ほこりのはなし

rapport Ⅱ

Pride01 
再会

 いつも通りの巡回中。人だかりを作っている三人を見つけた。  一人は、この街の者。  もう二人は、この街にはいない、でも知っている二人。  時を経ていても、記憶にある姿とすぐに合致。変わらないな、と小さく笑む。  青年は、懐かしさとともに、声を張り上げた。   //////////////////  イクスキュリアに来たのは、実は初めてだ。  別名で白帝城とも言われるシャルティア城が、城下町の背景に映っている。大聖堂とどっちが神々しいか、とまで競えそうなほどの荘厳さ。青い空に切り抜かれた白壁は、眩しいばかりに映えていた。 「お、そこの神官のお姉さん!あんた美人だな~、これなんてどうだい?」  城下町の広場で立ったまま、その白城を見つめていたら、横から声をかけられた。内心で苦笑いしながら目を向けると、パラソルの下で、帽子がたくさんぶら下がった荷車の傍に座る若い男性が一人。  お昼時、広場は人で賑わっていた。買い物をし終わり、一息ついている人々もいれば、木陰の下で昼食を広げている人々もいる。そして、そんな人々をターゲットにした露店が広場でささやかに開かれていた。  そのうちの一軒、紫煙をくゆらせる帽子屋の男性が持つのは、造花があしらわれたシンプルな白帽子だった。恐らく、このイクスキュリアの貴族向けに作られたものだ。  ……ということに気が付いたのか、男性はタバコを咥えて苦笑した。 「つっても、さすがにその神官服には似合わないかね」 「はは、それもそうかな。私は髪も解かないと、かぶれないしね」 「この街も神官が多いから、ちょっと質問なんだがね。ゲブラーの神官様は、やっぱオシャレより実用性重視なのかい?」 「人に寄ると思うよ。ゲブラーでも、神官服を着ていない人もいるから。着用は個人の自由だからさ。あぁ、ちょうどあんなふうに」  ちょうどいいところに来た。石畳の道の向こう側からやって来る少女を指差すと、男性も視線もそちらに向く。  明るい橙色のジャケットに、淡い赤のショートパンツ姿の少女だった。本人曰く、神官服よりこちらの方が動きやすいらしいが、実際のところはその服がお気に入りなのだろう。  両手にクレープを持って傍までやって来た彼女は、凄く残念そうな顔で溜息をついた。 「サリカ~、イチゴクレープなかったよぉ……」 「そりゃ残念だねぇ。代わりに何買ってきたの?」 「サリカと同じバナナ……ああぁイチゴ~!! イチゴが食べたかったのにー!」  差し出された片方を受け取ると、少女は文字通り地団太を踏んだ。よほどイチゴに飢えていたらしく、ここまで悔しがるのは珍しい。見かけは10代後半で、黙っていれば大人っぽいのにその言動は時折子供っぽい。  しぶしぶと言った様子で、バナナクレープにかぶりつく少女――数日前に、18歳の誕生日を迎えたばかりのルナ=ベルシア=ゾークを見て、帽子屋の男性が感嘆した。 「ほほお、あんたも神官なのかい?一見、全然そう見えないね。身分証明のメダルがあれば十分ってことかね」 「んー、まぁそうだね!」 「じゃ、あんたはお姉さんより、オシャレには気を遣うのかい?」 「へ??」  今後の客引きの参考にしようと情報収集をしている帽子屋の一言に、ルナは目が点になった。ぱちぱち瞬いてから、やっと理解して笑った。  自分より大分背の高い、隣の女性・・を指差して。 「『お姉さん』って……帽子屋さん、コイツ男だよ?」 「………………は?」 「まぁ間違えて当然だよね~。コイツ、わざと言わないから」 「はは、夢を壊すのもどうかと思うからさ~」  ネタばらしをされて、くすくす笑う女性――否、青年。