→→ Pastoral 2

 負けるわけには、行かなかった。

 聖界で転生を待つ魂。それを狙って、魔界の住人ガリアテイルが聖界に干渉してきた。それも一度だけでなく、幾度も。しかもそれは、魔王の加勢があってのもので。
 奪われた魂達は、魔界の住人ガリアテイルへと成り果てるだろう。大きな循環に乱さないためにも、魂を奪われるわけにはいかなかった。

 だから自分は、応戦するほかなかった。その間にもされる干渉は、聖界のたった一人の住人――<流れを御する者オーフェラーグ・リデル>が跳ね除けてくれる。
 自分は、魔界の住人ガリアテイルの親を。魔王を。ねじ伏せて、止めるしかない。
 相手は、自分と正反対、そして同等の存在。一瞬の油断1つで、良い方にも悪い方にも転ぶ。


  なぜ―――


 真っ白な世界と同調した意識の中、自分の思念こえが響いた。

 世界の循環は、聖界の<流れを御する者オーフェラーグ・リデル>と、魔界の女王〈ヘル〉によって回されている。それは、魔王ルトオスだって知っているはずだ。
 それなのに、なぜ、その循環を乱すような行為をしてきたのか。それが、『彼』にはわからなかった。
 それに、聖界と魔界は、お互いに不干渉でなければならない。魔界から聖界への干渉は、一度、狭間にある空界を経由する。魔界から空界に、空界から聖界に。逆も然りだ。


 理由もわからないまま、聖の総括者は、空界を戦場に、力達――聖子ラトネルで魔王と戦い続ける。





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





「このサボリ常習犯が」


 長方形の巨大なテーブルに行儀悪く足をかけて座っていた青の髪の男が、その金色の瞳で目の前の人物を睨みつけながら言った。
 若干肌が浅黒く、尖った耳をしているところから見るに、どうやら魔族のようだ。そしてその白い縁取りの黒い服は、とある人物の特注の軍服だ。
 その「とある人物」というのが、この目の前の青年なのだが。


「ラスだってサボってただろ?」
「俺は別だ。お前が軍議をサボってどうする」


 自分を巻き込んで自身を正当化しようとする白髪の青年に、青髪の魔族は淡々とそう言った。
 ふと、その魔族の金の眼に、白髪の青年の後ろにいたリリアが映った。ちょうど彼を見ていたリリアは、ばっちりその金眼と目が合った。


「……誰だ?」
「あ、えっと……」
「あぁ、サボってたら、魔界の住人ガリアテイルに襲われてるとこに遭遇して助けたんだ。で、この辺来たことないらしいから連れてきちゃった」
「……つくづく、お前は浅はかだな。ダグスの密偵だとは疑わないのか?」
「彼女、クランネだから。クランネは、反ダグス勢力だろ?しかも、元天裁者セオダらしいし。天裁者セオダは、嘘はつかないよ。大丈夫だよ。何かあったら、僕が責任を負うから」
「………………ならいい」


 すらすらと言い返す暇も与えずに言う白髪の青年に、青髪の魔族は仕方なさそうにそう言った。

 白髪の青年は、サレス・オーディンと名乗った。そして、フィルテリア王国軍の最高指揮官であるということも。そのために、わざわざ、嫌でも目立つ深紅のマントを羽織っているそうだ。
 さらに彼は、イーゲルセーマ族らしい。フィルテリアの地下に住んでいる、外見は人間と変わらない種族だ。違うのは、太陽の光を浴びない故に、全体的に色素が薄いことくらい。
 イーゲルセーマ族は、種族自体が魔術師といった、魔術に非常に長けた一族だ。それと同時に、彼らは必ず、普段使うそれとは違う潜在魔力を持ち、それが暴走すると死に至るという爆弾も抱えている。



 フィルテリアに来て本当にすぐ、魔界の住人ガリアテイルに襲われたリリア。サレスは、とりあえず魔界の住人ガリアテイルの脅威にさらされない安全なところへ移動しようと、一番近かったフィルテリア軍基地に彼女を連れていった。そして今、そこの会議室にいるわけだが。
 サレスは、どうやら軍議をサボって、あのコスモス畑で昼寝していたらしい。軍の基地に入るなり、サレスは、いろいろな人からそのことを注意されていた。


