知っている声
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raison d'etre

59信じてほしい

ステラ・・・モノルヴィー・・・・・・。なぜ、見ず知らずのルナと自分が、あんなにも似ているか……答えは見えたか?』  暗い部屋の中、青緑色の瞳が月の光に輝いていた。それを私、が、愕然とした、強張った顔で見返してる。  ……ひどい顔。私、あの時、こんな顔してたんだ。  その先の言葉はわかっていたから、聞きたくなかった。もう受け止めてるけど、そう何回も聞きたくないし……。  だから、一度、瞼を閉ざして。もう一度、目を開くと、イソナさんと私の夜の幻影は消えていて、明るい光が部屋を照らしていた。そこは、あの夜、私がイソナさんに【真実】を告げられた部屋だった。  さっきのは、この部屋が覚えていた過去の記憶。クロムエラトがなんとなく制御できるようになってきたから、切り替えもちゃんとできるようになった。……成長した、のかな……。  でも……、 「…………私……こんな力、いらないよ……」  思わず小さく口に出してから、私は口を覆った。  ……ダメだ。いらないなんて。いらないけど、そんなこと言ったら……私は、何のために、ここにいるの?  ただ、私は、生きていたいって思った。  まだ、ノストさんと旅してたいって。  だから、ここにいる。自分が生きたいから、生きてる。  だけど……それじゃ不安なんだ。  ―――私は……望まれて、生まれてきたのかな? 「…………あ……」  こんな後ろ向きじゃダメだって、その考えを振り払おうとしたら。何処からともなく、セル君達といた時に聴こえた歌声が響いてきて、私は耳を澄ませた。  ……やっぱり、聴こえる。綺麗な、不思議と懐かしい歌声。……誰が歌ってるんだろ?  ってことで、私はその歌声の主を探すことにした。じっとしてるといろいろ考えちゃうから、とにかく動こうと思って、部屋を出て廊下を歩き、私は、教会の裏口のドアを開いた。  そして……正面にあった青緑の瞳と目が合って、全身が一瞬で凍りついた。 「……っ……」  ……ドアを開けた正面に、イソナさんが、いた。ちょうど、この裏口から教会に入ろうとしていたらしい。私達は、向かい合わせる形になった。  私……思ってた以上に、イソナさんと会うのが怖かったみたい。……足が、震えてる。体を支えるのが精一杯で、動けなかった。耳元で鼓動も聞こえる。嫌な汗もかいてきた。  ……怖い。嫌だ……逃げたい。逃げたい……っ  イソナさんは、そんな私を一瞥し、こちらに向かってきた。びくっと肩が震える。一歩、彼女が歩を進めるごとに、心拍が速くなる。  そして、イソナさんは……私のすぐ前まで、近付いてきて。私はそれ以上、耐えてられなくて、ぎゅっと目を瞑った。  瞼の裏の世界に、自分の鼓動と、イソナさんが土を踏む音だけが響く。その2つを、彼女の声が掻き消すのが……怖い。怖い……っ!  ……やがて、ギシ、と板が軋む音が鳴った。……私の背後で。  そして、バタンと、ドアが閉まる音。 「…………っっは……」  息が吐き出された。止まっていた時間がようやく流れ出したような、そんな感じがした。  ……足、まだ震えてる。もうイソナさんは、私の前にはいないのに。  大丈夫。もう大丈夫だよ。だから落ち着け私っ……!  ……背中を押された。  励ましとか、慰めとか、というか慣用的な意味じゃなく。  っていうか、そんな優しいレベルじゃなく、悪意しか感じられないレベル。  つまり……  どんっ!! 「へっ?! きゃわぁああ!?」  思いも寄らぬ背後からの攻撃!しかもこの出入り口は、2、3段の階段があって!踏み外してバランスを崩しちゃう!……と思ったけど、全然そんな心配はいらなかった。  足に力が入らない私は、階段の上から華麗にぶっ飛んで、そして……  どしゃあっ!!