raison d'etre

61 Memories 01 祝福される希望

「んー……まぁ、悪くなかった」
 また、別の声がした。
 これは……ヒースさんの声?だけど……彼の姿は見当たらない。ただ、世界が左右に動いた。
 その世界に映るルナさんが、少しだけ不満そうな顔をした。
「何でそんな曖昧なの?」
「いや、なんかこう……雰囲気は俺の村と同じなんだよ。けど、あのイっちまった信仰魂は、ちょっとなぁ……」
「また曖昧にしてごまかす~……やばいでしょ?人間終わっちゃってるでしょ?」
「おいおい、お前、同じ村の奴らだろ?ひでぇ言い様だな~……」
 ヒースさんの苦笑混じりの声に、ルナさんはくすくす笑った。私と同じ顔なのに……凄く綺麗で大人っぽい笑顔だった。

「……ルナさん……おと……ヒース、さん……?これって……」
≪さっきも言ったけど、ヒース=モノルヴィーの記憶よ。だから、これは彼の視点の景色なの≫
 私の近くに変わらない位置で立っていたカノンさんが、そう説明してくれた。
 なるほど、そういうことか……だからヒースさんの顔が見えないわけだ。私はヒースさんの記憶を、彼の目から見てるんだ。

 世界が……視界が、今度は反対側に動く。隣には、濃緑の髪をした男の人……カルマさんが並んで歩いていた。
「カルマはどう思った?」
「心が麻痺してるな……と思った」
「……お前もお前で、わけわかんねぇこと言うし……俺は、とりあえず頭に来た」
「そんなの聞かなくてもわかってるぞ」
「だって師匠、怒鳴ったしね!」
 ぴしゃりと返したカルマさんに続いて、視界外からルナさんがそう言って、二人とも面白そうに笑った。ヒースさんは、「俺は単純にできてんだよ」と面白くなさそうに言い返す。
 会話から読むと……タミア村の話をしてるらしい。みんな、私が感じたことと同じことを話していた。タミア村出身であるはずのルナさんさえも。
 あははっ……ヒースさん、村人さん達に怒鳴ったんだ。私も怒鳴ったから、なんだか親近感覚えるなぁ。
「いつからああなったかはわからないが、ユグドラシルに面していると言われるナシア=パントに住んでいるという優越感が、拍車をかけているような気はするな」  また、新しい誰かの声。低いけど、女の人の声。知っている声だったから、思わず身が強張った。
 視界が肩越しに、背後に向けられる。そこに、蒼いショートカットの女の人……イソナさんがいた。
 隣にいたルナさんが、少し歩調を遅らせて、後ろを歩いていたイソナさんの隣に並んだ。
「さっすがイソナ姉、教団の聖書、もう全部頭に入ってるの?」
「当たり前だろう。お前、レセルの昇格試験がいつだか知ってるのか?」
「確か、1週間後だったよね?それが??」
「…………いや、何でもない」
「はは、ルナは一夜漬けタイプだからな!」
 本当に不思議そうな顔で聞き返されたイソナさんは、何も言えずに引き下がった。そのやり取りを見ていた私……ヒースさんが豪快に笑い飛ばす。
 レセルの昇格試験……ってことは、この時、イソナさんはまだレセルじゃない。この記憶、いつの頃のなんだろう……?
「で、ちょっと話戻すが……久しぶりの故郷はどうだった?あんなのでも懐かしいもんか?」
「うん、それなりにね!ところで師匠、村に遊びに来るの早かったけど、休暇に入ってから、ちゃーんと奥さんのところに帰ったの?」
「ん、まぁ……お前の村に遊びに行くのが先になっちまって、まだ帰ってねぇけどな……」
「えぇえっ!? 何やってんの師匠!? 普通、逆でしょ?! 最低っ!女心がわかってない!!」
「……そ、そうか……」
 ルナさんにこっぴどく叱られて、ヒースさんは少し申し訳なさそうな声で、そうとだけ言った。そうとしか言えなかったんだろうなぁ……確かにヒースさん、わかってない。好きな人は、真っ先に自分のところに帰ってきてほしいもんだよね!
 今の会話で、なんとなく状況がわかった。
 この頃、四人はすでに教団に所属していた。ついでに、イソナさんはもうすぐ試験の時期。
 それから、どうやら四人とも休暇をもらっていて、今はその期間中らしい。それで、ヒースさんがカルマさんを連れて、奥さんのところより先にルナさんの故郷・タミア村に1泊した。
 そして今、タミア村を出て、セントラクス方面に帰るところ……らしい。ヒースさんの場合、アルフィン村かな。
「エリナ嬢も、よく無神経なお前に惚れたもんだな」
「カルマ、その無神経って言葉、耳ダコだからやめてくれ……」
「庶民の師匠と、貴族令嬢のエリナさんの馴れ初め、聞きたいなぁ~♪」
「まぁ……そのうち気が向いたらな」
「ヒースの妻は貴族なのか?お前……まさか、政略結婚じゃないだろうな?」
「あのなぁイソナ……」
 四方八方から野次を入れられるヒースさん。ふふ……みんな、仲良かったんだ。私は知らぬ間に、小さく微笑んでいた。
「ルナ?どうした?」
 ふと、後ろからイソナさんのそんな声がした。視界が背後を振り返る。そこには、不思議そうに空を仰ぐルナさんがいた。
 ルナさんは、少し迷ったような顔をしてから、こちらを……ヒースさんを見た。
「……ねぇ、今、声しなかった?」
「声?」
「俺達以外のか?」
 ヒースさんがそう言ったら、ルナさんが頷いて。……その直後、綺麗な歌声が聴こえてきた。
 これ……私が聴いたのと、同じ。神様の声だ……!
「ほら、やっぱり……!」
「歌……?」
「これは……混沌神語か?」
「いや、似ているが少し違うな……どういうことだ?」
 みんなに知らせようと声を上げるルナさん、その声が流れるように紡ぐのが歌だと気付くヒースさん。冷静に分析するカルマさんの言葉を否定し、イソナさんが疑問そうに呟く。
 ってことは……みんなに聞こえてる?私の時は、私にしか聞こえてなかったけど……。

