第14話前代未聞の空前絶後計画

 記憶というものは、指の間からすり抜けていく流水のように、基本的には消えやすいものだ。  しかし、それに感情やエピソードが伴った途端、脳裏に強く刻まれる。  たった一言でさえ。   『境界ははっきりしとる。絶対に、交わることはないんや』span>  何処までが本心なのか測りかねる不思議な少年の言葉が、耳の奥にこびり付いて離れない。いい加減ひっぺはがしたい。どうにかならないだろうか。  遥か太古の『史実の神話』を見ても、光と闇は相反するものだ。  表と裏。昼と夜。  昼に追われて夜は終わるし、夜に追われて昼は終わる。昼と夜が、光と闇が並ぶことなんて、ない。  人の心だって同じだ。  表があるなら、そこに裏はある。  ちらりと、隣を盗み見る。  自分と並んで歩きながら、セウルのことなんて忘れたと言わんばかりに嬉しそうにアメを食べる鳥族の少女がいる。 (……妙な関係だよな)  お互いにお互いのことを知らず、詮索をしようともしない間柄。  知りたいとは特に思わない。知ったところで何かが変わるわけでもないし、過去のことを掘り返してもしょうがないだろう。  だから多分、キルアも勝手について来ているんだと思う。  アメを口にくわえて、片手にソフトクリームを持ったキルアは、手ぶらのゼルスに物足りなさそうに声を張り上げた。 「ねェね〜、ゼルスはなんにも食べないのっ?ゼルスも食べてよー!つまんないー!」 「何でお前の楽しみに付き合わなきゃならねーんだよ……いらない。さっきの昼飯で十分だ」 「ウソぉー!? ボク、全然お腹いっぱいじゃないよー?これからこれから!」 「お前の腹と同じ次元で考えるなって……っと」  前から来た通行人とぶつかりそうになって、寸前で半身を引いてかわす。この人込みの中ではそれ以上の動作ができない。  周囲を埋め尽くす人の熱気と、さまざまな声が飛び交う賑やかな空気、何処からともなく漂ってくる香ばしいにおい。  忙しなく四方八方から浴びるさまざまな刺激を、脳が処理しきれずにごちゃごちゃして、めまいさえ覚える。 (こんなことになるなら来なきゃよかった……首都とはいえ、人多すぎだろ……!)  この密着状態では空に飛ぶこともできない。飛族であることにも気付かれないが、今はその方がマシなくらいだった。  軽く人混みに酔いながら、ゼルスはただただ空いている方向を目指して人を掻き分ける。  誰が好き好んでこんなところに飛び込むハメになったのか。  体を這うような不快感に眉間にシワを寄せつつ、ゼルスは出口を探して黙々と進む。  北の大国カルファード、首都レイゼーク。  大都とも呼ばれるが、確かにこれほど馬鹿でかい都市は、ここを除いてほかにはないだろう。  レイゼークは、上空から見ると六角形をしている。  長方形に切り出した灰色の石を積み上げてできた外壁。街を外部から守るそれは高く分厚く、長年の風雨に晒され、歴史を感じさせる風格を持つ。間に鉄鋼の板が挟まれているらしく、ちょっとやそっとの軍備では簡単に破壊はできない。  街は、カルファード王城を中心に据え、城を守るように軍の施設や学校が周囲を囲んでいる。  残りは東西南北に区画が分かれており、平民が居住する東区、正反対の西区に居住するのは貴族、商店や売買が盛んな南区は商業エリア、閑散とした北区は科学の研究施設などがそれぞれ集まっている。  そして、王城から放射状に伸びる、街全体を貫く6本の大通り。それ以外の細道や大通り同士を繋ぐ横道などもあるが、その大通りの人の往来が激しいのは当然だろう。まさに今、自分達が歩いているのは、そのひとつだ。  しかし、どうしてこんな、人の波を掻き分けなければいけないほど込んでいるのか。  