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01 私と大罪人

 えっと……。  私はどうして、ここにいるんだっけ?  私は、もう一度、辺りを見渡した。  周囲には、同じような冷たい灰色の石造りの壁が広がっている。正面には、人差し指と親指で十分囲めそうな太さの鉄の棒が、数本立ち並んで、私のいるところを隔離していた。  瞬間、ポンと頭に答えが浮かんだ。でも、いやいやまさか~と、淡い茶色の頭を振ってそれを頭の中から蹴飛ばす。自分の山吹色の瞳を閉ざしてみる。  ……これで何回目になるんだろう。さっきからこの繰り返しだった。  自分が馬鹿だということは自覚している。でも、いくら自分が馬鹿だとしても、ここが何処なのかくらいはわかる。……そう、ただ、認められないだけ。  大体、何で牢屋なんかにいるんだっけ?  いつも通り、川に水を汲みに行く途中で、見知らぬ男達に会って、そしたらその人達はびっくりした顔して……。 『ルナ=B=ゾークだ!! 捕まえろ!!』  そう。確か、そう言われて捕まったんだ。  っていうか、ルナ=B=ゾークって誰?聞いたことないなぁ……ってことは、私は人違いで牢屋に放り込まれたってこと!? 「……な、何それ~ッ!!!」  ようやく行き着いた結論に、我ながら遅すぎるけど私は、思わず叫んでしまった。自分の声だけが虚しく牢屋内に反響する。それで自分以外に誰もいないということを実感してしまって、突然寂しさを覚えた。  冗談じゃないっ!自分はただの村娘で、ルナなんとかとかいう人とは全然関係なんてない!そう、例えるなら、満開に開いて太陽を向いているヒマワリの足元に生えてる、ありふれた名もなき雑草!我ながら悲しい役だけど!  そんな雑草とヒマワリを間違えるなんて、視力やばいんじゃないですか、私を捕まえた人っ!  ……はっ!こういうとこには、抜け道とかが付き物のはずっ……!!  と、多分自分の好きな本で植えつけられた妙な知識を思い出し、私は期待を込めて再び周囲をぐるっと見渡した。  探せば、抜け道なんて、その辺に、きっと……!  ……でも、現実は甘くなかった。窓もない、寂しげな石壁だけが広がるこじんまりとした空間。奥に、寝台らしき石でできた台があるだけ。抜け道を隠しているような、意味ありげに置かれた壷とか張られた板とか、何一つない。 「……あるわけ、ない……よ、ね……」  力なくぽつりと呟いて、私はガクリとうな垂れた。喋らなくなった途端、孤独感が押し寄せてきて、私は慌てて、オレンジ色の丈の短いスカートのポケットに手を突っ込んだ。  コツン、と指先に固い手応え。手のひらで丸め込めるくらいの大きさのそれを引っ張り出して、手と手でそれをサンドイッチする。静かに両手を開くと、そこにキラキラと不思議な色の光を放つ石があった。 「……お父さん……」  その光に、最後に見た父の笑顔が映り込む。  私のお父さんは、とっても強い人だった。幼い頃の私にはわからなかったけど、お父さんは超有名人だった。  この石は、お父さんの死を知らされたあの日、彼の友人からもらったもの。最後に見た日のお父さんの背中に向かって、「早く帰ってきてね」と言った私に、お父さんは笑って力強く頷いてくれた。  それなのに、お父さんは帰ってこなかった。数日経った後に、お父さんの仲間の一人が、この石を持って家にやってきた。その事実を聞いてもお母さんは取り乱さなかったけど、それは確実にお母さんの心を蝕んでいた。  そのお父さんの友人は、この石を私に差し出して、言った。 『お父さんからの贈り物だよ』  彼から流されるまま受け取ったのは、光り輝く、綺麗で不思議な石。 「っ……」  そこで、自分の頬が濡れていることに、はっと気付いた。慌てて服の裾で拭うけど、感傷に浸った心はなかなか立ち直らなくて、涙は止まらない。どうしよう……止まらないよっ……。  しゃっくりと鼻をすする音が静かに響いて、孤独を圧迫させる。一人なんだと、改めて思わされる。  お母さんも、その数年後、お父さんを追うように病気で亡くなった。私は気付くことができなかったけど、お母さんは精神を病んでいたんだろうと思う。  そして私は今、一人で生活している。村のみんながいるし、寂しいなんて思わなかったけど……夜、一人で寝るのが怖かったのと同じように、一人が怖い。寂しい。
