ほんものにせもの
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relic

82Aporia03 
真偽

サリカ過去編の続きでもあります。 「あはははっ、しかしすまなかったね!! いやぁ、でも噂以上じゃないか。久しぶりに楽しめたよ。感謝感謝♪」  ショートカットの金髪を豪快に掻いて爆笑しながら、その女性は機嫌良さそうに言った。そのせいで、頭の赤いバンダナがややズレている。  ボディラインが浮き出る服を着ている彼女は、あぐらを掻いて座っていた。さばさばとした印象を受ける女性は、片手にリンゴを持ち、紫瞳を細めて言う。 「でも知らなかったな。あのルナ=B=ゾークが、ゲブラーだったなんてさ」 「まぁ確かに、神官くらいしか知らないだろうな~」  女性の目が向く先に、床の上に正座で座るルナがいた。串に刺さった、ハーブと一緒に焼いた肉を食べながら苦笑する。  女性の瞳が、今度はルナの隣に向く。 「おまけに、アタシらが歓迎するはずが、されてるよ。これだけ手の込んだ食事、久しぶりだよ。美味かった」 「それはよかった。私が好きでやったから気にしなくていいよ~。それより、君が心の広い人で助かったよ、シャルロット」 「長いから、シャルでいいよ。ロットでもシャトでも、好きなように略しなよ」  料理を進んで担当したサリカが笑うと、女性――シャルロット=デルフィーニは、楽しそうに笑い返した。  このこじんまりとした小屋の床に広がる、料理がのった皿。先刻までは丁寧に作られた家庭料理が盛られていたのだが、あっという間になくなってしまった。  それもそのはず、ここにいるのは三人だけではない。彼らの周囲には、全部で十人近くの男達もいた。これでもかと大量に作ったつもりだったのだが、この人数の前では意味を成さなかったようだ。  サリカとルナは、フェルシエラ方面に向かうことになっていた。セントラクスの途中にあるとは言いがたい都市だが、さほど時間はかからないだろうということで、神官組二人で行くことになった。  ミディアから出発した以上、否応無しにマオ山道を通ることになる。そして予感的中で、シャルロット山賊一味が仕掛けてきた。  飛びかかってきたシャルロットにルナが応戦している最中に、シャルロットの方が、ルナの持つ教団のメダルに気が付いて刃を引いた。  デルフィーニ伯爵家は、教団の担い手の一部だ。神官になるつもりもなく家出をしたシャルロットだが、賞金首であるルナが神官だと知って混乱したらしく、ひとまず休戦という形になった。  ちょうど夕暮れだったのもあり、サリカとルナはシャルロットに歓迎される形で、彼らの小屋で夜を過ごしていた。 「だってさぁ、教団は賞金首を粛清する側だろ?その教団の神官が賞金首だって言うんだから、わけわかんないだろ?」 「うーん、まぁ……とにかく今は、指名手配も解除されてるはずだし、私を捕まえても利益ないよ?それに私、額相応の罪なんてしてないよ。強いて言うなら、窃盗……かな?」  元々、指名手配されていた理由は、ウォムストラルをスロウの元から持ち去ったからだ。そして、スロウが参謀を辞職した今は解除されている。そんな簡単に辞められないのではないかと思うのだが、どうやらかなり無理をしたらしい。  何も知らない者にそれを言うわけにもいかず、ルナが説明に困りながらそう言うと、傍の男達から抗議の声が上がった。 「窃盗であの額?! う、嘘だ!ルナあんた、他にも何かやってるだろ!」 「だがよ、あの顔、悪人に見えるかぁ?」  が、それに返された別の男の言葉を聞いて、その付近にいた男達が皆でルナを見る。品定めするような遠慮ない視線に、居心地悪そうに、ルナは困ったふうに苦笑する。  そのうちの四人の男達はルナから目を離し、納得が行かない顔で小声で会話する。 