「サレス……なんだか迷惑かけてるみたいで、ごめんなさい。なるべく早いうちに出ていくね」
「別に、迷惑じゃないよ?こんなこと言えるのは、君が本当にダグスの密偵じゃないからだし。それに、ココ以外、この付近には魔界の住人ガリアテイルの避難場所はないしね。一応、ダグスのことを考えて周りから隔離してるんだ」


 「これでも一応、最高指揮官だから」と、サレスは小さく笑った。
 それでも申し訳なさそうな顔のリリアに、サレスは少し困った顔をしてから、思いついたように手を打ち、魔族を手で差した。


「リリア、コイツ、魔族のラシルカ。僕の親友で、切り込み隊長。あ、変な名前だから、勝手に略ったりあだ名で呼んだりしていいよ。ラスも気にしないし。ちなみに僕は、ラシルカ・アルスの最初と最後をとって『ラス』って呼んでるけど」
「え、え??」
「……えらく唐突だな」
「仲良し大作戦だよ」


 突然の変な方向に切り替わった話に困惑するリリアと、呆れたふうなラシルカに、サレスはイタズラっぽく笑った。


「で、ラス。彼女は、リリア・サンクレーマス。他の天裁者セオダに悪い影響を与えるからって、天法院セオディスから追放されたんだって。あ、それから、見たところだと水のクランネ」
「えっと、ラシルカだから……じゃあ、ルカね。短い間だけどよろしくね、ルカ」


 リリアが微笑んでペコリと頭を下げると、ラシルカは少し居心地悪そうに顔を微妙にしかめ、サレスを睨みつけた。


「まさか、軍に引き込むつもりか?」
「いや?ただ単に、ラスと仲良くしてほしいなーって思って。君、外見が外見で、友達少ないんだからさ。知ってる?兵のみんな、君のこと、冷血冷酷冷徹な切り込み隊長だって思ってるんだよ?」
「言わせておけばいいだろうが。相手にしてたらキリがない」
「うん、まぁそうなんだけどさ。ってことで、リリア、寂しがりやのラスとも仲良くしてね」
「……お前の言葉は、イチイチ癇に触る……」
「わざとだもん」


 ラシルカの低く、静かな怒りを宿した声に対して、サレスはしてやったりというふうに笑った。それから、この会議室を見渡し、探した白い物が何処にもないことに「あれ?」と首を傾げる。


「今日はないの?内容まとめた紙」


 いつもなら、軍議をサボって帰ってくれば、会議室に、その時の会議の内容を簡単にまとめた紙が置かれている。なのに、今日はなかった。サレスが、ココにいたラシルカに聞いた途端。


「あっ、まっしー!! メガネ君、カンカンなんだぞぉー!!」


 この場には不釣合いな、高い、まだ幼い少女の声が通路の方からしたと思って、会議室のドアを振り返った。当然、声相応の年齢の少女が駆けてくるだろうと思った。
 が。


「えっ……?」


 そこを通ってきたのは。


「あいたっ!ナタ、頭蹴るなよ!」
「まっしーのバカバカバカァーッッ!!! いっっっっっつも会議サボっちゃって!! サイコーキシカンのクセに〜〜〜!!!」
「だから、最高指揮官だって!うわわっ、やめろって!」


 自分の身長を越す長さの、紫がかった銀髪を、後ろで1つに三つ編みしていて、赤い服に身を包んだ、その少女、、
 物凄い声量を上げている彼女は、サレスの頭の真横に浮いていて、、、、、

 体長は、恐らく手のひらサイズ。サレスの頭をポカポカと殴るその少女、、は、背中から、虹色の光を放つ虫のような羽をはばたかせていた。


「妖精さん……?」
「え?? あれれ?? アンタ、ダレ?」


 サレスの頭を殴っていたその妖精は、驚きを含んだリリアの声で、ようやく彼女の存在に気が付いた。鉄拳を繰り出しまくる手を止め、キョトンとその小さな青い双眸でリリアを見つめる。


「あ、私は……」


 と、リリアが口を開いた直後。


「うひゃあッ!!?」
「えっ?」


 サレスの頭の後ろから飛んできた、黒い物体。明らかに、サレスの頭の横にいた妖精を狙って放たれたそれに押されて、彼女はサレスの頭の横から消えた。
 リリアが、その物体の下敷きになったんじゃないかと心配して、足元に目をやると、いつ体勢を立て直したのか、妖精はその物体を抱えて低空に浮いていた。


