→→ Sanctus 7

 貴国の王女・朔司椅遊を引き渡せ。
 そうすれば、現在拘束している貴国の将軍・氷室篝は解放し、貴国からは手を引く。
 しかし、この要求が呑めなければ、氷室篝は殺し、貴国に侵攻する。





「っく……」


 身体中が熱を持ったようにひどく熱く、鉛のようにひどく重い。身動きもまともにとれない代わり、目の前の悪魔を強く睨み据えた。


「リーダーを捕虜にしたら全軍大人しく従ってくれると思ってたら、逆に助けようとして攻撃してきたから、びっくりしたよ。諦めないっていいね。君の国、いい育て方してるね」
「貴様が……五宮、玲哉……か」


 両腕をバルディアの兵士に持たれ、体を起き上がらされている血だらけの氷室篝は、目の前に立つ臙脂色の髪の男に切れ切れの息で言った。玲哉は笑うことで肯定する。この広間の両側には、バルディア兵達が並んで立っているのが見えた。

 ――正直、神が下りて来たかと思った。戦車を潰し、勢いづいた直後。それを打ち消すようにバルディアの後方から紫の稲妻が伸び、ほぼ半分が飲み込まれた。
 そして、わけがわからずにいた篝の前に、この男は拾った剣を持って現れ、突然勝負を挑んできた。疲労の溜まった篝は圧倒的に不利で……結果は、現状が物語っている。残った半分の軍も、剣を使う玲哉と他のバルディア軍に潰されていった。

 そして今、自分は、イースルシア−バルディア国境付近にある、セーシュ砦に連行されてきた。捕虜にするという言葉通り、致命傷は受けていない。しかし急所を外してあるとは言え、傷は深く、出血もまだ完全には止まっていない。体が自分のものじゃないように重く、とてもじゃないが逃亡はできそうになかった。


「五宮玲哉!! 一体、これはどういうことだ!!」
「あ、儀煉のオジサン」


 鉄の壁をレンガで覆い尽くした、見かけ上はレンガ造のこの砦。見張り台の2階、屋上と、1階の広間、指令室で成り立っているこの小さな砦の広間に、威勢の良い大声が響いた。その場の全員が振り返ると、数名の兵を連れて、入口の方からキビキビした動作で歩いてくる先頭の儀煉が見えた。
 眉の間のシワを随分刻んだ儀煉は、ズカズカと玲哉の手前まで歩いてくると、手に持っていた紙を見せつけた。それは、先ほど玲哉が指示してイースルシアへ送りつけた、要求をまとめた紙の複写だった。


「貴様、身の程を知れ!! この現場の指揮官はわしなのだぞ!! 勝手な行動はとるな!!」


 ビリビリと、空気が振動するほどの大声だった。彼らが怒られたわけではないが、篝の両側の兵士が思わず身を強張らせるのがわかった。広間にいた他の兵士達も同様に、儀煉を振り向いて誰もが口を閉ざしていた。
 儀煉の怒りに染まった表情、目。張り詰めた、緊迫した空気。――そんな中、その強い叱咤を表情1つ変えず聞いていた玲哉は、この空気をぶち壊すように、不意に笑い出した。


「何がおかしい!!」
「ははっ、だってオジサン、現地指揮官のクセに、その場にいなかっただろ?」
「それは、フェルベス将軍と戦って……!」
「うん、そう。オジサンはフェルベス軍と戦ってた。俺はイースルシア軍と戦っただけ。だから俺が、対イースルシア軍側の兵の指揮を執った。イースルシア軍を壊滅させた指示を出したのは俺。敵将を捕まえたのも俺。で、イースルシア軍は壊滅したけど、オジサンはまだ帰ってこなかった。相手を倒したら、早いうちに要求を突きつけるもんだろ?だから、俺がちゃっちゃと決めた。それだけだよ」
「何を……!!」


 さも当然のように言い放つ玲哉に、儀煉がカッとなって声を張り上げるより先に。玲哉はクスクス笑いながら、儀煉に言い聞かせるように言った。


「オジサン、大事なこと忘れてない?俺、中佐なんだよ?」
「……!!」
「この隊の中だと、オジサンの次に権力があるんだ。つまり、指揮官が不在の場合、副指揮官は自動的に俺になる。だから当然だろ?」