一方、帽子屋は思いもしない言葉に唖然としたままだ。  背は高いし体格は女性よりいいし、言われてみれば男性なのだが、元々優しい顔立ちにエメラルドグリーンのポニーテールが加われば、その姿が女性に見紛うのも無理なかった。そんなわけで、彼は初対面の人全員を欺いてきた筋金入りの詐欺師である。  青年――20歳のサリカ=エンディルは、クレープを食べてルナに聞いた。 「で、ルナ。実際のところ、オシャレには気を遣ってるの?」 「え!? ……あ、えっと……私はほら、センスないから……ね?」 「ほほう、でも興味はあると」 「う………………う、うん……」  面白そうなサリカの視線から逃げるように、頬が紅潮しているルナは目を逸らした。あんまりこの手の嗜好の話はしたことがなかったから、意外に思われているようで気恥ずかしい。  オシャレに興味はある。ワンピースとかスカートだって着てみたい。……が、着る機会もなければ着る余裕もない。仕事柄、仕方のないことだった。 「だそうだよ、帽子屋さん。興味はあるけど着る余裕がないってさ。だから実用性が求められるんじゃないかな?」 「……そ、そうか……参考になった。悪いな、ちょっとあんたが男だっていう衝撃がまだ……」 「はは、黙っていてすみませんでした」  額を押さえて苦笑いする男性に謝ってから、サリカは傍のベンチに腰掛けた。隣に当然のようにルナが座り、いししっと笑って言ってきた。 「サリカって絶対、性別間違われるよね」 「髪を伸ばしただけなのに、外見だけでそんなに違うのかな?」 「元々、優しい顔つきだからじゃない?背は大きいのにね~」  さっきまで文句を言っていたのに満足げにクレープを食べながら、ルナはサリカを見上げた。サリカは逆に見下ろして言う。 「ルナは小柄だよねぇ~」 「こ、これでも3年前よりは伸びたんだよ!? サリカの背に追いつけると思ったのに、サリカはまた逃げるし!」 「そりゃ逃げるさ。抜かれたくないからね~。これくらいがちょうどいいんだよ」 「わ!ちょっとぉ~……もー……」  クレープを食べ切ったその手で、ルナの頭にくしゃっと手を置く。髪が乱れたルナは、む~っとした顔でサリカを見てから、静かに髪を直した。  ゲブラー以上の神官には、3年に一度、各地の教会を回る「巡礼」という行事がある。各地の神官との交流、さまざまな土地の風土などを知ることが目的だ。  そして二人は今、教団の聖女フィレイアの護衛だ。階級はゲブラーだが、その肩書きだけで特別枠だ。よって、二人に巡礼の義務はない。  が、しかし。その護衛対象であるフィレイア本人から、「旅行がてら行ってきたらどうですか?」と言われ、今に至る。 「ルナが即行で頷いたからね~」 「う……巡礼のこと?だ、だって私、シャルティアのことあんまり知らないし、あちこち見てみたかったから……」 「ま、気持ちはわかるけどさ。仮にも護衛とは思えないねぇ、主人をほっぽって」 「わ、悪かったって思ってるよ!フィアは笑ってくれたけど、ちょっと自覚なかったよね、私……うー……」  最後のクレープを口に放り込んで、反省しているルナは、はぁ……と肩を落として。ふと何かに気が付いた様子で、顔を上げた。  サリカももちろん気付いていた。穏やかなにぎやかさに包まれていたこの広場に、甲高い悲鳴が響いたのだ。 「も、もう勘弁して下さい!そんなこと言われては、私達はやっていけません!」 「どうかお許し下さいませ……!」  布屋の店先の石畳に座り込んで、土下座をしている二人。夫婦だと思われる二人の前に立つ、一人の男。周囲の人々と比べずとも煌びやかな服を着ているところから、恐らく貴族だ。その周囲には、護衛だと思われる黒服が二人。  注目を浴びている貴族が、声を張り上げて言う。 