raison d'etre

58 ゆがんでる

 時間は不可逆。
 知ってしまったら、後には戻れない。
 だから、前に進んで。できるなら、乗り越えていきたい。
 喧嘩して、仲直りして、さらに仲良くなる友達同士みたいに。

「…………い……おい、ステラ!」
「えっ……?」
 突然、名前を呼ばれて。私は、何処からともなく聴こえてくる歌声に、自分がボーっと聴き入っていたことに気付いた。
 相変わらず、タミア村の教会で。誰かに呼ばれて、部屋の中、ベッドに腰掛けた私がぱちくりと瞬きすると、私の正面には、セル君とミカちゃんがいた。
「どうしたの?ボーっとして……」
「あ、ごめん、歌を……あれ?」
 歌を聴いてたんだ……って、素直に言おうとした頃には、あの歌声は、もう聴こえなくなっていた。
「歌?」
「え……え、えっと……う、歌を思い出してたんだっ」
「……ふーん」
 正直に言ったって構わないのに、私はなぜかとっさに隠した。すっごく信じてなさそうなセル君の相槌。……私、ごまかすのヘタなのかなぁ……。
 でも……おかしい。「歌」っていう単語を聞いても、「あぁ、さっきの」って返答がない。
 二人とお話してた私の耳にも届くくらいの、大きくも、でも小さくもない音量の歌声だった。なら普通、二人も気付くはず……。
 不思議な歌声だった。ラルさんの歌にも似てるかもしれない。
 聴いていると、引き込まれるっていうか……なんだか……懐か……しい。
 ……あれ?懐かしい・・・・……? ……何が?

「でも……ステラ君が壊れなくて、本当によかった」
「あ……そっか。うん……えへへ」
 私が自分自身にわけわかんなくなって内心で首を傾げていると、ミカちゃんが噛み締めるようにぽつりと言った。その言葉でそれを思い出した私は、とりあえず笑ってみせた。
 そうだよね。私、【真実】を知ったら壊れちゃうって言われてたのに……まだ、生きてる。
 なんか、私が気絶する寸前に「壊れたくない」って想ったのが……つまり、クロムエラトが、私が消えるのを防いだ?らしいんだけど……やっぱり、私が今ここにいるのは、みんなのおかげだと思う。……また、ノストさんに助けられちゃったし。想い出の中のノストさんだけど。
 あれ……そういえば。
「そういえば、セル君とミカちゃんって……最初から知ってたんでしょ?私が複写だってこと」
「……うん」
「ん……まぁ、な」
 ふと、そんなことを思い出して聞いてみると、二人は気まずそうにそれぞれ頷いた。……私があっさり「複写」って言ったからか!ご、ごめん二人とも~!
 それから間を置かず、セル君が慌てて言う。
「けど、別に差別しようとか思ってねーぞ!つーか俺らはルナに会ったことねぇから、お前がルナに似てるとかよくわかんねぇし……とにかく、そんなこと思ってねぇからな!!」
「あはは、うん、わかってるよ。でも……やっぱり、不思議じゃなかった?作り物なのに、凄く人間っぽいとか……」
 ……あれ、私、何でこんなこと聞いてるんだろ。他人の目に自分がどう映っているか、気になるのかな。村から追放された時の軽いトラウマもあるし、なんかそれっぽい……。
 自分で言った言葉に対してそう思いながら、二人の返答を待っていると、ミカちゃんが呟くように答えてくれた。
「……そんなことないよ。ボクらも、似たようなものだから。むしろ……仲間みたいだった」
「仲間……?ミカちゃん達も、作られた……ってこと?」
「少し……違う。ボクらは……集合体、みたいなもの」
「集合体?」
 集合体……って……どういうことだろ。たくさんのものが集まってるってことだろうけど……うーん。
 私が首を傾げて問い返すのと、二人が何かに反応するのは、同時だった。
 何だろうと思ったけど、セル君が嫌そうに呟いた言葉で、すぐにわかった。
「……呼んでやがる」
「ってことは……スロウさん?」
「うん……ごめんステラ君。また……」
「あ……うん、ばいばい。またねっ」
 オルセスの時みたいに、二人の姿が背景に透けていく。やっぱり少し寂しかったけど、私はできるだけ笑顔で手を振った。セル君が軽く手を上げてくれて、ミカちゃんが小さく手を振り返してくれたのが見えてから、二人の姿は、黒と白の小さな光を散らせてフッと消えた。

