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relic

77 埋まらない過去

「―――浮かない顔だな」  遠くにあった世界から、まっすぐ届いてきた声。その声を聞いてから、周囲の音や光をようやく受け止められるようになる。  礼拝堂内に反響した声の主を、私はぼんやり振り向いた。扉の方を見ると、黒い神官服を着た男の人が近付いてくるのが見える。  彼は、記憶が戻って別人のようになっても、それだけは変わらず、妖しい笑みで言う。 「嬉しそうに見えないな。……ディアノストは、確かに死んだ。私が殺した。それでも奴は蘇生し、今ここにいる。喜ぶことではないのか?今のお前はむしろ、ひどく後悔しているように見える」 「………………」  私の後ろまで歩いてきながら言う、男の人……スロウさんが指摘したことに、私はただうつむいた。それが……あまりに的を射ていたから。 「……嬉しい、ですよ。ノストさんが、帰ってきてくれて……また一緒にいられて。本当に、嬉しいですよ。後悔だってしてません。……でも……」 「魂の循環を乱したことは否めない……何より、ディアノストの構成を書き換えてしまったことがついて回る、か」 「……はい……」  先読みしたスロウさんの静かな声を背中で聞いて、私は小さく頷いた。  私は、死者を蘇らせた。  ……もっと言うなら、ユグドラシルへ旅立ちかけた魂を、強制的に引き止めた。失われた命を、再び組み上げた。  グレイヴ教団の教えなんて知らない私にも、よくわかる。  それは……あってはいけなかったことだって。  生は不平等かもしれなくても、死だけは、平等なはずなのに……私は、それを違えさせた。  それに……私は、ノストさんの構成を書き換えた。  だから彼は……完全には、人ではなくなった。前は、時の流れこそは止まっていたけど、間違いなく人だったのに……私のせいで、奇妙な構成になってしまった。循環を逆転させた報い、なのかな……でもそれなら、私にくれればよかったのに。  私が目覚めて数日したら、フィアちゃん、スロウさん、イルミナさんがミディアにやって来た。先行したルナさんとサリカさんを追ってきたらしい。どっちにしろ、フィアちゃんとイルミナさんは、このミディアに住んでるんだけど。  スロウさんが失っていた記憶を取り戻したことは聞いたけど、こうして面と向かって話したのは、ここに来てから初めてだ。確かに……前と比べて、少し雰囲気が穏やかになったような気がする。 「……人の蘇生か。確かに、複雑ではあるな。それならば、私も妹を蘇らせたいものだ」 「……そう、ですよね……そう思いますよね……」  何処か切実なその口調に、私は胸を押さえた。  そうなんだ……本当は、あの時に、別れなきゃいけなかった。でも……自分の力のことを思い出して、とっさに願ってしまった。  きっと、そう願うのはみんな同じ。だけど……私には、人と違って、クロムエラトがあって。思いがけずに力が発動した。  みんな……悲しいのは一緒。私だけ……抜け駆けなんて。喜ぶなんて……不公平だ。  ……どうしよう……。 「……私……どうすればいいんでしょうか……」 「……そうだな。神は黙っていないだろう。またディアノストを殺せば、問題ないかもしれないがな」  私が何気なく口にした言葉に対して、後ろからスロウさんはそう言い放って。……瞬間、私はほぼ反射的に、ばっと彼を振り返って睨みつけていた。 「ノストさんは悪くないっ!! ノストさんは巻き込まれただけです!殺すなんてっ……!! 悪いのは……悪いのはっ……!」 「悪いのはお前だとして、それをきっぱり断言できるのか?ならば、素直に神の裁きを待つか?それとも、自らディアノストの前から立ち去るか?」 「…………っ……」  思わず声を荒げた私を、紫の双眸は冷ややかに見つめ返し、淡々と問うた。その突き刺さるような選択肢たちを……私は選ぶことも、拒むこともできなくて、喉が凍りついた。  思考停止して静かになった私に、スロウさんは目を伏せて……小さく笑った。何処か自嘲気味に。 「……結局は今、お前は幸せなのだろう。