ここは、北区の通りなのに・・・ ・・・・・・・・。 「あっ!おじちゃーん、ポテト5つ!ゼルスっ、チョット待って!」 「んだよ……まだ食うのかよ……」  キルアにぐいっとコートのフードを引っ張られて、強制的に足を止めさせられる。  このお子様がはぐれることなく自分の背後にくっついてきているのも驚きだが、この人込みの中、よくもまぁよそ見をしている暇があるものだ。  ゼルスが振り返ると、売り出し文句がデカデカと書かれているテーブルクロスが目についた。向こうでは、鐘を逆さにしたような巨大な鉄鍋の前で、いかだのなれの果てのような揚げ物と格闘している男がいた。 「おっ、鳥族のお嬢ちゃん、ってしかも竜族のあんちゃんもか!こりゃ凄い!あんたらも祭り、楽しんでるかい?」 「うん、ボクお祭り大好き!レイゼークにはたまたま来たんだけどねっ、来てよかったー!!」  肩からかけた布で汗を拭い、男は商品を持って来る。熱々のポテトを5つ受け取り、キルアは満面の笑みで答えた。  ——そう、商業エリアの南区でもないのに、北区の大通りがこれほど混んでいるのは、すべてそれが原因だった。  カルファード帝都祭。  建国当初からレイゼークで毎年行われている、王を讃える歴史ある祭事だ。カルファード帝国が建国された日を中日に、五日間、街全体が浮き立つ。  自分達は、そのド真ん中の中日に訪れてしまったらしい。 「はぁ……つ、疲れた……まさか北国でこんな暑い思いをすると思ってなかったぞ……」  キルアがついて来ているかも確認しないまま、ゼルスはやっとこさ人混みから抜けた。人気のない建物の陰で疲れた息を吐き出し、滲んだ汗を拭う。 「はふはふ……ううー、ポテト熱くて食べられないよぉ〜」 「あー、さっさと用事済ませて帰りたい……おいキルア、さっさと図書館行くぞ」 「へっ?なんで?」 「……伝承調べに行くんだよ!」  すっかりお祭気分なキルアが本当に不思議そうな顔をするもんだから、頭に付けている妙なお面をはぎ取ってやりたくなった。  キルアは「あ、そっか〜」と、いつの間にかラスト1袋になっていたポテトを大口の中に放り込み、咀嚼しながら少し不満そうな顔をした。それから、口の中の物をごっくんと飲み込むと、 「でもでも、今日はお祭りだし、明日にしないっ?」 「はぁ?」 「伝承は逃げないデショ?でも、お祭りは逃げちゃうんだよ!」 「……珍しく、もっともなこと言ってるように聞こえるけど……俺、祭り興味ないから」  人混みも騒音も嫌いなゼルスにとって、祭りの渦中なんぞ地獄に等しかった。その中から抜けてきた今は天国に昇った気分だ。ああ、なんて清々しい。  ゼルスがさらっとそう言った途端、キルアの黒瞳と口が大きく開かれて、予想通りに大声が飛び出した。 「ッえええぇ〜〜!!? じゃあじゃあっ、ゼルスって、すごく寂しい人生送ってきたんじゃない?!」 「いっつも楽しそうなお前と比べたら、誰だって寂しい人生だろ!! って、何で怒ってんだ俺……図星指されたみたいな反応じゃねぇか……」  ほぼ脊髄反射だった自分の反応になんだか衝撃を受けた。  別に自分の人生を寂しいなんて思ってない。ただ付き合いが悪いだけなのだ自分は。多分。うん、きっとそうだ。 (とか思ってるのがまた惨めだ……)  どんどんキルアの思うつぼなような気がする。内心で溜息を吐いた。  寂しいと思ったことは久しく無い。飛族であること、他人不信であることから、一人の方が身も心も楽だ。  この地にはいないが信頼に足る知り合いもいるから、今更周りにどうこう思われても気にもしない。  しかし、知り合い達と別れて2年くらい経つし、どうやらちょっと寂しい……と思っていたようだ……ああもういい考えない。 