masquerade

31 不調和と調和

『あの紋章、何に見えますか?』
 そう言ってフィアちゃんが指差したのは、正面の壁に垂れ下がっている緑の垂れ幕に、白で染め抜かれたグレイヴ教団の紋章。
 予想外な上に唐突な問いに、私はキョトンとフィアちゃんを見て間を空けてしまってから、慌ててその紋章を凝視する。
 真ん中に縦長のダイヤが2つ並んでいて、その間から両側に、3本の90度曲がった線がついたその紋章は……ぱっと見、私にはある1つのものにしか見えないんだけど……なんだか言いにくい。
 どうしようかなって悩んでいると、それが顔に出ていたらしく、フィアちゃんが『正直にどうぞ』と笑いながら言った。
『……えっと……虫のクモ、かな……?』
『ふふ、そうですね。クモですね。ただ、少し見方を変えると……蓮の花にも見えるでしょう?』
『あっ……!ほ、ホントだ……』
『クモと蓮。まったく正反対のものを、同時に有している我が教団の紋章……それと同じようなもので、グレイヴ=ジクルドも、破壊と再生、正反対の力を併せ持つ神剣です。ここまではご存知ですよね?』
 私が頷くと、フィアちゃんは微笑んで一呼吸置いてから、話をし始めた。
『神は、壊死と創生を司っています。しかし、あまりにも大きすぎるその力は、一人では制御しきれませんでした。一方、グレイヴ=ジクルドは、破壊と再生を司ります。しかし、彼らもまた、使い手がいなければ、その力を引き出せませんでした』
『そ、それは初めて聞いたかも……』
『でしょう? ……壊死と破壊。創生と再生。似て非なる彼らの力は、とてもよく調和し、彼らはお互いの欠点を補い合いました。グレイヴ=ジクルドが神の力を御して自分の力に乗せ、神がグレイヴ=ジクルドの力を引き出して自分の力とともに放つ。実質は、世界は4つの力で創られたことになりますね』
 そ、そうだったんだ……神様とグレイヴ=ジクルドは、お互いに大事な補佐役だったんだ。自分の力を最大限に生かせる、最高のパートナー……。
『そして、彼らによって、この世界が創られるわけですが……創生の物語。聞きますか?』
『うん、聞きたい』
 私が当然のように頷くと、フィアちゃんはにっこり微笑った。
『神界ユグドラシルが、まだ無だった頃。神は、何一つない空間の片隅に、グレイヴ=ジクルドを使って、陸や海を生み、壊し、1つの庭を創り上げていきました。それがこの世界……園界エオスです。つまり、エオスはユグドラシルの一部なのです。この辺りが創生時代ですね』
『へぇ……』
『ある程度エオスが創られると、世界には、神がいることによって自然とわだかまるようになった、神の力……オースが溢れ返るようになりました。この時代が、混沌時代です』
『………………』
『オースは、神の部下のようなものです。この満ち溢れたオースが、エオスをゆっくりと創り変えていくのですが……オースの量が過剰すぎたのです。余分となったオースは、お互いに結合しあって固体を生み出しました。これがアルカです……ステラ?大丈夫ですか?』
 長々と説明してくれるフィアちゃんが、ふと私を見て首を傾げた。呆然としていた私は、ぱちくりと瞬きしてからフィアちゃんを見て。
『……何て言うか……フィアちゃん、詳しいね』
『セフィスになりたての時に、叩き込まれましたから』
 『当然ですよ』と、呆気にとられている私に、フィアちゃんはクスクス笑いながら言った。まぁ、セフィスだから当然っちゃ当然だろうけど……凄いなぁ。
 普通の神話は、「神様はこの世をお創りになられた時、一振りの剣をお使いになりました」とか「こうしてこの世は神様によって創られたのです」くらいしか書いてないよ……やっぱりアルカの存在を公表できないから、オースの話は省かれてるのかぁ。
『話を続けますが……そうなると、神とグレイヴ=ジクルドの役目がもう終わってしまったこと、わかりますか?』
『あ、うん。オースが全部やっちゃうから、神様は自分でやることがない……よね?』
『ええ、そうです。神は、オースがある程度、世界を創り変えたところで、グレイヴ=ジクルドと世界中のオースを使って、命を生みました。それは、小さな蓮の花だったと言われていますが……神はそれを最後に、エオスを抜け、ユグドラシルへと帰ってしまったのです。あろうことか、グレイヴ=ジクルドを、このエオスに置き忘れたまま……』
『その後は……どうなったの?』
 ……それは、普通の神話でも書かれていた。「神様はグレイヴ=ジクルドを置き忘れたまま、帰ってしまわれました」って。
 その後は、「役目を終えたグレイヴ=ジクルドは、弾けて消えてしまいました」になってるけど……実際は違う。グレイヴ=ジクルドは、散り散りになりながらも現存している。
 神話にも書かれていない、その続き。どうして今、私の手元にウォムストラルがあるのか……一体、グレイヴ=ジクルドはどういう道筋を辿ってきたんだろう。
 私に聞かれて、フィアちゃんは足元を見つめて少し間を空けてから、再び話し出した。
『グレイヴ=ジクルドは、まさしく神の化身ともいえる、希薄ですが自我を持つ剣です。幸い、グレイヴ=ジクルドが置いてあった場所は、人間には近付けない場所だったので、人の手に渡ることはありませんでしたが……そのまま幾千年もの時が流れ、そこに辿り着けた人物がいました。その人こそが、アルトミセアです』
『アルトミセア様が……?』
『アルトミセアは神の言葉に導かれて、グレイヴ=ジクルドの元にやってきたのです。神はグレイヴ=ジクルドを壊すことを望んでいました。その頃には、すでにエオスは神の手を離れていて、神はこの世界に干渉できなくなっており、剣を取りに行くことができませんでした。あの剣が人の手に渡るくらいならと、神は苦渋の決断の末、剣を壊すことにしたのです』
『こ、壊す……!?』
 ま、まじですかっ!神様がグレイヴ=ジクルドを壊してくれって!? うわわっ……なんか話が凄いことになってきた!
『しかし、まさか神の化身を壊すことができる人間などいるはずがなく………アルトミセアは、待つしかなかったのです。壊死を司る神が、いつか行動を起こすのを』
『行動を、起こす……?』
 どういう……ことだろう。私は問い返してみたけど、フィアちゃんはそれ以上は、何も言おうとしなかった。
 だから私も、それ以上追及しないでいると、フィアちゃんがうつむき気味だった顔を上げた。その目で見るのは……正面の壁の、教団の紋章。

