masquerade

「こうかな?」
 ヒュッと振り下ろされる、青身の剣。ガツンと床に切っ先が当たるけど……何も起きない。ただ、剣を振ったサリカさんが少し痛そうな顔をして溜息を吐くだけ。
 剣先が指し示す方向に立っていたフィアちゃんが、うーんと悩んだ声を上げる。
「やはり、何も起きませんね……あ、ステラ。もう準備ができたのですか?」
「おや、随分早いねぇ」
 そして、二人がこっちに気付いて、それぞれ言ってくるけど……私は、カチンと硬直していて何も言えなかった。
「………………ちょ……な、な、何してるんですかーっ!?」
 数秒して、静止していた私は絞り出すように声を発した。
 サリカさんは、手に持ったカノンフィリカを掲げて見せて軽く言う。
「ん?何って……これの力を試してた?」
「そ、そうじゃなくて!」
 だって今この人、フィアちゃんに向かってカノンフィリカを振ってたよ!? そ、そりゃ発動しても、フィアちゃんはリュオスアランで無傷だろうけど……人に対して普通やるかーっ?!

 朝食を食べ終わった後、私は、昨夜貸してもらった部屋のベッドをちゃんと整えた。出発の準備っていっても大きな荷物があるわけでもないし、私はそれで準備完了。隣の部屋のノストさんを訪ねてみたら、ベッドが乱れたままだったから、仕方なく代わりに直してあげた。っていうか、「お前の仕事だ」とか命令されただけなんだけど……。
 私が礼拝棟に行きましょうって言ったら、ノストさんは「てめぇだけで十分だ」とか言って動かないもんだから、仕方なく私が一人で向かったら……サリカさんが、フィアちゃんに向かってカノンフィリカを試しているところだった……。
 入口のところで固まっていた私は、ずんずんサリカさんに近付きながら言う。
「だって普通、人に向かってやりますか!? 確かにフィアちゃんは大丈夫かもですが!!」
「ステラ、私が、私に向かってやるように言ったのです」
「え、えぇえっ!?」
 サリカさんが困った顔をした時、フィアちゃんが苦笑しながら横からそう言ってきた。
 私がびっくりしてフィアちゃんを見ると、彼女は周囲の……昨日、私のせいで凍りつき、その氷が溶け始めてきて濡れている長イスを両手で示した。
「こういうふうにされるよりは、私のリュオスアランで弾いた方が跡が残りませんから」
「そ、そうだけど……こ、怖くないの?」
「…………ええ、怖いですよ」
 私の問いに、フィアちゃんは一瞬考える素振りをしたけど、正直にそう答えた。
「でも、リュオスアランが少しでも役に立つなら、活用したいんです。……そうじゃないと……このアルカをつけている意味がわからなくなくなる」
「フィアちゃん……?」
「……ふふ、ごめんなさい。なんでもないです」
「………………」
 ……何処か寂しそうな、独白。でも、誰かに知ってほしい言葉。
 フィアちゃんは、やっぱり何処となく寂しそうな微笑で、やんわりと私の追及を押さえ込んだ。私も、自然とそれ以上、触れるのを躊躇った。
 セフィスの証として、代々受け継がれてきたアルカ。人の温もりを触れることのできないアルカ。
 フィアちゃんに限らず、代々セフィスは……とても悲しい人達ばかりだ。その証故に、誰かと手を繋ぐことも、取ることさえも叶わぬ領域に隔離されていながらも、人々を慈しむ……それこそ、神様みたいな。
 きっと、リュオスアランの傍に近寄れないのは……その領域が、神様に近しい場所だから。神様の声を聞くことのできる場所だから。その場所へ入ることを許されたフィアちゃんだって、それはわかってる。
 でも、ほとんど神様の声を聞いたことのないフィアちゃんにとって……リュオスアランはただの束縛でしかない。
 人との触れ合いを遮断される理由が見当たらなくて……ただ、空しくて悲しいだけ。
 だから、リュオスアランが役に立つのなら、それが今一瞬の理由になる。

「あ、そうだ、ステラ。ちょっと手本見せてよ」
「へ?」
 傍に立っていたサリカさんが、話題の転換をはかるようなタイミングで、私にカノンフィリカを持たせた。私はわけがわからないまま、とりあえず受け取る。
「手本……?」
「昨日、スロウが来た時に、これで氷の力を使っただろ?ちゃんと確認してから保護するものだから、今チェックしてたんだけど……何度やってもできないんだよ」
「え、え?できないって……氷の力がですか?」
「うん、そう。ちょっとやってみて」
「へっ!? もうできませんよ、きっと!」
「いいからいいから、物は試しさ♪」
 なんて言うから、私はしぶしぶ承諾した。
 あの時、無我夢中だったから、どうやったかなんて覚えてないよ……私なんかがやって出るの?