「とにかく、図書館行くぞ」 「へっ?! なんで!? お祭り逃げちゃうよぉ〜!」 「どっかの馬鹿のせいで機嫌悪ぃんだよ!祭りはお預け!」 「ぇええーー!!? なんでなんでなんで〜〜!?! もーどっかの馬鹿ってヒトのせいだぁー!!」 「自覚なしかよ!?」  お預けされたペットみたいに、キルアが泣きそうな顔で喚く。ゼルスは全部無視を決め込み、顔を上げた。  今、自分達が立っている横の建物こそが図書館だ。  まさに踏み出そうとした瞬間、隣でキルアが踏み潰された猫みたいな声を上げた。 「フギャっ!?」「わあっ?!」 「何だ……よ?」  ゼルスが仕方なく振り返った……が、そこには誰もいなかった。  わけがわからないまま、誰もいなくなった宙を呆然と見つめて瞬きひとつ。下からうめき声がして、ようやく、キルアがすっ転んだらしいということを知った。  下に目線を向けると、案の定、キルアがうつ伏せに倒れていた。その上に折り重なるように倒れている誰か。  ……そういえばさっき、キルア以外の声もしたような。ぶつかって押し倒されたらしい。 「あいたた……」 「あうう……」 「わっ!ご、ごめんっ!! 大丈夫?!」  キルアを下敷きにしていた人物は、鼻を摩りつつ顔を上げ、キルアに気付いて慌てて上からどいた。同じように体を起こしたキルアに、その者は手を差し伸べる。  相手は、何処となく中性的な雰囲気の漂う少年だった。年は同い年くらいに見える。  心配そうな橙色の大きな瞳は、やや垂れ目気味で愛嬌がある。走ってきたのかボサボサな朱色の髪は、そろそろ散髪が必要そうだ。肩が荒い息に動いていて、オーバーオールの膝が擦れて白くなっていた。運動する姿がよく似合いそうだった。  その瞳が大きく見開かれるのには、そう時間はかからなかった。 「……きみっ……!?」 「びっくりしたぁ……ありがとぉ♪」  飛族であることに驚いたのか、彼は声を上げた。その様子に気付かず、キルアは摩っていた鼻の頭から手を離し、差し出された少年の手を取った。 「あっ……よかった、ケガはないようだね」  少年は我に返り、ホッとしたように頬を緩めた。  彼はゼルスも一瞥してから、ぎゅっとキルアの両手を掴んで言った。 「ねぇきみ達っ、ぼくと一緒に来て!」 「ふえ???」 「は?」 「いいから!話はあと!」  戸惑う二人の理解はよそに、少年は一方的に言うなり、くるっと背中を向けた。その先は、祭りで賑わっている方向とは真逆の裏路地だ。  駆け出しながら前を向いた少年は、不自然に足を止めた。  視線の先には、赤い服に身を包んだ三人の男がいた。赤が基調のそれは、軍服——カルファードの軍人だ。 「さあ、鬼ごっこはここまでで……ん?」  真ん中に立っていた軍人が少年に言いかけ、ふと、その傍にいるゼルスとキルアに気が付いた。  怪訝そうに二人を見つめ、やがて悟ったように呟いた。 「なるほど、そういうことか……」 「!? 待って、彼らは関係ないっ!!」 「言い訳無用!!」 「くっ……」  少年の言葉は呆気なく一蹴される。話が通じないと見るなり、彼は二人を振り返り、唐突にキルアの手を掴んだ。 「へっ??」 「ついて来て!! 竜族のきみも!」 「あ、あぁ……」  最低限のことを言うと、少年はキルアを引っ張って、正反対の方向、屋台と人があふれる大通りに走り出した。よくわからないまま、ゼルスは一人、その人込みの上空を飛んで少年を追う。  さまざまな色、色、色。空から見るとそれらに目が眩んで、人混みはさらに気持ち悪く見えた。  引っ張られるままのキルアを連れた少年は、不思議なほど人の隙間をスルスルと抜けて駆け抜けていく。 (まるで、道が見えてるみたいだ。