 地位を口にしたことでそれに気付いたらしい儀煉は、しばしの間、目を見開いていたが、やがてだんだんとその顔に朱が走っていき、


「勝手にしろ!!! しかし、貴様は紫昏に目をつけられておる!! 首都に戻って、事が知れても知らんぞ!!」


 咆哮のように怒鳴り声を上げると、玲哉の横を通り過ぎ、兵士達が思わず開けた道を通って、指令室に引っ込んでしまった。バタン!!とドアが強く閉められてから、そのドアを振り返った玲哉は小さく呟いた。
 その独白は、誰の耳にも届くことなく。


「全然、構わないよ。―――その頃には、全部、終わってるから」


 ……その頃には、
 俺という存在も、
 バルディアという存在も、
 世界という存在も、
 そして、神さえも……



 すべて、消えてるんだから。





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





 普段、丈の短い服を着ていたから、ドレスはなかなか歩き慣れない。幾度か、裾を踏みつけて転んでしまいそうになりながら歩く。


(……きがえ、したい)


 ドレスの長いスカートを軽く持ち上げて城内の廊下をゆっくり歩きながら、椅遊はいつもの服に戻りたいと思った。が、最近、ああいうふうに民衆の前に出ることが多い。人の前に出る時は、嫌味じゃない程度にドレスを着ないと礼儀を欠くそうだ。それが王家の品位らしい。
 記憶がないからか、自分が王家の人間であるという自覚があまりない。しばらくは夕鷹達と旅をしていたし、マナーや礼儀もよくわからない。ナイフとフォークはなんとなく感覚的に使っているが、頼威や蓮に何度か注意を受けた。その「感覚的」というのも、やはり記憶が元になっているらしく、アテにならない。


(おかあさん、すごくきれいなのに)


 母の蓮は、当然だがマナーも礼儀も、ドレスでの歩き方も完璧だ。本当に血が繋がっている母なのかと思うくらい、その姿は優雅で綺麗で。
 ちょっとだけ、劣等感を感じた。


「……えっ?! それ、本当か?」
「あぁ、マジだ」

「……?」


 ふと、前方の曲がり角から、やけに通る二人の男の話し声が聞こえてきた。椅遊が何だろうと思いながら、角に近付いた時。


「椅遊姫を引き渡せば、氷室将軍とイースルシアが助かるってこと……か……」


 ――予想を大きく超越した衝撃的な言葉が聞こえてきて、椅遊はそれ以上、動けなくなってしまった。
 目を見張って、息を止めて。奇しくも、曲がり角に隠れるような形で。


「おいお前、馬鹿言うんじゃねーよ!姫様を引き渡せるわけねーだろ!」
「そりゃそうだけどよ……イースルシア軍は壊滅したんだぞ?」

(……ぐんが、かいめつした……?)


 声を上げそうになって、慌てて口を押さえる。盗み聞きをしているということに良心が痛んだが、それ以上に、その内容を知りたいと言う気持ちが強かった。曲がり角の壁に背をつけ、口を押さえたまま、耳を澄ます。
 沈着そうな男の声が、若い男の声に言う。


「この要求に従わなかったら、バルディアは氷室将軍を殺して、イースルシアに攻め込んでくる。そしたら……どうやって応戦するんだ?」
「どう……って……城に残ってる兵で……」
「バルディアはもっと強大な勢力なんだぞ?すぐに負けるに決まってる。どっちにしろ、イースルシアは滅びてしまう」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!!」
「それを上の方々は悩んでるんだよ」

(せめてくる……?)


 バルディアが……攻めて来る?

 ――さっき。騒がしい理由を夕鷹は人に聞いたのに、自分には教えてくれなかった。
 その後、夕鷹は「ほんのちょっっっとだけ」と言って、さらに情報収集するために行ってしまった。しかし、椅遊も何が起きているのか知りたかった。だから夕鷹には悪いが、その隙を狙って、椅遊もこうして自分で事を知るために出てきていた。
 しかし、城内ですれ違う人々は、やけに皆、よそよそしくて。事情を聞いても、やはり夕鷹と同じく、教えてくれなかった。
 その理由は――コレだ。


(バルディアが……せめてくる)


 イースルシア軍は壊滅した。とてもじゃないが、バルディアに対抗できる力は残っていない。
 しかし――


(だけど……わたしがいけば……たすかる?)


 自分がバルディアに行けば、イースルシアは……助かる?





