフィアちゃんは、片腕で自分を横から支えるノストさんを驚愕した目で見て硬直していた。
「……よ、よかった……」
 安堵の息を吐いて、私は立ち上がった。ノストさんも、フィアちゃんを自分で立てるように起こす。
 けど、まだそれだけじゃなかった。
 自分の足で立ったフィアちゃんは、下ろされかけたノストさんの片手を、突然掴んだ!
「……何だ」
「……どうして……」
「……?」
 ノストさんが少し煩わしげに問うけど、フィアちゃんは信じられないと首を振った。それから、もう片方の手で、首から下がっている二重の金の輪……リュオスアランを握り締める。
 ……あれ?何か、おかしいような…………って!?
「どうして……リュオスアランの拒絶が……働いてないなんて……」
 私が思ったことと同じことを、フィアちゃんの口が唖然と紡いだ。
 直後、私の横から、バンッ!と銃声が飛び、ほぼ同時にバシィッ!と音が響く。無造作に銃を抜いて発砲、瞬間的に自分に跳ね返ってきた弾を首を傾けてかわしたルナさんは、銃をしまい直して腕を組んだ。
「リュオスアランが壊れたわけじゃない、か……原因はノストの方か」
「って!? ルナさんっ!もしリュオスアランが働かなかったら、どうするつもりだったんですか?!」
「大丈夫大丈夫、元から当たらないように狙い定めて撃ったし。ノストだって動かなかったでしょ?」
「そ、そーゆー問題なんですか!?」
 ひらひら手を振って笑うルナさん。この人、いろいろと大胆だなぁ……!
 けど……確かにおかしい。今までリュオスアランの拒絶を受けなかったのは、私だけのはず。
 私が状況を整理してから、改めて二人を見たら。それまで愕然としていたフィアちゃんも、少し落ち着いてきたらしく、強張っていた顔が緩んで。……すぐ、その横顔が、ぼんっ!!と真っ赤になった。
「きゃぁあっ!!? ごっ、ごめんなさいステラ!!」
「な、何で私に謝るのっ!?」
 今までずっとノストさんの手を掴んでいたということに、ようやく気が付いた様子のフィアちゃんは、ばっと手を離して彼から距離を置いた。そしてなぜか、ノストさんじゃなく私に謝ってくる!ど、どういう意味っ!?
「あ、あの、遅れましたが、助けて下さってありがとうございました!! お、恐らくあのままだったら、いくら私でも死んでいたはずです!あ、あと……い、いろいろとごめんなさいっっ!!!」
 いつも冷静で礼儀正しいはずのフィアちゃんは、赤い顔であわあわとそう言うと、逃げるように階段を駆け下りていった。……あ、あんなフィアちゃん、初めて見た……。
 思わずぽかんとする私の横で、ルナさんがくすくす笑う。
「あははっ、フィアってば8年間も人に触れてないからびっくりしたんだね。特に異性なんて尚更だろうな~」
「あ……」
 ルナさんの何気ない一言で、私はフィアちゃんの境遇を思い出した。
 ……そうだった。フィアちゃんは、もう8年も人との触れ合いから隔たれてる。少し前に、私がフィアちゃんに近付いたけど……。

