正反対の表裏一体、

杭の章

第19話 光と闇と

 キャンバスに絵の具をぶちまけた絵画のようだった。
 赤い残像、青い残像、白銀の閃き。
 風が爆ぜ、金属が噛み合い、土が抉られる。
 形も認識できぬスピードで繰り広げられる舞台は、人あらざる者同士でこそ成立する。
 刃と棍棒とが弾け、シドゥが大きく後退し、再び肉薄する。
「あははっ!! やっぱこうでないとな!!」
 大鎌と錯覚する鋭利さで繰り出される棍棒。
 力を取り戻し、思う存分暴れ回る少女は、実に爽快そうな笑顔で言う。
「ああ〜〜、ほんっと楽しい!! そうそうアタシはこんだけ動けるんだよ!現界の者レベルで千年も過ごしてたから、生まれ変わったみたいな気分!」
 ゼドの火炎魔法を飛び越え、シドゥは接近する。
 薙ぎ。払い。距離をとる。
 ゼドは棍棒を回避し、シドゥの懐に踏み入った。
 斬り。払い。距離をとる。
 ゼドが放った雷撃魔法を棍棒で受け、少女は地面にそれを突き刺す。行き場を失った雷撃は消滅した。

「アンタもやるねぇ!アタシの速さについてこれるのはルシスくらいだよ」
 シドゥは、彼女の主とよく似た部類の皮肉げな笑みを浮かべて言った。
「お互い様だけど、何においても邪魔者を消す係……《執行者》の名前は伊達じゃないな。どう?
ディアス
の《執行者》、アスフィロス従士のゼティスサン?」
「……いつから現界にいる」
 戦闘が始まってから、初めてゼドが口を利いた。
「ノアを除いて、三人とも三ヶ月前から。アタシはしばらくドゥルーグサマと一緒に旅してたけど、ペンダントを回収に行ったルシスが全然帰ってこないから、アタシがあの屋敷に様子見に行ったってわけ。アンタらも同時期に下りてきただろ?気配で分かってたよ」
「………………」
「しかし、アタシが離れた後にアンタと鉢合わせるドゥルーグサマの運の悪さに笑っちゃうね。ノアの援護がなかったら逃げ切れなかったってさ。凄いじゃん」
「……ノアは、ドゥルーグを捨てたのではないのか」
「従士に嫌気が差しただけさ。でもドゥルーグサマとの関係が切れたワケじゃないし、手助けするのは何も不思議じゃないだろ?」
「なら、なぜ手を出してこない?」
 なぜなら、ドゥルーグ従士の最後の一人は、今この瞬間も視ているはずだからだ。

 ――
ラグナ
の《裁定者》ノア。ほか二人と違い、彼はドゥルーグのもとにはおらず、現界の片隅でひっそりと過ごしている。
 ノアは、現界全体を視る術式で、そこを動かずして常に世界の様子を把握している。これ以上ないほどの諜報役だ。必要であれば、消耗は激しいが遠隔から攻撃や転移もできる。
 それなのに……二人の従士が戦う中、手を出してこない。