≪母様は、指定した相手だけに声を届けることができる。この時は、四人に聴こえるようにしたようね≫
「じゃあ私の時は、私だけを指定した……ってことですか」
 なるほど……聖女への啓示とかも、その方法なのかも。納得。

 混沌神語によく似た、だけど混沌神語じゃない言語で歌われる、神秘的な歌。私は、その歌の意味を理解しないまま、ただ「呼ばれてる」って感じた。歌に大事なのは、きっと想いなんだ。
「……呼んでる……」
 そして、過去の記憶の中、私と同じように、その想いを汲み取った人がいた。
 やっぱりと言うか……ルナさんだった。もしかしたら、私のこの感覚は、ルナさん譲りなのかもしれない。
「何?」
「呼んでる。……私達、呼ばれてるんだよ。行こう!」
「おい、ルナ!? ちッ、しょうがねー奴だな……カルマ、イソナ、追うぞ!」
 一人で言うなり、声が聞こえる森の方へ、駆けていってしまったルナさん。ヒースさんは少し困ったように呟いてから、すぐに二人にそう言い、その後を追いかける。
 数え切れない木々の間を通り抜け、枝々で掠り傷を作りながらも走る。背後の二人が追いついて来ているか、ヒースさんは確認もしないまま走る。
 ……そうして、しばらく走った後。一歩を踏み出した途端、ガラリと雰囲気が変わった。驚いたらしいヒースさんが、足を止める。
 そこは、世界から切り離されたようなあの異空間……ダウィーゼだった。降り注ぐ神々しい木漏れ日、時が止まったように吹かぬ風、鏡のような水面を保つ泉……の前に、ルナさんが立っていた。
「ルナ……ここは、何処だ?」
「……私も、よくわかんないけど……声は、ここからするよ」
 ヒースさんが無音の空間の中、声をかけると、ルナさんは困惑した顔で振り向きながら、泉を指差した。その表情が、こちら……の後ろを見て、ホッとしたように緩んだ。
「カルマもイソナ姉も、ついて来たんだ。よかった」
「ルナ、一体これは……」
 視界が後ろを向いて、二人の姿を映し出した。結構な速さで移動していたはずだけど、しっかり後をついて来ていたらしい。凄いな二人とも……。
 視界が前に戻る。イソナさんが、真っ先にここに来たルナに問い掛けた。でも、ルナさんも来たばっかりで何もわからないから、静かに首を振った。

