王国が下す罰
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02謎多きお隣さん

……朝……?  閉じた瞼の上を滑るお日様の色に気付いて、私は、仲睦まじげでお互いに離れようとしないまつげさんと下まつげさんを無理やり引き離した。ごめんよ、まつげさんカップル。  それにしても、牢屋の奥の方で寝ていたのに、何で顔に朝日が当たったんだろ?  目を擦りながら光の差す方を見ると、昨夜、月星が見えていた牢屋の正面にある小窓から、太陽の光がまっすぐこちらを射抜いていた。窓向きはちょうど東向き。どうやらあの小窓には、囚人を起こすための工夫がなされているらしい。 (朝ごはん……)  ふとそう思って、まだ寝ぼけたまま仕方なく体を起こすと、少し首が痛んだ。  あたた……寝違えたかな?とりあえず、伸びよう……。  私が腕を天井に高く伸ばして、伸びをした途端。  ボキポキポキ!! 「ぅあいたたっ!!?」  体のあらゆるところで骨が鳴った。突然の痛みに、完全に目が覚めた。  さすがに一斉に鳴ると、こたえるものがある。私はばたっと再び倒れ込んで、声もなく一人で暴れて痛みを紛らわそうとする。そこで、肌に触れる固い感触にようやく気付いた。  ……そうだった。私、牢屋に入れられちゃったんだ。  っていうか、さっき小窓見たのに、何で寝ぼけてるんだろ、私……。  ただの悪い夢だったら、凄く嬉しかった。けど、朝を迎えても現実は変わらない。ただ、牢屋に入れられたんだということを実感させた。  私は寝台から身を起こし、足だけを下ろして座った。ぼんやり村の人々の顔を思い浮かべる。  村のみんな……心配してないかな。  私の住む小さな村。皆が皆、顔見知りで、噂話もすぐに広がる。だから、誰か一人が家に自分がいないことに気付いたら、すぐにそれは広まって村の全員が心配すると思う。  もしかしたら、もう村人全員で探し回っているかも……何だか、悪い気がするなぁ……。  早く帰って、皆を安心させなきゃ。でも、どうやればここから出られるかな? 「お父さん………」  いつも、前を向いていた強いお父さん。お父さんなら、こんな時、どうするの?  と、そこで突然、首筋の辺りに寒気が走った。思わずぶるりと震える。  うー、寒いなぁ~……寝起きで体冷えちゃってるよ~……。  風邪を引いたらまずいと思って、私はそそくさと毛布をかぶった。その状態で、何となく牢屋の前の方へ向かう。  そういえば、隣の毒舌家さんはまだ寝てるのかな?何か、全然動く気配が感じられないんだけど……寝ぼすけさんなのかな?ちょっと意外。 「……おい」 「あれっ、起きてたんですか?つまんないなぁ……」 「はぁ?」 「あっ、えと、な、何でもないです!い、いつから起きてたんですか?」  思わず本音がポロリと。見えないのにブンブン首を横に振って取り繕い、私は話題を変える。  そ、そういえば、この人には、人らしい気配がないんだった。何でかはわかんないけど。  服が擦れる音とかも、ほとんどしない。声だけが機械的に返ってきてる、そんな感じ。変なの。 「お前が起きる前」 「えっ?っていうか、私がいつ起きたってわかるんですか?」 「はた迷惑だったからな」 「……あ」  ……確かに、悲鳴上げたんだった。  っていうか、き、聞かれてたんだ!自分の家だと思ってたから、この人がいること忘れてた!ギャーッ、恥ずかしい~~っ!!!  私が言葉にならない声を上げながら、頭を抱えた時、  ぐぅ。  と、小さくお腹が鳴った。  ……そういえば……お、お腹空いた……し、死ぬぅうう。今なら餓死できちゃうよ!  お腹が空いて食べ物のことしか頭が回らなくなったからか、不意に私は、昨日の夕食として出された食事のメニューを思い出した。  白米のアツアツご飯に、ジューシーで肉汁たっぷりなステーキ、カラフルな色合いの野菜スープ。  ……そう、おかしい。毒でも盛られてるんじゃない?って思わず警戒したくらい豪華だった。むしろ、自分の家の食事の方が質素。それがまず、1つの謎。  それから、この牢屋。牢屋なのにちゃんと掃除されていて、こういうところには付き物のはずのクモの巣すら見当たらない。石壁は灰色だけど、見た感じ、ちゃんと丁寧に掃除されてる。  毛布も、昨日寝てわかったけど、冬も越せそうなくらい温かな素材でできてる。