と、見事に顔面から前にズッコケた。  はがっ、お、お腹がっ……!顔面から着地したけど、バウンドしてぶつけたお腹がッ……あうう。  それもこれも、絶対絶対っ、この人のせいだ!! 「何で突き飛ばすんですかノストさんッ!! いじめですか?いじめでしょう?いじめですよねっ!!」  お腹を抱えて座り込んだ格好で、私が泣きそうな声で振り返ると、やっぱりドアのところに銀髪の男の人が立っていた。こんなことするのは一人しかいないもんねっ! 「通行の邪魔だ妨害女」 「ぼ、妨害女……た、確かにそーかもしれませんが!無視して横通ればいいじゃないですか!私、そこまで横幅広くないですよ!」  階段を何事もなかったように下りながらそう言う彼に、私はそう言った。そのせいでお腹がぁ……!  私はお腹を摩りながら立ち上がって、土を払う。その正面に、ノストさんが立ち止まった。 「……え?」  小さな引っ掛かりを感じて、顔を上げた。ノストさんは、真っ向から私を見下ろしていた。  ……おかしい。だって……ノストさんが私の前に立ち止まるなんて、初めてだ。今まで、素通りとか横とか、自分を取り巻くものをただ眺めてる……そんな感じだったのに。  私は……ようやく、ノストさんの視界に入った……?  そのダークブルーの瞳を凝視したまま、そんなことを考えていて。……私は、はっとした。  な……何やってんの私!? なんかノストさんと見つめあってたみたいな感じになってるよ?! で、でも大丈夫だよね、別にそんなつもりじゃないし……あああでもなんか恥ずかし~!!  あうう顔が熱くなってきた。なんだか見透かされそうな気がして、私はうつむいた。ノストさんの視線が、今度は頭の天辺に突き刺さって……ふぅ、と小さな嘆息。 「……え?な……何で溜息吐くんですか!?」 「馬鹿は所詮、馬鹿だな……」 「し、知ってますよ!何ですか今更!?」  私がノストさんを見上げて問うと、ノストさんは呆れた口調で今更ながらそう言う。どーせ馬鹿ですよーだっ!  認めてる自分が我ながら惨めだと思ったけど、私がそう言い返すと、ノストさんは再び歩を進め始めた。そして、私の横を通り過ぎざま、言い捨てた。 「馬鹿なら単純に動けばいいだろ」  ……単純に。馬鹿なら。  馬鹿は、所詮馬鹿……。  ……私は、ゆっくり彼の後姿を振り返った。一歩一歩、離れていく背中。  ……あの嘆息。もしかして……心配、してくれたのかな。さっき、イソナさんとすれ違った時、怖くてガッチゴチに固まってたから。あの辺り、見られてたのかな……見られてなくても、ノストさんのことだから、私の様子でなんとなく察しただろうけど。  で、ちょっと心配して声をかけてやったけど……いつも通りの私を見て、心配損したって嘆息……?馬鹿は所詮、馬鹿かって言われたし……。 「おい」 「へ?」  とか思いながら、ノストさんの黒い後姿を見ていたら、ふと彼はこちらを振り向いた。声をかけられて、私は改めてノストさんを見て……その傍らに浮く銀色のものに、初めて気が付いた。  銀色の鱗粉を散らしながら舞う、綺麗な銀の蝶だった。大きさは……ノストさんの手くらいありそう。ふわふわと飛ぶその蝶は、明らかにノストさんの周囲にいた。 「置いてくぞ」 「え、えっ?? 何処か行くんですか?! っていうかノストさん、その蝶……って、待って下さいよぉ!!」  私の言葉を最後まで聞かず、もう一度、ノストさんは前を向いて歩き始める。私は慌てて駆け出して……ふと、足の感覚が若干鈍いことに気が付いた。  あ……さっき私、足が震えて歩けなかったんだ。そしたらノストさんに後ろから、思いっきり突き飛ばされて……今、気付いたけど、もう足の震えは止まってる。……まさか、あの突き飛ばしって、このため?ただの考えすぎかな……?  ノストさんの背中を追って、ふと、歌声が森の方から聴こえていることに気付いた。歌ってる人、樹海の中にいるのかな? 