relic

90 牙を剥く想い出

「ただい……わっ!? っげほ、げほっ!」
 ガチャっとドアを開いた瞬間、もふっと家の中から埃が吹きつけて来た!とっさに顔を背けたけど、モロに食らった!あの一瞬で……こ、この埃……できる!
 私の後ろにはノストさんもいた。彼もちょっと顔をしかめて咳き込んでる。フィアちゃんとスロウさんは、村を見て回っていていない。
 一頻り咳をしてから、改めて部屋の中を見ると、見慣れた四人が、見慣れぬ格好でいた。
 そのうちの一人が、私に気付いて手を振ってくる。
「あ、ステラ!よかった、無事だったんだね!」
「る、ルナさん?サリカさんに、セル君とミカちゃんも……」
「や~、久しぶりステラ。そろそろご飯の準備しないとねぇ」
「ステラ君……久しぶり……」
「よ、元気そうだな」
「あ、うん……皆さんお元気そうで……と、ところで、何でみんなエプロン着てるんですか!?」
 そう。四人とも、何処から調達してきたのかエプロンを着ていた!あの普段着の上に!な、なんか変な光景……!
 ルナさんがほうき、セル君が布巾、ミカちゃんがはたきを持っている中、一人手ぶらのサリカさんは、パンパンと手の埃を払って言う。
「見ての通り掃除さ。これ、ステラが去ってから半年は経ってるんじゃないかなぁ。集合場所が埃だらけは、さすがに嫌だろ?」
「そ、そうですね……ご飯も作るのも、注意しなきゃならないですし……あ、私も掃除手伝います!」
 あんまり大きな埃と一緒に料理なんてしたくないよね……!万が一、入ったらちょっとなぁ……お昼も近いし、早く掃除しちゃおう!
 埃が積もったテーブルの上を、セル君が濡れ布巾で拭きながら言う。
「家主が帰って来たんだし、ステラに指揮とってもらえよ。あと、食材腐ってるぞ」
「ああうう……も、もったいない……!とりあえず見てみないと……」
「って食う気かよ!? 半年放置で絶対やばい食材を!?」
「食べるよ!! 大丈夫そうなのは!食べ物は粗末にしちゃいけないんだよ!都市部と違って、ここは食べ物って貴重なんだから!大体、お金も限られてるし!」
 ぎょっとした顔をするセル君に、きっぱりびっしと言い返す私。ふっふっふ、私の身分を忘れたかぁ!私は村人だー!「もったいない」は美徳!食べられるものは食べる!
 そしたら、背後の大貴族様から上から目線の言葉が来た!
「卑しい下民だな」
「何とでも言えですっ!食べ物のありがたみを理解してない貴族様には信じがたいでしょうけど!」
「下民がイモの芽で毒殺なんざ4千年早い」
「ってことは、問題ないんですね!大丈夫ですよー、下民のスーパーテクニックをお見せします♪ つまり、毒じゃ死なないってことですよね~」
「当然だ。舐めんな下民」
「下民下民って、3回も言わないで下さいよ! ……って、まさか本当に耐性あるんですかッ!?」
 ちょっとした冗談だったんだけど、くだらなさそうに返されて仰天。本当に毒に耐性あるのっ!? 多分、立場上なんだろうけど……れ、レミエッタ公爵家……恐るべし……!華やかなイメージとは程遠いよ……相当、過酷な日々だったに違いない。
「掃除は私達がやっちゃうから、ステラとノストは食材判別でもしてなよ!こっちで判断に困ったら相談するね!」
「はーいっ。ノストさん、行きましょう!」
 ザッザッと床の上の埃を、外へと掃き出すルナさん。人手は足りてるみたいだし、指示通り、食材を見ることにした。
 四人があちこちで作業する室内を歩く。懐かしい風景。まさか帰ってこられる日が来るとは思ってなかったから、つい感慨深く見渡す。

 テーブルの上に、鍋が置かれていた。私のお気に入りの、可愛い赤い鍋。
 窓際を見ると、2つベッドがある。その片方の布団は、可愛いクマさん柄。
 厨房の窓の傍にある植木鉢は……長い間、留守にしてたから、今は枯れてしまってるけど。前は、可愛い紫の花が咲いてた。
 ……今ならわかる。
 きっと……全部、エリナさんが好きだったものなんだ。
 顔も知らない、私の義理のお母さん。……ちょっと違うか。
 でも、その人が暮らした痕跡の残るこの家で、その人が使っていたものを使って暮らしていたってわかると……とても身近に思えてくる。
 お母さんでもお義母さんでもない、関係上は赤の他人だってわかってるけど、不思議と、心が動く。