 私は、カノンフィリカの切っ先を天井に向けたまま持って……キョロキョロ辺りを見渡すと、フィアちゃんが目に入った。フィアちゃんは、ニコっと微笑む。
 ……え、まさか……っていうか、やっぱり……。
「どうぞ、ステラ」
「……や、やっぱりフィアちゃんにやるの?」
「ええ、お願いします」
「ううぅ……じゃあ、やるよっ!? ごめんね!?」
「ふふ、はい、どうぞ」
 もう謝ってる私を見ておかしそうに笑いながら、フィアちゃんは少し両手を広げて、体でも『どうぞ』な体勢。うう、本当にごめんねフィアちゃん……!
 カノンフィリカを掲げる。後は……振り下ろすだけ?「凍れ!」とか思った方がいいのかな……うーん、でも昨日はそんなこと思ってないし……まぁいいや、振り下ろしてみよう!
 と、両手に持ったカノンフィリカを縦に振り下ろして、ガツンと床にぶつかって……、
 キンッ、と高い音。
「へ……」
 ……目の前で起きた出来事に、私自身驚いた。
 今……剣先から何か出た~ッ!? 青白い半透明な波みたいなのが、床にぶつかった剣の先から、フィアちゃんの足元を抜けて、まっすぐ先の方へ走っていって……その通り道が凍った!フィアちゃんのところだけは、波が弾かれてやっぱり凍ってなかったけど。まるで、スロウさんのラミアスト=レギオルド……死光のあの攻撃みたいだ。
 いやでも、何でサリカさんができなくて、私ができるのっ!? 逆でしょー!?
「な、何で……!?」
 手に持ったカノンフィリカを見つめて、私が思ったことを口にした途端。
 カノンフィリカが白く染まった気がして、一瞬、カノンフィリカが青い粒子に霞んだ……ような。
 見間違いかと思ったら、カノンフィリカが切っ先から、まるでそれ自体が絡まった紐でできていたように、ほどけ出した!その紐はたくさんの青い粒子が集まってできていて、虚空でゆらゆら揺れながら3つに分かれる。
 な、何が起きてるの~っ!? カノンフィリカが3つになっちゃった?! しかも粒だよ!
 なんて混乱する私をよそに、3つのカノンフィリカは頼りなげに揺れて……突然、1つ1つの粒子が私に向かってきた!
「な、なになになに~~っ!!?」
 反射的に目を瞑って頭を抱えた。けど、何かがぶつかるような感覚はまだ来ない。
 恐る恐る目を開いてみると……すでに粒子の姿は見当たらなかった。後ろかと思って振り返るけど何もない。……あ、あのブドウ、何処行ったーッ!?