 私、ルナさん、ノストさんが階段を下りると、やっぱり長いあの食卓に皿を並べるイルミナさんの姿があった。上座の席には、まだちょっと頬の赤いフィアちゃんが座っている。
 相変わらずの爽やかスマイルでこっちを見たイルミナさんは、ひらっと手を振って挨拶した。
「や、おはよーさん。ごめんね、まだちょっとかかるんだ」
「あ、私、手伝いますっ!」
「いいよ、サリカに手伝ってもらってるから大丈夫。座ってフィレイアとお話してて」
 私の申し出を、イルミナさんは笑顔でやんわり断って厨房に引っ込んでしまった。……ま、いっか。たまにはお客さんもいいよね。
 手前にあったイスを引いて座ったノストさんの隣の席を私がとると、ルナさんが私の向かいの席に回りながら言ってきた。
「そーなんだよね~。サリカって料理得意なんだよ」
「そうなんですか?確かに手際いいですけど……」
「うん。レパートリーも広いし、おいしいし。ま、イルミナには敵わないけどね!」
 そういえば、サリカさんと初めて会った翌日、サリカさんお手製の朝食食べたなぁ。うん、確かに、簡単なものだったけどおいしかった。
「サリカって淡白なふうに見られがちみたいだけど、実際は執念深いよ~。顔に出さないだけで」
「ぜ、全然、そう見えないんですがっ……!」
「うーん、狭くて深いって感じかな。サリカ、大体のことは笑顔でスルーするから。性別を間違われるのは、ほんのちょっとだけ気にしてるみたいなんだけどね」
「……でも、間違えられても仕方ないと思います……」
 イスに座って笑うルナさんに、私は弱々しく反論する。だ、だって私も間違えたし……しかも結構な時間、気付かなかったし!
 ルナさんは、うーんと少し考えるような短い間を空けてから、
「まぁ、そうなんだけど。サリカが髪長いの、ちゃんと理由あるんだ」
「えっ?それ、初耳です……!」
「多分、このこと知ってるのは私くらいじゃないかな。あんまり言いたがらないし。『執念深い』って私が感じるのは、その髪長い理由が一番の理由なんだけど……ま、本人に聞いてみたら?アイツのことだから話してくれなさそうだけどね」
 厨房をちらっと一瞥して、ルナさんはおかしそうに笑った。サリカさんにも、言いたくないことってやっぱりあるんだな……私、サリカさんのこと全然知らないなぁ。執念深いなんて気配感じないし。
 やっぱりルナさん、相方だけあってサリカさんについて詳しい。話してる時、なんだか楽しそうだし。

 ……………………。
 ………………………………あ、あれ??
 ちょ、待って、これって……もしかしてルナさん……!
「あ、あの……ルナさんって、もしかして……その……サリカさんのこと……」
「ちょ、た、タンマタンマッ!!! な、何でいきなりそんな話になるの!? そんなわけないでしょ?!」
 いきなりガタン!と席を立ったルナさんは、片手のひらを私に突き出して制止をかけてから、ばんっと否定した。その素早い動作に、私が目を瞬くと、右の方から笑い声がした。
「ルナ、その動揺ぶりでは説得力がありませんよ」
「あ、あるの!! ひねり出してるからあるのっ!! あるったらあるのー!!」
 おかしそうに口元を隠して笑うフィアちゃんに向かって、顔が赤くなったルナさんは子供みたいに言い張る。……さっきのフィアちゃんと言い、今のルナさんと言い、今日はみんなおかしいぞ……!?
 ぜーぜーと肩で息をしてから、ルナさんは再びイスに落ち着いた。私も小さく笑うと、ルナさんは悔しそうな顔で私を見て、「うう~……」とテーブルに伏せてしまった。
「では……ルナをいじめるのもこの辺にしておいて、少し、話をさせてもらってもいいでしょうか?」
 話に区切りがついたと見ると、フィアちゃんがやや真剣な口調で切り出した。
 私とノストさん、ルナさんも顔を上げてフィアちゃんを見ると、彼女は緊張した面持ちだった。なんとなくただ事じゃないと悟って、私は居住まいを正す。
「……先ほど、私が階段から落ちかけたのは、ステラとルナに急に声をかけられたのがきっかけですが……少し、考え事をしていたんです。話すかどうか迷っていたところに、突然話しかけられたので、驚いてしまって……」
「考え事?」
 私が復唱すると、フィアちゃんは一呼吸置いた。ぎゅっとリュオスアランを握り締めて、静かに紡いだ。

「―――今朝、急に、啓示があったんです。もちろん、神からの」

「「え……?!」」
 私とルナさんは、同じトーンとタイミングと言葉で声を上げていた。声質も同じだから余計に綺麗にデュエットした声に、思わず二人で顔を見合わせる。ノストさんはやっぱり無言。
「お話しした通り、私は今まで、まともに啓示を受けたことがありません。それなのに、本当に唐突に……はっきり、聴こえてきたんです……」
 未だに信じられないらしく、フィアちゃんは何処か呆然とした様子だった。
 フィアちゃんは、神様の声を聞いたことがない。3年前に、一度だけ聞いたって言ってたけど、意識が朦朧としてた時だったから、あんまり覚えてないらしい。それが今……完全に覚醒してる時に、はっきり聴こえてきたなんて。