 ヒースさんが愛した人。
 ……会ってみたいな。

 

 

 

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 結局、家にあった食材は全部ダメだった。食べられそうになかったので、捨てました……ごめんなさい、土に還ってまた来てね……!
 ってことで、お昼は抜き。サリカさんとルナさんが、急遽買い物に出かけた。村だとお店はないから、アスラまで。
 村のみんなは自給自足で、足りないものはお互いに近所付き合いのよしみであげたりもらったりする。でも、唐突にやって来た私達、しかもこんな大人数じゃもらえないだろうし。
「……うーん」
 枯れてしまった花を取り除いた植木鉢。テーブルに置かれた、新しい土が入ったそれを見つめて、私はうなる。
 うーん、どうしようかな。また新しい種を撒いても、育ててる暇あるかなぁ……あまり手間のかからないものを選べばいいんだけど。よし、じゃあ種を取りに行こう。
 気楽に決めると、家の中には誰もいないけど、私はちょっと周りを気にした。それから、玄関じゃなく、裏の勝手口を開ける。すると、外から不思議な音色が響いてくる。
 多分、知らない人は、何かの音楽だと思うだろう。これは……グレイヴ=ジクルドが振動する音。
 家の表では、ノストさんとスロウさんが手合わせしてる最中だ。フィアちゃんも傍で見ているはず。セル君とミカちゃんはスロウさんの武器だから、当然二人もバトル中だ。
「………………」
 ……なんだかノストさん、思いつめた様子だった。まさか自分からスロウさんに「相手しろ」なんて言うなんて、よっぽどだ。
 ヒースさんに勝てなかったこと……やっぱり気にしてるのかな。それとも……神様相手に、負けることは許されないっていうアルトさんの言葉を気にしてるのかな。
「……私もいるってこと、忘れてないかな」
 勝手口は裏だから、目の前は森だった。私は小さく呟いて、見慣れた森へと歩き出す。
 そりゃ、私は戦えないけど。自分自身、予測不可能な力を使うから、もしかしたら何か役に立つことするかもしれないし。……甘く見すぎかな。

 緑の生い茂る森を歩いていくと、視界が開けた。目指した通り、小さな川が流れている場所に辿りつく。アクテルム川の支流だ。もう1本、枝分かれした川の傍にはフェルシエラがあるって言うんだから、なんか不思議な気分。
 懐かしいなぁ……半年前、ノストさんとアルフィン村に来て、追放宣言された時、走って逃げたっけ。で、泣いてるのバレたくなくて、川にわざと落ちて寒い思いをした。
 川の傍に近付いて、人知れず小さく笑い声を上げると、後ろから、川原の石を踏む音がした。
「この川、何か思い出でもあんのか?」
「はい。ノストさんと、ルナさんを追う旅を始めた場所ですから」
 いると思っていたから、私は流暢な流れで返答して、振り返った。
 記憶の中にしかいない、私のお義父さんが立っていた。
 ヒースさんが、快活に笑う。
「アイツの毒舌には参ったろ?」
「最初の頃は、ほんっと性格悪いって思ってましたけど、そうじゃないんですよね。悪いのは口だけで、ノストさんは凄くかっこよくていい人です。……あ!い、今の、深い意味はないですからねっ?! 信念があってかっこいいってことですよ!?」
「ほーう?まぁそういうことにしておくか。ちゃんとアイツの本質が掴めてるなら、問題ねぇな」
 つい言ってしまった言葉に慌てて付け加えて、でも嘘はついてない!ヒースさんは絶対信じてない様子で、肩を揺らして笑う……う、ううう……!!
 和やかなやり取りだって思った。私も、彼も、心から笑っていて。……でも、敵同士。
 記憶にある、活き活きとした笑顔。とても懐かしい。懐かしいはずがないのに・・・・・・・・・・・
 私は、”お父さん”の笑顔が好きだった・・・・・
 だから、こうして……自分の目で見られたことは、とても嬉しくて。
「ん……?って、お、おいおい?いきなりどうした?俺のせいか!?」
 不意に、ヒースさんが慌てた様子で、私の顔を窺うように聞いてくる。喉が詰まって何も喋れない私は、こぼれた涙を拭きながら頭を振った。
 本当のお父さんじゃないって知ってから、彼のことは「ヒースさん」って呼ぶようにしてた。
 だけど……例え偽りの記憶でも、これは「私」を構成する記憶の一部で、全否定することはできない。
 私の中では、彼はいまだに、私のお父さんなんだ。
 亡きお父さんに会えてお話しできたってだけで、胸がいっぱいになる。
 記憶にしかない彼が、目の前にいる。

