fragment

52 否定されたモノ

 ………。

 耳に痛いくらいの静寂。
 目を開いてみても、閉じてみても、世界は真っ暗。
 仰向けの状態から、ばさっと右を向いてみる。

 ………………………………。

 でもなんか落ち着かなくて、今度は左を向いてみる。

 ……………………………………………………。

 ……そして結局、むくりと起き上がった。
「……寝れない……」
 なんとなく呟いて、はぁ……と溜息。今回は、教会の部屋を別々に借りてるから、私の他には誰もいない。
 【真実】のこととか、覚悟とか、いろいろ考え込んでると、全然眠れなくて。考えちゃダメだ、今は寝よう!睡眠は人間のオアシスなんでしょ私!って思って、食べ物とか動物さんとか考えるんだけど、やっぱり最後には【真実】に意識が戻ってくる。
 うう、眠れない夜って凄く長いよね……凄く苦痛だし。夜、寝れないと怖いんだよね……って、みんなそうか。
「………………」
 私しかいない、真っ暗な部屋を見渡してみる。
 ……静かだ。いつもは、ノストさんと同じ部屋だから。って言っても、ノストさんは、ほとんど音なんて出さないけど……何て言うか、誰かがいるだけで音があるような気がする。……作曲家か何かか、私!
 とにかく、だから……私以外、誰もいない部屋は、とっても静かで。
 なんだか……お父さんも、お母さんも死んじゃって、家で一人ぼっちになった時と……よく似てる。

 ……とにかく。寝れないし、ちょっと外に出てみようかな。気分転換!
 ベッドから降りて、足をそろーりと忍ばせ、暗い部屋を出る。ドアを開け閉めする音も、できるだけ小さく……でなきゃ気付かれる! ……誰によ!っていうか別に悪いことしてるわけじゃないし、バレても大丈夫か!
 タミア村の教会には、2階がない。教会の奥は廊下が一直線に伸びていて、左右に部屋とか厨房があった。廊下の突き当たりには裏口もある。廊下の真中辺りの部屋を借りていた私は、裏口を目指して歩いていく。
 裏口のドアを静かに開くと、夜のひんやりとした空気が頬を撫でた。見上げれば、天の黒いキャンバスに散りばめられた、煌く雫。そういえば、ユーリさんが、月や星は、神様が夜空を彩るために撒いたモノ……って言ってたっけ。
「うは~、きれーい……」
 明かりがないから、星空が凄く綺麗によく見えた。何度か外で野宿してるし、結構見てるんだけど、やっぱり星って綺麗。
 ノストさんは、やっぱりというか、くだらなさそうなんだけど……彼もよく寝転がって夜空を見上げてるから、多分、暇潰しにはなってるんじゃないかなーって思う。……いや、ノストさんは、意味なく虚空に視線を投げてることが多いから、もしかしたら星を見てるわけじゃないかもしれないけど……。
「ん?」
 夜色の天上を仰いでいたら、にゃーお、と近くで猫ちゃんの声がした。こんな時間に?って思って、キョロキョロ辺りを見渡してみるけど、暗くてよく見えない。

―――下を見てみなさい

 そうしていたら、唐突に響いた、透明な音色。えっ……ラルさんの声?
 ポケットのウォムストラルを取り出しながら、声に示されるまま下を見ると……闇に浮く、2つの光。
「ユーリさんっ?」
 ようやくその猫ちゃんがユーリさんだって気付いて、私はしゃがみ込んだ。満月じゃない今夜、ユーリさんは無言のまま私を見上げる。
「あ……」
 ふと、レネさんのことを思い出して、ズキンと心の傷が疼いた。ユーリさんは、レネさんのお兄さん。私……本当に、最低だ。
「……ユーリさん……ごめん、なさい……私、レネさんを……傷つけちゃいました……」
 ……謝って、済まされることなのかな。だけど、とにかく痛みを吐き出したくて、無意識に口にしていた。エゴだ。嫌な自分。
 また泣き出しそうになって、ブンブン頭を振る。私なんかが泣いちゃダメだ。私、ひどいことした。泣く権利なんてないっ……!
 満月じゃないから、ユーリさんからの返答はない。代わりに、手の上で虹色の環を描いているラルさんが言った。

―――ステラ この子は貴方に伝えたいことがあるみたい
―――クロムエラトを使って この子の心を読んであげて

「え……」
 ……クロムエラト。コンサートの時、発動しなかったあの力を……使えって。
 そういえば……どうしてあの時、クロムエラトは応えてくれなかったんだろう。

―――いいえ クロムエラトは発動していた

「……えっ?」
 え……うそっ!? 発動してた?いつ?
 そんな気がまったくしない私が、混乱してそう考えていると、ラルさんがクスリと笑って言った。

―――恐らく まだ開花しきっていないのね 八分咲きかしら
―――今の貴方は あまり大きな力は意識して使えない
―――だからあの時 クロムエラトは応え切れなかったのね

「……へ?? さっき、発動してたって言いませんでしたっけ?」
 あ、あれれ?クロムエラトは応え切れなかったって……ラルさん、矛盾してるんじゃ?

