relic

……神様は、エオスに直接は干渉できない。
グレイヴ=ジクルドがあれば話は別だったかもしれないけど、とにかく今は無理のはず。
だから、『断罪しに行く』って……いまだによくわからない。

「っふー……」
ミディアの中庭の中央にある、アルトミセア像。彼女の像が佇む台座の石に寄りかかって、私は息を吐き出した。
さっきまで、礼拝室の2階にある資料室で調べものしてて、今はちょっと休憩中。うーん、いい天気。フィアちゃんが手入れしてる花達も、綺麗に咲いて風に揺れてます。
……神様について調べてたんだ。これまで私は、フィアちゃんとかサリカさんとか、人づてにしか話を聞いたことがないから、ちゃんと文献を読んでみようと思って。……私が机に向かって本を読むなんて、自分でも珍しいって思ったけど!別に本が嫌いなわけじゃないけど、本自体、アルフィン村にはあんまりなかったし。
でも、そうそう新しい情報はなかった。さすがはフィアちゃんとサリカさん、めぼしいところは網羅して話していたらしい……まぁ、復習にはなったかな?うん。

空を見上げると、真っ青な空が見えた。ほんと今日、不思議なくらい、いい天気だなぁ~。ぽかぽか陽気で日向ぼっこして眠れそう。このまま寝ちゃうのもいいかも。
ふと、上に上げた視界に、私の背後のアルトミセア像が入り込んだ。
……あれ、そういえば私……、
「……アルトミセア様について、全然知らないや……」
グレイヴ教団創設者にして、初代セフィス。オースを唯一理解して、術式さえも組めたっていう、聖女の中の聖女……アルトミセア=イデア=ルオフシル様。
……アルトミセア様も、謎の存在だ。記録が残ってないって言うのが一番の理由だけど、あまりに彼女について知らなさすぎる。
私は立ち上がって、改めて像を見てみた。
石像だから外見の色合いはわからない。波打つウェーブの髪は、腰をずっと通り越した長さ。台座の上にいるから、わかりづらいけど……身長はそんなに高くないかな?アルトミセア様に似せて創られたっていうカノンさんを思い描いてるから、そう見えるだけかな?にしても精巧な作りだなぁ……。
神様は、アルトミセア様にグレイヴ=ジクルドを託したって言っていた。
でも、エオス……教団では、神様がエオスに置き忘れたものだとされてる。神様曰く、アルトミセア様がそう伝えたらしい。
どうしてだろ?神様は、アルトミセア様も人間である以上 仕方なかった……って言ってたな。神様とは違って、人間には寿命があるしね。
「……―――――」
……そう思って、ゆっくりと思考が凍りついた。
―――――私は?
神様に寿命はないんだろう。
なら……私は?
その娘である私は……?