「……どう思います?」
「……結合したのでは、と」
 私は目を瞑っちゃったから、何が起きたのかわからなかった。だから二人の目撃者に聞こうと思った時、サリカさんとフィアちゃんが何かを話しているのが聞こえた。
 顔を上げて正面のフィアちゃんを見ると、さっきまで私の横にいたサリカさんが、フィアちゃんの横へ歩いていくところだった。私に気付いたフィアちゃんは、困惑している私を安心させるように微笑んだ。
 微笑んで……とんでもないことを言った。
「そのアルカは、貴方に差し上げます」
「…………え……ええっ??」
「そうなってしまった以上、私達にはどうしようもできませんし……ステラの手にあるなら安心です」
 は、話が……わからないんですが。
 わかったのは……カノンフィリカをくれるって~!? 何で?というか肝心のカノンフィリカは何処!?
「あ、あの今、一体何が起きたんですか?」
「フフ、そうだねぇ……アルカがステラを主として認めた、と言ったところだろうねぇ。まぁ全然違うけど」
「って、矛盾してませんか!?」
「ははは~♪ 頑張れば出せるんじゃない?」
 さっきから流されそうになっていたことを聞くと、サリカさんがクスクス笑いながら言った。
 そ、それって……ノストさんとジクルドみたいなもの?じゃあ……、
「で……出ろ出ろ~っ!」
 ノストさんは音もなく出すから、実際掛け声なんていらないんだろうけど、なんとなく声を出してみる。

 ………………………………………………。

「ふふっ、無理ですよサリカ」
「やっぱダメかー。まぁ邪魔にならないからいいんじゃない?」
「な、何がですか?っていうか、カノンフィリカは何処に行っちゃったんですかっ?」
「<光波>……素敵な名前をつけましたね、サリカ」
 言ってしまってから、あっと口を押さえたけど遅かった。アルカの名前って、本当はフィアちゃんがつけるはずなんだ。
 そういえばフィアちゃんの前では、名前を出したことがなかった。でもフィアちゃんは微笑みを崩さず、むしろ嬉しそうに隣のサリカさんに言った。
「あらら……仮のつもりだったんですがね。怒ります?」
「何を怒る必要があるのです?」
「フィレイア様が寛大な方で大助かりです」
「ふふ、不在期間が長かったことは怒りますよ?」
「おっと……こりゃまた手厳しい」
 サリカさんが『バレちゃった』って感じで言った言葉に、フィアちゃんはやっぱり笑顔でそう言い、サリカさんは参ったというふうに肩を竦める。
 サリカさんは、現セフィスのフィアちゃんの懐刀。サリカさんの所属はこのミディアなわけだ。
 でもユスカルラを所有していた人物が、地元のアスラ周辺のゲブラーじゃ勝てないっていうから、サリカさんがわざわざアスラにまで出張して、仕事を終えた。
 そしたらすぐに所属場所に戻らなきゃならないはずなのに、サリカさんはオルセスに寄り道をして……帰りが大分遅くなった。多分、そのことを言ってるんだと思う。
 一人だけ置いていかれている私を、フィアちゃんは見て、すっと私を指差して言った。
「カノンフィリカは、貴方の体の中です」
「へ!? か、体!!」
 えっ、何処かに芽が出るとか!?
