monophobia

15 「私」という存在

 ……寝れなかった。
 なんだか昨夜は、全然眠くならなかった。でもやっぱり睡眠は人間のオアシス!と思って、ノストさんが寝ているベッドの傍らにちょこんと座って寝ようとしたけど、結局、数十分しか寝てない。
 セル君が言うには、私は3日間、お城で寝っぱなしだったらしいし、仕方ないのかな。寝すぎもよくないって言うし、ま、いっか。
 で、寝れなかった私は、夜中、宿屋さんのバルコニーで星を見て時間を潰していた。これ目撃した人がいたら、アイツは夜行性かって思うかもしれないけど!綺麗な朝焼けの空が見れたから、良しとしようっ!

 朝になったし、部屋に戻ることにした。まだ人気の少ない宿屋さんの板張りの廊下を歩いて、自分の部屋の前に着く。
 ノストさん、起きたかな?と思いながら、私はドアを開いて……思わずすぐ閉めた。
 …………部屋、間違ったかな。
 部屋のナンバープレートをチェック。10号室。うん、間違ってないよね。
 いやいや、もしかしたら、ナンバープレートが隣の部屋と摩り替わっているっていう可能性も!確か私の部屋は、角のところにあったよね。うん、角にある。おっけい。
 いろいろ確認してから、私はもう一度、ドアを開いた。今度は、そろーりと、中を窺うように。
 部屋の中には、長い銀髪を肩に流した男の人が、ベッドに座って足を下ろしていた。彼は、顔だけドアから覗かせた私を見て、少し呆れたように言った。
「……何だ」
「…………えっと……ノストさん、ですよね?」
「はぁ?」
「だ、だってノストさん……か、髪がぁっ!」
 私は部屋に入りながら、面倒臭そうな感じのノストさんをびしぃ!と指差して対抗した。すると彼は、「あぁ……」と気付いたように銀髪を邪魔そうに払った。2つに分かれた黒い紐をひらっと持ち上げて一言。
「下僕、代わりの結い紐を用意しろ」
「な、なんで紐切れたんですか!? よっぽどのことがないと切れませんよね?! っていうか私は下僕じゃないですってば!!」
 反省も困った様子もないノストさんに、私は思わずツッコミがましいことを返していた。
 とにかく、今のノストさんは、いつも結ってる銀髪を下ろしていた。下ろさざるを得なかったみたいだけど。
 ほんと、誰かと思った……!髪を下ろしただけで、随分と印象が違う。こうして見ると、ノストさんって結構髪長かったんだなぁ……私くらいはあるかも。肩を少し越したくらいの長さだ。
「あ、ところでノストさんって、私と別れた後、どうしてたんですか?」
 ノストさんに近付いて、私はふと聞いた。私を探したわけでもないだろうし、一体どうしていたのかちょっと気になる。ノストさんは切れた紐をもてあそびながら答えた。
「スロウの奴を殺そうとして首都まで来た」
「で、偶然、私に鉢合わせちゃったってわけですか」
「よかったな、首の骨折られなくて」
「だっ、だからその表現やめて下さいって!そ、それにっ、私は目的があってお城にいたんです!ただ捕まっただけじゃないんですよ!」
 ノストさんが言いたかったのは、多分『捕まったのによく殺されなかったな』ってことだろう。うわ、理解できてる自分が凄い……。
「目的?」
「えっ……あ、えっと」
 それが気になったのか、ノストさんがおもむろに私に目を向けて聞いてきた。とっさに口走ってしまった私は、はっとして口を覆った。
 「スロウさんにルナさんのことを聞きに来ました」なんて言ったら、ノストさん、どんな反応するだろう。きっと馬鹿とか言われるんだろうな。なんだか言いづらくて、私は言葉に詰まった。
 ノストさんの視線がイタイ。ただ見てくるだけの視線がこんなにイタイのは、ノストさんくらいじゃないかと思う。でも目をそらすこともできず、私は真正面からイタイ視線を受け止めていた。
