→→ Madrigal 9

 グラン共和国。クランネと人間が入り混じるこの国の首都ジェノスは、国中の商人が寄せ集まってできた町だ。
 たくさんの露天商が道に沿って並んで店を構えており、互いに売上を競い合っている。壁を隔てないからということもあってか、ジェノスの商人達は皆、顔見知りで仲が良い。唯一、露天でないのは飲食店くらいだ。よって雨の日は、雨音だけが響く寂しげな町となってしまうが。幸い、今日はすっきりとした快晴だ。


「どれがいーのかなぁ……」


 道行く人の雑談や客引きの大声が錯綜する、活気溢れるその町。六香は、頭上に布を張って陽の光を避けた衣類店にいた。
 少しずつ季節が夏に傾き始めた頃なのに、六香はなぜか冬物のコート類を見ていた。そんな服を取り扱っているこの店も珍しいが。

 六香は「うーん……」と一人で困ったように唸って、溜息を吐いた。


 『……厚着をしていった方が身のためですよ。セルシラグは、ココより寒いですから』


 明燈の小屋を出た時に言われた、梨音の言葉が蘇った。しかし、普段着ている上着以上の厚いものなど、持っていなかった。しかも、梨音を除いた全員が。梨音が長い溜息を吐いたのは、言うまでもない。
 ということで、一行は首都のジェノスで、それぞれ上着を緊急で購入ことになった。当然、自腹でである。椅遊の分は、強制的に夕鷹が払うことになった。金の大半を明燈に渡した後なので、ほとんど中身がないサイフを片手に夕鷹は苦笑していた。


(イオンにしちゃ珍しく、どのくらい寒いとか、詳しいこと言ってないよね……何でだろ?)


 もしかして、コチラがすでに知っているのだと思っているのだろうか。確かに梨音は、そういう常識的な部分は省く。その可能性は否めなかった。
 どのくらい寒いのかわからなかったが、とりあえず、梨音が持っていた防寒着と似たものを選んだ。この店番の人に代金を払って、六香は防寒着を片手に抱えて影の下から出た。今まで感じなかった直射日光が、元々バルディア人で、普通よりやや肌の白い六香に突き刺さる。


(セルシラグは寒いかもしんないけど……ココは暑いのよねぇ……)


 上着を抱えた左腕に、ほんのり温もりが宿っているのを感じて、六香はこの荷物をどうするか悩んだ。このまま放置していれば、そのうちジワジワ汗をかきだすだろう。
 できるだけ日影を歩くようにしながら、六香は仕方なく、カバンを買ってそれにしまうことにした。しかし、持っているのはポーチだけで、カバンは持っていなかった。仕方なく、カバンを扱っている店を探しながら道を進んでいくが、なかなか見つからない。
 衣服店にあるのでは、と思いながらも、六香はとりあえずすべての店を見てみてからにすることにした。そのうち、どんどん露店の数が減ってきたことに気付き、六香がようやく足を止めた時には、店らしい店はすでに周囲には見当たらなかった。
 びっくりして後ろを顧みると、どうやらたった今、ジェノスとその周辺との境界線を越えてしまったらしく、賑やかな町が後方に広がっていた。


「えっ、行きすぎた?……」


 その時、六香はそれを見つけて固まってしまった。
 今、コチラに向かって走ってきている、周囲とは明らかに違う雰囲気を放つ少女。——見間違いでなければ、アレは椅遊とフルーラだ。


「りっか!」
「……っ」


 鈴のように高い声が、自分を呼んでいるのが聞こえた。六香はどう反応していいかわからず、とっさに顔を背けて、さらにジェノスから離れる方へと足を向けた。


(……うるさい)


 息の上がった苦しそうな声で、椅遊がまた、自分を呼ぶ。


(うるさいっっ……!!!)


「りっかッ………りっかぁ!」
「何よ、うるさいわねっ!」


 今、一番気まずい相手に名前を何度も呼ばれて、六香は足を止めて振り返り、反射的にそう叫んだ。そのすぐ後で、勝手に飛び出した自分の言葉にはっと口を押さえて視線を逸らす。
 やっと止まってくれた六香に、椅遊は安心して歩調を緩めて大きく息を吐き出した。早鐘のような鼓動を深呼吸で落ち着けながら、椅遊は六香をまっすぐ見つめた。


「……何か用?」


 何処か突き放したような態度。椅遊は、横にいるフルーラを見た。通訳を頼んでいるのだとわかると、フルーラはすぐに椅遊の思っていることに耳を傾ける。……直球な彼女のその質問に、フルーラは言うことを少し躊躇した。