「複写のキミは、まず不老……構成自体は、とても繊細……強い内的・外的衝撃には、耐え切れない……」

「――!!」
心を読まれたかのように、声がした。
……ううん違う。実際に心を読んだ背後の彼女は、反射的にバっと振り返った私に静かに言ってくる。
「でも、衝撃さえなければ……キミは、奇跡的な構成の、バランスを保ち続ける……」
「……ミカちゃん……」
ミカちゃんだって言うのはすぐにわかった。確かめるように呟く私の近くに、真っ白な女の子は、すーっと地面を滑って近付いてくる。それから、私の顔を見て少しだけ申し訳なさそうに。
「……余計、だった……?」
「あ……ううん、そんなことないよ!そっか……やっぱり、そう、だよね……」
私が疑問に思ったことに答えただけだけど、余計なお世話だったかもしれないって、そう思ったらしい。
私がショックを受けているのをそう解釈したミカちゃんに、慌てて首を振る。これは本心。事実は知っておいた方がいいってわかってるし。……と言っても、嘘をついたところで、この子にはすぐバレるんだろうけど……そう考えると、嘘吐けないや。
……胸に手を当ててみる。鼓動が感じられる。
ケガをすれば血も出るし、ちゃんと心臓があるってことはわかってる。
それでも……私は、創られた存在。極限まで人間に近い、でも根本から違う存在。
「……私……寿命、ないんだ」
「うん……ボクらも同じ……」
「ミカちゃん達も……?」
うつむいて、つい寂しげに言ったら、ミカちゃんが言ってきた。……そういえば、私はアルカに似た存在だって前に言われたっけ。
顔を上げると、ミカちゃんは視線を花壇に向けた。色とりどりに咲き乱れる花々を見て、続ける。
「ボクらなんて……特にそう。真の姿は……刀の方だから。この姿は幻みたいなもの……ボクらは、生粋のアルカ。だから……キミと違って、構成はしっかりしてるし……内的・外的衝撃でも死ぬことはない……」
「そ、っか……死ねる存在じゃないって、言ってたっけ」
「うん……もう何百年……過ごしたのかな……」
「………………」
「そのうち……こうして、人の姿で過ごしたのは……もっと、もっと短い……」
……いつものぽやんとした表情で語るミカちゃんの横顔が、なんだか凄く悲しく見えた。
二人も……孤独だったんだ。セル君っていう相方はいるけど、死ぬこともできずに、ずっと……何百年も、生きてきて……。
「……ミカちゃんっ!!」
「っ……?」
思わず泣きそうになって、それをごまかすために、私はミカちゃんに抱きついた。少しだけ、ミカちゃんが驚いたように息を詰める。……けど結局、涙が出てきた。
「……ステラ君……凄く、悲しんでる……」
「ご……ごめんね……泣きたいの、私じゃないはずなのにっ……ミカちゃん、ずっと寂しかったよね……」
「…………ボクは……平気。……セルクの方が、ボクより、苦しんでるはずだから……」
なぜか私が慰められるように、ミカちゃんに頭を撫でられる。いつものぼんやりした口調が、やけに悲しかった。
平気だなんて……嘘だ。感情の変化に乏しいからって、いっつもそんなこと言ってばっかりだ。君だって、乏しくたって、悲しいって思ってるでしょ?
……そんな寂しそうな目、してれば……すぐわかるよ……。
「……ステラ君は……本当に、よくわからない。ボクみたいに心が読めるわけじゃないのに……何で……?クロムエラトでも……アルカのボクらの心は、読めないはずだし……」
私の思惑通り、心で思ったことを読んだミカちゃんが、不思議そうな声で問う。私は何も言えずに、ただぎゅっと腕の力を強くした。
「………………。ステラ君……ボク、キミに会えて……よかったって思う……」
「え……?」
「ルナ君の複写、じゃなくて……キミ自身に……」
涙が落ち着いてきた頃に唐突にそう言われて、私はミカちゃんから離れて彼女の顔を見た。すると……彼女は、ほんの小さく、微笑んでいた。
「ボクらの正体、知らなかったとしても……ボクらを普通に扱ってくれて……嬉しかった。……初めて、だったんだ……」
「ミカちゃん……」
「ボクは……精神侵食する生闇イロウだから……あまり、気持ちが動かないんだけど……でも、嬉しかったんだ……」
「………………」
「……だから……キミは、キミのまま……自分に素直でいてね……」
「…………自分に……素直で……いい、の……?」
思いも寄らぬ一言に、私は呆然と問い返していた。
……心を読むミカちゃんだから、もしかしたら、気付いていたのかもしれない。とにかくその言葉に、私は……つい、また泣きそうになった。
ノストさんを生き返らせて、その構成を変えた罪。罰を受けなきゃと思いながらも、逃げたいと思う自分に……私が悩んでいること。
こんなことを考えている自分は、いけないんだって、何処かで思っていたから。

…………私は……逃げても、いいの……?