「それ寄越せ」
「へ?」
 不意に、ノストさんの視線が私の少し右に逸れた。釣られて自分の右側の頭を触ると、ちょこんと結っている髪の部分が当たった。どうやら、この結い紐を寄越せと言っているらしい。
「これだと視界が悪い」
「だからって人から奪うんですか……いっそのこと、切っちゃえばどうなんですか?」
「暇があったらな」
 髪の短いノストさん……うーむ、想像しづらいなぁ。かっこよさそうではあるけど。
 前から思ってたんだけど、ノストさんの髪って妙にツヤツヤしてるんだよね……うあぁっ、物凄く羨ましいっ!憧れちゃうね!私もあんな綺麗な髪だったら!
 ……あ、いいこと思いついた!
 ニヤリと笑って、私はノストさんに言った。
「紐貸してもいいですけど、条件があります!」
「はぁ?凡人が俺と取引なんざ自惚れんな」
「わ、わかってますってば!でも、大した条件じゃないですよ!」
 この人って、誰に対しても偉そうだよね……なんかかもう、それがこの人らしいから何も言わないけど。自分にプライドがあるっていうのは良いことだ!多分。
 怪訝そうなノストさんに、私は自分の紐とノストさんの髪を順番に指差して言った。
「私が紐を貸してあげる代わり、髪結わせて下さいっ!!」
「…………却下」
 私の条件に対し、ノストさんは物凄く嫌そうな顔で、ぽつりと答えた。それに私は衝撃を受ける。
「え、ええぇッ!!? な、何でですか!? いいことばっかりじゃないですか!?」
「てめぇに結ばれるくらいなら、このままの方がマシだ」
「だ、だって!ノストさん、いっつもテキトウじゃないですか結び方!見てられませんよ!」
「邪魔じゃなければ文句はねぇ」
「文句ありまくりです!せっかく綺麗な髪なのにっ!髪が泣きますよ!」
「はぁ?」
 まあ、私が髪触ってみたいからなんだけど!綺麗な髪持っておきながら、どうでもいいなんて……!この人、罰当たりだ!
 ノストさんは付き合ってられんとばかりに溜息を吐いて、ベッドから立ち上がった。悔しそうな私の横を通りすぎ、彼がドアに近付いたところで、私ははっとした。
「あの……何処、行くんですか?」
 私が声をかけると、ノストさんは無言で足を止めた。
 私はこれから、サリカさんがいるこの街の教会に行くつもりだけど……今、彼は何処へ行こうとしているんだろう。もしかして……またお城に行って……。
「あ、あの!」
 イチかバチか。私はもう思い切って、昨日から考えていたことを言った。
「……もし、目的とか決まってないんだったら……その……もう一度、私の旅に付き合ってくれませんかっ!? 自分の方から別れておきながら、自分勝手だとはわかってます……無理強いはしませんけど、できたら一緒に……」
 彼の黒い背中は、微動だにしなかった。
 ……昨日の、スロウさんのデスクの上。そこにあった写真。
 お父さんとノストさんが一緒に映っているあの写真を見てしまった以上、彼の存在を無視できなくなった。
 でも、ノストさんとスロウさんにお父さんのことを聞くのは、きっと残酷だ。あの写真の二人が、今、睨み合っているのには……きっと、真ん中のお父さんが関係していると思うから。
 だから……一緒にいれば、きっと自然と何かわかる。彼のこと。……確信はないけど。
 返答を待つ私に、ノストさんは肩越しに言った。
「……ウォムストラルを我が物顔で奪っといてそれか」
「…………へ??」
「さっさと行くぞ」
 そう言って、ノストさんはドアを開き、そのまま部屋から出ていってしまう。
 開け放たれたままのドアを、私は呆然と見つめてから……自分でもわかるくらい嬉しそうな顔をして、部屋を出た。