「聞こえなかったのか?私は、店の布を全部出せと言ったんだ。お前達の布の質は評価しているんだよ」 「で、ですが代金なしでは、私達は店を営めません!」 「ツケで仕入れればいいだろう?今すぐ出せ。パーティまでに服を仕上げてもらわなければならないんだよ。逆らえば……どうなるかわかってるだろ?」  泣きそうな顔を上げて訴える店の主人。その肩を、貴族の男の無駄に派手な靴が踏みつける。  あまりに傲慢な態度。内心でカチンと来たサリカが、隣のルナに言おうと思ったら、すでにそこには誰もいなかった。 「え?」 「こぉぉぉんのっっ………………恥知らずーーー!!!!」  サリカがもう一度、現場を振り返ったら。ちょうどルナが、黒服二人をすり抜け、叫びながら貴族の男に向けて両足で飛んでいくところだった。 「ぐおほおお!!!?」  ルナの飛び蹴りは、男の脇腹にクリーンヒット。貴族の男はまるでボールの如く面白いように吹っ飛んでいき、レストランの壁に盛大に激突して倒れ伏した。  ……サリカは溜息とともに、額を押さえた。一足遅かった。 「まぁ、ルナらしいけどね……」  巻き込まれる身にもなってほしいと内心で付け加えて、駆け出した。無防備になったルナに攻撃を仕掛けようとしていた護衛二人を、それぞれ鳩尾と後頭部を打って気絶させる。気持ちのまま行動しているかと思えば、このフォローのことも計算済みで行動しているのだから、まったくルナには敵わない。  華麗に着地したルナが、まだ意識がある男に腕組みして言い放つ。 「君、何様のつもり!? 貴族ならプライドくらい持ちなよ!!」 「ここはフェルシエラじゃないからねぇ、ちょっと違うんじゃないかな」  語気の荒いルナの傍までやって来たサリカが言う。かかわることになったからには、できるところまでとことん付き合うようにしている。生半可な気持ちでは、礼儀にも命にもかかわる。  さすがルナ、あの一瞬でちゃんと状況は理解していた。元々、彼女には身分という概念がないから、貴族相手にも真正面から相対する。  やがて、ぷるぷると貴族の男が体を起こす。フェルシエラなら大概の人間は武術の心得があるが、ここはイクスキュリアだ。まったくの素人で、モロに食らった男は、恨めしげにルナを睨みつける。 「よ、よくもやったな……お前達、神官のくせに……私を誰だと思って……」 「今日来たばっかりだし知らない!けど、どんなに偉くたって、こんなこと、私は許さない!!」 「はっ……調子に乗って……!」  フラリと立ち上がった貴族の男が、低い声音を発した直後。 「その通りだ!!」  二人の背後から、突如、賛同する声が響いてきた。――青年の声だ。  当事者の三人を始め、このやり取りを見守っていた広場の者全員が、その声の主に注目する。  悠然と歩いてくるその姿。  まず目に入ったのは、黒いマントだった。それは、グレイヴ教団レセルの証。  その下に赤縁の神官服を着た、溌剌とした淡青の髪の青年だった。 「え……」 「まさか……」  時を経ていても、間違えるはずがない。見覚えのある青年の顔に、ルナとサリカは目を見開いた。  一方、青年は、二人には見向きもせず、問題を起こした貴族の男を見て、呆れたように嘆息した。 「また貴方ですか、ウィガール伯爵!何度も申し上げているように、イクスキュリア内の横暴は僕が認めません!」 「ちっ……ニーベルヘックの嫡男か……面倒なのが来た……」  青年の顔を見て、疲れ果てた表情で吐き捨てるように言うと。言い返す力も残っていないのか、貴族の男はおぼつかない足取りで立ち去った。ひどいことに護衛の黒服二人は置いてけぼりだ。  