「……で、でも……私が、したことは……」
許されることじゃない。
……そう言おうとしたら。目の前でバッとミカちゃんの長い白髪が翻り、次の瞬間、私は宙を飛んでいた。
「へっ……!?」
突然ミカちゃんが、私に抱きついて跳んだのはわかった。
刹那の出来事だったのに、荒々しくもなく羽のような軽やかさで着地したミカちゃんは、私から腕を離すと、ふわりと舞のように前に向き直る。一瞬見えた横顔が、引き締められているのが見えた。
「み、ミカちゃん?!」
ミカちゃんは、まるで私を何かからかばうように前に立っている。な、なになに?どうしたのっ!?
彼女の肩越しから、慌てて前を見ると……さっきまで私とミカちゃんがいた芝生の上に、見知らぬ人がいた。片膝をついて、抉られた芝生に右の拳をぶつけた格好で。何処からか殴りかかってきた……ってこと!?
そしてその背後には、ざわざわと揺れる影。……信じられないことに、老若男女問わず数十人は人がいた。
うそ、こんなにたくさんっ……いつの間に、何処から……?! 凄く静かだったから、全然気付かなかった!
「おお、意外。そこの白い女の子が、そんなに敏感だったなんて思わなかったよ。人は見かけに寄らないか~」
「こりゃ厄介そうだねぇ」と笑いながら、すっくと立ち上がる先頭の人。小麦色の肌の女の人だった。首には菫色のマフラーを巻いているけど、体はシャツくらいの薄着だ。年は……ルナさんと同じくらい?
……知らない人だった。だけど……なんだか、見覚えがあって・・・・・・・
「そういや白い子は、アルカだって言ってたかな?あはは、そりゃあ厄介だよねぇ~。ごめんごめん、正直舐めてたよ」
聞き覚えのある口調で話す、紅色のポニーテールの女性。笑う、猫のような金の双眸を呆然と見つめて……頭をよぎった幻影が唇からこぼれた。
「…………サリカ……さん……?」
……ううん。彼じゃない、まったくの別人だってことは、見ればすぐにわかる。何より目の前の女性は、サリカさんと違って間違いなく女の人だ。胸あるし。
けど……ポニーテールの髪型、長さと言い、その悠然とした態度と言い、気軽な口調と言い……その佇まいが、サリカさんに凄くよく似ていた。
私とルナさんは、同じ顔を持つだけで、口調や態度は違う。
でも、サリカさんとこの人は……顔こそは違うけど、まとう雰囲気が同じだ。
この人……誰……?!

「……キミは……誰……?今……ステラ君、狙ってた……」
「まぁ、そうだけどね。他のメンツは、どうしたの?サリカはいないのかな?」
「っ……!」
サリカさんと同じ口調で、でも彼とは違う声で。彼女は、彼の名前を口にした。
思っていたことを見透かされたようで、思わず息を呑んだら……彼女の不思議そうな顔が、不意に笑顔に変わった。
予感がして、私が自分の背後を見てみると……そこに、初めて見る、愕然とした顔のサリカさんが立っていた。
女の人が、ひらりと手を振って言う。
「や、サリカ。久しぶりだね~。5年ぶりかな?」
「…………嘘……だろ……」
オリーブ色の双眸は、見開かれたまま、女性に釘付けになっていた。彼が絞り出した小さな声は、震えていて。
「言っとくけど、夢とか幻じゃないからね~。現実現実」
「……何、でっ……どういうことだよ!? 何で、ユニスが……!!」
「ほらほら、落ち着けって。私達をよーく見てみなよ」
信じられないという顔をしたサリカさんが言わんとしていることを悟り、女の人……ユニスさん、かな?彼女は、ひょいひょいと自分を親指で指差した。
言われて、私もよく見てみると……ユニスさんを始め、彼女の背後の人たちも、姿がやけにおぼろげだった。……それもそのはず、彼女たちは透けていた・・・・・。幽霊みたいに。
「幽霊……?」
思い浮かんだワードを呟いて、はっとあることを思い出した。
幽霊都市と化したオルセス。そこの支配者だった、姉神子のカノンさん。
まさか……っ
「まさかお前……神の手先……!?」
私と同じことを考えたらしいサリカさんが、その先を言った。ユニスさんは「そうそう、大正解」と楽しそうに笑う。
「魂はユグドラシルにあるからね~、やりやすかっただろうよ。現役の神官のお前なら、仕組みわかるだろ?」
「……っ……」
ユニスさんが言う通り、サリカさんには何が起こっているのかわかっているらしい。サリカさんは、とても苦しげに表情をゆがめていた。
……でも、それだけじゃない気がする。ユニスさんがいるだけで、なぜだかサリカさんは苦しそうだ。
サリカさんと、ユニスさん……どういう関係なんだろう……?