「……それで……何て言ってたの?」
 ルナさんが慎重に先を促す。みんな言っているように、神様が、大罪人の私を放っておくはずがない。絶対、何か手を打ってくるはずだ。
 伏せた目線を上げたフィアちゃんは、私と、その隣に座るノストさんとを見て……口を開いた。
「……大罪人ナグ=リドシルステラ、共犯者シャンテ=リドシルディアノストの二人を 断罪しに行く・・・・・・―――……と」
「……あ……れ……?」
「断罪しに行く……ってことは、向こうから仕掛けてくるってこと?でも、どうやって……」
 神様は、エオスには干渉できないはず。そう思って呟いたルナさんの正面で、私は……不思議な既視感を覚えていた。
 ……なんだろう……フィアちゃんに言われるより先に、そのことを知っていた気がする。……ただの思い込み?でも私も、神様に言われたような……。
 隣のノストさんに、ぽつりとこぼす。
「……なんだか私……そのこと、もう知っていた気がします。神様に言われたような気がするんですけど……」
「予知の真似事か」
「いやホントのことですよ!? 確かに、私に予知能力あったらすっごく助かるんですけど!ちゃちゃっと逃げ切ってみせます!」
「お前のお守りから解放されるな」
「う……!た、確かに、ノストさんの手も必要なくなるかもしれませんけど、でもあのそのっ……や、やっぱり万が一ってありますし!!」
「知らん。他を当たれ。俺がお前を使うのは当然だが逆は有り得ねぇ」
「……だ、だって~……!!」
 とか思わず言ってから、子供か私!とちょっと恥ずかしくなった。2つの意味で頬が紅潮する。
 だ、だって……他を当たれなんてやだよ~!選べるならノストさんがいいんだもん……!あーもー言えるわけないっ!! まぁ、これは例え話だからよかったけど……!
「聞いたことあるって、それ、ステラが神子だってことと関係あるんじゃないかな?」
 うつむいていた私に、ルナさんが声を掛けてきた。顔を上げるとルナさんは私を見て、意味ありげにふふ~っと笑って、ぱちっ☆とウインクしてきた。……さ、さっきのやり取りで私が言いかけたこと、バレてるらしい……!な、何でー!?
 ルナさんの言葉を聞いて、ノストさんは、隣のイスに無造作に置いていたグレイヴ=ジクルドを膝の上に置いた。ウォムストラルのはまった柄が私の方に向く。……さすがノストさん、物凄く気が利きます。

その娘の言う通り―――
アテルト=ステラの意識は 性質故に浮沈している―――

「……えっ、ジクルドさん!?」
 当然のように女の人の声がすると思っていたら、男の人の声だった!わわっ、ジクルドさんが喋ってる!めっずらし~……!
 その場の全員が驚いてグレイヴ=ジクルドを見ると、きっとみんな思ってるだろうことにジクルドさんは言う。

ウォムストラルは休止中だ 返答する暇がないだけだが―――
我の存在を維持するために 力を常時使用している故 時折休息が必要となる―――
奴の身が欠如していた頃 力の使用後は しばらく沈黙していたことと似たようなものだ―――

 う、うわわ、なんか結構饒舌に喋ってる……!ど、どうかしたのかな、ジクルドさん……ところで、ラルさんはウォムストラルを見ればいいけど、ジクルドさんの場合、どの辺見て話せばいいんだろう……。
 正面のルナさんが、「うっわー!!」と声を上げて立ち上がった。興味津々に輝く目で、身を乗り出し神剣を見て言う。
「ジクルドが喋ってる!ウォムストラルとはちょっとお話ししたけど!ジクルドの声、初めて聞いた~!!」
「わ、私もです……!ステラとノストさんは、初めてではないのですね?」
「うん、何度か聞いてるよ。でも、ラルさんほどお話ししたことないよ。ジクルドさん、結構無口みたいだから」
 びっくりした顔で聞いてくるフィアちゃんに、私は笑いを含めて言った。ノストさんと似てるって私は思ってるけど、本人には言わないでおこっと。さすがに、心を読むジクルドさんにはバレてるだろうけど。
 きっとジクルドさん、自分が喋っただけでこれだけ驚かれるなんて思ってなかっただろうな。ルナさんが座り直し、しばらくしてから、また喋り出した。

話を戻すが アテルト=ステラが覚えた既視感は 十中八九 夢で見たものだろう―――

「あっ……!! そういえば、なんか夢見たんです!でも、あんまり覚えてなくて……」
 言われてみれば、そうだったかもしれない……!なんか、ふわふわした夢だったような気がするんだけど……うーん、何であやふやにしか覚えてないんだろ?? やっぱ夢だから?