「…………ずっと、話してみたいって、思ってました……ヒースさん」
 ……でも、震える声が選んだのは、やっぱり「ヒースさん」だった。
 だって私は、人間じゃない。
 埋めようのない差。
 義理でも、彼の娘にはなれない――。
 一瞬、ヒースさんの顔が少しだけ曇って。すぐに、懐かしそうに笑った。
「俺もだ。お前は寝てばっかりだったからなぁ。エリナも、ずっとお前が起きるのを待ってた。……その前に、死んじまったみたいだがな」
「……ノストさんから聞きました。貴方は、エリナさんの言葉を尊重して、彼女の元を離れたって」
「……どうなんだろうな……俺は多分、逃げただけなんだ。スロウより先に剣をって言い訳して、逃げただけだ……」
 エリナさんのことになった途端、ヒースさんは笑みの種類を変えた。自嘲気味にも、寂しげにも、参ったようにも見える、不思議な微笑。
 それは何処かで、聞いたようなセリフだった。少し前、私が言った言葉と似ていた。

『私は……わたしは、戦ってません……逃げてただけなんです……ずっと……ずっと、逃げてた、だけなんです……っ』

 私は、神様から逃げていただけだった。だから、簡単なことじゃないけど、向き合おうと努力しようと思った。
 ―――じゃあ、ヒースさんは、何から逃げていた?

 ヒースさんの顔から、すっと笑みが消えた。
「で?最優先ターゲットの神子様よ、お前は捕まりに来たのか?」
 私と彼の間、私の歩幅で7歩くらいの距離を目で指して、彼は言う。彼なら、軽い跳躍で詰めてくるだろう間合い。つまり私は、彼の射程範囲に入っている。
 途端に、和やかだった空気が緩やかに緊張していく。殺気こそは放たれてないけど、ド素人の私には、いつ来るんだろうって心臓に悪い。
 背後に川があって退路がない私は、自分を奮い立たせるように、できるだけ強気に告げた。
「罠です」
「は?」
「神様の術式の創造にどれくらいの時間がかかるのかはわかりません。でも、倒されていない貴方がまだ私達を探せずにいるというのはおかしいと思ったんです」
「………………で、俺は、馬鹿正直に罠にかかったのか。自分が一人になれば、こっちからやってくること間違いなしってわけな」
 少し一杯食わされた様子のヒースさんは嘆息した。「俺の単純さを上手く使われてる……」と小さく呟いた声はばっちり聞こえてますとも。
 彼以外に、他の神の軍の姿は見えない。でも、彼らには気配がない。傍には森だし、背後の川の向こうには何がいるかわからない。気は抜けない。
「じゃあ、お前一人で、俺を倒す、もしくは逃げ切れるって?」
「どっちも無理ですよっ。私、戦いなんて素人です!剣だって持ち上げられませんでしたし!」
「……わざわざ捕まりに来たとしか思えないんだが」
 フェルシエラでのことを思い出してちょっと悔しくなる。な、何で持ち上げられなかったんだろう……ブリジッテさんは軽々使ってたのに!クワなら軽々使えるのに!
 私の意図がわからず、困惑しているヒースさん。私は、大きく息を吸い込んで……ふっと、笑んだ。
「鬼ごっこしませんか?」
「はぁ?」
「鬼ごっこです。ルールは今更ですけど簡単、私が逃げるのでヒースさんが捕まえる。ノストさんが来るまで続行です」
「おいおい、突っ込んでくれと言わんばかりだな。俺は手加減しねぇからな?大体、ノストが来るまでって、アイツに報せたわけでもねぇのに……」
 ド素人の私には、逆に隙だらけのようにも見える悠長な立ち姿。それでも、そこに一片の油断さえないんだろう。きっと私の一挙一動なんて、止まってるように見えるに違いない。
 怪訝そうなヒースさんに、私は――
「ノストさんは絶対来ます。だから私は捕まりませんし、捕まる気もないです!!」
 言い放つとともに、後ろへと跳んだ。川の上を舞う。
 刹那で眼前に現れたヒースさんが、バシャっと川に踏み入るのが見えて。
 大きな手が私の腕に伸びる。