≪……なぜ、お前が自分を嫌いになったのか、聞きたいそうだ≫


 コレは椅遊の意志だ。フルーラは、聞いた通りに伝えた。すると六香は大きく目を開いて、おかしそうに笑った。


「……なんでって? …………当たり前じゃないッ!!」


 鋭い声が、引き金だった。
 今まで思っていたことが、流れ出す。止まらない。また、傷つけてしまう。

 椅遊と六香の間には、数歩で近付ける微妙な距離があった。まるで、触れようとして、触れられずにいる二人の心の距離のようで。それを六香は、大股で踏み込んで椅遊に近付きながら言う。


「不公平なのよ!アタシとアンタ、何が違うの?なんで?アタシが聞きたいわよっ!!」


 六香の勢いに思わず足を引きかけた椅遊の前まで来ると、六香は椅遊の目をいらだった瞳で睨み据えて、凄い迫力で吐露し出す。


「なんで?どーしてよ!? なんで、会って少ししか経ってないアンタの方が、そんなに夕鷹と打ち解けてるのよ!!」


 まただ。また、約束を破ろうとしている。


「アタシは、アンタが来る前から……ずっと……ずっと、一緒にいたのにっ……!!」


 ずっと、心の内に押し隠してきた想い。
 一緒にいた時間は、自分の方が長いのに。そう考えると、いくら椅遊が好かれる人柄だとしても、その不公平感は否めなかった。
 自分と椅遊、何が違うかなんて、わかっている。優しくて素直な椅遊に、勝てるわけもないこともわかっている。
 でも、そうだとわかっていても。


(……ごめん、約束、守れなかった)


 椅遊の目が、驚いたように見開かれた。
 涙が、頬を伝う。


(悔しいよ、にい達っ……)


 椅遊に負けたという敗北感だけでも悔しいのに、さらにそれに、自分の不器用さが拍車をかけていた。
 どうして、こんなひどい言葉でしか言えないんだろう。もっと、素直になって言えばいいのに。
 椅遊は、可愛くて優しいから、好かれるだろうと思った。だからこそ、椅遊が羨ましくて、憎らしかった。
 嫉妬———人は、この気持ちをこう呼ぶのだろう。


「椅遊が、一緒に、来ることになった途端……夕鷹が、遠くなってっ……、アタシは……それが、嫌で……っ」
「りっか……」
≪………………≫


 しゃっくり混じりの掠れた声で言う、いつも気丈な六香の泣き顔は、とても椅遊を悲しくさせた。涙を拭いてあげようとして自分の服の裾を六香の頬に近付けると、六香は「汚れるよ……」と彼女の申し出を手でやんわり断って、自分のポーチから手探りでハンカチを探し出した。

 セルディーヌ内で見てしまった、夕鷹に抱き着いた椅遊。それに対して、微笑んで椅遊の頭を撫でた夕鷹。二人の間に、不思議な繋がりが見えて。凄く衝撃的だった。詳しい事情はわからなくても、その光景は、六香の心を閉ざすのには十分過ぎた。


「椅遊……ヒドイコト言っちゃって、ゴメンね……アタシ、最低よね……」


 探し当てたハンカチで濡れた頬と目尻に溜まった涙を拭って、心の内をすべて吐き出した六香は、静かに今までの態度を謝った。椅遊はブンブンと頭を横に振って、にこっと微笑む。どうしてこう、彼女はすんなり相手を許せるのだろうか。
 六香がその笑顔を見て思っていると、≪六香≫とフルーラに呼ばれた。振り向くと、椅遊の隣のフルーラは、何処か申し訳なさそうな声で言う。


≪昨夜の話だが……お前のことを考えずに、私はお前に対してひどい言葉を吐いてしまった。すまない……≫
「いーわよ、それくらい当然のコトしちゃったんだし……夕鷹も、そう思ってるだろーし」


 ……もう、きっと、見放されてるんだろうな。最低な奴だって。

 六香が少し後悔したような寂しげな声で言うと、椅遊はキョトンとしてから、クスクス笑った。六香が不思議そうに彼女を見ると、フルーラが小さく笑って答えた。


≪夕鷹は、全然そんなことは思っていないぞ。お前が優しい奴だと、信じ切っているからな。昨夜の出来事だけで、何か事情があったんだろうというところまで悟っていた≫
「え……」