「……悪人には、見えないよな……」 「つーかむしろ、俺達のほうが……」 「確かに……純情な少女って感じだな……」 「純情少女……!良い響きだなぁ……へへ」 「うへへ、そんなこと言うと妄想が広がっちまうだろ~」 「夜這いしちゃう??」 「楽しそうに言うなお前~」  どういう流れか、話がいやらしい方向に進み始めた瞬間。  ルナに背を向けている二人の背後から、不意に、二人の肩に手が置かれた。 「何の話してるのかな~?なんか面白そうだね?私も混ぜてくれない?」  四人の話に割り込んできたのは、サリカだった。いつもの爽やかな笑顔で言う。  フレンドリーな口調で、二人の首筋近くの肩に乗せた両手を、非常に友好的じゃない容赦ない握力でギリギリ握り締めながら、そう言う。  声もなく表情をゆがませて悶絶する二人の様子に、残り二人は青ざめた。 「……い、いやあ、ルナって可愛いな~って」 「そ、そうそう。話はそれだけだから」 「そうかそうか~、そりゃ残念。……あ、また話す時は呼んでよ?」 「う……は、ははは……」 「お、覚えてたらな……」  力を緩めると、サリカはポンポンと肩を叩いて手を離した。言外のシークレットメッセージをバッチリ受け取った二人は、内心ダラダラ汗を流しながら答えていた。  硬直する二人と肩を押さえる二人のもとから去ったサリカは、ルナの隣に戻ってきた。 「サリカ、何してたの?」 「ちょっとした挨拶さ♪ ところでルナ、シャトの武器のことは聞いたかい?」 「あ、うん。やっぱりシャト、アルカのこと知ってるって」 「腐ってもデルフィーニ伯爵家だからね。教団の用語やら事情やらは、あらかた理解済みさ」  リンゴをかじったシャルロットが、大したことではないと言う口調で語る。話の焦点になっているのは、彼女の真後ろ床に横たわる真紅の矛槍ハルバードだ。  当てはめるなら、第3級封印指定。双子の刃レギストシェオと呼んでいるらしい。ハルバードと銃と、二つのカタチを行き来できるアルカだ。  神官であるデルフィーニ伯は、もちろん、アルカは回収すべきという立場をとっている。しかしその娘であるシャルロットは、それを知りながらも手元に置いている。  一方、ルナとサリカも神官だ。アルカの回収は、重要な仕事の1つ。だからこの場合、シャルロットからレギストシェオを回収するのが普通なのだが……。 「……正直、教団は今、それどころじゃなくてね。アルカうんぬんよりも、教団の存亡にまで関わる事態になってるから」 「存亡?誰かと喧嘩でも、おっぱじめるつもりなのかい?」 「ってゆーか、もう始まってるっていうか……」  と、ルナはその先を困り顔で濁した。実際のところ、教団の存亡だけでなく、もしかすればエオスの存亡にも関わるかもしれないが、それを一般人に伝えてしまっては、下手に不安を煽るだけだ。 「まぁ君らには関係ない、こっちの話さ。早々に片が付けばいいけどね」  深刻な事情だと察したシャルロットが、聞く体勢に入った。しかしサリカは、それに応じることはなく、ひらりとかわす。  シャルロットの綺麗な眉が明らかに不機嫌そうに寄った。 「関係ないことはないだろ。アタシはデルフィーニ伯爵家の人間だ」 「わかってるよ。でも今は家出中で、家柄は関係ない。違うかな?」 「………………そうだね。……そうだったよ。忘れてた」  臆することなく返って来たサリカの返答に、シャルロットはうつむいて額に手を当てた。今の己の立場を改めて実感し、無力さを嘆いているようにも見えた。  一方、そのやり取りを傍で見ていたルナは、急に無言ですっくと立ち上がると、座っているサリカを見下ろした。 「サリカ、来て」 「ん?何処に……」 「いいから」  一方的に言うと、ルナはくるりと身を翻して、小屋の出口へと向かう。首を傾げながらサリカも腰を上げ、彼女についていった。 「な、何だ何だ?」 「おい大丈夫か、あれ?!」 「アンタ達じゃないんだから大丈夫。ほらそこ追わない!」 