masquerade

27 神の石

 サリカさんが、背負っていたぐるぐる巻きのカノンフィリカを下ろし、巻きつけられている薄い布を解いていく。
 布の中から姿を見せたのは、相変わらず綺麗な青い身の剣。サリカさんはそれを青い絨毯の上に置いて、布と紐を持ったまま、すっと身を引いた。その正面に立っていた女の子……フィレイア様は、それを見て目を見開いた。
「これは……」
「アルカの一種です。オルセスで……とある人物が所有していました」
 やっぱり一目見て、アルカだってわかるらしい。悟った様子のフィレイア様に、サリカさんが、カノンさんのことは伏せて軽く説明した。

 ここは、ミディアの入口から左のところにある棟。サリカさんと別れた時、彼女が向かった方だ。このミディアは2つ棟があって、1つはここ、もう1つはここから斜め向こうに見える。図を書けばわかりやすいんだけど、この宮殿、上空から見ると点対称の建物みたい。
 この部屋は、真ん中に敷かれた青い絨毯の左右に長イスっていう、普通の教会と同じ構造だった。ただ違うのは、部屋の奥にあるもの。教会や聖堂だと祭壇があるんだけど、何もない。代わりに、グレイヴ教団の紋章が白く染め抜かれた緑の垂れ幕が壁にかかっている。で、私達はその何もないところに立っている。
 ステンドグラスが照らす場所に置かれたカノンフィリカに近付いたフィレイア様は、それを静かに両手で持ち上げて、少し悲しげに目を伏せて言った。
「………………その人は……どうされたのですか?」
「一応、事実ですが……消えてしまいました、では説明不足ですか?」
 事情を話すのがいろいろ面倒だったのか、サリカさんは、物凄くっていうか全部省いて結論だけ言った。確かに、アレを説明するってなるとかなり面倒臭い……まず、オルセスの異常から話さなきゃなんないし。それに、オルセスの異常から説明しても、まずその異常自体を信じ切れないと思う。
 でも、やっぱりそれじゃ説明不足らしく、フィレイア様は少し困った顔で、サリカさんとカノンフィリカを見比べる。
「あ、あのっ、私も見てました。本当です!」
 ってことで、助け舟。サリカさんの横から、私は一歩踏み出してフィレイア様に言った。
 フィレイア様は私を見て、少し寂しそうな顔をした。え?と私が目を瞬いた一瞬後には、フィレイア様はホッとしたように小さく微笑んでいた。
「……ええ、いいでしょう。その言葉を信じます。そうですか……殺めたわけではないのですね。もし殺めたのなら、いくら貴方でも破門しなければなりませんからね」
「まさか。私がそんなに非情に見えますか?」
「見えるから言っているのですよ?サリカ」
「はは、フィレイア様もご冗談を」
 い、今のはご冗談なの!? にこやかに微笑みながら言ったフィレイア様の言葉を、サリカさんもあはは~と笑いながら受け流す。な……なんか、この二人のやり取り、クールで怖い……。
 フィレイア様は、手元のカノンフィリカを見つめた。青い刃に、白い紋様がくっきり映えてやっぱり綺麗だ。私も少し離れたところからじーっと剣の模様を見ていると、不意にサリカさんが振り返った。
「そうだ、ステラ。アルカは、こうしてフィレイア様の手を経由して、教団に保護されるんだけど……最後に持ってみるとか、してみる?そういえば、持ったことなかっただろ?」
「あ……い、いいんですかっ?」
 今、サリカさんが勝手に思いついて決めたことだと思ったから、フィレイア様を見て私は聞いてみた。フィレイア様は快く頷いてくれた。
「何か、思い入れがあるのですね。構いませんよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
 嬉しくて、後で失礼だったかもって思ったけど、ずいっとフィレイア様に近付いた瞬間、彼女は一瞬、びくっと体を強張らせた。
「あ、そ、そうでした……ステラさんは、大丈夫でしたね」
 え、また?と足を止めたら、フィレイア様は何かを思い出したらしく、安心したように肩で息を吐いた。
「フィレイア様に限らず、代々セフィスはこうなんだ。というのも、フィレイア様が首から下げているペンダントがあるだろ?アイツのせいでね」
 私が本人に聞く前に、後ろからサリカさんが説明してくれた。そういえば、フィレイア様の首からは、二重の輪みたいな金色のペンダントが下がっている。あれのせいって……どういうこと?
「あのペンダント……何かあるんですか?」
「リュオスアランって言ってね、アレもアルカの一種だ。ただし、その辺のアルカとは違う。セフィスの証であると同時に、セフィスを護る盾なのさ。意味が<絶対領域>なように、あのペンダントは、自分に害を成すものすべてを回りに近付くことを許さない。生き物、武器、アルカの不思議な力も、全部だ。だからセフィスは、外傷で死ぬことはない。近付こうとすると……」
「さ、サリカ!?」
 説明の途中で、おもむろに自分に向かって歩き出したサリカさんに、フィレイア様はビクッとして、ぎゅっと目を瞑った。その拍子に、両手に持っていたカノンフィリカが、ゴトンッと青い絨毯の上に落ちる。
 サリカさんが、フィレイア様とあと一歩というところまで近付いて、最後の一歩を踏み出そうとした瞬間、