死んだはずの奴が生きていて、ともにいられることが」 「………………」 「そんなものだ。恐らく私も……お前と同じ立場になったなら、どれも選ぶことはできない。相手を殺すことも、相手の前から消えることも、罰を受けることも。相手といる幸福を、手放すことはできないだろう……」  罰を、受けなくちゃいけない。そうわかっていても……逃げたい。  自分の世界の中心とも言える大事なものに、罪だってわかってて、手を伸ばした。届いてしまった。それを手放すなんて、自分の世界を放るなんて……できない……。  ……あはは。馬鹿みたい。  ただの子供じゃない。オモチャが楽しいから離したくないっていう、そんな感覚によく似てる。  神子である私が、こんなこと思うのは……罪なのかも。神様の言う通り、私は神様の力クロムエラトを以って世界を乱す、世界の大罪人フエスト=ナグ=リドシルなのかもしれない。  内心で思って、ふと外に意識を向けると、スロウさんが笑ってこっちを見ていた。 「……ステラ。お前は……ひどく人間らしいな。私は神とは話したことはないが、神などよりもずっと魅力的だ」 「へっ?? ……え、えっと……あ、ありがとうございます……」  み、魅力的?? 唐突に褒められて、ドキッとした。とりあえずお礼を言っておく。っていうか、こ、この人、相手を褒めたりするんだ……なんか凄く印象違うや……。 「人は不完全なものに惹かれ、親しく思う。完全なるものには、尊敬と畏怖、距離を置く相反するものを同時に抱く……だからこそ、皆がお前に惹かれるのだろうな。人と同じように間違いを犯す、等身大の神と言ったところか」 「か、神……!? わ、私なんて、ただ変な力があるお馬鹿ですよ!?」  予想外の言葉に、私はわけもわからずブンブン両手と首を振った。た、確かに私は神子だけど、ただそれだけであって、神なんてそんなわけっ!  私の慌てぶりに、スロウさんは「まぁいいだろう」と笑ってから、私が落ち着くのを待って口を開いた。 「ところで、神子ステラよ。お前に1つ、頼みがある。その用でここまで来たのだがな」 「私に……ですか?」  ぱちくり瞬きをする私に、スロウさんは両手を腰に当てた。かと思うと、そこに1本ずつ、ぶら下げていた2本の刀を鞘ごと外す。それを両手でまとめて持つと、私に差し出した。 「え……?これって……ラミアスト=レギオルド、ですよね」 「そうだ。死光イクウ生闇イロウ。お前がセルク、ミカユと呼ぶ人格を持つ、今のところ最高位のアルカだ」 「あっ……!そ、そういえば、セル君とミカちゃんは……」 「お前を助けた時に、契約を破棄した。それ以来、ずっとこのままだ」  目覚めた時に聞いた話を思い出して、私がはっとスロウさんを見上げると、彼は双刀を見下ろしたまま言った。  ……セル君とミカちゃんは、あの時に私を助けたことで、自ら契約を破棄した。それによって、二人は人型に姿を変えられなくなり、スロウさんは刀の力を使えなくなった。  目の前の、白と黒の双刀。二人とも……物言えないこの姿に縛られるのが嫌だったはずなのに。……どうして、自分から……。 「――ステラ。お前は、すでに失われていた、ディアノストの命、私の記憶を再構築した。ならば……私とコイツらの契約も、再構築できないか?」 「えっ……?!」  真剣な声が紡いだ「頼み」は、思いがけないものだった。私が驚いて彼を見つめると、真摯な眼で続きを言う。 「無理強いはしない。お前に課せられる代償も関係するようだからな」 「け、契約を……再構築?で、でも私、あの時は無我夢中で……自信ないんです……」  頼られたことは嬉しいけど、本当に自信なかったから、申し訳なくて、私はうつむいた。  確かに……契約を再構築できたら、セル君とミカちゃんは人型に戻れる……!  ……再構築……神様さえできなかったっていう、私ができてしまった奇蹟。  確かなことは全然わからないけど……私自身ボルテオースと、クロムエラトと、グレイヴ=ジクルドが揃うことが、最低条件なような気はする。他にも何か要素があるかもしれないけど……。 「再構築するのは、契約だけだ。命に比べたら、まだ規模が小さいような気はするがな……っ!」  語尾を言っている辺りで、急にスロウさんはばっと身を翻した。