monophobia

12 唯一無二の

 10歩くらい先。明らかに異様な雰囲気を放つ人影があった。
 ……黒い。髪も服装も肌も、全部が黒かった。この白い街の中で、その人はとても浮いて見える。
 長い前髪が印象的な黒髪。少し遠いからよくわからないけど、頭の両脇に何か細いものが立っている。丈の長い黒装束は、これまた異様な白い紋様が染め抜かれたもの。肌は地なのか日焼けなのか、浅黒い。
 そんな同い年くらいの男の子が、そこに立っている。彼の意識は、間違いなくこちらに向けられていた。
 私達が気付いたと見て、彼は近付いてきた。私は緊張してきて、ちょっとサリカさんの後ろに隠れた。
 ふと耳に、カランコロンと、独特の心地良い音が聞こえるのに気付いた。彼が踏み出す度に鳴るメロディ。男の子の足元を見ると……うわ、この人、下駄だ。レンテルッケの文化だけど、着てる服だけでも異様なのに、下駄って……変人度アップ。
「……何か用かな?」
「誰だ、お前」
「グレイヴ教団ゲブラーの者だよ。それで何の用?」
 手前まで歩いてきた男の子は、サリカさんを睨むようにして問う。対してサリカさんは、いつもの飄々とした態度で応酬する。
 男の子は、おもむろに神官服の私を指差す。ひやっと背筋に冷たいものが走った。
 紺色の瞳は、まっすぐに私を射抜く。
「そいつに用があって来た」
 ……み、見抜かれた!? ここまで来て!? 逃げなきゃっ……捕まる……!!
 無意識に、片足が後ろに下がった。
「ステラに用……ねぇ。なんでまた?」
 サリカさんが男の子に話しかける。彼の意識がサリカさんに向いた瞬間。
 逃げる隙を窺っていた私は、ここぞとばかりにばっと身を翻して、来た道を逆戻り!
「っふひゃ!? ご、ごめんなさ……」
 しようとしたら、顔からモロに人にぶつかった。追突した人に慌てて謝ろうとして顔を上げ、絶句した。
 見下ろしてくる紺の双眸。はっと後ろを振り返ると、サリカさんの前にいたはずの男の子の姿がない。
「う、うそ……」
「素人が俺から逃げられるわけねーだろ」
「ど、どうして!? さっきまでそっちに……」
 混乱して言葉がまとまらない。サリカさんでさえ動いた時には風が揺れるのに、彼にはそれがなかった。まるで瞬間移動だ。
 私の散り散りの言葉には耳を貸さず、男の子は目の前で屈んだ。かと思ったら、彼はまるで私を物みたいに肩に担いだ!
「え、ええ~!?! ちょ、なんでー!?」
 ばたばたと手足をばたつかせるけど効果なし。彼はそのまま向きを反転させる。元の向きに戻された私の前には、サリカさんがいた。
「さっ、サリカさん!た、助けてくださいー!!」
 このままじゃ連れていかれる!私は叫びながら、エメラルドグリーンの揺れる髪に手を伸ばした。静かに振り返ったサリカさんは……無表情で私を見返した。
 なぜだか、村のみんなの表情が重なった。
「私にとっての太陽は、ルナだけだ」
 指先も、喉も凍りついた。サリカさんの言葉は、あの時の村のみんなと同じようで。
 鋭利な刃が、私の胸を一突きする。

「太陽は、2つもいらない」

 男の子が駆け出した。サリカさんがどんどん遠ざかって、まばらな人込みに隠れていく。
 急激に開いた、私達の心の距離みたいだ。……そう思っているのは、きっと私だけ。最初から彼女は、私を受け入れてなんかいなかったんだ。
 サリカさんにとって、ルナさんと同じ顔をした私は、目障り以外の何物でもない。
 大事な人と同じ顔をした人間は、認められない。
 同じ顔は、2つもいらない。

