Back

relic

89 エゴ作戦

 ルナさんとノストさんの指名手配は、もう解除したってスロウさんが言っていた。  さすが賞金稼ぎが集まる町、情報が早い。ルナさんのポスターはすべて一掃されていた。 「アスラを堂々と歩ける日が来るなんて思ってませんでしたよ~!」  メガネも帽子もつけていない私は、晴れやかな気持ちでのびのびとそう言った。うーん、開放感!  日が落ちかけてきて、辺りは薄暗い。ナシア=パントを抜け、アルフィン村を目指す私達は、途中のアスラにいた。  アスラまで来たら、アルフィン村は目と鼻の先のようなものだけど、何だかんだで半日弱かかるからなぁ……今日はここで過ごす予定。 「いたぁっ!?」  夕暮れと夜の境辺りの空を仰いでいたら、不意に手が伸びてきて、バチコンッ!って横からデコピンされた!い、痛い!? 「な、何するんですか!?」 「おめでたい真性馬鹿が」 「へ??」 「釈放気分でいるのはお前だけだ」  頬を押さえて言う私に、ノストさんは嘆息しつつ手を下ろす。その手が右手だったから、思わず表情が沈みかけた。  その時。 「剣聖!! 俺と勝ぶほぁああーーー!!?!」  ノストさんの背後から人影が飛び掛ってきたかと思うと、ノストさんが見向きもせずに振り抜いた、鞘に入ったままのグレイヴ=ジクルドであっさり打ちのめされる。面白いように横に吹っ飛んでいく男の人!  ……そう、ノストさんは、指名手配が解けた今でも、いろんな人に襲われる。ヒースさんの指名だけど剣聖だから、誰もが挑戦しに来るんだ。  というわけで、このアスラだと情報が行き渡っているのか、さっきから彼には挑戦者が絶えない。でも全部こんなふうにいなしている。  でもなんだか、そろそろチャレンジャーの人達が可哀想になってきて、私は飛んで行った男の人を振り向いてから、ノストさんにちょっと言ってみた。 「……ノストさん、なんかひどくないですか……?せめて顔見てからとか……」 「帰る」 「って、ええぇ?! 襲われたこと、今なかったことにしましたよね?スルーしましたよね?! いいんですか!?」 「くだらねぇことはお前が覚えとけばいい」 「何ですかそれ?! 私はノストさんの秘書ですかッ!?」 「下僕だ」 「やっぱそーなるんですね……!!」  くだらないことは覚えない主義と言わんばかりの一言。そりゃその方が楽だけどさー……!その傍若無人さ、マネしたくてもできない!  左手に神剣を持って、彼はすっと身を返す。「帰る」って言ったからには、宿屋さんに行くつもりだろう。私も慌ててその隣に並ぶ。何で「帰る」=「宿屋さん」なんだろう……寝床は何処でも「帰る」ですか。  別に意識したわけじゃないけど、私はノストさんの右側に並んでいた。つい、噂の右手に目が行く。  ……さっきの、男の人を殴り飛ばした時。気配はわかっても、殴ったって感覚はわからないんだろうな。  右腕……全体、感覚ないのかな。 「………………」  少し斜め後ろから、手を伸ばしてみた。いろいろ迷った末、二の腕をつんっと指で突付いてみる。ヒースさんとの戦いで、右腕は全体的に傷がひどいはずだけど……無反応。それとも無視?  ……そういえば、アルトさんと話してる時。私はついノストさんの服の袖を掴んだ。……そうなると……あれも、気付いてない……のかな……。  そう思った途端、急に息苦しくなった。  目の前が暗くなって、自分だけ孤立しているような不安感が押し寄せてくる。  私が手を伸ばしても、彼は気付いてくれないんじゃないか。 「邪魔だ」  不意に、ノストさんは足を止め、こちらを見下ろして言ってきた。  何だろ?と私が自分の手を見ると、私の手は彼の服の裾をぎゅーっと掴んでいた。  ……ポカンとした。もう一度、ノストさんを見上げて、目を瞬く。 「……え、あ……ノストさん……私が掴んでるって、わかったんですか?」 「残念だがお前の行動は筒抜けだ、脱がし屋」 「ひゃああッ!!? ごっ、ごめんなさいごめんなさい!!」  い、言われてみれば、ノストさんの上着が若干ズレてる!! 脱がす勢いで掴んでたのか私っ……!何やってんのー!!?  わたわた手を離すと、ノストさんは服を直す。ということは、多分、今のは……服のおかげでわかったんだ。右手の感覚は、やっぱり届いてない……。  物寂しくて、私が黙り込んだら。