 ……………………





「………………」


 昼間のことを思い出し、頭の中を整理していた椅遊は、静かに瞼を上げた。
 薄暗い自分の部屋の中、手前に置かれた自分の手が、窓辺を照らす月光で白く浮かび上がって映える。ドレスからネグリジェに着替え、天蓋のあるベッドの上に、足を布団に入れた格好で座っていた椅遊は、その手を少し握り締めた。

 ――昼間の話が、ずっと頭から離れない。夕鷹を始め、すべての人々が自分には言おうとしない現状。
 夕鷹が探しに来てくれた時や、夕食時、両親と夕鷹達と話していた時、上手く平静に振舞えていただろうか。少し元気がなかったとしても、それは前線の様子を思ってのことだと上手く思われただろうか。
 皆が、自分に現状を話そうとしないように、自分も、皆に知ってしまったことを話さなかった。
 考えるまでもない。反対されるのは目に見えていた。


(……でも)


 ――1つ、今、思い出した。よく考えてみれば、バルディアには五宮玲哉がいる。
 自分がバルディアに行けば、確かにイースルシアは助かるかもしれない。しかし……それでは、今度は世界が危ないのだ。国を救ったって、その世界が壊れてしまったら意味がない。
 だが、このままではバルディア軍が侵攻してきて、イースルシアで多くの血が流れるだろう。
 城の下に集まって歓声を上げてくれたあの人々が、巻き込まれて死んでしまうかもしれないのだ――。


(そんなの……だめ……でも……!)


 私が行けば、イースルシアは助かり、そして世界は壊れる。
 行かなければ、イースルシアは戦場となり、たくさんの人々が死ぬ。
 どうすればいい?どうすればいい?

 自分の行動1つで、未来が大きく変わる。
 ――なんて重い責任なんだろう。


「……〜〜っ……!」


 その重さに押し潰されそうで、逃げるように目を閉じて、布団の上から膝を強く抱えた。

 ――わからない。
 世界と無数の人の命、どちらも重すぎる。
 選ぶことなんてできない。
 どちらの責任を追及されても、どうにもできない。


(どうすればいいの……!!)


 どっちを選んでも、後悔する。絶対に。
 逃げ出したい。でも、逃げても後悔する。絶対に。
 心が折れそう。泣き出してしまいそうだった。
 苦しい――!

 うっすら目を開いた椅遊の目に、膝を抱える自分の腕が映った。――その輪郭が、紫色にぼんやり光っているのが見えて。


「…………え?」


 驚いて目を少し見張ると、その光はスゥっと消えていき、見慣れた自分の腕だけが残った。しばらく、呆然と自分の腕を見つめ――、やがて顔を上げた椅遊の目は、先ほどの弱々しいものではなく、強い意志が宿したものになっていた。


(―――そうだ)


 ……どうして、気付かなかったんだろう。
 選択肢は、2つだけじゃない、、、、 、、、、、、、、


「……わたしに、できること……みつけた」


 みつけた。
 わたしも、みんなを、まもれるかもしれない。
 これはきっと、わたしにしか、できないこと。


 ―――なるほどな。わかるぞ、貴様の考えていることが


 耳の近くで、少しだけ笑いを含んだ声がした。――抑止力がなくなったせいで自分と同調したという、魔王ルトオスだ。
 この無感動で平坦な口調。そして、何処か聞いたことのある声。今、その理由がすんなりわかった。
 夕鷹だ。ルトオスの声は、夕鷹の声に似ている。戒鎖ウィンデルが完全に外れた『開眼』状態の夕鷹――つまりバルスト状態の『夕鷹』とは、声も口調も瓜二つだ。やはり、双子のような対の存在だからか。

 夕鷹や梨音から説明を受けて、自分がルトオスと同調したということは理解していた。しかし実感がなかった椅遊は、前を向いたまま、声に小さく問いかけた。


「……あなた……ルトオス?」


 ―――バルストの気配をまとった者が説明した通りだ。ルシアの血を色濃く引く者よ


「……ルシア?」


 ―――遥か昔、余が契約をした女の名だ。貴様の祖先だろう

 ―――とは言え、余が記憶を奪っている以上、覚えていないだろうが


 聞き慣れない名前に椅遊が首を傾げると、ルトオスは淡々とそう説明してくれた。ということは、そのルシアというのは、イースルシア初代皇帝の女性ということになる。
 膝を抱いたまま、耳元で聞こえる声に耳を傾けていた椅遊は、いつの間にか気持ちが穏やかになっていたことに気が付いた。それは……やはり、ルトオスの声が、夕鷹の声に似ているからかもしれない。