―――余の声は 届いたか?―――

「「「「……!!」」」」
 ……唐突に、四人に向けて掛けられた声。それは、音が響くことなく散るはずのこの空間で、波紋のように広く響いて、ゆっくり無に帰ってく。
「…………あ、あぁ、聴こえたぜ。それで、お前……何者だ?何処にいる?」  なんとか驚きから立ち直ったヒースさんが、慎重に声にそう聞くと、声はそれとは正反対に、あっさりすぐ答えた。

―――余はその境界の向こう ユグドラシルに住まう者―――

「境界……ナシア=パントとヨルムデルの水面の話か。しかし……さすがに、本当の話だとは思わなかったな……」
「ということは……まさか、お前が……いや、貴方が神なのか?」
 さすが教団メンバー、理解が早い……!しかしさすがに、すぐにはこの声が神様だと信じられないらしく、カルマさんもイソナさんも、何処かぼんやりとした様子だった。
 四人は、エオスのダウィーゼにいて、神様と話してる。……ユグドラシルに来なくても、神様の声って聞こえるんだ。

 って思ったら、傍のカノンさんが心を読んで答えてくれた。
≪この辺りだと、ナシア=パント全域までが限度ね。でも、ボルテオースを宿した者になら、領域外でも届くわ≫
「ボルテオース……?<源なる力>……普通のオースと、何か違うんですか?」
≪質が違うわ。母様から溢れる力のことをオースと呼ぶけど、母様から放出されたオースは、その時点で母様自身の力に比べて劣化しているの≫
 ……えっと……つまり、神様自身が持ってる力は強いけど、放たれる力はそんなに強くない……ってことかな。じゃあ、ボルテオースって言うのは、神様自身のオースってことだろう。どう質が違うかよくわかんないんだけど……。
≪ボルテオースは、母様が自ら使わなければ外部には存在しない。つまりステラ、母様に作られたアンタは、すべてボルテオースでできてるってことよ。私もだけど≫
「あ、それならなんとなくわかるような……」
≪あとは、グレイヴ教団のセフィスね。きっと知らないでしょうけど、セフィスになる儀式は、ボルテオースを授かるもの。それで聖女は、母様の声が聞けるのよ。ただし、多量のオースになじんだ者じゃなきゃ、ボルテオースはなじまないけど≫
 なるほど……そういえば歴代のセフィスは、アルトミセア領やナシア=パント周辺の出身が多いってフィアちゃんが言ってた。あの辺りは、オースの影響が強い地域だろう。きっとその時、一番オースになじんでる人を選んでるんだな。あと多分、将来的に考えて若い人。
≪知っていると思うけど、オースはお互いに結合しあう性質があるわ。そのほかに、強い力に引かれる性質もある。だから、通常のオースより上質なボルテオースのカタマリのアンタは、アルカを吸収してしまうの≫
「私のボルテオースに、アルカのオースが引かれて……?」
≪そうよ。……アルカのオースが結合したことで、アンタの純粋なボルテオースに濁りができた。アンタは、とても繊細な作りをしているから……アルカが力を解放したのがきっかけで、絶妙なバランスでできていた構成がぐらついてしまった。それで、2つのオース間で拒絶反応が起きたのよ。ウォムストラルが調整してくれたようだけど≫
「あ、マオ山道の……」
 マオ山道で、シャルさん山賊一味に襲われて……私が死にたくないって思ったら、カノンフィリカが展開した。あれがきっかけで私の構成がぐらついて、それの原因に気付いたボルテオースが、オースに反抗した……ってとこかな?それであの時、苦しかったんだ。

