→→ Sanctus 5

 まるで地平線のように細長い、真っ平な石。視界の真ん中に映るそれに、一歩一歩、近付いていく。
 その石の手前に立つと、この高い場所からパセラの美しい街並が一望できた。風を感じながら視線を下に下ろすと、この街の何処にこんなにたくさんいたのだろうと思うほど、数え切れない人々がコチラを見上げていた。

 その人々が、声を上げている。――歓声だ。


「椅遊姫〜〜!!」
「よくぞご無事でー!!」
「お帰りなさいませ〜っ!!」


 アチコチから上がる今までかけられたことのない言葉に、上品なドレス姿の椅遊は困惑しつつも、最初に言われた通りにできるだけ笑顔で手を振った。



 ――バルディアのプロテルシアを発って、すでに2週間が経っていた。そして一行は今、イースルシア首都パセラにいる。
 バルディアの15章の護りゲイルアークをなんとか通過し、フェルベスに入った夕鷹達は、できるだけ早くイースルシアへと北上して行った。いつもならフルーラと〈ガルム〉の組み合わせでもっと迅速だが、フルーラはいないし、梨音の消耗も激しい。椅遊をさらわれた時に追えと吠えられたあの時以来、フルーラには会っていないが、あの重度のケガは治癒しただろうか。

 「王女を殺した」という偽情報のせいか、街の入口に以前訪れた時にはなかった検問が設置されていたりと、パセラはひどく殺気立っていた。
 その検問で身分証明を求められた夕鷹達は、困ってしまった。なぜなら、夕鷹と梨音の身分は猟犬ザイルハイド。そして検問を担当していたのは、当然だが警護組織リグガーストだった。恐らく、猟犬ザイルハイドの紋章が入ったクレストを見せた途端、捕まるに違いない。しかも六香なんて、元とは言え、今、交戦している相手国バルディアのスパイだ。バレたら、さらにまずすぎる。
 三人がグズグズしていたら、椅遊が首の環の紋様を見せた。――イースルシア国章と王家の名前がしっかりと刻まれた、その金の首環を。

 それからはもう、警官達の様子が百面相のようだった。何せ、殺されたと思っていた王女が生きていたのだ。
 椅遊は王女だが、あまり顔は知られていなかったようで、警官達には本物かどうか区別が付かなかったらしい。その後、城に仕える王女を知る者が呼ばれ、ようやく本物であると認められた。
 その話は、瞬く間に首都を駆け抜けた。殺気立っていた街が、どんどん活気に満ち溢れていくのがはっきりと感じられた。



 そして今。
 いつもの礼服から正装に着替え、城のバルコニーから民衆に手を振り終えた椅遊は、手すりに背を向けて歩き出しながら、緊張でずっと上がりっぱなしだった肩をホッと下ろした。


「……お疲れ様です、椅遊さん」
「それにしても、ほんっとーにドレス似合ってるわよねっ。もー可愛いー!」
「確かに、なんか違和感ないよなぁ〜」


 小さくねぎらう梨音と、駆け寄ってきて言う六香、そして褒めているのかいないのかよくわからない夕鷹が、足を向けた方向に立っているのを見て、椅遊は微笑した。
 夕鷹達は、椅遊の身分がはっきりするなり、追い払われそうになった。が、椅遊が必死で頼み込み、なんとか特別に同行を許可してもらったのだ。


「けど、椅遊ってあんまり民衆の前に出たことないんだろ?それでも、椅遊が死んだって聞いて怒ってくれるなんて凄いよなぁ」
「……きっと、椅遊さんのご両親が国民に好かれているんだろうね」


 未だ歓声の鳴り止まぬバルコニーの外を見て、夕鷹が感心して言うと、彼と反対方向に目をやった梨音がそう答えた。その視線は、歩み寄ってくる二人の人物に向けられていた。

 一人は、男性。質の良い黒い服の上に掛けた青いマントをたなびかせ、洗練された足取りで歩いてくる。計算上、少なくとも初老だが、若々しい紅の短髪と橙色の眼のせいか、もう少し若く見える。
 もう一人は、女性。露出が少ない、気品漂う淡緑のドレスに身を包んでおり、少し歩きにくそうだが、それに見合う優雅な歩き方で近付いてくる。空色の双眸が、後頭部で柔らかくまとめられたアッシュブロンドの髪の下からコチラを見つめていた。