 胸に手を当ててサーッと青くなった私を見て、フィアちゃんはぱちくり瞬きしてから、おかしそうに笑い出した。
「いえ、そうではなくて……貴方に宿った、とでも言えば、正確でしょうか」
「や、宿った……?ジクルドみたいな感じ?」
「ええと……ジクルドとはまた違いますね。ジクルドはその存在が空気みたいなもので、いつも傍にいるんです。契約者が喚ぶことによって初めて形を持ちます。目の前から見えない剣を引き出している……って言った方がわかりやすいでしょうか?とにかく、彼自身に直接ジクルドが宿っているというわけではないんです」
「え、えっと……なんとなくわかった気が……する。うん」
 フィアちゃんは、以前ノストさんが言っていたようなことを言った。あの時は無理やり解釈したような気もするけど、今ならなんとなくわかる気がする。
「カノンフィリカの具現化は、できないこともありませんが……ジクルドの喚び方とは根本的に違うので、難しいでしょうね。三つ編みした3本の糸の真ん中の糸を、他の2本の間から引き抜いて、そしてまたその間に絡ませるようなものです。元の所持者にはできた芸当かもしれませんが、恐らく貴方では無理でしょう。できたとしても、それは恐らく剣の形ではないでしょうね。それだけ、貴方のその結合力は強いのです」
「喚び、方……?結合力……?」
「ひとまず、自分の体にそのカノンフィリカがある……とだけ心に留めておいて下さい」
 と、フィアちゃんは笑顔で締めくくった。
 喚び方が違うってどういうこと?とか、結合力って何?とか、いろいろ聞きたかったんだけど、その問いさえも封じちゃうようなニッコリ笑顔だ。聞いたところでわからない気がするけど……。

「用事も済んだことだし、そろそろフェルシエラに出発するかい?」
「えっと……はい。名残惜しいですけど……」
「フフ、何も永遠の別れってわけじゃないんだ。いつでもおいで」
「はい…………って、えぇ?」
 爽やかに別れを告げるサリカさんに、私ははっとあることに気付いた。こちらが気付いたと察しながらも、サリカさんはニコニコ笑顔。
 ちょっと待って、今の一言って……つまり!
「え、えっ……えと……じょ、冗談ですよね?」
「はっはっは、純度120%本気だけどねぇ」
「…………え、え、ええーーッ!!? サリカさん、来てくれないんですか~!?」
 うそー!? 考えてもなかった展開に、私はただただ驚くしかなかった。
 「いつでもおいで」って、つまり自分はここに残るって言ってる!確かこの人、フェルシエラとミディアを隔てるマオ山道を通る時、私が働くからミディアに寄ってくれない?って言わなかった!?
 はっ……もしかして、最初からこのつもりで?! うわっ……ノストさんが聞いたら何て言うか……!
「サリカさん、絶っっっ対やばいですよ!あのノストさんを出し抜くなんて、ノストさんのプライド傷ついて絶対やばいです!! こ、これがノストさんの耳に入ったら……!」
 きっと、スロウさんより先に世界滅ぼしちゃうに違いないっ!! 早くも世界の滅亡の危機だ!なのにサリカさんは、むしろ楽しそう。
「フフ、どうなるかなぁ?」
「……こ、怖くて想像できません……」
「うーん、普通の回答か。残念。さてノスト、どう反応する?」
「へっ!?」
 私の背後を見て言うサリカさんの言葉にぎょっとして、ばっと振り返ると……壊されたまま、ドアがない真四角の穴の前に、いつの間にやってきたのかノストさんがぁあ!!
 しかも、少し前から立っていたらしい。なぜなら、もんのすごく凶悪な目つきで、サリカさんを睨んでるから……多分、サリカさんが「行かない」って言ってる辺りは聞いてたんだろう。
 ど、どうでもいいけど、サリカさん……今、私を陥れようとした!? 私が素直に「世界が滅んじゃうと思います!」とか言ってたら……あわわ……!いやでも、今はサリカさんに怒り心頭のご様子だから、言っても案外聞こえなかったかもしれない……。
 ひたすら無言でサリカさんを睨みつけているノストさん。この静けさが不気味だよぉ……!背景が黒い!オーラが黒い!
 お互い距離のあるノストさんとサリカさんの間に立っていた私は、もう怖いったらなくて、なぜか足音を立てないように注意しながら脇の長イスの列に下がった。
「いやぁ、嫌われてるねぇ~」
 ……サリカさんの軽口も無視。見た感じ、よく見る感じの怒り方(?)なんだけど……どうやら相当来てるらしい。そ、そりゃプライド傷ついただろうしな……ううう、怖いよぉ……。
 こうして怯えてるのって私だけっ?と思ってフィアちゃんを見たら……なぜか微笑んでた!! 微笑ましい図じゃないよこれ~!
