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relic

88 愛のカタチ

「……ってことで、この羽、カノンフィリカなんです」  歩きながらそう言い、私は出していた氷の羽をしまう……というか消す。ちらっと隣のノストさんを見ると、彼はこっちを見下ろして一言。 「人を運ぶ仕事はやめとけ。乗り心地は最悪だ」 「ンな仕事しませんよ!! の、乗り心地は最悪って……初めてだったんですし仕方ないでしょう!大体、人を連れて飛ぶようにはできてませんっ!」 「はぁ?交通手段ならそれくらい許容しておけ」 「私、交通手段になってるんですかッ!? ちょ、それショックです……で、でも乗り心地、最悪ですなんですよね?じゃあ、やめといた方が……」 「凡人にそこまで求めてねぇ。下僕なら働いて当然だ」 「私はノストさん専属の交通手段ってことですかーッ!?!」  乗り心地最悪だとか貶されて、「飛べれば問題ない」と言わんばかりに言われた上で、ノストさん専属の足ならぬ羽って……喜ぶべきなの!? 悲しむべきなの?!  踏み出した足が、パキっと細い木の枝を踏む。さわさわと緑の葉を茂らせた木々が揺れ、木漏れ日がなんとなく神々しく降り注ぐ樹海の中。レネさん宅を後にした私達は、ナシア=パント内を歩いていた。  ひとまず、向かうはセントラクス。戻るハメになるわけだけど、元々あそこがみんなとの集合場所だったんだし。ナシア=パントを抜けるのが最大の目的だ。  ナシア=パントは、神秘的な樹海だ。  木漏れ日は和やかだし、オースのもやは光にキラキラして幻想的だし、草木はオースの影響でちょっと変わっていて見ていて面白い。  とても広い樹海の中、集落を作って暮らしている人々もいれば、一軒家で動物達と一緒に暮らしている人もいる。  ――だけど……アルトさんは、このだだっ広い樹海の中で、一人なんだ。  誰にも、動物にも認知されず、何百年もこの場所で生き続ける聖女様。  ……いつから、そうなんだろう。それじゃあ……まるで拷問みたいだ。  でも術式は自分で作ったんだから、自分で選んだことなんだろう。  私だったら……そんなの、無理だよ……。 「つらくはないのよ?」  耳朶に優しい声が触れた。  はっと私が辺りを見渡すと、少し前のところの木の幹に、思い描いていた人が寄りかかって立っていた。  ……まさか、人の想いさえも読む術式を使ってる? 「アルト……さん……」  私が思わず呟いて立ち止まると、ノストさんも止まってくれた。でも彼にはアルトさんの姿は見えていないから、ただ周囲に気を張り巡らせている。  ノストさんの世界の外にいるアルトさん。さながら幽霊みたいだ。……カノンさんと似てるなんてちょっと思ったけど失礼か。 「私が考えていること……わかるんですか?」 「違うわ。エオスを見守る術式を併用しているだけ。この術式は、人の想いをある程度の形でしか映さない。貴方が今、私のことを考えていたということしかわからないわ。残りは……今の貴方の顔を見れば、大体予想はつくわよ」  ふわりと微笑んで、アルトさんはこちらに歩いてくる。すぐ近くにいるのに彼女を認知できないでいるノストさんの右腕に、そっと触れたかと思うと、その手の人差し指で宙に許可ヘラクと刻んだ。認知術式の許可範囲を書き換えたんだ。  その文字が消えるなり、ノストさんはアルトさんが認知できるようになる。突然、目の前にアルトさんが現れたように見えただろう彼が、一瞬息を呑むような気配が伝わってきた。 「驚かせて悪いわね。でも、ステラから大体は聞いているでしょう?」 「………………」 「初めまして、ディアノスト=ハーメル=レミエッタ。私が、アルトミセア=イデア=ルオフシルよ。そして……」  少し警戒しているノストさんに簡単に挨拶すると、アルトさんはつっと視線を下ろした。ノストさんの手元……グレイヴ=ジクルドに。 「久しぶりね、ウォムストラル、ジクルド」 アルトミセア……――― ―――アルトミセア……!貴方は一体、今まで何処で何をしていたの  ジクルドさんと、少し前に回復し終えて喋るようになったラルさんが愕然と声を発する。ってことは……二人でさえも、いつからアルトさんが姿を消したか知らない?  