 神様は、水面を介して、四人に呼びかける。

―――人間達よ そなたらに頼みたいことがある―――

「頼みたい……こと?」
 神様が……頼みごと?普通は逆のはずの立場。ルナさんも同じことを思ったらしく、目を瞬いた。

―――そなた達は グレイヴ=ジクルドを知っているか?―――

「あぁ、そりゃな。俺達、教団のもんだから」

―――アルトミセアが作った組織か それならば話は早い―――

 ヒースさんの声が、驚いたままの三人の代わりに答えると、神様は相変わらず、平坦な声で言い。

―――頼む グレイヴ=ジクルドを破壊してほしい―――

「…………はい?」
「……へ??」
「聞き間違え、か……?」
「……どういうことだ?それよりも、それは……実在するのか? ……いや、神がいたなら、実在しても不思議じゃない……か」
 ……あの抑揚のない声でサラリと言われたもんだから、反応しきれなかったんだろう。ワンテンポ遅れて、全員が戸惑いの色を見せた。ただ一人、カルマさんだけが冷静にそう呟く。
 あ、そうか……神様がグレイヴ=ジクルドを壊したいって思ってること、歴代セフィスしか知らないんだっけ。なら、そのために教団が作られたってことも、この四人は知らないんだ……。
 それから続けて、カルマさんが怪訝そうに問う。
「しかし……神の化身とも言われるあの剣を壊すなんて……人間に、できるのか?」

―――不可能だ だから余が動く―――

「……それなら、私達に頼む必要はないだろう」

 いつもの沈着さを取り戻してきたイソナさんが、吐き出すようにそう言った。確かに、神様、言ってることがメチャクチャだ。しかし神様は否定した。

―――必要だ エオスはすでに 我が手を離れた漂流世界―――
―――余ができるのは こうして声を送る程度だ―――
―――だから協力してほしい 人の手に渡る前に グレイヴ=ジクルドを破壊させることに―――

 それって……グレイヴ教団が、作られた目的だ。神様が、グレイヴ=ジクルドを破壊する補佐をする、って……。

―――具体的には グレイヴ=ジクルドを破壊するロアシルを生み出す―――

 ……破壊者ロアシル。それって……
「わた……し……?」
≪……そう。ステラ、アンタは、母様が、グレイヴ=ジクルドを破壊するために生み出した存在。破壊者なのよ≫
 私が……グレイヴ=ジクルドを破壊する存在?ってことは……私自身が、『神様がグレイヴ=ジクルドを破壊するために起こした行動』……?

  『聞いてどうする?破壊者ステラよ』

 ……もうずっと前の記憶。忘れかけてたはずなのに、初めてスロウさんに会った時のことを思い出した。
 スロウさんは、私をそう呼んだ。あの時は、村を焼いたからかなって思ったけど……今ならわかる。
 スロウさんは、私がグレイヴ=ジクルドの破壊者だって知っていた?それで、グレイヴ=ジクルドを壊しかねない存在だからって、私を城地下の牢屋に投獄した……?
「で、でも……それなら、カノンさんも破壊者なんじゃないですか?」
≪私はなりそこないよ。母様は、刃と想いの力を持つけれど、私は刃ばかり継いだから、アンタと違って母様譲りの想いの力も強くない。……まぁ、アンタの想いの力がそこまで強くなるなんて、母様も想定してなかったみたいだけれど……アンタの基になったルナが影響してるのかもしれないわ≫
 想いの力……私達が、クロムエラトって呼んでる力だろう。……これ……神様の力なんだ。私には大きすぎる力だと思ってたけど、そういうことなんだ……。

 ずいっと、視界が泉に近付く。ヒースさんが一歩、前に踏み出したらしい。そして問うた。
「確かに、神話のグレイヴ=ジクルドが誰かに渡ったらやばそうだな。……で、具体的に何すりゃいいんだ?」
「ヒース?! 受けるのか!?」
「そういうわけじゃねぇよ、カルマ。聞くだけ聞いてみようぜ。よくわかんねぇけど、わざわざ俺達を選んでくれたんだろ?他にも人間はいるのによ。聞かないわけにはいかねぇよな」
「それは、そうかもしれないが……」
「事と次第によっちゃ断るから、心配すんなって」
 少し心配そうなカルマさんを、視界は映し出した。ヒースさんは、笑顔で言っていそうなはっきりした声で言う。
 ……この二人、こういう関係だったんだ。何事も慎重なカルマさんと、ちょっと軽率で柔軟なヒースさん。戦友、親友ってだけでなく、いいコンビで……。
 カルマさんが黙り込んだのを承諾と見て、視界が泉に向き直った。