『グレイヴ教団は、その時のためだけに、アルトミセアが作った組織なんです』

『…………え?』
 ……考えもしなかった言葉。私が思考停止している間にも、フィアちゃんは何処となく寂しそうに続ける。
『宗教的なのは表だけ……本当は、ご存知の通り危険物アルカの回収と、いつか行われる神のその行動を補助するためと、グレイヴ=ジクルドが壊れるのを見届けるためだけの集団なのです。これは……代々セフィスだけに受け継がれてきた、大切な、大切な秘密……』
『う……うそ……』
 教団が……グレイヴ=ジクルドの存在によって作られただなんて。そしたら、グレイヴ=ジクルドが壊れたら……教団はどうなるの?もう存在意義がないってこと……?
『そ、そんな大切なこと……私なんかに話しちゃっていいの?』
『貴方だから話したんです』
『私だから……?さ、サリカさんは?』
『知りません。貴方が初めてです……貴方だから、話さなければと』
 どういう、ことだろう……私が、友達だから?ううん、そんな簡単な理由じゃない。友達だから話したっていうのなら、腹心のサリカさんにだって話すはずだ。
『……どうして、私に話したの?』
『え……?』
『どうして、私には話してくれたの?』
『それは……』
 ……だから、聞いた。誰にも話したことのないその秘密を、私に話してくれたのには、やっぱりそれなりの理由があるんだろう。
 意表を突かれたらしく、フィアちゃんは戸惑った顔をしてから……確かな口調で、答えてくれた。
『……貴方が、【真実】に近しい者だからです。いえ、それは違いますね……貴方が、【真実】そのもの、なのでしょうね』
『えっ……!?』
『ふふ……忘れて下さい。戯言です』
 フィアちゃんの口から出た、【真実】という言葉。私が思わず声を上げるけど、フィアちゃんは微笑みながら、すっとイスから立ち上がって通路のドアへと歩いていく。
『今日はもう遅いですし、そろそろ寝ましょう。おやすみなさい、ステラ』
『あっ、フィアちゃん……!』
 私がとっさに呼び止めたけど、フィアちゃんは応じることなく、静かにドアの向こうの暗がりへと消えていってしまった。