 その疑問を問いかけると、シドゥは少し困った顔をした。無意識なのかポリポリと頬を掻く。
「あー、それは〜……ほら、ノアはいっつも高見の見物してるから」
「自分の主が関わっているというのにか」
「ドゥルーグサマは強いし、ココはラグナのフィールドだし、ノアが手を出すまでもないだろ?」
「なら、お前達二人も手を出す必要はないだろう」
「それは、アスフィロスサマとドゥルーグサマの戦いを、アンタらに邪魔されないように……」
「なら邪魔者はさっさと潰すべきだ。なぜ三人でかかってこない」
「あーーったく、そんなのどうでもいいだろ?なんなんだよ?執行者サン、そんなに不利になりたいわけ?」
 少女の言葉をゼドが次々に切り崩していくと、最後になぜか彼女は憤慨した様子になった。わけがわからず、ゼドはり込んだ。
(……なぜ、ノアは手を出してこない)
 ノアは今、現界にいないのか?もしくは今、手を出せない状況なのか?
 現界に不在ということは、冥界に帰ったということになる。しかしノアが今更、自分から冥界に帰るとは思えない。
 もうひとつ、手を出せない状況という線は、ゼド以外の従士が牽制に行っていれば有り得る。
 だが、ふたつの同胞の気配は普段通り安定している。ノアと対峙していたらもっと張りつめた気配をしているはずだ。
 他に、ノアが手を出してこない理由として考えられるのは……
(……しかし、なぜだ)
 解せない。おかしすぎる。
 まるで、自分たち光の勢力を『わざと有利にさせている』ような、そんな違和感。
 ——復讐以外に、何か別の目的があるのか?
「ボーっとしてる暇ないよっ!!」
「!」
 黒い光の粒が舞ったのが見えて、はっとして大剣を眼前に構える。
 硬い感触とともに朱色の棍棒が襲来した。


「『爆砕猛火、エストール』!!」

 キルアの甲高い声を皮切りに、セルリアの周囲の温度が急激に上昇する。噴火のような猛烈な熱と炎の奔流となって具象化した。
 爆砕魔法は、雷の精霊を炎の精霊のバックアップにつけ、火炎魔法よりさらに燃え盛る業火を生み出す熱の魔法。
 起点から距離はあったのに、息苦しいほどの熱を帯びた強風が全身を叩く。
「二発目準備!」
 キルアに手短に指示し、ゼルスは爆発の中心部に矢を放った。
 矢は、もうもうと上がる煙に近付くと、真っ二つに分かれた。
(速すぎて見えねぇ……!)
 切り捨てられたらしい。
 分かたれた煙幕の向こうで蒼色の影が揺れる。ゼルスはとっさに横転した。
 さっきまでいた場所にセルリアが現れ、振り抜かれた剣先が頬を掠った。
「っ……!」
 ゼルスはさらに転がって距離をとった。
 今、一瞬でも遅れていたら、首をはねられていた。
(……けど、反応できる!)
 微動する一瞬が見える。ゼドほどじゃない。
 その残像に食らいつけば、いける!

 立ち上がろうとするゼルスに、セルリアが追い討ちの構えをとる。
「やらせないよぉ!! 『爆砕猛火、エストール』!!」
 再びの爆砕魔法。蒼の青年を紅の爆炎が取り囲む。
 その隙にゼルスは空中に退避し、煙の向こうの人影に矢を三連射。
 今度こそ、すべての矢が吸い込まれていった。
 晴れない煙を眺めて、キルアが呆然と呟く。
「……や、った?」
「んなわけあるか!これくらいでやられてたら従士失格な!」
「へ?そ、そなの?」
「……随分と呑気だな」
「「!」」
 会話に割り込んできた第三者の声。
 灰色の幕が引いた方を見やると、まったく外傷もなければ、疲れた様子もないセルリアが立っていた。
「……マジかよ……反則だって……」
 その足元に三本の矢が突き立っているのを見て、ゼルスは笑うしかなかった。
 二発はフェイント、最後の一発が本命で、彼の利き手の右腕を狙った。最初の二発を避けると、三発目は避け切れないように撃ったつもりなのだが……あの視界の悪い煙の中で完全に見切ったらしい。一体、どんな回避法なら掠りもしないで避け切れるんだ。
 従士ルシスは、浮いているゼルスとキルアとを見上げて、何処か呆れた口調で言った。
「次元の違うものを相手している奴らとは思えないな」
「そりゃどーも。俺は昔っから、肝が据わってるらしいからな」
「褒めたつもりじゃないが」
「コイツがいるだけで、その場の雰囲気ブチ壊しだから」
 ゼルスがキルアを指差して言うと、セルリアも「……確かにな」と納得した。
「あのねー、ちょっと聞きたいんだー!」
 好き勝手言われている張本人は、さっそく雰囲気を壊して言った。
 二人がキルアを振り向くと、彼女はセルリアに問いかけた。
「……れーちゃん、セルリアのコト、待ってるよ?」