―――大したことではない お前達の中で一人でいい―――
―――丸ごと同じ存在を作るために その水面に姿を映してほしい―――

 ……その言葉を聞いて、全員が息を呑んだ。
 束の間の静寂の後、視界の外から、カルマさんが声を絞り出すように言う。
「……それは、つまり……俺達の誰かと、同じ存在を作る……というわけか……?」

―――いかにも 外見も記憶も すべて同じ存在だ―――

「……おいおい、ぞっとしねぇ話だな。自分がもう一人できるってことかよ。俺はごめんだ」
 ヒースさんの声が、そう言う。……そうだよね、きっと周りの人が混乱するだろうし、何より、自分と同じ存在がいるなんて怖いよね。
 続いて、後ろからカルマさんとイソナさんの声がする。
「俺もパスだ。知り合いも多いし、家族もいるし、混乱させたくない」
「私は知り合いも家族も少ないが、お断りする」

―――…… やはり嫌か―――

 元々ダメもとでの頼み込みだったらしく、神様は無理強いもせず、ただ少し残念そうにぽつりと言った。
 そんな神様に、ヒースさんの声が不思議そうに聞いた。
「大体、お前、神様なんだろ?なら、自分で作りゃいいんじゃねぇのか?」
「……確かに、それは言えてるな。ヒース、お前にしては鋭いぞ」
「イソナ、一言余計だって……で、どうなんだ?」
 確かに……神様は、壊死と創生を司るはず。エオスを創ってしまったくらいの人なんだから、人を創るくらいできるんじゃ?
 レセル試験を受けるイソナさんがそう言うんだから、間違いない。そんなふうにヒースさんが神様に答えを促すと、神様は静かに否定した。

―――確かに余は 命を生み出せるが グレイヴ=ジクルドの補助なしでは不安定だ―――
―――何より それならば 過去にすでに試している―――

「へぇ……そうだったのか。それで、どうなったんだ?」

―――創生だけに限らぬが 力は想いの影響を強く受ける―――
―――昔は人間がいなかったから影響はなかったが 人間が溢れ返る今 想いもまた錯綜している―――
―――その真っ只中で 余は命を生み出した―――
―――結果 この樹海を行き交う想いが影響し 生まれたその子は異形の姿になってしまった―――

 ……え……これ、って……カノンさんのこと?
 思わず横を振り向くと、カノンさんは静かに頷いた。
≪ナシア=パントでは、タミア村の言い伝えがとても強い影響力を及ぼしているの。私は、その中で生まれた。だから私の体は……赤目の蛇、白い鳥、赤毛の獅子、すべてタミア村で疎まれる存在でできている≫
「で、でも……それって、手足と目だけですよね?何で基盤は、ちゃんと人間の姿なんですか?」
≪母様の想いよ。母様は、アルトミセアをイメージして私を生み出した。その途中で人間達の想いに少し邪魔されて、その影響で私はこうなったのよ≫
 白鳥の右手と人間の左手を広げて見せて、カノンさんは言った。きっと前なら、私に対する憎悪か、自嘲するように言っていたと思う。でも今のその口調は、吹っ切れたような響きだった。
 グレイヴ=ジクルドがあったら、そんな想いの影響なんて受けずに生まれただろう命。……言われてみれば、カノンさんって、ミディアで見たアルトミセア像に、少し似てるかも。

―――その子は己の姿に嘆き 余のもとから去ってしまった―――
―――己が何者なのかを知った上で 己の姿を見て衝撃を受けたようだった―――

「……そりゃな。自分が異形の姿してたら、親を恨みたくなるし、家出したくもなるな」
 ヒースさんの声が、同情したように小さな声で言った。
 ……カノンさん、初めて自分の姿を見た時、ショックだったんだろうな。きっと、私が想像もつかないほど。

