homeostasis

76 変化

 黒のワンピース。
 ……を着た私は、全身が映せるサイズの鏡の前に立っていた。
「……うーん……」
 何か違うな~と思ったら、髪型だった。ポンを手を打って、テーブルの上に置いていた黒紐を手に取り、頭の右上付近の髪を少しとってそれで結う。
「……うん、よしっ」
 きゅっと蝶結びにして、鏡の向こうの私は満足げに頷いた。こうして結ってるのは、最初はちょっとしたオシャレだったのつもりだったんだけど、なんかもう結ってないと落ち着かない。半年間の庶民生活で根付いちゃったんだろうなぁ。
「ステラ、いいかな?」
「はいっ、どうぞ!」
 ノックがして、ドアの向こうから聞こえてきた声に、私は元気良く返事をした。開いたドアの向こうから現れたのは、いつも通りの服装のルナさんだった。この二人部屋には、私とルナさんが割り当てられてる。
 ルナさんは、見慣れない服に着替えた私を見て微笑んだ。
「あははっ、やっぱり、サイズピッタリだね」
「でも、フィアちゃんの服、勝手に着ちゃってよかったんでしょうか?」
 部屋の中に入ってくるルナさんに、私は自分の服を摘んでそう聞いた。

 ここは、ミディアの宿舎棟2階にある一室だ。
 ……そう。天国の夢なんかじゃない。私は生きていた。これは……現実。
 …………ってことは、私が起きた直後のアレも現実ってわけで……あああぅうなんでもないなんでもない!!
 全部、サリカさんとルナさんから聞いた。ノストさんを生き返らせたことで、私は魂だけになって、ユグドラシルにいた。それを……ノストさんが、エオスに連れて帰ってくれたって。
 ……と言っても、二人は、ノストさんから事情を聞いただけらしい。詳しいことはノストさんしか知らないって。
 サリカさんとルナさんは、イクスキュリアの宿屋さんからノストさんがいなくなったのを見て、慌てて彼を追ってきたらしい。突然動いた理由は全然わからなかったけど、抜け殻のようだったノストさんが用のあるものを強いて挙げるとすれば、私の親の神様しかいないと思ったそうだ。
 神様はユグドラシルにいる。普通、神界には人間は入れない。まさかとは思ったけど、念のために、ユグドラシルとエオスの境界を目指した。境界は、ジェダ砂漠のヨルムデルか、ナシア=パントのダウィーゼがあったけど、イクスキュリアから近かったのはヨルムデル。それでひとまずミディアに向かって、そこに着いたら、玄関先にノストさんと私が倒れていたらしい。