 それを聞いて、六香はポカンとした顔をした。やがて、しばらくしてから、おかしそうに笑い出す。


「……あは……あははっ……だよね。夕鷹って、そーゆー性格よね。めんどくさがりで、バカ正直で、ほんっとーに馬鹿で……アタシってば、忘れてた」


 心配して損したような、何処かホッとしたような、呆れと安心がごちゃ混ぜになった表情だった。


「おーい、六香〜、椅遊〜ッ!」


 遠くから、自分達を呼ぶ夕鷹の声がした。三人が町の方を見てみると、自分達を探しに来たらしい夕鷹が、大きく手を振っているのが見えた。


「……よっし。決めた!」


 突然の六香の声に、椅遊が彼女を再び見ると、六香はコチラを見て。——不意に、いつものような勝気な表情を浮かべた。


「椅遊っ」
「?」
「アタシ、もう負けないからねっ。やるからには、正々堂々、勝負!」


 びしっと椅遊を指差して六香は宣戦布告するなり、「今行く〜!!」と笑顔で叫んで、夕鷹達の方へ走っていってしまった。
 突然のことで、ただ六香の背中を見送っていた椅遊は、今からそのよくわからない勝負とやらが始まっていることにようやく気付き、あわあわ全速力で六香の後を追いかけた。



  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪



 風が、通り過ぎていく。風を、切っていく。


「あははっ、気持ちいーっ!」


 風の影響を受けないために、寝そべる形に近い格好で乗るフレイの上で、六香がその爽快感に思わず声を上げた。
 心の中もスッキリしていて、とても晴れやかな気分で最高だ。速すぎもせず遅すぎもしない、適度な速度で海の上の空を駆けるフレイは、すっかり六香のお気に入りだ。
 太陽の光にキラキラ輝く海面、髪を緩やかにもてあそぶ潮風。誰もが爽やかな気分になる空の旅だ。


「乗ってよかった〜!サイコー!」
「……水を差すようで悪いんですが、飛んでいる最中は、体は起こさない方がいいですよ。現実的には、風に煽られてバランスを崩して海に真っ逆さまですから」
「わかってるってば〜♪」


 数回フレイに乗ったことがある梨音が、いつも首から下げているゴーグルを装着した状態で、少し心配そうにテンションの高い六香に忠告する。六香は本気に受けとめていないが、今のところずっと低い体勢を保っているので、梨音はとりあえず大丈夫だろうと意識から除外した。
 一匹のフレイには、人ひとりくらいしか乗れないので、椅遊とは別々にフレイに乗るフルーラが、隣を飛んでいる椅遊にも言う。


≪椅遊もだぞ。大丈夫か?≫
「っん」


 六香同様、やはり楽しそうな笑顔で頷いた。どうやら、彼女もフレイが気に入ったようだ。
 グランから飛び立って、結構な間、空を飛んでいる。そろそろかな、と梨音が前方を気にした時、水平線の彼方に白い半透明の壁が見えてきた。


「んんー?何だありゃー?」


 梨音と同じく、何回か乗ったことのある夕鷹が、慣れたように、飛行に支障をきたさない程度に体を起こして言った。正面を見据えて、梨音が答える。


「……アレが、セルシラグに張られた結界。ボクらは、ケルマネムって呼んでる……エルフ族しか部分解除できない、特殊な古の結界なんだ」
「へぇ〜、結界術って、魔術と違うの?」
「……結界術は、刻まれた印を頂点に物を包囲する、守備に特化した術。精霊の力を借りた、エルフ族特有の術なんだ。ボクの魔術は、人の奥底からエネルギーを引き出す、攻撃に特化した術。……だから、結界術でつくった結界は『拒絶の守護』よりも固いよ。張るのに手間がかかるけど」
「じゃあ、イオンって結界術使えるのっ?」


 いつからか、自分達の話を聞いていたらしい六香が話に割り込んできた。梨音は「……一応、使えますが」と頷いてから、付け加えた。


「……結界術を展開させるためには、結界の四方を結ぶ印が必要です。適当な石4つにその印を書いて四角になるように並べれば、その石を置いたところが頂点となって四角形の結界ができるわけです。……その印というのが、面倒臭くて」
「印って、何かの記号とかじゃないの?」
「……記号じゃなくて、古いエルフ語で書かれた文なんです。……だから手間がかかるんです」
「あ〜確かに……それじゃ、書いてる間にやられるな〜」


 『拒絶の守護』より固いと聞いて少し期待したのだが、それだったら『拒絶の守護』の方が早くて効率的だ。結界術は、実戦ではあまり使い道がないようだ。

 ケルマネムが正面にまで近付いてきて、全員のフレイの速度が落ちた。梨音は、ケルマネムと距離を置いて羽ばたき宙に静止するフレイの上に足をつき、屈んだ体勢になった。その格好のまま、皆に聞こえるように言う。