「椅遊、ご苦労だった」
「ふふっ、緊張していたようですね」


 優しげな2つの声に呼ばれて、椅遊は二人を振り向いた。そして二人の顔を見ると、途端に緊張した面持ちになり、それから小さく微笑んだ。
 彼らは、イースルシア国王・朔司頼威サクシ ライ、そしてその皇后・レン。――つまり、椅遊の両親だ。

 イースルシア城に入って、真っ先に連れて行かれたのが、この二人の前だった。母・蓮は、椅遊を見るなり抱きついてきて泣き出し、父・頼威も安心して嬉しそうに微笑んだ。
 記憶のない自分にとっては、見知らぬ二人だった。しかし、自分のことをこれだけ心配してくれていた人が、夕鷹達以外にもいたことが、素直に嬉しかった。

 だが――この戦争は、自分のせいで始まったも同然だ。罪悪感が付きまとい、上手く笑えない。
 それに自分は、魔王を召喚する異端者・誓継者ルース。もしかしたら実は自分のことを嫌っているのかもしれないと思うと、怖くて近付けなかった。

 椅遊が夕鷹達と自分達に向ける、些細な表情の変化に気付いていた蓮は、少し寂しげな表情で笑った。


「本当に……わたくし達のことを、忘れてしまったのですね」


 蓮の声に、椅遊は、自分がいつの間にか近くの六香の服を掴んでいたことに気が付いた。ぱっと手を離して、二人の方へ向き直る。……が、直視できずにうつむいた。
 何も言えずに地面を見つめていると、視界の上の方に緑色のものが入ってきた。かと思うと、そっと頬に何かが触れた。
 顔を上げた椅遊の前に移動していた蓮は、両手で椅遊の顔を挟み、先ほどの寂しげな表情など影もなく、柔らかな微笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ。あなたが忘れてしまっても、わたくし達が覚えていますもの。あなたは間違いなく、わたくし達の、たった一人の娘ですわ」
「そうだ。お前が生きていて……本当に、本当によかった」


 蓮の隣に並んだ頼威が、不器用そうな笑みで椅遊に言った。そのどちらの顔を見ても、そこに嘘など微塵も存在しないのだと、考えずともよくわかった。
 椅遊は、そんな真摯な二人の態度を呆然と見ていたと思うと――突然、その空色の眼から涙をこぼし始めた。自分の視界が滲んだことでそれを知ったが、頬を流れ落ちる雫も気にせず、彼女はただ、嬉しそうに笑った。


「おかあ、さん……おとうさんっ……」


 記憶をなくした自分を、誓継者ルースである自分を。嫌うことなど毛頭なく受け入れてくれた二人を、初めてそう呼んだ。そう呼べた。

 目の前で微笑む女性の、自分と同じ空色の瞳。
 彼女のアッシュブロンドの髪の毛先が背後の男性の赤い髪に重なり、揺れる残像が優しい桜色を作り上げる。


 わたしのりょうしんは、まちがいなく、このふたり。


 今まで、顔も知らなかった存在。ようやく実感が湧いて、自分の足元が確かなものになるのがわかった。
 記憶をなくしてしまったのは、やはり悲しい。それでも、昔の自分を知っている人がいるだけで、自分の軌跡が残っているのを感じられて嬉しかった。



 会えて、帰って来て、よかったと思っていた。





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





 止まない外の歓声。拍手。
 窓を閉め切ったこの部屋にも響いてくるほどの大音量で、どれほど国民が椅遊を、椅遊の両親を、この国を信頼しているのかがよくわかる。
 そんな、皆の心が高揚している中、それを聞いて頭を抱える者もいた。


「さぁて……どうしたもんかね……」


 後頭部で1つにまとめられた長い金髪を背に、晴泉里波留は重い溜息を吐いた。
 椅遊のお披露目が行われている同時刻、イースルシア城。王の参謀的役割にある波留は、椅遊が帰ってきたことに関しての、軍内の影響を懸念していた。

