Back

neoteny

65 信じるから――

 凄く……ショックだった。  クールなのに照れ屋さんで、正直なセル君。  ぼんやりしてるけど、何でも知ってるミカちゃん。  スロウさんの部下だって言うのは、わかってた。だけどやっぱり、友達だから敵に回ることなんてないって、何処かで思ってて。  だから私は、勝手に裏切られたような気分になってる。  最初から、こうなることはわかってたはずなのに。  アルフィン村を追放された時より……ずっとずっと、苦しい。 「………………」  閉じた瞼の裏を見つめ、浮かび上がってきた意識でそう思ってから……私は目を開いた。  きっといつもなら、いつの間に寝ちゃったんだろうとか、よくわからないまま起きてたと思う。だけど今は、目が覚めた時点で気絶する寸前のことを思い出したから、私は落ち着いて体を起こす。  起き上がった真正面。そこに見えたには、縦に規則正しい間隔で並んだ、数本の鉄の棒。 「……あれ……?」  ……不思議と、見覚えのある風景だった。思わずゆっくり後ろを振り返ると、目を向けた位置に、やっぱり見覚えのある無造作な冷たい石の台があった。  あの日と同じ景色。だけど、左手の壁と後ろの壁に、あの日彼が開けた穴、はない。  ここ……シャルティア城の地下牢だ。  私が、ノストさんと初めて会った場所……。  立ち上がると、床の細かな砂利を踏む音と服が擦れる音がやけに大きく響いた。それから、やっぱり響く足音を鳴らしながら、棒の前に近寄る。  牢屋の外には、誰もいなかった。あの時は、看守さんがたまに来てた。交代制だったらしいんだけど、サボる人の方が多かったみたいで、1日の午後数時間、毎日同じ人が来るくらいだった。多分、あの人はマジメな看守さんだったんだろう。  扉のところの鉄の棒を掴む。軽く押してみるけど、鍵はしっかり掛けられていて、やっぱりビクともしない。  そんなことをしてから、ようやく頭が冴えてきたみたいで、ふと疑問に思った。  ……私、何で牢屋にいるんだろ? 「……ふふっ」  そう思ってから、あることに気が付いて、自然と小さく笑みが綻んだ。  そういえば、あの日も同じこと考えてたなぁ……それから寂しくなって、ちょっと泣きそうになったら、隣からノストさんが声をかけてきた。  ……隣……やっぱり、見えないや。 「……ノストさん」  呼んだら、素っ気無い返事が返ってきそうな気がした。でも返ってきたのは、当然だけど静寂だけ。  何の反応もない世界……。  ……今、ここにいるの……私だけ、なんだ……。  一人ぼっちって……久しぶり。  みんなといる時の楽しさを知ってるから、やっぱり……一人は、寂しいよ。  この牢屋で話した時、ノストさんは、一人でも寂しくないって、孤独に慣れてしまっていた。  あれから、ずっと一緒に旅をしてきた。その間、ノストさんは一人じゃなかった。少なくとも、私がずっと一緒にいた。多分、迷惑ばっかかけてたけど、孤独感を打ち消すくらいはできてたと思う。  だから……少しは、一人は寂しいって、私がいなくて寂しいって。そう思うようになってくれてたら、嬉しいな……。  ……とにかく……私、タミア村にいたよね。シャルティア城にいるってことは、一気にイクスキュリアまで来たってこと?  また、いつかみたいに、セル君がワープさせたのかな?  ―――ステラ 「あ……ラルさんっ?」  柔らかな声が聞こえて、私ははっとポケットの中の『彼女』の存在を思い出した。そうだ、ラルさんがいたっ……!  取り出した、完全な姿に戻ったラルさんは、透明な輝きを放ちながら言う。  ―――元に戻ったとは言え 少し力を蓄える時間が必要だったの すぐに話せなくてごめんなさい 「いいえ、大丈夫ですよ」  あ……思わず口で答えちゃったけど、そういえば心で思っても伝わるんだっけ。何処で誰が見てるかわかんないし、喋ると声が反響してなんだか寂しいから、心で話そう……。  