→→ Sanctus 3

 神がいた。

 ――死神が。





 弾ける。
 鋭い紫の雷撃が四方八方に走り、人から人へと伝染しながらすべてを狩っていく。
 手を使わずに、死を運ぶ者。
 かつての大賢者を現代に映したような者が、そこにいた。

 倒れ行く人々の姿が二重にブレた。
 と思ったら、カクンと足から力が抜ける。


「あれ……」


 ……体に力が入らない。仰向けに倒れかけた自分の背を、誰かがそっと支えてくれた。


「力を使いすぎ、玲哉」
「あぁ……うん。そうみたいだ……こんなに立て続けに紫電使ったの、初めてだ……めまいがする」


 視界に映り込んだ天乃が諌めるように言うと、玲哉は疲れの滲む顔で小さく苦笑した。

 クランネは、血の力によって理を操る。すなわち、力を使うことで血を消費する。休みもなしに乱用すれば貧血になる。ハーフとは言え、それは玲哉にも当てはまる。



 今度はしっかり自分の足で立ち、玲哉は目の前に広がる光景を見た。
 血も流れていないのに、折り重なって倒れ伏す青と黒の軍服の数々。ざっと見た限りでは、青の軍服が――イースルシアの兵が多い。
 離れた正面のところには、一瞬にして倒れていく兵達を見て、呆然と立ち尽くすイースルシアとフェルベスの兵。残りは、最初に見た数の、大体3分の2くらいか。

 3分の1は、すべて、自分が紫電だけで殺した。


「ふぅ……悪いけどオジサン、俺、もう休ませてもらうよ」
「ふん、貴様の手などはなからいらん!さっさとね!!」


 玲哉が息を吐いて、後ろを振り返りながら言うと、そこにいたバルディア帝国軍中将・儀煉然が嫌悪も露に叫んだ。
 彼は、その場の状況判断で指示を出す現地指揮官だ。軍司令官は参謀・雨見紫昏である。
 だから本当は、現地では儀煉の指示がすべてなのだが、「五宮玲哉を使って、敵軍を減らせるだけ減らせ」と紫昏に命令された。それで儀煉は腹立たしく思いながら、今の今まで玲哉が敵軍を倒していく姿を見ていたわけだ。

 バルディアの将校で最も年を重ねている初老の儀煉は、そのせいか頭が固い。未だに玲哉のことを余所者だと嫌っている。
 それは知っているし、特に何も言い返す気もない玲哉は、「はいはい」と言いながら軍の先頭を後にする。後ろから、士気を高揚させるような儀煉の大声が聞こえてきた。
 敵軍の3分の1は、自分が紫電で殺した。


(……普通の人間は、紫電の直撃を受ければ死ぬ……)


 そうだ。今までを振り返ってみても、そして今も、正しくはそう。
 しかし、プロテルシアで、真琴六香をかばった二ノ瀬夕鷹は、直撃を受けたにもかかわらず、自分の前から逃げるほどに力を残していた。
 やはり――人外。


(やっぱり、バルストか……)


 あれほど純粋な聖力を放つ人外の存在は、一人だけ。
 消えたと思われていたバルストがなぜこの地にいるのか、なぜあの青年の姿をしているのかなど、疑問は尽きないが、ただ確かなことは。
 バルスト――否、二ノ瀬夕鷹は、自分の障害となる存在。


 そしてまた、彼とちょうど真逆にいる者。
 そのことに、玲哉は気付かなかった。





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





「……何だ?」


 ――前方が騒がしい。2つの中隊を先行させたのだが、前線で何かあったのか。

 現地での指揮を任されたフェルベス将軍・昴 祐羽は、残りの隊を後ろにして、前線の方角を睨んでいた。
 前線から逃げてくる兵士もいた。……いや、むしろ、その方が多い。


「おい、どうした!? 何があった!」


 悲鳴を上げながら自分の左右を走り抜けていく兵達に問いかけるが、まるで聞こえていない。昴は内心で舌打ちをして、腰の剣に手をかけた。
 状況は把握できないが、何か、強大なモノがいる。


「昴っ!!」


 皆が「将軍」と呼ぶ中、自分を呼び捨てで呼んで、前線の方から駆けてきたのは、テンガロンハットをかぶった少女・秦堂海凪。彼女には、元スパイということもあって、前線の様子を見に行ってもらっていた。その蒼白な顔を見る限り、よい報告ではないと昴は思った。
 自分の手前までやってきた海凪は、大声で叫ぶ。


