ほこりのはなし
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rapport Ⅱ

Pride02 
再考

 グレイヴ教団で、最も優先して精鋭を送り込む場所は、言うまでもなく聖女のいるミディアだろう。  次に、総本山セントラクス。それから四都市のイクスキュリア、オルセス、フェルシエラ。フェルシエラは、元々貴族達に武芸の心得があるので、優先順位が低い。 「っても、キツイことには変わりないんだけどな!!」 「さんきゅーラヴァン!」  ルナの背後から仕掛けようとしていた神官を槍の石突で突き飛ばし、ルナはエルンオースの銃を他の神官の腿に向けて放つ。消音器のおかげで、控えめな銃声が夜の空気を震わせた。 「ふぅ、片付いたかな」  最後の一人をサリカが蹴り飛ばし、息を吐いた。真夜中、大きな窓から差し込む月明かりの下で、ラヴァンが物珍しげにルナの銃を見る。 「それ、もしかして昔、僕達が課外活動で回収したアルカ?っていうか、アルカは使ってたらまずいんじゃないのか?」 「うん、そ!その掟、今だけ私とサリカは免除されてるんだ。ちょっと、いろいろあってね……」 「聖女の護衛の特権ってヤツか……」  3年前の出来事を思い出して、ルナは多くは語らずに苦笑した。なんとなく事情があるようだと察したラヴァンも追及はせず、そんな場合でもないので広い廊下を駆け出した。暗がりの中、赤い絨毯の上を二人も控えめに続く。 「貴族の屋敷に不法侵入したなんて、この街じゃバレたら面倒だぞ。でも、こっちが夫婦の子供を見つけたら全部チャラだ」 「もうバレてると思うけどね。これだけ派手に暴れたんだからさ」 「時間の問題だねっ……急がないと!」  ――ウィガール伯爵家は、ラヴァンの言う通り、非常に警備が厚かった。  それならばと、隣接していた屋敷から飛び移って侵入した。門の前にいる神官達はそれでやり過ごせたが、まさか屋敷内で巡回までしているとは思わなかった。二人の神官とバッタリ鉢合わせ、途中で増えて計五人を、できる限り無音で手早く一掃したが、感覚が鋭い者には気付かれているだろう。  死んだように静かな夜の廊下。幸い、絨毯が敷いてあるので足音はあまり響かない。  ウィガール伯爵が連れ去ってきた子供は、あくまでも人質だ。人質には、生きていてもらわなければ意味がない。  それに、『ウィガール伯について』も聞いていたから、三人は1つの部屋を目指して駆ける。  やがて、大きな扉が見えてきた。その手前で足を止め、室内にある気配を注意して探ろうとして、 「開いてるから入ったらどうだい?」 「「「………………」」」  ……扉越しに、くぐもった声が話しかけてきた。大きな声ではなく、むしろ小さな声だったはずなのに、ドア越しでもよく聞こえるほど辺りは静かで。  思わぬ展開に三人は顔を見合わせた。困惑した顔をする二人に、サリカは頷く。彼はドアの取っ手に手をかけ、引いた。  部屋の中は、ふんわりと明るかった。光源を探すと、ベッドサイドのスタンドライトが控えめな光を放っていた。  ベッドの上に座る、昼間見た男。ウィガール伯アロシスその人だ。  手に持ったワイングラスを揺らし、赤い液体をゆらゆらさせて、彼は笑った。 「やっぱり、なんとなく来たような気がしたのさ。ようこそ、我が寝室へ」 「……一体、どういうつもり?待ってたってこと?」 「おっと……静かに」  小さな声で言うアロシスに、ルナがつい問い詰めるように言うと、彼は口の前で人差し指を立てた。疑問げな三人の前で、その指をすっと窓際に向ける。  見ると、窓際にも小さなベッドがあった。天蓋つきの装飾煌びやかなベッドの上ですやすやと眠る、幼い少女が一人。 「……ラヴァン、まさか……あの子が?」  