「………………おい、隣」  こんなとこ、嫌っ……村に、帰りたいよっ……! 「……聞いてんのかおい」  誰か、いないの……!? 「耳がねぇのか隣の泣きベソ」 「ふぇえっ?」  突然、声が聞こえて、思わず涙声の変な声が出た。キョロキョロ見渡してみるけど、辺りには誰もいない。 「だ、誰ですかっ?」 「隣だ」  ピタリと止まった涙を拭いて問いかけると、ぶっきらぼうな男の人の声は、前の方から聞こえてきていた。縋りつくように鉄の棒に寄ると、石の壁を挟んで隣の牢屋から確かに声がした。 「さっきからうるせぇ。独り言でけぇよ」  普段の状態で聞いていれば、ピキッと来ていたかもしれない。しかし今は、私の他に人がいたことがただ嬉しかった。 「よ、よ、よかったぁあ~!! 一人だと思ってたんですよぉ!」 「はぁ?」 「あっ、私、ステラっていいます!隣人として、よろしくお願いしますですっ!」  と、相手に見えるはずがないのにがばっと頭を下げた。そして目の前の鉄の棒にゴツンと額をぶつけ、「いたぁっ!」と頭を抱えてうずくまる。  無駄に大きく響き渡った私の声に、隣からの返答はなかった。あれ?と私は涙目で顔を上げる。 「あ、あの~……?」 「うるさい。石造りだから余計に響く。黙れ」 「………………」  ……どうやらこの隣人は、自分至高主義者らしい。怒鳴り散らしたい気持ちを抑え込むのに、しばらく時間がかかった。そうして私が黙っていると、今度は隣から、いきなりイタイ質問が来た。 「……何で泣いてた?」 「うっ……えと、あの、ちょっと感傷に浸っちゃったっていうか……その……」  私は、グサッと突き刺さったその問いに、さっきのことが今更恥ずかしくなって、ごもごも説明する。  何でそんなこと、聞いてくるんだろ?と思った時、その答えはすぐに出た。男の人が、小さく息を吐くのがかろうじて聞こえた。 「一人だと思ったんじゃねぇのか。残念だ」 「ざ、残念って……まぁ、それもありましたけどっ……あの、貴方の他には誰もいないんですか?」 「見りゃわかるだろ」 「じゃ、じゃあ……貴方はこんなところに、一人で……さ、寂しくないんですかっ?」 「別に」 「………………」  すぐ返ってきた一言には、迷いの色が微塵もなくて。 「……い、です……」 「?」 「悲しい、です……孤独に慣れちゃうなんて、悲しいですよっ!」  楽しい気持ちも、悲しい気持ちも、嬉しい気持ちも。皆でそれを共有するから、初めてそう思えるのに。  だからこの隣人さんは、こんなに冷たくて、こんなに無感情なんだ。 「……悲しい、か……」 「え……?」 「………………」  私の言葉から間があって、隣人さんがそう小さく呟くのが聞こえたから反応したんだけど、隣人さんは無言だった。  ……何だろう。何処か、寂しげに追憶してる……みたいな……。  そこで私は、形見の石をずっと握っていたことに気付いて、それをポケットにしまい直しながら聞いた。 「……あの、ところで、何で貴方はここにいるんですか?」 「どうでもいいだろ」 「た、確かに、どうでもいいことかもしれませんけど……」 「聞いてどうする」 「え、別にどうもしないですけど……好奇心ってヤツですよっ!」  すると隣人さんは、途端に黙り込んだ。どういう意味での沈黙なのかはよくわからなかったけど、しばらく間を空けてから、隣人さんは微妙な答え方をした。 「………………殺人未遂、が一番近い」 「へ!? ほ……本当、なんですか?」 「嘘を言ってどうする」 「……でっ、でも、未遂でしょう?濡れ衣とか、事故とかだったりじゃ……」 「殺意なしで人を殺せるか」 「っ……!」  あっさりと答えた彼の言葉に、私は今度こそ言葉を失った。冷静さを取り戻すのに少しかけてから、動揺しながらも問いかける。 「ど……どうして、殺そうと思ったんですか?」 「関係ねぇだろ」 「関係あるとかないとか、そんな問題じゃないですよ!どんな理由であれ、人を殺すなんてことはっ……!」 「うるせぇ黙れ」  返ってきた言葉は、とても冷たかった。どんな理由があるのか私にはわからない。ただ、それは完全な拒絶を表す言葉だった。何も言えず、私ははうな垂れた。 「……おい、」  沈黙が訪れてから、数分後。隣人さんの声が聞こえたと思ったら、上の方から、ガチャンと扉を閉めたような音がした。その音に、隣人さんがチッと舌打ちをしたのがかすかに聞こえた。それから、小声の早口で私に言う。 「マジメな看守が来やがった……虚しい独り言喋るなよ」 「へ?は、はい……っていうか、虚しい独り言って!」 「以上」  その一言で、私たちの会話は途切れた。さっきの言葉を流されたようで、ちょっと悔しい……。  牢屋の外、天井の、さらに上に続く石造りの階段から、槍を持った、比較的軽そうな赤い鎧の男性が下りてくる。隣人さんの言葉から察するに、看守さんみたいだ。その人と目が合いそうになって、私は慌ててうつむいた。   //////////////////  看守さんがいなくなった頃には、もう夜中だった。私のいる牢屋の正面には鉄格子の窓があって、そこからかろうじて時間を知ることができた。  暗闇の中、そっと床の冷たい石を撫でて、私は長い溜息を吐いた。こんなとこで、寝るんだ……多分、明日の朝は、体のあちこちが痛いと思う。 