「五宮玲哉だ!アイツに中隊を8割くらいやられたっ!!」
「何だと……!?」
「今っ、引っ込んだけど、アイツ、やばすぎる……!!」


 ココまで全速力で来た。前屈みになって、海凪は足りない酸素を求めて肩で荒く呼吸をする。

 フェルベスとイースルシアの混同軍。その兵達が、一気に倒れる瞬間を見た。
 ぞっとした。こんな大人数の命を、たった一人が奪ったと言う事実に。


「……わかった。お前は、後方に」
「……っざけんな」


 海凪の気持ちの揺れを感じ取っていた昴が言った、間違った気遣いに。海凪は顔を上げると同時に、彼の額に引き抜いた銃口を向けていた。
 ざわっと、背後の兵達に波が走る。


「舐めんな昴 祐羽!! 言っとくけど、あたしはあんたを許したわけじゃない!あんたは、あたしらの生活をブッ壊したんだ!!」


 ――弁解する気はない。それは間違いなく、事実だからだ。
 昴はそれを甘んじて受け止めると、すっと左手を、右の方へ差し出す。そして、訝しむ海凪の左肩を掴むと同時に、左側に払い飛ばした。


「なっ……?!」


 突然すぎて、わけがわからないまま横に吹っ飛ばされる海凪の耳に、鉄と鉄がぶつかり合う鋭い音が届いた。
 どさっと尻餅をついてから、はっと顔を上げると、さっきまで自分が立っていた場所で、刃と刃が交差していた。

 一人は、鋭い目と真剣な表情をした昴。
 もう一人は――見たことのない、褪せた青髪を持つ初老の男。

 ギンっと刃が離れる。
 昴の黒い剣が、相手の白い剣の刃に絡まるように動き。その流れに巻き込まれるものかと、白い剣が剣先を下げ、そして主とともに身を引いたからだ。
 間髪入れず、その距離を大きく踏み込んで詰めると同時に、昴は下から黒剣を振り上げる。相手の剣先は下がっている。普通なら、防御は不可能だ。
 しかし白剣は、動いた。迫る黒剣の動きに合わせるように剣の腹を黒剣の刃に当て、、、勢いに逆らわず力を受け流す。――捌く。
 昴の眉が、微動した。

 振り上がった2つの刃が、同時に振り下ろされ、再び交わる。ギチギチという嫌な金属音を聞きながら、交差した刃の向こうで、初老の男が面白そうに言った。


「ほう、なるほどな……貴殿が<隻眼の獅子>か。その隙を与えぬ凄烈なる攻撃、獅子とはよく言ったものよ」
「……貴様がバルディアの指揮官か?」


 将軍になってから、自分の剣撃についてきた者は初めてだ。少なくとも、出会った人の中では。
 あくまでも力は緩めず、初老の男の着る暗い赤の軍服を見て、昴は問い――しかしすぐ、「いや、いい」と言った。


「それは大した問題ではないか。貴様が指揮官でなかろうが、貴様のような格の違う奴を野放しにするのは厄介だ」
「ハハハ!! なるほどな。その判断、賞賛に値する!だが、はたして貴殿に、このわしが倒せるかな?」


 愉快そうな男の声とともに、刃に乗っていた重みが消える。後方に下がった男は、昴を見据えて言った。


「思い上がるな若造よ!バルディア帝国軍中将・儀煉 然、貴様のようなひよっこに遅れをとる刃は持っておらんぞ!!」





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





「てめぇら死にたくなきゃ消えやがれええええ!!!!!」


 咆哮。まさにそんな表現がピッタリな大音声が、たくさんの轟音が混じり合う戦場のド真ん中で響いてすぐ、そこにいた軍の兵達が横へ吹き飛んだ。
 人込みの間に垣間見えたのは、褐色の肌と尖った耳を持つ大柄な魔族だ。大剣を大きく横薙ぎして、周囲の兵士達を吹っ飛ばした楸は、それでもまだ周囲にウジャウジャいる兵達を見て舌打ちをした。


「ちッ、ザコがたかりやがって……」


 傍で兵を地道に倒している采が、ぽつりと言う。


「楸……弱い動物は、群れを作るんだよ……」
「知ってるっつの……ザコっつっても、コレじゃキリねぇぞ」


 また何人かで襲い掛かってきた兵たちの剣がコチラに届く前に、楸は剣を一閃した。吹っ飛んでいった兵が、離れていたところにいる兵達の中に突っ込み、それでまた何人か倒れる。

 ――赤い軍服。バルディアの兵達だ。
 玲哉の邪魔をすると方針を決めたはいいが、肝心の奴の動きがわからなければ何の手の打ちようもない。それで前線に玲哉を探しに来たのだが、バルディア軍に発見されて現在となる。軍服を着ていない上に、こんな戦場に来る物好き二人だ。疑われて当然である。