 現在、イースルシア第一、第二王国軍がバルディアと戦っている。本当は、激怒した国王・頼威に第三軍も向かわせろと指示されたのだが、万が一のことと王の身の安全を案じ、それだけは譲らなかった。
 前線で軍の指揮を総括しているのは、第一軍団長であり、軍司令官の氷室 篝。戦場での軍への指示は、すべて彼に委ねられている。



 元々、イースルシアの戦力は高くない。いや恐らく、自国が低いのではなく、アルテスによって動く兵器を持つバルディアと言い、つい最近、魔術のような精度の理術を使い出したフェルベスと言い、周囲の国のレベルが異様に高いのだ。
 前線の状況は、戦場から定期的にやってくる使者によって伝えられる。若干の時差があるが、他に手段がない以上、ないよりはマシだ。それを聞いても、前線は苦戦を強いられているようだった。

 さらに、いい意味ではないが、「椅遊王女が殺された」という憤怒で士気が高揚していた。しかし、その本人が実は生きていたと聞かされたら、前線の彼らは喜び勇むかもしれないが、元々この戦争は、彼女が殺されたことに対する報復が理由だ。理由なき争いに、士気は長続きしないだろう。彼らには悪いが、思い込んだまま戦ってもらうしかない。今、油断を見せたら一気に押し負ける。
 フェルベス軍がともに戦ってくれているが、この状況では、恐らく、遠くないうちに敗北する。それほどまでに、バルディアの戦力は圧倒的だった。


(……氷室……頼むぞ……)


 ……………………





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





 上がり切った呼吸のせいで、喉が痛い。
 先ほど、隙を突かれて負った左腕の裂傷から、生温いものが流れていく。
 だが、体には傷は負っていない。まだ、戦える。

 右手の剣の柄を握り締め、真正面から切りかかってきたバルディア兵を見据える。その一撃に刃を合わせて脇へ受け流し、たたらを踏んでガラ空きになったその背に強く肘を突いた。


「前衛は敵を通すな!! 後衛は援護を怠るな!!」


 青紫色のマントの上を、1つに束ねたターコイズブルーの長髪が翻る。イースルシア−バルディアの前線にいる氷室 篝は、ひりつく喉で、力の限り声を張り上げた。
 彼が再び前を向いた時、その周囲の荒地が鋭くせり上がった。後衛の理術師によって操られたその小さな山に、別の二人の理術師が触れ、一人が風で寸断しすべて礫へと変え、もう一人も風で弾丸並の速さの礫を撃ち出していく。巨大な散乱銃のような理術の合わせ技に、バルディア兵達が悲鳴を上げて倒れていく。

 それを見てから、篝は視線を上げた。地平線より手前に見える、小さな山――アルテスを動力とした、カノン砲を搭載したバルディアの戦車。
 カノン砲は遠距離射撃に適した大砲だ。アレのせいで、自軍の大部分がやられた。だから、まず戦車をどうにかしようと前へ進んでいるのだが、なかなか踏み込めないという状況が長く続いていた。兵は疲弊し、ますますコチラが不利になっていく。一向に収拾がつかない。
 ――そのカノン砲の口が、ゆっくり横に動いて、コチラを向いた。


「だ、団長ッ!!」
「くっ……!後衛、地の理術を並べて防げ!!」


 傍でかけられた誰かの焦った声に、篝も内心焦燥を抱きつつ、剣で戦車を差して相手を示し、自分の背後に控えている後衛の理術師たちに叫ぶ。
 一人が理術で操れる《地》は、精々、大人の体格一人分程度だ。戦車の砲弾を防ぐには、面積も厚さも全然足りない。今、残っている、1ケタの人数しかいない理術師全員の力を合わせても、だ。
 それでも、やるしかなかった。自分達の命運をかけて。