「ノストさん、その蝶、どうしたんですか?」  森に入っていくノストさんに追いついて、私は聞いてみた。ペットですか?ってのは呑み込んでおいた。後が怖いし!ま、まぁ、そんなわけないってわかってるけど……大体、まず色が普通じゃないしね。  ノストさんは、自分の前を優雅に舞う銀色の蝶を見て、何処となく嫌そうに答えてくれた。 「ジクルドだ」 「…………えっ?」 「勝手に出てきた」  ……今、聞き間違えじゃなきゃ、ジクルドって聞こえたような?どういう意味?  ……いや、わかってるけども!なんか、あの綺麗で神々しい感じのジクルドと、目の前の、綺麗で神々しい蝶が一致し……てるか……。  とにかく、この銀の蝶はジクルドらしい。変形?できるんだ……っていうか、何で変形したの?いや、させたの?かな……?  案内するためだ破壊者ロアシル・我らがアテルト=ステラよ――― 「……え?」  ……とか思っていたら。何処からともなく、私の心を読んだような言葉が、若いような老いたような男の人の声で聞こえた。  思わずノストさんを振り向くけど、彼は無反応。……わかってる、ノストさんの声じゃない。  それに、祝福される希望アテルト=ステラって……どういうこと?私の、こと……?  考えられる可能性は1つ。……私は、銀の蝶を見つめた。 「……ジクルドさん、なんですか?」 「脳の回転もナメクジ以下だな」 「うっ……ちゃ、ちゃんとそんな気はしてましたよ!口に出さないだけで!」  そう、そんな気はしてたんだよ!ラルさんが喋るし、ジクルドさんも居ていいんじゃないかって思ってたし!っていうか、な、ナメクジって……!せめて亀にしてほしいっ! ……み、惨めなこと言ってるなぁ私……。 「でも、案内って……何処にですか?」  何処に案内するつもりなんだろ。歩きながら、銀の蝶に問いかけてみた。  …………………………………………………………。  …………あ、あれ? 「あ、あの……ジクルドさん?」  返答なし。もしかして聞こえなかったのかなーと思って、もう1回、声をかけてみる。…………やっぱり返答なし。  ……わ、私……もしかして嫌われてる!? 嫌われてるの~?!  とか、私が少し落ち込んだら、不思議な響きの声は、私の心情を読み取って口を開いた。  我はコルドシルの力を消費して外界干渉している故 浪費すれば衰弱するのはコルドシルだ―――  コルドシルって……ノストさんのことだよね。つまり……あんまり長く話すと、ノストさんがバテちゃうんだ。それは確かに……ノストさん自身はもちろん、私も避けたい。  何より 無駄な問答は好まぬ―――  それから、続けられた言葉を聞いて。私はキョトンとしてから、思わず小さく笑ってしまった。  ふふっ、ペットは飼い主に似るって言うけど……ジクルドさん、ちょっぴりノストさんに似てる。無駄を嫌うところ、そっくりだ。この偉そうな態度も、そういえば少し似てるかも……って、こんなこと思ったら読まれちゃうよ私~っ!   //////////////////  ナシア=パントは、やっぱり見慣れない植物ばっかだ。見てても飽きない。  うん……飽きない。飽きないよ。嘘は言ってない。  で、でも……その、さすがに……! 「……ど……何処まで、歩くんですかぁ……?」  切れた息で、私は前を歩くノストさんとジクルドさんに聞いた。最初は並んで歩いてたけど、だんだんと距離が開いてきて、ご覧の通り。  く、くっそー、スタミナ抜群な農民のはずなのに!ノストさん、何で全然バテてないの!? 男女の差ってここまであるもんなの~?!  あ、でもよく考えてみたら、私って複写だから農民じゃない!? で、でもでも、少しの間は農民だった!はず!  タミア村を出て、一晩経った。はいココ注目!一晩経った!ひ・と・ば・ん!!  そう!かるーい気持ちで(半強制的に)村を出発してから、ずーっと歩いて、樹海の真っ只中で野宿。