 ——レナ・ケテルフィール。
 両親を亡くし、心を閉ざしていた幼い少女は、ボディガードとして配属されたセルリアに懐いた。
 そして彼がいなくなり、再び心に鍵をかけてしまった。
 ——従士ルシス、セルリア。
 レナのもとに潜り込んでいた異端者の青年は、彼女の温かさに、優しさに触れた。たったひとりの現界の者に照らされた。主人であるドゥルーグより失うのが怖いものができた。
 しかし、従士という絶対的な絆を断つことはできない。
 彼は、ドゥルーグとレナとを選択することができず、どちらにも見つからぬ場所へ逃げた。
 だが今、この場にいるということは……

 もう一人の主である少女の名を出した途端、セルリアの表情が曇った気がした。
「……前に言った通りだ」
「言った通りって?前は、『お前らにはわからない』って、それしか言ってないよ??」
 キルアは『お前らにはわからない』というところだけ、マネのつもりか声を低くして言った。
 確かに、セルリアの口から「帰らない」という言葉は出ていない。そのことにやっと自身も気付いたのか、彼は口を開いた。
「……僕は……従士である存在である以上、帰るわけにはいかない」
「どーして!? ボクはわかんないよ!帰りたいんデショ?どーして帰んないのっ?!」
「黙れっ!!!」
「っ!」
 大声とともに、セルリアの姿が霞んだ。
 目の前に現れた黒剣の腹が、二人をそれぞれ左右に殴り飛ばした。
 恐ろしい力で殴り飛ばされた飛族たちは、それぞれ力がはたらいた方向に吹っ飛び、声もなくこの空間の壁に激突する。
「……っがは……」
 熱を伴った激痛が体幹を駆け抜け、肺の空気が強制的に吐き出される。肋骨も二本くらい折ったかもしれない。
 力を失った竜族が地面に墜落した。

(んのやろ……ぜってぇ本気じゃねーくせに、舐めやがって……)
 声を噛み殺し、壁を支えに地面から膝を引き剥がす。
 顔を上げると、蒼い影が掻き消えたのが見えた。
 とっさに掲げた弓に、強烈な一撃がのしかかる。余剰の衝撃がゼルスの両肩から抜けた。
「くっ……」
 しばし拮抗していた押し合いは、やがてゼルスが押され始める。弓と剣の交点がこちらに近付いてくる。
 ゼルスは背筋に汗が流れるのを感じながら、口を開いた。
「ふざけんなよ……レナが、ひとりぼっちは嫌だって泣いてんだぞ……つーか、そんな迷ってるふうに言われても、説得力ねーよ……」
 内心で自嘲した。完全に息が上がっている。こんな疲労困憊な奴が言うセリフにしては、随分と大口だ。
 セルリアは返答の代わりに、無言で押す力を強めた。またゼルスと弓との間が縮まり、押さえ止めきれなくなってきた肘が曲がり始める。
「……魔力を宿す古樹種セロルの弓か。どうりですぐに折れないはずだ」
「はは……セロル様さまってか……」
「折れないとは言っていない」
 また一段とセルリアの力が強くなる。顔をしかめつつ、ゼルスは「いや……」と目を彼からやや逸らした。
「折らせねぇよ……!」