―――それを繰り返さぬためにも 余は不安定ではなく 安定した力を振るわなければならない―――

「それで、元から存在する人間をそのまま真似すれば、人の想いの影響も受けず、確実だと……そういうわけか」
 イソナさんが、複製のような破壊者を神様が作ろうとしている理由を先読みして呟いた。神様はためらいもせず肯定する。

―――無論 断られるのは百も承知だ―――
―――しかし それしか方法がないのもまた事実―――

「それは、そうだが……俺達は」

「―――私が、なる」

 カルマさんが迷うように紡いでいた言葉に、それとは正反対に、凛とした声が覆いかぶさった。
 世界が背後を映し出す。イソナさんとカルマさんが、驚愕した顔で、声の主……ルナさんを、見つめていた。
 まっすぐ正面を見つめる彼女の表情は、とても凛々しかった。と思ったら、ふわっとその表情が崩れて、笑顔が覗いた。
「だって、誰かがやらなきゃなんないでしょ?師匠たちが嫌なら、私がなるよ」
「……ルナ……お前、自分が言っていることがわかってるのか?!」
 ようやく声を発したイソナさんが、責めるようにルナさんに問い掛ける。ルナさんは、「また子供扱いするし~……」と不満そうな顔をしてから、すぐに澄み切った表情になって。
「わかってるよ。もう一人、私が増えるってことでしょ?双子みたいでいいんじゃない?」
「だが、そのもう一人のお前も、お前と同じ記憶持っているんだぞ?」
「思い出とか共有できていいんじゃないの?」
 カルマさんも、慎重に確認するように聞く。普通は、もう一人自分がいるなんて不気味だって思うはずだけど、ルナさんは間を置かずそう答えた。
 ……ルナさん自身は、もう一人、自分が増えるってことに抵抗がないみたいだった。私ですら、ルナさんの存在を知った時、ぞっとしたのに。凄い……いや、凄いっていうか……どっちかって言うと変わってる?
 それを今までのやり取りから読んだヒースさんが、今度は別の方面から突っ込んでみた。
「楽観的だなぁ、ルナ……家族とか知り合いには、どう説明するんだ?」
「そうだ、混乱するぞ」
「いきなり双子ができたとは言えないからな」
 さっき言い負かされたイソナさんとカルマさんも、一緒になって言う。しかーし、ルナさんはやっぱりきっぱり即答した。
「私、家族はイソナ姉しかいないし。知り合いは、タミア村と教団の人達だけ。タミア村にはほとんど帰らないから関係ないし、教団は、神様がグレイヴ=ジクルドを壊すために生み出した神子だって言えば、わかるでしょ?」
「「「………………」」」
 ……うわわ、大の大人三人が、当時15歳の女の子の言葉に黙りこくっちゃったよ。それくらい、ルナさんの言い分は筋が通っていた。
「……とにかく、私は反対だ」
「俺も、お勧めはできないな」
 少しして、固まっていたイソナさんが腕を組んで言うと、カルマさんもつられて動く。ヒースさんもそうかと思ったら、彼は……くくくっと、小さく笑っていた。
「……ルナ、お前も成長したもんだな」
「師匠まで子供扱いするし!まったくもー……」
 感心したヒースさんの声に対し、腰に手を当てて、少し怒った口調で言うルナさん。さっき三人の言葉を封じた人と同一人物だって思えないくらい子供っぽい仕草に、私も思わず笑ってしまった。
 ヒースさんの声は、自嘲気味に続く。
「情けねぇ話だが、俺にはそこまでの度胸がないみたいだ。……ルナ、頼めるか?」
「ヒース!?」
「……まぁ、すべては本人次第だからな。止めはしない」
「カルマまで……!」
 止めるどころかルナさんにこの任務を任せたヒースさんと、反対する立場から身を引いたカルマさん。イソナさんは、驚いた顔で二人を順番に見た。それから、気持ちを落ち着けるように、一度目を閉じる。
 ……本当は、イソナさんにもわかってるんだ。ルナさんが言ってることは正しいって。自分に、それを代わる度胸がないってことも。
 それらを簡単に整理してから、イソナさんは、再び青緑の瞳を開き、ルナさんを見据えた。
「……後悔、しないんだな」
「うーん、どうだろ?後悔するかしないかなんて、やってみなきゃわかんないでしょ?」
「……正論だが……この期に及んでそれを言うのか?」
「あはは、ごめん」
 思わず緊張がほどけて呆れ声で言うイソナさんに、ルナさんは笑って謝った。それから、見ているこっちが安心する笑みで微笑む。
「でも、きっと大丈夫。自分で選んだものなら、受け入れられると思うから」
「……そうか。なら……お前がしたいように、すればいい」
「うんっ……ありがと、イソナ姉!」
 ルナさんはたった一人の家族に向かってそう言うと、ゆっくり歩き出した。泉の方へと。世界が、ルナさんを追って動く。
 ヒースさんの前に立った後姿のルナさんは、泉の水面に向かって言った。
「……ってことで、神様。私が、お手本になるよ」