朝起きたら、まだ歩く歩く。  うう、ジクルドさん……何処に行くつもりなの~!? 大体、こんなに遠いんなら一言言ってくれればいいのに……!一晩歩いても端に辿り着けないこの樹海の大きさにもビックリだけど! 「ちょ、ちょっと休みましょうよぉ……」  もうほんっと疲れて、私は立ち止まってノストさんに言った。ずっと歩きづめだったから、全身が筋肉痛なんだよぉ……「歩く」って動作は、足だけでしてるんじゃないんだなぁ……身を持って実感。  弱音を吐いたのはこれが初めて。こ、ここまで我慢してきたんだ!偉い私っ……! 「なら置いてくぞ」 「もーいいですよぉ……ぜひとも置いてって下さいぃ……」  足を止めて肩越しに言ってきたノストさんに、精神的にも参って投げやりな私は、そう返答した。……今思うと、信じられないこと言ってる……。  その時はいつもの私じゃなかったからか、ノストさんは仕方なさそうに戻ってきた。蝶姿のジクルドさんも、進むのをやめてくれる。 「ほら」 「……へ?」  声をかけられて、顔を上げて。信じられないものを見た。  膝に手をついて屈んでいた私の正面に立つノストさん。相変わらずの無表情のまま、彼は…………手を、差し出していた。  手を。……私に。 「……は?? えっ? …………あの~……お金ないですよ?」 「はぁ?舐めてんのかこの凡人が」 「そそっ、そーですよね~、カツアゲするほど困ってませんよねぇ……じゃあ、あの……これは、どういう意味でしょう?」 「馬鹿には常識のカケラもないか」 「ああありますよ!あ、あるからびっくりしてるんですがっ!!」  な、なになに~!? 何で?ノストさんが優しい?! いやこれは絶対裏がある!手を取った瞬間、背負い投げとかされるんじゃ!? 罠か?罠なのか~?!  とか失礼なことをぐるぐる考えてたら、頬が紅潮してきた。うう、と思いながら、目の前のノストさんの手を見た。……おっきい手。これに対して、私が取るべき行動は1つ……なんだけど……!  ああこの状況が拷問だ~!ノストさん、動いてくれないし!私が動くしかない!つ、疲れてたし、ちょうどいいっちゃいいよね!よし、開き直った! 「し、失礼します……」  心の中でいろいろ葛藤してから。私は、そーっと、差し出されている手に手を重ねた。その瞬間、ノストさんの手が私の手を握る。  ……あったかくて、おっきな手だった。私の手は、あっさりノストさんの手に包まれて見えなくなる。  直後、頭の天辺まで、ビビビって感じで熱が駆け抜けた!なんか汗かいてきた……ような……!ぎゃーやばい~!!  うああ違う違うっ、いや何が違うかわかんないけど何でもない!こんなの何でもない!考えるな私~っ!!  そ、そういえば、手を差し出されたの、これが初めてじゃないな……前も、オルセスであった。あの時は、特に何とも思わなかったけど……いや待て考えるな私!落ち着け! 「ジクルド、進め」  手を繋いだまま、ノストさんがそう言って歩き出す。私も引っ張られて、歩き出した……け、ど……!?  ……考えてみれば、当たり前なんだけど。ノストさんと私の歩幅は、全然違う。  だから。 「っわ!? ひょえっ?! ちょっ!?」  ぐいっと引っ張られた力が、予想外に強くて。慌てて片足を前に出すけど、その頃にはノストさんが大きな一歩を踏み出してて。  しかも、歩くのが早い!さらにっ、お互い右手を繋いでるから、私はノストさんの後ろを歩かされる。つまり、ノストさんの足に蹴られそうになる!だから、歩くリズムに合わせ切れない私は、前屈みの倒れそうな体勢で進むことになる! 「ひゃわっあぁ!? の、ノストさんッ!! はっ、はめましたねー!? ちょ、あのっ、もっとゆっくり……!っきゃわぁ?!」 「いつまで耐えてられるかだな」 「い、陰険ですよっ!! っていうか地味ですよ!全部、計算づくですかッ!? っひゃぇえ?! うああっ、ノストさん、離して下さーいっ!!」 