償い
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relic

80神罰執行

「いいよ、入って」  ……腕を上げて、やっぱりやめた方がいいかなって悩んでたら、中から声がした。……ドアの前にいるの、ば、バレてる……当然か! 「し、失礼しま~す……」  ちょっとショックを受けてから、遠慮がちにドアを開く。すると部屋の中には、サリカさんの他に、ルナさんがいた。  サリカさんはベッドの上に、ルナさんは傍らのイスに、それぞれ腰をかけていた。私が1つのマグカップを手に、二人のところへ、やっぱり遠慮しつつ近付く。  な、何と言うか……お邪魔、だったかな?で、でも、入っていいって言われたからいいんだよね……? 「サリカさん……落ち着きました?」 「うん……ひとまずね。はは、見っともないところを見られちゃったなぁ……」 「そんなことないです!でも、落ち着いたみたいで……よかったです。あ、これ、ホットミルクです。よかったらどうぞっ」 「ありがとう」  いつも……よりは、少し元気がない笑顔でマグカップを受け取り、ふーっと息を吹きかけるサリカさん。無理しているようにしか見えない彼に、ルナさんが溜息を吐く。 「ねぇサリカ、あんまり話したくないかもしれないけど、ステラには話してあげた方、いいんじゃない?私がいつも傍にいるとは限らないし。私の他にも、誰かに知っておいてもらった方が、君のためにもなると思うけど?」 「……そう、だね。情けない話だけど……また今度、アイツと相対したらって思うと……」 「サリカさん……」  ミルクを一口飲んでからそう言って、サリカさんは深刻な顔で黙り込んでしまった。  こんなに余裕がないサリカさんは、初めてだ。いっつも悠然としてて、私は精神的に、彼に助けてもらっていた気がする。  ……コツン、と。サリカさんは、ベッドサイドのテーブルに、まだミルクが多く残るマグカップを置いた。  その手を額に当て、息を吐きながら目を閉じると、うな垂れた。……何処から話そうか、考え込んでいるように見えた。 「―――私は……エーワルト村ってところの出身だ」  やがて……サリカさんは、自分の過去を、自分の口で語り出した。  ところどころ、掠れてしまうほどの小さな声で。 「そしてユニスは……旅人だった。5年前……たまたま私の村に、滞在していたんだ。その時に私は、ユニスから、今の格闘技の基礎を学んだ」 「………………」 「そのうち、村に落雷があって……落ちてきたものに潰されるところだった私を、ユニスはかばって死んだんだ……」  ユニスさんを前にした時のサリカさんの動揺ぶりは、普通じゃなかった。やっぱりあまり思い出したくないことらしく、そう話す彼は、私やルナさんを見ようとしない。その言葉は、独白のようで。  ひとまずそこまで語ると、少し冷静になったらしいサリカさんは顔を上げた。立ったままの私を、弱々しいオリーブの眼で見る。 「……ステラ。ユニスを見て、まず何を思った?」 「……え……と。…………サリカさんに、凄く……似てると思いました……」  言っちゃっていいのかなと思ったけど、正直に答えた。でも迷いもあったから、つい小声になる。  けどその返答で満足したのか、サリカさんはふっと笑った。……その微笑に滲むのは、自分に向けられた軽蔑。 「逆なんだ。私が、ユニスを真似た」 「……え?」 「自分が弱かったばっかりに……ユニスを死なせてしまった。ゲブラーを志していたユニスの分を、私が生きようとして……全部、真似た。外見、口調、態度……思いつく、できる限りのことは全部ね」 「………………」 「でも、今思うと……これは自分のためなんだ。きっと……私自身は、もう壊れているんだよ。……ユニスを失って、あまりのショックで……壊れてしまったんだ……」 「………………」 「だから、それを補うために……私はこうして、ユニスのすべてを借りているだけなんだ……」  視線を落として、サリカさんは自嘲するように囁いた。  死んでしまったユニスさん。彼女の真似をするサリカさん。  確かに二人は、とてもよく似ていた。