「……ケルマネムは、部分的になら穴を開けても自動修復します。ボクがケルマネムに穴を開けたら、すぐ中に入って下さい。……ただし」
「ただし?」
「……中に入ったら、フレイはそのまま逃がして、すぐ近くの森でいいので隠れて下さい。貴方達は、招かれざる客人ですから。……見つかったら、多分海に落とされますよ」
「「え」」


 本当なのか比喩なのか、区別がつかなかった。比喩にしても、それに相応するくらいの嫌なことなのだろう。夕鷹と六香が声を揃えて絶句するが、梨音はお構いなしに、聞き慣れない言葉を紡ぎ出す。
 ケルマネムを解除するためのものだから、恐らく古いエルフ語なのだろう。魔術なら、魔導唄グレスノーグに相当する文のようだ。

 詠唱しながら、梨音は少し距離のあるケルマネムに向かって、フレイ一匹がくぐれるくらいの穴を想像して、自分の眼前にくるりと空中に丸を描く。


「ズィエマ」


 梨音が、魔術でいう魔導名グレスメラを口ずさむと、ケルマネムの一部がぐにゃりとゆがんだ。かと思うと、ゆがんだところが潰れ、まるでガラスのように、ケルマネムの破片が弾けた。飛んだ破片は、それぞれ空中で青白い炎に包まれて消える。
 ゆがんだ辺りのケルマネムには、梨音が描いた円の通りに口を開いていた。穴が開くなり、梨音が真っ先にフレイを中へと向かわせる。その不思議な光景に見入っていた三人と一匹も、ケルマネムが修復する前にと慌てて続いた。

 中に入るなり、冷たいものが頬を叩いた。え?と六香が頬を触ると、今度は鼻の先にひんやりとした感触。ぶるっと寒気が襲ってきた。


「っ……!」


 椅遊が驚きと感動を交えた目で、その光景を見つめた。

 ———そこは、真っ白な世界だった。
 空から舞い下りる白き花。椅遊が手を差し出すと、その上に乗った白い花は、冷たさを残してすぐに儚く消えてしまう。


≪そうか……セルシラグでは、雪が降るんだったな≫
「りゅ、き……?」
≪今、空から降ってきている、白くて冷たいものだ≫
「ゆき……」


 さっき、この手のひらに乗った、白い花。椅遊は、その花の亡骸の水滴を見つめた。


「……空を飛んでいたら、いくら雪が降っていてもバレます。真下に下りますよ」


 梨音の言葉に従って、一行はフレイを地面に着地させる。下り立った衝撃で、地面に積もっていた雪が舞い上がった。
 全員がその降り積もった雪の上の下り立ち、フレイの足に括りつけていた荷物を外してから、お礼を言って彼らを逃がしてあげた途端。


「さっむーい!! 厚着してけって、こーゆーことだったの!?」


 突然、六香が腕を摩りながら叫んだ。グランを発つ前に、梨音に言われた忠告の意味がようやくわかった。梨音の持っていた防寒具を参考にしてよかった。
 荷物の中から、モコモコした温かそうな防寒着を引っ張り出して袖を通しながら、梨音はあの何処か抜けた顔で首を傾げた。


「……知らなかったんですか?セルシラグの気候は有名なので、知っていると思ってて」
「知らなかったわよ!悪かったわねー!うう、アタシ寒いのダメなのに〜〜っ……椅遊は楽しそうねぇ……」


 六香も荷物をあさって防寒着を探し出しながら、なんだか笑顔を浮かべている椅遊を見て言った。すでに丈の長いコートを着ていた椅遊は、寒そうに縮こまっているのに、頬を赤くさせて本当に楽しそうに笑っていた。どうやら雪が気に入ったらしい。
 全員が何かしら上着を羽織ったのを確認し、フードまでかぶった夕鷹がフルーラを見て聞いた。


「フルーラさ、ウィジアンの場所とかわかったりしない?同じ神獣なんだしさ」
≪場所はわからないが、奴の気はわかる。この気配を辿っていけば、恐らく着くはずだ≫
「じゃあ、さっさと会って早くこの国から出よっ!」


 寒くて寒くて仕方がないのか、六香が無駄に動きながら皆に催促した。夕鷹が苦笑して、「はいはい」と彼女の妙なテンションをなだめる。


「んじゃ、早速行くかぁ。フルーラ、レッツゴ〜」
≪それほど遠くないな。コッチだ≫


 フルーラが鼻の先を向けた方向を見て、梨音は、歩き出そうとしたフルーラを慌てて止めた。


「ちょっと待って下さい。……そっちは、首都のアラムキンゼルです」
≪何か不都合でもあるのか?≫
「……外からの訪問者を拒絶している今、外の人間の貴方達がエルフ達に見つかると面倒です」
≪……厄介だな。だが、ウィジアンの気は、確かにコチラの方からする≫