ルナが呆然とラヴァンを振り返ると、ラヴァンは無言で頷いた。あの少女こそ、自分達がたった今探していたシルメール夫婦の娘だと言う。  予想外に丁重な扱いを受けている少女と、一人ワインを飲んでいるアロシスとを見て。……ルナは、ジト目で呟いた。 「……ロリコンって、ホントだったんだ……」 「私も初めて見たよ……」  いろいろとショックを受けているルナの隣で、サリカも小さく同感の意を表した。  ワイン越しにラヴァンを見て、アロシスは大して困ってもいないような様子で、眠っている子供を配慮して小声で言う。 「困るなぁ、ニーベルヘックの嫡男。人のプライバシーを勝手に広めて。脅しの意味がないじゃないか」 「夫婦の子供は女の子でしたからね。それほどひどいことはしないだろうって思っていましたよ、ウィガール伯爵」 「お前は本当に小賢しいよ、フローテ」  ラヴァンをミドルネームで呼ぶアロシスは、言うほど苛立ってはいなかった。むしろ勝ち誇ったような態度で、試すように言う。 「さてフローテよ、どうするつもりだ?ここでネルを連れて行ったら、私は貴族達に言うだろう。『私の可愛いペットを、お前達がさらった』と」 「ペット……って……!」 「そうなれば司教も黙っていないだろう。お前は間違いなく母親を敵に回す」  思わず声を上げかけたルナを、ラヴァンが手を差し出すことで制す。この男は幼女を、犬や猫と同等のペットとしか見ていないのだ。  優位に立っているつもりでいるアロシスに、ふっとラヴァンは笑んだ。 「お袋は、元から敵だ」   //////////////////  淡い青の髪は、腰まで長く伸ばされ、右肩の付け根付近で緩くまとめられていた。  40歳ほどに見えた。レセルの証である黒いマントをまとった女性は、厳しい赤瞳を一度伏せる。 「……ウィガール伯爵から、すべて聞きました。ラヴァン……あなた、自分が何をしたかわかっているの?」  穏やかで丁寧な物言いは、相手を和ませることだろう。しかし、その佇まいと、言葉の節々からあふれる不思議な威圧感が、ルナとサリカの体を拘束していた。  イクスキュリア司教、マリティア=エルザ=ニーベルヘック。温和かつ威厳ある立ち姿に、身が凍る。  一方、言葉を向けられているラヴァンは慣れたもので平然としている。高級そうなソファにどっかと座り、足を組んで母の言葉を聞く様は、紛うことなくドラ息子である。  ラヴァンは、親友達や住民達、さらにはウィガール伯と接していた時ですら発しなかった険悪なオーラを出して。 「ネルって言う夫婦の娘さんを助けて、ウィガール伯を捕まえて連れて来た。たった今、お袋が逃がしたけど」  明らかな嫌悪を浮かばせた表情。ルナとサリカですら、見たことのない彼の一面だった。よほど母親が嫌いらしい。  ――時は翌朝。三人は夜中のうちに、夫婦の娘ネルとウィガール伯アロシスを、このニーベルヘック公爵家に引っ張り込んだ。  まさか自分まで捕まると思っていなかったアロシスは、ここに着くなり、司教マリティアに泣きついた。結局、三人とアロシスは夜なべで事情聴取された。アロシスは帰った後だ。ネルは別の部屋で寝ている。  ニーベルヘック公爵家の応接間。その上座のソファに腰掛けるラヴァンと、入り口付近に立つマリティア。横の方、壁際に立つルナとサリカ。シャンデリアもついているし、部屋の中はキラキラ眩しいのだが、その場の空気は薄暗いようにも見えた。  マリティアの視線が、突っ立っているルナとサリカに向けられる。ぎょっとして身を硬直させたルナに、彼女は言い放つ。 「あなた方も、ラヴァンに肩入れしないように。来たばかりだったからご存知でなかったかもしれないけれど、この街にはこの街の規則があります。郷に入りては郷に従っていただきます」 「はッ、ウィガール伯の横暴を見逃せって?それが規則?笑えるな。