「っもぉ〜〜〜!!! ラッシー、インク投げないでよぉ!! フタ取れたらどーすんのっ!こぼれちゃうでしょーーっっ!!!」
「やかましい虫。お前が黙ってれば何も投げない」


 妖精が叫んだ相手は、サレスの後ろのラシルカだった。妖精のキンキンした声に、ラシルカは物凄く迷惑そうにそう答えた。


「ったくも〜!!! まっしーは会議サボるしっ、ラッシーはインク投げるし!! ねえ、この二人サイテーだよねっ!!?」
「そう?私は、にぎやかでいいと思うよ」


 インクを抱いた妖精は、プンスカ怒りながら、リリアの目の前に浮いてきてそう言った。その微笑ましい姿にリリアが微笑みながら言うと、妖精は「ダメだこりゃ……」と溜息を吐いた。
 持っているのが結構つらそうな妖精からインクを受け取りながら、サレスがこの妖精について説明してくれた。


「リリア、このちっこいのは、ナタ=エル。見ての通り、妖精。ラスの装備品みたいなモンだから」
「ちょっとちょっと〜〜!!? まっしー、ソレどーゆーコトよ!? ナタは人以下ってコト〜!!?」
「コイツとラスは、小さい頃からの付き合いらしいから。なんか、住んでるとこが近かったんだって。うるさいけど、よろしくね」
「うわーん、まっしー!! 謝るからっ、無視しないで〜〜!!」


 華麗に自分の言葉を無視したサレスの頭に、ナタは謝りながらしがみついた。リリアは、思わずクスクスと笑ってしまう。
 妖精は、エルフ族とは比べ物にならないくらい長命だが、その数は、指で数えられるくらい少ない。長命ではあるが不死ではないので、将来滅亡すると言われている。


「あ、そーいやナタ。今日は、会議の紙ないの?」
「ソレソレ〜〜!!! メガネ君がね、今、怒りながら書いてるのっ!」
「あはは」
「笑い事じゃないよー!! メガネ君、カンカンなんだからー!!」
「シェイは怒れば怖いからな〜、もう少ししてからにしようかな」
「まっしーってば〜〜!!!」
「うるさい超音波を発するなこのコウモリが」
「ナタはコウモリじゃなーいっ!!」


 最初はそうでもなかったが、ナタがいるだけで随分と賑やかになるようだ。リリアがついつい笑った時、バタバタとした慌ただしい足音が、この会議室に近付いてくるのが聞こえた。
 その足音に気付いて、会議室の全員がドアの方を見やると、フィルテリア軍の青い軍服に身を包んだ一人の男性がこの部屋に入ってきた。若干、肩が上下している。


「指揮官っ!マルド砦から、ダグス軍が国境に近付いてきていると連絡がありました!!」


 ――その報告を聞いて、フッとサレスの表情が静かに消え失せた。「……そう」と呟いて、嘆息して目を伏せる。


「数は?」
「中隊程度ですが、魔戦艦グレシルドが一機いるようです!」
「……マルド砦の人数と隊構成じゃ、やばいな……」


 フィルテリアとダグスの国境で、一箇所、大きくフィルテリア側に入り込んでいる地域がある。そこがマルド地域で、マルド砦は、そこに建設された建物だ。この軍基地から、それほど距離があるわけでもない。
 そして魔戦艦グレシルドは、魔術師が数人がかりで操る、魔の力で動くダグス軍の巨大戦艦だ。攻防とも優れており、普通の兵士軍ではまるで敵わない。魔術やクランネの力で潰すしかない。

 サレスの呟いた言葉を聞いて、ガタンとラシルカがイスから立ち上がった。それを見て、ナタがぴゅーんと彼の頭の横に飛んでいく。


「サレス」
「うん、行こう。じゃあコッチも、中隊所属の奴らに声かけてきてくれるかな。できれば後衛も多くほしい」
「わかりました!」


 サレスが男性に言うと、彼はビシッと敬礼し、踵を返して駆け出した。兵士の遠ざかる背中を見ながら、サレスは白髪の頭を掻いて面倒臭そうに言う。


「ったく……ダグスってさ、何でこんな好戦的なのかな。面倒臭いな、ホント」
「お前がそう言ったら終わりだ」
「そうだけどさ……あ、ナタ、君は今回はいいよ。僕とラスで足りるだろうから」