え?と私が見上げたら、ィィ……ンと、何かの楽器のような澄んだ高い音が上の方で鳴った。 「えっ……の、ノストさんっ!?」  そこには、何処からともなく現れたノストさんがいた。グレイヴ=ジクルドでスロウさんに切りかかったらしく、それをスロウさんが白い生闇イロウで受け止めている。スロウさんは、ノストさんが襲ってくるのを察したから、手に持っていた刀を片方、とっさに抜刀して受けたんだ。  で、でも、どうしてノストさん、スロウさんに攻撃してきたの!? もう敵対する理由、なくなったんじゃなかったっけ!?  ノストさんは、刃の先みたいに鋭いダークブルーの眼でスロウさんを睨みつけていた。前にスロウさんと敵対していた時の目と同じだ。混乱している私は無視で、彼は低い声で言う。 「何が目的だ」 「お前とステラが大罪人になった以上、神は黙っていないだろう。それを援護してやろうと思っただけだ。お前達の敵に回るつもりはない」 「の、ノストさん、落ち着いて下さいよ!! スロウさんが前と違うって、わかってるでしょう!? そんなことしませんよ!」  刃と刃を噛み合わせているけど、ギチギチというあの耳障りな音はしない。グレイヴ=ジクルドになってからというもの、この剣が奏でる音は凄く澄んでる。まるで楽器みたい。ノストさん大喜びじゃない……?  だからそんな音はしないけど、お互い手加減なしに力を入れてるらしく、刃の交点が小刻みに震えている。私は慌ててノストさんを宥めた。  ノストさんは、警戒してる。スロウさんが敵に回るつもりなんじゃないかって。  「契約を再構築してほしい」って辺りは、聞かれていたらしい。契約を再構築したら、セル君とミカちゃんはまた人型になれるけど、スロウさんもまた、ラミアスト=レギオルドの力を使えるようになる。  多分、セル君とミカちゃんが可哀想だからって理由じゃないだろう。となると、確かに、スロウさんの目的がわからない。 「スロウさんは、もう敵になったりしませんよ!なる理由もありませんし!スロウさんもこう言ってますしっ、とりあえず剣引きましょう!? ねっ?!」  ひとまず落ち着いてほしかったから、ノストさんに必死にそう言うと、彼は私を一瞥した後、仕方なさそうに力を抜いて、グレイヴ=ジクルドを下ろした。スロウさんも生闇イロウを鞘に収める。  それからノストさんは、突然ギロっとこっわい目で私を見て。 「この能天気女が」 「そ、その呼び名、結構レアですよね……大丈夫ですよ。スロウさん、嘘はつかないってフィアちゃんが言ってましたし」  スロウさんを知っていたフィアちゃんが言うから、本当だと思う。根拠あるかなーと思って言ったら、ノストさんはさっきより怖い目付きでこっちを……睨んで……!? 「へっ?? あ、あの……ノストさん、怒ってません?っていうか最近、怒ること多くないですか?」 「フ、無自覚か。これはとんだ強敵だな」 「スロウさん、理由わかったんですか!? 強敵って、どういうことですか?私、神様の子ってだけで強くないですよ?あ、でもクロムエラトは強敵かも……」 「お前のイカれた頭が一番強敵だ」 「ぐはぁっ!? ちょ、ひどいです!た、確かに馬鹿ですけど、イカれてなんかっ……あ、あるかもしれませんが!!」  呆れたように息を吐くノストさんの言葉に、私は涙目になりながら言った。  わ、私の頭はイカれてなんかないぞっ!で、でもでも創られたってところを考えると、何かのミスでおかしくなってるってことも……いやそんなことはない!よね!? き、きっと!  ―――ステラ 貴方は自分が 神子だって言うことを忘れていない?  唐突に、くすりと、いたずらっぽい笑みを含んだラルさんの声がした。手前に持ってきたノストさんの手に握られているグレイヴ=ジクルドの、柄付近にいるラルさんを見ると、彼女は続けて言う。  ―――神子ニレイ 文字通り 神の子よ  ―――なら 神の力であるオースを 貴方が導けても 不思議じゃないでしょう? 「えっ……!? そ、それってつまり……私が、オースの術式を作れる……ってことですか?!」  