外見、雰囲気、言動、態度……こんなに似てる人がいていいのかなってくらいに。  サリカさんは、完璧にユニスさんを模倣してる。それは、自分自身がすでに壊れてしまっているからだって言う。  ……でも……そうなのかな?本当に?  サリカさんは、完璧にユニスさんを真似られてるのかな? 「…………私は……サリカさん自身が、壊れているだなんて、思いません」 「……え……?」 「ほら。ステラも言ってるよ。だから言ったじゃん、『サリカは壊れてない』って」  サリカさんがポカンとした顔で私を見ると、横からルナさんも嘆息して頷いた。ってことは、どうやらルナさんも同じことを言ったことがあるらしい。  驚いているサリカさんに代わり、ルナさんが私に教えてくれた。 「サリカの話を聞く限り、ユニスさんはすっごく素敵な強い人なんだよ。でも料理が苦手だったらしいの。その点、サリカは料理得意だし、そこだけでも十分違うと思う!」 「あ……それなら、もしかしたらユニスさんなら……ルナさんとまったく同じ私を見ても、すぐに受け入れてくれた……かもしれない……とか?」 「お、なるほど!サリカ、最初の頃、ステラのこと苦手意識持ってたらしいしね~!確かにユニスさんなら、ばばーん!と受け入れちゃいそう!純情なサリカちゃんは、すぐには無理だったみたいだけど♪」 「じゃあユニスさんは、きっと、怒った時もキツイ言葉で言いませんよね!注意はするかもですが!サリカさんは怒ると、皮肉っていうか、キッツイ言葉言うから……!」 「…………あのさ。君ら、励ましてるの?馬鹿にしてるの?」  私とルナさんが好き放題言って盛り上がっていると、立ち直ったサリカさんが呆れた吐息をこぼして言ってきた。参ったような彼の様子に、二人で顔を合わせて笑う。 「サリカさんは、ユニスさんを完璧に真似られてるわけじゃないですよね?だって、ユニスさんの『心』まで真似られるんですか?」  サリカさんとユニスさんは、何も同一人物じゃない。心を共有しているわけでもない他人のサリカさんが真似られるのは、悲しいけど表面だけだ。  だから……ここにいる彼自身は、ユニスさんを真似ていようが、間違いなくサリカさんだ。 「とにかく、サリカは壊れてない。サリカの心は、ちゃんとここにあるよ」 「………………」 「って言うか、壊れてたら、ユニスさんのフリもできないでしょ?お面だって、誰かの顔がないと付けれないんだからさっ。今は、ユニスさんの皮をかぶってるだけじゃないの?」 「ですよ!私とルナさんと、同じ感じじゃないですか?同じ外見でも、それぞれ別の生き方をしてて……何と言うか……外見ってあんまり関係ないと思います!無意識に、ユニスさんを失った穴を埋めるために、サリカさんが真似してるのかもしれませんしっ」  上手く言えなくて、私は自身をフォローするように言った。サリカさんは、私とルナさんを交互に見てから……ようやく、いつものように、小さく微笑んだ。 「……フフ。同じ顔の二人に、同じこと言われて慰められるなんて、変な気分だね」 「それって褒めてるんですか?!」 「馬鹿にしてない!?」  息を合わせたわけでもなく、私達は、さっきサリカさんが言ったセリフと似た言葉を返していた。それを聞いて、サリカさんはさらに笑う。……でも、今度は何処か、寂しげに。 「私とユニスも……君達みたいだったらいいのにな……。同じ顔をしていても、別の生き方をしていて……でも、同じ輝きを持ってる。……凄く……羨ましいよ」 「サリカさん……?」 「……まぁ、それはいーんじゃない?ちょっと長くなるし」  私が疑問に思ってサリカさんを見つめると、ルナさんが苦笑いして手を振った。やっぱりルナさんは大体の事情、知ってるんだなぁ……サリカさんは、ルナさんには全部打ち明けてたんだ。……だよね、ずっと一人で溜め込んでたらつらいもん。 「ひとまず、みんなのところ行かない?サリカも落ち着いたことだし。そろそろ、これからのこと話さなきゃっ」 「……そうだね。幽霊軍についても、説明が必要だろうし。フィレイア様かスロウが、もう話してるかもしれないけど」  ぱっと立ち上がって言うルナさんに続き、サリカさんもベッドから腰を上げた。  