規則って何だっけな?」  返答に困った二人の言葉を遮るように、ラヴァンがくだらなさそうに吐き捨てる。母親は再び息子を振り向き、先ほどより厳しい声音で言う。 「わたくしは、『ウィガール伯爵に関与しないこと』と言ったのよ。ウィガール伯はとても気質の良いお方です。横暴などしません。ですからラヴァン、あなたも、いい加減ウィガール伯に突っかかるのはおやめなさい」 「お断りだね。大体お袋は、何でそんなにアイツをかばうんだ?」 「あなたがウィガール伯に言いがかりをつけるからよ」 「言いがかりなんかじゃない!お袋だって、ウィガール伯が何してるのかわかってるんだろ!? いい加減、目を覚ませよお袋ッ!!」  だんっとソファから立ち上がって身を乗り出すラヴァンと、終始そこに佇んだまま語気を荒げるマリティア。それは取り繕いようのない、親子の口論だった。  言葉もなく睨み合う二人の間に、息苦しいまでの不穏な空気が漂う。錯覚でも、今なら火花が見えそうだった。  ……やがて、マリティアが先にふっと目を伏せた。身を翻し、応接間の扉の手をかけ、黒い肩越しに告げる。 「ラヴァン、そして共犯者のお二人。あなた方は、イクスキュリアでの神官の規則を破りました。よって今日一日、自分の罪を恥じ、この部屋で謹慎するように。外出は許しません」  先ほどの口論でもぶれなかった指針で、司教は厳かに処分を言い渡すと、部屋を出て行った。ご丁寧に、外から鍵をかけて。  静かな足音が遠ざかり、消えていってから。ルナが恐る恐る無言のラヴァンに目を向けると、 「……っ!!」  ラヴァンはセンターテーブルに置いてあったガラスの置物を、振り抜いた手の甲で払い飛ばした。ガシャーン!!とガラスが砕け散り、光の粒となって舞う。  思わず体を強張らせるルナを宥めるように、サリカはその肩に手を置いて。うな垂れて、荒い呼吸を繰り返すラヴァンを緊張して見つめる。 「……ふざけんなよ……」  唸り声にも聞こえる低い声。テーブルに両手をついたラヴァンの影の中で、キラキラと光が光る。 「謹慎だって……?これじゃ監禁じゃないか……!」 「………………」 「僕はそんなに信用ないってことか……?お袋は、僕よりもウィガール伯を信じるってことか!?」 「……ラヴァン……」 「ふざけんなよ……!!」  初めて見る、ひどく荒れているラヴァン。いつも礼儀正しくて慎重な彼とは思えない行動に、サリカが声を失っていると。ルナがラヴァンに近付き、そっと彼の肩に手を置いた。  諭すような、優しい口調で声をかける。 「……ラヴァンは……お母さんを、信じてるんだね」 「………………」 「昨日、下剋上って言ってたけど……本当は、お母さんを助けたいんでしょ?さっきのマリティアさん、なんだか追い詰められてるように見えたから」 「……知ったふうに言うなよ……」 「知ってるよ」  うつむいて、干渉を拒むように返答するラヴァンに、ルナは淡く微笑んだ。 「だってラヴァン……泣いてるもん」  囁くように言って、ルナは、小刻みに震える肩から手を離した。  ……ラヴァンは少し沈黙してから、その格好のまま、慌てて顔を片手で拭った。 「……な、泣いてない」 「ふーん?目は嘘吐けないから、それでもいいけどね~」 「な、泣いてないから問題ない!」  かすかに震える声で言い張り、がばっと顔を上げたラヴァンの目は赤かった。元々赤瞳だから、白目まで赤くなるとひどい顔で、サリカが思わず噴き出した。  割れたガラスを回収して、一箇所にまとめてから。部屋から出ることのできない三人は、この応接間のソファにそれぞれ腰をかけた。  まだ朝方だ。おまけに三人は、真夜中にドンパチやって、それからほぼ徹夜状態。 「さすがに疲れたなぁ……」 「……腹減った……」 「眠いねぇ……」  口々に今の状態を言い合い、はぁ……という溜息の三重奏。