 背後からの奇襲を読み取ったセルリアの力が、急激に弱まった。
「『天からの断罪、ギア』っ……!!」
 うつ伏せのまま文字を書いていたキルアが、落雷魔法を展開させた。
 轟音とともに落ちた稲光を、セルリアは大きく飛びのき回避。
 その着地地点に、すかさず飛んで来たキルアが肉薄した。
「ってやぁあーーー!!!」
 しかし青年従士は、首をひねって的確にかわす。
 伸び切ったキルアの腕を掴み、壁に寄りかかって立っていたゼルスに投げつけた!
 ――凄まじい力だった。キルアは頭から落ち、鳩尾付近に衝撃が入ったゼルスは、嘔吐感に苛まれながらずるずると座り込む。
 逆流しようと暴れる胃を根気でねじ伏せ、ゼルスは顔を上げた。
 霞んで見える視界に、少し離れたところに立つ蒼の青年が映った。
「……キルア……生きてるか……?」
 体が、ひどく重い。痛みと熱すら麻痺して、ひたすらに重い。
 倒れているキルアに問うと、彼女は震える腕で上体を起こして座り込んだ。
 土で汚れたその横顔は憔悴しきっており、肩で大きく呼吸をしている。叩きつけられたダメージが大きいのか、背中を丸めていた。
「う、ん……けど……」
(だよなぁ……)
 喋るのも億劫なほどの痛みと疲労に、あのキルアですら負けている。
 たった一、二撃を受けただけなのに、もう体が持たない。頬の切り傷から流れる血を拭う余力さえない。
 現界の者の中では、実力者の二人を、瞬殺してしまうほどの力を持つ存在。
 これが、従士の力。
(……やってらんねぇな……)
 こんな相手に立ち向かっている自分達が、ひどく愚かしくて笑えた。
 従士でこれなのだ。彼らの主たちなんて、それこそ神がかっているのだろう。あまりに現実味がなくて、何もかもが冗談のようだ。

「……ふざけたこと?」
 ぼろぼろな二人を見据えて、蒼い青年がうなるように呟いた。
 ずっと静謐だったその紫の目に、今は煮え滾るような暗い怒りが滲んでいた。
「従士である以上、帰らないことが、ふざけたことだと?前にも言ったように、お前らにはわからない。主人と僕達が、どれくらい絶対的な関係なのか」
「あぁ……わかんねぇな。どうでもいいしな……俺が言いたいのは、そこじゃねぇ」
「なに……?」
 違う存在だとか、どういう関係だとか。
 そんなのどうでもいい。そんなことを言っているんじゃない。
 俺が言いたいのは、もっと別のことだ。
 もっと単純な……

 訝しげなセルリアを見据える。
 大きく息を吸いこみ、満身創痍の体に力を込め、腹の底から叫んだ。

「大事な奴だったら、一人にすんな!!!」

 一人にされる怖さも、一人にするつらさも、知っているから。
 いろいろ言い訳を並べ立てて逃げているお前に腹が立つんだ。

 薄闇を裂くように反響する叫声。
 頑なだったセルリアの気配に、さざなみのように震えが走るのが感じとれた。
「……っ黙れ!!! そんなこと……わかっている!!」
「だったら、なんで!!」
「お前にわかるものかッ!!」
 咆哮のような拒絶とともに、青年の姿が掻き消える。
 さほど彼との距離はなかった。すぐに間合いが埋まるだろう。
 弓を防御に出そうとするが、疲れ切った体がついていかない。
「それは……」
 長年の経験が、冷静に判断した。——間に合わない。
「話さなきゃわかんねぇだろうが!!!」

 血を吐くように叫んだ瞬間。
 ふわりと、二人の間に白い人影が踊り出た。
「「……!?」」
 突然の乱入に、両者が目を見張った。
「『溢るる大河、サイル』」
 セルリアの前で人影は手をかざし、水流魔法を名唱した。
 差し出した白い手から、キルアのそれを何倍も上回る爆発的な水流が溢れ出た。水流は瞬く間に、論理的な思考回路を失っていたセルリアを呑み込む。
 これほどの強力な水流魔法は初めて見た。しかもそれが筆記なしで行われたことに気が付いて、キルアは目を見開く。
 豪流が、ずっと奥の壁で砕ける。
 青年の姿もまだ見えない爆流に向かって、人影はさらに手を踊らせた。
「『氷結の刹那、イレイズ』」
 再びの筆記なし。
 人影が手を振った通りの位置から、何か小さなものが放たれた。それは飛んで行く最中に見る間に大きくなり、巨大な氷の針となる。
 計四本の大針は、まだ胸までしか見えていなかったセルリアの頭の両側と両脇に突き立ち、彼の身動きを封じた。
「……す……すごい……」
 筆記なしで振るう力、その奇抜な使い方。セルリアを磔にしたその人の背中を、キルアは呆然と見つめた。