 ラシルカの横に浮いているナタにサレスが言うと、当然、自分も参戦するものだと思っていたナタは目を丸くした。


「えー、何で〜!? ラッシーとまっしーだけじゃ、なーんか不安!」
「虫がいつそんな大口叩けるようになった」
「虫じゃないってばー!!」
「まぁ、ナタは最終兵器ってことで」
「ええー!!? まっしー、ソレって、やっぱりナタは人以下ってコト〜!?」
「あはは、人じゃないクセに」
「そーゆー意味じゃなぁーいッ!!」
「とにかく、行こう。もう準備できてるだろうし」


 ナタの言葉を綺麗に流し、サレスはそう言いながら踏み出しかけて、ふと、すっかり蚊帳の外だったリリアが目に入った。


「サレス、私も行ってもいい?」
「えっ……」


 目が合った彼女は、迷いなくサレスにそう言った。予想外の言葉に、さすがのサレスも思わず言葉を失った。
 何せ、今から自分達が行くのは、戦場に成り得るであろう地。そんな血生臭いところへ行くということを知っているのに、彼女はそう言うのだ。


「大丈夫、邪魔にはならないようにするから」
「でも……僕らが行くのは、戦場なんだよ?わかってる?」
「……うん。そう言われると、ちょっと怖いかも」
「じゃあ、」
「でも、行かせて。……お願い」
「………………わかったよ」


 その強い口調と必死な瞳を見て、説得しても無駄だと判断したサレスは、仕方なさそうにそう言った。深紅のマントを翻し、出口を向いて後ろのリリアに言う。


「ただし、僕らから離れないこと。それだけは守ってね」
「うん、わかってる」
「じゃあ、ラス、ナタ、リリア。―――――行こう」





  ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪ * ♭ * ♪





「蒼き死神の舞の後、立っている者なし」
「え?」


 突然、まるでことわざのような言葉を、隣でサレスが言った。風になびく髪を押さえながら、リリアは彼を向く。
 何処か寂しげで晴れた空の下、同じく白髪を風に流したサレスは、手すりに肘をついた格好で小さく笑って、前屈みだった体を起こした。


「ラスのこと。兵達は、こう言ってるんだって。ラスって、服が白と黒だから、死神を連想させるらしいんだ。で、武器もちょっと鎌っぽいから、余計にそう見えるって」
「へぇ……ふふっ、本当、そう見えるね」


 と、リリアは、外にいるラシルカをこの屋上から見下ろして、クスクス笑った。サレスの言う通り、その服装といい、あの無表情な顔つきといい、確かに見えなくもない。

 マルド砦は、軍基地から行軍して数時間のところにあった。その砦の最上階――要するに屋上で、サレスとリリアは眼下に整列する隊全体を見渡していた。下では、一応将軍らしい、先頭のラシルカが隊の方を向いて面倒臭そうに立っている。その傍には、キラキラ羽を光らせたナタもいる。
 隊の構成は、前衛の剣士、魔族と、後衛の17人の魔術師とクランネ。これでも、後衛は多い方だ。フィルテリア軍の魔術師、クランネは、サレスを抜いて、現在、38人しかいないのだ。しかもそのうち、23人がクランネである。それだけ魔術は、高度で希少な術だということだ。

 そこで、二人が見下ろしていたラシルカがコチラを見上げた。自分達の視線に気が付いたのかと思えば。


「全員いるぞ」
「あ、そっち?そっか、ならいいや」


 ……現在、していた人数チェックの報告だった。サレスは拍子抜けして苦笑いした。
 くるりと隊に背を向けコチラを向いたラシルカを見てから、サレスはピンと背筋を伸ばして咳払いをし……、隊全体に向けて言い放った。


「すぐそこまで、ダグス軍の中隊が近付いてきているらしい。しかも、《グレシルド》が一機いるそうだ。戦いは、いつもつらいけど……でも、守るためには戦わなきゃならない。………………とにかく……全員、死ぬなよ!!」


 いつも、言いたいことがまとまらない。とりあえずそう叫んだ直後、隊員達が一斉に声を上げる。
 いい感じの士気にサレスは1つ頷いて、後ろで遠慮がちに立っているリリアを振り返り、何処となく照れ臭そうに苦笑した。