惨めな男の姿が曲がり角で見えなくなってから、青年は一息吐き、くるりとルナとサリカを……いや、座り込んだままの店の夫婦を振り返り、笑いかけた。 「シルメールさん達、ご無事でしたか?」 「は、はい……このお二人のおかげさまです」 「ありがとうございました!」  ホッとしたように夫婦は笑みを綻ばせ、ルナとサリカに頭を下げた。夫婦を助けるためというより、貴族の態度が気に入らずに首を突っ込んだルナは、困って苦笑した。  青年は、申し訳なさそうな顔で、夫婦に頭を下げた。 「すみません、僕が不甲斐ないばかりに……」 「いえいえ、かばって下さるだけで、私どもは大助かりです」 「どうか、お顔を上げて下さい」  夫婦に優しい言葉をかけられ、青年はゆっくり頭を上げる。握った拳を胸に当て、真摯な瞳で告げた。 「……何か手立てが見つかったら、すぐに連絡します。必ず助けます」  ――まるで、教団の聖女のような気高さ。眩しいばかりの姿だった。  夫婦がお店に戻ってから、青年は、やっと二人を振り向いた。  さっきまでの丁寧な印象とは打って変わった、イタズラっぽい笑み。大人っぽくなっても、5年前と変わらぬ子供っぽい赤瞳で、彼は言う。 「よ、ルナ、サリカ!ひっさしぶりだな~!」 「こっちこそ。久しぶり、ラヴァン」 「5年ぶりだね!なんかもう別人みたいだったよ!」  思わぬ再会。同い年の親友・ラヴァン=フローテに、サリカは笑顔で応えた。5年前、一緒にティセド時代を過ごした三人組が、また揃うなんて。  5年のブランクなど感じさせない人懐こさで、ルナはしげしげとラヴァンを見る。……正確に言えば、彼が着ている黒いマントを。 「にしても、びっくりしたー!ラヴァン、レセルになったの!? ゲブラーじゃなくて?!」 「というか『ニーベルヘックの嫡男』って、ラヴァンって貴族だったのかい?」 「ぇぇえええーーーッッ!!?!」  ぱちくりと瞬きをするサリカの問いに真っ先に反応したルナ。自分が先にした問いなど微塵も脳内には残っていなかった。  ばっと勢いよくルナがラヴァンを振り返る。いろいろ事情がありそうなラヴァンに詰め寄り、ぎょっとした彼にプンスカ怒った声音で言う。 「ちょっとラヴァン、どーゆーこと?! 貴族って!? 黙ってたの!?」 「い、いやだって……恥ずかしいから……」 「レセルになってる理由も聞かせてもらうから。ほら、そこのカフェ行くよ!」 「お、おい?! ちょ、わ、わかったわかったから!全部話すから!」  むんずっとルナに腕を掴まれたラヴァンは、引きずられるように連れて行かれる。さっきの凛々しい青年とは完全に別人だ。 「はは、やっぱラヴァンだなぁ」  たくましくなっても、相変わらずルナの押しには弱いようだ。懐かしいやり取りをする騒がしい二人を、サリカも追った。   //////////////////  香り立つコーヒーカップを前に、ラヴァンは少し気恥ずかしそうに咳払いした。 「えー、コホン。……改めて自己紹介すればいいのか?」 「できるだけ詳細に」 「嘘はダメだからね」 「わ、わかってるよ」  事実を黙っていたことを責められるように、すぐさまそう言われる。ラヴァン自身も後ろめたいらしく、しょぼんとしている。そんな彼の様子に、ルナとサリカは顔を見合わせて笑った。 「……僕は、ラヴァン=フローテ=ニーベルヘック。サリカが言うように、ニーベルヘック公マリティアの嫡男だ」 「ニーベルヘックって言うと、イクスキュリアの現司教……だったね?」 「そう、僕の母親だ。さすがサリカだな」  ふっと頬を緩めて笑うラヴァン。深い赤色が綺麗なリンカティーを飲んでいたルナが、ラヴァンの黒いマントを見てキョトンとした。 「え?お母さんが司教……ってことは、レセル?レセルって……指定都市に、二人もいていいの?」 