「死ね」
 唐突に、私でさえも言われたことない、ノストさんのキツイ一言。と思ったら、ガキィイン!と、鉄と鉄がぶつかり合う耳障りな音。
 状況を見ると、振り下ろされたらしいノストさんのジクルドを、サリカさんが右腕の甲で受けとめている図だった。刃に切り裂かれたサリカさんの服の袖の内側から、黒い光沢のあるものに覆われた腕が見えていた。気付かなかったけどサリカさんって篭手してるんだ……やっぱ武器対策かな?
「ははっ、そんなに怒ることないだろ?駆け引きとしては、私の方が1枚上手だったってだけなんだし」
「駆け引き?ほざくなよこの詐欺師が」
 うわ、もんのすごく低い声……!しかも、なんかいつもより少し饒舌なんですけど!
 かなり力を入れているらしく、ジクルドと篭手が小刻みに震える音がやっぱり耳に来る。
「詐欺だって言いたいの?フフ、じゃあ年の功ってヤツで。……あ、でも、よく考えてみれば私とお前って同い年なのか。あらら」
「あっ……!」
 サリカさんが苦笑気味に言った言葉に、さっきまではらはらと事を見守っていた私は、思わず声を上げてしまった。
 ほ、ほんとだ……!前にノストさん、3年前から不老で17歳で止まってるって言ってたから、本当は20歳ってことになる!
 3年前から不老ってことは、ノストさんは3年前に、ジクルドの契約者になったんだろう。3年前に、グレイヴ=ジクルドが壊れたんじゃないかって仮説……もしかして、的射てるかも?
 と、とにかくノストさんは、本当は20歳ってわけだ。なんか……物凄く私、若輩者じゃない……?

 右腕でジクルドを防いだまま、サリカさんは後ろに下げていた右足をすっと浮かせて、後ろ回しにノストさんに蹴りを放った!まさか本気でやってるわけないから、ノストさんは少し飛び退いてかわす。
「ま、とにかく。私は、ここの所属の者だからね。ミディアに入ってきた曲者は私が処理する役だからさ、離れられないんだよ」
「二度と俺の視界に入んな殺すぞ」
「そうしたいのは山々だけどねぇ、多分また後で会うよ?」
「殺す」
 ジクルドの切っ先を自分に突きつけて言うノストさんに、サリカさんは「残念だけど」と笑顔でそう言った。
 やっぱりノストさん、いつもよりほんの少しだけ饒舌だ……言ってることもいつもより物騒だし、なんかいつもより意味不明だし!
 ノストさんの手から、ジクルドが金の粒子になって消える。……世界滅亡は免れたらしい。
 はぁ、よかった……どうでもいいけど、ノストさんが感情的になるのって「怒」だけじゃない?いつかのおっさんの時といい、スロウさんの時といい、今といい。
「サリカ、二人を騙したのならいけませんよ」
 ノストさんとサリカさんのやり取りを見て、大体のいきさつを察したフィアちゃんが、サリカさんに笑顔で注意した。
「フフ、私は詐欺師ですから☆」
「神官を辞めて詐欺師になったのですか?なら」
「冗談ですから破門なんて言わないで下さいよー。私が詐欺をするような男に見えますか?」
「ですから、見えるから言っているのですよ、サリカ」
 ………………………………はっ!?
「私って信用ないんですねぇ」
「今頃ですか?」
 う、うそでしょっ?き、聞き間違えじゃなきゃ、今、確かに……、
「フフ、まぁ今に始まったことじゃないですからね。……あれ、ステラ?」
「…………さ」
「さ?」

「……さ、さ、さ…………さっ、サリカさんって、男の人だったんですかぁああーーっっ!!!?」

 私の悲鳴が、この礼拝室中に無駄に響き渡って…………しーんと静かになった。
「……この詐欺師が」
 瞬きするサリカさんに、大分怒りが冷めてきたらしいノストさんが呆れたように一言。
 あ、あれ……?そういえばサリカさん、少しだけ……背高のノストさんより……身長が大きい、ようなぁあ……っ!!? ……う、うそーッ?!