アルトさんはすっと、警戒しているノストさんを気遣うように私達から数歩離れた。そこで長い金髪が振り返り、笑み混じりに語り出す。 「きっと神は、今頃焦っているわよ?突然、貴方達が監視下から消えたんだから。私が干渉している間、貴方達もこの術式の範囲内に置かれるわ。だから、貴方達が私と接触したと向こうも勘付いてるはず。私はいわば、神の盲点だから」 「……アルトさんは……いつから、ここにいるんですか?どうして、こんなところで……」  何処となく不敵な、穏やかな微笑を浮かべて言う彼女に私は問う。  どうして誰にも認知できない術式なんてまとって、果ての見えない時の中、孤独で生きることにしたのか。  私がさっきまで考えていたことを聞くと、もしかしたら寂しそうな顔するかもって思ってたけど、アルトさんは変わらぬ笑顔で答えてくれた。 「さっきも言ったけれど、つらくはないのよ?私は、エオスのすべての人々の様子を見ることができる。それって、すべての人々が私の傍にいるようなものだもの。だから寂しくはないわ」 「………………」 「これは私が選んだ道だから。500年前……神と相対することを選んだ時から」  ……昨日会った時も思ったけど、アルトさんは、やけに神様に対抗心がある。いや、拒絶……って言った方がいいかな。どうしてなんだろう。  アルトさんが太い樹の幹に寄りかかると、ふわふわした長い髪もふわっと舞う。いつの間にかその横顔から笑顔は消えていて、そんな彼女が静かに淡々と紡ぐ声は、樹海の穏やかな静寂に染みるように広がる。 「500年前、私は聖女だった。でも、私はもっと古い人間なのよ。信じられないかもしれないけれど、私は、神がまだこの地にいた頃の人間よ」 「……へ!?」 「混沌時代の後期には、エオスは大体完成し、人間も生まれていたから。私はその頃の人間」 「う、うそ……!!」  なっ、なんだってぇええーー!!? ってことは……人生の、大大大大大先輩じゃん!? 初代聖女様って以前に、大先輩に礼儀を払わなきゃいけない気がする!!  なんかもうびっくりしすぎて口がぱくぱくなってる私に、横からノストさんが一言。 「3年生きてるお前の何倍だ」 「はっ!そ、そういえば私はたった3年……!えっと、えっと、少なくとも200倍以上です!!」  ノストさんは、いろいろショックを受けながら言う私と、私の200倍生きているアルトさんとを見比べて。最後に、私を見て。 「……腐っても神子か……」 「どういう意味ですかーッ!?」 「200倍生きても、所詮、人間だ」 「………………」  ――わけもなく、ぞっとした。  何?  気が付いたら、ノストさんの腕を掴んで、縋るように口にしていた。 「置いて……行かないでっ……!」  ……言ってから数秒。はっとして、私は慌てて顔を上げた。  少し驚いた様子のダークブルーの瞳と目が合う。 「あ……ご、ごめんなさい、突然変なこと言って……なんでもないです」  すぐに彼の腕から手を離して、私はあはは……と苦笑いした。心の内のもやもやを悟られないように……でもこんなこと、彼に意味はない。 『200倍生きても、所詮、人間だ』  ……アルトさんのことを言っているって言うのは、わかる。  8割方がボルテオースで構成されている彼女は、それでも人間だ。  なら、それ以下の割合で構成されているノストさんだって、やっぱり人間だ。  でも、私は……全然、違うんだ。  今更、ぞっとした。  私は神子なんだ。ノストさんとは違うんだ。  急に、彼が遠く見えて……怖くなった。  彼は、ようやくジクルドの寄生が取れて、時の流れの中に戻った。もしかしたら人より老化は遅いかもしれないけど、それを引き止めるようなこと……言っちゃダメだ……。 「……アルトさん、お話……続けて下さい」  私の突然の行動のせいで、止まってしまった話を促す。アルトさんは何も言わずに話を再開した。 「混沌時代……私は神から、グレイヴ=ジクルドを預けられた。その剣とともにエオスを見守っていてほしいって言って、自分は帰ってしまったの。わかる?一方的に、私にエオスの神になれって言うのよ」 「………………」 「この世界に神はいらないわ。