「で、その話だ。僕はレセルじゃない。ゲブラーのままだよ」 「へぇ、つまり、レセルでもないのにその服を着ているわけだ。成り済ましかい?」 「人聞きの悪いこと言うなよ!どうせ住人は、お袋がれっきとしたレセルだって知ってる。他に誰が着てても気には留めないぞ」  詐欺まがいのことをしているというのに、ラヴァンは胸を張って言ってのけた。母親である司教の知名度を自慢しているのか、自分が認められていないということを自慢しているのかわからない。  ならば、業務上は問題ないかもしれない。だが…… 「フィレイア様は見過ごさないと思うけどねぇ~?」 「…………う……ま、まさかサリカ、告げ口するつもりか!?」 「事と場合によっちゃ、どうしようかな~?」 「お、お前それでも親友かよ!?」 「親友だからって不正をかばうのは、何か違うと思うけどねぇ?」 「ううう……ま、まずいことだってわかってるよ……もう着ないから、頼む……!」  意地悪げに笑むサリカに、痛いところを突かれたラヴァンは縋ろうとする。さっき騒ぎを収めた人物とは思えない狼狽ぶりだ。  階級詐称はそこまで大きな罪にはならないだろうが、少なくとも口頭でのお咎めとチェックリストの枠に名前が載ることだろう。目を付けられることは間違いなしだ。  両手を合わせて懇願するラヴァンを前に、サリカは焦らすように、悠長にコーヒーを飲んで、カップを一度置き。 「だからまぁ、話してみなよ。ラヴァンは昔から、イクスキュリア配属にこだわってたからね。それと何か関係あるんだろ?」  と、サリカが唐突に話の流れを転換させると、土下座せん勢いだったラヴァンは完璧に置いていかれた。しばし唖然としてから、ラヴァンはホッとして笑った。 「……ほんっと、サリカだなぁ……」 「ん?それ、どういう意味かな?」 「何でもお見通しで、いい奴ってこと。お主も悪よのう~?」 「さぁ?何のことかなぁ~?」 「君達、仲良いよね~……」  言外で以心伝心し、ニヤリと笑うラヴァンとサリカ。昔のことを思い出しながら、ルナはカップを片手に苦笑した。  親友は、やはり長い間離れていても、親友なのだ。 「……って言っても、大体は見た通りさ。さっきの貴族、ウィガール伯爵って言って、イクスキュリアじゃ有名な傲慢貴族なんだ」 「あぁ、あの恥知らずね!腹立ったから蹴飛ばしておいたよ」 「うん、ルナも変わってないな、全然」  その様がありありと想像できたから、ラヴァンはうんうん頷いて、ウィガール伯爵が憔悴していた理由に納得した。 「あの布屋のシルメール夫婦、子供がウィガール伯爵に取り上げられてるんだ。だから頭が上がらないんだよ」 「はっ!?」 「でも、それは夫婦だけの証言で、伯爵は否定してる。だから司教も、そんな事実はないって言うんだ」 「え?それって……」 「それだけじゃない。司教は、ウィガール伯だけ、横暴を容認してる。だからあんなことがまかり通ってるのさ」 「「………………」」  淡々と衝撃的な事実を語るラヴァン。彼の心境がどんなものかは、今は無表情の顔からは読み取れなかった。自然と二人とも、声が詰まる。  司教――彼の母親の、神官として……それ以前に、人としてあるまじき態度。  その息子である彼は、コーヒーカップを手に取り、紡がれる真剣な言葉たちとは裏腹な、優雅な手つきで口をつける。 「おかしいだろ?グレイヴ教団は、民の平和を守るためにあるのにな?この街のトップのお方が言うんだ。『ウィガール伯の行動に関与するな』って。昔から」 「……どういう……こと……?」 「さぁ、僕にも詳しいことはわからない。でも昔から、おかしいって思ってた」  無音でソーサーにカップを戻す。