な、なっにいいーー!!? アルトミセア様がすっごく勉強して操っただろうことを、私はクロムエラトで、チョチョイってやっちゃうってこと?! ……な、なんか悪い気がする……!  私がいろんな意味でショックを受けると、ラルさんはくすくす笑って頷いた。  ―――でも貴方は アルトミセアと違って オース自体は理解していないから 難度の高いものは作れないと思うわ 「あ……で、ですよね!多分、私じゃ、ノストさんが通った時に地面に縦穴が空くとか、どうでもいい術式しかできませんよね~!」 「そうだな、安心しろ。お前を足場にして地上に戻る」 「わ、私が真ッ逆さまじゃないですかっ!?」 「極限状態に陥ったら、難度の高い術式も組めるだろ」 「そ、そんなスパルタ修行、嫌ですよーーッ!!」  そ、そんなのハイリスクすぎるっ!で、でも確かに、クロムエラトは想いの力だから、死にそうになったら凄い力発揮しそう……って、騙されるな私~!! 一歩間違えば死ぬんだぞっ?!  ―――見たところ ラミアスト=レギオルドの契約は オースの術式によって制御されている  ―――ゼロから組み上げる必要はないわ その契約術式を 一部書き換えるだけで十分よ  ―――それくらいなら 再構築するまでもなく 貴方ならできるわ 「ってことは、代償もない……ってことですよね。それなら安心です。それじゃあ……」  また体を構成するボルテオースを使ったりするのかなって思ってたから、私はホッと胸を撫で下ろした。それから、スロウさんからラミアスト=レギオルドを受け取ろうとしたら、不意に目の前が紫色になる。視線を上げると、私の前に割り込んだノストさんが、こちらを見下ろしていた。  ……静かな瞳。やっぱり言いはしないけど、ノストさんはちょっと反対らしい。私が契約術式を書き換えること。 「根拠は」 「どの根拠も、ないです。代償が本当にないかどうかは、わかりません。でも、ラルさんの言葉を信用します。スロウさんが敵に回らない根拠も……ないです。でも……その時は……戦います」  胸に手を当てて、私ははっきり口にした。予想外の言葉だったらしく、スロウさんが少しだけ驚くのが見えた。  ノストさんは……相変わらず、黙したまま。ダークブルーの瞳を真っ向から見据えて、言う。 「アルカの力は、クロムエラトの弾く盾で私には効きません。だから私を殺すには、私のクロムエラトを解除させて、直接攻撃してくるしかないですけど……それは、ノストさんが守ってくれますし、大丈夫です」 「………………」  断言した私を、ノストさんは何処か呆然とした様子で見返してから。やがて、すっと右手を上げたかと思うと、  バチンッ!! 「あいたぁッ!!? ちょ、な、懐かしのデコピンっ!? な、何するんですか痛いですよッ!!」  親指を中指で輪を作ってると思ったら、そのまま額のド真ん中にデコピンしてきた!やっぱり結構痛い!つ、爪の固さがッ……!!  手を下ろしたノストさんは、淡々と答える。 「直接攻撃」 「って!? それじゃ私、ノストさんに殺されるじゃないですかッ?!」 「つくづくおめでたい馬鹿だな」 「む、むぐぅ……た、確かに、一度もノストさん、私を殺さないなんて言ったことないですけどっ、信じてますもん!! ノストさんはそんな人じゃないってことくらい、わかってますよー!!」 「馬鹿は理由もなしに、他人を信用するらしいからな」 「つ、つまりそれは、包み隠さずに他人に自分をさらけ出してるってことですよ!裏表ないってことです!だ、だからそのっ……ノストさんだって、私のこと、信じてますよね?!」  さっきまではノストさんの顔を見て言ってたけど、最後ばかりは恥ずかしくて、私はうつむいて聞いていた。ううう、今、顔真っ赤だ。ストレートに「私のこと信じてますよね?」って相手に聞くなんて馬鹿でしょっと思ったけど、それしか方法がなかったから頑張る……!  私は、ラルさんも、ノストさんも信用してる。だから、こんな根拠のないことにも賭けられる。  だから……ノストさんにも、信じてほしい。根拠なんて何処にもない、私の選択を。 「綺麗事だな」 「……はい。でも私、綺麗事でも貫くって決めましたから。……これすらも綺麗事ですけど」 「それが目標か」 「……え?」 