「おい、隣」 「ちゃんとステラって名前がありますっ!」 「どうでもいい」  いきなり話しかけてきた、この隣人さん。さっきちゃんと名乗ったのに、それを使わないこの人に私が言い返すけど、彼はそう言って気にしない。 「てめぇに1つ聞きたい」 「……何ですか?」  前の方に近寄りながら、私が先を問う。月星の淡い光が、正面の鉄格子から差し込む。隣を覗こうとしてみたけど、鉄棒の間隔が狭すぎて覗き込めない。 「何でお前みたいな馬鹿が、ここにいる?」 「一言多いですよッ」 「事実だろ」 「じ、事実ですけどっ!」 「自覚してるのか?」 「自覚して……って、そうじゃなくて!えっと、私もよくわかんないんですけど……」 「はぁ?本当に馬鹿だな……」 「違いますよ!あのですねっ、私がここにいるわけは……」  いちいち無駄に一言多いこの人に、私は、自分が人違いで牢屋に入れられたらしいことを説明した。すると隣人さんは即行。 「不運だな」  私の長い説明を、あっさりこの一言で片付けた。……私がわざわざ長い説明をした努力は一体っ!? 「あ、ところで、ルナさんって人、知ってたりしませんか?」 「はぁ?」  もしかしたら知っているかもと思った私が聞くと、隣人さんは逆に信じられないというふうな気持ちが明らかに含んだ声でそう言った。それから、小さく息を吐く音。  ……え、何?何で呆れられてるわけ!? 「ルナ=B=ゾークは、シャルティアに追われる罪人だ。超有名人だぞ」 「えっ!? 知りませんでした……」 「馬鹿は知らないかもな」 「馬鹿じゃないです!」  わざとなのか、事細かに癇に障る言い方をする隣人さんに、私は大声で否定した。た、確かに私は馬鹿だけどっ!認めちゃうのもなんか!  ここ、シャルティア王国は、大陸のほとんどを占める大国。シャルティアは、軍事力も経済力も兼ね備えていて他国から恐れられていた。  そんな国に追われる罪人に間違えられたなんて……これから私、どんなふうに接されるんだろう。考えるだけで恐ろし~……っ!  それで意地悪な口調をやめたのか、男の人は聞かれた内容を答え始めた。 「犯行内容は公にされてねぇが、大罪人として扱われてる。奴の指名手配の張り紙とか見たことないのか?」 「えっと……見たことない、と思います……」 「馬鹿は目も節穴なんだな」 「……あの、さすがに怒りますよ?」 「国内のあちこちの村や町、都市……いろいろな場所に、奴の張り紙が無数に貼られてる。それだけ国は、奴に執着してるわけだ」  私の言葉を華麗にスルーし、隣人さんは説明を続ける。な、何か悔しいっ……くぅう!何か仕返ししたい!と、私は壁に向かって殴るマネをした。どーせ壁で見えないし。 「奴が何かを犯したのは半年前だが、国は多額の賞金をかけて奴を探してる。これだけ無数に目が光ってるのに、奴はまだ捕まってねぇ」 「! それって、スゴイじゃないですか!」 「しかも、捕まえるどころか、奴の姿さえ誰も見かけてねぇ」 「へ?ってことは、もしかしたら、国の外に出ちゃったんじゃないですか?」 「奴が国内にいると、国は確信してる。証拠も理由もはっきりしてるらしいが……それは国家機密で知らねぇ」 「………………」 「………………」 「………………あ、終わりですか?ありがとうございましたっ」  腹が立つこの人でも、一応ちゃんと説明してくれた。だから私がお礼を言うと、隣人さんは「いや」と言ってから。 「サルに常識を叩き込んだだけだ」 「……悪かったですね!」  やっぱり毒舌が返ってきた。私はサルかっ!ウキウキーッ!もう二度と、お礼なんかしてやるかぁーっ!!  それにしても……うー、寒くなってきたなぁ……夜だし、そりゃ気温下がるだろうなぁ……。私は途端に寒気がしてきて、両腕を摩りながら言った。 「ここ、寒いですね……」 「奥見ろ」 「え?」  隣人さんに言われて牢屋の奥を見ると、素っ気無い台の上に、暖かそうな毛布が無造作にかけられていた。それを見て、さっきからくすぶっていた思いが揺さ振られた。  ……おかしい。  何がおかしいかって、この牢屋が。  何で牢屋なのに、ご丁寧に毛布なの?囚人だから、テキトウな薄っぺらい布とかじゃないの?  さっきだって……看守さんが持ってきてくれた食事もそう。おかしい。何でだろ?  うーん……と真剣に悩んでいたら、突然眠くなってきた。夜だもんね、眠いのは当然か。 「私、そろそろ寝ます。おやすみなさいっ」  隣人さんにそう言ったけど、返答はなかった。……えっとまぁ、隣人さんも眠いんだよ、きっと。  私は牢屋の奥の寝台の上にある毛布を広げて、固い寝台の上に寝そべった。少し冷たくて固かったけど、睡魔に襲われている私には十分だった。  あ……そういえば、名前……聞いてないなぁ……明日、聞こ……。  ぼんやりしてくる意識の中で、私は最後にそう思って眠りについた。