 ……二人がいなくなって。私は、少し村を散歩してみようと思って、ベッドから腰を上げた。部屋を出て、礼拝堂へ続くドアを通り、正面から教会を出た。
 質素な木造りの家々と、それに寄り添うように同じ数だけある畑では、季節の作物が育っていた。その畑に生える雑草や虫をエサにしているらしい、鶏さんや牛さんも、のんびりご飯中。
 他の村と変わりない、本当にのどかな光景。……異常なほど神様を崇拝してるっていう一面を除けば。そのことに、ちょっと安心する。
 道端で談笑しているおばちゃん二人の傍を、歩いていく。後ろから声を響かせるおばちゃん達。
 畑を耕しているおじさんがいる家の前を、通り過ぎる。汗を拭こうと顔を上げたおじさん。
 地面に木の枝で何かを書いて遊んでいる三人の小さい子供たちを、何書いてるんだろ?って覗き込んだら、男の子がこっちに気付いた。
 あっ、と驚いた顔で、私を指差して。
「あれ、ルナねーちゃん?」
「……え?」
「ああぁ~っ、ルナおねーちゃんだー!」
「帰ってきたんだ~!!」
「え、え?? ちょっ……」
 手に持っていた木の枝を放り投げて、私のところに集まる三人組に、私は戸惑った。
 る、ルナさんって……私、間違えられてる?! っていうか何で!? 村に来た時は全然……って!?
 私は、両手で顔を挟み込んでみた。……手応えなし。
 ……ああぁーーっ!! 変装グッズつけてない!すっかり忘れてた!! ……ま、前にもこんなことあったような……。
「やっぱりそうだよ、ほらっ!」
「お前たち、こっちに来なさい!ルナ姉ちゃんは悪いことしたんだよ!」
「えー、そーなの?」
「ルナおねーちゃん、めっ!だよ!」
「だめなんだよ、わるいことしちゃー!」
 私の後ろから、今度はおばちゃんとおじさんの声がした。呼ばれた子供達は口々に言いながら、私の背後の方に駆けていく。
 恐る恐る振り返ると……いくつもの冷たい目が、私を射抜いていた。

『村の奴らには情は通じない。奴らにとっては、神が絶対の存在。神を汚すようなものには容赦しない』

 神様を汚すような悪は、残らず滅ぶべきだと思ってる人達。例えそれが、同じ村で育った人だとしても……悪ならば、容赦なんてしない。
 声が出なくて、黙り込んでいた私を見ていたうちの一人のおばちゃんが、ふと、不思議そうに目を瞬いた。
「……ちょっと……この子、ルナじゃないわよ?」
「なんだって?」
「えっ……?」
 おばちゃんの一言に、他の人達だけじゃなく、私も驚いた。今まで、ルナさんじゃないって見破ったの、シャルさんと、アスラのバーテンダーさんだけだったのに……。
「だってホラ、あの子、村出た時が13だったわよね。あれは5年前よ?今頃は、大人になってるはずじゃない」
「あぁ……言われてみれば、確かに、こんな子供なわけないな」
「おかーさん!このおねーちゃん、タンポポみたいなきれーな目してるよ!」
「あら、本当だわ」
 動揺する人達におばちゃんが冷静にそう説明すると、みんな無遠慮にジロジロ私を見て、それぞれ納得してくれた。とりあえず……別人だって、わかってくれた……らしい。
 ……だけど……彼らの態度は、変わらなかった。軽蔑した目で、おじさんが言う。
「アンタが何処の誰だか知らんが、この村を出て行ってくれ。今すぐに」
「似すぎてて嫌なのよ!あんな悪人、思い出したくもないの!」
「ほらっ、さっさと私達の前から消えてちょうだい!」
 投げかけられた言葉の中には、人違いしたことの謝罪なんて、1つもなかった。ただ悪を見たくなくて、彼らは「出てけ」って、口を揃えて言う。
 だけど、私自身は……不思議と、傷つかなかった。悲しくもなかった。
 ただ……、