目の前に、すっと、手のひらが差し出された。  へ?と大きい手を凝視して、でもわかんなくてノストさんを見上げると、彼は当然のように。 「お手」 「……私はいつから下僕からペットに格下げになったんですかー!!?」 「最初から兼任だ」 「う、うそっ?! き、驚愕の事実ですよ……!というか、最初から下僕でもペットでもないですッ!!」 「安心しろ、凡人=下僕、馬鹿=ペットだ」 「そんなこと言われたら逃げ道ないじゃないですかっ!?」  なにそれ!? 結局、下僕でペットってことかー!?  とか衝撃を受けている私に、ノストさんは急かすように手を揺らして、再度言う。 「お手」 「………………」  ……な、なんで!? なんでー!!? いやこれは、きっとテストだ!ここで私が折れてお手したら、ペットだって自分から認めてることになる!意地でもやるもんかっ!というか、こんな町中じゃ恥ずかしすぎてできないよ……!!  でもちょっと冷静になって見てみれば、彼が差し出しているのは右手だった。……感覚チェック……なのかな。  ……やがて、先に折れたのはノストさんだった。  息を吐いて手を下ろし、先へ進む……かと思いきや、問答無用で私の手を掴んで歩き出した! 「へっ!? え、ちょ……!」  ちょ、待っーー!!?! 手つないでるじゃん!?  多分、私が言うこと聞かなかったから強制的にって感じなんだろうけど!うわあああ!!! こ、ここ町中!ここ町中ー!!  っていうか、そういやレネさん宅でもなんか雰囲気っていうか流れで手握ったよね私!そうだよ経験済みだよ!こんなのどーってことなぁあーいっ!!!  とかなんとか私が叫んでいると、はたとノストさんは足を止めた。繋いだままの自分と私の手を見て、考え込んでしまう。  ……私の手には、体温がちゃんと伝わってくる。  でも、彼の手には…… 「……あの……やっぱり……握ってる感覚……ないですか……?」 「………………」  ……その時。  やっぱり無表情で、きっと誰にもわからなかっただろうけど。……何処となく、寂しげな表情をしたのがわかった。  無言で、彼は手に力を込めた。気を抜いてたところに遠慮ない力だったから、つい顔がゆがむ。 「痛っ……!?」 「……農民のくせに脆いな」 「こ、こういう時は、農民以前に性別の差ですよ!! ノストさんが手加減なしに、力……入れる、から……」  ……言っている途中で気付く。きっと、どのくらいの力を加えたかもわかってないんだろうってことに。  私が痛みを訴えた時に、すでに緩んでいた右手を離し。ノストさんは前を向いて、何も言わずに先に進み始めた。  ……私は、痛みの残る手を胸に当てて、そこに立ち尽くしたまま泣くしかできなかった。   //////////////////  やっぱり、右手、戻してあげたい。  ……夜。ベッドの中で膝を抱えて、私は思った。  部屋には、壁際に2つベッドがあった。横倒しの私の視界の正面には、ベッドの上で寝ているノストさんが見える。  布団に入ってからずっと夕方のことを考えていて、すっかり真夜中だった。私たちの間の窓から差す月明かりが、真っ暗闇を和らげていて、部屋の中はぼんやり明るい。  ……いろいろ考えた。  快不快。庶民と貴族。神子と人間。  今後の関係。彼の気持ち。私の気持ち。  そして効用。  恥ずかしいとか以前に、よく考えてみたらいろいろ複雑で、簡単に決断できるものじゃなかった。  でも……治してあげたい。  エゴかもしれない。でも、私が彼にできるのは、これくらいだろうから。  ……そっと、ベッドから降りる。  裸足でぺたぺた、足音を殺しながら、板張りの床を歩いていく。  仰向けで目を閉じているノストさん。薄闇にぼんやり映える白い顔。  相変わらず、綺麗な寝顔だなぁ……美形だってこと、よく知ってるけど、改めて感じる。そしてきっと私が隣にいることで、比較効果でさらに美化されて見えてるんだろうなぁ……なんか利用されてる感じで悔しいっ……!  そのベッドの傍らで、スッと屈み込んだ。途端にノストさんの頭が近付いて、やっぱり寝てるとは言え緊張してくる。  ……ノストさんも、右腕の感覚ないこと、私に黙ってたんだし。  あ、でも治し方もう言っちゃったから……バレちゃうんだろうけど……はうう……。  私だって、こっそり、内緒で治してもいいよね?  