罪とそれを背負う人
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18贖罪のつもり

 首筋を撫でた冷たい風に、私はブルっと震えて寝返りを打とうとした……が。 「ん~……?」  ……進まない。何かが邪魔で行けないらしい。  あれ……そういえば、今、私……仰向けじゃ、ない? 「……おい」 「ふえ……?」  すぐ頭の上で声がした。とりあえずそのまま動かないで、私は目を薄く開いた。  細い視界に映ったのは……キラキラ光を受ける水面。……それと……これは……自分の膝? 「邪魔だ」 「へ……?」  何かに寄りかからせていた頭をもたげて、さっきから声のする方を見ると……すぐ目の前に、ノストさんの横顔。 「あ、おはようございます~……」  なんとなく挨拶。  あ……そういえば、私、昨日、魂さん達に追っかけられて……それで、小橋の下でノストさんと起きてようって……、あ……ってことは、睡魔に負けて結局寝ちゃったのかな……ははは…………って、ちょっと待て。  ……さっき自分、何かに寄りかかって寝てなかったっけ? 「………………」  ……多分、その寄りかかるものって、この人しかなくて。ノストさんを凝視したまま、私は硬直してしまった。  …………は……恥ずかしいいいいい!!! 何処のカップルよーっ!? お、おかげで随分快適に寝れたけど!どーりで寝返り打てないわけだよ! 「さっさと詐欺師野郎と合流するぞ」 「………………」 「……おい聞いてんのか?」 「えっ?あ、えっと、は、はい!さ、サリカさん探しましょう!」  恥ずかしさのあまり、ボーっとしていた私は、はっとして慌てて立ち上がって、  ゴ ンッ!! 「…………~~~~~っっ」  ……小橋の下には、座ってようやく入る高さしかなかったから、思いっきり橋に頭をぶつけた。声なき悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込んだ私を見て、ノストさんは呆れた溜息。 「アイツに見つからないうちに探すぞ」  アイツって、多分女の子のことだと思う。そう言いながら、ノストさんは小橋の下から出て、そのまま、道が一段下がった高さのこの川沿いの細い道を歩いていく。  少し歩いて、邪魔なものがなくて比較的、上に上がりやすそうな場所で立ち止まり、胸くらいの高さの上段の道に登る。小橋には手すりがあって、直接橋には登れないからここから登るんだ。後について歩いていた私がその前に立つと、道は目くらいの高さだった。  私もノストさんに倣い、道に両手を置いて、ぴょんとジャンプと同時に腕に力を入れ……、 「うっ……ふぁぁ!む、無理です!」  頑張ったけど、高さがありすぎて這い上がるのも厳しい!下りる時は飛び下りればよかったから楽だったけど、登るとなると……!  先に上に上がっているノストさんが、ただでさえ背が高いのに、さらに高い場所に立っているから、物凄く私を見下しているように見える。彼は私の目の前にしゃがみこみ、一言。 「チビが」 「わ、悪かったですね!どーせ150cm前後しかありませんよ!ってか、ノストさんが身長高すぎるだけです!だから……」  手を貸してくれませんか……そう言おうと思って、ふと思った。  私に、ノストさんの手を借りる権利があるのかって。  この微妙な関係。私は、ノストさんに助けてもらってばっかりで、私は彼に何もしていない。 「…………ノストさん」 「何だ」 「聞いても……いいですか。……どうして貴方は……私を守ってくれるんですか?」  顔を上げればすぐそこにいるノストさん。でもまともに顔を直視できなくて、私は顔をうつむかせたまま、そう聞いた。 「何だかんだ言って、私のこと、ちゃんと助けてくれます。昨日のこともですけど……アスラで賞金稼ぎさん達に気付かれちゃった時も……もっと前、牢屋から出してくれた時も。ウォムストラルのためって言っても……なんだか、納得が行かないんです。本当は……別に、目的があるんでしょう?」 「………………」  ……ノストさんは何も言わず、何かを考えるように黙っていた。私も、もうそれ以上は何も言えなくて、黙っていた。  その無言の時間が、凄く、長く思えた。私が少し後悔し始めた頃、不意に、しゃがんでいたノストさんが膝をついた。