―――……これ以上 不粋なことは聞かぬ ただ感謝する とても―――

 神様の声は相変わらず平坦な口調だから、偉そうにも聞こえる。凄く感謝してるっていうのはわかるんだけど。
「……ん?おい、ちょっと待てよ、神様よ」
 ふと、その数秒後、ヒースさんの声が神様に呼びかけた。視界の真ん中に立つルナさんが、キョトンと振り返る。
 視界の下の方で、手がちらついた。アゴに手を当てたらしいヒースさんは、神様に言う。
「ちょっと思ったんだが、このままだと、また同じことが起きるんじゃないのか?」

―――何だと?―――

「前の神子は、自分の異形の姿にショックを受けて去った。今回は、ルナが基盤になるから、異形にはならないだろうが……自分がルナの複製だって知ったら、やっぱり、ショックを受けるんじゃないか?」
「……そうだな。複製と言えど、ルナを真似るんだから、心はあるんだろう?なら……その可能性は高いな」
 ヒースさんの言い分を聞いて、カルマさんも冷静にそう分析した。神様は、複製と言うより複写だと言ってから、考え込むように少し間を置いた。
 やがて、やっぱり起伏の少ない、でも何処か困ったような響きの声が返ってきた。

―――そうかもしれぬ 作られた命ゆえ 心は繊細にできている―――
―――故に 身を蝕むほどの感情には耐え切れず 存在自体が壊れてしまうだろう―――
―――生まれてすぐ絶望し 壊れてしまうのでは意味がない―――

 淡々と言う神様の「壊れる」という言葉を聞いて、ルナさんが身を強張らせた。ヒースさんの視界は、それを映し出してから、ルナさんの向こう……水面に向けられる。
「なら、提案なんだが。それって、手は加えられねぇのか?記憶をいじるとか」
 記憶をいじるって……複写されたルナさんの記憶を?
 ふっと笑って言ったヒースさんの問いに、神様は抑揚のない声で、でもなんとなく不敵に言った。

―――余を誰だと思っている?―――

「ははっ、それもそうか。なら、ルナの両親の記憶を書き換えればいい。父親は俺で、母親は空白で。それで俺の傍に置いときゃ、自分の生い立ちを気にしなくなるだろ?あ、となると、俺と母親と楽しく村で暮らしてたって記憶が必要になるのか……」
「ヒース……お前は、それでいいのか?」
「構わねぇよ。俺んとこ、子供いねぇしな。ちょうどいいだろ?」
 背後からイソナさんが気遣ったようにかけてきた声に、ヒースさんの声は笑ってそう言った。
 神様は、あまり長い間を置かず、その案に賛成した。