「おい采、てめぇの魔術で一掃できねぇのかよ」
「……できないことも、ないけど……言ったでしょ、本調子じゃないから……たぶん、使える回数とか……限られる」
「なら、こんなザコどもに使ったら無駄遣いか……足手まといになるなって言っただろうが、っと……!」


 少しよそ見をしていたら、目の前から攻撃が来た。その刃を受け止めると、それに重なるように、また別の刃がぶつかってきた。それから今度は横から刃が迫ってくるが、大剣の長い刃を活用してそれも受け止める。


「うおおおおおお!!!」
「!?」


 三人目の剣を防いだ時、ようやく背後の気配に気付いた。はっと肩越しに振り返ると、声を張り上げ、剣を振り上げて切りかかろうとしている、一人の兵士の姿があった。
 大剣は、三人の剣を受け止めている。三人分ともなれば、簡単には振り払えない。この均衡を一方的に破って、背後の剣を防ぐのは恐らく不可能だ。この四人の兵達が考えた作戦に、どうやらまんまとはまったらしい。
 だが、それなら――!

 楸は、三人の剣を強引に振り払い、大剣を軽くすると。大剣は動かさず、ただ回り蹴りを背後に向けて放った。それで兵士を蹴り飛ばす。――つもりだった。
 が、それより一足先に、その兵士の横に接近した采が、兵士を押し退けるように蹴飛ばしていた。さっきまで兵士がいた場所に立った采は、標的を失った楸の蹴りをすっと姿勢を低くして回避し、驚いた顔をしている楸に言う。


「足手まといは、どっちかな……」
「……ぶっ殺すぞてめぇ。余計なことすんな」
「楸だと……捌き切れない気がしたから……」
「あ゛ぁ゛??」
「……でも……余計なお世話……だったみたい」
「……ふん、そーゆーこった」


 喋っている間も隙を見せずに大鎌の柄を振るう采と、大剣を振り抜く楸。
 周りの兵達を蹴散らすことで手一杯だった二人は、静かに忍び寄る影に気付かなかった。

 2メートル近くある楸の大きな背と、145センチほどの采の小さな背が至近距離で向き合った。


「……僕の背中……預けるよ。だから……楸も、後ろは、安心していいよ……」
「馬鹿言え。余計に心配だ」
「ね、安心だよね……?」
「はぁあ??」


 何度か襲い掛かってくる兵をテキトウにあしらいながら、楸が物凄く不機嫌な声を上げる。同じく鎌を振る手を休めないまま、采はうんっと頷いた。


「うん、やっぱり……楸、アベコベだから……間違いない」
「……ああめんどくせぇ勝手に思ってろ。ただ、ぶっ倒れたりしたら俺がトドメ刺すからな」
「多分……反射的に、カウンターしちゃうよ……?」
「なら俺もカウンターだ………………ッ!?」


 子供の言い争いのような言葉を返して、大剣を振った時。
 首筋を、ねっとりと何かが這うような感覚が襲った。

 ひりつく肌。静電気にも似たコレは、嫌な予感だ。
 とっさに身を動かした瞬間、首の左側の皮膚が熱を持った。
 感覚を頼りに手を当てると、そこから、長い何かが生えていた。


「っチィ……!!」


 それだけで状況を把握した楸は、その長いものを乱暴に引き抜いた。急所は外したが、首の皮膚を貫通していたそれは、手ほどの長さの、黒い
 ――天乃がいる。


「おい采っ……!!」


 采に伝えつつ、その姿を探そうと天を仰いだ直後、


≪どきやがれェ!! このムシケラどもがァアッ!!!≫
「「!?」」


 知っている耳障りな金切り声が、すぐ傍からした、、、、、、、。采が驚いたその時、目の前の兵士達の波を突き破って、黒き飛竜が飛び出してきた。
 振り上げられた鋭い爪が、勢いとともに振り下ろされる!


≪死ねェサイ!!!≫
「くっ……!!」


 反応が遅れたことが響いていた。魔界の裁人〈フィアベルク〉は、魔界の住人ガリアテイルでスピード随一。うっかりすればコチラが遅れを取るくらいに素早い。
 その〈フィアベルク〉の爪を、采は、なんとか寸前で持ち上げた大鎌の曲刃で横へ弾く。もう片方の手の爪も、反対の柄でどうにか受け、跳ね上げる。
 その瞬間、黒い飛竜の背で、栗色の長い髪が翻った。自分の額に向かって射出される黒い針。
 顔を上へ反らしてそれを回避すると、仰向けになった視界の端を楸が掠め、彼の大剣が大きく振り下ろされたのが見えた。