『ノスト、気絶してるとは思えないくらい、しっかりステラの腕を掴んでたんだよ』

 説明してくれた時の、サリカさんの面白そうな笑みを思い出した。思わず、掴んでたっていう右手の手首を見てしまう。う、うう……何でそーゆーことはこまめなのかなぁ、サリカさん……。
「他に君が着れるようなのなかったし、しょうがないよ。私から言っておくから、気にしないで」
 目覚めた私は、ワンピース1枚の姿だった。あまりにも薄着すぎるから服が必要になって、ミディアの主フィアちゃんの服を勝手に拝借中。
 ルナさんは私の横までやって来て言った。私の背は、ルナさんの目線の高さくらい。私がルナさんの3年前の姿だから、ルナさんは、3年でこれだけ伸びたってことなんだろう。
 そのルナさんは、私じゃなくて鏡を見ていた。私も何気なく目を向けたら、鏡の向こうに、二人の女の子が映っていた。よく似た顔の、身長の違う二人。当然、私とルナさんだけど、こうして並んでみると……なんだか、とても不思議な感じ。
 と、鏡の向こうのルナさんが笑った。
「あははっ、こうして見ると、ホントにそっくりだね。昔の私を見てるみたい」
「いや、実際そうなんですけど……」
「あ、ごめんごめん、そうだったね!とにかく、なんか凄く親近感湧くな。お姉さんって感じで、あれこれ世話焼きたくなっちゃうよ。私、妹いないし。妹、ほしかったんだ~」
 ルナさんは、本当に嬉しそうな、無邪気で、それでいて大人っぽい笑顔で笑った。ほんと、綺麗な笑顔だなぁ……と思っていたら。
 ぐぅ~……と、お腹の音がした。
 ……あれ?今の……私じゃない。ってことは……、
 私の他には、無論一人しかいない。思わず横のルナさんを振り返ったら、ルナさんは少し照れたような表情で笑っていた。
「あはははっ……お腹空いたね~」
「あ、そういえばお昼時ですねっ。私、何か作りますよ!」
 エオスから連れ戻してくれたお礼と言っちゃ軽いけど。よし、一番の功労者はノストさんだから、お魚料理にしよう。
 私がそう思いながら申し出ると、ルナさんの顔がぱっと輝いた。
「おっ、本当!? やった嬉しい!イルミナもいないから、ここ数日、大したの食べてなかったんだ~♪」
「そ、そうなんですか?」
「うん。私、パスタ料理しか作れないし。まぁ私は、毎食それでもいいんだけど。でも、栄養とか考えると、あんまりよくないよね~」
 な、なんか凄いこと言ってる……私もパスタは好きだけど、毎食はちょっと飽きが来そう……ルナさん、本当にパスタ大好きなんだな……。
「じゃあ私、お昼ご飯作りに行って来ます!」
「なら私は、少ししたら1階に下りて待機してるから。多分、材料はある程度はあると思うけど、なかったら言ってね~」
「はーい!」
 親切なルナさんの声に元気に返し、私は部屋を出てドアを閉めた。ここはちょうど、1階に厨房と広間がある宿舎棟。階段を下りれば、厨房はすぐそこだ。
 ドアレバーから手を離し、数歩廊下を歩いたら、差し掛かった隣の部屋のドアが開いた。そこから垣間見えた紫色の服を見て、私はカッチーンと固まった。

 珍しく注意が緩んでいたのか、初めて私に気が付いたように、彼が私に目を向けるのがわかった。私の視線は、紫の服に向いたまま。その下ろされた手には、テキトウな鞘にしまわれたグレイヴ=ジクルドを持っていた。
 ……目覚めた時のことを思い出して、顔がどんどんと真っ赤になっていくのがよ~っくわかった。耳まで赤いかもしれない。緊張で頭がフラフラになってきて、何考えてるのかよくわからなくなってくる。
 っていうか、アレは本当に現実だった?実はあそこだけ夢なんじゃ!? だってだってそれじゃあ、アレは一体どういう……あああもうわっからーん!! きっと夢だったんだ!今そういうことにした!
 と思い込んでも、当然、胸の高鳴りは収まってくれないから、もうスルーすることにしたっ!聞きたいことはたくさんあったけど、今の状態じゃ、話しかける勇気もないし!
 開き直って、歩を進めることに勇気を使った。ノストさんには目もくれず、ずんずん前へ進んでいく。目指すは、とりあえず階段!
 しかーし!当然ながら、目の前を無言で通り過ぎる奴をホイホイ見逃すほど、ノストさんは優しくありません!
 私の視界の下に、にゅっと横から黒い影が割り込んだかと思うと、

 ガッ!!