 梨音の言葉を聞いて、フルーラは困ったように言った。すると椅遊が、トントンと梨音の肩を叩いた。梨音が振り返ると、椅遊はフルーラに意味ありげな視線を投げ、それを理解したフルーラは椅遊の心に耳を傾ける。


≪帽子をかぶって、エルフ族に紛れて街に入ればいいんじゃないか、だそうだ≫
「……ボクもそれを考えたんですが、ケルマネムを部分解除されたことに聖域番レスティアが感付いているかもしれません。……というより、感付いているはずです」
聖域番レスティア?」
「……アラムキンゼルの番人です。ケルマネムをくぐり抜けてきたのが、エルフ族であることを確認する職です。……ケルマネムが張られてから作られた職なので、詳しいことは知りませんが……捕まるより捕まらない方が身のためでしょう、確実に」
「んじゃダメか……むー。おーい椅遊、落ち込むなって〜」


 自分の意見が結局ダメになり、力になれなかったとうつむいた椅遊を、夕鷹が慰める。夕鷹は「うーん……」と少し考えて、突然、ぴっと人差し指を立てた。


「アレだ。もうめんどくさいから、先に進んじゃおう」
「……多分、その辺を聖域番レスティアが歩いてると思うよ」
「隠れればいーだろ?とりあえず、行けるトコまで行ってみればいいって」
≪それは正論だな。なら、進むとするか≫


 夕鷹の論に納得し、フルーラが先頭を切って白い大地に歩を進める。










 その方向へしばらく歩くと、舞う雪の白いベールを透かして、確かに集落らしきシルエットが 見えてきた。どうやらアレが、セルシラグ首都アラムキンゼルのようだ。
 梨音の予感通り、聖域番レスティアはケルマネムが部分解除されたことに感づいていたようだ。これまでも、何人かのエルフ族に見つかりそうになった。

 夕鷹は周囲に聖域番レスティアのエルフ族がいないことを木々の陰から確認して、隠れている皆に向かって親指を立てた。


「おし、おっけー。そんじゃ進むっか」
≪…………まずいな≫
「え?ちょっとフルーラ、抜け駆けして何か食べたのっ!? アタシもお腹空いてるのに……!」
≪そっちの「まずい」じゃない。状況だ。ウィジアンの気……明らかに、首都内から流れてきているぞ≫


 その言葉を聞いて、数秒。


「…………え」
「…………マジ?」


 六香と夕鷹が、かろうじて返答した。椅遊がぱちくりと瞬きする。梨音は相変わらず無反応。
 フルーラは鋭い澄紫色の目を閉じて、もう一度確認してから言った。


≪あぁ。何度も確認しているが、間違いなく奴は首都内にいる。それも中央辺りだ≫
「……困りましたね。正面からの侵入は、危険を伴いますし……」
「いやでもさ、めんどくさいし、正面からでいーんじゃない?テキトウに言い訳してさ」


 夕鷹が白い溜息を吐き出して、正面から入るという方法を考えようとしない梨音に反論すると、梨音はジロっと夕鷹を見た。


「……それほど甘くないよ、聖域番レスティアは」
「その時は、フルーラを使えばいーだろ。ウィジアンに会いに来た神獣様だ〜、とか何とか言って」
≪さあ、どうだかな。セルシラグでは、ウィジアンが絶対だからな≫
「まぁ、そん時はそん時。やってみた方が早いし、行ってみよーか〜」


 捕まったら……とか先のことを考えず、夕鷹はフードをかぶり直して木々の陰から出て、アラムキンゼルを向いて歩き出した。梨音は、敵わないと小さく息をついた。


「……仕方ないな……六香さん、椅遊さん、フルーラさん。イチかバチか、夕鷹に従ってみようと思います」
「えっ、イオン!? 夕鷹に従うって……だ、ダイジョブなの?」
「……五分五分です」
≪本当に大丈夫か?常識的に、不可能だと思うのだが……≫
「……たまには、常識外れに頼ってみるのもいいものですよ。今までのことも含めて、ボクは、夕鷹を信じます」


 ——それは、親友という証があるからか。

 いろんな面で夕鷹を信頼しきっている口調で梨音がそう言うと、椅遊も自信たっぷりに大きく頷いた。



「行きましょう」





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