私は断って、剣が悪用されないように、ヨルムデルの地下に置いた。仕方なく神はグレイヴ=ジクルドを壊すことにした。そしたら今度は、グレイヴ教団をつくって、グレイヴ=ジクルドの破壊者が現れるまで教団の聖女でいるように言われたのよ」  そして、フィアちゃんから聞いた歴代聖女が知る教団の秘密に繋がるのか……。  グレイヴ教団は、遺物アルカの回収と、いつか現れるグレイヴ=ジクルドの破壊者を補佐するためと、グレイヴ=ジクルドが壊れるのを見届けるためだけにつくられたという秘密。  アルトさんは、少しつらそうな表情だった。微笑み以外の顔、初めて見た気がする……。 「初めは、断った責任を取ろうと思って、聖女を務めたけれど……私は不老だから、時を経るごとに人前に出るのが怖くなって……」 「………………」 「神に後継者を選んでもらうように頼んだら、即却下されたわ。神は、私たち個人の感情なんて気にしない。何もわかっちゃいないの」  ……神様が言ってた。  アルトさんにグレイヴ=ジクルドを託したけど、彼女は、神が置き忘れたことにして姿を消した。人間である以上、仕方なかった……って。 「……だから私は、強硬手段に出た」 「それが……この、かくれんぼ?」 「ええ。リュオスアランを置いて教団を去り、すべての者が私を探せない術式を作って、このオースが満ちるナシア=パントにこもった。もちろん神は焦って、新たな後継者を選んだ。今度は、その子が不老にならないように、ボルテオースを過剰に授けないように気をつけて。それからずっと、私はここで世界を見守っているのよ」  そこでようやく、アルトさんの顔に微笑が戻ってきた。でもその微笑みは、少しだけ申し訳なさそうで。 「……神との約束が違うことは、わかっていたわ。でも……神子に近い存在でも、私は人間よ。感情のない神にはなれない。……周囲の奇異の目が……とても怖かった」 「アルトさん……」 「誰一人として、神ですらも、私を認知できない術式。私も神の動向は見られないから、おあいこよ。あとは、昨日言った通り」  神様の干渉を受けづらくするように、エオスを守る術式を展開してるとかってことか……。  ……そういえば、アルトさんは、エオスの様子がわかる。なら、今の私達の事情も知っているんだろう。一言もそれらしい言葉はかけられていないけど。  すると、同じことを考えていたのか、それともすでに考えていて話の区切りを見計らっていたのか。……後者っぽいけど。  ノストさんが、不意に口を開いた。 「……聖女」 「だから、私は聖女じゃないわよ」 「ユグドラシルを騙す術式を寄越せ」 「ちょ、ノストさんっ!! それが人に物を頼む態度ですか?! しかも大大大大大先輩に向かって! ……って、え?」  なんとまぁこの態度のデカさ!! 寄越せって!私は慣れてるけどアルトさんに向かって!と思って、つい言ってから気付く。  ……ユグドラシルを、騙す術式? 「さすがね、読みが良いわ。貴方にはわかっているのね……この戦争、勝ちたかったら、神を殺すしかないって」 「な……?!」  突然、話が飛躍した。私は愕然と、アルトさんと、ノストさんとを交互に見る。  ……神殺し。到底、考え付かないような一言だった。やっぱりアルトさん、今の現状知ってるんだ……! 「神を殺す……というのは言いすぎね。理論上、神を殺すのは不可能だもの。ボルテオースより上位の力を持たなければ無理よ。たとえグレイヴ=ジクルドを以ってしても、神は殺せない」 「………………」 「制限を与えると言ってもいいわ。『神』という今の地位から降ろせば、それでいい。だけど、ボルテオースの存在に制限を設けるのは、とても難しい。神がステラに制限を設けられなかったように。【真実】を封じる術式は、周囲の人間に制限をかけたのだから。私では不可能よ」 「………………」 「だからそれは、ステラ、貴方しかできないわ。貴方のクロムエラトで、オースではなくボルテオースを導いて作った術式で、神の力を制限するの。クロムエラトの力は、神より貴方の方が上だわ」  ……ちょっと待って。  なに……?この違和感……。 「当然、神だって黙っちゃいないわ。だからまず、力でねじ伏せるしかない。そこでノスト、貴方の出番。