「っひゃあ!?」
 足の脛に当たったものにつまづいてから、足をかけられたって気付いた。なんともベタな罠にあっさりハマる私。ああもう馬鹿~!!と思いながら、私は前に倒れる!
「おっと?」
「ぶッ!!」
 両手が前に出た格好で思わず目を瞑ったら、顔面と両腕に床に当たった。……でも、固くないし、痛くなかった。というかむしろ、ほどほどに柔らかくてあったかい。なんだろ……床じゃない?
 何が起きたのかわからない私の両肩を、誰かが掴んで起こしてくれた。目を開いてみると、いつの間にか目の前に、サリカさんがいた。
「大丈夫?」
「は、れ……?サリカさん? ……はっ!も、もしかして私、ぶつかっちゃったんですか?!」
「平気平気。ステラ軽いしねぇ」
「す、すみません!あーもうっ、サリカさんにぶつかっちゃったじゃないですか!ノストさんのせいで……す、よ……??」
 よく見ると、目の前は曲がり角だった。だから見えなかったのか……受け止めてもらったサリカさんに謝ってから、ばっと振り返り、プンスカ怒ってノストさんにそう言いかけて。その顔を見た驚きで、語尾から力が抜けていった。
 ノストさんは、なんだかものすっっっごく、不機嫌そうな顔でサリカさんを睨んでいた。目付きが……目付きが鬼だ!こ、怖ぁ!?
 一方、そんな目付きで睨まれてるのに、サリカさんはいつもの調子で楽しそうに笑う。
「私はルナに用があって、たまたま通りすがっただけだよ。自分でやっといて、そりゃないだろ?」
「消えろ詐欺師」
「フフフ、怖いなぁ~。それじゃ、私は失礼するよ」
 笑いながら、サリカさんは私の横を通り過ぎて、私がいた部屋に入っていった。
 ……私は、ノストさんを目だけで盗み見てみた。サリカさんが消えた方を、横目でまだ睨んでる……。
「……ノストさん、何で怒ってるんですか?」
「てめぇの馬鹿さ加減に決まってんだろ」
「うっ……さっき、超ベタな足掛けに引っかかったことですか?! で、でもでもっ、私の天性の運の良さが輝いて、サリカさんに受け止めてもらったからコケてっ……!」
 ませんし。……その言葉は、ノストさんが振り向いた時に、喉元で凍りついた。
 だって……ノストさん、こ、怖いよぉ!? さっきサリカさんに向けたような、ちょーーっっ不機嫌な目つきで、私を見下ろしてくる!身長差もあるから、余計に怖くて!ひゃああなんかオーラが黒い!気のせいだけど息苦しい?!
「の……ノストさん?あ、あの……私、何かマズイこと言いました……?」
「………………」
「え、えっと…………ご、ご、ごめんなさいぃぃ……」
「………………」
 何で怒ってるのかよくわかんないんだけど、とりあえず私に向けて怒ってるから、私が何か気に障ることしたってことだろう!から、一応謝った。理由わかんないけど、何か言わないと気まずすぎて無理! ……が、一言二言返ってきてもいいのに、ノストさんは黙ってばかりで。
 逆に不思議になってきて、ノストさんの様子を見ると、彼は怖い顔のまま、何処か考え込んでいるようだった。……もしかしてこの人、自分自身、何に怒ってるかわかってない!? ちょ……わ、私の謝罪は一体?!
 やがて、ノストさんは視線を私から外した。ホッとして息を吐く。
 私たちは、部屋と廊下の境界にいた。廊下に立つ私を、部屋側に立つノストさんが見下ろしてきて言った。
「馬鹿の取柄は馬鹿なところか」
「そ、それって結局、いいとこなしってことですよね?! わかってますからね!確かに私、いいとこなしですけどっ!」
「あっさり前の生活に戻れるのは馬鹿の賜物だな」
「あ……」
 ……なんとなく、ノストさんが言いたいことがわかった。数日前まで、私はユグドラシルにいて、戻ってきたばかりなのに。私は今、以前と同じように、みんなと喋ってる。た、確かに、この適応力は我ながら異常かも……。

 ……それで、ふと、私は大事なことを思い出した。
 ユグドラシルにいた私を、連れ戻してくれたノストさん。私は、ノストさんを蘇らせた後から、昨日目覚めるまでの間の記憶がない。
 でも、それでも……
「……ノストさん……助けに来てくれて、ありがとうございましたっ」
 ノストさんとは、目覚めた時しか会っていなかった。その後、ルナさんとサリカさんから説明を受けたりして、なかなか話す機会がなくて。だから、まだお礼も言ってなかった。
「ユグドラシルでのことは、全然知らないんですけど……でも私、ノストさんのこと、待ってました」
 もしその時に意識があったら、私はそう思っていたと思う。身動きがとれなくなった私を、誰かが……ノストさんが、助けに来てくれるのを。
 そう言うと、ノストさんは、少しだけ驚いたような、そんなかすかな表情で私を見た。私は胸の前で手を組んで、微笑んだ。
「私、ここに帰って来られて嬉しいです。だから……ありがとうございました」
「………………」
 もう会えないと思っていた、貴方の隣に戻ってこられた。
 私は……それだけで、嬉しい。