 ユニスさんは、私に視線を移して言う。
「神サマが、神子と神剣をユグドラシルに連れて来いってさ。それから、世界の真実を知ってるグレイヴ教団の奴らを、片っ端から潰してこいって。神サマ曰く、神子も神剣も、捕まえて、『神様捕まえたよ』~って言えば、ユグドラシルに帰っちゃうらしいよ?」
「え……!?」
「神が……そういう術式を、彼らに組んでるんだ……」
驚く私に、ミカちゃんが補足してくれる。そ、そっか……【真実】を封じる術式とか、私自身という術式とか、とんでもないものまで作れるんだもんね。それくらいの術式なら、即座に作れて当然か……自分の力だし。

『そなたら二人を 断罪しに行こう』

……そういうことか。
ユニスさんが率いてきた幽霊軍。神様は、この軍隊でエオスに干渉してくるつもりなんだ……!
「今後、私達みたいな神の軍が来るってことでよろしく~。ちなみに私らは、魂そのものじゃないから、殺したって全然問題ないよ?術式が壊れて散るだけ」
「……神の、人形……?なら、お前は……」
「そう、それ。でも意識は、神サマじゃない。確かに私自身だよ?」
私の背後にいるサリカさんの声。何処か期待したようなその言葉を、ユニスさんはくすりと笑って否定した。
神の人形……私がユグドラシルにいた時、ノストさんのところに、私の姿を模した神様が来たって聞いた。きっとそれのことだ。
その人形は、その人と同じ声、口調で喋るらしい。だから傍目からじゃ、意識が神様なのか、本人なのかわからない。
……ということを、ユニスさんも知っているらしく、「つっても、信じてくれないよね~」と苦笑した。
「じゃあ、何か思い出話でもすればいいかな?ま、神サマは全知と来たもんだから、それでもダメかもしれないけど」
「……やめろ……」
「……さ……サリカ、さん……?」
思いついたユニスさんが言い出したことに、低い声が返る。サリカさんの声だって、すぐにわからなかったくらい、いつものサリカさんの声より、ずっと低くて……震えていて。
振り返ると、サリカさんはうな垂れていた。そんな様子とは正反対のユニスさんの軽快な声が、私の耳に届く。
「そうだね~、改めて自己紹介でもしようか。私は、ユニス・ラオ=フェンゼデルト。享年20歳のレンテルッケ出身」
「やめろっ……」
「生前は、グレイヴ教団ティセド所属だった。そして5年前、アルトミセア領エーワルト村で、事故で死んだ」
「やめろ!!!」
「っ!?」
そこまで聞くなり、彼は固く耳を塞ぎ、その場に膝をついた。まるで子供みたいに縮こまってしまったサリカさんの肩は、尋常じゃなくガクガクと震えていた。
「俺は……俺はっ……!!!」
「サリカさんっ!?」
普通の動揺の仕方じゃない!慌てて駆け寄ると、サリカさんは目を限界まで見開いて、荒い呼吸で肩を大きく上下させていた。
「あらら~、こりゃ悪いことしたかな……昔も今も。もしかして、トラウマになってるのかもねぇ……」
トラウマ……?
困ったように言うユニスさんの言葉に顔を上げると、
「サリカ君、このままだと……!」
ミカちゃんが焦った口調で言い、すぐにユニスさんに向き直った。私の見る前で、ユニスさんの顔が不快そうにしかめられる。多分、精神侵食だ。
そうしてから、ふわりと、ミカちゃんが跳んだ。
舞うように振り下ろされた長い白の袖が、ユニスさんのクロスした両腕に激突した!
「っと、さすがに固くて痛いなぁ……!」
ミカちゃんの腕をユニスさんが押しのける頃には、ミカちゃんは体を反転させて横に移動していた。振られるもう片方の白い袖は、ユニスさんの背後から迫る。
ユニスさんはすっと腰を沈めてやり過ごすと、踏み込みと同時にミカちゃんの鳩尾付近に肘を突き出した。
「……!」
ミカちゃんはアルカ。ジクルドがセル君を切れなかったように、彼女も切れないはずだ。それは殴打だって同じのはず。
……だけどミカちゃんは、少しだけ焦ったように見えた。