 

 

 

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 初めて歩いたイクスキュリアは、おしゃれな街並みだった。
 ……よく考えたら、初めて歩いたのは、ぐったりしたノストさんを連れて歩いた時なんだけど……全然覚えてない!
 イクスキュリアは、中央にお城がある。それを取り囲むように貴族街があって、さらにその外側が庶民が住む庶民街がある。
 セントラクスが綺麗に整えられた街だったら、イクスキュリアは素材を活かした街だ。大通りの地面は、まちまちの茶色い石が埋め込まれて舗装されていた。
 朝の広場は、穏やかな静寂に満ちていた。遠くからかすかに喧騒が聞こえてくる。人通りも少なくて、ひんやりとした朝の空気が気持ち良い。
 そんな広場を横切って、私とノストさんが向かったのは聖堂。聖堂は、貴族街と庶民街の間に建っていた。セントラクスほど大きくはないけど、アスラの教会よりは大きかった。
 扉を開くと、青い絨毯がまっすぐ正面まで伸びていた。その左右にズラリと並ぶ長イス。その手前の方に、エメラルドグリーンのポニーテールが足を組んで座っていた。
「おやノスト、イメチェンかい?」
 こちらを振り返ったサリカさんは、髪を下ろしている状態のノストさんに目を丸くした。ノストさんは相手するのも面倒臭いのか、無言で息を吐いた。
「ま、それはいいや。フフ、やっぱり二人一緒に来たね」
 さらっと話を流して、サリカさんは満足そうに笑った。
 ……はっ!そ、そういえば、サリカさんには連れと別れたって話をしたんだっけ……!ということは、その連れっていうのは言うまでもなくノストさんだってわかってるわけで!
「さ、サリカさんっ!や、やっぱり一緒に来たねって……!?」
「いやぁ、若い頃を思い出すねぇ~」
「今だって十分若いじゃないですかっ!さっきの、どういう意味ですか!?」
「言ったろ?ルナも昔、人に迷惑かけるのは嫌ってたって…………っと、そうだった」
 楽しそうだったサリカさんは、ふと何かに気付いて言葉を止めた。立ち上がったサリカさんは、通路に出てきて私達を向く。その顔には、苦笑が浮かんでいた。
 コホンと咳払いをして、サリカさんは真摯な目で私を見た。
「……ステラ、聞いてもらえるかな。私が、一度見捨てた君を助けに来た理由」
 思わず何も言えなくなった私に、サリカさんは弱々しく微笑んだ。
「懺悔みたいになるかもしれないけど、聞いてほしいんだ」
「興味ねぇな」
「ノストは聞き流して結構だよ」
 聞く気ゼロなノストさんは、ぽつりと言って真横の長イスに座る。サリカさんは気を悪くすることなく言った。

 改めて私を見て、彼女は少し困った顔で微笑んだ。
「……本当に、見れば見るほど似てる。私はさ、ルナに似てる君が許せなかったんだよ。性格とかじゃなくて、存在自体が」
「……はい」
 それは自分でも気付いていたし、そうなんだろうなって思ってた。でも、こうして面と向かって言われると……やっぱり、少しつらい。
 太陽は、2つもいらない。……その言葉に、サリカさんの複雑な気持ちが全部詰まっていた。
「ステラがアイツにさらわれて、気付いたんだ。君は、ルナとは違う。ルナは……フフ、君と違って超優秀なんだ」
「……え?」
 ……深刻に聞いていたのに、途中でサリカさんはおかしそうに笑い始めたから、私はポカンとした。ってことは……私は馬鹿だっていう!? い、いや確かにそうだけど!
「そ、そりゃそうですよ!私なんかオッチョコチョイで馬鹿で……!」
「うん、そうそう。で、ルナと違って礼儀正しくて……」
「無駄にマジメで世間に疎くて後先考えない」
「あ、そうそう。はは、よく見てる」
「む、無駄にって何ですか!? っていうか何でノストさんまで入ってきてるんですか!? 聞く気なかったんじゃないんですか~?!」
 私のことを馬鹿にする言葉が並び始めた途端に、口を挟んできたノストさん。こ、この人っ……今に始まったことじゃないけど性格悪っ!
「とにかく、ルナだったら、あんなにあっさり捕まるはずがないんだ。それで、君はルナとは違うんだって改めて思ったんだ。青菜のことといい、性格といい、ね」
「サリカさん……」
「追われているのはルナだけど、アイツは捕まるなんてヘマしないから大丈夫。可哀想なのは、ルナにそっくりで、でもルナと違って太刀打ちできる力のない君の方だろうからね。……うーん、言いたいことはまとめたつもりだったけど……上手く言えないなぁ」
「い……いいえっ……じゅうぶん……十分です!」
 サリカさんの目が「私」に向いたことが嬉しくて、目の奥が熱くなってきた。いつの間にか涙が溜まってきていて、私はこぼれないように注意しながら、掠れた声で言った。
「だからまず、君を『ルナに似てる子』って見るのをやめようと思ってさ。けど、抜け切らないみたいでね、さっきもルナと比べちゃって……しばらくはずっとこうかもしれないけど……」

 ……あ……わかった。
 ノストさんが「馬鹿」「凡人」って言う度に、安心感を覚えた理由。
 私とノストさんは、牢屋で、壁を挟んだ状態で知り合った。顔を見ずに話していた。だから、ノストさんは私を……「ルナさんに似てる奴」っていうより、「馬鹿」って見てるんだ。
 ……ノストさんは……「私」を見てくれてたんだ。サリカさんと話してから、彼と話して、ようやく気付いた。私という存在が、彼に認められていたってこと。
 なんだか……嬉しい。それが、悪魔みたいな人でも……一人だけでも、「私」を見てくれてた人がいたってことが。

 ……私……一人ぼっちじゃ、なかったんだ。
 私は……ちゃんと、ここにいるよね?