 ノストさんは、しばらく私を見つめたままだった。やがて、例によって、私の方がちょっと緊張し始める。あうう……の、ノストさん……そのクセ直しませんか?物凄く、何と言うか……拷問なんですがっ!なんか気恥ずかしい!
 とか思っていたら、不意に彼は動き出し、ちょっと頬が紅潮してる私の横を通り過ぎざま、
「……そうか」
 何処となく安心したような声でそれだけ言って、くしゃっと私の頭を撫でていった。
 あたたかい大きな手で、思ったより優しく。
 ……少しの間、静止した状態で、遠ざかるノストさんの足音を聞いていた私は、やっと我に返ると、彼の背を振り向いた。
「……な、何なんですかっ!? ノストさん、なんかおかしくないですか?! バサっとブッた切る感じの毒舌はどーしたんですかぁ!?」
 ノストさんが前と違う!なんかこう……怖いぐらい優しい!こ、これは夢?! い、いや夢じゃないって、昨日わかったばかりだけど!な、なんかその……あううう……!私が眠ってる間に、一体何があったんだ~!?
 きっと赤い顔だろう私が、そんな思いを込めて叫ぶと、ノストさんは廊下の途中で足を止めて振り返った。
「とっとと働け下僕。昼だ」
 ……さっきとは180度打って変わった一言。当然のようにその口から放たれた言葉に、私はピキッと硬直した。
「………………ふ、ふふふふ……」
 意味不明な笑いをこぼし、胸の前で拳を握り締めて怒りを紛らわしながら、私はもうヤケになって笑顔で言ってやった!
「……ええやります、やってやりますとも!! どーせ下僕ですよーだっ!」
「いい心構えだな。ならその部屋も掃除しろ。ついでに何か楽器持って来い。暇だ」
「何処か『ついで』ですかっ!はるばる街まで行かないとありませんよ!全然そんなレベルの話じゃないですよね?!」
「お前のレベルと同等だろ?」
「う、うそっ!? 私と楽器とがですか?!」
「はぁ?お前オマケと『ついで』がだ」
「はうあっ……!」
 お、オマケと「ついで」……確かに似てるかも……って、ちっがーう!き、きっと私は楽器とイコールだ!と夢見させて!
 怒ったせいでちょっと勢いづいていたはずなのに、すぐに負ける私。……よ、弱っ!うう、ノストさんに勝てる日は来るのかなぁ……来なさそう。
 私を言い負かしたと見るなり、ノストさんは前を向く。立ち去るつもりだと読んだ私は、なんとなく慌ててその隣に駆け寄った。
「ノストさん、お昼、お魚にする予定なんですよっ」
「凡人が機嫌取りか。身の程をわきまえろ」
「お礼ですよお礼!! ほんっとノストさん、何て言うか、ひねくれてますよね……」
「行動がひねくれてる奴が言うか」
「うっ……で、でもそれはお互い様じゃないですかっ!人のこと言えませんよ!」
 私は、自分の体を代替にノストさんを蘇生させた。
 ノストさんは、無茶してまで私を連れ戻してくれた。
 お互いに、自分の心配を顧みずに行動する私達は、ひねくれ者と呼ぶしかない。なんだかそう思うと、ノストさんと似てるところがあるんだと思って、ちょっと嬉しくなったりして。

 貴方の隣は、私の居場所。私の隣は、貴方の居場所。
 それ以上、望むものは何もない。私はここにいられたら、それで―――

 

 

 