寝台は石だけど。それが、2つ目の謎。  そうだ、ずっとおかしいって引っ掛かっていた理由は、この2つだ。  ってことで、まず、知らなきゃいけないことは……、 「……あの、ここって、何処なんですか?」 「?」 「ご飯は私の家より豪華だし、牢屋も綺麗だし、毛布もあったかいし……牢屋に入っている人も、ちゃんと生活できるようになってます。これじゃ、まるで……」  そう、これは、まるで―― 「まるで……囚人を飼ってるみたいです」  檻の中に閉じ込められたまま、死なない程度の食事と睡眠が与えられる、ペットのような感覚。まさにこの状態だ。  私が率直に思ったことを隣人さんに言うと、隣人さんは黙り込んでから、ぽつりと言った。 「馬鹿でも考えるんだな」 「だ、だから一言余計です!」  何を考えているのかと思ったら、それだった。思わず振り上げた拳が固い床に当たって、跳ね返ってきた鈍い痛みに「いっっったあぁ」と拳を押さえる。「……馬鹿だろ?」と、隣人さんが呆れ声で言うのが聞こえた。 「『飼ってる』より、ただ『生かしてる』って方がしっくり来るがな」 「生かしてる……?」 「ここは、シャルティア城の地下だ」 「………………ええッ!!!?」  さらっと隣人さんの口から飛び出した言葉は、かなり予想外だった。ギョッとして思わず鉄の柵をガシっと掴むと、牢屋のドアにかけられた錠前が、冷たくガシャンと鳴った。  嘘ぉ!? ここ、シャルティア城の地下?あの!?  シャルティア城っていったら、シャルティアの首都イクスキュリア中央にそびえたつ、別名で白帝城って呼ばれる、あの綺麗な白い建物の他ない!  私はシャルティアの辺境な地に住んでたから、シャルティア城を実際には見たことないけど、とても綺麗だっていう噂はよく聞いていた。自分がそんなところの地下にいるのが信じられないのと、こんな牢屋があの城の地下なのだと信じられない、2つの似たような思いが混ざり合った。 「な、何でお城の地下に牢屋なんてあるんですかっ!?」 「想像くらいしてから言え」 「え、えっと……お城の地下に牢屋だから……あっ、監視しやすいからですか?」 「……意外に上出来だな」  ……えっ!? うっわ、今、さり気なく褒めた!? 私は貴方の反応の方がかなり意外……! 「ただし、ここに投獄されるのは、国が執着するモノに関係を持つ人間くらいだ」 「国が……執着するモノ?それって……ルナさん、ですか?」 「……他にもいる。が……国が執拗に追うからには、ルナにはそれなりの価値がある」 「……奴……?」 「………………」  何処となく、その言葉だけに、何かしらの感情が渦巻いている気がした。私が遠慮しがちに問いかけたけど、隣人さんは黙して答えなかった。何だか、知り合いみたいだけど……。  隣人さんが、「奴」から「国」って言い替えたところから考えてみると……その「奴」さんは、国の上層部の人なのかな?  とにかく、私は今、お城の地下の牢屋にいる。  さらに、ここの牢屋は、シャルティアが執着するモノに関係を持つ人間を収容するところ。  ……その牢屋に入れられてるってことは、私はその分類に入ってるわけで。いや、私ルナさんじゃないし人違いだけど! 「あっ、そうだ!」  毛布に包まったままうな垂れた時、昨日のことを思い出して、私はパンと手を打った。 「昨日から聞こうと思ってたんですよっ。貴方のお名前、聞いてませんよね!」 「……で?」 「で、で?って……だ、だからっ、聞いてるんですよ!貴方の名前、何ていうんですか?」  壁を隔ててお隣の、自分主義の毒舌家さん。名前がわからないと不便だし、何となく興味があって私が聞くと、隣人さんは答えるか答えないのか悩んだのか、間を置いてから答えた。 「……ディアノスト」 「ディアノストさんっ?」 「ノストだ」 「……略れって命令ですか。じゃ、ノストさんっ」 「………………」  私が覚えるのを兼ねて彼の名前を呼ぶと、「用もないのに呼ぶな」とか言いそうだなって思ってたんだけど、隣人さん……ノストさんは黙り込んでしまった。  あれれ……?もしかして……。 「あの、ノストさんって、いつからここにいるんですか?」  頭の中に過ぎった、懐かしい記憶。もしかして彼も、私と同じだったのかもしれない。  私が聞くと、ノストさんは思い出していたのか、しばし沈黙してから答えた。 「……忘れた。