思ってからは、割とすぐだった。  ちょうど彼の右手側だったから、その手を掴んで。  重力に従って落ちてくる髪を左手で押さえて、頭を低くした。  ひんやりとした体温に、唇が触れた。  ……真っ黒な脳裏に、あたたかな山吹色を見た気がした。  光がちらつく瞼の裏。瞼を閉じているのに眩しいって思った。  やがて、光は黒に溶けて消えていく。  薄目を開けると、かすかに残像が瞳に焼き付いていた。それに慣れようと、ぱちぱちと瞬きをする。  その目の前で、いつの間にか開かれていた2つの眼がまっすぐこちらを見ていて。  ……………………………………………………!!?!? 「~~~~~きっ……!」  長くて短い時間、呆然とその瞳を見つめ返してから。やぁーーっと呑み込んだ私が思わず叫ぼうとしたら。ガッと首の後ろ辺りを掴まれて引き寄せられ、そのまま再び唇が重なった。 「ん、っ……!!?」  なんかもう右腕どころの騒ぎじゃなくて私は口を塞がれた格好で目を白黒させててわけわかんなくて!見開いた視界には、ノストさんの閉じられた瞼と長いまつげが映っていた。  ……ノストさんの手が、するりと離れてから。足腰から力が抜けて、私はベッドの傍らにぺたんと座り込んだ。ベッドの上で、よくわかんないけど勝者のノストさんがむくりと起き上がる。  爆発しそうなほど沸騰中な顔を両手で挟んで、もう顔を上げられないから、私はうつむいたまま。なんか騒ぐ気にもなれなくて唸って、最大の疑問を投げかけた。 「………………ななっ……何で起きてるんですか……っ!?!」 「どっかの浅はかな馬鹿に寝込みを襲われたからな」 「あああのそれはあの……!!!!」  冷静に指摘されてさらに恥ずかしくなる!そ、そうだ私、寝込み襲ったことになる!っていうか今思い出しだけど、ノストさんって寝てても意識あるんだったぁああッ!!! いやぁあー!?!  じゃ、じゃあ私が起きてるってことも、ベッドから降りて近付いてきたってことも……ああぁぁうそだああ!!! というかノストさん、じゃあ寝たフリだったってことー!?  恥ずかしすぎてもう何も言えなくてただただ恥ずかしい思いをしてる私の頭に、ぽんっと手が置かれた。  ……そうしてから、ふと気が付いたように、その手が私の髪を一房掬い上げた。続いて、逃げたいけど腰が抜けて逃げられないでいる私の心境なんてお構い無しに私の頬に触れてきて、さっきの今だからドキっとする。……な、なんですかぁああ今度はぁぁぁ……っ!!  ちらっと上目遣いで様子を見ると、ノストさんは少し驚いた顔をしていた。予想外の表情に、私の方が驚く。彼は、何処か呆然としているようでもあって。  ………………あっ……!!  はっと思い当たった私は、顔に触れる彼の手に手を当てた。やっぱり……右手だ!  ……小さく、笑みが綻んだ。 「……あははっ。どうですか?あったかいでしょう?」 「………………」 「右手の感覚……戻ったんですねっ……!」  確かめるようだった彼のさっきの行動を見ても、今呆然としている様を見ても。聞かずともわかった。  私の手のひら。体温。伝わってるんだ。……そう思うと、凄く嬉しくて。自分でもわかるくらい、満面の笑みが浮かんだ。  ノストさんは無言で、少し手を離したかと思うと。むにぃっと私の頬をつねった! 「ひたたぁあ!?」 「茹でダコの分際で火傷させようなんざいい度胸だ」 「ふぇえ!? わ、わたしは何もしてましぇんよ!や、やけどって、だ、誰のしぇいだと思ってるんでしゅかー!!?」  ゆ、茹でダコって……!私はここに座ってただけで何もしてないのに、この仕打ちっ!? 誰のせいだと思ってんの!? 誰のせいだと思ってんのー?!  思わず言い返す私を、じっと暗がりの向こうから見つめてくる双眸。なんだか考え込んでいるようで。何を考えてるんだろうってドキドキ緊張する私の前で、彼の口が開かれる。 「………………この凡人が」 「……へ?」  嘆息混じりに一言だるそうに言うと、頬から手を引き、ノストさんはベッドの上に横になった。ポカーンとする私はガン無視です。  ……今、何か考えてたけど、面倒臭くなったのか考えるのやめたよね!? それでいいんですかー?! 「…………、……下僕にしちゃ……いい、働きだな……」 「…………えっ?」  ノストさんにしては珍しいくらいの、掠れるほど小さな声だった。