「―――ゆがんでる」

 拳を固く握り締めて、大きく息を吸った。
 ただ、そんなの通り越して…………すごく、腹が立った。
「みんな……みんな、心がゆがんでるんですね、この村の人はっ!! 何でも悪いところ探すのに精一杯なんですね!! ホント、なんて卑しい心なんでしょうね!? 一体、どっちが悪なんですかッ!!!」
 ……わかってる。こんなこと言っても、この人達には無駄だって。でも……黙ってられなかった。
 この村の言い伝えで、黒猫さんや白羽の鳥さんが嫌われる理由は、黒猫さんは闇の使者、白羽の鳥さんは清い心が吸われるって言われてるからだそうだ。物事を悪い方向にしか考えられない、ねじれた心が、そう思わせるんだろう。そして、神に仇なすモノとして、それらを、悪を、排除する。
 ……やっぱりわかんないよ。なんで?どうして?
 神様なんて、ずっと遠い存在でしょ?どうして、近くの存在は目に入らないの?いつだって、本当に大事なものは、すぐ近くにあるのに……!!
 ルナさんが可哀想だ――!!

 突然、大声を張り上げた私を、驚いた顔で見つめていた村人さん達。血が上ってクラクラする頭で、私は彼らを睨みつけてそう思った。
 ……すると。火照っていた体の内から、突然、何かが湧き上がってきた。
 熱を急激に冷やしていき、ぞくりと全身に寒気を走らせた――冷たい何か。
「……っ……!!」
 直感的にわかった。カノンフィリカだ……!!
 そうだった、カノンフィリカは、私の気持ちの高ぶりで発動する!どんどん、私の周囲の温度が下がっていくのが感じられた。
 ダメ、発動させちゃダメ!! みんなを凍らせちゃうなんて嫌だ!
 落ち着け、落ち着け私っ……!!
「おやおや、どうしたのかな?」
 私が固く目を閉じて、心の中で必死にそう唱えてると、横から軽い口調の声が割り込んできた。片目を開いてみると、私をかばうように、すぐ傍に人が立った。顔はにっこりと笑ってはいたけど……明らかに軽蔑しているオリーブ色の瞳が、村人さん達を見据えていた。
 現れたサリカさんに一人のおばちゃんが、わからなかっただろうけど、中でカノンフィリカと戦ってる私を指差して訴えた。
「神官様、見て下さいよ!その子、ルナそっくりなんですよ!」
「知ってるよ。それが?」
「え? ……ですからっ、早く追い出さなきゃ穢れてしまいますよ!」
 逆に不思議そうな顔をしたおじさんの言葉を聞いて、サリカさんは無駄だと思いながらも、呆れた口調で聞いてみた。
「別に、ステラが何かしたわけじゃないだろ?」
「ルナに酷似してるじゃないですか!」
「…………ふぅ…………ステラ、行こう」
「あ、は、はい……」
 おばちゃんの返答にサリカさんはただ溜息を吐き、これ以上は話もしたくないと言わんばかりに、スタスタと教会の方へ歩いていく。呼ばれた私も返事をして、駆け足でその後を追った。
 村人さん達の横を駆け抜け、サリカさんに追いついてから、私がちらっと背後を振り返ると。なぜサリカさんに呆れられたのかもわからないらしい村人さん達は、そこに呆然と突っ立ったままだった。

 

 

 