「……追いかけてこねーな」
 ずっと風の音しか聞こえていなかった鼓膜に、そんな声が触れた。
 ふと気付けば、風がやけに強くて肌寒い。辺りを見渡そうとしたら、その前に男の子の肩から降ろされた。ざらついた床に座り込んで、私は顔を上げた。
 髪や服がバサバサと煽られる。やけに青空がよく見える場所だ。上を見上げると、大きな釣り鐘が頭上にあった。
「どういう関係だか知らねーが、薄情だな」
「……ここは?」
「大聖堂の上だ」
 ああ、大聖堂の上。だから釣り鐘もあるし、随分と空も見えるし風も強いわけだ。大聖堂の上部には、大小の七つの鐘が釣り下がっていて、それで時間を知らせているらしい。
 ……いつの間に?どうやってこんなところまで?と思ったけど、移動中、私は呆然としていたし、気付かなくて当然だった。
 白い石造りの床に座り込む私の目の前に、黒い男の子はしゃがみ込んだ。釣られて、男の子の顔を間近で見た。
「えっ……!?」
「……!!」
 びっくりした私に、男の子もびっくりした。
 さっき遠目に見えた、頭の両脇の細く長いものは何だろうと思っていた。それは本来なら、耳がある場所から生えている黒い羽だった。
 触ってみると、羽というより固体に近かった。なんとなく、引っ張ればすぽって抜けそう。
 ……今、何気なく触ったんだけど、怒られるかと思った。けれど、男の子は私を見たまま動かない。……何だろ?こんなにルナに似てるなんて!とか思ってる……?
「………………あの~」
 堪えかねた私が声をかけてみると、男の子ははっとした。立ち上がりながら後ろに身を引いて、慌てた様子で両手を振る。
「な、なんでもねぇよ!なんでもねーから気にすんな!」
「……本当?」
「ほ、本当だ!気にすんな!」
 聞いてみたけど、答えてはくれなさそう。なんとなくそわそわしているけど……気にしてほしくないみたいだし、そっとしておこう。
 私も立ち上がって、彼に少し近付いてみた。なぜだか警戒している男の子に、その耳について聞いてみる。
「その耳、どうしたの?」
「み、耳? ……あぁ……とりあえず、俺は人じゃねぇから」
「じゃあ何?」
「それは……気にすんな」
「また!? それは気になる!」
「気にすんなって!」
 また気にするなって言う!秘密ばっかだ!そもそも人じゃないってどういうこと???
「と、とにかく……俺は、お前を城に連れて帰んなきゃなんねーんだ」
「え……お、お城……?」
 姿勢を正し、コホンと小さく咳払いする男の子。お城に連れて帰るってことは……この人、賞金稼ぎじゃない。きっと、参謀直属の部下なんだ。
 仕方なさそうに、彼は嘆息して言う。
「面倒臭ぇが、スロウの野郎がルナと似た奴・ ・ ・ ・ ・ ・を探してこいってうるせぇから……」
「……え?ルナさんと、似た……奴……?」
 ……ちょっと待った。
 ということは……スロウさんは最初から、私がルナさんじゃないってわかってたってこと!? ど、どういうこと……?なんか、話が全然違う……!
 私は、ルナさんに間違えられて投獄された。ずっとそう思ってたのに……スロウさんはニセモノだと知っていて、私を投獄した……?でもどうして?