 ……バシィンッ!!

「えっ?!」
「っと……」
 まるで、フィレイア様の目の前に見えない壁があるみたいだった。サリカさんはその壁に弾き飛ばされて、私より後ろの方に大きく下がる。わかっていたことだからか、サリカさんはバランスを崩すことなく難なく着地した。
「……とまぁ、こういうことさ」
「だ、大丈夫ですか?」
「サリカ、貴方という人は……!なんて危険なことを!」
「大丈夫ですよ、歩いて近付きましたし。あ、勢いがついてると、その分強く返るんだ」
「そ、そうですか……」
 目を開けたフィレイア様が、心配した分だけ、私の隣まで歩いてきたサリカさんに怒るけど……ちゃんと聞いてるのかな、サリカさん。確かに、一番ひやっとしたのはフィレイア様だろうね。
 あれ、でもなんかおかしくない?リュオスアラン……だっけ。生き物、武器、アルカの力……全部を近寄らせないんだよね。でも……じゃあ、どうして私は大丈夫なの?それに、フィレイア様だって……。
 フィレイア様は、首から下げているリュオスアランを、重ねた手のひらの上にのせた。さっきのサリカさんの様子から、やっぱり私も弾かれるんじゃないかと思いながら、少し警戒しながら近付いてリュオスアランを見てみると、二重の金輪の表面に、不思議な模様が彫ってあった。
 リュオスアランの影響は受けず、やっぱり平然と絶対領域の中に入ってきた私に、フィレイア様は何処となく嬉しそうに微笑んで、語り始めた。
「このリュオスアランは、代々セフィスの証として受け継がれてきました。初代セフィス、アルトミセアが身につけていたものです」
「えっと……フィレイア様もですけど、どうしてセフィスの方達は、リュオスアランに近付けるんですか?」
「それは……神がお選びになったからだ、と」
「……へ?」
 ……自分でも思うくらいマヌケ面だな、今。
 だって……どういうこと?神が選んだからって、リュオスアランに近付けるの?っていうか、神が選んだってなに~!?
 フィレイア様は、少し説明の順序を考えてから喋り出した。
「そうですね……ご存知の通り、アルトミセアはグレイヴ教団を立ち上げた女性です。彼女が真実の聖書を著したり、アルカの存在を知ることができたのは……神の声を聞いていたから、だと言われています」
「か、神の声……?」
 な、なんか大それた話になってきた……神様が選んだとか、神様の声って……。
 胡散臭いって顔に書いてあったのか、フィレイア様は私を見て苦笑して続けた。
「信じられませんよね。ちなみに、現在は神としか呼ばれていませんが、神にもちゃんと名前はあるのですよ。今の私達では、聴き取れない音なのですが」
「そ、そんな音があるんですか?」
「あるみたいです。そして、アルトミセアがその神の声を聞けたのは、このリュオスアランの力だと」
「え……?ってことは、フィレイア様も神様の声が聞けるんですか!?」
 ど、どんな声なんだろう……!とか違うことに期待して、それと同時に驚きながら私がフィレイア様に聞くと、彼女は少し困った顔をした。
「私は……まだ一度しか、聞いたことがないのです。その時のことも、あまりよく覚えていなくて……どちらにしろ、次代のセフィスを選ぶ時、再び聞くことになるでしょう。何を基準にセフィスの後継者を選んでいらっしゃるかは、まだよくわかっていないのですが……歴代のセフィスを見ると、アルトミセア領やナシア=パント周辺の出身者が多いみたいです。詳しいことは、まさに神のみぞ知る、と言ったところでしょうか」
 「楽しみですね」と微笑むフィレイア様。うーん、フィレイア様でも、セフィスに選ばれた人がリュオスアランの影響を受けない理由はわからないかぁ。
 あ、ところで……、
「じゃあ、どうして私は大丈夫なんですか?」
 そういえば、さっき中庭でフィレイア様は、なんか不思議なことを言った気がする。えっと……確か、