「お前がコケたらな」 「ノストさぁーーんッ!!!」  ……そんなわけで。筋肉通な体で無理やり歩かされて(走らされて)から。私達は、休憩を取っていた。 「はうう……筋肉痛が……」  筋肉痛は動いた方が治るって言うけど、全然治んない……うう。  隣を見ると、木の根元に腰掛け、静かに目を閉じているノストさん。……さすがのノストさんも、私を引っ張って歩いたから、少し疲れたらしい。その傍に、銀の蝶が浮いている。  私は……意外と疲れてない。あんなに早く歩かされたのに……やっぱり、自分の力で歩いてないからかな?  私も、木の幹に体を持たれかけた。木々の枝葉の間をすり抜けて注ぐ、適度な木漏れ日。その日光に煌くオースのもや。  風……気持ちいい。ふわぁ……なんだか、眠くなってきた……今、疲れてるしなぁ……ちょっと、寝ちゃおう、かな……。  瞼を下ろすと、風の音が聞こえる。さわさわと枝を揺らす音が、すぐ近くから、ずっと遠くから、聞こえてくる。  それに重なるように響く、あの歌声――。  …………………………あれ?  これ……もしかして、凄く近いんじゃ?  思わず立ち上がったら、横から声がした。 「夢遊病か。大変だな」 「違いますよっ!! い、いやもしかしたら自覚がないだけで、私も夜な夜な歩き回ってるかもしれませんが!」 「なら何だ」  こんな時でもそう返してしまう自分がなんだか悲しい……でも夢遊病って、本人は覚えてないんだもんね。ホントにそうかもしんない……! ……そういえば、どうして寝たまま歩けるんだろう……。  腰を上げるノストさんに聞かれて、私は周囲を見渡した。樹海に響く、透き通った歌声。 「ノストさん……歌が聞こえませんか?」 「夢遊病の症状だな」 「そ、そうなんですか!? も、もしかして、夢遊病者が夜中に歩き回るのは、歌声が聞こえるからとか?! で、呼ばれてるような感じがしてフラフラ~っと……!」 「まさにお前だな」 「はっ、そ、そういえば……!私、もしかして末期ですか!?」 「……で?」 「……うう、はい……」  凄く面倒臭そうなノストさんに、ノーコメントで先を促された。そんな呆れないでほしいよ……別にボケてるわけじゃないんだから!妄想激しいだけ! 「それで、ノストさんには聞こえませんか?」 「……いや」  少し耳を澄ませてから、ノストさんはすぐにそう答えた。ノストさんはすっごく耳がいいから、この歌声、普通の音じゃない……ってこと?ラルさんの声に凄くよく似てるけど、そうじゃないのかな……。  木の幹に手を当てて、奥を見やる。神秘的な森が、ずっと奥まで続いていた。……何処から聞こえるんだろ……。 「凄く近いです……あ、ノストさん待っててもいいですよ。ちょっと様子見て来ますっ」 「永遠に待たせるつもりか」 「……た、確かに」  タミア村までは道らしい通りがあったけど、この辺はずっと辺境で、道なんて全然ない。目印なんて持ってのほか。た、確かに……これなら、迷子になる自信がある!威張って言うことじゃないけど威張ってみる! 「じゃああの……すぐそこまで、ついてきてくれるよーな気は……ないですよね、多分」 「行ってやってもいい」 「ですよね~、それじゃ行って……って、え?うそっ?ホントですか!?」 「後で探すのが面倒だからな」 「……変わってないですね、ほんと……」  自分至高主義のこと思い出した。なんか懐かしいなぁ。期待した直後にそれを見事に打ち砕くのは変わらないよ、本当に……。  歌声の聞こえる方へ、私は歩き出した。ノストさんも、少し後をついてきてくれる。ジクルドさんも一緒だ。  不思議な歌声。私以外には聞こえてないみたい。  ……ううん、逆?私にだけ聞こえる・・・・・・・・?  それって、まるで……  そう思って、一歩、踏み出した途端。 「―――え?」  風が、止まった。  顔を上げたら、風景が変わった。  ……違う。風景は変わっていない。