貴方とグレイヴ=ジクルドで、神を圧倒する。そのためには、貴方がユグドラシルに入れなければならない。だからユグドラシルを騙す術式、なのね」 「………………」 「ユグドラシルに行ったら、神と直接対決になるのは間違いないわ。神は、刃と心の力、2つ持ってる。ステラと貴方なら、それに対抗するにはちょうどいいわね。けれど……」  どんどんと、息苦しくなっていく。  その理由を、次の彼女の言葉で理解した。 「神は強いわ。刃も、心も。エオスを愛しているが故の、執念と執着。異常と言ってもいい。……それは、私たち人間にも言えること」 「……あ……」  ……そうか。だからか。  神様を、神の座から降ろす。そう聞いて、気持ち悪くなった。  神様は、エオスを愛している。大切に想ってる。手段はどうであれ、それは間違いない。  その神様を、神の座から降ろす。  干渉が邪魔だからって、力を制限する。  それって……拒絶と同じだ。  神様は、私たちの親。  親の干渉がうるさいからって、拒絶して、親の行動を制限するようなものだ。  神様は、私達を、エオスを、愛しているだけなのに。 「…………どうしても……戦いは、避けられないんですか」  ……気が付いたら、隣のノストさんの服の袖を掴んでいた。……私、掴まること多いなぁ……いつもこの人が傍にいるとは限らないのに、いい加減、不安に慣れなきゃなぁ……。  きっとアルトさんも、同じことはすでに考えただろう。でもそう問う私に、アルトさんは嘆息混じりに言う。 「避けられる方法があったら、逆に教えてほしいわ」 「だって、戦う理由がありませんっ!神様はエオスが好きなんです!私たちだって、エオスが好きなんですよ!? 目指しているものは同じなのに……どうして、戦わなきゃならないんですかっ……!」 「目的が同じでも、唱える正義が違う以上、衝突は免れないわ。神は、事実を知る者を排除し隠蔽する正義。貴方達は、今ある命達を尊重する正義。間を取るなんて無理だと思うけど?」 「………………」 「大体、今現在、貴方は神と戦っているじゃない」 「…………違います……」  ぎゅっと、彼の裾を掴む手に力を込めて、私は嗚咽を噛み殺して首を振った。アルトさんが訝しがるのが伝わってくる。  ……ごめんなさい、気付くのが遅かった。  神様、貴方は、エオスを愛している。私を、私たちを、愛している。  でも、私は……っ 「私は……わたしは、戦ってません……逃げてただけなんです……ずっと……ずっと、逃げてた、だけなんです……っ」  拒絶すらしていない。  ただ、貴方の行動、干渉から、逃げていただけだったんだ。  ……私は、何一つ、応えていない。  貴方と向き合ってすらいないんだ。 「…………ノストさん、アルトさん……私、ユグドラシルに行きます。行きたいです。行って……神様と、話がしたいです」  思わず溢れ出た涙を拭って、私は顔を上げる。迷いはない。  震えてるけど意思がこもった声が伝わったのか、アルトさんは何処となく呆れた様子で言う。 「交渉で丸く収まるようなら、すでにしているわよ」 「交渉、というか……私がお話ししたいんです。神様のこと、よく知りませんし……」 「………………」 「話をして……どうしても衝突するようなら、戦います。ノストさんと一緒に」  語尾でノストさんを見上げると、ちょうど振り向いたところの彼と目が合った。また一人で行くとか言い出すと思っていたのか、なんとなく驚いているような気がするノストさんに不敵に笑んでみせる。 「だって、私じゃ神様に勝てるわけないですもんっ。ノストさんがいないと!」 「足を引っ張るしか能がねぇ凡人だからな」 「わ、私だって頑張りますよっ!? と、とりあえず、弾く盾とかカノンフィリカとか……攻撃はできないんですが!」 「凡人なら当然だろ」 「い、いえあのでもっ、ノストさんが万が一って時、黙って見てるなんて嫌ですもん!! まずはカノンフィリカがちゃんと使えるように努力しますっ!ノストさんに頼ってもらえるくらいに頑張ります!」 「………………」  確かに攻撃なんて私には覚悟が足りなくて怖いけど、またノストさんを失ってしまったらって思うと怖くて。せめて、自分の力で逃げられるようにしたい。  