土地勘……って話じゃなさそうだな)  一方、俯瞰視点のままその後ろに目をやると、軍人たちは軍服に物を言わせて道を切り開き、半ば強引に追いかけてきていた。  視線を少年とキルアに戻すと、彼らは大通りから横に伸びていた横道に入った。ゼルスもあとを追ってその狭い上空を行く。  建物同士の間の薄暗い路地に、二人の足音が反響する。 「ふえぇ?! 行き止まりだよぉ!?」  キルアが驚いた声を上げた。  路地を縦横に行くうち、少年とキルアは行き止まりに突き当たっていた。二人の行先を阻むのは高い、高い塀。  ただの塀ではない。レイゼークをすっぽり囲んでいる、あの巨大な防壁だ。  しかし少年は、走る足を緩めない。そのまま壁の前まで近付くと、少年は、後ろの二人を振り返った。 「きみ達は、飛んで越えて!」 「お前は?」 「大丈夫っ!」  上空からのゼルスの短い問いに、少年は不敵に笑って答えた。  ゼルスは不可解に思いながら、飛んできたキルアとともに壁の上まで舞い上がる。  そこから少年の行動を見ていたゼルスは、思わず目を見張った。  ――レイゼークの民家は、一階部分は石造りの頑丈なつくり、二階と屋根は木造りの融合型が多い。石造り、木造りだけの家も多いが、共通しているのは、屋根が急勾配であることだ。なるべく雪を積もらせないための知恵だろう。  だからそんな急勾配の屋根の上に、そもそも登るなど誰も考えない。  少年は、塀と民家の間のやや広い隙間に入り、防壁に背をつけた。かと思うと、おもむろに民家に突撃するように駆け出した。  ぶつかる手前で跳躍、民家の壁を蹴り上げて反対側に跳ぶ。  体勢を立て直して塀の壁に着地・・。  すかさず、また反対側に跳び、民家の急勾配の屋根に踵までしっかり両足をつく。  その角度から跳躍すると、少年はちょうど、防壁の縁に掴まれる高さまで跳んだ。  ——無駄のない華麗な動きだ。 「ふう、一番大変なのは、ここから体を引き上げるのなんだよねっ……よっと!」  防壁に垂れ下がっていた少年は、体を塀の上に引き上げた。  防壁の上は、石の間に鉄板が挟み込まれているだけあって寝転がれるほどの幅が優にあった。  民家より二回りほど高い防壁の上に、驚異的な身体能力だけで登ってきた少年は、同じ高さで驚いている二人に、ニカっと笑って見せた。やや橙色寄りの赤髪が、地上より強めの風に揺れる。  唖然としているゼルスを呼び戻したのは、素直に感嘆するキルアの拍手だった。 「っひゃ〜!! すごいすごい!びっくりしたぁ!」 「……お前、民間人じゃねぇの?」  少年の左右に下り立ち、それぞれゼルスとキルアが言う。壁の上に座り込んだ少年は、大したことじゃなさそうに笑った。 「ぼくは民間人だよ。戦うことなんてできないし。ちょっと運動神経がいいというだけなんだよね」 「いやそれ、鍛えれば十分戦えるレベルだと思うぞ」 「そうなの?でも、ぼくはいいや。使わないのに、力を持っても仕方がないよ」 「……まぁな」  それは正論だ。戦うことが日々の糧を得る手段のゼルスにとっては、せっかくの才能がなんだかもったいないような気がしたが、本人がそう言うんだし仕方ない。彼は、体を張らずとも生活できているということだろう。 「ここまで来れば安全だよ。さすがに軍人もここまでは来られないし、まさかこんなところにいるとは思っていないからね」 「あ!! そーいえば何で追っかけられてたの〜?」 「あはは、まぁちょっとね。それについてだけど、きみ達、ぼくの仲間だと勘違いされてしまったみたいなんだよね。きみ達も追われるかもしれない。きみ達、とても特徴あるものを背負っているから遠くからでもバレるだろうし」 「翼か……確かに、人混みがすごいとはいえ、飛族が二人じゃ目立つな」  鮮やかな身体能力を見せつけられて忘れていたらしいキルアの不思議そうな問いを、少年はさらりと受け流した。  ――言いたくないということだろう。事情が気になったが、この様子だと問い詰めても無駄だ。仕方なく話題転換に乗ってやる。 「それは面倒だな。レイゼークにいる以上、ずっと追われるかもしれねーってことか。まだやることやってないのに」  ゼルスが顎に手を当てて眉を寄せると、少年が立ち上がった。すまなさそうな顔をして頭を下げる。 「ごめんね、二人とも。変なことに巻き込んでしまって」 「ま、最悪、のして逃げるから気にすんな」 「えっ……それは、かなりまずいと思うよ……」 「だろーな」  大したことじゃないように言うゼルスに、申し訳なさそうだった少年は苦笑いした。  小難しいことは全部ゼルス任せのキルアが首を傾げる。 「何がマズイのー?」 「国の正規兵が賊に襲われたってことでトップニュースだな。あっと言う間に有名人だぞ。カルファード内だと追いかけられまくるな」 「なんだぁ〜、ぜーんぶ倒しちゃえばいーじゃん☆」 「……まぁ同意見だけど」  と言ってすぐ、このノー天気と同じレベルの頭ということだと気付いてゼルスは頭を抱えた。  これは最悪の場合の話だが、万が一、国外追放されても大丈夫なようにやることはやっておかねば。  もともと根無し草で、気の赴くままに生きているから平然とそう言ってのける二人。少年は少し驚いた顔をしていたが、ふっと微笑んだ。 「……なんだか、羨ましいなぁ」 「ん?」 「自由だなぁと思ってね」 「んー?? ボクはいつでも、ボクがしたいコトしかしてないよ?攻撃されるのヤダから倒しちゃうしー、飛びたいから飛ぶし〜?」  自覚もなければ意識もしたことがないだろう、キルアは不思議そうだ。  少年は目を丸くして、不意に噴き出した。 「あはは、そっかなるほど。ぼくの考え方が悪いだけかな」
挿絵
「……で、お前、俺達に用あったみたいだけど、何?」  独特のペースを持っている少年だ。話が進まないのでゼルスがさっさと問いかけると、返って来たのは、ぐぅ〜と腹の虫の鳴き声だった。  ゼルスが半眼で少年を見ると、彼は腹を抱えて少し恥ずかしそうに笑っていた。 「そういえばぼく、お昼を食べていないんだよね。思い出したらお腹が空いてきた……」 「ボクもボクもー!! マシュマロ食べよ!おなかすいたぁ〜!」 「はぁ?昼飯さっき食っただろ?しかもその後、お前、屋台で食べ歩いてただろ?大体、マシュマロって……腹の足しになんのか……?」  どんだけ食べるんだコイツ。食費がバカにならない。自分の金じゃないから知ったこっちゃないが。自業自得。 (つーか……なんだ、このマイペースペア……完全にこいつらのペースに呑まれてる気がする……)  こめかみを押さえてゼルスは溜息を吐いた。 「……ならまぁ、何か食いながらでも話すか。まずは大通りに出よーぜ。別の区画に行けばしばらくは安全だろ」 「何を食べようかなぁ。あ、ピザでも食べようかな」 「ピザー!! ボクも食べよ〜っ♪」 「まだ食うのかよ……」  ぴょんぴょん跳ねながら、幅の広い防壁の上を歩いていくキルア。その後姿に呆れた声でゼルスが呟くと、少年がくすくす笑った。 「きみ、まるで保護者のようだね」 「あんなの相手してりゃ、誰だって保護者になるっつーの……」 「ははっ、それもそうだね!お菓子とかあげたくなる子だよね」 「お前はじーさんか……」 「あはは、おじいさんね」  疲れた声で言ってゼルスも後を追って歩き出すと、少年もおかしそうに笑って歩き出した。  いやによく笑う奴だな、とゼルスはいつもの不信気味な視線を少年に向けて、ふと思い出して聞いてみた。 「そーいやお前、名前は?」 「あ、ぼく、名乗っていなかった?