―――貴方が望んだ時 クロムエラトは確かに発動しなかった
―――その後に発動したの 貴方が無意識に望んだことよ

 私が望んだ時には発動しなくて、私が無意識に望んだ時、発動した……?
 つまり……レネさんを助けようとして突っ込んだ時は発動しなくて、その後に、いつの間にか発動してた……ってこと?でも私、何を望んだの?
 全っ然わからない私に、ラルさんは微笑むように教えてくれた。

―――貴方が望んだのは コルドシルの存在
―――彼を呼び寄せたのは 他ならぬ貴方なのよ

 ………………。
「……え……ええぇえっ!!? そ、それってつまり……私が、ノストさんをあの場に呼んだ……ってことですか?!」
 私が仰天しながらなんとか理解してそう聞くと、ラルさんは笑いながら肯定した。
 う、うそー!? 私がノストさんを呼び寄せた?「ノストさーん」って、ノストさんに呼びかけたとか!? た、確かに、何で戻ってきたのかなって思ったけど!
 レネさんを助けようとした後に発動した、ってことは……首を締められてた頃?
 ……そ、そういえば、ノストさん助けてとか思ったような思ってないような……な、なんか今、思い出すと恥ずかしい!囚われのお姫様か私~っ!! 結構前に、ノストさんに100年早いって言われたよ!
 と、とにかく……。
 私は、ノストさんを跳ね飛ばしたような力は、意識して使えないらしい。頼らない方がいいってことか。
 ……なんだか、悔しい。せっかく、こんな力を持ってるのに。ノストさんの役に立ちたいのにな……。

―――心を読むくらいなら 意識してもできる
―――だから大丈夫 その子の目を見てみなさい

 ラルさんに言われるまま、闇に浮く、ユーリさんの光る瞳を見つめた。クロムエラトは、想いが大事。ちょっと念じてみる。
 ユーリさんが考えてること……知りたい。
 そう思った瞬間。

『ありがとう』

「……え?」
 ……当然のように聞こえてきた、心の声。クロムエラトが使えたっていうのは、わかったけど……どうして、お礼を言われるかわからなかった。逆に、咎められると思ったのに。どうして?
 私が呆然とユーリさんを見返していると、彼はなんとなく笑ったように見えた。

『君があのバイオリンを奪ってくれたこと』
『これでレネが、あれのせいで死ぬことはなくなった』
『君のおかげだよ』

 ……私の、おかげ?
 ……そん、な。そんな……そんな、そんなわけっ!!
「わ……私はっ!!」
 気が付いたら、月明かりもほとんどない暗闇の凪を、私の声が引き裂いていた。思わず立ち上がって叫んだ私は、ずっと低い位置にいるユーリさんにまくし立てるように言う。
「私は、レネさんを傷つけたんですよ?! 最低な奴なんですよ!? レネさんを、泣かせてっ……!最悪です!もっと、もっとっ……!もっと……いい方法が、あったはずなのにっ……!」
 自分が嫌になる。つくづく馬鹿だって思う。
 こんなネガティブじゃダメだってわかってるのに、考え出したら止まらなくて。
 溢れる自己嫌悪が、続けざまに口を突いて出る。
 早口で一気に言い切った私は、肩で息をしてから、少し滲んだ涙を服の裾で拭った。
 視界が、少しずつ明るくなっていく。月を覆っていた雲が、やっと退いてくれたらしい。闇に同化していたユーリさんは、月光に照らされて輪郭がはっきりする。
 ユーリさんは、自分よりもずっと大きな私を見上げた。目が合うと、再び声が響いてきた。

『真実を告げても、バイオリンを奪っても、レネは傷ついた』
『完全に綺麗な道なんて、そんなものは理想論だよ』

「でっ、でもっ……!!」
 ……知ってる。頭ではわかってるんだ。理想論だって。私、また綺麗事言ってるって。
 だけど、やっぱり求めてしまう。どうして綺麗な道って、ないんだろう。どうして綺麗事って、「綺麗事」って言われるんだろう。
 ユーリさんの目を見つめて、荒い呼吸をして。言葉をまとめ切れなくて、結局、それは呑み込んだ。
 ……その時。その猫ちゃんの顔に、ぼんやり、誰かの……人の顔が重なった。
 何処かで見たことのある顔だった。もしかして……人間だった頃の、ユーリさん……?
 彼は、安心したように、満足したように……微笑んでいた。