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「ほんっと……この村の腐った信仰魂には、手の施しようがないよ」
 教会の正面から、重い扉を開ける音を響かせて内部に入った途端、サリカさんが溜息混じりに言った。
「ホントですね……どうしてここまで、悪を毛嫌いできるんですか?ルナさんも、この村で育った人なのに……家族が悪いことをした時も、こんなふうに、村ぐるみで……嫌うんでしょうか……」
 絨毯の道を歩いていくサリカさんの背中に、私はそこに立ったまま、うつむいて言った。
 もし、そうだとしたら……家族ですら、家族じゃない。誰一人、慈しむ心、信じる心を持ってない。そんな彼らが、慈しみ、信じているのは、ただ一人。神様、だけ……。
「どうだろうねぇ……それは、狂信者どもにしかわからないよ。ここまでおかしな奴らも珍しいけど。ああいうのにはなりたくないね~」
 礼拝堂の中央辺りで立ち止まって、苦笑気味に振り返ったサリカさんの近くへ、私が歩いて寄る。そこでサリカさんが、感心したように言ってきた。
「にしても、ステラ、よくカノンフィリカの発動を抑え込んだね」
「あ、はい……って、サリカさん、いつから見てたんですか?!」
「ん?ステラがカッコよく啖呵切ったところからだよ♪」
「う……あれはその、つい……」
 み、見られてたんだ……あんまり見られたくないなぁ、怒ってるとこなんて。ノストさんには、もう何回も見られてるから別に気にしないけど……。
 というか、その時から見てたんなら、何でもっと早く割り込んでくれなかったんだ!? も、もういいけどさ、この人はそーゆー人だし……!
「アルカの力に逆らったんだ。大丈夫かい?」
「あ、はい。ちょっとまだ、不安定ですけど……大丈夫です」
 大分弱まったけど、まだ体の奥から湧き上がる冷たいモノを抑えながら、私は言った。寒気もほとんど引いたし、あとは完全に落ち着けば大丈夫だと思う。もしかして、これ抑えてるのって、クロムエラトの力かな?
 サリカさんは私の様子を見て、少し考え込むようにアゴに手を当ててから、
「まだ不安定、か……じゃ、落ち着くために話でもしようか。うーん……あ、そうだ。短いけど、ナシア=パントについてなんてどうだい?教団の聖書に書かれてる内容だけど」
「……え?教団の聖書に書かれてるって……じゃあ、ナシア=パントって、神様に縁のある場所なんですか?」
「お、鋭いね。その通り。聞くかい?」
「ぜひお願いしますっ」
 パチンと指を鳴らして聞いてきたサリカさんに、私はすぐに頷いた。その返答を見て、サリカさんは「じゃ、まず座ろう」とイスを勧めた。
 教団の聖書……つまり真実の聖書には、主にこのエオスの創世、それから神様やグレイヴ=ジクルド、アルカやオースについてが書かれてるって話だ。それにナシア=パントも載ってるってことは……この樹海は、どれかに関連するわけで。
 神様は、グレイヴ=ジクルドと切っても切り離せない関係にある。だから、グレイヴ=ジクルドのことだけじゃなくて、神様のことも知っておけば、何か役に立つ……ような気がする!き、気だけ!
 手近の長イスに座ったサリカさんは、隣に私が座るのを見てから、「さて、と……」と知識をあさり始めた。
「そーだねぇ、じゃあまず……何か活動する時って、大概、拠点ってものが必要だろ?それと同じで、エオスを創る際、神は、ある場所を拠点とした」
「それが……ナシア=パント?」
「ナシア=パントは、正確には、その拠点とした場所の跡地……かな。創生時代は、今みたいに樹海じゃなかっただろうしね。それと同時に、ユグドラシルからの入口でもあったって言われてる。つまるところ、ナシア=パントは始まりの地……ってとこだね」
 始まりの、地……か。神様が、この世界を創る時に、身を置いた場所。ナシア=パントが神秘的な理由が、それで7割くらい片付きそう……雰囲気がね。
「で、エオスを作り変えていった神は、ユグドラシルに抜ける。その際、出口となったのが……ヨルムデルの地下さ」
「ヨルムデル、って……確か、グレイヴ=ジクルドがあったっていう?」
「そう……3年前、ヒースさん達が向かった場所だ。だから、あそこにグレイヴ=ジクルドがあったんだろうね。きっと神は、ユグドラシルへ抜けようとした時に、剣を忘れていったんだ」
 ……剣を、忘れていった。それを聞く度、なんだか不思議な気持ちになる。
 だって……神様が、忘れ物なんて。まるで、私達と変わらないような……そんな、不完全さ。完全だと思われてる神様が犯した失態。……神様って……一人の人(?)、なのかな?
「だからナシア=パントとヨルムデルは、最もユグドラシルに近しい。水面みたいなものだよ。だから、どっちの場所にも、ユグドラシルからかすかに流れ込んでくるオースが溢れてるのさ」
「ってことは、ユグドラシルにはオースが溢れてるんでしょうか?」
「ま、そういうことになるだろうね。神がいる空間だから、当然っちゃ当然かな」
「あ、なるほど……」
 そういやそうだった。ユグドラシルは、神様と無数の魂が住まう神界。神様の力のオースが溢れてても不思議じゃない。そのオースに影響されて、その土地は変化する……ヨルムデルの地下湖の神水といい、ナシア=パントの見たことない植物といい。うーむ……。