『………………やはり……貴方は、祝福されし者なのですね……』

 ……うん、そうだ。祝福されし者って言った。しかも「やはり」って……どういう意味だろ?
 するとフィレイア様は、少し困った顔でサリカさんを見た。私もつられて少し後ろのサリカさんを見ると、彼女はクスクス笑った。
「さぁ?ステラがいい子だからじゃない?」
「ええっ?私、悪い子ですよ!いろいろっ……最低なことを、してきました……」
 思わず口走っただけだったけど、語尾になって、いろんなころを思い出して……声が小さくなった。
 アルフィン村が焼かれたのは、私のせい。ノストさんに迷惑がかかってるのも、私のせい。そう考えると、全部私のせいのような気さえする。……だから私は……いい子なんかじゃない。
「いい人か悪い人かは、経歴で決まるものではありませんよ」
 フィレイア様は静かにそう言い、足元に転がしたままだったカノンフィリカの前にしゃがみこんで、そっとそれを両手で持ち上げた。立ち上がり、目の前の私に微笑みかける。
「身振りや態度で決まるものでもありません。他人の目には見えぬもの……つまり、心で決まるものです。心が清らかな人、温かな人、荒んでいる人、貧しい人……この意味、わかるでしょう?」
「……はい……よく、わかります」
 よくわかる。……だって、ノストさんがそうだもん。
 ノストさんは、毒舌魔人で自分至高主義で悪魔な人だ。でも……ちゃんと人を気遣ってあげる心も持ってる。実際に、いろいろ助けてもらってきたし……悪い人じゃない。むしろいい人だ。
 だから、ノストさんの経歴がどうだろうと、彼がいい人なのには変わりないから。……経歴なんて知らないけど!
「だから、自分に自信を持って下さい。経歴なんて気にすることなどないのです。大切なのは、足跡ではなく、想像でもなく……ただ今、ここに在る事実なのですから」
「……はいっ。そうですね」
「あと、大分脱線してしまいましたが……はい、どうぞ」
 なんかフィレイア様の言葉を聞いて、少し胸のつかえがとれた気がする。さっすが聖女様。
 私が笑って返事をすると、フィレイア様はすっと両手に持ったカノンフィリカを差し出してきた。……あ、そういえば、カノンフィリカを受け取ろうとして近付いて、それからリュオスアランの話になっちゃったんだっけ。
 言われるまま、私が両手で受け取ると、フィレイア様は少し後ろに引いた。右手は柄に。左手は刃に。それぞれの手のひらの上にのせたカノンフィリカを見つめてから、なんとなく私は柄を握ってみた。青い切っ先が、高い天井をまっすぐ向く。意外と重くない。というか、軽すぎて、持っている感覚さえ疑わしい。
 ……なんだか、不思議な感じだ。私、剣なんて使ったことも、持ったことすらないのに……使える気がする。そう思っちゃうくらい、手に馴染んでいて。