『レネと友達になってくれてありがとう』
『これで安心だ』

「……え?」
 ……安、心?
 何でもないはずの一言。なのに、その言葉が妙に引っかかった。

『おやすみ』

 理由がわからず立ち尽くす私の目をまっすぐ見て、ユーリさんは最後にそう言い・・、目を離した。そして、小さな背を向け、森の奥へと去ろうとする。
「あ……待っ……!」
 呆気にとられてから、思わず手を伸ばした。でも、その頃にはすでに、黒いその姿は、森の陰の闇に紛れて見えなくなってしまっていた。

 

 

 

  //////////////////

 

 

 

 ……夜の中、頭を冷やしてから、私は教会に戻った。
 というか、ユーリさんが去ってから、しばらくいろいろ考えてたら、冷ましすぎた……うう、寒い。ちょっと夜風を甘く見てた。
 教会の裏口をそーっと開いて、廊下を、行きと同じく、忍び足で歩いていく。だけど、どうしても少しは音が鳴る。
 私が注意して歩いてようやくこれなのに、ノストさん、何で普段から足音出ないんだろ……元から「足音」なんてモノ、持ってないとか?って、なわけないでしょ……。
 と、その途中で。
「……?」
 何か、かすかに聞こえた気がして、私は立ち止まった。自分の消してるつもりの足音が完全に消え、廊下が静かになる。
 私は目を閉じて、手を耳の後ろに当てて、耳を澄ましてみた。

 ……………………。

 ……その格好のまま、しばらく経った。でも、特に何も聞こえない。……気のせいだったのかな……?
 目を開いて、内心で首を傾げながら、手を下ろして。
「…………、……」
「……ぁ、…………」
 はっと、息を止める。
 小さく耳に触れた音を、私は聞き逃さなかった。
 ……話し声?誰か、いる?っていうか、起きてる……?
 そーっと、踏み出した。さっきよりも、ずっと慎重に足を運んでいく。
 一歩踏み出すごとに、声が大きくなる。鼓動も、緊張して少しずつ速くなる。
 その話し声を頼りに、私が立ち止まったのは……裏口に近い、部屋の前。

「解せないな」

 ……本当にここかなって思ったら、中から声がして、心臓が跳ね上がった。ドア越しだから、少しくぐもってるけど……この声、イソナさんだ。
「お前も、以前はいたく嫌っていただろう」
「それは過去の話さ。君と違って、私はいろいろあったからねぇ」
 イソナさんの言葉に答えた声は……サリカさんだ。あの飄々とした口調、間違いない。
 ……って、私……これって盗み聞きじゃ!? ってかそうだよ!き、気付いたらなんだか罪悪感がぁあ……!
 とにかく、盗み聞きはよくないと思って、この場から離れようとしたら。

「ステラは根本的にルナとは違う。確かに似てるところもあるけど、それだけだ。まったく別人だよ」

 ……ドキッとした。
 私の名前。ルナさんの名前。
 もしかして……私について、話してる?
 金縛りにあったみたいに、体が硬直する。耳の奥で鼓動が、さっきより速くなるのがわかった。
 サリカさんのそんな声に、イソナさんの、少し苛立ったような声が返る。
「……そんな言葉で、納得できるわけがないだろう」
「わかってるよ。そうだったら、とっくの昔に納得してるだろうしねぇ」
「なら喋らないことだな。お前の口調だと、さらに癪に障る」
「それはそれは、すまないね~」

「―――……っ」
 ……なん……だろう。
 体が、震えてる。
 ……離れなきゃ。
 離れなきゃって、何かが訴えてる。
 感じたこともないくらい、凄く、凄く……嫌な予感。
 クスクスというサリカさんの笑い声を聞きながら、ゆっくり片足を下げて。ドアの前から立ち去ろうとした時、聞こえてきた声。
 自嘲したような、イソナさんの声が紡いだ言葉に、私は……今度こそ、動けなくなった。

「やはりあの時、止めるべきだった……人の形をしていても、アレは人ではない。私の目には、ただの複写物にしか見えぬ」

 ―――――……一瞬、間があって。

 バンっ!!