「精々頑張るんだな」  キョトンと彼を見つめる私にはそれ以上構わず、ノストさんは私の前から身を引いた。わけがわからなくて、ノストさんを見たら、いつかの言葉が蘇った。   『理想が目標になる話。お前がその綺麗事を現実にしてみろ。無理だろうがな』  理想は、理想。でも、それに向かって歩き出したら、理想は目標に変わると思う。そう言った私に、ノストさんは言葉とは裏腹に、興味なさげにそう言った。  ……綺麗事を貫いてみせるっていう、私の綺麗事。私の理想。それは今、私の目標になってる。  ノストさん、あの時は凄くくだらなさそうだったけど……今は、そうでもないのかな。やっぱり毒舌でだけど、私の綺麗事を信じてくれて、応援……してくれた。……す、素直に嬉しい。あーもーっ、ノストさんの言動で一喜一憂してる私って……!  ひとまず心を落ち着けてから、私は、正面で待っていてくれたスロウさんに言った。 「スロウさん、お待たせしました!契約術式の書き換え、やってみます!」 「フ、いい物を見させてもらった」 「ど、どれのことですかッ!?」 「では頼むぞ」  ドキッとして問い返す私には答えずに、スロウさんは2本の刀を私に差し出してきた。う、受け流された……と思いながら、ちょっと戸惑った目で死光イクウ生闇イロウを見る。  ―――大丈夫よ 自我を持つくらいの高位のアルカは その意識を軸にもう構成が固まっている  ―――だから貴方が触れても 吸収してしまうなんてことにはならないわ 「あ、そうですか……なら心配ないですねっ」  内心の不安を読み取ったラルさんに言われて、私はホッとした。それから双刀を受け取ると、アルカに触れた時にする寒気が、少しだけした。  ラルさん曰く、前にカノンフィリカのオースと結合してしまったのは、カノンフィリカの力を使った際に、私のボルテオースとカノンフィリカのオースが共鳴した結果らしい。それで、上質のボルテオースで構成される私の方にくっついてきたってわけ。けど、触っただけでも共鳴するかもしれないから気を付けてって言われた。  ……ちなみにカノンさんは、カノンフィリカと結合してたみたいだけど、難なく出し入れしていたらしい。もう体の一部になっちゃってたそうな。彼女は、私と違って自分の体については熟知してるみたいだし、当然か。  黒い刀の死光イクウ。白い刀の生闇イロウ。契約を一方的に破棄した、セル君とミカちゃん。その二刀を見つめてから、私は鞘ごと抱き締めた。  うーん……刀を受け取ったはいいけど……こ、これ、どうすればいいんだろ?大事なのは、私のクロムエラトだろうし、とにかくフィーリングで好きなようにやっちゃっていいのかな?じゃあ……、  ……目を閉じて、想う。  双刀とスロウさん、両者を繋ぐ契約術式を書き換えたい。  セル君とミカちゃんに、また会いたい。  スロウさんに、力を戻してあげたい。  だから――拡いて、私のクロムエラト。  ……頭の中に、青いものが過ぎった。  四角形を基調にした、不思議な紋様。混沌神語が刻まれているのが見えて、直感的にこれが術式だって思った。  悪魔の双刀と使い手とを繋ぐ契約術式ラミアスト=レギオルド ゼ ソロンシルム=ヒラナ コルド=トリティス  ……読める。契約術式を構成する混沌神語。  契約する上で留意すべき条件は、2つコルド=ツァイム ヘクト=アグナ=タリス メール レギ  契約者は、彼らを双刀として使うこと。コルドシル バロンム=レギオルド=モロ ウル彼らは、契約者に必ず従うことバロン コルドシル チレ リュオス=シャンツノ  もしそれが破られるならば、ヤヴェ=ミゲラト双方の関係は絶たれるレギ=フルブスト=ヒラネス メール デオ  ……この契約術式のせいで、セル君とミカちゃんは、使い手に従属しなきゃならなかった。  なら……私が書き換える。セル君も、ミカちゃんも、スロウさんも……みんな、自由でいられるように。  3、4行目を刻んでいるオースを、部分部分解いていく。  契約者は、彼らを信用すること。コルドシル バロンム=ユール彼らも、契約者を信用することバロン コルドシルム=ユール=ノエ  双方の信用があって、レギ=フルブスト=ユール ミティ力は発揮されるオース メール ウルト 「……う……」  3行目は、前のを少し変えただけだったけど、4行目は全部オースを解いて、一から綴り直した。