と、そこで、もう温くなっていたホットミルクのことを思い出したらしい。ひょいっとそれを持ち上げると、意を決したように一気に飲み干した。   //////////////////  以前オルセスで、カノンさんは、街の人を幽霊さんに変えて、幽霊都市に君臨していた。  あの時の幽霊さんは、魂そのものだった。カノンさん曰く、「体という器を取り払った魂」って。  今思えば、街全体の人々をそういうふうに変えたり、街から出られなくしたり……あれはきっと、カノンさんの術式だったんだ。カノンさんだって神子だから、私と同じように術式を組めて当然だ。  そして私と違って、カノンさんは、自分が根底から神子だってことを熟知していたから、私にはできない細かな芸当……結合しているカノンフィリカを出し入れしてみせたり、街全体という広範囲の術式が組めた。  でもカノンさんは、私ほどクロムエラトは強くないから、私のような直感での術式構築じゃなくて、恐らくアルトミセア様みたいな理論的な構築だったんだろうと、ラルさんは言う。  私は……自分が神子だってことは知ったけど、いまだに自分の構成とかはわからないし、未熟だ。術式だって、組み方さえまともに知らない。  それはともかく……ここで問題なのは、今回は「魂」じゃないってこと。 「神は、ユグドラシルにいる魂達を模写して、人形を作ってるんだ。神は元々、創生を司るからね。この人形なら、エオスに入ることができる。これが今回襲ってきた幽霊軍だ」 「しかも……人形はあくまで模写ですから、壊されても、原本の魂が神の手元にある以上、何度でも創造が可能です」  礼拝堂。私達一行の前で、打ち合わせをしたわけでもないサリカさんとフィアちゃんが皆にそう語る。さすが、5年もの付き合いだもんね。息ピッタリ。 「……ユグドラシルにいる無限の魂すべてが、敵に回る……というわけか」  私達が座る隣の長イスに腰掛けるスロウさんが呟いた一言に、私は急に緊張してきた。気が遠くなるような気持ちになる。  ……ユグドラシル。私は一度、行ったことがある。  数多の魂が煌く、星空のような世界。文字通り、星の数だけ、もしくはそれ以上ある魂。  あのすべてが……敵に回るなんて。  サリカさんとフィアちゃんの横に立つイルミナさん、ルナさんも、緊張した顔をしていた。セル君とミカちゃんは、私のイスの後ろに座ってる。隣に座るノストさんを横目で見てみると、彼は自分の右手を見つめていた。さっきまで破壊ロアの反動で疲れてた様子だったけど、少しマシになってきたらしい。 「神によって創られているという点を考えれば、人形達はみんなボルテオースで構成されているはずです。だからアルカの効きが悪かったのでしょう……今回は破壊ロアが効きましたが、次はわかりません」 「……そうだな。アイツらと同じように神に創られたステラに、グレイヴ=ジクルドの力が効かないのは、肉体っつー覆いがあるからだからな。今回のアイツらには、それがなかったから、たまたま効いた」  フィアちゃんの解説を、私の後ろからセル君が補足するように言った。  なるほど……そういえばカノンさんも半透明で、体を持っていなかった。だからラルさんの再生ラシュファが効いたんだ……。 「逆に言えば……肉体が創られるようになったら……グレイヴ=ジクルドの力は、効かなくなる……」 「……それは厄介だね。普通の武器じゃ歯が立たないし、アルカでも効きが悪い……ユニスは、《プロトタイプ》って言ってたから、本当に次は、肉体も創られてくるかもしれない」  セル君の説明を置き換えてミカちゃんが言うと、サリカさんは溜息混じりに頷いた。  そっか。本来なら、彼らと同じように創られている私も、グレイヴ=ジクルドの力の影響を受けるはず。でも私には、肉体っていう防御壁があって、だからグレイヴ=ジクルドの力は効かないんだ。逆も然りで、私の力も、グレイヴ=ジクルドには効かないみたいだけど……。  あの幽霊軍が、そんな肉体を持って次やってきたら……本当に、どう太刀打ちすればいいんだろう。  …………って、あれ? 