ラルさんは、いつもの優しい声音で微笑むように言った。  ―――ありがとう 貴方のおかげで元の形に戻ったわ  そんなことないですよ。っていうか、私はウォムストラルのカケラに会っただけですし。私のもとに集まるとかはともかく。  って思ったら、ラルさんはクスクス笑った。  ―――私がカケラ達と結合できたのは 貴方の力なのよ 「……え?」  ―――カケラがすべて揃ったとしても 貴方がいなければ 私は砕けたままだった  ―――神子である貴方が 私を元の姿に戻してくれたの  初耳で、ポカンとした顔をする私に、ラルさんは歌うようにそう語りかけてきた。  ……え、えっと、つまり。  ウォムストラルを持っているのが私じゃなかったら、ラルさんは、カケラと合体することもできなかったってこと?私が……神子だから?  それなら、じゃあ、もしかして……、  私がその考えに辿り着いたのを読んで、ラルさんが先を紡ぐ。  ―――そう 私とジクルドが結合し グレイヴ=ジクルドになるためにも 貴方の力が必要不可欠  ―――「    」は 貴方の親である神は 貴方にそう力を与えた  ―――貴方は 破壊者ロアシルであると同時に 再生者ラシュファシルでもあるの 「………………」  ……破壊者であり、再生者。まるで……破壊と再生を司る、グレイヴ=ジクルドみたいだ。  でも皮肉なことに、私は、そのグレイヴ=ジクルドを再生し……そして破壊する者。二人目の剣状の神様を、殺す存在……。  神様には、グレイヴ=ジクルドを破壊しなくても済むような方法を探してみせるってカッチョイイこと言っちゃったけど……実際には、まだあまり、自分がそんな凄い存在だって実感がない。だから、貴方は破壊者で再生者とか言われても、なんだか他人事のようで。  私はただ、みんなが笑っていられるように、自分にできることをしたいだけで……。  そんな複雑な私の胸中を読んだらしいラルさんが、自然な流れで話題を変えた。  ―――気付いていると思うけど 貴方はあの二人によって ここまで転移してきたの 「……セル君と……ミカちゃん、ですか……」  ―――転移ヴィエルは オースを一時的に分解して移動させ 再構築する技術  ―――オースの性質 配列など すべてを覚えておかなければできない高度なもの  ―――つまり貴方のように すべてがオースでできた存在でなければ できない芸当なの 「………………。……やっぱり……そうですか」  ……すべてが、オースでできた存在。ラルさんが言外で何を言っているのかわかった私は、静かな確信とともにそう呟いた。  その呟きでも、私がそれに気付いてるってことを察したラルさんは、でも直接は触れずに説明する。  ―――高位のアルカには オースと一緒に周囲の「記憶」を吸って 稀に自我を持つものがあるの  ―――そして 高位になればなるほど その気配は周りと同調して掴みづらくなる  ……セル君に手首を掴まれた時、気付いたんだ。  感じた悪寒は、知っている感覚だったから。  セル君とミカちゃんは、アルカだ。  だから、全部がオースでできた存在じゃないとできないヴィエルができたんだ。  だから、同じアルカであるカノンフィリカの冷気が、何もせずに引いたんだ。  ……二人の正体は、きっと、スロウさんが持ってる双刀・ラミアスト=レギオルド。一対の死光イクウと生闇イロウ。それぞれ、漆黒と純白で。……それはピッタリ、セル君とミカちゃんに当てはまる。  スロウさんに逆らえないっていう理由が、なんとなくわかった。彼らはアルカで、スロウさんは使い手で。  ―――あの二人は 使い手がいなければ 己の姿を具現させることができないよう  ―――使い手を失えば 彼らは 物言えぬ刀の姿に縛られてしまうのね 「そして、私が何も指示しない時は自由だが、私がコイツらを必要とした時には、刀の姿に強制的に戻される」 「……っ!」  突然、違和感なく滑り込んできた声は、男の人のものだった。