びしっと言ったら、ノストさんは沈黙してから、ふぅ……と息を吐いた。 「自惚んな凡人マスター」 「ま、マスター……う、嬉しくないです」 「下僕は働くことが至福だろうが」 「……え、あ……はいっ!」  反対されるかと思ったら、遠回しにそう言われた。思わず背筋を伸ばして元気よく返事をすると、ノストさんは私を見据えた。 「刃以外は専門外だ。子なら親の始末なんとかしろ」 「そ、それ普通、逆じゃないですか!? 親が子の面倒見るものですよね?! でも……神様の心の力に対抗できるの、子の私だけ……なんですよね。クロムエラトを信じて下剋上です……!あ、話し合ってからですよ!」 「精々頑張るんだな」 「って、えええ突然離脱ですかッ!? どうせ冗談でしょう!そーやってると、いつかノストさんにも下剋上しますからね!?」 「自分の身分はわきまえてるんだな」 「はっ!い、今のは失言でしたぁああ!! そーいや私、下僕になった覚えないですよー!!」  下剋上って!自分から身分が下だって認めてどうするの私っ!私はノストさんの下僕じゃないぞ!もしかしたら一度くらい、やけになって認めた時あったかもしれないけど!うろ覚えだから勘定しませんっ!  何処となく勝ち誇ったような無表情(かなり微妙な変化)で、私から視線を外すノストさん。なんか悔しい……!  ふと、ふわりと響くラルさんの声。 ―――大丈夫よ ステラなら  ―――貴方のクロムエラトに加え 想いがじかに働くユグドラシルの性質  ―――相乗効果は十分ある 神の心の力にも負けないわ 「ええ。心の力は、ステラの方が上だと思うわ。問題は、刃……神とノスト、二人の間の経験の差が大きすぎる。こればかりはどうしようもないわ」 「………………」  一度、私の姿をした神様と相対したことのあるノストさん。その時のことを思い出しているのか、横顔が険悪だった。いつもの、プライドに障った時とはまた少し違う……歯がゆそうな、苛立っているような、そんな顔だった。  アルトさんは、そんな彼を厳しい表情で見て、強い口調で言い放った。 「失敗は許されないわ。いえ、許す許さない以前の問題よ。貴方は負けることがあってはならない。……貴方以外に適任はいない。貴方に託すしかないの」 「………………」 「ノストさん……」  ……ノストさんは、やっぱり何も言わない。でも表情が、いつもと違って緊張している気がした。  だって、凄いプレッシャーだ。神様を圧倒しろ、そして敗北は許されないなんて……簡単に言うけど超次元の話だ。全然、現実味がない。  私は神子だからまだしも、ノストさんは……人間なんだから。 「……ひとまず、作戦通り、私がユグドラシルを騙す術式を組んであげる。時間がかかるから、できたらステラに連絡するわ」 「あ、はい……」 「それまでは、ユグドラシルには行けないと思って。だから、待ち合わせていた人達と合流して、今の話をしてあげて。エオスを見ている神にもバレてしまうけれど、隠すほどのことでもないわ。今は、神の盲点(わたしのはんい)にいるから見えていないけれど」  まるで司令官のような落ち着いた口調でテキパキと言うと、アルトさんはこちらに背を向けた。  波打つ長い金髪を私達に向け、佇む初代聖女様。一拍の静けさの後、彼女は……さっきとは打って変わった、弱々しい声音を発した。 「……ステラ、ノスト。私は、エオスが大好き。迷いながら進んでいく、だからこそ眩しい命たちが、大好きなの」 「………………」 「だから、その命が蹂躙されるなんて私は看過できない。私は、貴方達の正義に共感する。だから貴方達に手を貸すの」  その肩が小さな自嘲とともに揺れると、髪もさざなみが走ったように揺れる。 「ひどい女でしょ?初代聖女なんて奉り上げられて、結局はただの自分勝手な女なのよ。……私も、神と同じね。今まで傍観していたのに、自分に都合が悪くなると、突然干渉し始めて……」 「……同じですよ。神様も、アルトさんも。同じように、エオスを愛しているから」 「………………。……術式ができたら呼ぶわ」  他には何も言わず、それだけ言い残し、アルトさんの姿は透けて消えていった。……あれって一体、どういう仕組みなんだろ……何かの術式なのかな……。  初代聖女アルトミセアさん。