でも静かな夜中だったから、はっきり聞き取れた。  え……ほ、褒められたっ?うそ?慌てて仰向けのノストさんの顔を窺って……目を瞬いた。  ……ノストさんは、眠っていた。まるで、憑き物が落ちて安眠できるようになったみたいに、ぐっすりだ。……さっきの、強烈な睡魔に襲われながら呟いたのか……。  ……ふふっと。思わず笑みがこぼれた。  褒められた。えへへ。嬉しいや。  あーもー、気持ちよさそうに寝ちゃって……私がどれだけ迷ってたかなんて知りもしないくせに。 「……おやすみなさい」  熟睡しているノストさんの耳元で、小さく囁いて。くるっと身を返し、私もベッドに向かう。  今日は私も、久しぶりにぐっすり眠れそうです。   //////////////////  うん、よく寝た。寝起きすっきり!  そう、よく寝たけど……起きてからのことは考えてなかったぁああっ!!! 「あの……の、ノストさんは、アルフィン村には行ったことあるんですか?」  道の途中で立ち止まっている私は、そりゃそこには誰もいないけど、土が広がる足元を見て言う。目が合わせられない……!  視界に映るノストさんの靴が、体重移動した際に少し動く。そして溜息。……え!? 「馬鹿の物覚えの悪さは呆れを通り越して不憫だな」 「……そ、そーでしたね、3年前にやっとお屋敷から出て、それから逃亡&牢獄生活でしたもんね、来たことないですよね……」  いつも通りの冷ややかな毒舌。が、確かにちょっと考えればすぐにわかった。頭の回転鈍ってる……!元からいいわけじゃないけど!  というか、ノストさんが普段通りすぎてどうすればいいのかわかんないよ……!前から思ってたけど、私達って温度差激しいよね?!  2つの意味で緊張している私。すーはーっと深呼吸して、顔を上げた。  道の先を見据える。その先には、見たことのある家々が見えた。 「……大丈夫です。行きましょう」  返答が来る前に、歩き出す。私の始まりの場所である、その村に向かって。  ……まさか、またこの村に来ることになるなんて思わなかった。  追放されてるし、何より、また拒絶されるのが怖かった。  でも、私は……すべてを知ったから、前とは違う気持ちで見ることができると思う。  ノストさんもいるし、大丈夫。怖いけど、私は一人じゃない。  村の入り口に来ると、穏やかな風景が一望できた。  前と同じ風景ではないけど、私のせいで焼き払われてから、少しずつ着実に再興しているようだった。そのことに、少し安心する。  木造りの家と布の簡易テントが混ざっていて、それぞれの家の傍にある畑では作物が実っている。牛さんや鶏さんが、好き放題、村のあちこちを歩き回っていた。  入り口に一番近い簡易テントの畑で、土を耕していた浅黒い男の人が、ふとこちらに気付いた。途端に体が硬直して、緊張してくる。……レンテルッケ出身のラクトさんだ。  ……ラクトさんは何も言わず、すぐに私から目を逸らしてしまった。再び、土を耕す作業に没頭する。 「……あれ……?」  ……何で来たとか、言われると思ったのに。何も言われなかった……。  恐る恐る、少し村の中に踏み込んで、他の人を探してみる。村長フラデスさんの娘さんのマリアさんがいた。私に気付いた彼女は、少しバツが悪そうな顔をして、ついっと目を離して立ち去ってしまう。  ……え?あれ?想像していたのと、反応が全然違う。マリアさんと言い、ラクトさんと言い、私のことを恨んでいたはずなのに。  今回は、無視しているわけでもなく、なんだかみんな、申し訳なさそうっていうか……?  戸惑いを隠せなくてノストさんを振り返った。 「……ノストさん、これって……どういう」 「ステラッ!!!」 「ひゃあッ!?!」  直後。がばぁっと後ろから、何かがぶつかってきたぁああ!!? 多分人だったんだけど、あまりの不意打ちに、私も一緒になってばったーん!と倒れる。そして潰される私。 「は、はぐぅう……いたい……」 「ご、ごめんなさい、びっくりしましたよね……お怪我はないですか?」  うつ伏せの私の頭の上から、聞いたことのある声色が申し訳なさそうに言う。体を起こすと、傍らに座り込んでいたのは、フィアちゃんだった! 「ふ、フィアちゃん……!?」 「お久しぶりですね、ステラ。きっと大丈夫だとは思っていましたが、心配していました……元気そうでホッとしました」  淡い赤の髪の女の子は、胸に手を当て、頬を緩めて微笑んだ。