 ―――拡け、私の力。

「凍れッ!!」
 たんっと宙を蹴り・・・・、上空へ離脱して叫んだ。
 タイムラグは皆無。私の叫びに応えて、小川が一瞬で凍てつく。今回は表面だけじゃない、水底まですべて。
「ちっ、やるじゃねーか!」
 足を踏み入れた直後だったヒースさんは、足元を凍りついた水に固められて動けない。氷の双翼で対岸に下り立った私は、さらに追撃をかける。
 大気中に混ざる水蒸気に向けて願うと、凍りついた水分があられとなって降り注ぐ。
「ってぇー!地味に痛ぇぞ!!」
「術式が肉体まで構成できるようになったのが仇になりましたねっ!」
 多分、ヒースさんが幽霊の姿だったらできなかった。ヒースさんが腕で頭をかばっている最中に、私は氷河を飛び越えて、アルフィン村側の対岸に戻る。
 この状況を見るに、きっと今、ユニスさんやリズさん、アグナスさんはまだ復活してない。だからこそ、今のうちにヒースさんをなんとかしないといけない!
 今までヒースさんがやって来なかったのは、さすがに、こちらの今いる人数が多かったからだろう。やっと出てきてくれたんだから、みんながいる方へ誘い込まないと!
 駆け出そうとしたら、背後でガキンッと固い音がした。
「え――!?」
 肩越しの尻目に捉えたのは、青緑色のロングコートの裾。もう突破された……!?
「川が浅かったのが仇になったな!」
「あっ!」
 片腕を掴まれて引っ張り上げられる。足が浮いた。振り払おうとしたけど、大の大人相手に、私の腕力なんて全然通用しない!
 このままじゃ……!
「ま、負けません!あられ降れ降れー!!」
「イデデ!! だから痛ぇって!」
 頭にボタボタ降ってくる大粒のあられを、片手で払うヒースさん。あられは集中的に、私の手を掴んでいる彼の腕に向けている。この人をどうこうしなくていい、ただ手が緩めばッ……!!
「ったく面倒臭ぇ~!えーっと、何言えばいいんだっけ?」
「え、ええっと、『やっほーい』ですよ!!」
「おお、やっほ~い……ってンなわけねーだろ!だああくそ、こんな時に物覚えの悪さが響くとか俺マジかっこ悪っ!」
 宙吊りにされたまま、私が何気なく言ったらヒースさんはそんなことを言う!ってことは、彼の物覚え悪さで私は助かってるの~!? 運がいいというかマヌケというか!?
 自由な片腕をブンブン振り回し、私がじたばた暴れると。不意に、背後からザァッと風が駆け抜けた。
「「……!?」」
 知っている”風”だった。
 刹那、ヒースさんの手が緩んで、私は解放される。どさっと尻餅をついた私の横の地を、たんっと誰かが蹴った。
 そして、リィィ――ンと、透き通る音色が辺りに響き渡った。