≪っとぉ!ヒャハハッ!お前はタイミング掴むのウメェよ、ヒサギ!!≫
「……うるせーぞ〈フィアベルク〉。耳がキンキンする」


 天乃が針を放った直後で、かつ、〈フィアベルク〉が再起しきっていないタイミング。そこを狙ったが、やはりと言うか、かわされた。楸は低い声で言い、切っ先が地面に埋まった大剣を引き抜きながら、首の傷に触れた。
 ――もし、最初の針に毒が仕込まれていたら。幸い、天乃はそういう手を一番嫌っているのでその危険性はないが、もしそうだったら、避け切れなかった自分は、初撃目で圧倒的不利に立たされていた。


「今だ!!」
「やれ!!」
「ちっ、ザコどもが……!」


 突っ立っている楸を目掛けて、周囲にいた兵士達が剣や槍を構えて迫り来る。人数ではコチラが不利すぎる。悪態を吐きながら、大剣の柄を握り締めた時。


≪ジャマだテメェらァァアッッ!!!!≫
「楸っ!!」


 金属同士が擦れるような〈フィアベルク〉の咆哮が鳴り渡った。意味が理解できず一瞬呆然とする楸に、地面を強く蹴って采が鋭い声を上げる。促されるまま楸も上へと跳躍すると、真下を〈フィアベルク〉の長い尾が通り過ぎた。振り回された尾は、周辺の兵士達をまとめて吹っ飛ばしていく。
 ――再び、地に足をつく。周りには、兵士はすでにいなかった。皆、少し離れたところで、警戒した様子で黒い飛竜を見据えている。


「……おい、何のつもりだ?」
「この兵士……バルディア軍でしょ……?天乃達は……バルディアにいるはず」


 兵士達が〈フィアベルク〉を見つめる中、楸と采は、その背に乗る女性を見つめていた。二人が揃って口にした疑問に、天乃は短い間を置いて。


「助けたわけじゃない」


 ココに来て初めて、その口を開いた。
 突き放すような口調。コレが彼女の地だ。本当は優しい、母のような人だと、采は知っている。


「貴方達と、戦いに来た」
「鬼畜野郎の命令かよ」
「違う。私個人として」
「……さらにわけわかんねぇな」


 淡々とした声。感情を表に出さないから、余計にわからない。本当は自ら進んで戦うことはない奴だと、楸は知っている。
 〈フィアベルク〉の上で、天乃は静かに言った。それは、遠くの喧騒を物ともせずに通って聞こえた。


「……できれば、戦いたくない。短い間だったとは言え、貴方達は仲間だったから」
「なら、どうして……?」
≪ケッ!ニブイヤツらだぜ。アマノはなぁ……≫
「〈フィアベルク〉、黙って」


 ぺらっと口を滑らせかけた〈フィアベルク〉の頭を天乃が軽く叩くと、言いかけの言葉も忘れ、≪やりやがったな!?≫と怒り出す〈フィアベルク〉。「いいから黙って」と天乃が『彼』を静かにさせてから、采は彼女に問うた。


「……天乃は、いつも……玲哉に忠実だった。あまり……気にしてなかったけど……どうして?どうして、天乃は……玲哉の傍にいるの……?」


 ――思い返せばすぐわかる。玲哉と天乃は、不思議な関係だった。
 自分は、玲哉が保護者のようなものだったから、玲哉の指示にただ従ってきた。楸は、自分は知らないが、何か従わざるを得ない状況だったらしく、そのせいか彼をひどく嫌っている。
 しかし天乃だけは、決してそんなことはなかった。強制された感じもなく、盲目的な感じもなく。善悪の判断もおぼろげだった自分と違って、悪いことは悪いことだと気付いていながらも、玲哉の指示に従っていた。
 いつも、自ら進んで、彼のために動いていた。

 天乃は、いったん口を閉ざした。


「…………貴方には、関係ないこと」
「天乃……」
「話は終わり。構えて」
「おいっ!」
「采、楸。玲哉を止めたいなら、私を倒すこと」
≪殺し合おうぜェ!!≫


 楸の声にも耳を貸さず、天乃は〈フィアベルク〉とともに黒き翼で上空へ舞い上がる。いつもならそうなのだが、〈フィアベルク〉の言葉に訂正を入れないところを見ると、本気のようだった。


「……やるしか、ないみたい……」
「ちっ、やりづれぇな……」
「甘く、見ない方が……いいよ。天乃は……結構、強いから」
「わかってらぁ」


 二人がそれぞれ武器を構えると、それを見計らったように、〈フィアベルク〉が二人目掛けて急降下してきた。
 一気に近付く二人の姿。その情景を、その背の上で、常盤色の瞳がただ見つめる。
 唇が、小さく動いた。しかし、声は強い風切り音によって掻き消される。
 それでも、口の動きで、わかった。


  『止めて』


 ――それは、一体、誰のことを言っていたのだろう。


 ……………………






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