「苦手なんだ、こういうの……」
「ふふっ。でも、一言であんなに声が上がるんだもの。君は、みんなに信頼されてるよ」


 おかしそうに笑うリリアの推測は、完全に当たっていた。

 考えてみれば、最高指揮官が、わざわざ辺境の地に出向いて指揮するのはおかしい。しかし、サレスはあえてそうしている。もし他の地域を侵されても、彼には魔界の住人ガリアテイルの〈ガルム〉というアドバンテージがあり、いつでも何処へでも駆けつけられるからである。
 戦いでは自ら前線に赴く上に、隊員を気遣う心を持つ彼は、当然、隊員から強い信頼を得ていた。
 そんな彼に名付けられた二つ名は、「神罰の運び屋」。指揮者のように強大な力を振るう様は、まさに神の代行者だと人は言う。


「まっしー、ラッシーが行くって!」


 そこに、ラシルカの隣から飛んできたナタがやって来てそう言った。


「うん、わかった。あ、ナタ、君はココの警備よろしく」
「ええー!? ナタも行く〜っ!!」
「ナタの力を借りるほどでもないよ。それに、僕らが戦っている間に、ココが落とされたら意味がないから。遠目から見て、もしやばかったら、その時は頼むよ」
「う、う〜〜っっ……じゃあじゃあ、今度はぜぇーーーっったい、連れてってよ、まっしー!」
「うん。じゃあ、リリアもココで……」
「ううん、私も行くよ?」
「え?」
「ええーっ!!?」


 目を瞬いた。
 てっきり、この砦で待機するものだと思っていた。リリアは、これから進軍する方向の茶色い地平線を見つめ、唖然とするサレスと驚愕するナタに言った。


「私も、行く。……というか、行きたいの」
「ムリっ、絶対ムリだよぉー!! リリィ倒れちゃうよ〜!! っていうか、ダメ!! ダメダメダもがもが!!」


 その小さな体の何処からその音量の声が出るのか、やかましいナタにサレスがマントをかぶせて閉じ込めた。ナタの声は、マントの中で封じられる。
 それをしっかり片手に掴んだまま、サレスは問う。


「……何で?多分、君には、つらい光景じゃないかな」
「うん、きっとそう。でも、何だろうね……わかってるのに、行きたいんだ」
「………………」


 なぜ、行きたいのか。――その理由には、一応、心当たりがある。

 おっとりとしているようで、言い返しを無条件に封じる、不思議な物言い。サレスは何も言えなくて、リリアから視線を外した。
 眼下では、ぞろぞろと動き出した兵士達。その先頭を行くラシルカを見る。

 太陽の下に出てきたばかりの自分に、全員が珍妙な視線を投げかける中、ただ一人だけ、あの態度で話しかけてきた、人間あらざる青年。


  『お前が指揮官か?』


 あの無愛想な口調でそう言われて、頷いた途端。彼は手に持っていた、えらく厳つい槍とおぼしき武器で、突然切りかかってきたのだ。
 その時のことが頭を過ぎって、サレスはくすりと人知れず笑った。


「実はね。ラスとは、まだ、会って半年しか経ってないんだ」
「え……?」


 唐突に、話が大きく変わった。その切り替わりについていけず、リリアは目を瞬いて理解してから言った。


「でも、親友って……」
「うん、そう。でも、親友に時間なんて関係ないだろ?信用できる奴だよ。ああ見えて、善悪の判断がきっぱりしてて誠実なんだ。……だから、リリア」


 このマルド地区は、何度も小競り合いが起きているせいで、荒涼とした土地が広がっている。その剥き出しの大地を撫でながら吹いてきた秋の肌寒い風が、サレスのマントとリリアの髪をなびかせる。
 まっすぐコチラを見てくる、優しげな浅葱色の瞳。


「君があえて戦場に行きたい理由は、わからないけど……その光景が悲しかったら、素直に泣けばいい。そんな君を、怖がりだって言う奴なんて誰もいないから」
「え……」


 まるで、心配かけないように、怖くても我慢しようと、そういう心を見透かされたような、その一言に。
 リリアは驚いたように目を開いて……それから、安心したように微笑んだ。


「……うん。ありがとう、サレス」


 ふんわりと不安の色が消えたリリアの表情を見て、サレスは「ならよかった」と笑った。


「それじゃ、僕達も行こうか」
「うん。……ねぇ、サレス」
「ん?」
「さっきから言おうと思ってたんだけど……ナタ、大丈夫?」
「あ」






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