変わったのは……肌に触れる空気。  突然、目の前が開けた。ずっと木々が続いてるのかと思って歩いていたから、思わず足を止めて、息を呑んだ。  ……うそ。  ここ……ナシア=パント、だよね……?  そこは、例えるなら……そう、教会。教会の、神聖な雰囲気によく似ていた。ナシア=パントも十分神秘的だったけど、それとは比べ物にならないような神々しさ。  目の前にあったのは、木々の枝葉を映す泉だった。鏡のように、微動だにしない水面。その上を白い燐が舞い、そこに神々しく変質した木漏れ日が差し込む。  世界から隔離されたような、異空間。 「……ここ、って……」  ここだ―――  私が無意識に口に出すと、後ろから、ジクルドさんの声がした。振り返ると、ノストさんの横にいた銀の蝶は、私の前まで来て舞う。  よく聞いておくがいい 希望の星よ――― 「え……?」  希望の……星?  私が問い返す前に、ジクルドさんはひらりと羽ばたくと、さらりと銀の粒子に姿を変えて、消えていった。  さっきの言葉……どういう意味なんだろ。聞いたところで、教えてくれそうになかったけど……ジクルドさんだし。  ……って考えてから。ジクルドさんが消えた向こう側で、ノストさんが少しふらついてから、そこに腰を下ろしたのが見えて。はっとした私は、座った彼のところへ慌てて駆け寄った。 「ノストさんっ!大丈夫ですか!?」 「……やかましい……ジクルドが、何時間具現してたと思ってる」 「なに意地張ってるんですか、もー……」  相手するのも面倒なのか、ぶっきらぼうにそう言うノストさん。ホントにこの人、弱い部分見せるの嫌いだよね……プライドが許さないのかな。  でもきっと、凄く疲れてるはずだった。ジクルドさん、ほぼ一日中いたし、何回か喋ったし……何より今、顔がいつもより蒼白い。  それにさっき、ふらついた時に踏みとどまれなかったんだ。だから座った。自然すぎて、すぐに気付けなかったけど……貧血みたいな感じなのかな。  ―――ついに ここまで来てしまったのね  ノストさん、大丈夫かな……って思ってたら、ふと、声がした。  あ……ラルさんの声だ。私はノストさんの目の前で、いつもみたいにポケットからウォムストラルを取り出した。  私の手のひらの上にのった、透明な輝きを放つラルさんは、何処か懐かしげな口調で教えてくれた。  ―――ここはダウィーゼ ジクルドに導かれたとは言え 貴方がいずれ辿り着くはずだった場所 「え……?それって、どういう意味ですか?」  水面ダウィーゼだ。確かに、泉があるし……。  不思議な言い回しをするラルさんに、私が問い掛けてみたけど、ラルさんは答えなかった。ただ、不思議そうに言う。  ―――でも妙ね 本来なら人間は 招待がない限り この場所へは入って来られないのだけど  ―――コルドシルは 私たちの契約者だからかしら  人間は入れない……ってことは、私は人間じゃないから、入れるわけで。でもノストさんは、時間は止まってるけど人間。……ホントだ、何でだろ……っていうか、招待って何?  ラルさんにも、わからないことってあるんだなぁ……。  ―――もちろんよ なぜなら グレイヴ=ジクルドが分離すること自体が想定外だったから  う……心読まれた。でも……そっか、そうだよね。  グレイヴ=ジクルドが、ジクルドとウォムストラルに分かれることは、ラルさんもジクルドさんも、きっと神様でさえ予測できなかったことだ。つまり、ラルさん達にとっては、契約者コルドシルの存在自体が想定外なんだ。ノストさんがどんな力を持ったのかとか、きっとわからないんだ。  ラルさんが、少し高いトーンで言った。  ―――さあステラ 耳を澄ませて  ―――聴こえるでしょう? 貴方ひとりを呼ぶ声が  ……え?どういうこと?  私を、呼ぶ声……?  ―――    い……そ     …とき ―――  ―――   のた…    を……   ―――  歌声が、今までになく、すぐ近くで。  ……聴こえる。  それは、泉の方から。  鏡のように張った、水面。