じゃあまず、きみは?」 「あぁそっか……俺はゼルス。あのガキンチョがキルア」 「ゼルスにキルア、ね。ぼくはセージ。よろしく!」  そう言って、少年は、底抜けの明るい笑顔で笑った。   ◇◆◇  屋台で買ったジュースを飲むと、強い酸味の柑橘類の味が口の中に広がって……ゼルスはコップを離して口を押さえた。 「うげ……やっぱ俺、ジュースダメだ……」  唐突に老け込んだかのように目元をげっそりさせてうめく。  喉が渇いたから何か飲もうと思って、近くの屋台でジュースを買った。ジュースなんて久しぶりだったからここまで苦手な物だってことを忘れていた。やっぱ自分は紅茶やコーヒーじゃないとダメらしい。  思わずこぼれた言葉に、セージが目を丸くした。 「え、ゼルス、ジュースが苦手なの?それは、なんというか……人生、損してるよ?」 「……何で俺、今日、いろんな奴に人生論説かれてんだよ……とにかく、ダメなモンはダメなんだよ」  とか言いつつ、頑張って飲む。うう、ダメだ。何でダメなのかもよくわからない。それでも、手に入った物には最後まで付き合うのが彼の中のルールである。  ベンチの端に座るゼルスの隣には、最後のピザを食べるセージ。さらにその隣に、ピザとマシュマロを交互に食べるという真似したくない食べ方をしているキルアがいる。  すべて飲み干したゼルスは、「がはあ……」と解放されたような大きな息を吐いた。コップは後で店に返すので大事に持っておく。  ベンチに寄りかかって空を仰ぎ、ゼルスは隣のセージに言った。 「……で……さっきの話だけど。話してもらったはいーけど、俺達にどーしろと?」  ——セージの話というのは、予言じみていたというか宗教勧誘じみていたというか、端的に言うならば、にわかには信じがたい話だった。   『アスナ王女が、きみ達を予知能力で見たって言っていたんだよね』  カルファード王家の血筋には、未来を見通す不思議な力があるといわれている。人によって、幻視、予知夢、耳鳴りなど、さまざまな形をとるらしい。  彼らが予知で見たものは必ず現実となる。その予知能力により、カルファード王家は建国当時から天災や凶悪な人災などから民を救ってきた。加えて、王族の気さくな人柄もあり、王家は絶大な支持と信頼を得ている。  特に、次期王位継承者である第一王女アスナは、歴代にも類を見ない強い力の持ち主だというのは他国でも有名だ。  セージは、そのアスナ王女に仕える雑用、兼、話し相手だという。そのアスナ王女が予知能力で視たイメージに、飛族の二人組が出てきたと王女が言っていたと、そう言うのだ。  そこまではいい。しかし……それで?どうしろと?  正直、予知のことは信じていないゼルスがあからさまに胡乱げに聞くと、セージは考え込みながらもぐもぐとピザを食べて、口の中のものを飲み込んでからゼルスを見た。 「だから、アスナ王女に会ってほしいんだよね。詳しいことは、本人が知っているはずだから」 「会ってほしいって……突撃インタビューでもすればいいのか?中日……今日の目玉イベントが、王族の挨拶なんだろ?」  カルファード帝都祭は、民間の有志によって開催されているらしい。王城の前で、祭りの主催者に招かれた帝王、王妃や王女などの王族が感謝の挨拶をする質素な記念式典が、本日あるらしいと小耳に挟んだ。 「けど、王族は絶大な人気だって聞いたぞ。俺にはわかんねーけど。つーことは、もっと混むんだろ……?」  その時刻になった途端、王城前に殺到する群衆が目に浮かぶ。  そのため式典自体は、軍人の物々しい警備態勢の中で行われるという。帝王が信頼を得ているとはいえ、光があるところに陰はつきもので、予知しきれなかった天災で命を失った人々の遺族から、王は逆恨みされているともセージは語った。