ウィガール伯爵は今頃、屋敷でのうのうと寝ているか食事しているのだから、余計許せない。  ……ふと、先ほどマリティアが出て行った扉の前に、人の気配がした。近付いてくるのを気付けなかったのは、疲労で感覚が鈍っているせいか。  三人がはっと凝視した扉の鍵が、ガチャリと開く。  遠慮がちに開かれた扉の向こうから現れたのは。 「あ、おはようございます」  にっこりとした微笑み。少なくともルナとサリカは初めて見る、若い少女だった。  洗練された質の高い服を着ているし、彼女も貴族だろう。落ち着いた菫色のショートカットの上の、大きな桃色の造花がとてもよく似合っていた。  彼女は、ライトシアンの双眸をラヴァンに向け、嫣然と微笑む。 「おはようございます、兄上」 「兄……上ぇええ!!?」 「妹さん……?」  思わずルナとサリカが声を上げると、部屋に入ってきたラヴァンの妹は二人を見た。つい動きを止める二人に、膝より少し長い黒いスカートを摘み上げ、優雅に一礼する。 「お初にお目にかかります。わたくしは、ミオネ=リンリ=ニーベルヘックと申します。いつも兄がお世話になっております」 「こちらこそ、初めまして」 「あ、こちらこそ……」  サリカは表面はいつも通りに返し、これほど丁寧な挨拶をされたことがないルナはポカンとしながら返す。  貴族の中では不良であろう兄のラヴァンとは正反対の、淑女という言葉がよく似合う少女だ。  ミオネがすっと顔を上げ、その瞳にサリカを映したかと思うと。  だだっと駆け出し、彼の隣にどんっと座って、突然腕に抱きついてきた。 「「!?」」  本人のサリカが目を見開き、向かいに座っていたルナがガタっと立ち上がる。そんな光景が見えていないミオネは、日向ぼっこする子猫のような幸せそうな顔で呟いた。 「はにゃ~ん、兄上に聞いていた通りです。とっても素敵なお方ですぅ……」 「ちょ……ミオネさん?」 「ミ・オ・ネとお呼び下さい、サリカ様♪」  さすがのサリカでも、初対面相手に戸惑った声を上げると、ミオネはサリカの顔を見てにっこり微笑んだ。  正直、どう対処していいかわからなかったが、動揺を悟られないように言う。 「じゃあミオネ……悪いけど、離れてほしいな……」 「ふにゃーん、冷たぁい……!そんなサリカ様が素敵です♪ あは、ごめんなさーい☆」  キラキラとした目でサリカを見つめてから、ミオネは言われた通り、サリカから離れた。サリカはほっと一息吐く。  ミオネは、サリカの隣に座り直してから、ふと、テーブルの向こうで突っ立っているルナに気付いた。いろいろ凄い顔をしている彼女に、にゃはっ☆と言わんばかりの無邪気な笑顔を向ける。  そのやり取りをすべて傍観していたラヴァンが、1つ咳払いして。 「……ミオネ。ちょっと頼んでいいか?」 「あは、お疲れの兄上も素敵ですね☆ サリカ様には及ばないですけど♪」 「比較する相手がおかしいだろ……!でも助かった。今日1日、何も食えないかと思った……」 「あはは、1日くらい食べなくても、人間は死なないですよ?」 「死にそうな思いをするのは勘弁だ」 「それはミオネもです♪ では、朝食を持ってくればいいですか?」 「頼んだ。一応、謹慎処分だからさ」 「はいっ。ではでは☆ サリカ様、ちょ~っと待っててです!」  ラヴァンの妹は隣のサリカにくすりと笑って、部屋を出た。バタン、と扉が閉まってから、サリカとルナが脱力して同時に溜息を吐いた。  絵に描いたような淑女かと思いきや、嵐のような少女だった。ルナがぽてんとソファに座って、額を押さえているラヴァンに声をかけた。 「ラヴァン……」 「……何も言わないでくれ……わかってるから。悪いな、サリカ」 「私はもちろん初対面だったから余計に驚いたよ……私のこと、話したのかい?」  