「あれ……でも、そういえば神様は、自分一人だけじゃ、力を制御できなくて、人は創れないんでしたよね?だからカノンさんが異形になっちゃったって……」  みんなの話を頷きながら聞いていたけど、ふと引っかかったから、軽く手を上げて聞いてみた。すると、私の視界に入るフィアちゃんとサリカさんは……見てないけど多分、セル君もミカちゃんも、ぱちくり瞬きをして。 「……そういえばそうだったね」 「確かに……」 「……何かおかしいな」 「いいところに気が付きましたね、ステラ……」 「くくっ、四人ともしっかりしなよ~」 「あ、忘れてたんだ……」  意外な反応に、思わず、私だけでなくイルミナさんも笑った。ルナさんとスロウさんまで笑みを浮かべていて。  ……フィアちゃんに、サリカさん、セル君に、ミカちゃん。片や教団のセフィスとその懐刀、片やオースで構成されるアルカそのもの。そのせいか、この四人は、そういう事柄には詳しい。  だから、何でも知ってるって態度の四人だったから、みんなの反応が予想外でおかしかった。あはは、だよね、完璧そうに見える人だって、たまには抜けてたりもするよね。  でも、そう考えると、ノストさんのところに来たって言う私の人形も、神様はどうやって創ったんだろ?  私達がそれぞれ考え込むと、私の隣のノストさんが、おもむろに動き出した。見ると、彼はイスに立てかけていたグレイヴ=ジクルドを持ち上げて。  …………あ、そうか! 「ジクルドさんなら何か知ってるんじゃないですかっ?!」 「お、なるほど!ステラ冴えてる~!」  今まで真剣な顔をしていたルナさんは、ぱっと笑うとパチンっと指を鳴らした。……にしても、ノストさんは本当に気が利く……今も、私がそれに気付くようにさり気なく促してるし。バレてますよ。……これも計算済みですかね。  同じ列の隣の長イスにいるスロウさんが、そこから神剣を見て言う。 「ジクルド、聞いていただろう。知らないか?」  手本の問題だ―――  ラルさんなら、自分しか知らないだろうことを私達が話している時、話しかけてきてくれる。けど、ジクルドさんは問われるまでだんまりらしい。やっぱりノストさんと似てるなぁ……私がサリカさんを女の人だって思い込んでるって気付いてたはずなのに、聞かれなかったからって教えてくれなかったりとかね……恥かいたよ!  でも、無駄な問答は除いて、問われたことにはちゃんと答えるジクルドさん。素っ気無い声が返って来た。この辺もノストさんっぽい……。  アテルト=ステラには そこの小娘という手本がいた―――  ヒラナ=カノン・ステラには その手本が存在しなかった 故に思念の影響を受けやすかった―――  手本を模写するだけなら 「    」だけでも問題はない――― 「そうか……じゃあ、神の軍には手本がいるから、異形にはならない」 「ならやっぱり、さっきのがグレードアップしてくるってことだね」  説明を呑み込んだサリカさんが言うと、イルミナさんが困ったような声で溜息を吐いた。  ルナさんは腕を組んで片手をアゴに当て、確認するように言う。 「神様の目的は、ステラを連れ戻すことと、グレイヴ=ジクルドの回収と、グレイヴ教団の壊滅……だったよね。重要な事柄は、根こそぎ隠蔽するつもりってことか……ああほんっと、気に入らない……!」 「ということは、ステラとディアノストだけではなく、フィレイア様を始めとした神官は、全員狙われる可能性がある。世界の真実……教団の聖書を知っている者は、すべて殲滅するような口ぶりだったからな」  スロウさんはそう言うと、ここにいるメンバーの顔を見回した。彼が考えていることを読んだミカちゃんが、ぽつりと言う。 「……ここにいるみんな……標的にされるね……」 「……だな。ステラとディアノストに、教団のメンツ五人、アルカの俺ら二人。俺らの場合は、存在自体が神にとっちゃ邪魔なんだろ。元々、アルカは教団以外には知られちゃいけねーしな」  順にメンバーを整理して言って、面倒臭そうにセル君は頭を掻いた。それからフィアちゃんが、少し焦った様子で言う。 「私達だけではありません、このままではすべての神官を危険に晒してしまいます……!