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「この横に盛ればいいかな?」
「あ、はい。後はもう好きなように盛っちゃって下さい」
 ボウルを持ったサリカさんが、ソテーにしたお魚さんをフライパンからお皿に移し終わった私に聞いてきた。お皿に横たわるお魚さんの上を示すサリカさんに、私は頷いてフライパンをコンロに置く。
 手伝うよって来てくれたサリカさんには、付け合わせのマッシュポテトを作ってもらった。それを盛り終えたお皿から、私は両手で1つずつ持って食卓に運ぶ。
 あの長いテーブルには、ノストさんとルナさんがついていた。ルナさんは、全体が紫色に染まってるナイフを何やらチェックしていた。ちなみにあのナイフ、フィアちゃんによって、ルードシェオって名づけられたらしい。<爆ぜる刃>。
 他のサイドメニューは運び終えていたから、あとはこれを運べば終わり。それを、とりあえず両手の二人分、テーブルに置く。
「わっ、おいしそ!いい特技持ってるね~、ステラ!」
「えへへ……これしかないんですけどね」
 私が立つ横の席に座っていたルナさんが目を輝かせて言ってきた言葉に、私は頭を掻いて答えた。ホント、これしかないけど……うん、でも料理は割と自信あるぞっ!
 わくわくとした表情のルナさんから視線を外し、私は、正面のノストさんを見てみた。ルナさんから見れば、ナナメ向かいだ。
 彼は、何をするわけでもなく、相変わらずのデカイ態度で座って、うつむいていた。強いて言うなら、いつもよりテーブルとの距離があること……かな。そこから何かを見つめているらしく、視線はまっすぐ前に向いている。
「ノストさん?」
 声をかけてみたら、すぐに反応した。ノストさんは顔を上げて私を見ると、体を起こして座り直して。
「仕事遅ぇぞ」
「い、いつもより早い方ですよ!って言っても、基準がわかりませんがっ!」
「うん、割と早い方だと思うよ?ノストは、そんなにお腹空いたのかな~?」
 私が思わず言い返したら、残りのお皿を持って現れたサリカさんがそう言いながら歩いてきた。彼はテーブルの向こう側に二人分のお魚を置いて、ノストさんの隣の席についた。
「ほら、ステラも座って、食べよう。フライングしかねない奴がいるし」
「べ、別にフライングなんてしないから!でもステラ、早く食べよーよ~!」
「そうですね、冷めちゃいますし!」
 向かいのルナさんの様子を見て笑うサリカさん。ルナさんはちょっと恥ずかしそうに言い返してから、自分の隣の席を引いて私に言った。ルナさんに促されて、私も座る。
「それじゃ、いただきま~っす!」
 パンっと両手を合わせて元気に言うなり、ルナさんはフォークを持って食べ始めた。それを見て私とサリカさんも笑ってから、食べ始める。ちょっと見てみたら、やっぱりと言うか、ノストさんはルナさんよりも早く食べ始めていたらしく、お魚のソテーが半分になっていた。は、早すぎる……。
 私も一欠けらを、ぱくっと一口。ふむ……うん、おいしい。いっつもこの味付けだけど、たまには冒険してみようかな……他にも、意外といい味付けが発見できるかも。
「ん~っ、おいしー!ステラ最高~!かわいーし料理も上手いし、本当に妹にならないっ?なーんて♪」
「ブッ!! げほげほッ……か、かっ、かっ……かわいい……?!」
 コップに入った水を飲みかけた時、思いもしなかった言葉を聞いて思わず噴き出した!幸い、周囲には飛び散らなかった……ってゆーか、正面ノストさんだし!かかってたら、絶対プライドがどーので殺される~!!
 かっ、可愛いなんて言われたの初めてだ……!! ある人のせいで馬鹿とか凡人とかしか言われてこなかったし!恥ずかしいし自分じゃそうは思わないけど……その、悪い気分じゃない……よね。
「それ、間接的に自分が可愛いって言ってないかい?何と言うか、ルナらしからぬ言葉だね」
 私の失礼な行動を気にすることなく、サリカさんは苦笑して言った。た、確かに……私、ルナさんの過去の姿だし。
 ルナさんも言われてそのことを思い出したのか、一瞬キョトンとした顔をしてから、楽しげに笑った。
「まさか~!自分のことは言ってないよ。でもステラって、私の分身みたいな感じなのに、私とは大違いで、凄く可愛い性格してるんだもん」
「かっ、可愛くなんかないですよ!ルナさんこそっ!私、馬鹿でオッチョコチョイなのに、私とは大違いで、すっごく素敵で綺麗です!」
「き、綺麗っ?は、初めて言われた……えっと、その……あ、ありがとう?」
 褒め殺しとしか思えない隣のルナさんの言葉に、私も負けじとそう言い返した。すると、ルナさんもちょっと戸惑った様子でお礼を言った。お、大人だ……否定しないでお礼言った!否定してたらキリないもんね……。
 そんな私達に向けて、お魚のソテーを切り分けながら、サリカさんが笑った。
「ははは、君らはお互いにお互いが好きなんだねぇ。私から見れば、ステラは可愛いし、ルナは綺麗だと思うよ?」
「ンなッッ……!!!」
 サラっと。すごーくナチュラルに笑顔で言ったサリカさんの言葉に、がちゃんっとフォークを取り落として、私は多分耳まで真っ赤になった!というか体も熱くなってきて!うぁああっ、率直に言われると凄く恥ずかしい!!
「ななっ、何言ってるんですか?!!」
「ん?普通に褒めたつもりだけどねぇ。真っ赤になっちゃって、若いなぁ~♪ これくらいで動じてちゃ、まだまだだね~」
「う、ううっ……!!」
 真っ赤になった私の顔を見て、面白そうに笑うサリカさん。大したこと言ってないって言わんばかりの、大人な余裕!そっ、そうか、さっきのって社交辞令ってヤツか……!で、でもでも、やっぱりダメだぁ~!!
 うう……はぁ。少し落ち着いてきた私は、ふぅーっと息を吐き出して、ふと気付く。そういえば、私とは違って、ルナさんは全然声上げてないな……さすが!と思って、横を見たら。
「……あ、あれ……?」
 ルナさんは、フォークをお魚に突き刺した格好で、固まっていた。その横顔は、私にも負けないくらい真っ赤で。
「る、ルナさん?」
「おやおや、ルナもかい?まだまだだねぇ」
 ポテトを食べたサリカさんがクスクス笑って言うと、ルナさんはようやく首だけ動かした。サリカさんから視線を逸らして、紅潮した顔のまま言う。
「だ……だっ、だって!! さっ、サリカ、そんなの一度も言ったことないし、び、びっくりしたから……!!」
「そうだっけ?」
「そ、そうだよ!う、うう~…………もーっ!!」
 ブスッ!とお魚さんにフォークを勢いよく突き刺し、ルナさんは私と反対の方向をプイっと向いて、切り取ったお魚さんを食べる。なんだか物凄く恥ずかしいらしく、ここから唯一見える耳はまだ赤い。……ルナさんが恥ずかしがるところを見るとは思わなかった……。
 ポテトにフォークを伸ばすついでに、正面のノストさんのお皿を見てみると、すでにその上には何もなかった。……いつものことなんだけど、どうしてそんなに早いんだ……別に料理は逃げないのに。
 その視線を上げると、食べ終えているノストさんと目が合う。しかし、何処か今までと違う。少し、雰囲気が違うような……。
「あ……そうだ、ノストさん。どうして髪切っちゃったんですか?」
 この違和感なんだろう?と思ったら、服が黒じゃなくなっていることと、銀髪が短くなったことだった。何かあったらしく、私が眠っている間に髪を切ったみたい。あぁ、あのツヤツヤサラサラな髪が切られたなんてっ……なんか違うけど、もったいなーい!
 そういえば、切った理由はまだ知らないなと思って聞いてみると、ノストさんは私を見て、少し間を置いた。
「―――ヒースを越えるまで、切らないつもりだった」
 ……やがて、口を開いた彼が紡いだのは、私の軽々しい問いとは正反対の、重い一言で。……急に、息苦しくなったような気がした。
「邪魔だったから切った」
 私が思わず喉を凍らせかけると、ノストさんは私から視線を外し、吐息に言葉を織り交ぜながら、そう続けた。
 突き放したような、あっさりとした口調。……それは、迷いや過去をすっぱり断ち切った人のものだった。その何でもない様子に、私はついホッとしてしまった。
 スロウさんが実は記憶喪失で、記憶が戻ったことでもう敵じゃなくなったって話は、すでに聞いていた。だからノストさんは、スロウさんを殺すっていう目的を失った。
 だけど……ノストさん、ヒースさんのこと、吹っ切れたんだ。今までノストさんの目的には、必ずヒースさんがついて回ってたけど、きっとそれと決別したんだろう。
 彼はやっと、自由になった。自分で自分の思うように、歩き始められる。
 髪を切ったのは、そんな過去との、そして……ヒースさんとの、決別……だったのかもしれない。
「……そうだったんですか。髪、よく似合ってますよ」
「どっかの凡人とは違って、似合わないものはないからな」
「うっ……!あ、あの……それ、遠回しに、私のこの服似合ってないって言ってます?!」
 そ、そういえばノストさんには、この服装についてコメントもらってない……!話題を振られてドキッとしたと同時に、グサッとちょっとショック。た、確かに黒い服ってあんまり着ないから、似合わないかもしれないけどさぁ……!
「凡人の分際で黒い服着るからだ」
「た、確かに黒い服って結構高級ですけど……あ、あの、かっ、可愛いでしょうっ!? 服は!!」
 最後の一言を力強く言った。可愛いでしょう!?って言う時、物凄く恥ずかしかった。もしかしなくても顔赤い。
 もちろん、自分のことを言ったつもりじゃない。でも、なんだかちょっと期待しているところがあったりして、何と言うか複雑だ。で、でも服は可愛いと思ってる!
 少し赤い顔で、私がノストさんに言い切ると、ノストさんは私をざっと見て。
「興味ねぇな」
「う……た、確かに、ノストさんには可愛いってわかんないかもですが!」
「全然変わってねぇな」
「ぜ、全然変わってないって……色合い違うし、全然……あれ……?」
 自分の服を見下ろしながら言いかけて、言葉を止めた。……そう、今の私は、黒いワンピースを着ている。前の白い服とは正反対の色だから、今の私をぱっと見て、前と違う!って気付けない方がおかしい。
 それを、「全然変わってない」って言うノストさん……それって、「違和感ない」ってこと?似合ってる……ってこと……? ……いや考えすぎだ!! うん!