何だろうと思って顔を上げた時、すっと両手が伸びてきて。 「…………罪滅ぼし、なんだろうな」  私の両脇を持って、ノストさんはそのまま立ち上がった。一緒に軽々と引き上げられた下段にいた私を、上段のノストさんは自分の横に下ろす。  ……い、今の……なんか、小さな子を抱き上げるみたいな……!私は子供かぁ~っ!どーせチビだよーだ! 「罪、滅ぼし……?」 「………………」  私がオウム返しに聞くけど、ノストさんはそれ以上は答えなかった。そのまま歩き出し、多分港なんだろうけど、重そうな箱が積まれたこの辺りから出ようと通りを目指す。  罪滅ぼしなんだろうなって……まるで、自分もよくわかってないみたいな言い方だ……どういうこと?  答えてくれたには答えてくれたけど、やっぱりよくわからない。うーんと思いながら、歩いていくノストさんの隣に走って並ぶと、ノストさんは「言っとくが」と言って。 「てめぇを牢屋から出したのは気まぐれだ」 「へ?き、気まぐれ?」 「スロウに対する嫌がらせだ」 「い、嫌がらせですかっ!慈悲じゃないんですか!」 「てめぇにやる慈悲は使い切った」 「え、えぇ~!? ぴ、ピンチじゃないですか私!」 「……そうだな」  私がそう言うと、ノストさんは嘆息しながら呆れた声でそう言った。……話振っといて、何でそうなるの!? 「ノストさん、これからどうしますか?サリカさん探すにも、女の子に見つかりそうで怖……」  いんですけど。  その言葉を言おうとした直前。 「!」 「ふぎゃ!?」  ノストさんが、私の頭に手を置いて、ばっとしゃがみこんだ。ノストさんは華麗にしゃがみ込んだけど、私は頭を押されたから、顔面から着地。ある意味では華麗な着地かも……で、でも、いたぁあい……。 「動くな」  ……私はコクンと頷いた。簡潔でわかりやすいっていうか……。  ちょうど大きな木箱が積まれた横を通りすぎようとしたところだったから、上手いことその木箱に隠れた。ノストさんはしゃがんでいても、その木箱から少し頭が出ていた。その状態で、顔から着地して寝転がったままの私にはわからないけど、鋭い目で何かを見つめていた。  っていうか……ノストさんの手、まだ頭の上にあって、しかも結構、力入れてあるんですけど。か、顔上げれない……うう。掴んで引き離したいけど、「動くな」って言われたし……。 「……何かいたんですか?」  しばらくして、ノストさんが頭の上から手を退けてくれた。ようやく解放された私は、もう痛みもなくなってきた鼻の頭を摩りながら体を起こし、聞いてみた。ノストさんは面倒臭そうに息を吐いて。 「アイツがいた」 「アイツ……って、女の子ですか!? だ、大丈夫だったんですか?」 「馬鹿は現状もわからないか」 「わ、わかりますよ!大丈夫でしたねーだッ!」  相変わらず、私のこと「馬鹿」としか見てない!ま、まだ「ルナさん」って見られるよりいいけど……やっぱりなんか!  立ち上がったノストさんは、先を進み出して……ふと、足を止めた。  また女の子!?と思って、私が慌ててノストさんの傍に近寄ったら、ノストさんはぽつりと。 「メシ」 「あ、そういえば朝ご飯、食べてないですもんね。私もお腹空きましたし、ご飯にしましょう!」   //////////////////  ということで、すぐ近くにあったレストラン……というより、食堂にて朝ご飯を食べた後。  水が流れる音と、ボチャンと水に何かが落ちる音を響かせながら、私は言う。 「あの女の子、どうして私のこと知ってたんでしょうか……ルナさんと間違えられたなら、まだわかるんですけど……」 「……おい」 「あの子、ちゃんと私の名前も知ってたし……私は、あの子のこと知らないのに……」 「何やってんだお前……」 「え?」  ガチャガチャと固い音を鳴らしながら、後ろにいるはずのノストさんに言っていたら、呆れた声が返ってきた。彼を振り返ると、厨房の入口のところにノストさんは立っていた。 「何って……お皿洗いですかね~?」 「見りゃわかる」  ノストさんは相手にするのも面倒臭そうな、だるそうな声で言った。  だって……ねぇ?勝手に忍び込んで食べてる身なんだよ?代金は一応置いていっているけど……せめて、自分の使った食器の後片付けくらいはしないと!