「「「ぎゃああーーっ?!!」」」  追おうとする男達を、気を利かせたシャルロットがハルバードで殴って気絶させていく。開いたドアをくぐり際に、賑やかな背後を振り返って苦笑してから、サリカは夜の世界に踏み込んだ。   ////////////////// 「あのさ。君、意地張るの、やめた方がいいよ」  すっかり夜の帳が下りた外に出て、サリカが小屋のドアを閉めるなり。月に照らされたルナは、腰に両手を当てて言った。  急に暗いところに出たから、ルナの顔がよく見えない。だが長い付き合いだから、なんとなく怒っているように見えた。 「え?何のことかな?」  しかし、長い付き合いとは言えど、彼女が言い出すことはいつも不思議だ。一体、何のことだろうと、サリカが目を瞬くと、ルナは額を押さえて「あーもう……!」と溜息を吐いて、大きく息を吸い込むと。 「さっきの話!なーにが『君らには関係ない』とか意地張ってるのって言ってんのっ!」  わざとらしい大きな動作で腕組みをして、ルナは言った。暗順応し始めた目がルナの顔を捉えるが、間違いなく怒っているのがよくわかった。  それでも意味がわからずに、キョトンとするサリカに、ルナは筋道を示しながら喋り始めた。 「神は『教団を潰す』んであって、それ以外は今は範囲に入ってない。デルフィーニ伯爵家は神官の家系だけど、シャトは神官じゃない。だから多分、今すぐには狙われない。だけど今、神の軍について喋ったりしたら、きっとすぐ狙われる。だから言わなかったんでしょ?」 「………………」 「だったら、素直に『これ以上言ったら、君も危ない』って言えばいい!どうしていっつも君は、そーやって人を拒絶するの!!」  あの時、無意識のうちにそういう対応をしていたサリカは、ルナに叱られて、すんなり納得していた。  人を拒絶する。……そうかもしれない。わざと皮肉っぽい言葉で返し、わざと嫌われるような道を選んできたような気もする。  ルナは小さく息を吐くと、腕組みをほどいて両手を下ろした。その頃には、すでに彼女は怒っていなかった。さっきまでは月光で見えていた表情が、ルナがうな垂れたことで影に隠れて完全に見えなくなる。  さっきの強い口調とは正反対の、何処か寂しそうな口調で。 「サリカ……私には、君が、深く人と付き合うことを避けてるように見えるよ。……傷つくのが、怖いから?ユニスさんを失った時みたいに、大きな傷を作りたくないから……?」 「……そうかも、ね。無意識の行動だけど……何処か、壁をわざと作っているような感じはあるよ」 「―――――私は……?」  サリカが静かに肯定した後。ルナの唇から漏れた小さな問いが、夜の静寂を拒絶して漂う。 「……それって……私も、なのかな。君とは相棒で……5年間、一緒に過ごした仲間で……私は君のこと、信頼してる」  思わず口を閉ざしたサリカに、ルナは1つ1つ、確かめるように紡いでいく。  ゆっくりと上げられた顔は、不安そうだった。  ルナは、すっと片手を上げて、こちらに手のひらを向けた。  そこにあるかもしれない、見えない壁を示すように。 「それでも……私と君の間にも、壁があるのかな」 「―――いや」  迷いなく、サリカは当然のように答えていた。  手を伸ばし、おもむろにルナの手首を掴む。驚いた顔をした少女を引き寄せて、目の前に迫った彼女にサリカははにかんだ。 「……本当は、あるんだ。意識してないからわからないけど、私とお前の間にも、きっとある」 「………………」 「でも、私が壁を作っても、お前は難なくすり抜けてくるんだから、そんなもの最初からないと同じだろ?おかげで、失ったらユニス以上に怖そうな奴が出てきたしね。まったく本当に……お前には、敵わないよ」 「……サリカ……」  暗闇の中、至近距離に見えたルナの顔に、あからさまにホッとした様子で笑みが綻んだ。……かと思うと、ハッとした顔になって、ばっ!と即サリカから距離を置く。  