 フォークを無駄に強く握り締めている私のナナメ向かいで、マッシュポテトを食べ尽くしたサリカさんが、ふと思い出したように言った。
「しかし、不思議だねぇ。普通、人間は入れないユグドラシルに、まさか入れちゃうとはねぇ」
「あ……そっ、そういえばそうですね!!」
 サリカさんの呟きを聞いて、私ははっとそのことを思い出した。
 そ、そーだった!! 前、サリカさんが、ユグドラシルは、魂以外は拒絶するって言ってた!た、確かに……気付かなかったけど、不思議だ!どうしてノストさんは入れたの?!
 そんな気持ちで、思わずノストさんを見た直後、目が合って、
「知らん。コイツらに聞け」
「ま、まだ何も言ってませんよ!! って、コイツらに聞けって……?」
 コイツら?サリカさんもルナさんも知らないみたいだから、多分二人じゃない。私が首を傾げると、ノストさんは、右手で何かを持ち上げ、それをゴトンっと食卓の横にのせた。
 ……古ぼけた鞘が目に付いた。私からは遠い位置にある柄の辺りを見て、ようやくそれがグレイヴ=ジクルドだって気付いた。そ、そうか……ウォムストラルがはまって、存在が実体化してるんだ。ってことは、ノストさんが自由に出し入れするわけじゃなく、ずっと常備してなきゃならないわけか……多分、鞘は、大きさが合ったテキトウなものだろう。グレイヴ=ジクルドに鞘なんてないだろうし。