知っている声に、私がはっとして顔を上げると、いつ入ってきたのか、牢屋の外の方から黒い人が歩いてくるのが見えた。その後ろには……二人の、白と黒。 「セル君……ミカちゃん……」  私が無意識に名前を呼ぶと、二人は気まずそうに視線をそれぞれ逸らす。それがまた……悲しくて。  二人の前に立つ、黒い神官服を着たスロウさん。その左右にぶら下がる鞘を見ると、やっぱり、いつもはある漆黒と純白の柄がなかった。  スロウさんの声が、牢屋に響く。 「久しぶりだな、破壊者ステラよ」  相変わらずの妖しい笑みで、そう言うスロウさん。……初めて会った時も、私は彼にそう言われた。あの時は、何のことかサッパリだったけど……、 「……貴方は……私が破壊者だってことを知っていたから、ここに投獄したんですね。ルナさんを指名手配すれば、自然と、同じ顔を持つ私も捕まる……一石二鳥ってヤツですね」  スロウさんの紫眼を、立ち並ぶ鉄棒の向こうから睨みつけて、私は考えていたことを言った。  この人は、私をルナさんと間違えて投獄したんじゃない。私が破壊者だから、投獄した。野放しにすれば、知らないうちにグレイヴ=ジクルドが壊されるかもしれないと思ったんだろう。その間に、ウォムストラルを探すつもりだったに違いない。  スロウさんは、面白そうに目を細めた。 「ほう……すべてを知ったというわけか。壊れずによく生き延びたものだ。そうでなければ、こちらが困るのだがな」 「グレイヴ=ジクルドを直す人がいなくなるからですか?」 「ご名答。それは神子である貴様にしかできない」  小さく笑みを浮かべ、スロウさんはわざとらしく恭しい一礼をした。いつもならイラっと来たかもしれないけど、今はそれよりも、確かめたいことがあった。  あの後、私は、ノストさんと一緒に脱獄した。ノストさんが手を貸すと思ってなかっただろうから、きっとそれは、スロウさんの予想外の出来事だった。  でもスロウさんは、それを黙認した。村に帰れば私が追放されることは目に見えていたし、否応なしに旅をすることになるだろうと読んで。 「脱獄したお前達を追わなかったのは、お前を利用するためだ」 「………………」 「お前の元に、グレイヴ=ジクルドは集まる。つまり、お前を泳がせておけば、自ずとグレイヴ=ジクルドは完成する」  ……やっぱり。いつか言われた、「精々利用させてもらう」。そういうことだったんだ。  真剣な顔をしてるだろう私を見て、スロウさんは言葉を続ける。 「とは言え、どのくらい時間がかかるかはわからなかった。だから私は、フィレイア様を襲撃した。フィレイア様が、私の手元にあったカケラの半分を持っていることはわかっていた。まだ持っていれば、お前はまだここまで辿り着いていないのだと、計るために」  利用させてもらうって言われた……ミディアに行った時のことだ。カノンフィリカを渡しに行ったら、突然スロウさんが襲撃してきて……私が半分の砕けたウォムストラルを持っているのを見て、驚いていた。  3年前の話だと、半分をカルマさん、もう半分をスロウさんが持っていったらしい。そしてスロウさんの石は、さらに割られて、フィアちゃん、ルナさんが持っていた。  だから多分、私が持っていたのは、カルマさんの石で。ヒースさんにも私に渡してくれって言われたらしいし、きっと、まだ眠っていた私の傍に置いていったんだろう。そして目覚めた私は、混乱しないように都合良く記憶を作り変えて、適応していった……。  ……そういえばスロウさんは、私が破壊者であることは知っていたけど、私のお父さんがヒースさんだっていう設定は知らなかったみたいだった。そうしたら私の居場所がすぐわかっちゃうから、ヒースさん達があえて教えなかったのかな……。 「しかし、お前が使命を知り、せっかく完成したグレイヴ=ジクルドを壊してしまったら元も子もない」 「……だから、私がグレイヴ=ジクルドを壊さないように、セル君達に……その二人に、監視させてたんですね」 「そうだ」  こちらを見ようとしない、スロウさんの両側の二人を一瞥してから、私が確信を持って言うと、スロウさんは肯定した。  ……バラバラだったピースが、すべて組み合わさったような感じ。  うん……全部、わかった。  【真実】も、  スロウさんの策も、  そして……ここに連れて来られた理由も。 「破壊者ステラ、お前は思った以上に察しが良いらしい。ならば、なぜ自分が、そこにいるのかもわかるな?」 「………………」  私の考えを読んだように、スロウさんはそう聞いてきた。スロウさんの言う通り、一応答えは出てたけど、私はもう一度、それを整理してみた。  スロウさんは、グレイヴ=ジクルドじゃなく、ウォムストラルが完成した時点で、私をジクルドから……ノストさんから、引き離した。  スロウさんの目的は、あくまでもグレイヴ=ジクルド。だから、つまり……、 「……エサ……なんですね」 「そういうことだ」  きっと、私がいなくなったことはすぐに知れる。セル君とミカちゃんに連れて行かれたって。ルナさんが証言者だ。  みんなは私よりもずっと頭が良いから、二人がスロウさんの部下だってことから、すぐイクスキュリアにいるって目星を付けてくれるだろう。  私は、そんなみんなを……特に、神剣の片割れを持つノストさんを、誘き寄せるエサなんだ。  だけど……、 「……それはどうでしょうね?」  スロウさんの不敵な態度を挫くように。今まで、自分でも怖いくらい厳しい顔をしていた私は、スロウさんに向かって笑ってみせた。  その態度に負けないように、不敵に。 「本当に、ノストさんが来ると思ってるんですか?私なんかのために」  ……自分で言って、凄く悲しくなった。でもそれはなんとか表情に出さないで、私は笑う。  ……本当に、そうなんだ。自信がない。  本当に、ノストさんは、私なんかのために来てくれるのかって。  ……私は、そこまで必要とされてるのかなって。  スロウさんが、ノストさんをどう評価してるのかはわからない。だけど私は、足掻くようにそう言った。  すると、スロウさんは表情を変えることなく、ただまっすぐ……核心をついた。 「つまり、お前はディアノストを信用していないというわけか」 「……っ」  ……表情が凍りついたのが、自分でもわかった。  少し前、本人に遠回しに言われたことを、また言われて。……私は……何も、言えなかった。  言葉を出せずにいる私を見てから、スロウさんはくるりと背を向け、肩の向こうから言う。 「神子の力は、お前の感情次第で開く力だが、具象的には働かない。お前の力では、そこからは出られないぞ」  クロムエラトでは脱獄できないと言うと、スロウさんは私の前から立ち去る。セル君とミカちゃんも、心配そうに私を振り返ってから、その後に続いていった。  3つの影が灰色の階段を上っていき、上の方で、重い扉が重い音を響かせて閉まった。……また、この地下牢に静けさが戻ってくる。  誰もいなくなった、この場所で。……少しだけ落ち着いてきた私は、静かに胸の前で手を組んで……目を閉じた。 「……ノストさん……」  目を閉じれば、すぐそこにいるような気がして。  いつも、気が付けば傍にいて。  あんまり変化しない彼の顔。  気持ちがなかなか表に出ない人。  だから、こんなに信用してるのは私だけなのかなって不安で、信用し切れてなくて。  だから、私なんかのために来てくれるのかなって、そう思う。   『大体、信用しろっつったのはてめぇだろうがふざけんなこの口先女』  ……信じても、いいんですよね?  貴方は、私のこと、少しは大切に想ってくれてるって。  そう思ってても、いいんですよね?  ……信じます。  貴方はきっと、私を助けに来てくれる。  だから……だから、お願いです。  来ないで下さい。  殺されちゃいます。  強さの問題じゃないです。私は、死ぬ危険がある場所に貴方を行かせたくない。来させたくない。  私は、大丈夫です。だから、お願い……来ないで。