 残ったのは……私と、新たな謎だけ。

 ミディアで、私がフィアちゃんからスロウさんのことを聞いた、その後の話。神と、グレイヴ=ジクルドに関わる話。
 私が、【真実】そのもの……私に向けられた謎。
 ノストさんやスロウさん、お父さん、ルナさんに向けられた謎は、個々のように見えて、根元では複雑に絡み合っている。だから、ノストさんの正体がわからなくても、お父さんやスロウさんのことを知れば、自ずと予測がつく。
 でも、私に向けられた謎は……当然だけど、完全に孤立している。厳密に言えば完全じゃないけど……お父さんの娘だし。
 でも、彼らほど結びつきが強いわけじゃない。全然、予測なんてつかなくて。
「うーん……」
 それでわかるわけでもないけど、顎に手を当てたまま、私は唸り声を上げた。すると、隣を歩いているノストさんの声。
「馬鹿なら大人しく前見て歩け」
「へ?」
 私が顔を上げて、声の方向を振り返った瞬間!
「っきゃひゃぁ!?」
 ガッ!とつま先が何かに当たって、私は一瞬、自分の体が宙に浮いたのを感じた。うわぁ、今なら飛べる!っていうか飛んでる!
 そして、膝からどしゃあ!と落ちた。
「っったぁ~……」
 うつ伏せに倒れ込んだ私は体を起こして、服についた土を反射的に払う。均された平らな土の道なのに、何でつまずいたんだろうと後ろを見ると、大半が地面に埋まった岩の頭が少し覗いていた。こ、コイツのせいか……!
 ミディアから出発して半日は過ぎた。私とノストさんはマオ山道を歩いている。標高が少し高いところを歩いているから、夕焼けが綺麗に見えた。
 夜の山は危険ってよく言うから、今入るのはやめましょうよとか反論したんだけど、どういう意味でなのか「面倒臭ぇ」って言って譲らなかったこの人。まぁ確かに、あの辺に泊まれる場所とかなかったけどさ……。
「ノストさぁ~ん、先に一言……、った……?」
 少し進んだところで、私が追いつくのを待っているノストさんに、私は恨めしそうに言って立ち上がって……そこで初めて、右膝の痛みに気付いた。見下ろすと、さっき転んた時のものらしい傷ができていた。じわっと赤く血が滲んでいて……じんじん痛い!
 歩けないわけじゃないけど、体重をかけると痛んだから、私は片足で飛びながらノストさんのところに寄った。ノストさんは傷を一瞥して、私を見て。
「いくら転んでも平気だった奴がケガか」
「た、確かに……で、でも、外で転んだのは初めてですよ!だからです!」
 うんうん、今までかなり転んでたよね。でもケガしたのって初めてじゃないっ?っていうかノストさん、ケガ人を見といて淡泊だな……もういいけど。
 ノストさんは、私の傷を見定めるように凝視してから。
「歩けるか?」
「え?」
 …………耳を疑った。
 え……ええぇえッ!!? い、いま何て言った!? ノストさんが何気優しい言葉言ってる!うわわっ、ど、どうしよう、ノストさんがおかしいよ?!
「た、た……多分、大丈夫ですっ」
 内心でパニック状態になりながら、私はとりあえず、なぜか緊張しながら素直に返答した。するとノストさんは……、
「なら歩け」
 これこそ手のひらを返すが如く、あっさりとそう言って歩き始めた。……ええーッ!!?
「のっ、ノストさぁん!? そこはやっぱり心配するところでしょう?!」
 すぐには動けない私が、その場でノストさんの背中に叫びかけると、ノストさんは足を止めてこちらを振り返った。……呆れ顔。
「売れない演劇なら一人でやれ」
「ノストさんも入ってますよッ!しかも『売れない』って、やってみなきゃわかんないです!」
「……で?」
「で、で?って……じゃあ、私が歩けませんって言ってたら、どうなってたんですか?」
 で?って……一番悲しい返答だよね、うう……。
 何やら選択肢を間違えたらしい私が、もう1つの方のストーリーを聞いてみると、ノストさんは当然のように言った。
「同じだ」
「お、同じ!? 結局さっきと同じやり取りですか!? 聞いた意味ないじゃないですかっ!!」
「お前をはめるという意味がある」
「うっ……!た、確かに……」
 くっ……反論できなかった。私が言葉を詰まったのを見て、勝ったなと思ったらしいノストさんが、非情にも再び前を向いた。
 置いていかれる!と、私がケガのことを忘れて走り出そうとして、
「ぅあたっ!」
 自分でも馬鹿だと思うけど、また転んだ。思うように力が入らなくて、膝からガクンと。また傷をぶつけて、じーんと傷が痛む。うう、私ってホント馬鹿……!自分の馬鹿さと痛みで、ちょっと涙目になってるのがわかった。
 とりあえず顔を上げて、ノストさんに待って下さいと叫ぼうと思った時。