―――ステラ 久しぶりね

「ラルさん……はいっ。お久しぶりです。ジクルドさんも、お久しぶりですっ」
 聞こえてきた、変わらない女の人の声に、私はホッとして微笑んだ。それから、話しかけてこないジクルドさんにも挨拶。相変わらず返答はないけど、なんとなく『彼』の性格がわかってきた。危険とか切羽詰まった時、やっと話してくれる。勝手に、結構優しい人だと思ってる。

―――それで ユグドラシルにノストが入れた理由だけど ここ数日 私もずっと考えていたわ

「あ、はい」
 ずっと私達の会話を聞いていたんだろう。ラルさんは自分からそう言ってくれた。……そういえば、ラルさんとジクルドさんって、あんまり意識してないけど、いつも傍にいるんだ。ノストさんと二人っきりだったとしても、グレイヴ=ジクルドを持ってたら、実際はその場に四人いるってことか……でも普段は、静かに傍観してるんだなぁ……だからか、つい存在を忘れちゃう。そ、それが狙いか?!
 私の心のそんなどうでもいいことを読んだのか、ラルさんは小さく笑ってから、答えた。

―――これは推測でしかないけれど 恐らく ステラによる蘇生が関係しているわ
―――いえ 蘇生というよりも あれは 再構築と言ったところね

「再……構築……?」
 聞き慣れない言葉に、私はぱちくりと瞬きをした。構築……って……どういうこと?再生されたってことじゃないの?