 その背がくるりと二人を振り返った。
「あ……!フィーちゃん……!?」
「フィン……?!」
「お久しぶりです」
 各国の伝承を集めるように依頼してきた、謎のエルフの少女だった。であれば、圧倒的な魔法にも納得が行く。
 フィンは二人の容態をざっと見て、何処か固かった表情を緩めた。
「よかった。少しボロボロですけど、お二人ともご無事みたいですね」
「《裁定者》のウェルニアか……!」
 セルリアの低い声と氷が割れる音がした。三人が振り向くと、青年が黒剣で氷の磔を破ったところだった。
 ——ウェルニア。それは、アスフィロス従士の一人の名だ。
「アスフィロス様と違って、私たち眷属のディアスは強くないんです。この空間のラグナが強すぎて、ディアスの羽を構成することができません。ここは私達には非常に不利です」
 そこに佇立したまま、エルフの少女は背後の二人に言った。この薄闇の中、彼女のワンピースはよく映えた。
「ゼルスさん、キルアさん。すみませんが、無茶しない程度に援護をお願いできますか?」


 ウェンは宣言通り、手加減するつもりなどなかった。
 光と闇は一対。鏡のように同等の力を持つ。下手に手加減すると、こちらが敗北するのは目に見えていた。
 彼が旧友だろうと、半端な力で相対するわけには行かない。

 闇の精霊が構成した無数の弾丸が、壁のように展開する。
 一斉に飛んでくる弾を空中でかわし、切り払い、ウェンは進む。
 大きく斧を振りかぶったセウルが目の前に現れた。
「らぁあッ!!」
 斧の重量を生かした大振り。この隙を補うために、彼は精霊を駆使している。
 それを知っていたウェンはしっかり受け止めた。
 その攻防は、嵐のようだった。
 斬り、払い、防ぎ。斬り、かわし、斬る。目にも止まらぬ剣戟は、天上の存在同士でこそ成り立つ。
 自然現象と等しい存在たちの衝突は、大気をもびりびりと震わせた。
 現界の者なら一万回は死んでいる応酬を繰り返し、ウェンが先手をとった。
 一瞬の空隙に、光の刃をねじ込む。
(今!)

 だが刃がセウルに触れる寸前。
 突如、目の前を闇色が覆った。
 闇の精霊たちが自ら束となり、瞬時に漆黒の壁をつくり上げたのだ。
 その壁に剣先がぶつかり、硬い手応えとともに、刃から火花のように白い粒子が散る。
 ずぶりと、光の大剣が闇の壁に沈み始めた。
「!?」
 ウェンは大剣から手を離し、大きく後退した。
 直後。
 ぐおん!という奇妙な音とともに、その闇から勢いよく巨大な針が生えた!
 勢いになびいて切られた金の髪が散った。
 ——あと一歩でも遅かったら、本当に串刺しだった。
 ディアスでつくられた光の大剣は、壁を構成していた闇の精霊たちが喰らっていく。
「くっ……!」
「気ィ抜くんやないでぇッ!!」
 少年の上から、セウルの刃が降ってくる。
 とっさにディアスで盾をつくろうとするが、間に合わない——!
「トロいで!」
「ぐあっ……!?」
 構成しかけの白い盾を突き破り、漆黒の斧がウェンの脇腹に命中した。