「「「『蠢け、地脈』――ザース・グラール」」」


 理術師たちの理導唄アシーノーグを唱える声が重なる。それを篝は、攻撃してきた兵を切り捨てながら聞いていた。

 ゴゥン、と地面を伝って、発砲する音がした。
 近付いてくる黒い点。まっすぐコチラに飛んでくるそれは、次第に大きくなっていく。
 その前に、褪せた茶色の壁が立ちはだかった。縦にも横にも並んだ、見るからに脆弱そうな薄い土版。
 それらの懐に、黒い砲弾が飛び込んだ。その先端と土板がぶつかり、当然の如く土板は打ち破られ、そして同時に、衝撃を受けた砲弾は、一瞬カッとまばゆい光を帯びた。
 視界が、爆ぜたあかで覆い尽くされ――


hiNDerヒンダー >> laNDランド#」


 ――そして、暗転した。










「………………」


 ……死んだと思った。しかし、砲弾が爆発する音がなぜか遠くから聞こえて。篝は、呆然と目の前を見つめ――、ようやくそれの存在に気付いた。
 さっき土板があった付近に、いつの間にか、空を見上げるほど大きな壁がそびえていた。見間違いでなければ、巨大な土板……いや、土の壁だ。そんな壁が、イースルシア軍全体を守るように立っていた。


「……なん……だ……これは……」
≪篝!!≫


 続いて響いてきたのは、知っている独特な「声」だった。篝の視界の隅に銀色がちらついた時にはすでに、すぐ隣に声の主がやって来ていた。
 その声の主を見下ろす。知っている声ではあったが、その存在を認識するのに一寸の間を要した。


「……ジルヴィーン!?」
≪どうした篝、久しぶりに会ったと思えば、お前らしくもない。足掻けるところまで足掻くはずのお前が≫


 銀色の毛並を持つ大型の狼が、その澄んだ紫の眼で篝を見上げて言う。直接頭に響いてくるその勝気な声は、何処か懐かしかった。
 世界に五体のみ存在するという神獣の一体、〈銀狼〉ジルヴィーン――好んでイースルシアに留まる『彼女』を、代々王家の人々は、古代アルマーダ語で瞻視フルーラと呼ぶ。

 フィスセリア島で采によって大怪我を負ったフルーラは、時間はかかるが回復する、そしたら後を追いかけると言い、夕鷹達を先行させていた。
 まだ少々傷は疼くが、やっと動けるようになってから、フルーラがイースルシアに戻ってきてみれば、大事な自国は戦争をしていた。焦燥を感じつつ前線に来てみれば、自軍は今、目の前で壊滅するところだった――というわけだ。

 突然のフルーラの登場に唖然とする篝は、その上に乗るもの―― 一人の少女を見て、ぼんやりと問う。


「ジルヴィーン……お前が乗せているのは……」
≪あぁ、途中で会った奴だ。気にするな≫
「気にしないで!」


 と、フルーラの語尾を真似して言うのは、笑顔の少女。篝はそれ以上の追及をやめたが、気にするなというのも無理な話だった。
 なぜならその少女は、どう見たって10代前半にしか見えない。こんな血生臭いところには、ひどく不釣合いだ。どうしてこんなところに連れてきたのか、何者なのかなど疑問は尽きなかった。
 しかし、


≪篝、前を見ろ。壁が崩れるぞ≫


 というフルーラの言葉に、そんなことを悠長に考えている暇がないことを知る。壁の向こうには、戦車と敵軍がいるのだ。
 前を向くと、確かにあの巨大な壁がボロボロと崩れていた。それは誰かに崩されたというより、不思議なことに、むしろ自ら崩れていっているように見えた。
 この壁が一体、何であったのか、誰の仕業だったのかは明確にならなかったが、こんな奇跡は二度は起こらない。今度は、発砲するより前に、戦車を潰さなければ―――


≪戦車なら問題ないぞ≫
「……何?」
≪よく見ろ≫


 心を読まれたような――『彼女』には読心の力があるから、実際に読んだのかもしれないが、そんなセリフに、篝は隣のフルーラを振り返っていた。『彼女』はそう言って、鼻の先で前を差す。
 壁が、完全に崩れ落ちる。それによって遮られていた視界に映り込んだのは、金色の煌きだった。