こうしてはいられません、すべての神官にこの旨を伝えなければ……」 「ですが、人形が無限に創られる以上、長引けば負けるのはこっちですよ。次回はわかりませんが、肉体がなければ、奴らの侵入はかなり素早く静かでしょうしね~……それこそ暗殺者みたいな感じで」 「……厄介だな。さすが神、と言ったところか……抜かりないな」 「最低神に『神』なんていらないよ!『さすが覗き魔』で十分ッ!! エオス全体覗き見してるんだし!」 「ぷははっ!! くく、ルナそれひどいね~。でもその通りかも」  教団メンバー五人……正確には一人は「元」だけど、彼らの心配はもっともだ。教団の旗印であるフィアちゃんが真っ先に狙われるのは間違いないだろうけど、教団自体を潰すつもりなんだから、他の神官達も危ないはずだ。  サリカさんの言う通り、このままじゃ……みんなが、危ない。  私が……罰も受けずに、逃げようとしたから……。  ………………。 「…………えっと……は、はい!!」  考え込む五人に聞こえるように、どう主張しようか悩んで、結局シュタっ!と挙手して立ち上がった。効果抜群で、みんなが私を振り返る。う……ちょ、ちょっと恥ずかしいかも。  気恥ずかしさを紛らわすように、手を下ろしコホンと咳払いして。私は、少し深呼吸してから……今、自分が思ったことを口にした。 「―――私が……ユグドラシルに、行きます。そこで、神様を説得してみようと思います」  ……その場の全員が、息を呑むのが伝わってきた。みんなが動揺している隙に、私は言葉を重ねる。 「神の軍の術式を組ませないようにすればいいんですよね?それには、やっぱり神様のところに行かないとダメだと思いますし……ユグドラシルに行けるのは、この中では私だけですから」 「おい、お前、話聞いてたか!? 神の狙いは、お前をユグドラシルに連れて行くことだぞ!お前が自分から行ったらっ……」 「大丈夫だよ」  後ろからのセル君の声に、私は優しく返答して……彼を振り返って微笑んだ。 「ユグドラシルに行っても、グレイヴ=ジクルドがないと、神様は私を壊せないから。……もしかしたら、術式とかで捕まえられるかもしれないけど……神様より、私の方がクロムエラトは強いはずだし。きっとなんとかなるよ。絶対、負けない」 「……お前……」 「……なんて。あはは……やっぱり、本当はちょっと不安なんだけど」  セル君が言葉を失う前で、ちょっと自分でも格好付けたこと言ったなーって思ってた私は、ごまかすように苦笑した。それから、前の五人に向き直る。 「とにかく、そういうことですし、なんとかなるんじゃないかなーと……」 「このおめでたい真性馬鹿が」 「そうそう、おめでたくすべて丸く収ま…………って、え??」  ……今、すぐ横から放たれた言葉は、五人のうちの誰のものでもない。というか、教団メンバーの誰一人として、そんなひどいことを言うはずがない。  振り向くと、今まで黙って隣に座っていたノストさんが、上目遣いで凄く怖い目付きで睨みつけてきてて!? 「馬鹿。お人よし。能天気女。甘ぇよ凡人」 「え、えっ!? な、何ですかいきなり!?」 「説得されて攻撃の手をやめるお人よし愚民はお前だけだ」 「ぐ、愚民って新しい名前増やさないで下さいよー!! で、でもでも、話し合えば……!」 「お前がわざと捕まったところで解決になんざならねぇんだよ」 「……!」  くだらなさそうに言われた一言に……ただ驚いて、声が出なかった。他のみんなが、目を見張って私を見る。そんな中、ノストさんは私をいつもの様子で見据えていた。  ……何でバレたのかな。ノストさん、読心術でもあるっけ。あぁでも……彼は、いっつもこうか。  この騒動は、私が原因のはず。だから、大人しく神様のところに行って、自分が捕まる代わり、それで見逃してもらえるように交渉してみようと思った。  みんなと会えなくなるのは寂しいけど……私のせいで、みんなが危険に晒されるよりはよっぽどいい。ユグドラシルなら、みんなの様子も見えるから、そんなに寂しくないかなって。 「……ステラ君、それは通用しないと思う……確かにきっかけは、キミかもしれないけど……神は、グレイヴ=ジクルドの破壊か、手元に戻ってくることを願っているから……」 「………………」  私の心を読んだらしいミカちゃんが、遠慮がちに言ってくる。