その頃には、コーヒーは半分以下に減っていた。  教団内に裏があったという事実に愕然としている二人に、昔からその闇を知っていたラヴァンは、言い放つ。 「だから家を飛び出して、セントラクスまで行ったんだ。お袋に、下剋上するために」  イクスキュリアを覆う、薄暗い闇。それを払うには、元凶である現司教を――母親を更迭しなければならない。  一番確実で手っ取り早いのは、自分がその司教にとって替わること。セントラクス大司教が現職より才があると見たなら、司教は入れ替わる。実質教団を取り仕切っている大司教の決定は、誰も覆せない。  ……と、不意にラヴァンの顔が緩んだ。はぁぁ……と溜息を吐く。 「……けど、思ってたよりハードル高くてさぁ……何と言っても、経験が足りなくて……お袋はかなり敏腕だし……」 「うーん、まぁ、そればっかりはねぇ……」 「今は、ウィガール伯や横行してる奴らがいないか、僕が見回ってるんだけど……この格好してると、みんな緊張して穏便に済むんだ。レセル代行って感じだよ。体験学習みたいな?」 「未許可のね?」 「う……サリカ、それ随分引きずるな……」  ぴしゃりと返されて、しかし事実なのでラヴァンは言葉に詰まる。イタズラがバレた子供のような彼の顔に、サリカは噴き出した。  リンカティーを飲み干し、ルナはふんふんと頷いた。 「なぁるほど。レセルになるために、家出してセントラクスにやって来たんだ」 「教団内じゃ、外の身分は関係ないからさ。その中で、自分は貴族、しかも家出してきたなんて、恥ずかしくて言えないだろ……」 「フフ、全然気付かなかったよ。庶民のフリをするのがお上手なことで♪」 「あはは、言えてる♪ あ、でも武器が槍ってのは、なんとなくそれっぽいかな?」 「……うるせーっ!! どーせ僕は不良だよ!!」  一緒に過ごしていた頃を思い返しても、そして今も、ラヴァンは全然貴族っぽくない。サリカとルナがつい笑うと、ラヴァンは拗ねた様子でフンっと顔を背けた。  髪をかき上げ、ラヴァンは話の流れを元に戻す。 「それで当面の課題は、ウィガール伯から、シルメール夫妻の子供を奪還することなんだけど……これが難しくてさぁ……」 「何で?乗り込んで助ければいいんじゃない?」 「単純だよ。警備が厚すぎる。しかもその警備員、ゲブラーなんだぞ?お袋のえこひいきがモロに出てるよ。そこまでするか?って感じだ」  嘆息混じりに言うさまは、貴族というより、民のために頭を悩ませる立派な神官だ。自分達の見ないところで随分と神官っぽくなったラヴァンは続ける。 「おまけに、あちらさんは大司教のお墨付きでイクスキュリア配属になった連中。エリート中のエリートだ。対して僕は、希望してこの地に来ただけ。お手上げなんだよ……」  イクスキュリアといえば、四都市以前に、シャルティアの首都だ。よって、精鋭に任されるのは間違いない。  額を押さえてうな垂れ、「無理無理」と手を振るラヴァン。その様子をルナは、じとーっと見て。 「ラヴァン、謙遜しすぎじゃない?聖女の護衛に指名されたくせに」 「……いまだにそれが信じられないんだけど……どっちにしたって、あの人数相手に」 「ラヴァンは昔から、過小評価気味だよね。それがいいところなんだけどさ。ルナは逆だからね~?」 「……むう……」  三人の中で、恐らく一番物事を客観的に見ているサリカが、わざとらしくルナを見て言うと、少しは自覚しているらしいルナは不満そうな顔で黙り込んでしまった。  かと思えば、「とにかく!!」と言ってだんっと立ち上がり、ルナはにこっと笑って。 「要するにそのエリート達を上回るエリートが、ここに三人揃ってるけど?」 「「………………」」  ――サリカとラヴァンは、顔を見合わせた。