「よぉ……つーことは、鬼ごっこは俺の負けか」
 交差した剣の向こうから、ヒースさんが相手に向けて言う。さっき彼と話した時に、私が呼びかけておいたノストさんだった。
 二人とも、少し具合悪そうなのは、さっきの破壊ロアのせいだろう。今、破壊ロアで術式は壊せない。だけど、いくらか余波は受けるみたいだ。くらっと来る感じかな。ノストさんは、やっぱり負荷が原因だ。
 ノストさんは、立ち上がった私を横目で一瞥し、ヒースさんを見て一言。
「この変態が」
「は!? いい年した俺が若い娘を吊り上げてたのが犯罪にしか見えないってことかよ?!」
「自覚してるなら教団に自首だな」
「残念だったな、俺も教団員だ!っつーわけで無罪放免!」
「裁判するのは生きてる人間だ」
「それも残念、死者は裁けねーだろ?」
「今は生きてる」
「お前めんどくせー!!」
 とか他愛無い会話を、刃を噛み合わせたまましてるんだから奇妙な光景。な、和やかすぎるバトル……旧知の仲だからこそなんだろうけど。
 ばっと剣を引くと同時に屈み、ノストさんは私を担ぎ上げて後退した。ちょ、私を米俵扱いするの手慣れてらっしゃるんだけど、この人……!
 跳躍して離れてから、ノストさんは私を降ろして一言。
「下僕がいい身分だな」
「だから下僕じゃないですって!呼びつけたのは悪かったですけど!緊急事態でしたしっ!」
「誰のせいだと思ってる、迷惑女」
「………………どーせ私のせいですよすみませんでしたあぁあ!!!」
 確かに、自分で自分の首を締めたわけだけど!一人で非常事態にしたわけだけど!ヒースさんを誘い込んだのは評価してほしい……!
「うげぇ……破壊ロアで消えるってことはないにしろ、こう、魂を揺さ振られるような感じが最高に最悪だぜ……」
 大剣を自分の横に突き立てたヒースさんは、半眼で額を押さえ、具合悪そうにうめいた。
 やっぱり、ちょっとは効いてるらしい。……でも、「ちょっと気持ち悪かった」くらいで破壊ロアを乱発なんてできない。明らかに、ノストさんにかかる負荷の方が大きすぎる。
 現にノストさんも、さっきの破壊ロアでちょっと疲れてる。私は……やっぱりというか、まったく影響ない。
「……ラシュファでも、負荷がかかるのか」
「へ?」
 小さく呟かれた言葉は、唐突すぎてクエスチョンマーク。私が見上げると、ノストさんは緊張した面持ちで、氷の川を背にして立っているヒースさんを見据えている。
 誰に放たれたかもわからない問いに対する返答は、彼の手元からした。

―――破壊ロアでも再生ラシュファでも 負荷はかかるわ 神の力だもの
―――貴方が思っている通りよ ノスト

 そう言うラルさんの返答も、言葉が少なすぎてやっぱりクエスチョンマーク。でもノストさんは納得した様子で、一人置いていかれている私に言い放つ。
「お前は川辺にいろ」
「え?い、いいですけど……あの……スロウさん達は、いないんですか?だって……」
 ……その先は言いづらくて、言葉が詰まる。ノストさんだってわかってると思ったから、さらに追い詰めるようなことは言えなかった。
 ノストさんは、ヒースさんに勝てない。
 いや、きっと誰も、ヒースさんには勝てない。
 私としては、ノストさんと手合わせしてたスロウさんも来ることを望んでた。人数が多ければ、対策も考えられるかもしれないし。
 でも、スロウさんやセル君、ミカちゃんの姿はない。もしかしたら森の中にいるのかもしれないけど、とにかく、この場にはいない。
 何でだろう?ノストさんが急に手合わせを切り上げた理由、スロウさんなら気付いてもよさそうなのに。
 それに……ノストさんには、右腕の感覚が戻った。これで自在に剣を扱える代わり、痛覚も蘇った。傷だらけの右腕じゃ、何処まで粘れるかわからない。
 ……ノストさんは、嘆息した。
「他人事だな」
「え!? あ、そんなつもりじゃ……」
「過小評価だ、このドベ神子」
「……へ??」
川辺にいろ・・・・・。それ以上は自分で判断しろ」
「………………」
 ラシュファ。
 過小評価。
 神子。

 ……私は、ノストさんから目線を外し。彼と同じように、ヒースさんを見た。
 身長は高くない私と、背高のノストさん。
 変な力を持つド素人と、とっても強い剣士様。
 そんな二人が、奇しくも背中合わせで立って、超強い相手を見据えて対峙してるなんて、相当奇妙な光景だ。
 背後のノストさんに、覚悟を決めて言った。
「―――はい。私にできることがあったら、いつでもどうぞ」
 ……ですよね。私、過小評価でしたよね。
 私の力は、無限の可能性を秘めた、叶える想いクロムエラトなんだから。

 彼は、そんな私を信頼して、傍にいるように言ってくれる。
 私は、そんな貴方と一緒に戦います。
 私達が出会った理由、
 私達が旅立った理由、
 そして、私達がずっと追っていた―――
 私達の過去の象徴とも言える、一人の剣聖と。

「……いい目だ」
 微笑む幻影。偽りだったとしても、想い出はいつだって優しい。
 その想い出が、大剣を構える。牙を剥く。
 向き合わずに進むことは許さないと言うように。

「―――神子ステラ、剣聖ディアノスト。過去オレを負かしてみろッ!!!」

 過去を突き破るように、私達は同時に地を蹴った。