「!?」
 二人の声と静寂だけが満ちていた世界を、荒々しい音が裂いた。
 何の音かと思ったら、月明かりが差す暗闇に紛れて立っている、サリカさんとイソナさんを目に捉えた。それを見て、いつの間にか自分がドアを開け放っていたことに、私はようやく気付いた。
 月光に照らされて見えた、イソナさんの驚いた顔。でもきっと、私の方がひどい顔をしていた。
 イソナさんは私を凝視してから、動じてもいないサリカさんを睨みつけた。
「サリカ……お前、気付いていたな」
「さあ?何のことかなぁ」
 サリカさんはいつもの笑みを浮かべたまま、肩を竦めてそうぼかした。
 答えないサリカさんから視線を外し、イソナさんは、私を見た。暗がりなのに、青緑の瞳はやけにはっきり見えた。
「……聞いていたのか」
 ……声が、出ない。
 言いたいこと、聞きたいことは、たくさんあるのに。
 恐怖が、嫌な予感が、声を封じていて。
 聞いちゃいけないって、悟った。
「……まぁいい。お前の覚悟がどうであれ、いずれ伝えねばならないことだ。それが少し、早まっただけのこと」
 小さく息を吐き出したイソナさんは、仕方なさそうにそう言って、暗い中で私を見据えた。サリカさんも無言で、私に視線を向ける。
ステラ・・・モノルヴィー・・・・・・。なぜ、見ず知らずのルナと自分が、あんなにも似ているか……答えは見えたか? ……いや、お前には、見えていないのだろうな。お前には、揺るがぬ記憶があったのだから」
 静かな闇に溶けるように響く、イソナさんの声。
 イソナさんは私に問い掛けるように言ってから、自分でそう結論付け、続ける。
「答えは単純だ。探さずとも、それはお前の目の前にあった。それを見てみぬフリをしたのは……認めてしまえば、己が全否定されるからだ」
 ひとつひとつ、突き刺さる言葉。
 ……耳を、塞ぎたい。
 なのに、体が動かない。

「盲目のお前に、教えてやろう、その答えを」

 ……いやだ
 ききたくない
 こわしたくない……
 壊したくないっ――!!

「お前は、ルナの複写物・・・。端的に言えば、複製だ」

 ……荒々しくドアを開く音が響いたことだけは、覚えている。
 いつの間にか、走っていた。
 気が付いたら、外に出ていた。
 ひんやりした空気の中を、夜の中を、ただ必死に、走っていた。
 心臓がひどく暴れていた。
 苦しい。軋む胸。
 それでも足は、理由もなく、前に、前に、全力で向かう。

  『ルナの複写物』

 追ってくる言葉。
 ……複写物。
 人じゃない。
 コピー。

  『人の形をしていても、アレは人ではない』

 ……そんなはずない。
 そんなはずない!!
 だって、だって私は、ステラ=モノルヴィー。
 お父さんの、剣豪ヒースの娘。
 お母さんもいて、アルフィン村で暮らしてて……!!

 ……嘘だ。
 嘘だ嘘だ嘘だッ!!

 だって、私には記憶がある。
 お父さんと、お母さんと過ごした日々。
 二人が大好きだった。
 快活なお父さんの笑顔が好きだった。
 優しいお母さんの……笑顔、が……
「―――……え?」
 ……なに、これ……?

 その瞬間。
 踏み出した足は、地に下りなかった・・・・・・・・
 状況を理解し切れない私を包む、刹那の浮遊感。
 そして、
「きゃぁあっ!?」
 ガクンと前に体が傾いて、私は、派手に崖を転がり落ちていった。
 ……全然、気付かなかった。ぶつけたらしく、体のあちこちが痛む。
 思い出したように、呼吸で胸も苦しくなる。全身を襲う、ひどい疲労感。起き上がることもできず、仰向けのまま、薄く目を開いた。
 ぽつ、と頬に落ちた冷たさ。
 夜空から降ってきた星のように。雨が、世界を濡らし始めるのがわかった。

 朦朧とした意識の中、もう一度、思い返される記憶。
 でも、何度そうしてみても、突きつけられるのは、認めたくない現実。
 ……嘘だ。
 そんな……そんなわけ……っ
「………………なん、で……」
 短い呼吸に交えて、あえぐように紡がれたのは、そんな言葉だけで。

 私は……私には、お父さんと、お母さんがいたんだ。
 ルナさんの複写物なんかじゃなくて……ちゃんとした、人なんだ。
 なのに……なのに……

 なんで、私……お母さんの顔が・・・・・・・思い出せない・・・・・・の?

 ……耳のすぐ近く。耳のずっと奥で。
 何かが確かに割れる音が、かすかに聞こえた。

 

 

 

 

 

やだ

 

 

 

 

 

こわれたく、ないよ……