 戦車に搭載された、長い砲身が特徴のカノン砲。鉄鋼でできたそれが、信じられないことに、真ん中から直角にぐにゃりと曲がっていた。
 その周囲で、荒々しい轟音を――雄々しい咆哮を上げた金の残像は、金色の虎だった。虎は、白い光が収束したその口で、戦車のキャタピラ部分に噛み付いた。するとその部分を中心に、ギギ……と鋼鉄が引っ張られるようにゆがんでいく。


「な……!」
≪〈金虎〉ルーディンだ。名ぐらいは知ってるだろう?奴は、神獣の中で唯一戦える存在だ。聖力の性質である高圧力で戦車をゆがめているらしいな≫
「コレで戦車はもう怖くないよ!ほら将軍さん、敵さん来るよっ!!」
「っ!全軍、ボーっとするな!! 応戦するぞ!!」


 フルーラの上の見知らぬ少女が、口調とは裏腹に重大なことを告げる。篝は我に返って声を張り上げると、すぐに構えの体勢をとり、襲い掛かってきた敵兵士を切り捨てた。
 ――そこで、はっとした。体が動くままに切ってしまったが、すぐ傍に、まだ幼い少女がいる。
 少女を振り返ると、彼女はフルーラの上で縮こまり、固く目を瞑って耳を塞いでいた。――無理もない、子供でなくても誰もができれば見たくない光景だ。
 それなのに、どうしてこの少女はココに来たのか。なぜ、同じことを考えるだろうフルーラは連れてきたのか。

 そう考えながら剣を振るっていた篝の近くに、ザッと、〈金虎〉ルーディンが前方から下がってきた。ルーディンは澄んだ翠色の瞳でフルーラを睨みつけて、強い口調で言う。


≪ジルヴィーン!わかっておるな、主は回避が優先だ≫
≪……わかっている。私はともかく、コイツを死なせるわけにはいかないからな≫


 背中の重さを感じながら、フルーラは、ルーディンが自ら進んで大砲を潰すと言った時から抱いていた怪訝な思いで、『彼』の言葉に頷いた。
 ――おかしい。ルーディンのその言葉。声には出さないが、それは「自分は攻撃に回る」と言っていた。


≪ルーディン……貴様には、この戦の未来が視えているんじゃないのか?≫
≪当然だ、視えている≫
≪……結果は聞かない。しかし、なぜだ?今まで、すべてのものを傍観していたお前が……ともに戦ったりするなど。大体、1年前、カルバニス神殿にいない時点でおかしいぞ≫


 ルーディンが視る未来は、絶対である神の夢。足掻いても変えることのできない大筋。だからこそ、今までルーディンは世界を傍観してきた。それなのに――なぜ、いきなり?
 そう問われ、ルーディンはしばし眼を閉じ、己と同じ毛色、同じ瞳の色を持った過去の残像を思い返した。それから今度は、自分がこの戦争に関わると訪れるであろう未来を瞼の裏に映す。

 遥か太古の大戦。それまですべてを傍観していた自分が、失いたくないものを失った。
 何もできずにいた。何もできずに、失った。ただ、先を視ることしかできなかった。  ――いや、違う。
 何もしなかった。何もしなかったから、失った。先が視えていたから、何もしなかった。
 世界を傍観するだけと、もっと昔に決めたのに、何もしなかったということがひどく苦しかった。
 それから、ずっとずっと、気が遠くなるほどの時間をかけて……ようやく自分は、1つの答えを出した。


≪……我は、わずかでも望ましい未来に進行するよう行動したいだけだ≫


 それが、自分の考え抜いた結果だった。だからこそ……1年前、カルバニス神殿から立ち去った。
 眼を開けると同時にルーディンはそう言うと、フルーラが何かを言う前に、高く跳躍して正面の兵達に飛び掛かっていった。



 何もしないで失うくらいなら、何かをして失おう。
 もしかしたら、自分が動くことで少しは変わるものもあるかもしれない。
 未来を視る自分が、長い長い時間の果てに、ようやく抱けたかすかな望み。


(主のおかげだ、シェイ。最初で最後の、我が親友よ)






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