アテルト=ステラに限らず ヒラナ=カノン・ステラにも言えることだが―――
体と意識 別々に作られた貴様ら神子は 睡眠に入ると 意識は体に留まらず遊離する―――
すなわち エオスとユグドラシル 2つの世界を行き来しているということだ―――

「ヒラナ=カノン……ステラ……?」
 「カノン」って入ってたし、文脈からもカノンさんのことだって言うのはわかったけど、最後の「ステラ」が気になった。私には、<繋ぐ光・希望>って意味しか聞こえない。なんだか拙いし、しかも私と同じ名前だったから余計に気になる。
 私が復唱したら、ジクルドさんはわかっていたように説明してくれた。

末尾の「ステラ」は混沌神語ではない 創生神語の意で名付けてある―――
繋ぐ煌星ヒラナ=カノン・ステラ 貴様らがカノンと呼ぶ もう一人の神子だ―――

 あ、なるほど……創生神語か。混沌神語と同じ語でも、私達には聞こえない不思議な音。でも全部が全部、混沌神語と違うわけじゃないらしく、ところどころ聞き取れたりする。前に神様に呼ばれた時も、確かそうだったし。
 ……カノンさん、初めて会った頃、凄く複雑だっただろうな……自分も「ステラ」って名前なのに、私は彼女と違って異形じゃなかったってこと。
 私が納得すると、フィアちゃんが「つまり……」と切り出した。
「通常の人間は、眠りについても、意識は体に留まりますが……ステラ達の場合は、眠りにつくと、意識がユグドラシルに沈む……ということですね。でも、なぜでしょう……?」
「ユグドラシルが、ボルテオースの塊だから……じゃないかな。ほら、ステラが消えちゃった時、意識はユグドラシルにいたでしょ?あの世界の力に引っ張られて」
「あ、はい……」
「私達人間は、生まれた時から体も意識も一緒だけど、ステラは別々。だから意識だけ家出しちゃうんだね。あの時と似たようなもので、体を抜けたら、自然とそっちに引っ張られちゃうんじゃないかな?でも体自体が家になってるから、目覚める頃にはちゃんと意識も帰ってくる、と」
「な、なるほど……!」
 ルナさんのわかりやすい解説に、私はポンッと手を打った。ジクルドさんも訂正してこないし、そうなんだろう。
 つまり、眠っている間、私の意識はユグドラシルにある。……全っ然覚えてないけど。やっぱり寝てるし。