万が一がなきにしもあらず、というわけだ。  そんなわけで、記念式典が、この大通りの混雑ぶりを遥かに凌駕する混み様であるのは想像に難くない。  そこに紛れると考えるだけで気が滅入るのに、その人の海を泳いで王女をとっ捕まえるのだと思うと、この話はなかったことにしようかとさえ思えてくる。  ゼルスがこの先を憂いて老人のような溜息を吐く隣で、セージはあっけらかんと言った。 「あ、その時は会えないと思うんだよね。王女は出席しないから」 「……は?」  空を見ていた頭を起こしてセージを見ると、思いのほか凄い顔をしていたらしく、ピザを完食した彼は苦笑した。 「アスナ王女はちょっと変わった人で、いつも城から脱走して城下町で遊んでいるんだ。特に、ああいう人目に付く席には、ここ5年くらいは出ていないんだよね。だから王女の顔を知っている人、覚えている人は少ない」 「はぁ?? それ、親とか城側が黙ってねぇだろ?」 「うん、いつも困ってるよ。けれども王女は、どんなに警備を厚くしても城を抜け出してしまうんだよね。だから城の人達も、もう半分容認しているところはあるよ。王女には予見の力があるから、危険な場所には行かないだろうとは思うんだよね」 「……なんてゆーか……すげー王女」 「元気なお姫サマなんだねー!ボク、オトモダチになりたいな〜♪」  呆れと賞賛の真ん中くらいの気持ちでゼルスが口にすると、3袋はあったマシュマロをあと1袋まで食べ尽くしたキルアも笑って言ってきた。 「けど、それならいつ王女に会えばいーんだよ?」  とは言ったが、なんとなく想像はついていた。個人的には、これは本当に他に手がなくてやむを得ない場合の最終手段なのだが、いやまさか。  その思いを読み取ったように、問われたセージは目を瞬いた。 「え?わかっているんだよね?」 「……まぁわかってるけど……マジでやんの?お前、簡単に言うな〜……」 「それしかないよ?」 「んん〜〜??? はにはに??」  マシュマロを口いっぱいに詰め、冬ごもりの備えるネズミのような顔をしたキルアは、ひとり話に置いていかれていて不思議そうだ。  ゼルスは、ちょうど正面にそびえたつ遠くの尖塔を見上げ、息を吐いた。ここは平民が居住する東区だから、自分は今、西の方角を向いているらしい。  六角から成るレイゼークの中央に建つ、白塗りの城。権威を見せつけるように天に伸びる赤屋根の尖塔は、華美な装飾は施されていない。質実剛健だと評判の帝王の人柄が窺えるようだ。 「……アレに乗り込めって?何処の国でも、最上級の警備が敷かれる場所に?俺らは他国のスパイでもねーのに?」  誰が好き好んでそんなところに侵入するんだ。さすがのゼルスも攻城なんて命を縮めるマネはしたくない。  あからさまに迷惑そうなゼルスの反応に、セージはおかしそうに笑った。 「大丈夫だよ。抜け道を知っているから」 「あぁ……お前、城の人間なんだっけ。城の関係者なのに追いかけられてんのかよ?」 「まぁ、いろいろあるんだよね……少しおいたが過ぎた……のかな?」 「何だそれ……」  照れ隠しか、セージは頭を掻きながら笑い、すぐに表情を引き締め、真摯に二人に言う。 「とにかく、王女に会ってほしい」 「嫌だね」  間髪入れずに用意していた言葉を返すと、ついていけなかったセージは目を瞬いた。  彼が縋るような目で口を開くより先に、ゼルスは城を見据えたまま、指を立てて淡々と告げた。 「理由は4つ。その1、王城侵入なんてリスクが大きすぎる。その2、俺らには何の利益もない。その3、お前の言っていることを信じられない。その4、仮に本当だったとしても、俺はそういう占いじみたことは嫌いだ」 「………………」 「そういうわけで俺はごめんだ。