2、3年前」 「えっ?でも、ルナさんの話って今年のことですよね?牢屋にいるのに、よく知ってましたね~」  牢屋の中じゃ、世間の動きなんてわからないと思うんだけどなぁ……。  そんな私の考えを悟ったのか、ノストさんは付け足すように言った。 「奴が来て、喋っていった。ご丁寧に指名手配の紙まで持ってきて、国が執着するものが増えたってな」 「あ……」  また出てきた、「奴」さん。その言葉が出る度に、私はなんとなく気まずくなってしまう。きっとそれは、ノストさんも同じだと思う。  あれ……そういえば、ここは国が執着するもの、または関係ある人を収容するんだよね?ってことは、ノストさんも……?  とにかく私は、あれこれ考えて、話題を逸らすことにした。 「と、とりあえず、2、3年は、ここにいたことになるんですよね」 「そうだな」 「その間、ずっと、一人ぼっちだったってことですよね」  ノストさんは答えない。私の声だけが、静かに牢屋に響く。 「一人ぼっちは、誰だって嫌ですから。だからノストさん、さっき、嬉しかったんですよね!」 「……はぁ?」  私の言っていることがよくわからないらしく、ノストさんは訝しげにそう言った。 「長い間、一人ぼっちで誰も自分の名前を呼んでくれないと、凄く寂しくなるんです。久しぶりに名前を呼ばれると、なんだか凄く嬉しいんですよっ」  さっき私が、ノストさんの名前を呼んだ時、ノストさんは返事をしなかった。きっと、久々に呼ばれた自分の名前の響きが、懐かしくて、嬉しかったんだ。本人は、どう解釈してるかわかんないけど。 「私も、お母さんも死んじゃった時、家に閉じこもったままで……ずっと一人ぼっちだと思ってました。けど、数日後に村の子供達がやってきて、私の名前を呼んでくれて……なんか、凄く嬉しかったんです、あの時」 「………………」 「名前って、凄く重要な意味を持ってると思うんです。だから、ノストさんっ。久しぶりに名前呼ばれて、嬉しかったでしょう?」 「てめぇの物差しで計るな」  昨日会ったばかりの人なのに、なんだかもう聞き慣れた毒舌。私は、くすくすっとこぼれた笑いを押さえ切れなかった。 「ふふっ、照れ隠しですか~?」 「はぁ?都合良いように解釈してんじゃねぇよ」 「ノストさんが気付いてないだけですよ~」  私が笑いながらノストさんは、それきり黙り込んでしまった。それからは、おかしそうな私の笑い声だけが、静かに灰色の石造りの広い牢屋内に響く。  少しの間、黙っていたノストさんが、不意に口を開いた。 「………………おい」 「え?」 「お前、ここは牢屋だぞ」 「あ、はい、わかってます」  それがどうかしたのかな?いきなり何だろ……?  意味のわかっていない私に向かって、ノストさんは、はっきり宣告した。 「数日後には牢屋から出されて、多分お前、殺されるぞ」  ――――――――――え? 「………………私は……牢屋から、出されて……?」  殺―― 「……!!?」 「遊んでる暇なんてねえんだよ、てめぇには」  ようやく呑み込んだ私の耳に、ノストさんの言葉が無情に届く。  心臓を鷲掴みにされたような、嫌な感覚。冷や汗が出た。 「ど……どうして、そう……思うんですか」  それだけで少し早まった鼓動を落ち着かせようとしながら、私は震え出した声で問いかけた。ノストさんは、淡々と問われたことに答える。 「お前は、あのルナと間違えられてる。奴は大罪人だからな」  大罪人を待っているのは……王国が下す、死。  私は、その大罪人と間違われてる。だから、牢屋に入れられて身動きのとれない私が、ここで待っているものは……、 「………………そん、な……」  ……大罪人と同じ、死なんだって。  いずれ来る予定の死の恐怖が、瞬く間に私の思考を支配した。思わず、スカートのポケット内の石を服の上から握りしめる。  私……もう少しで、死ぬ……?  ……うそ……まだ15年しか生きてないのに!? に、逃げなきゃ……!  でも、どうやって?どうやって逃げるつもり私?  ずっと考えても、何も思い浮かばない。むしろ、だんだんと私の気持ちは、諦めという二文字の終着点へと向かいつつある。  ……死んじゃうのかな……私。  もう、それしか考えられなかった。「死」という文字だけが、頭の中を埋めていく。  私がその文字に埋もれかけた時、その人は、本当にあっさり言った。 「逃げたいか」