人間だと本人が言うように、そうだとはわかっていたけど、何処か人間とは違った気高さを感じていた。  でも、今……彼女は、とても人間らしく見えた。  傍観者だったはずなのに、今になって干渉し始めたこと。宣言とは裏腹な行動。  ――それは、神様も同じ?  ……ひとまず、先に進まなきゃ。  私は、くるりとノストさんを振り向いた。 「じゃ、ノストさん。アルトさんが言ったように、まずみんなと合流しに行きましょうっ!えっと、セントラクスですよね……」  セントラクス……一度は神の軍の襲撃を受けた街だ。危険っちゃ危険なんだけど……みんなとの連絡がつかないし、変えることはできない。セル君とミカちゃんを呼び寄せることはできないし。  私が言うと、アルトさんが去ったことで少し気に余裕ができたらしく、いつも通りになったノストさんは私を見て。 「ステラ」 「は……!は、はいっ!?」  だから名前で呼ぶの唐突すぎるって!! ま、まだ慣れない……でもこうして呼んだ時は、結構マジメな話をする時だ。2つの意味で姿勢を正す私。 「聖女に集合場所を変えると連絡しろ」 「……えっ?フィアちゃんに? ……あの、その……ど、どうやって……」 「頭の中身はスポンジだったな、このドベ神子」 「ど、ドベ神子……っていうか、神子は私とカノンさんしかいませんよ!だったら私、ドベになっても、2位なんですよ~!!」 「センスとプライド皆無か。ドベじゃなく泥神子だな」 「泥神子!? よ、汚れてるってことですか?!」  プライドがなくて厚かましいから泥神子なのか……!ノストさんから見れば考えにくいのかもしれないなぁ……。 「……神の干渉範囲は、ボルテオースで決まっている」 「へ?」 「お前も聖女も、その範囲内にある。その間で疎通ができてもおかしくねぇだろ」 「あ……なるほど!言われてみればそうですね……それに前に、ノストさんを呼びつけたこともありましたし、できないこともなさそうな……あ、オルセスのコンサートの時ですよ?」  私の言葉に訝しげに振り向いた彼に、一言補足しておく。すると納得したのか、視線は前に向き直った。やっぱりあの時、何かしら声が届いてたのかな……。  つまり、神様の真似事だ。私は神子だし、確かにフィアちゃんとなら、もしかしたら意思疎通できるかも。そしたら、ヴィエルで連絡役をしてるセル君とミカちゃんに伝わって、サリカさんとルナさん、イルミナさんにも届くだろう。……ノストさん、きっとここまで考えてたんだろうな。相変わらず、私遅いや。  拡いて、クロムエラト。  フィアちゃんとお話ししたい。  ……フィアちゃん……聞こえるかな……? 『聞こえていますよ、ステラ』 「!」 『ふふ、まさかステラの声が降ってくるなんて。なんだか本当に神みたいですね。さすがは神の子です』 「あ……フィアちゃん……」  拍子抜けするくらい、あっさり返事が来た。……できた、んだ……。  久しぶりに聞いた、優しい彼女の声。大丈夫だとは信じてたけど、みんな神の軍相手にしてるから、もしかしたら……っても思ってた。安心して、つい涙が出そうになる。私の反応を見て、ノストさんは通じたって察してくれる。 「私達、セントラクスに着いたんだけど……神の軍が来たの。だから、セントラクス集合は避けた方がいいと思う」 『……そうですか。では、何処にしましょうか?ルナ達の進行具合にも寄りますし、あまり大幅には変えられません。ちなみに私達は今、ウェンド村にいます』 「そうだね……」  ……サリカさん達、今、どの辺にいるんだろう。彼らは速そうだな。  セントラクス周辺で、イクスキュリア郊外のウェンド村から南に、かつ、フェルシエラ経由でセントラクスを目指すサリカさん達が通る場所。  さらには、なるべく神官がいない環境……聖堂、教会がない場所の方が、一般の人達は狙われなくて助かる。 「………………」  ――そんな場所、1つしかなくて。  ……私は、人間じゃない。神子だ。  だけど、半年だけだったけど、私には確かな時間があった。  まるで、神様と向き合う前に、その半年間と――庶民として過ごした人間だった頃の自分・・・・・・・・・と、向き合うように。 「……みんなに伝えて。―――アルフィン村に集合、って」