―――前にも言ったけれど ラシュファは促す力 理を反転させるような力はないわ

「で、でも……じゃあ、どうしてノストさんは生き返ったんですか?私、ラルさんの力だって思って……だってラルさん、あの時、光りましたよね?」
 あの時は必死だったから、あんまり覚えてないっちゃ覚えてないんだけど……でも、グレイヴ=ジクルドが光ったことだけははっきり覚えてる。だから私は、剣の力だって思ってたのに……どういうこと?
 そう聞くと、ラルさんは少し口ごもってから、珍しく自信なさげに言った。

―――……あの時 私は 力を引き出される・・・・・・ような感覚を覚えた

興味深いな 奇しくも我もだ―――

―――ジクルド 貴方も?

 ラルさんの言葉を聞いて、唐突にジクルドさんも声を発した。ラルさんが驚いたように言う。
 ……ということは……あの時、二人ともが、力を引き出された。破壊と再生、対の力が。そういえば……ラシュファだけなら、光るのはウォムストラルだけだ。でもあの時は、剣全体が光っていた。確かに……何か、おかしい。
 とにかく、引き出されたってことは、やっぱり、それを引き出した人がいるってわけだけど……それってもしかして、
「やっぱり、ステラだろうね」
「……やっぱり、そうなんでしょうか」
「他には考えられないからねぇ」
 私の思考を読んだようなサリカさんの言葉に、私はそう言って、彼を振り向いた。全部食べ終わったサリカさんは、フォークを置きながら言う。
 あの時、グレイヴ=ジクルドを持っていたのは私。グレイヴ=ジクルドに願ったのも私。そういう状況を見たって、力を引き出した人間って言うのは、私しか考えられなくて。
 それに……私には……、

―――詳しいことは 私達にもわからないけれど 貴方のクロムエラトが影響しているのは確かよ

「………………」
 予想していた単語が出てきて、私は口を閉ざした。
 …………やっぱり……そんな気が、したんだ。
 クロムエラト。
 私に与えられた、神様と同等の力。
 何なの?この力……ある程度、制御できるようになったと思ったのに……私の意識してないところで発動してるなんて……怖い。
 何のための力なんだろう?
 だって私は、破壊者で再生者。ウォムストラルとジクルドを結合させる力と、破壊する力だけがあればいいはずなのに。
 どうして……私には、こんな力があるの?

―――貴方は恐らく 自身の体のボルテオースを使って ノスト自身を再構築したのよ
―――失われた命を すでになかったものを再び組み上げた
―――だから今 少し無理やりだけど ノストの体の構成は ところどころボルテオースの構成になっている

「あー、なるほどね!だからノスト、ルードシェオの影響受けなかったんだ!オースでできてるアルカは、お互いに力が効かないしね!」
 ラルさんの推理を聞いて、ちょうど食べ終えたところのルナさんは、ポンと手を打って一人納得。何の話かわからなかったけど、とにかくノストさんが、アルカの影響を受けなかったらしいことだけはわかった。確かに……もしそうなら、辻褄が合う。

―――ユグドラシルに入るには 構成がボルテオースでできているのが条件よ
―――だからユグドラシルが ボルテオースを宿すノストを拒絶しきれていなかったのね

「………………」
 そこまで、ラルさんの考察を聞いて。……私は、自分の手元を見下ろした。他の三人が完食している中、私のお皿には、お魚のソテーがまだ半分は残っていた。

 ノストさんは、蘇生したんじゃなくて、再構築された。
 私の体のボルテオースを代替にしたから、あちこちがボルテオースの構成になっている。
 だからアルカの影響を受けないし、ユグドラシルも彼を拒絶し切れなかった。
 ……それって……つまり。
 私が……ノストさんの構成を、勝手に書き換えてしまった……ってことだ。
 人間だった彼を、人間でなくしてしまったということなんだ―――