直後、私の横から飛び出していった黒いものが、その勢いのまま、ミカちゃんを突き飛ばした。ユニスさんの攻撃は空を切る。
ミカちゃんを突き飛ばしたのはセル君だった。二人は、ユニスさんの後方の花壇の上に折り重なるように倒れていた。
「せ、セル君っ!? ミカちゃん!」
「ごめん……セルク……」
「いくら俺らでも、人間の急所をやられたら、しばらく人の姿になれねぇ!ステラ、逃げろッ!!!」
「ステラ君っ……!!」
切羽詰まった声で二人に名前を呼ばれて、私はようやく、己の身に迫る危険を知った。
「チェックメイト~っと!」
「っ……!」
気が付けば、ユニスさんが、私に向かって跳んでいた。
私の前にいる者がいなくなった刹那。傍にいる今のサリカさんじゃ無理だ。
当然だけど、その跳躍は疾い。私が心の中で何かを想うのを上回る速度で近付く一瞬。
捕まったら……ユグドラシルに連れて行かれるっ……!!

……負けない!
拡いて、クロムエラト。
せめて弾く盾をっ――!!

「無駄だよ」
もう手前まで近付いたユニスさんが不敵に笑った瞬間。……その顔に驚きが走り、即焦りに転じた。
「くっ!」
ユニスさんはやむを得ずそこに着地、そして間髪入れずに後ろへ宙返りした。彼女がいなくなった空間を、上から降って来た1本の銀閃が、音もなく縦に両断する。
続けて、2度、銃声が響いた。宙に浮いている最中に、ユニスさんの背後から響いたそれは、さすがに避け切れなかったらしい。肩から何か光の粒のようなものが、ぱっと散るのが見えた。彼女の姿は、幽霊軍の中に紛れていく。
一方、私の前にスタンと着地し、今すっと立ち上がる紫色の後姿は……、
「ノストさんっ!? ど、何処から……」
「屋根」
ノストさん、上から降って来た!そんな馬鹿なっ!?と思って、つい聞いたら、振り返らずに短く返答してきた。……なるほど、通路の屋根の上からか。そ、それでも何と言う跳躍力……。
「ノスト、ステラを連れて逃げてっ!!」
幽霊軍の後方に回り込んでいたルナさんが、エルンオースの銃を振り上げて叫ぶ。スロウさんと一緒に、後ろのフィアちゃんをかばいながら、襲ってきた幽霊の人達と戦っていた。ルナさんに撃たれた人達は、患部からサラサラと山吹色の粒を散らす。
その一方で、ルナさんは厳しい顔つきをしていた。フィアちゃんの傍にいるスロウさんも、また。
「なるほどねっ!神の力で作られた術式相手には、アルカは効きが悪いみたいっ!!」
「効くだけいいだろう!普通の武器は受け付けないらしい!」
「はぁ!? ってことは、君の力は期待できないってこと~?! ちょ、一人じゃ無理だってば、この数っ!!」
泣きそうなルナさんの声は、よく通って聞こえた。
アルカの効きが悪い上に、普通の武器は受け付けない……やっぱり、オルセスの幽霊さん達と似てる……!違うのは、オルセスの幽霊は魂そのものだったけど、今回は人形っていう術式だってくらいだ。
でもそれじゃあ、ラミアスト=レギオルドを使えないスロウさんは幽霊相手に戦えない!ルナさん一人じゃっ……!!
サリカさんの傍にしゃがみ込んでいた私が、思わず立ち上がると。花壇から起き上がってきたセル君とミカちゃんが、私とノストさんの正面に割って入って言ってきた。
「ボクらが、押さえてるからっ……」
「神子のお前が捕まったら終わりだ!早く行けッ!!」
「で、でもっ!! それなら、私も一緒に……!」
こっちは不利な要素ばかりだ。そんな相手が、あれだけいるなんて……!
前に踏み出しかけたら、制止をかけられるように、軽く肩に手を置かれた。
ノストさんを見上げると、彼は手を下ろして、おもむろに反対の腕を上げた。
……グレイヴ=ジクルドを握る右手を。