あそこまで露骨に異性に好意を表現されたことがないので、実のところかなり困った。気が抜け背もたれに寄りかかったサリカに、少し申し訳なさそうにラヴァンが語る。 「サリカとルナの話は、5年前のことだけど大体話した。そしたらミオネの奴、サリカに惚れ込んだみたいでさぁ……ただサリカに憧れてるだけだから、居心地悪いかもしれないけど、あんまり邪険にしないでやってくれ。子供に懐かれたと思ってさ……」 「あ、うん……それなら整理できるかな」 「でも、よく話だけで好きになれるよね……」 「多分、理想像を作り上げて、それに惚れ込んでるんだよ。実際の人間像を知ったら、幻滅するだろうね」  まったく他人事のように、冷静に言うサリカ。ミオネが惚れ込んだという彼を、ルナは見てみた。  ミオネはすべて聞いているのだろう。サリカは、髪が長くて女性みたいに見えるが、れっきとした男だと。  教団内のティセド、ゲブラー希望の筆頭で、実際凄く強かった。今は自分と一緒に、聖女の護衛をしているということ。  ……今思い返せば、武勇伝ばかりじゃないか。 (……確かに、憧れるのも仕方ないっていうか……)  それらを思い出してから、ルナは、恐る恐る問うた。 「……じゃあ……その人間像が、理想像と合致してたら?」 「そりゃあ……」 「………………サリカ、頑張れ」  サリカと同じ考えをしていたラヴァンは、ご愁傷様と言わんばかりに、ぽんっと彼の肩を叩いた。サリカは目を瞬く。 「え?いやまさか~、私が理想像と合致なんてしないって」 「いや……物凄く危険ゾーンだと思う」 「凄い悔しいけど僕も同意だ。親友が言うんだぜ?」 「…………どういう意味?」  まったく無自覚な困ったさんに、ラヴァンとルナは嘆息する。顔を見合わせ、びしっと言ってやった。 「「うちらも憧れてたから」」   //////////////////  かすかな視線を感じて、瞼をゆっくり上げる。  真っ先に見えたのは、ライトシアンの光だった。 「あ……起こしてしまったですか?」  邪気なく微笑んだ少女は、やはりというかミオネだった。長いソファの上で横になって寝ていたサリカは、内心で戸惑いながら起き上がる。  ソファの背後から身を乗り出してこちらを見下ろしていたミオネは、テーブルの上を指差した。そこには綺麗に並べられた料理の数々。 「お食事を持ってきたんですが、皆様眠っていたので、起きるのを待ってたです。寝顔も素敵ですよ☆」 「…………お、おはよう……」 「おはようございますです♪ そういえば武術家のお方は、寝てても起きてるんだったですね。兄上がそうですもん。でもすぐに起きなかったということは、よほどお疲れだったんですね~」  くすくす笑ってミオネは、座り直したサリカの隣にちょこんと座る。運ばれてきてからさほど時間は経っていないらしく、まだ料理は温かかった。 「あ、お二方も起こしますねっ」 「ミオネ、待った。ルナはそのままにしてやってくれないかな。大分疲れてるみたいだったから」  気を利かせて立ち上がり、向かいのルナの方へ歩き出す少女にサリカは制止をかけた。ミオネはキョトンとサリカを見てから、ルナに視線を移し、微笑んだ。 「相棒さん、なんですもんね」 「……そうだね。私には過ぎるくらいの、良い奴だよ」  ――先刻、ラヴァンとルナが口を揃えて言い放った言葉が、頭を離れない。  自分はそんな大層な人間じゃない。ルナは知っているが、非常に弱い人間だ。  だからつい、卑屈気味な言葉が突いて出た。一瞬だけ、本心をさらけ出してしまったような気がして、はっとする。  ……ミオネは、その場でくるりとサリカに向き直り、すっと佇まいを正した。  最初の時のような気品ある立ち姿で、彼女はふわりと笑む。 「そんなことないです。第三者が口出しなんて思わないで、ですよ?