けど、思ってたより苦しい作業で、最後の1文字を刻んだ瞬間、めまいがした。立ってられなくて後ろに倒れかけたら、誰かの腕に支えられた。  意識の世界から現実に戻ってきた私が、目を開いたそこに見たのは。 「平気か?まさか、一から術式を組んでいるわけではないだろうな?」 「スロウさん……あ、いやその……1行、だけ……最初から……」 「……まぁ、予感はしていたが……無理はするなと言ったはずだ。私がディアノストに睨まれるだろう。……すでに睨まれているがな」  私を助け起こして、スロウさんはノストさんの方を見た。つられて振り返ってみると、物凄くフレンドリーじゃない目付きでこっちを睨んでいるノストさん。……スロウさんだけじゃなくて、私も睨まれてるような気がするんだけど……何で!?  あはは~……とノストさんに苦笑してみたら、不意に、私の腕の中のラミアスト=レギオルドの輪郭がぼやけた。私が双刀を見下ろすと、死光イクウ生闇イロウはそれぞれ黒と白の粒子にほどけて散った。  一度拡散した光の粒は、私の前に色ごとに収束して、別のシルエットを組み上げる。見知った二人の姿が、白と黒から浮かび上がってきた。 「……二人が、人型になれたってことは……」  契約は、復活した……ってこと?  姿がはっきり見えるようになってから、少しの間を置いて。二人の、閉ざされていた瞼がゆっくり持ち上がった。  紺色と水色。 「……せ、セル君……ミカちゃんっ……私が、わかる……?」  契約術式を書き換えたのは確かだけど、もちろん初めてだったから自信がなかった。恐る恐る問いかけてみると、二人はキョトンとした様子でぼんやりしてから、自分の手や体を見下ろして、それからやっと私を見た。 「ステラ……?それに何で、人に……俺らは、確か……」 「うん……ボクらは、契約を破棄したはずだけど……どうして……」  いきなり人の形になれたことに困惑する二人。私が知ってる、いつもの二人だ。  私が術式を書き換えたからだよとか、久しぶりだねとか、いろいろ言いたいことはあったけど、全部、喉に詰まって、声にならなかった。  二人が驚いた顔をしたのが見えて、すぐぼやけてしまう。涙が少し滲んだのがわかった。 「んなっ……!? お、おい、どうした?! 俺、マズイこと言ったか!?」 「ううん……」 「じゃあ……何処か痛いの……?」 「ううん……違うよ……」  急に泣き出した私に、セル君が慌てた声で、ミカちゃんが心配そうな声で聞いてきてくれる。私は服の裾で目元を押さえ、顔を上げて笑った。 「よかった……二人とも……また会えてっ……!」 「……うん。ボクも、嬉しい……」 「……そうだな。会えないこと覚悟してたのにな」  私の笑顔に、ミカちゃんも淡く微笑んで、セル君もホッとしたように口元を緩めた。  もしかしたら、もうこうして人の姿で会うことはできないのかなって、何処かで思ってたから。一気に安心して嬉しくて、思わず涙が出た。えへへ……お騒がせしてごめんね。 「書き換えは……成功したか」  浮かんだ涙を拭う私を向いていたセル君とミカちゃんの後ろから、スロウさんが静かな声で言った。二人がスロウさんを振り返ると、彼は少し申し訳なさそうな表情で、二人を見て。 「ラミアスト=レギオルドの、死光イクウセルクと生闇ミカユよ。……私は、お前達とまともに話したことがないな」  そう言うスロウさんを見る二人は……一体、どんな顔してるんだろう。二人はこちらに背を向けていて、私からは表情は見えなかった。  雰囲気の違うスロウさんに、どうやら少し混乱していたらしい。ちょっと間を置いてから、スロウさんを見て何かを読み取ったらしいミカちゃんが、隣のセル君に言った。 「……セルク……スロウ君、記憶喪失だったみたい……それも、ただ忘れていたんじゃなくて……本当に、記憶自体が頭の中になかった・・・・・・・・・・・・・みたい……それをステラ君が……無から、再構築して……」 「………………」 「自己を規定する根源がなかったから……前のスロウ君からは、何も読めなかったんだ……」 「……なるほどな。