 ―――――ガギィィン!!

「えっ?」
 すでに聞き慣れてきた、剣戟の音がした。
 うそっ?と思ってノストさんの方を見ると……彼はジクルドを横にして、相手の攻撃を防いでいるところだった。そしてすっと刃と刃が離れ、磁力でもはたらいているように彼のジクルドと相手の武器が再び衝突する!
 な……なになに~!? どーなってるのー?! 何でいきなり……!?
「ハハハッ、大物がお通りだぜ!」
「丁重に出迎えてやらねーとな!」
 私が呆然としていると、後ろの方から複数の男の人の声。振り返る前に、その人達は、へたり込んでいる私の周囲を取り囲んだ!
 私を取り囲んだのは、剣やら斧を持ったおっさん集団だった。数名、若いお兄さんもいるけど、おっさんの方が多い。
 庶民の私が言うのもなんだけど、彼らは、薄汚れたボロい服に身を包んでいた。いかにも山ごもりしてましたって感じのこのおっさん達!ま、まさかぁ~~!?
「しかもキミは、ディアノスト=ハーメル=レミエッタか。かの有名なルナ=B=ゾークと、キミ……とんでもない組み合わせだねぇ」
 ノストさんと刃を交えていた人が、飛び退いて言った。や、やっぱり山賊だ……!ど、どうしよう……!
 ノストさんと戦っていた、その人は……さばさばとした印象を受ける、女の人だった!質の良さそうな綺麗な金髪のショートカットに、赤いバンダナを巻いている。
 服は、おっさんと同じく薄汚れていたけど……おっさん達よりはいい服だ。無駄な余りがない浅い藍の服で、それで体のラインがわかる。うん、アレは女の人の証だ。今度は騙されないぞっ!
 彼女の手には、大振りな赤い武器。槍のように長くて、槍の刃のところに斧のような刃をつけたそれは……ハルバードと呼ばれるもの。斧のように叩き割るのも、槍のように突き刺すこともできる武器だ。
 斧が合体してるから、当然それなりの重量がある……はずだけど……それは確かに、だらんと下げた彼女の細い手に握られていた。見た感じ、持ち上げられるのかなって思うけど……もしかして、無駄肉ゼロで全部筋肉!?
「いいよ、捕らえな」
 落ち着いた紫色の瞳が私を数秒見つめてから、そう言ってハルバードを構え、ノストさんと再び戦い始める。
 え……っていうか、何がどうなってるの?この人達、何処から来たっ?特に女の人。
 状況を理解できず置いていかれている私は、唖然と二人の戦いを見ていることしかできなかった。そうしていると、不意にガシっと右の二の腕を掴まれて、上に上げられる。
 びくっとして振り向くと、一人のおっさんだった。どうやら、立たせようとしているらしい。
「やっ!」
「ってえな!何だコイツ!」
 反射的に私は、その手を払い、しつこく伸ばされてくる手を叩いた!自分の手のひらも痛んだけど、自己防衛のために伴う痛みは全然痛くない!多分。
「この女っ、てこずらせやがって……!」
「面倒臭ぇ、殺しちまえよ!」
「……!?」
 周囲のおっさんの中に紛れた若いお兄さんが、事も無げに言った言葉。ドクンと、心臓が嫌な音を立てた。
 ……今の……聞き間違い?聞き間違い、だよね……?!
「そうだな、やっちまおうぜ!」
 そのお兄さんに言われて、賛成した一人のおっさんが斧を高く掲げる。見上げた夕焼け空に、その黒い斧がよく映えた。
 耳の奥で、早い鼓動がうるさく鳴り響いていた。危険だって、本能と鼓動が叫んでいた。
 愕然とする私の目の前から、すべてが消える。在るのは、掲げられた黒い斧。
 いつか感じた、死の予感。恐怖。
 懐かしい感覚とともに、ぞくりと、寒気が背中を駆け上がる。