昨日食べたレストランの時は、ノストさんとサリカさんがさっさと先行っちゃうから、できなかったけど……。  にしても、やっぱり水の都とだけあって凄いね!台所の勝手口を出るとすぐそこに水路がある!そこからすぐ水を持ってこられるなんて! 「やってる暇あったら、さっさと行くぞ」 「えッ!? ちょ、ちょっと待って下さいよっ!本当に置いていかないで下さーい!!」  冗談なのかと思ったら、ノストさんはそこから離れて、当然のようにこの食堂の出口へと向かうから、私は慌ててすべてを置いて駆け出した。当然、皿洗いは中断。うう、中途半端でごめんなさい……!恨むならあの悪魔を恨んで下さい!  ダダダっと食堂のドアを飛び出て、辺りを見渡しているノストさんの隣に並び、少し屈んで若干乱れた呼吸を整える。厨房から出口まで全速力で来たから、ちょ、ちょっと疲れた……、っと!動き出しそうになったノストさんの服の袖をすかさず掴み、大きく息を吐く。 「何だ」 「ちょ、ちょっと待って下さい……、…………はぁ。私、運動得意じゃないんですからっ、もっと手加減して下さいよ!」  私が上半身を起こし、彼の袖から手を離して抗議すると、ノストさんはさっき歩き出そうとした方に歩き出し。 「だからこうして俺が鍛えてやってるんだろ」 「え、ぇえ!? そうだったんですか!?」 「……少しは疑ったらどうだ?」 「って、冗談ですかッ!だってノストさん、冗談か本気かわかんないんですもん!」 「お前に対する嫌がらせに決まってんだろ」 「ぐはぅ!? そ、そうだったんですか……!」  た、確かにそんな気が……!くうぅっ、やっぱりいつか仕返ししないと釣り合わないよ、この仕打ち!  ノストさんの足は、迷うことなく何処かへと進んでいる。彼の隣で、私は不思議に思って聞いてみた。 「ノストさん、サリカさんがいる場所に当てあったりするんですか?」 「……凡人にはわからなくて当然か」 「へ……?」 「こういう場所で連れとはぐれた場合、入口で合流するっつーのが暗黙のルールだ。あの詐欺師がそれを知ってんのかは微妙だがな」 「なるほど……」  ……確かに、凡人は知るはずないね、今の。多分それは、武闘家さん達のルールなんだろうから。  入口っていうと……街の入口かな?そういえば、ここからじゃ結構遠いんじゃ……オルセスって、国内イチ馬鹿でかい街だし。 「へ?」  ……ふと、私は立ち止まった。風に耳をそばだててみると、やっぱりそうだ。 「……ノストさん、声が聞こえませんか?」  小さく声がした気がして立ち止まった私は、ノストさんにも聞いてみた。なんとなく、ウォムストラルの歌声に似てるような感じがする……けど、それとはまた違う。  私が声をかけると、ノストさんは少し先で足を止め、こちらを振り返った。そして目を閉じて、少し耳を澄ませたみたいだったけど、聞こえなかったらしく、目を開いて私を見て。 「騙そうっつー魂胆か」 「な、何でそうなるんですかッ!! 後が怖いですしっ、そんなことしませんってば!ノストさんには聞こえてないだけですよ!だって今も……」  私が耳の後ろに手を当てた時、その声はどんどん大きくなっていって。さすがにノストさんも聞こえたらしく、少し警戒する気配がした。 『……らっ、てめェ……関係………ろっ!!』 『関…なくても、……が…クの任………ら』 『だあぁっ、離せこのっ………!!』  二人いる……?っていうか、何処から聞こえて……  と、その時。 「ひゃあ!?」  突如、バシュッ!!と、私とノストさんの間に白い光が弾けた。私はとっさに顔を腕で覆ったけど、少し遅かったらしくて、瞼の裏で目がチカチカした。  お星様キラキラだ~……と思いつつ、顔を上げると、そこに座り込む二人の人影。片方は黒、片方は白。 「あっ」  ……しかも、黒い方は知っている人。その知っている人は、「痛ぅ~~っ……」と声を上げてから。 「っ……おい!てめぇのせいで、ヴィエル・ ・ ・ ・ミスっただろうが!このお荷物がぁ!」  突然ガッと隣の白い人の胸倉を掴み上げて、物凄い気迫で叫んだ。白い人はガクガクと揺さ振られたまま、揺らぎが窺えない静かな口調で言う。 「ボクのせいじゃない。君の制御が甘いから……」 「言いやがったな!? 大体、寸前でお前が飛び込んでくるから!」 