で、今はどう思ってるって?」 「ボクらを、道具としてしか見てなかったこと……申し訳なく思ってる……」 「………………」  ミカちゃんの口を通じて、スロウさんの事情を理解したセル君。二人がスロウさんを凝視する前で、スロウさんは……静かに、頭を下げた。 「……すまない。虫が良い話だとはわかっているが、もう一度だけ、私に力を貸してほしい」 「近いうちにかかると思う、神の追撃から……ステラ君達を逃がすために……だって」  理由が足りていないスロウさんの言葉を、彼の心を読んだミカちゃんが補足して、セル君を見た。私も、ノストさんも……彼に注目する。  皆の視線を無言で受け止めるセル君は、何も言わなかった。 「…………………………っけんな」  ……長い、長い沈黙の後。  低い小声がしたと思ったら、次の瞬間、セル君は、ガッとスロウさんの胸倉を掴み上げて、彼を引き寄せていた。 「セルくっ……」 「っざけんなッ!!!!」  私がびっくりして呼びかけた声を、セル君の咆哮のような叫びが押し潰した。驚いて目を丸くしているスロウさんに、セル君は畳み掛けるように吼える。 「記憶が戻って間違いだったってわかったからって、今更、味方面すんのか!? 事情があったにしろ、お前がステラ達にやったことは変わらねぇ!! ディアノストを殺して、ステラを泣かせて!! 責任あるってわかってんのか!?」 「……わかっている、つもりだ」 「なら!! それ相応の責任、とれよ!!」  スロウさんが声を絞り出して言う。ひどく激昂しているらしいセル君はそう言い放ち、それから大きく息を吸って。  吐き出した。 「―――――俺は……お前を認めねぇ!!!」  ……時間が、止まったような錯覚を覚えた。何かを言おうにも、声は失われていて。  私が組んだ契約術式では、双方の信用があって、初めて力は発揮される。  だけど今、セル君は、スロウさんを拒絶した。信用なんてもってのほかだ。ということは……、 「ミカユ、行くぞ!」 「……うん……」  セル君はスロウさんの胸倉から手を放すと、くるっと身を返しざまにミカちゃんを呼んだ。部屋から出て行こうとするセル君を追って、ミカちゃんも、こちらを心配そうに振り返りながら出て行く。  パタン……と扉が閉まる音が、私達の間を通り抜ける。とても小さな音だったのに、この静寂の中、それはよく聞こえた。 「……スロウさん……」 「……そんな顔をするな。お前のせいではない」  ようやく、声が出せた。でも何て声をかけたらいいかわからなくて、名前を呼んだら、そう返された。自分で思ってる以上に、ひどい顔をしてたらしい。  スロウさんは小さく自嘲した。 「……ステラ、そしてディアノスト。お前達は……私を恨んでいるか?いるだろうな……当然だ」 「……え?」 「セルクの言う通り、お前達に害を加えたのは事実だ。事情があったにしろ、それに変わりはない」 「………………」 「ラミアスト=レギオルドの契約が再構築され、また力を使えるようになったなら、お前達の手助けをするつもりでいた。しかし……契約は戻ったが、力は戻らなかった。あの二人にも見放された私は今、ただの一般人と同じようなものだ。煮るなり焼くなり……お前達に好きにして構わない。お前達には、その権利があるだろう」  ……確かに……スロウさんは、私達の敵だった。ひどいこともされた。忘れられるはずがないから、全部、水に流すなんてことはできない。ノストさんだって同じだろう。  それを、スロウさんも理解した上で……私達の好きにして構わないって言う。  …………………………。  ……しばらく考え込んで。私は、ノストさんを振り返った。目が合うと、彼は『好きにしろ』って目で言ってきた。  私は小さく頷いて、スロウさんに視線を戻す。彼の目を見上げて、口を開いた。 「…………私は……貴方を許しません」 「………………」 「ノストさんが貴方に殺されなかったら、私は彼を再構築しなくて済みました。今、こうして悩むことも、きっと……なかったはずです」 「……そうだな」  今までの自分を行いを追憶するように、スロウさんは目を伏せて、何一つ否定することなく頷いた。 