 猛烈な勢いで真下に吹っ飛ばされる。
 地面に叩きつけられる寸前で、ウェンは体勢を立て直した。
 間髪入れずに黒い弾丸が迫る。
 再構成した大剣で弾を弾き、ウェンは黒い雨をかわしていく。
(盾で勢いが削がれてただけマシだった……直撃を食らっていたら、こんなに動けなかった)
 押さえられた脇腹の傷口は、真っ白だった。白い粒子が、雪のように舞い散る。
(ラグナのフィールドがこんなに不利だなんて知らなかった……!不利だなんて次元じゃない!!)
 ウェンは歯噛みした。
 もともと光は攻撃、闇は防護を得手とする。だからあっさり盾を壊されたというのもあるが、それが理由ではなかった。
「はっは!! なんやオモロイことになっとるな〜!ホコタテな光と闇がぶつかったら、どっちも壊れるのがフツーやのに、カンペキに防いでしもたなぁ?スマンスマン!」
 遠くから、セウルの愉快そうな皮肉が響いてくる。
 ウェンは負けじと、できるだけ大声で返した。
「本当いい迷惑だよ!しかも、闇の精霊がディアスを喰らうなんて見たことないよ。お腹壊すんじゃないの?」
「せやな!しかも、指示もなしに闇の精霊がウチの味方しよる。ラクチンラクチン〜♪」
 空中で器用に座るような格好をとって、魔王の少年はからから笑う。

 光と闇は、精霊も力も、どちらも対立することでバランスを保っており、打ち消しあう性質がある。
 つまり闇の精霊がディアスを一方的に喰らうなど、とんでもない天変地異だ。
 さらに、ドゥルーグに闇の精霊が従うのは当然だが、精霊は指示されない限りは動かないのが基本だ。
 だが、この濃密なラグナのフィールドでは、精霊たちは独自にドゥルーグを守ろうとする。防護の盾の構成速度が異常に早かったのはそのためだ。
 何より、圧倒的な闇の質量は、光の少年には負荷となってのしかかる。

 大剣の刃身に一際強い光が走る。ウェンは弾丸に向けて、刃を真一文字に振り抜いた。
 軌跡にディアスの光が収束、さらに無数の細い閃光に分かれて弾丸を撃墜していく。
 すべて潰したことを確認して、少年はようやく小さく息をついた。激しい呼吸を隠せないまま、セウルを見据えた。
(まるで、あいつの体内だ)
 ここには光の精霊はいない。頼れるのは、己自身の力、ディアスだけだ
 この力が尽きた時、自身と、現界・天界は消滅する。

「アスフィロス、さっすがやな!よーココまで消えんで残っとった!うちビックリや、ホンマに!」
 攻撃の手を緩めたセウルは、本当に楽しそうに笑った。実に屈託なく笑った。
 純粋に、ウェンがまだ生き残っていることを喜んでいるように見えた。
「さって、いつまで持つやろな〜?降参してもええんやで?その時は、現界と天界の終わりやけどな」
「しないよ」
 闇の世界にぽつんとある光は、凛と返した。セウルが思わず言葉を呑み込む。
 上げられたエメラルドグリーンの双眸は、馬鹿みたいにまっすぐだった。
「僕は、絶対負けない。君を一発殴るまでは!!」

(………………ああ)
 ――千年。
 人々が自分たちを忘却してしまうほどの歳月を経てなお、この瞳はずっと変わらない。
(だから、危なっかしくて見てられへんのや)
 世界の一片を背負い、人々の信仰を一身に引き受け、それを体現する存在。
 それが光の支配者アスフィロスであり、人々が崇める神だ。

 ……だというのに、本人ときたらその自覚がまるでない。
 大した勝算も策もないくせに、やると言い出したらきかない。
 それなのに、その強い意志だけで、奇跡みたいにすべてを覆してしまう。
 まったく神様みたいな奴だ。

 今だってそうだ。
 このラグナのフィールドで勝てるはずがないのに、彼はのこのこやって来た。
 君を止めると言ってきかない。さぞかし従士も困っただろう。
 ——いや、「だから」だろうか。
(ウチは……)

「ドゥルーグ!!」
 まばゆい光の一閃。闇の精霊たちが防御してくれたのを見て、我に返る。
「僕は、勝ちも負けもしない!君を止める、ただそれだけだ!!」
「……ハッ、いつまで言ってられるやろな!?」
 振り下ろした漆黒の斧と白い大剣が再び噛み合った。