 考え込む私を横から見て、サリカさんはくすりと笑った。
「フフ、大分落ち着いたみたいだね」
「え? ……あ、はいっ。もう全然平気です!」
 何のことだろうと思って、今、この話をしていたのは、込み上げていたカノンフィリカを落ち着かせるためだって思い出し、私はサリカさんに笑って言った。そういえば忘れてたけど、すっかり落ち着いてる。
「サリカさんっ、お話ありがとうございました!」
「いやいやなんの。聖書についてなら一晩語れるよ?」
「え、ぇえっ!? さ、サリカさん……意外と神官さん、なんですね……」
「はっはっはー。どういう意味かな?」
「いやそのっ……!」
 にっこりと言うサリカさんの顔に何かぞっとするものを感じて、私は慌てて両手を振った。
 だ、だって……サリカさんって、なんとなく何でも淡白なイメージあるから……そこまで神官さんなんだとは思わなかった。いや、まぁグレイヴ教団に所属している以上、神官さんには変わりないんだけど!
 私の中の戸惑いを察したのか、サリカさんは小さく微笑した後、正面を向いて……語り始めた。
 それはなんだか、私に聞かせるためじゃなく……独白のような響きで。
「グレイヴ教団っていうのは、世界の裏事情を知ってるような組織だ。そのおかげなのかわからないけど……私はすべてを知ることができた。だからこそ、この世界をいとおしく感じる。神の手を離れ、独自に成長を遂げてきたこのエオスを」
「サリカさん……?」
「……私にとって、教団は、天職だと思ってるよ。それが、監視者っていう役割だとしても」
「監視……者」
 サリカさんの最後の言葉が、やけに耳に残った。
 ……監視者。それって……歴代セフィスが、名前の最後につける名前だ。監視者ルオフシル。今は、フィアちゃんが継承している名。
 グレイヴ教団は、グレイヴ=ジクルドがあるから存在しているような組織だって、フィアちゃんが言っていた。アルカの回収と、グレイヴ=ジクルドを壊すために神様がいつか起こす行動の補助、そして、グレイヴ=ジクルドが壊れるのを見届けるためだけの集団……って。
 でも、それは代々セフィスだけに受け継がれてきた秘密って言ってた。なのに、サリカさん……もしかして、そのこと知ってるの?
「ちょっと考えれば、すぐにわかるさ。神の事情と、歴代セフィスに<ルオフシル>の名が付けられる理由を考えれば、ね」
 すると、私の考えを読んだように、サリカさんは説明してくれた。うっ……か、顔に出てたのかな……なんかすぐ心の中読まれるなぁ、私……。
 神の事情……グレイヴ=ジクルドをエオスに置き忘れたことだ。もしかして、グレイヴ=ジクルドがちゃんと壊れるかどうか、確認するから……「監視者」なのかな。
 そして、それを、サリカさんは……天職だと思ってる。

『……私にとって、教団は、天職だと思ってるよ』

 …………何だろう。この違和感。
「……ほんと、ですか?」
「え?」
「ホントに……天職だって、思ってるんですか?」
 キョトンとした顔で見つめ返してきたサリカさんに、私はそう言った。こんなこと聞くのは失礼だって、わかってたけど……なんだか、違う気がした。
 言葉に込められた想いが、凄く……複雑で。純粋に嬉しそうな、でも切ないような、諦めたような。
 無意識に、目を見開いたままのサリカさんのオリーブ色の瞳を見ようとして。寸前ではっとして、私は慌てて顔を反らし、目をぎゅっと固く閉じた。
 だ……ダメだ、今見ちゃダメだ!私、今、知りたいって思ってる。今、見たら、サリカさんの心を読んじゃう……!
 瞼の裏でそう思ってたら。ぽん、と頭に何かが触れる感触がした。
 え?って思って目を開けると、サリカさんが何処かはにかんだような笑顔で、私の頭を撫でていた。
「ステラは、本当に凄いなぁ。たった一言なのに、何でわかっちゃうのかな。それは、与えられたものじゃない、ステラ自身の力だ。でも、私の心を読まないでおいてくれたんだろ?ありがとう」
「え……あ、え……?」
「君の力のことは、聞いたから知ってるよ。気持ちと直結してる力。そういうふうに作ったって」
「……え……え、ええぇ?そういうふうに、作ったって……」
 わしゃわしゃ頭を撫でられて、わしゃわしゃになっていく髪。そんな感じに、私の頭の中もわしゃわしゃと混乱していて。
 え、え?サリカさん、クロムエラトのこと知ってるの?聞いたって誰から?っていうか、そういうふうに作ったって、どういうこと?
 手を下ろしたサリカさんは、手櫛で簡単に髪を整える私に言った。
「まぁでも、そろそろ制御できるかもよ?わかんないけど」
「って、どっちですか!?」
 こ、この人、いっつもこーなんだよな……「本当ですか?」の「ほ」を思った直後に否定するっていうか!
「いくら私でも、それはわかんないよ~。ステラ、試しに私の心読んでみてよ」
「え……えぇえっ?だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
「う、うう~……」
 そっちが大丈夫でも、私、あんまりやりたくないんだけど……でも、自分の力に振り回されないようにしなきゃとは思うから、それなりに知っとかなきゃ。す、すみませんサリカさんっ、犠牲になってもらいます!
 ってことで、顔を上げて、サリカさんの目を見た。オリーブ色の優しい瞳。
 そして想う。……サリカさんの考えてること、知りたい。
 ……っていっても、特に今、知りたいことはないんだけど……はっ!さ、さっきの天職についての読んじゃったらどうしよう!やばい!き、聴こえませんよーに~!