数歩の間を置いたルナは、急に慌てたような口調で、横に視線を逸らして言う。 「そ、そっか。よ、よかった!だ、だってさ、私相棒のつもりでいたのに、もしかして距離置かれてるのかなって思ってその……!」 「フフ、不安になった?」 「……ち、違う!不安になんかなってない!ちょ、ちょっと寂しいかなって思っただけ!!」 「ふーん、そっか~♪」  その慌てぶりが語る言葉を、サリカはクスクス笑いながら受け止めた。すっかりいつもの調子だ。  サリカの余裕ある態度を見て、む~っと唇を尖らせるルナ。それに小さく笑ってから、サリカは、近くにあった大きな切り株に腰を下ろした。立っていたルナも、小さく息を吐くと、彼の反対側に座った。  夜の空気は、ひんやりとしていて気持ちいい。耳に届く音も、時折する遠くの鳥の静かな声と、小屋からこぼれてくる談笑だけ。  背中合わせに座る相棒同士。サリカのポニーテールの髪が、ルナの頭に掠る。 「……まだ、ユニスさんのこと、好きなの?」  そのきっかけで思い出したことを、少女が囁くように問うた。本当に小さな声。しかし、さっきの騒がしさが遠のいた今では、随分と大きい声に聞こえた。  自分と背中合わせに座る少女が、どんな顔をしているのかは見えない。それはこちらにも言えることで、今、自分でどんな顔をしているのかわからなかったが、見えなくてよかったと思った。  ――ルナには、事実しか述べていない。ユニスが自分のせいで死んで、その代わりを今の自分がしていると、それだけ。  だから、まるで知っていたかのようにそう問われて。驚きと、かすかな寂しさとを抱いて、サリカは小さく問い返した。 「……どうして、そうなるのかな」 「好きだったんでしょ?ユニスさんのこと。楽しそうに話すサリカ見てれば、それくらいわかるよ」 「………………」 「彼女を失くして、自分が保てなくなるくらいなんだから……それくらい、わかるよ」  ……何処までも静かな、夜の空気に消え入りそうな、儚い声だった。こんなルナの声は初めて聞いた気がする。  ――それは、この5年間、自分でも何度も考えてきたことだ。  そして今、敵対する者として彼女と再会して、さらに深く考えるようになって。  しかし、何度考えても、いつも同じ結果。 「…………よく、わからないんだ」  この複雑な感情は、自分の手に負えなくて、途中でいつも投げ出してしまうのだ。 「……わからない?」 「確かに当時は、ユニスに惹かれていたよ。今も、大事な奴だって思う。……でも今は……怖いんだ・・・・」 「……え?」  思わずルナが振り返る動作が、気配で伝わってきた。サリカは困ったように苦笑いする。 「こうしている今、ユニスが今でも大事だと思うことは変わらない。だけど……今、神の軍として、また来るかもしれないと思うと……怖いんだ」 「……過去の記憶を、思い出すから?」 「違う。ユニス自身が怖いんだ。会うのが怖い。……前にミディアで会った時も、過去が怖いっていうより、目の前にユニスが立っている方が怖かった」 「………………」 「どうしてかな?大事な奴なのに……」 「違うね」  ――暗闇の奥から声が飛んできた一瞬後には、二人は立ち上がって臨戦態勢になっていた。  木々の暗がりから悠長に歩いて現れたのは、今しがた噂していた、紅色のポニーテールの女性。  月明かりに照らされていて見えづらいが、その姿が透けていないことだけはわかった。ということは、以前の術式が改良されて、サリカの予想通り、肉体も構成されるようになったらしい。よって、今後はグレイヴ=ジクルドの力さえ受け付けなくなる。  一度会ったことで、ある程度は耐性ができたが、それでもこの女性を前にすると怖い。なぜなのか。  きつく拳を握り締めて、くずおれそうな自身に抵抗しているサリカに、ユニスはくすりと笑った。 「ちょっとは慣れたってとこかな?よかった~、ようやくちゃんと話ができるよ。