「…………ふふ……あははっ!! もう、ダメですよサリカ、ちゃんと言わないと!」
 沈黙を破ったのは、堪え切れなかったフィアちゃんの笑い声。それがきっかけだったみたいに、サリカさんも噴き出して、盛大に大声で笑い始めた!
「あはははっ!!! まさか、ずっと女だと思ってた?はははっ、さすがにそれは初めてだよ!」
 ……ピアノの鍵盤を一気にぶっ叩いたような、重くていろんな音階が混じった音が、私の頭に響き渡った。ガーンって感じで。
「え、ええぇーっ!!? ほ、本当に男の人なんですかっ!?」
「あははは、うん、そうだよ。ほら」
 いくらか笑いが収まってきたサリカさんは、私の手を取って、私の目くらいの高さにある自分の胸に当てた。……確かに……お、女の人にしちゃ固い。
 手を下ろして、目で見てみても……確かに言われてみれば……女の人だったら絶対ある胸のふくらみってヤツが、サリカさんにはない。だ、だって……他人の胸元見るとか失礼かなって、あんまり目やらないから!
 時たま男っぽいなーとは思ってたけど、いやまさか、本気で男の人だなんて思わなかった!姉御肌ってヤツかと……!
 手に残った固い感触を思い出して手のひらを見つめる私に、ノストさんが、自分より少し高いサリカさんを横目で見て言う。
「こんな馬鹿デカイ女、そうそういねぇだろ」
「そ、それは純粋に背がおっきいのかなって……!ノストさんと見比べたことなんてなかったですし!」
「そういえば馬鹿の目は節穴だったな」
「どーせ馬鹿ですよっ!馬鹿ですよーだッ!!」
 ああぁもう知らないっ!! どーせ馬鹿だもん、馬鹿だもん!!
 笑い疲れたように、はーっと大きな息を吐き出したサリカさんは、それでもまだ口元に笑みを残したまま、私に言う。
「あー、面白かった。いや確かに、初めて会った時、女に間違えられてるなーとは思ったよ。いつものことだし。普通は一緒にいるうちに男だって勘付いてくれるんだけど……フフフ、私が言うまで思い込んでたのは、ステラが初めてだよ。ノストは、私が男だってことも、ステラが勘違いしてるってことも、すぐにわかったみたいだね」
「わ、わかってたなら、どうして教えてくれなかったんですか?!」
「その方が面白そうだなーって、いっつも教えないよ?」
 お、面白そうって、思い込んでたこっちは大恥だよ!恥ずかしーッ!だからノストさん、最初会った時からサリカさんを「詐欺師」呼ばわりしてたんだ!
 いやでも待った!そしたら1つの謎が……!私はノストさんに向き直り、今度は彼に罪をなすりつける(?)。
「な、何でノストさんも教えてくれなかったんですかー?!」
「てめぇが尋常じゃなく鈍いだけだ」
「ぐ、ぐぐっ……でもでも、そこは慈悲で教えてやるとか!はっ……もしかして私をハメようと二人で陰謀を……?! 実は仲良いでしょう!?」
「はぁ?救いようねぇぞお前」
「う……!の、ノストさん……さすがに泣きますよ?」
「俺を脅そうなんざ百年早い」
「うう、はい……」
 なんか久しぶりに聞いた、それ……くそぉ、泣いたらノストさんでも動揺するかなって思ったけどそうでもないらしい……むう。
 とりあえずそれ以上言うと、もっとひどいこと言われそうだったから、私は泣く泣く黙り込んだ。でも、本当に何で教えてくれなかったんだ、ノストさん……!変なとこでグルだし!
「ふふふっ、仲が良いですね」
 最後に、笑いすぎて浮かんでいた涙を袖で拭き、勘違いなのか皮肉なのか……フィアちゃんが笑いながらそう言った。