「……フィレイア様、お客みたいですけど?」
 振っちゃダメですか?って聞こうと思った時、ふと、後ろのサリカさんがそう言って扉の方に向き直った。え?と私もそっちを振り返った……瞬間。
 扉とその付近の壁に、黒い線が駆け抜けた。真一文字に。
 え?とそれに気付いた時、半分に切られた扉が、自分を支え切れなくてそこに崩れ落ちた!な、なになに~!? 何が起きてるのー?!
 紋様の美しい扉が崩れた向こうに、人影が見えた。
「……!」
 扉の向こうにいたのは……知っている人で。はっと息を呑んだ私の後ろで、フィレイア様が溜息を吐くのが聞こえた。
「常に鍵はかけてませんから、普通に入ってきたらどうですか?」
「それでは面白味がないでしょう」
「ど……どうして……」
 ……どうして……あの人が。
 黒い神官服に身を包んだ、暗めの青の髪の男の人。伏せ目がちの紫の瞳でこちらを見つめていた。手には、抜かれた漆黒の刀。
 私の横を歩いて、ゆっくりとした足取りで前に出たフィレイア様は、まるで別人のように冷淡な口調で、その人に向かって言った。
「スロウ=エルセーラ。3年前に破門された貴方が、このミディアに立ち入っていいと思わないことです。早急に立ち去りなさい」
「え……!?」
 は、破門された……!? スロウさんが?! 思わずスロウさんを見ると、彼は小さく笑った。
「しかし立場上、関わらないわけにもいかないでしょう、フィレイア様」
「だからと言って、なぜ貴方がここに来る必要があるのです?話があるのなら、私がシャルティア城の方へ向かいます。参謀の貴方が、一人でこんなところまで……何を企んでいるのですか?」
「ステラ、下がって」
「は、はい……」
 目の前で繰り広げられる冷ややかな舌戦に呆然としていた私は、サリカさんに呼ばれて彼女の隣まで下がった。そして私がもう一度、スロウさんを見た時には、彼は漆黒の刀―― 死光イクウを振り上げていた。
 ヒュっと振り下ろされ、思った通り光の刃が飛んでくる。狙いは……フィレイア様だ!フィレイア様は……動かないっ!
「さ、サリカさんっ、フィレイア様が!」
「わっとと、大丈夫!大丈夫だから!」
 駆け寄ろうとした私の服を、サリカさんが寸前で掴んでぐいっと自分の方に引き寄せた。私の目の前で、フィレイア様が光の刃に……!と、思いきや。
 フィレイア様に近付いていた光の刃は、あと少しというところでパシィン!!といって弾かれた。……あ……そっか、フィレイア様ってリュオスアランで無敵なんだっけ。私は普通に近付けるから、なんだかそんな気がしない……だからフィレイア様、全然動じなかったんだな。
 跳ね返ってきた光の刃を、スロウさんはまた新しい光の刃で相殺して消滅させる。その間、フィレイア様は光の刃には目もくれず、まっすぐスロウさんを見たままだ。
「私を殺しに来たのですか?ご期待に添えないようですが無理ですよ。貴方も知っているはずでしょう」
「……ほう……無傷か。思っていたより、リュオスアランとは厄介な代物ですね。ラミアスト=レギオルドでも無理とは……だてに特級指定のアルカではない……ということですか」
 傷一つつかないフィレイア様を見て、スロウさんは 死光イクウを下ろして感嘆の声を上げた。特級指定って……アルカにも級があるのかな。
「時折、サリカに暗殺者を送り込んでいたのは貴方ですね?私を殺すのに、側近のサリカは邪魔でしょうから」
「さすがフィレイア様、おっしゃる通りですよ。しかし私は今、貴方を殺しに参ったのではありません。それは二の次です」
「なら何なのです?」
「貴方のお持ちになっている、ウォムストラルのカケラを頂戴したいのですが」
「……えっ……!?」
 スロウさんが言った言葉は、私に、言葉を失わせるには十分だった。