大国カルファードの指名手配人なんぞにはなりたくねーからな」 「……そっか。うん、そうだよね。虫がいい話だった。ごめん」  セージは少し残念そうに謝った。思ったよりあっさり身を引いた相手に、ゼルスの方が意外に思ってしまう。 「……やけに素直だな」 「言いたいことはたくさんある。まとめると2つ。その1、あれは占いなんかではない。絶対訪れる未来を視る本物の予知。舐めていると痛い目を見るんだよね。その2、予見は世界にかかわるものしか視ない。きみ達が予見に現れたということはそういうこと。きみ達が信じる信じないは関係ない。きみ達は、知らなければならないんだ」 「………………」 「……でも、ゼルスがそう言うなら無理強いはできないんだよね」  ゼルスの真似をして指を立てながらハキハキと言っていたセージは、最後にふっと笑って指を畳んだ。  しかし……どうにも、物分かりが良すぎる・・・・・・・・・。  表現しがたい違和感にゼルスが眉をひそめていると、セージを挟んだ向こう側でばっと影が動いた。 「ボクは行くよっ!楽しそーだし、王女サマの話聞いてみたいな〜♪」 「本当?案内するよ!」  マシュマロとピザを食べ終えたキルアが、ベンチからぴょんっと立ち上がって、くるっとターンをする。セージも立ち上がり、ぎゅっとキルアの両手を握り締めて嬉しそうに笑った。  キルアの聞き分けが嫌にいい。何かまた企んでいるんじゃないのかと疑いの目で覗き見たが、どうやら本心のようだ。単純に王女の能力が気になるのか。  座ったままのゼルスはその光景を眺め、付き合いきれないというふうに溜息を吐いた。 「行ってくれば?」 「ゼルスはー?暇じゃないの??」 「どーせ夜に侵入するんだろ。のんびり宿で寝てるから暇じゃねーよ」  そういえば図書館は何時まで開いているだろう。この地には伝承を調べに来たのだ。それを調べないまま、最悪、国中で指名手配されることになったらマズイ。先に行っておかないと。  とか思いながら答えると、キルアが納得したようにポンっと手を打った。 「あ、そっか!怪盗ジャックは夜に侵入するもんね!えっと、『今宵は王女を頂きに参ります』!だね!」 「いや頂いちゃマズイだろ……何だそれ?」 「へぇ、カルファードだけかと思っていたけれど、キルアも知っているんだね。ジャックという怪盗が、怪盗なんだけれどいろいろあって人を助ける話なんだよね。ゼルスは知らないの?」 「……小説とかはあんまり読んでないからな」  そういえば、本というものには学問・伝記のほかに小説などもあるんだった。主に前者の本ばかり読んでいたゼルスが、怪盗ジャックとやらを知るはずもない。  キルアより背の高いセージは、親指を立てて弾む声で言った。 「じゃ、キルア。今夜、北区の城門前に集合だよ!このまま日が暮れるのを待てばいいけれどね。あはは、『諸君、準備はいいかな?』」 「『さぁ、ショータイムの始まりだ』っ!」  いえーいと同じように親指を立てた拳をセージの拳とくっつけて、怪盗ジャックのセリフらしきものを二人は楽しげに言い合う。  二人のノリについていけないし、ついて行く気もないゼルスは、早々に二人を意識の外へ追いやった。  解せぬ感覚を持て余して、よく笑う少年を一瞥し、城に視線を移した。 (強い予見の力を持つアスナ王女ね……)  他国にもよく響き渡っている名だ。所属国を持たないゼルスの耳にすら届いているのだから。  恐らく今のカルファードに他国が攻め入っても、王女の予見によってことごとく先手を打たれてしまうだろう。  占いではない。  視るのは必ず来たる未来。  大に関わる未来の事象を映す。  それが、予見。 「……やっぱ嫌いだな」