―――ならば お前も水面に姿を映してほしい―――
―――その娘の記憶の大部分を お主の記憶を頼りに作り上げた物にし 我が娘に与える―――

「おう、わかった。そんじゃ、頼んだぜ」
 ルナさんの記憶のほとんどを、ヒースさんの記憶を参考に作り上げた、架空の記憶にする。ヒースさんの声が神様の言葉に了承すると、視界が一歩一歩進んでいく。
 水面を覗き込むルナさんの隣にしゃがみ込んだらしいヒースさんの視界は、水面に映る彼の姿を映し出した。私の……この架空の記憶にもある、優しい笑顔だった。
 二人の顔が水面に映って、すぐ。鏡のようだった水面に、1つの波紋が駆け抜けた。ヒースさんが驚いた顔をして、顔を上げる。視界も上がる。
 泉の中央に、小さな山吹色の光が3つほど浮かんでいた。そこを中心に、波紋がまた広がる。
 何だろうと思ったら、その光は、突然、空に伸び始めた!細い閃光は、絡まり合いながら、何かを象っていく。
 呆然とする四人の前で、光が作り上げたのは、女の子のシルエットだった。その光も消え、露になったその姿は……ルナさんそのもの。
 水上に浮かぶように現れた、薄手の白いワンピースを着た女の子は、ぐらっと傾いたかと思うと、前に倒れかかってきた!
「うわわっ!?」
 ちょうどその前にいたルナさんが、受け止めようとして慌てて手を伸ばした。だけど間に合わず、そのまま一緒に後ろに倒れ込む。
 ルナさんを振り返ったヒースさんの視界に映った、ルナさんの上にいる目を閉じた女の子は……確かに、そこにいるルナさんとまったく同じで。でも、この子は……やっぱり、私……?
「……成功……した、のか……?」

―――成功はした―――
―――しかし記憶を作り上げた故 それをもとに自我を再構築することに しばらく時間がかかる―――
―――もう何年かは目覚めぬだろう―――

 意外とあっさり現れたルナさんの複写に、ヒースさんの声が呆然と問うと、神様はそう説明して肯定した。
 自分の複写を受け止め損ねたルナさんの上から、ヒースさんが複写を抱き上げた。ルナさんも服についた埃を払って、ようやく立ち上がる。
「わぁ……本当に私だ~……私、こんな寝顔してるのかな」
「ルナ、お前な……」
 自分と同じ顔を見ておきながら、のん気にそんなことを言うルナさん……。イソナさんもつい呆れ声。何て言うか、ルナさん……神経、図太いなぁ……。
「見かけは同じだが、記憶を作ったから、中身は大分変わるだろうな。まぁ、それはそれでよかったんじゃないか?」
「でも師匠、どうしてお母さんは空白にしたの?エリナさんにすればよかったじゃない」
「爆弾だよ、爆弾」
「ばく……だん?」
 ヒースさんの視界に映るルナさんが、不思議そうに首を傾げる。ヒースさんの声は、調子を衰えさせることなく紡がれていく。
「そうしちまったら、いつまでもこの子は自分の使命を果たさないだろ。この子は、ただの人間じゃねぇんだ。それに本人が気付いて、いつか自分を見つめ直す時が来る。その時に……」
「自分が母親の顔を思い出せないことに気付く……か。自分が人間ではないと知る決定打になるな」
「……しかし、そうでは意味がないんじゃないのか?ショックを受けるのが早いか遅いかだけだぞ」
 ヒースさんの先を読んだカルマさんの言葉に、イソナさんが怪訝そうな顔で言う。ヒースさんは、現実主義でマジメなイソナさんには考えつかなかっただろうことを、不敵に答えた。
「自分の正体を知るまでの間に、心が成長するだろ?子供なんだし、特にな。俺は、自分のことを知る時には、たくましく成長してると思うぜ」
「……理想論だな。耐え切れるという確証はない」
「その代わり、壊れるって確証もねぇ」
「………………」
 自信に満ち溢れたヒースさんの声に一蹴され、イソナさんは口を閉ざした。それから、諦めたような息を吐き、「勝手にしろ」と小さく呟く。
「あ、ねぇねぇ、この子、名前あげなきゃいけないよね?」
「確かに、ルナとは違うからな」
「なら、生みの親が付けるべきだろう」
 視界の外からのルナさんの声に、ヒースさんの声が答えながらルナさんを見る。その二人をまとめるように、カルマさんがそう言って神様に振った。
 みんなの視線が、泉に向く。神様はその綺麗な声で、歌のように、紡いだ。

―――その子は 余の最後の手段 言わば最後の希望―――
―――願わくば グレイヴ=ジクルドの破壊を―――

―――我が娘 祝福される希望アテルト=ステラよ―――