 ……今……確かに、ウォムストラルって言った!うそ……ってことは、フィレイア様が、ウォムストラルのカケラを持ってるってこと……?!
 じゃあ……フィレイア様は、グレイヴ=ジクルドが実在してることを知ってるの?! そ、そういえば、サリカさんも知ってたみたいだし……グレイヴ教団って、一体ホントになんなんだーっ!?
 私は、フィレイア様の後姿を凝視した。一体、どんな顔をしてるんだろう……。
「さあ、何のことかわかりませんが?」
「やはり、しらをお切りになりますか……保護のためなのか、それともの遺言なのか……いずれにせよ、貴方からウォムストラルを奪うには、貴方を殺すしかありません」
「ええ、構いませんよ。存分に試して下さい」
 え、ええ!その言葉、聞いてるこっちがヒヤヒヤするよ!うわぁ、フィレイア様って肝がドッスリ据わってるんだなぁ……。
 サリカさんは、「セフィスは外傷では死なない」と言った。ってことは、多分毒を盛られたりしたら死ぬわけだ。もし本当に毒を盛られたらどうするの~!? スロウさんがそんな卑怯な手を使わないことを祈るしかない……!
 妖しげな笑みのままのスロウさん。怖いくらい無表情のフィレイア様。外野の私は、はらはらするばっかりで。
 どうすれば、スロウさんを撤退?させられるかな……!今、私の手にはカノンフィリカがあるけど、私は剣は使えない。
 ど、どうしよう……うああっ、もー!と、私が頭を抱えてしゃがみ込みたくなった時、音色が聞こえた。

 3に砕…し…の石
 今……
 響……て
 再生…歌を

 あ……この優しげな旋律……それに、前より、言葉がわかる……。
 なに……?3に砕けた石?再生の、歌……?
 とにかく……これが聞こえたからには、やることはわかっている。ばっと片手でスカートのポケットからウォムストラルを取り出して、手のひらの上にのせた。すると、やっぱりウォムストラルは光を放ち出した。
「「!?」」
 光ったことで、ようやく私の行動に気付いたフィレイア様とスロウさんが、私に注目する。振り返ったフィレイア様は驚いた顔で、自分の臙脂色のスカートのポケットから何かを取り出した。フィレイア様が広げた手の中、私の手の上で光るウォムストラルと、似た光を放つそれは……も、もしかして!!
 ふわりと、フィレイア様の手からそれが浮く。吸い寄せられるように近付いてきたそれに呼応して、私の方からもウォムストラルが真上に浮き上がる。空中で、その光と、フィレイア様の方から来た光が、ゆっくり重なり合って互いに馴染んでいく。
 そして……光が引き、石は、浮く時とは正反対に、私の手の上にボタっと落下してきた。落ちてきたのは……4分の1、増えたウォムストラル。
「……ウォムストラルが……」
「なんだと……!?」
 これでもまだ不完全体だけど、呆然と手の上の石を見つめる私の耳に、スロウさんの動揺した声が聞こえた。スロウさんって、すべて見透かしているような態度だから、聞いたことないその声にびっくりして顔を上げると、声と同様、驚愕に目を見開いたスロウさんが見えた。
「なぜだ……!? なぜお前がウォムストラルを持っている!?」
「え、え??」
 な、なぜって……それは私のセリフだよ!ど、どういうこと?ウォムストラルを持ってるから、私を投獄したんじゃないの?
 本当に、全然わからない。最初は、ルナさんに似てるからだと思った。でも違った。だから、ウォムストラルを持ってるからなのかなって思ったのに……また違うの!? じゃあ何で……?

「それを渡せ!!」
 今まで何処に行ったか見当もつかなかったウォムストラルが目の前にあるからか、スロウさんは 死光イクウを片手に、もう片手を生闇イロウの白い柄にかけつつ、まっすぐ私に向かって走ってきた!その速度は、当然だけど速くて!振り上げた黒い 死光イクウが、鈍い光を放つ。
「えっ……う、うそ、こ、来ないでーッ!!!」
 対して私はもう大慌てで、持ったままだったカノンフィリカを、目を瞑り顔を背けて振り下ろすくらいが精一杯だった。ガツン、とカノンフィリカの剣先が絨毯の床に当たって、結構強い力で振り下ろしたから手がじんと痺れて、思わず手放してしまった瞬間。