ってことで久しぶり、サリカ」 「……ユニス……お前は、神の指示に従って、私たち教団を滅ぼし、ステラを捕まえるのか……?」 「まぁそういう理由で、寝てたところを叩き起こされたんだからね~」 「信じられない……!それは、お前自身が決めたことなのか!? お前の目指してた教団が、愛してた世界が神によって蹂躙されようとしてるってことなのに……!」  ユニスは、己の中に強い信念を持っていて、それが導くままに動いていた。世界のために、人々のために、そんなふうに。  その彼女が――目標であったものを、愛していたものを蹂躙しようとしている神に、肩入れするなんて。  ユニスの本心が見えない。まるで今の夜の闇のようで。  それを切り開くように、かすかに揺らぐ声でサリカが強く問いかけると、彼女は――笑んだ。  今までの快活な笑みではなく、優しげな微笑。  それはサリカが知る、慈母のような笑みだった。 「そうだよ。これは私が選んだことだ。他の神の軍のみんなもそうだよ?みんな理解した上で、神に協力してる。教団の壊滅と、神子さんを連れてくるって」 「……っ!」  ――そう言う黄金色の瞳は、生前と変わらず、強い信念を宿していた。変わらない、自分が憧れた光だ。そこには、嘘などカケラもない。  だからこそ言葉を失ったサリカの真横で、ルナも悲しげな顔をして、 「ユニスさん……どうして変わっちゃったの?貴方のことは話に聞いて、凄い人だって思ってたのに……」 「私は変わってないよ。死んでたんだから、変わりようないしねぇ。むしろ、変わったのはサリカの方じゃないかなぁ?」 「……!」  体の芯を、冷たいものが駆け抜けた。  ――この前、顔を合わせた時、ユニスは、自分のこの外見について触れなかった。  おもむろに話題が逆転換される。見開かれたサリカの瞳に映るユニスは、彼の容姿を上から下まで見て、自分のポニーテールに触れた。  感心したように、普段の飄々とした口調が紡ぐ。 「いやいや、よくそこまで真似たよね。私の髪がどのくらいまでの長さかまで覚えてたんだ」 「……!」 「言動もさ、自分を見てるって感じで、結構似てるし」 「……!」  1つ1つ指摘されるたびに、心臓が凍る。  1つ1つ指摘されるたびに、皮がはげていく・・・・・・・。  生物が本能的に持つ感情。  だがしかし、これほどまでに強く感じたことは、きっと生まれて初めてだ。  ユニスを失った時よりも、ずっとずっと、震えるほどに強烈な感情。  ――怖い。  何が? 「サリカ、君が恐れているものは私じゃない。本当の自分を明かされること・・・・・・・・・・・・・だよ」  彼女のために、ユニスを真似た。  自分のために、ユニスを真似た。  だが、それ以上に―― 「私の姿を借りることで、本当の自分を封じ込めたんだ。弱くて、未熟で、大切なものを守れない、どうしようもなく無力な自分を」  ユニスという依代よりしろに己を映すことで、自分自身から目を背けていた。  そんな自分は、認めたくなくて。  認めてしまったら、自分は自分を保てなくなる。  だから無意識の自己防衛は、自分を封じた。  ホンモノのユニスと対面することで、ニセモノの自分は皮がはげていきそうで。  ホンモノのユニスと喋っている時、ニセモノの自分は崩れかけている。  ニセモノの中にあるホンモノが覗くことが恐ろしい。  最大のトラウマは――自分自身だ。 「そんなことないっ!!!」  世界がぼんやりと遠のいて、目の前が真っ暗になりかけた。その黒を切り裂いて自分の意識を繋ぎ止めたのは、自分の横から放たれた、きっぱりとした強い声。 「サリカは、弱くて未熟なんかじゃない!むしろそれは私だし!私は、サリカにたくさん助けられてきたっ!サリカが強いことは私が知ってる!」  少女はエルンオースの銃を構えて言い切る。対して、女性は呆れたように腰に手を当てて、面倒臭そうに答えた。 