自分が思いついた希望を正論で否定されて、思わず黙り込んだ。 「ええ、そうですね……残念ながら、破壊者の貴方だけ捕らえても、神に利益はないはずですから……」 「確かに神は、お前を断罪する目的もあるだろうが、それ以上に、エオスから真実を掃討する方に重点を置いているように思えるな」 「かと言って、グレイヴ=ジクルドだけを神に渡したら、すべて終わりだろうしね~。神が神剣を手にしたら、エオスへの干渉は自由のはずだからさ。神が直々に教団を潰すことも、ステラを壊すことも、サクっとやっちゃうと思うよ」 「……っ…………じゃあ……じゃあっ、どうすればいいんですかッ!? このままじゃ……だって、私のせいなのに……!」  フィアちゃん、スロウさん、サリカさんの大人メンバーに諭される。その冷静な推測から考えたら、私が思いついた行動なんて何の価値もない。  どうすればいいかわかんなくて、泣き言みたいにそう言った瞬間。  目の前が陰ったと思ったら、  ゴツンッ!!!☆ 「あいたあぁッ!!? お、オデコがぁ!?」  何が起きたか理解できないまま、オデコを押さえて思わずしゃがみ込む。た、縦に痛い……!はっ!ま、まさか……第三の目が開く痛みとか!? ……ゴツンって何か当たったのは確かだから、有り得ないけど!  涙目で顔を上げてみると、鞘に入ったグレイヴ=ジクルドを持っているノストさんが、変わらぬ体勢で座っていた。……け、剣で殴られた!? しかも神剣で!ありがたすぎて涙しか出ないよ!! 「お、おいディアノスト……ひどくねぇか……?」 「……あのさ、ノスト。何て突っ込んだらいいのかな……寸前で勢い殺して手加減してるのわかるんだけど、それだったら最初からやるなって言うか……」 「ぷはははっ、ノスト君ひどいねー!無駄に高技術なのがまたいいよ!」 「だ、誰も私の心配はしてくれないんですかーッ!?」  青ざめた顔のセル君と、苦笑気味のルナさんと、楽しそうなイルミナさんに、オデコを押さえて叫ぶ私。他のみんなも笑ってるし!別にコントやってるわけじゃないんだし笑うとこじゃなーい!! 「自惚れんな。この騒音女」 「だ、だって!誰か、ちょっとくらい心配してくれたって……!足とか腕じゃなくて、頭ですよッ!? しかもありがたい鈍器で!」 「ならそこに直れ。特別に2回目だ」 「謹んでご遠慮しますよーだっ!! いい加減、私の頭おかしくなっちゃいますよ!ただでさえ創られてて、繊細かつ壊れやすい構成なんですから!か弱い乙女なんですよッ?!」 「自意識過剰に言ってる時点で狂ってるな」 「う、うそっ!? わ、私やっぱりおかしいんですかっ!? それをノストさんがグレイヴ=ジクルドで直そうとして……って、ンなわけないじゃないですかッ!!」 「……楽しそうだな」 「楽しくないですよ!!」  面倒臭そうに嘆息するノストさんに、私は思わず言い返した。何で一人でノリツッコミしてるんだ私っ! 「あははは、まったくノストには困ったねぇ。要するに、『ステラ一人のせいじゃない』って言いたいんだろ?ステラをユグドラシルから連れ出したんだし、ノストも同罪だからね~」 「あっさり気絶するコイツが悪い」 「って、結局私のせいですか!?」  サリカさんがニヤニヤしながら言うと、ノストさんは彼を睨みつけてそう言う!な、何それ!? 最初に戻ってきたじゃん!な、なんか悔しい……!くううー!!  散々言い合ってから、ぜーはーと息を吐くと、ミカちゃんが静かに話を元に戻してくれる。 「……話、戻すけど……でも、ステラ君の言う通り……この状況、どうにかしたかったら……ユグドラシルに行くしかないと思う……」 「ということは……ここから近いのは、ヨルムデルか」  そう言うスロウさんの声が、少しだけ沈んでいるように聞こえた。……そういえばスロウさんは、3年前、ヨルムデルに行ったんだっけ。そこでヒースさんを……。  彼にとってはいろいろ思い出深すぎるその地底湖の名前を挙げたら、急にジクルドさんが珍しく気を利かせて喋り出した。  