キンッ―――

 透明な高い音が鳴って、突然周囲が寒くなった。思わずブルッと震えて首を引っ込めて、恐る恐る目を開き前を見てみると……スロウさんは、私の5歩手前くらいでなぜか止まっていた。走っている途中だったっていうのがよくわかる、片足を大きく前に出した格好で。
 ヒュウ、と短い口笛が鳴った。
「卑怯だって思っちゃうくらいの運の強さだねぇ」
 サリカさんの軽口。でもその言葉は、私の頭を素通りしていっただけだった。
 スロウさんの、足元。……カッピカピに凍りついていた。まるで波をそのまま凍らせたように、波打つ氷の表面。それは床から結構な厚さがあり、スロウさんは、それにくるぶし辺りまで飲み込まれて動けなくなっていた。彼の周囲の長イスも道連れで氷付けだ。
 その波の氷は、私が振り下ろしたカノンフィリカの切っ先から、前方に向かって放たれていた。……ってことは、この現象、私がやらかしたってことで。
「その剣……アルカか!」
「それも、純粋な氷の力を持つアルカみたいだね。そういうの、結構珍しいんだよ?第2級かなぁ」
 スロウさんが忌々しげに言うのを継いで、サリカさんはクスクス笑いながらそう解説してから、すっと表情を消してスロウさんを見た。
「退きなよ、スロウ。フィレイア様がいる今、お前にステラは殺せない」
「ステラさんは、リュオスアランの排除外ではないのです。退きなさい、スロウ」
 サリカさんの言葉に重ねて、フィレイア様がはっきりとした口調で言う。いくらかいつもの冷静さを取り戻してきたらしく、スロウさんは足元の氷を見下ろし、おもむろに、白い光を帯びた 死光イクウを足元に突き立てた。するとその波打つ氷が呆気なくパキンとすべて割れ、スロウさんは氷の束縛から解放される。
 スロウさんは、破片になった氷達を踏み割り、フィレイア様とサリカさんを一瞥してから、私を見た。
「いいだろう、今は退くとしよう。……が、1つだけ聞く。なぜ、お前がそれを持っている?」
「それは……」
「そいつがヒースの娘だったら、別に不思議じゃねぇだろ」
 父の形見だからです、って言おうと思ったら、第三者の声に遮られた。その聞き覚えのありまくる声に言葉を遮られた私は、少しムッとして、スロウさんがぶっ壊した扉の残骸がある辺りを見る。扉がないから、ポッカリ壁に空いた長方形の穴の縁に寄りかかるその人……ノストさん。
 っていうか、この人、何で宮殿に入ってきてるの?入りたくなさそうだったじゃない?どういう心境の変化よ?それとも、スロウさんが来てるのわかったのかな……うん、それが一番有力かも。
「娘、だと……? ………………なるほど、そういうことか……」
 ノストさんを見てからもう一度私を見て、スロウさんは一人で納得して呟き、おかしそうに小さく笑った。カチンと漆黒の死光イクウを、これまた漆黒の鞘に収めて、ノストさんの方に……っていうか、出口の方へ歩きながら私に言う。
「破壊者……いや、剣豪の娘ステラ。存分に利用させてもらうぞ」
 り、利用させてもらう……?私に利用価値なんてあるのかな……私ができるのは、料理と、事をややこしくすることくらいだけど……どっち利用するの?まさか、料理……なわけないよねぇ。何で私がスロウさんにご飯作ってあげなきゃならないんだ。

 スロウさんは、扉のない壁に空いた穴を通る時、ノストさんの横で一度立ち止まった。不愉快そうに横目で見るノストさんに、何かを言って……スロウさんは、ミディアの外へと立ち去った。
 ……ノストさん、切りかからなかったな……この前は牢屋出て久しぶりだったから、今ならやれる!って思ったのかもしれない。きっと、その敗北が響いてるんだ。今、切りかかっても、結果は変わらないって。
 そういえば……スロウさんに、何言われたんだろ。気になるな……。
 もしかしたら、今、気付いた疑問のピースかもしれないから。