 ……………………。

「…………なきゃ」
「ん?」
 ぼそりと呟いた言葉は、彼には聞こえなかったらしい。私は顔を上げて、もう一度、今度ははっきり言った。
「行かなきゃ。お城に。……そうすれば、君も怒られないでしょ?」
「……な……ば、馬鹿かお前!? わざわざ敵のところに向かっていく奴があるか!い、いや確かにオレはその方が助かるが……おかしいだろ!!」
 ポカンと口を開けて私を凝視して、数秒後。男の子は、真っ向から正論を返してきた。思わず私はくすっと笑ってしまった。おかしいなあ、敵対している側の人に怒られちゃった。
「自分でも、馬鹿だってわかってるよ。でも、スロウさんに会わないと行けないと思うの」
「お前……」
 サリカさんから、スロウさんがお父さんの弟子だったって聞いて思った。それなら、スロウさんは、お父さんのことも、同じ弟子のルナさんのことも知ってるって。彼に会ったら、何かわかるかもしれないって。
 今の話を聞いたってそう。やっぱりスロウさんは……私の知らない、重要な何かを知ってる。
 迷いないはっきりとした口調で言うと、男の子は何か言いかけて、口を閉ざした。ふふ、敵さんに心配されてるって笑っちゃう。いい子なんだなぁ。
「……あ、そういえば、君の名前は?」
「へ?」
 ふと、名前を聞いてないことにやっと気付いた。私が今更だけど問うと、男の子は、今まで見せたことないほどの間の抜けた顔をした。
 それから少し間があって、だんだん顔色が青くなってきた。ばさばさと揺れる黒髪を抱えたり、額に手を当てたり、耳の羽を押さえたりしてから、がばっと顔を上げた。
「セルク=カイラルだ!!」
「……偽名?」
「な、何でわかるんだよ!」
 私がつんっと押してみると、男の子は自分で嘘を豪快に壊した。凄く困ってたみたいだし、正直さんだなぁ。
 だってセルク=カイラルは、混沌神語で記されていた聖書を解読した人の名前だ。私でも知ってたくらいには有名。ま、いっか、偽名でも。
「じゃセル君、お城に行こう!」
「は?今から?」
「うん、善は急げだよ!」
 セントラクスには、サリカさんもいるし……私なんかと顔合わせたくないだろうし。早く立ち去ったほうがいい気がする。
 催促する私に、セル君は言い聞かせるように言った。
「……お前……本当にいいのか?俺が言うのもアレだけど、スロウは最悪な奴だぞ。ヒースの弟子だったからって強ぇし……大体、アルカを持っている時点で、一般人には手に負えねぇ」
「アルカ……?」
 聞き慣れない言葉を私が問い返すと、セル君は押し黙った。ごまかしたいというより、喋りたくないという感じだった。
 一呼吸置いて、セル君は話を戻した。
「……とにかく、スロウは最悪な奴だ。どれくらい最低かは……会えばわかる」
「だったら……どうしてセル君は、スロウさんの部下なの?」
 上司が最悪な人だったら、やっぱり嫌だろう。辞められないのかな?と思って私が何気なく聞くと、セル君はさっきと同じように口を閉ざしてしまった。
 強風が吹き抜ける音だけが、耳を支配する。
 さっきから深いところを突いてばかりみたいで申し訳なくなってきて、話題を変えなきゃと思ったら。

「―――逆らえないんだよ、俺は」

 風の音に掻き消されながら、か細い声が届いた。
 そう呟く紺の瞳は虚ろ。私を映していても、見てはいない。それは……諦めた人の目だ。
 途端にセル君と距離が開いた気がして、思わず手を伸ばした。
 その私の腕を、彼が掴んだ。
 はっとすると、セル君は何処か落ち着かない表情で私を見ていた。さっきの空虚な雰囲気はない。
「そ……そんな顔すんなよ!! お前は笑ってた方が……ああああもうさっさと行くぞ!!」
 なんとなく紅潮した顔で、セル君は言い切った。……私、そんなひどい顔してたかな……。
 セル君が言い切った直後、周囲がぱっと明るくなった。いつの間にか、星のような小さな白い光たちが、私とセル君を取り囲むように輪を描いていた。
「えっ……何……!?」
「わ、暴れんな!別に悪いようにはしねーよ!落ち着けって!ったく……!」
 とっさにその手を振り解こうとしたら、セル君は焦った様子で、ぐいっと私の手を引っ張った。
 私がセル君の方につんのめた瞬間、鈍い振動が体の中心を貫いた。
「うっ……?!」
 がくっと全身から力が抜けて、そのまま前に倒れかける。霞がかってきた意識の中、セル君が私を支えるのがかろうじてわかった。
「手荒で悪ぃな……ヴィエルに失敗したらまず……」
 近くで、セル君の声が聞こえた。でも、急激に音が遠ざかっていく。

 ……やがて、私は完全に意識を手放した。