「…………って、あれっ?」
 ……不思議そうなサリカさんの目を見つめていた私は、よぉーっやく、何も聴こえてこないことに気付いた。
 あ、あれれ?れれれ~!? なんで?い、いや、聴こえてきたら聴こえてきたで困るんだけど……何で?何か間違ったっけ?
 頭を抱えてブンブン振ったり、アゴに手を当ててつま先をトントンさせたりな挙動不審な私を見て、サリカさんは小さく笑って事情を察してくれた。
「フフ、その様子だと、できてないみたいだね。ところでその力、名前あるの?」
「はいっ、クロムエラトって、ラルさんが……あ、ウォムストラルさんが付けてくれましたっ」
「<叶える想い>か……フフ、ウォムストラルも粋な名前つけたね」
 私も<叶える想い>って意味は好きだったから、元気にそう答えたら、サリカさんも褒めてくれた。えへへ、嬉しいっ。……名付けてくれたのはラルさんだけど!
 サリカさんは私をじーっと見て、しばらく考え込んでから、
「……うーん、そうだなぁ……ステラは、アルカとほぼ同じ作りだから……ステラのクロムエラトを、アルカ個々が持つ力に置き換えて考えると……命令が必要なのかな?」
「命令?」
「そう、力への命令。教団だと、アルカの力は封じられてるって考えなんだ。それを、命令で開く。私もユスカルラを使う時、アレは楽器みたいな感じがするから、鳴れとか響けとか思ってるよ」
 命令……なるほど。多分ノストさんも、スロウさんも、消せとか倒せとか思ってるんだろうな。ジクルドは、厳密にはアルカじゃないけど。でも、構成自体は凄くよく似てるらしい。
 命令か……うーん、そうだなぁ。
 ――私は、目を閉じた。
 なら、私は……

 ―――――ひらいて、クロムエラト。

『ルナは今頃、どうしてるかな』

 はっと、目を開いた。
 ……聴こえた。サリカさんの、心の声。
 でも、なんだかおかしい。
 私……今、サリカさんの目を見てないのに。

『ルナが、この子に会ったら……』

「っっ……!!!」
 直後、嫌だ、聴きたくないって、心が叫んだ。その途端、サリカさんの心の声はブツっと聴こえなくなる。
 ……あ……途中で、止められるように、なってる。今までは、全部聴くまで、動けなかったのに……。
 私の様子の変化に気付いたサリカさんが、心配そうに声をかけてきた。
「ステラ?大丈夫?」
「……は、はい。でも、できました……ちょっとだけ……自分で操れるようになった気がしますっ」
「お、そうかい?はは、よかったね。扱い切れない強大な力ほど、怖いものはないからね」
 自分の力を制御できるようになってきたって言うと、サリカさんは、自分のことのように喜んでくれた。これで、勝手に人の心を読んじゃったりすることはないんだって思うと、私も嬉しかった。
 だけど、それでも……私の耳の奥には、さっきの言葉がこびりついて離れなかった。
 ……ルナさん。人間の、ルナさん。作り物の、私。
 【真実】を知った今……会うのが怖い。拒絶されそうで。自分を模した人形なんて、誰だって嫌なはずだから。
 でも、会いたい。私のもとになった人。どんな人なのか、知りたい。

 ルナさん……貴方は今、何処で、何をしてるの?