 ………………私は、死ぬ?

「!! 待ちな、お前達っ……その子、目の色が……っ!!」
 ……嫌だ。
 死にたくない……!!
「じゃあな」

 嫌ぁああ―――――ッッ!!!!!

 高い綺麗な音が、耳を突いた。
 周囲を、冷気が駆け抜けた。その冷気に、恐怖に支配されていた私は我に返る。
「うおっ!? な、何だ?! あ、あぁああっ!!?」
 おっさんの動揺の声。座り込んだままの私が呆然と上を見ると、斧を掲げていたおっさんが悲鳴を上げていた。何でだろうと思ってよく見てみると……その斧を握る手が、手首からすべて凍りついていた。
「……え」
 何かが、フラッシュバックした。目が、見開かれる。
「おい、大丈夫か?!」
「コイツ何だ!?」
「は、離れろ離れろぉ!!」
 数人の人が手が凍ったおっさんに駆け寄り、そして円型に私を取り囲んでいた全員が、何かを恐れるように私から距離を置く。
 何が起こったのか、全然わからないけど……今の……まさか……、

 ド ク ン 、

「っ……?! かはっ……!」
 突然、大きく鳴った鼓動。その不意打ちをまともに食らった私は、胸を押さえて体を折り、肺に残っていた空気を吐き出した。
 それだけでは終わらず、激しい動悸は続く。呼吸が足りなくて、次第に息の頻度が短くなる。耳鳴りがして、頭が痛い。浮かんだ嫌な汗が地面に落ちたのが見えた。
 荒い呼吸をしながら、私はがしっと胸元の服を掴んだ。いっそのこと、心臓を引っ張り出しちゃえば楽なんじゃないかって一瞬思ったけど、朦朧とする意識の中、かろうじてそれはダメだと自分を制止する。
「はあ、はあっ、かっ……ぁ……っ」
「一時休戦だ!!」
 女の人の大きな声が響く。土を踏む音が聞こえる。誰かが駆ける音。だけど何より大きいのは鼓動の音。
 苦しいっ……私、どうしちゃったの!?
 誰か……助けてっ……!!

 青き混沌
 調和を望むのなら
 響かせて
 再生の歌を

 …………歌が、聴こえる。
 大きな鼓動の音をものともせず、私の耳にはっきり聴こえる歌。
 呼んでる……ウォムストラルを、出さなきゃ……。
 霞みがかった意識の中、手探りでポケットから引っ張り出す。
 青き、混沌……?
 カノン、フィリカのこと……?
 調和を望むのなら……?
 ……カノンフィリカとの調和を、望むのなら?
 望むのなら……響かせればいいの?
 再生の歌を――

 数秒置いて、苦しくて涙目の視界に、眩い光が溢れた。
 その光に宥められるように、激しかった動悸が収まってくる。
「ぁ……」
 ……胸の圧迫感が、引いていく。だけど、わかったのはそれだけで。
 くらっと、めまいがして……だんだん急角度に変わっていく視界に、誰かが走ってくるのが見えた。
 でも、私に理解できたのは、それだけで……
 自分が倒れる音を最後に聞いて、何もわからなくなった。

 ……………………