放て 貴様が思い描いたものが現実となる―――

唐突に、ジクルドさんの声が聞こえて。
神剣を左の肩口に引いたノストさんは、そこから刃を振り抜いた。

ザァっと、世界に波が駆け抜けた。

……煌きが、見えて。
気が付いたら、中庭じゅうに優しいあたたかな光達が舞っていた。
太陽の光のような、山吹色の粒子達。
『うーん……気付いちゃったか……」
天へと昇っていき、その途中で消え行く光の中。それをまとうように立っているユニスさんは、なんとなくぼやけた声で言った。参ったように、頬を掻く。その指先が、まるで砂で出来ていたかのように、はらはらと欠けていく。
「私達の天敵は、グレイヴ=ジクルドなんだよね。破壊ロアでも再生ラシュファでも使われたら、私達は消える。破壊だと術式が壊されるし、再生だと在るべき場所……ユグドラシルに強制送還される』
山吹色の粒になって末端から散っていくユニスさん。人形の術式を組んでいたオースが、術式が壊れたことで、ほどけて大気に溶けていっているんだ……。
あんなにたくさんいた、幽霊さん達が……無数の光になって舞う、幻想的な庭。その光がなんとなく、ユグドラシルに旅立つ魂のように見えた。……この場所は今、小さなエオスみたいだ。
肩で溜息を吐いてみせて、もう上半身しか残っていないユニスさんは快活に笑んだ。
『ってことで、今回は私達の負けだ。まぁ、試作術式プロトタイプにしちゃ上出来だろ?つくづく、神サマは凄いよな。魂に、未完成とは言え、自分で動ける体を与えられるなんてさ』
「……今回は……ってことは、また来るんですか……?」
『そりゃねぇ。私達の基盤になってる魂はあっちにあるんだし、基盤がある限り、複写はいくらでもできるだろ?それこそ無尽蔵だ』
顔だけになったユニスさんは、フッと笑うと……最後に、私の隣で、いまだうな垂れているサリカさんに目をやった。
『次来るときは、サリカと戦いたいもんだねぇ』
……その言葉を最後に、ユニスさんの姿が完全に崩れ去り、光も消えていく。粒子が立ち昇っていた中庭から光が消え、いつもの風景が戻ってくる。呆然と、それぞれの場所に突っ立っているみんなが見えた。
まるでさっきの攻防が嘘のような、静かな庭園。
「…………俺は……」
幻のように消え去った人々を、ぼんやり思い返していると、隣から掠れた声がした。
膝をついたままのサリカさんは、いつの間にか落ち着いていた。彼は、耳を塞いでいた手をだらんと下ろして、虚ろな瞳で、ユニスさんが消えた場所を見つめていた。

「―――謝ってない……謝ってないんだ……」

……………………