「だからそれは、私の姿を借りてるからだろ?自分で言うのもなんだけど、明るさと輝きは、照度と輝度は違う。私の姿を借りてサリカが明るくなったとしても、輝いてはいない。それはただの真似事だからね。中身の伴わない強さってことさ」 「人の姿を借りてすぐ強くなれるなら、苦労しないよ。だから私の知ってるサリカの強さは、中身のサリカ自身のものに決まってる!本当の自分が弱虫?じゃあ誰だってそうでしょ?私だって師匠助けられなかったし、今も神相手に戦えるのかなって思うし、弱虫だよ!!」  いつも強気な彼女の本音に、目を丸くした。その珍しいものを見るような視線に、ルナは気恥ずかしそうにコホンと1つ咳払いする。  穴を突いて反論したはずなのに、すべて相殺されてポカンとしているユニスに言い放つ。 「ホンモノもニセモノも、そんなもの最初からない!全部ひっくるめて、今ここにいる『私』だ!!」  ――その姿は、とても眩しかった。  自分が真似ようとして、真似られなかった、眩しい光。  自分は、彼女の光を受ける……いわば月のようだ。  ……知らずのうちに、心は落ち着いていた。いつもの平常心が戻ってきて、サリカは泣き出しそうな顔で微笑った。 「……たくさん助けられてるのは、私の方だよ」 「お互い様、ってね♪」  空いている手で陽気に親指を立てて、ルナは笑った。その笑顔も、太陽のように眩しくて。  そこに立ったまま二人の様子を見ていたユニスは、「ふーん……」と納得したように頷いた。 「いい相方に出会ったんだね、サリカ。私はずっと一人で旅してたし、そんな仲間いなかったから、ちょっと羨ましいなぁ……」  夜風にポニーテールを揺らして、彼女は少し羨望の目でこちらを見てきた。その彼女を前に、サリカは今度こそ、神経を研ぎ澄ませていく。  恐怖で波打っていた集中は、静かに凪いだ。それを強く収束させて、青年は迷いを断つように、凛と言う。 「……ユニス。もう語ることはないよ。お前の決意も、私の決意も変わらない」 「そうみたいだねぇ。じゃ、師弟対決と行こうか。サリカ、君がどれだけ強くなったか、師匠が見てあげよう」  手のひらと拳を合わせて、師は不敵に笑った。レンテルッケ公認の拳を以って護る者フェンゼデルトの証であるマフラーの裾が、夜闇にふわりと踊る。  ……と、唐突に、バンッ!と小屋のドアが開け放たれた。三人の注目を集めて飛び出してきたのは、ハルバード状のレギストシェオを携えた金髪の女性。  彼女はユニスを一瞥してから、武器を構え、ざっと気を張り巡らした。 「どういうことだっ!? いつの間にか囲まれているじゃないか!」 「「!?」」 「お、よく気付いたね。バレちゃうなんてなぁ」  まったく気付かなかったサリカとルナが周囲に目を走らせると、木々の闇の中から、たくさんの人間達が現れた。ぱっと見た限りでは見分けがつかないが、ユニスが率いている点を見るならば間違いなく神の軍だ。 「コイツらは何者だ!? すでに死んでいるはずの過去の賞金首もいるぞ!」 「詳しい話は後で!サリカ、私とシャトで他の人は蹴散らすから、君はユニスさんとの戦いに集中していーよ!」 「……!」 「自分が一種のトラウマなんでしょっ?! だったら今、ユニスさんを越して、これが自分だって証明しちゃえよ!君なら大丈夫っ!」  シャルロットと背中合わせに立ち、ルードシェオまで引っ張り出しながら、ルナは息を呑んだサリカにウインクした。  ルナに背を押され、サリカはユニスと向き合った。  自分が憧れていた存在。目の前にすると、こちらが霞んでしまいそうな眩しい光。 「……ユニス、お前は、過去の私の象徴だ。だから私は……お前を越す」  ユニスを失い、閉じこもってしまった自分。  5年前から立ち止まったままの本当の自分も、踏み出すことができるように。  前に進むために、過去を討て。 「―――――行くよ」  誰かの一言が引き金となって、全員が一斉に地を蹴り上げた。