お二方のお話は、たくさん聞いたですから。兄上と、ルナ様と、サリカ様。お三方、とっても気が合ってたって」 「………………」 「人は皆、眩しいです。ルナ様や兄上が眩しく見えるなら、サリカ様だって同じくらい眩しいのですよ?あは、気付いてないでしょう?」  16歳という年相応の天真爛漫さで、でも16歳の少女とは思えない哲学じみたことを言うミオネ。かと思うと、その笑みがすっと消える。 「……それは、母上にも言えることです」 「……司教……」 「『ウィガール伯に関与するな』という、どう考えてもおかしい規則に、神官たちがどうして反論、もしくは大司教に通知しないと思うですか?直接は抗議しても取り合ってくれないですが、大司教に知られたら、母上は必ず失脚するはずです」  ラヴァンとミオネがアノセルス大司教に通知しないのは、母を救いたいがためだろう。だが確かに、直接的な関係はないはずの神官達が、声を上げないのはなぜか。 「……神官達が、司教をかばってる?」  ……まさか、イクスキュリアの神官がすべてグルなのか?そうだったら、ここはまるで別世界だ。  外れてほしいと思いながらサリカが問うと、ミオネは少し悩んだ顔をした後、小さく左右に首を振った。 「ある意味では、そうとも言うかもですが……少し違うです」 「………………」 「母上は、皆の憧れです。もちろん、ミオネと兄上も憧れてたです。母上は、気高く、強く、とても眩しいです。でも……その眩しさが、怖いのです」  ――強い光に、人は惹かれる。  不正なんて闇、光で隠れて見えないほどに眩しい、眩しい光。  それが将来どんな結果を生んでも、人は、その時、強い光に引き寄せられる。 「見えていない・・・・・・のです。彼らには。盲目的になっているのです。……母上のカリスマ性は、それほどまで強いです」 「……少し、わかる気もする。私も、フィレイア様が不正をしていたなんて聞いても……信じなさそうだ」 「サリカ様、それは違うですよ!それは、貴方がフィレイア様を身近に知っていて、信頼しているからです。隔たれている母上と神官たちは違うです」  ブンブンと頭を振る動作に合わせ、菫色のショートカットの毛先も激しく揺れ動いた。それが落ち着いてから、ミオネは何処か寂しげに紡ぐ。 「そう……母上は、神官たちから見れば一種の神なのです。畏怖と敬意の念を抱くべき偶像です。言わば、神官たちは、母上の理想像を作って信頼しているのです」 「………………」   『その人間像が、理想像と合致してたら?』  眠りに落ちる前のルナの一言が、脳裏を過ぎった。  もし、実際の人間像が、作り上げた理想像と合致していたら。  ―――人は、何処までもその相手に惹かれ続けるだろう。  それこそ、盲目的に。  駆け抜けた予感に黙り込んだサリカに気付かず、ミオネは歩き出しながら小さく笑った。 「あは、少し話が逸れちゃったですね☆ 今、兄上、起こすです。母上については、兄上から聞いた方がいいですっ」 「……もう起きてる」 「ひゃ!」  ラヴァンの傍まで行って、その肩に触れようとした瞬間に反応があった。思わず動きを止めるミオネの前で、ラヴァンが緩慢な動きでむくりと体を起こす。 「兄上ったら人が悪いです!そんな兄上が好きですが☆ いつから起きてたですか?」 「たった今。腹減りすぎて目が覚めた……」 「あはは、兄上らしいですっ。では、サリカ様も兄上も、召し上がれです♪」  ぱたぱたとサリカの隣まで戻ってきて、当然のように彼の隣に座り、ミオネは笑う。  その屈託のない笑みは、ちゃんと自分を見ているのだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・。  内心の恐れを悟られないよう、サリカはテーブルの上のフォークに手を伸ばした。