我はダウィーゼを推奨する―――  ディアノストが術式を破壊した以上 ヨルムデルからの侵入は困難だ 自殺行為とも言える――― 「え……術式を、破壊……?それはつまり……アルトミセア真言を唱えて転移する術式が、ということですか……?」  フィアちゃんが驚いているのも当然だと思う。術式は、目には見えない。概念みたいなそれを、破壊したなんて想像できないんだろう。私は、ラミアスト=レギオルドの術式を見てるから、なんとなく理解できるけど……。  それだけではない ユグドラシルとエオスの境界 及び神界と「    」を連結させる術式―――  アテルト=ステラを救出する際に ディアノストは邪魔なものはすべて破壊しつつ突き進んだ―――  それ以前は 境界は明確に引かれていた だが破壊されたことにより ヨルムデルの境界は曖昧なものになっている―――  ユグドラシルとエオスの境界……ボルテオースを宿す者しか通さない、門みたいなヤツのことかな。どっちにしろ、そうじゃない人が通れたところで、ユグドラシル自体に拒絶されて弾かれると思うけど。ノストさんは、不完全だけどボルテオースで構成されている。だからユグドラシルは拒絶し切れなかった。  神界と神様を連結させる術式は、そのままだろう。それがあれば、神様はユグドラシル内で想い1つですべてを行う。それが壊れたってことは、神様は想いだけじゃ、ノストさんに対抗できなくなったってことだ。それで、神様の追撃を逃れて私を連れ出せた……んだろう。  あれだけの数の人型術式 「    」と言えど 一度には創造できない―――  見たところ人形どもは 核のみがボルテオースだ 残りは己の手足であるオースで構成することで手間を省略しているようだ―――  オースは神の力の片鱗だが 境界では異端と判断される―――  つまり境界が存在していたなら 「    」は人形を1つ1つ創造しなければならなかった――― 「……そ、それって……つまり……ヨルムデルの境界が壊されてなかったら、一度にこんなに大勢は来なかった……?」  なんか一度に小難しいことを言われて、チンプンカンプンだったけど……なんとなく、いやーな予感がした。私がそろーっと聞いてみると、ジクルドさんはその刃みたいにバッサリ言った。  そうであったなら 「    」の創造速度は急落する 無論だ――― 「……ってことは、ノストさんのせいじゃないですかッ!!」 「壊す原因を作ったのはお前だ」 「うっ……!で、でもでも!私がユグドラシルに行くきっかけは、ノストさんが死んじゃったからですし!」 「狙われるお前が悪い」 「くうう……!あ、じゃあ、私を狙ったスロウさんが悪いってことで!」  この言い争いじゃ、お世話になりまくってる私の方が圧倒的に不利だ!ってことで、私はスロウさんをばっと振り向いて、勝手に彼を巻き込んだ。  スロウさんは怒るわけでも慌てるわけでもなく、諦めたように小さく息を吐いた。 「……最終的には私のせいか。まぁ、あながち間違いではないが、それは後でいいだろう。それよりも現状だ」 「……ご、ごめんなさい……冗談のつもりだったんですが……!」 「わかっている。私がそう処理できないだけだ」  そう言うスロウさんがなんとなく寂しげに見えたから、さらに申し訳なくて。  私、ひどいこと言っちゃったな……私にしたら、水に流すことはしていないけど、もう過ぎ去ったことだし、今は仲間だから問題ないって思ってる。でも、スロウさんにとっては、不本意にもヒースさんとノストさんを殺してしまった負い目が、深い傷になって残ってるんだ……。  ……とにかく。神の軍は、境界がゆがんだヨルムデルからエオスにやって来てるんだ。そんな危険な場所にわざわざ行くよりは、まだ境界が保たれているダウィーゼに行った方が利口だ。 「ユグドラシルに行ってどうするかはともかく、行くしかねぇだろ」 「そんじゃ、奇襲に気を付けつつ、ダウィーゼを目指して出発だね!」  セル君とルナさんが言うのを聞いて、みんなが頷く。  目指すはダウィーゼ。そしてユグドラシル。  そう整理してからノストさんを見たら、彼は何か言いたげに私を睨んでいた。