「あなた……ゆたかと、こえ、にてる」


 ―――バルストの気配をまとった者のことか。奴がバルストの一部なら至極当然だろう


「ゆたかの、こと……しってたの?」


 梨音と夕鷹の話では、ルトオスは聖魔闘争で魔界に閉じ込められたはずだ。だから単純に考えて、その後に生まれた夕鷹の存在を知るはずがない。それに、ルトオスは現在も閉じ込められたままだ。現在は、外から〈扉〉を開けられる――つまり、誓継者ルースによって空界に降臨しているに過ぎない。
 それに気付いた椅遊が不思議そうに問うと、ルトオスは重要なことを言った。


 ―――奴と、おかしな気配の子供が話した時に、貴様を通じて聞いていた

 ―――どうやら同調したことで、余には貴様の五感、及び思考がすべて伝わってくるようだ


「……じゃあ……」


 ……今、自分が考えていることも、ルトオスにはわかっているのだろう。
 暗く静かな自室に染み入るように、自分の小さな声は響いて消えていく。椅遊は口には出さなかったが、ルトオスはその思考を読み取って答えた。


 ―――先刻言ったように、貴様が今、考えていることもわかっている

 ―――しかし、神の夢うんめいが支配する以上、世界は思い通りにはならないようにできている

 ―――それでも、己の信じる道を行くのか


 抑揚のない口調とは裏腹に、自分を試すようなルトオスの言葉に。椅遊は迷わず、力強く頷いた。
 そこには、確固たる意志があった。



「うん。これが、わたしにできること」


「―――それが、君の決断?」



 不意に滑り込んできた声とともに、ふわりと冷たい夜風が薄着の体に吹きつけた。ベランダのある大窓の方を見ると、いつの間にか窓が開いており、そこに1つの人影があった。
 突然の何者かの出現に驚きながらも、なぜか恐怖は覚えなかった。問われた椅遊は、その影に向かって、もう一度、大きく頷いて見せた。


「……そう。朔司椅遊、すべては君の行動によって決まる。君の選択が、未来に直結する」
「うん……」
「私は……君を信じよう。君に、未来を託そう。だから君は、自分の選んだ道を進んで。どんな道でも、私は、それを助けよう」


 満月を背中に、長い髪のシルエットは歌うように言った。その背後に、バサリと風を叩く音がして、さらに大きな、両翼を広げた影が階下から現れる。
 自分の選択を信じてくれた人影に、椅遊は「ありがとう」と微笑み、静かにベッドから足を下ろした。



 ―――さあ、行こう。
 3つ目の選択肢。それを選びに。





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





 慌てた様子の六香の言葉を聞いた直後、夕鷹は弾けるように駆け出していた。


(くそっ……!)


 城を飛び出し、走る。目指すは、この間までいた、バルディアのプロテルシア。


(何やってたんだ俺!そんなの、そんなの隠したってすぐバレるに決まってる!!)


 昨夜の夕食時。元気のない笑顔を浮かべた椅遊を覚えている。その時は、前線のことが心配なのかと思ったが、こういうことだったなんて。

 ――迂闊だった。
 バルディアの要求は、椅遊には言わないでおこうと思った。頼威と蓮も、椅遊を差し出す気など毛頭ないと言い切っていた。国のことはどうにかするから、気にするなと。だから自分も、椅遊に余計な心配をかけない方がいいと思って、喋らなかった。
 だが実際、現在のこの国の存亡はひどく危うい。椅遊を差し出さずにどうにかすると言っても、どうにもできない状況だった。
 皆が椅遊に要求を話さずにいたって、こんなに城内が緊迫していたら、秘密は絶対何処かで漏れる。そんな現状と要求を聞いたら。――きっと椅遊は、自分が犠牲になる方を選んだはずだ。

 しかし今朝、バルディアからその知らせと一緒に篝が帰ってきて、六香にそれを聞くまで、気付けなかった。



 昨夜、投降してきた貴国の王女・朔司椅遊は、プロテルシアに連行した。王女に危害は加えないことを約束する。
 要求を満たしたので、約束通り、貴国からは手を引き、氷室篝も解放する。