「ボクの任務は、君の監視だから」 「だからって俺のヴィエルに便乗するかっ!? 自分でやれ自分で!」 「それだと、君の行き先がわからない」 「だあああコイツはぁああっっ!!」  ……目の前で繰り広げられる喧嘩……っていうより、一方的に怒鳴ってるだけみたいな感じするけど。私は声をかけるタイミングが掴めなくて立ち尽くしていて、向かいのノストさんは呆れた顔でそれを見つめていた。  少ししてから、ようやく収まってきたのか、さっきより勢いが削いだ黒い人に、私は声をかけた。 「えっと……セル君?」 「あぁ?ってお前、いたんなら何か言えよ」  私が苦笑しながら声をかけると、黒い人……セル君は、頭を掻きながら立ち上がり、こちらを見て初めて知ったふうに言った。「いたんなら何か言えよ」って……誰のせいで話しかけられなかったと思ってんの~!? 「知り合いか」 「あ、はい。セル君の方だけですけど」 「類は友を呼ぶだな……」 「どういう意味ですかそれ~!?」  二人を挟んで正面のノストさんの言葉に、私は思わず叫んだ。それは私がセル君と同類だと言いたいのか、それともセル君が私と同類だと言いたいのか!って同じか!?  セル君と一緒に出てきた、もう一人の白い人は……女の子だった。私と、同い年くらい。  腰まである、切り揃えられた綺麗な白髪の、女の子。服も真っ白で、三角のフリルがたくさんついたドレスみたいな服を着ていた。袖が妙に長くて広くて、手が出てない。  それから……セル君と同様に、耳があるはずのところから生える、淡い黄色の羽。ただし、セル君のは固体っぽかったけど、この子のは、生きているようにぱたぱたと動いていた。  とにかくっ!可愛い子だった。うん、それだけは完璧に言える。  その白い子も、立ち上がった……と思ったら。 「え、ええ~!?」  その子の素足が地面を踏んだ……と思った瞬間、そのままふわりと真上に浮いて、地面から数センチ浮いた!そ、そういえばこの子、靴履いてない……。  びっくりして声を上げた私を見て、その子は首を傾げた。その横のセル君が、「あぁ」と気付いたらしく、説明してくれた。 「コイツ、基本浮遊なんだよ。気にすんな」 「き、気になる~!どうして浮けるの?! 耳の羽で飛んでるの!?」  私がわくわくしながら女の子に聞くと、女の子はぽけーっとした顔で私を見て。 「ううん。ボクの基本像がこれだからこれ」 「……へ??」 「あああちょっと待てそれ以上喋んな~っ!!!」  答えてくれたけど……言ってることがよくわからなかった。そしたらセル君が慌てた様子で割り込んできた。ってか、一人称「ボク」なんだ……か、可愛い!  女の子は不思議そうに目を瞬いて、その水色の瞳でセル君を見つめて。 「……どうして?」 「どうしてって……あのなぁ、お前!はぁ、ったく……」  ……なんかセル君、完璧に女の子のペースに呑まれちゃってる。  私はなんとなく、向こう側のノストさんの隣に移動した。腕を組んで立っていたノストさんは、隣に立った私を一瞥して。 「我が物顔でポジションとってんじゃねぇよ」 「え、だってそうじゃないですかっ」 「先客がいる」 「へ!? そ、そうなんですか!? ……ちなみに誰ですか?」 「ジクルド」 「………………」  そ、そういえばノストさんの右側だ……確かに出した時、邪魔にはなる位置かも……って、上手い具合に丸め込まれてるし私っ!  不意にノストさんが組んでいた腕を下ろしたと思ったら、くるりと背を向けたから、私は慌てて声をかけた。 「えっ?の、ノストさん?」 「さっさと行くぞ」 「え……い、いいんですか?」  私の目の前では、セル君が女の子に面倒臭そうに何かを説明している。私がそれとノストさんを見比べながら聞くと、声をかけられて足を止めていた彼は、答えながら歩き出す。 「別に関係ねぇだろ。大体、付き合い切れん」 「あ、あはは……そうですね……」  なんだかあのお二人、自分達の世界……っていうか、何て言うか。そんなのに入っちゃってるんだもん。話しかけようがないし……いっか!  ってことで、私もノストさんの後に続いたら、 「おい無視すんなーッ!!!」  少ししてから、遠くから叫び声が聞こえてきた。セル君、元気だな~……と思っただけで、足は止めなかったけど。