「―――――だから……助けて下さい」 「………………何?」  私の言葉に、スロウさんはポカンとした顔をしてから、ようやく一声聞き返してきた。初めて見る、唖然とするスロウさんの様子に、私は不敵に笑って言った。 「今の状況、こうなったのは、貴方のせいです。本当に悔やんでるなら、責任とって、私達に力を貸して下さい」 「……それは……構わないが、今の私は、大した戦力にはならないぞ」 「力だけの話じゃないです。迷ってばっかりの私を、ノストさんやサリカさん達と同じように、ただ傍で見守っててくれれば、それでいいです」  ……答えはいらない。貴方達が、何かヒントになるようなことを言ってくれれば、それをもとに、私は自分で自分の答えを出すから。  今までは、【真実】という名の答えを追ってきた。この先には……答えはない。自分の答えを信じて、前に進むしかないんだ。どんな道でも。  ……とか、もっともらしいこと言ってるけど、要するに一言だ。私はなんだか照れ臭くなってきて、はにかんで笑った。 「すっごく平たく言えば……仲間になって下さいってことです」 「………………」 「ノストさんも、それでいいですよね?」  私が背後のノストさんに同意を求めた刹那、ヒュッと、頭の上で風が裂けた。見上げてみると、グレイヴ=ジクルドをスロウさんの首筋に突きつけるノストさん。微動だにせずにそれを見ていたスロウさんは、ノストさんを見返して、フッと笑った。 「……少しでも変なマネをしたら、切り捨てるというわけか。確かに、ラミアスト=レギオルドを使えない私など、その剣を持つお前にとって敵ではないだろうな」  おかしそうにスロウさんは笑ってから、すっと、自然な動作でその場に片膝をついた。そして、まるでお姫様に忠誠を誓う騎士様みたいに、頭を垂れた。……私に。 「へっ……?! ちょ、スロウさん!?」 「承諾いたしました。神子ステラ、貴方がたを苦しめた我が命、貴方に委ねましょう。いかようにもお使い下さい」 「……あ、あの……」  口調もさっきと違って、目上の人に使う敬語だったから、恥ずかしくて顔が紅潮してきた……!う、うわあスロウさん、敬語だと大人って感じでカッコイイかも……というか、これ絶対わざとですよね!? 嫌がらせですよね!? ああもう、どうしてみんなこうなのー?!  真っ赤になってガッチンゴッチンになってる私に、その格好のまま、スロウさんが笑いを含んだいつもの口調で言ってきた。 「ひとまず返事をしろ。受け取ったと」 「へ?? え、えっと……りょ、了解しましたっ!?」 「フ、お前がかしこまってどうする。もっと偉そうに言ってみろ」 「え、え?? じゃあ、その……と、当然の言葉ですッ!!」  ノストさんならきっと、「当然だ」って言うだろうと思ったから、その言葉を借りて、それからびしっと指差して言ってみた。けど、なんだかスロウさんに悪い気がして、あんまり偉そうには振舞えなかった……の、ノストさんって、地味に凄いかも……。  マネしたってのが見抜かれたらしく、ノストさんがすかさず横から言ってきた。 「凡人にはまだ早い」 「ってことは、いつかはちゃんと言えるようになるってことですか!?」 「世界が滅亡してさらに数千年経ったらな」 「ええぇえッ!? そ、それじゃ私も言えないし言う相手もいないじゃないですかっ!! つまり私には言う資格ないってことですか?!」 「愚問だな」 「ぐ、愚問……ううう……!」  ああもう負けてばっかだー!愚問って言われて言葉に詰まる自分が悲しい!いつかノストさんにも言ってやるっ!ふふふ当然じゃないですか指差しびっしー!! って感じで! 「あの二人との関係は、自分で解決する。私こそ、お前に頼るかもしれないが、よろしく頼んだ」  そう言いながら立ち上がったスロウさんは、私を向いて……淡く微笑した。思ってたより優しい笑顔できるんだなって思いながら、私も笑い返した。 「はいっ!!」 「余計に問題こじらせて逆に悪化させる可能性200%だ」 「む……そ、そんなことはないと思いますよ?! と、とりあえず伝言役くらいはできるはずですし……」 「やかましい黙れ凡人。自惚れんな馬鹿のくせに何ができる」 「な、なんかいつもよりひどくないですかっ!?」