 助けに行かなければ、と思った。
 しかし、イースルシア軍の情報部とも言える追行庇護バルジアーが昨日もたらした情報によれば、イースルシア−バルディアの国境はバルディア軍によって完全に封鎖されているらしい。――たった一箇所を除いて。
 ハバルゼン地方――フェルベス、イースルシア、バルディアの国境が集中する、バルディアの土地柄である荒地が広がる地帯。
 現在、フェルベス軍とバルディア軍が激突している場所。――つまり、この三国戦争の最前線だ。

 知らせ通り、椅遊は殺されないだろう。バルディア前線軍には、五宮玲哉がいる。彼にとって、失ったら困るものは誓継者ルースである椅遊。
 だから、玲哉の手中に椅遊が入った今、危ういのは、このイースルシアよりも、世界の存亡だった。


「ああぁあ〜〜っっ、くそ、どーすりゃいいんだぁあ〜ッ!!!」


 叫びながら、パセラの門をくぐり抜けた。検問の警護組織リグガーストが不審そうにその背中を目で追う。

 完全版魔王召喚を起こすために、玲哉は、椅遊の目の前で自分を殺そうとしている。
 つまり今、椅遊は、自分を誘き寄せるエサになっている。だから自分が行ったら、それこそ玲哉の思うツボで。
 でも、敵軍の手に落ちた椅遊を放っておけるはずがなかった。


「って、あぁああーー!! 俺の性格考えてこーしたのか!あーくそ玲哉のやろぉ〜っ!!」


 自分の凄くわかりやすい性格に呆れながらも、走る。
 とにかく、放っておけるはずがなく。自分が行ったら世界が……とはわかっているが、足は止まらなかった。


(いや、まずいっしょ?ソーン回復しきってないからあんま戒鎖ウィンデル外せないし、っつーか玲哉と張り合うには最低『片方全開』じゃないとダメなんだっけ……)


 いつも締められている戒鎖ウィンデルを緩め、少し開いた状態の『片方開放』までは意識を保てるが、それ以上になると怪しくなってくる。片方の戒鎖ウィンデルを完全に外した『片方全開』だと、バルストの力と意識を半分ずつ受ける。つまり、半分バルストに呑まれた状態になり、意識が不安定になる。使用後は、ソーンが若干軋むので頭痛がする。『開眼』なんてもってのほかだ。
 なのに自分は、その玲哉のところへ行こうとしている。


(……即行死ぬな、うん……)

「夕鷹ッ!!!」


 何しに行くんだ俺……と思ったら、不意に、後ろの方から名前を呼ばれた。走りながら肩越しに見てみると、黒い獅子が後を追いかけてきていた。その上には、梨音と六香の姿があった。


「ったくもー、いきなり飛び出さないでよね!!」
「……一人で行くなんて、無謀にも程があるよ」
「……へ??」


 〈ガルム〉に乗った二人は、走る夕鷹に並列すると、口々にそう言ってきた。てっきり、「お前が行くと完全版魔王召喚が起きてしまうから行くな」と言われると思っていた夕鷹は、目を丸くした。拍子抜けしたような彼の様子に、六香が不敵に笑って言う。


「約束したでしょ?みんなでみんなのこと、守るって!玲哉の前に出たら、なんとかアンタが殺されないように立ち回るつもりよ!」
「……それに、椅遊さんが心配なのは、夕鷹だけじゃないよ」
「そーゆーことっ!抜け駆けは許さないわよ!」
「……六香……梨音……」


 当然のようにそう言う二人を、夕鷹は驚いたように見て。――それから、綺麗な笑顔じゃなく、自身の笑顔で微笑んだ。


「……お前ら、いい奴だなぁ〜。俺、泣きそう。ほんとに」
「……嘘っぽい」
「ホントだって。でも……うん、そーだった。約束。ごめん。ありがとな。よしっ……そんじゃ、玲哉んトコに殴り込みに行きますかっ!」
「おっけー!」
「……うん、玲哉さんの思い通りにはさせない」


 嬉しすぎるそんな言葉を当たり前のように言う二人に、夕鷹がそう声をかけると、彼らは迷うことなく返事をした。
 ――わかっていたつもりだったけど、今更知った。自分には、こんないい仲間がいた。
 人あらざる者である自分にできた、大事な仲間達。

 正面を向いた夕鷹の金眼に、地平線が映った。その手前に、紅い閃光や黒い影が蠢いているのが見えた。


「……その前に、アレを切り抜けなきゃなんないみたい……」


 行く手を阻むように見えてきた前線を見て、夕鷹は知らぬ間に表情を緊張させていた。






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