フィアちゃんも元気そうで、私も安心っ。フィアちゃん達、私達より先に、ここに着いたんだ。 「フィレイア様、あまりご無理はなさらないで下さい。見ているこちらが冷や冷やしますよ」 「ですから、何度も言っていますが私は平気です。私は貴方の方が心配ですよ?」  横からかかった心配そうな声の主を振り向き、フィアちゃんは嘆息して言い返した。話し相手を確認すると、黒い神官服を着た男の人が歩いてくるところだった。  強気にはっきり言うフィアちゃんに対して、スロウさんも仕方なさそうに返す。 「繰言になりますが、すべてこちらのセリフです。私は問題ありません。教団の聖女で非戦闘員の貴方は、もっとご自愛すべきだと何度申し上げれば」 「聖女だとか非戦闘員なんて関係ありません。私がいなくても、教団は十分機能します」  すっと立ち上がったフィアちゃんは、息を吐いて言うスロウさんに向けて言う。……な、なんか、聡明なお嬢様と気が利く執事みたいに見えるんだけど……ど、どういうこと!?  フィアちゃんもフィアちゃんで、お説教するように人差し指を振りながら、腰に手を当てて、相変わらずのクール敬語で言う。 「大体、スロウは丁寧すぎるのです。貴方はもう参謀ではありません。ステラもルナも敬語は使いませんし、貴方もそうできませんか?」 「サリカは敬語ですが?」 「サリカは何度言っても断固拒否するのでもう知りません」 「なら私も断固拒否ですね」 「拒否は認めません。これは命令です」 「私は破門された身ですので、そのご命令には従えませんね」 「ああもう!どうしてサリカといい貴方といい、そういう悪知恵だけは働くのですか?!」 「事実を申し上げたまでです」  と、口元になんとなく勝ち誇ったような小さな笑みを浮かべるスロウさん。目の前で繰り広げられる言い争いは、どうやらスロウさんの方に軍配が上がったらしい。うそ……駆け引き上手のフィアちゃんが負けてる……!? 聖女に敬語を使うなっていう、普通は難しいことをお願いしてるからかな……!  一段落ついたらしく、フィアちゃんは参ったように息を吐いた。代わりに、勝者のスロウさんが、二人のやり取りに置いていかれている私達に言う。 「ステラ、ディアノスト、久しぶりだな。村人の反応に驚いているだろう?」 「あ、はい……!何か知ってるんですか?」 「知っているも何も、こうしたのはフィレイア様だ。しばしの間、ステラを村の中に入れてほしいと頼み込んだのは」 「え……」  再びフィアちゃんに目を向けると、彼女は「いいえ」と首を横に振って、体の前で両手を組む。……あれ、そういえば……いつも首から下げてるリュオスアランが、ない……?  一拍開けてから、フィアちゃんの口から、思いも寄らない一言が飛び出た。 「ステラ、貴方の追放は取消しになりました。ですから、堂々と歩いていいのですよ」 「……え?」  ……今きっと、凄いポカーンってなってる。……ごめんフィアちゃん、ワンモア。聞き間違いかもしれない。  それが聞き間違いでも嬉しかったから、つい言えずにいると、フィアちゃんは言葉を重ねる。 「言っておきますが、私が権力を振りかざしたわけではありません。ステラを一時的に村に入れてほしいと頼み込んだだけで、村の意見をまとめて追放を取消しにして下さったフラデスさんのおかげです」 「……え……?」 「皆さん、カッとなってステラに当たってしまったことを反省していました。半年間でも、貴方は皆さんの心に訴えていたのですよ。いい住人さん方ですね、ステラ」  ……柔らかに微笑して言うフィアちゃんの一言は、大事なことを思い出させてくれた。  追放されたとか、ひどいことを言われたとか、マイナスのことばかり見ていたけど。  あの日が来るまでは、みんな、なんとなくよそよそしかったけど、優しくしてくれた。いい人たちばかりだった。  野菜を分けてもらったり、森の花の使い方を教えてもらったり、子供達と一緒に遊んだり。  仮にそれが、ヒースさんやエリナさんの遺言だったとしても、あの優しさは嘘じゃない。  ……何で忘れていたんだろう。彼らのおかげで、人間としての半年間があったっていうのに。 「…………うんっ……みんな、いい人だよ……!」  知らぬ間に涙が溢れてきて泣き出す私を、フィアちゃんは静かに宥めてくれた。