 限界を超えて、涙が絨毯に落ちて黒いシミを作る。うつむいて涙を拭う私には、自分の鼻をすする音としゃっくりしか聞こえないけど、サリカさんが私に向かって頭を下げるのがわかった。
「一度……君を見捨てた私を、許してほしい。許せないならそれでもいい」
「も、もう許してますよぉ!サリカさんがっ……私を見てくれただけで、十分ですっ……!!」
「……ふふ、そういうところはルナに似てる。でも、ルナはめったに泣かないかな」
 顔を覆ったまま言い切ると、サリカさんが顔を上げた気配がした。申し訳なさそうに微笑んだ彼女のオリーブ色の瞳は、今はちゃんと私を見てくれる。
 濡れた頬と目尻を手の甲で拭って、長イスに座っているノストさんを盗み見た。目を閉じていて、物凄く興味なさげだけど……さっき、「無駄にマジメ」とか「世間に疎い」とか、私を馬鹿にする言葉をスラスラ並べた辺り、やっぱり、しっかり一応私を見てくれてるんだ……。
「……ノストさん……ありがとうございますっ」
「今頃遅ぇよ。こっちは寄ってくる奴ら無償で潰してんだぞ」
「へっ!? き、き、聞こえてたんですかっ?! も、もしかしてっていうか、ノストさんだったら有り得なくもないんですがっ、地獄耳ってヤツですか!?」
「…………単純にてめぇの声がでけぇんだよ」
 聞こえない程度に呟いたつもりだったんだけど、聞こえていたらしい!ギクっとして、私が若干鼻声で紛らわしに長々と問い返すと、呆れたご様子でノストさんは言った。
「ちなみに私にも聞こえてたよ~♪」
「え、えぇ~!?」
 サリカさんも笑いながらそう言うから、やっぱり私の声が大きかったのかな……ち、小さいつもりだったんだけどなぁ。唯一の救いは、ノストさんがその意味を取り違えてることくらいかぁ……。
 普通に、「私を見てくれててありがとうございます!」って言ってもいいんだけど……なんだか口に出しちゃうと、その嬉しさが安っぽく聞こえそう。だからこれは、私の心の中に留めておこうっ。

「と、ところで、ルナさんの知り合いって誰ですか?」
 しんみりした話はもう終わり!話題転換も兼ねて、まだ鼻声で私がサリカさんに問いかけると、サリカさんはくすっと笑みを浮かべ、ノストさんを見た。なんとなく、私もノストさんに目を向けて。
「オルセスにいる、とある剣士さ。名前はカルマ=レングレイ」
 その人の名前が出た途端、ノストさんの目つきが微妙に変わったのを、見てしまった。
 彼は無言で、面白そうに笑うサリカさんを上目遣いで睨みつける。サリカさんは、まったく動じないっていうか、むしろ反応を楽しんでる。……な、何なの……?
「まぁ、彼がまだそこに住んでいるかどうかわからないけどね。私もちょっと、気になることがあるし」
「気になること?」
「数週間前から、オルセスの司教と連絡が取れないって、アノセルス司教が言っててねぇ。様子見に行ったゲブラーも帰ってこないらしい。そもそも、オルセスの人出がぱったり途絶えたらしいんだ。何か嫌な予感がしない?」
「はあ……」
 オルセスは、このイクスキュリアから南東の方角にある水の都だ。海を挟んで、シャルティアの東にある雪の国ヘルジスティとの貿易港でもある。それから、教団の司教さんがいる四都市の1つだ。
「嫌な噂も聞くし、現状を確かめてきた方がいいとは思ってたんだけど、私も巻き添えになるかもしれないって司教が許してくれなくてねぇ。この際だから、君らを案内する体でこっそり行っちゃおうと思ってさ~」
「嫌な噂?」
 私が復唱すると、サリカさんは満足そうに頷き、面白そうに笑って言った。

「オルセスを徘徊する、攻撃してくる幽霊達の噂さ」