「    」が そこで貴様に何か言ったのだろう―――

「……はい……ちょっとずつ、思い出してきました。確か、グレイヴ=ジクルドを持って神様の前に来いって……そしたら、剣で私を壊すって言ってました」
「……確かに、神にとっては、それで丸く収まるのでしょう。グレイヴ=ジクルドを壊すように願っているのは、エオスに干渉できないからですし。しかし、剣が手元に戻ってきたら、その願いを受け取った教団にはもう用はないのでしょう」
「ああぁぁぁーーーッ!!!!」
「「「!?」」」
 フィアちゃんの言葉に頷こうとしたら、急に正面から大声が上がった。ノストさんさえも少しびっくりして、三人でルナさんを見ると、彼女はだんっ!とテーブルを叩いて立ち上がった。
 呆然としている私に向かって……言っているわけじゃないんだろうけど、私を見て言う。
「神様気に入らないっ!! 最ッ低!! 何様のつもり!?」
「そりゃ、神様のつもりだろうねぇ」
「神様だからって何していいってわけじゃないでしょ?! ぁあああ腹立つーー!!!」
 横の方から滑り込んだ声の方向をキッと見て、ルナさんはだんだんと足踏みする。ルナさん、自分の感情に素直なんだなぁ……基本的には大人っぽくて優しいけど、なんだかこういう面を見ると親近感湧いちゃうかも。
 両手に大皿を持ったサリカさんは、それをテーブルに置くと、一体何処から聞いていたのか話し始める。
「要するに、グレイヴ=ジクルドさえ手元に戻ってくれば、世界の仕組みを知っている教団も、グレイヴ=ジクルドの破壊者のステラも、神にとっちゃ邪魔者になるんだろうねぇ。だから壊す、と」
「自分勝手すぎるよっ!! どっちも自分で作っといて!! 教団はちょっと微妙だけど!」
「まぁまぁ、落ち着けって」
 ルナさんの怒る肩に手を添えて、サリカさんは彼女をイスに座らせた。それでもプンスカ怒っているルナさんの隣に座って、くすくす笑う。
「教団の一員のくせに、信仰心のカケラもないね~」
「信仰心なんか持ったことないし!!」
「え、えぇ!? それって問題発言じゃ?!」
「おやおやコイツは、凄いこと暴露してるよ。ま、私も人のこと言えないけどね~♪」
「さ、サリカさんまでっ!?」
「……ルナ、サリカ……貴方達は、まったく……」
 ルナさんの爆弾発言に私が思わず声を上げたら、サリカさんまで平然とそう言う!こめかみに指を当てたフィアちゃんが、困り果てたように嘆息した。こ、この人たち、一体何のために神官やってるんだ……!?
「いいですか、二人とも。確かに貴方達が、神のためではなく民のために働いていて、信仰心など持っていないことは知っています。ですが貴方達は、教団の象徴たるセフィスの護衛なのですよ。自覚していますか?」
「そりゃもちろんですよ~」
「わかってるってばー」
 フィアちゃんがびしっと言ったセリフに対して、二人はいつも通りの口調で答えた。口を閉ざしたフィアちゃんの後ろの方から、イルミナさんが「お待たせ~」と最後のメニューを持って厨房から出て来る。
 それがテーブルに置かれたのを見て、フィアちゃんは……にっこり微笑んで。
「……ええ、そうした方が身のためですね。では今日の朝食は、セフィス直々の講義としましょう。もちろんテストも課しますよ?」
「って、ええぇーー!? ちょ、フィアってば!? 久しぶりのイルミナのご飯なのに勉強させる気っ?! 3年前に、よぉ~やく大っ嫌いな勉強とさよならしたと思ったのに!?」
 フィアちゃんの宣言に物凄くショックを受けたのは、ルナさんだった。ぎょっと身を引かせて、もうすっごく悲しそうな顔で訴える。なんだか今日は、ルナさんの新しい面をたくさん見てるな~。
 予想通りの反応だったのか、フィアちゃんは不敵にくすりと微笑む。……フィアちゃんも、今日はいろんな面を見てる気がする……!
「どうやらお二人には、基本的なところが欠けているようですから。ふふ、容赦しませんからね?特にルナ」
「な、何で私ーっ?! さ、サリカも何か言ってよー!!」
「心外ですね~。私は模範的な神官のつもりですよ?」
「……サリカは一筋縄には行きませんからね……サリカも覚えていないような、細かいことを出題してあげますよ。では、まず……」
「ははっ、フィレイアの講義、久しぶりだな~」
 そのままの流れで講義を始め出したフィアちゃんの近くの席で、イルミナさんが笑ってフォークを持った。ルナさんも、青い顔でフィアちゃんの話を聞きながらご飯を食べ始める。その隣のサリカさんは、割と余裕げな態度でパンを手に取っている。
 セフィス直々の講義を受ける教団メンバー。彼らから目を離して、私もフォークを持った。隣では、ノストさんがもう食べ始めてる。
「……なんか……平和ですね」
 フォークを握ったまま、私は小声でノストさんに言った。一応、講義中なので静かに。
「神様、『断罪しに行く』って言ってました。そう遠くないうちに、何か起こるはずです。でも……そうは思えないくらい、今は平和です」
「……不変か」
「あ、そうですね。今のこの状況、『不変』ですね」
 パンを片手に持ったノストさんの一言で、私は「幸せの定義」について思い出した。
 幸せ……満ち足りた優しい時間。確かに今は、そんな状況だ。みんながいて、笑ってご飯食べてて。
 でも同時に、これはあまりに儚いもの。
 でもだからこそ、噛み締めていたい。

 目に見えないけど、現状は……【真実】は、今、どうなっているんだろう。