  『だからナシア=パントとヨルムデルは、最もユグドラシルに近しい。水面みたいなものだよ』   『水面みたいなものだよ』   『水面』

 水面ダウィーゼ……  ――― 聴…える   ―――  ――― どうか     に ―――  ――― 祝福   希望の  よ ―――  ところどころ、音が消えている歌。  だけど……十分だった。  ………………私……呼ばれてる。  行かなきゃ。  行かなきゃ……  不意に。ガシッと、右肩を掴まれる感覚がした。  ……ぼんやりしていた私は、それで我に返って、後ろを振り返った。さっきまで座っていたはずのノストさんが、少しつらそうな様子で、後ろから私の肩を掴んでいた。 「あ……ノストさん……」 「……何するつもりだ」  前を見ると、泉との距離が縮まっていた。どうやら私は、無意識に泉に歩み寄っていたらしい。それでノストさんが、きっと呼んだんだろうけど、聞こえてなかったから引っ張って止めた……のかな。……ちょっと心配してくれたんだって、そう思っとこ。  手に、ウォムストラルを持ったままだった。それを見つめてから、私はノストさんに向き直り……そして、ウォムストラルを、ノストさんに差し出した。 「……?」 「預かって、下さい」  いっつも、私が肌身離さず持っている石。それを差し出す私を、訝しげに見てくるノストさん。それに対して私は、微笑んで言った。 「私、あの泉の奥に呼ばれてるんです。気になるから、行ってきますっ。……だから……ウォムストラルと一緒に、待っててほしいんです」 「……余計な手間増やすつもりか」 「大丈夫ですよ。絶っ対、ウォムストラルを取りに戻ってきますから。私、クロムエラトの制御、できるようになったんですよ?だから、探す手間なんて、かけさせません」  絶対、貴方の隣に戻ってくる。帰り道がわからなくなったりしても、何がなんでも、戻ってくるから。  だから…… 「…………私を……信じて、下さい」  ……信じてほしい。  きっと、出会った時よりは信用されてるとは思うけど……いまだに彼は、私を信じていない。  ううん、信じようとはしてくれてるんだ。ただ……私が、それをことごとく裏切ってきただけで。  今だってそう。「またコイツ変なこと言ってる」って、そんな感じで受け止められて。「コイツじゃダメだ」って思われてるんだろう。それが……凄く、悔しくて。  私、守られるだけじゃなくなったんだってこと、証明したい……!  だから……拡いて、クロムエラト。  ……私の手のひらの上にある、ウォムストラル。それを見てから、私はその場にしゃがみ込んで、石を足元に置いた。 「それじゃっ、行ってきますから!」  私は笑顔で言って、ノストさんが何か言う前に駆け出した。元から返事を聞く気なんてなかった。私が行って、帰ってくればいい。それで十分なんだから。  後ろに振った左手付近で、バチンッ!と何かが弾かれるような音がした。きっと、ノストさんがとっさに掴もうとしたんだろう。でも今は、「証明したい」っていう想いを軸にクロムエラトが展開してるから、きっと、私が力を閉じるか、ここに帰ってくるまで、誰も私の邪魔なんてできない。  少しだけ、罪悪感のようなものを感じて。泉の前で立ち止まった私は、くるりとノストさんを振り返った。そこには、やっぱり弾かれたのか、片手を掴んでるノストさん。  力を制御してる私に驚いてるのか、何処か呆然としている彼に、私は…………上手くできなかった微笑を浮かべた。 「…………ごめんなさい」  自分勝手で、ごめんなさい。  でもノストさんも自分勝手だし、おあいこですよね?  私はそれを最後に、ふっと力を抜いた。体が、背後へと倒れていく。  仰向けになった視界が空を映し出して、耳元で水が跳ねる音がして、それから―――